化け猫退治?
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■ショートシナリオ
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:08月19日〜08月24日
リプレイ公開日:2006年08月26日
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●オープニング
今日も冒険者ギルドは依頼人や冒険者で賑わっている。
繁盛、と言えば聞こえがいいが、それだけ問題が起こっているわけだ。
依頼書を書き終えた受付係の少女の前に、次なる依頼人が現れた。
「物の怪退治をお願いしたい」
いきなり切り出したのは、老年の武人である。突然の申し出にも、受付係はまったく動じることは無い。にっこりと笑顔を返す。
「かしこまりです〜。えっと、まず依頼人様のお名前をお伺いしたいのです」
「うむ。我が主、長坂重弘が依頼人である」
「とすると、貴方は‥‥」
「わしは長坂家の家老、倉橋正剛と申す」
倉橋は必要以上のことを語らない。質実剛健な人柄なのだろうか。しかし必要な情報を引き出すのが受付係の仕事である。
「物の怪、と言いましても、どのような物の怪さんで、どちらに退治しに伺えば良いのでしょう?」
「京にある長坂家の屋敷だ。主の寝室に夜な夜な黒猫が現れ、動きが素早く捉えることもできぬ」
「? それは物の怪さんなんですか?」
「主がそう申すのだ。物の怪に相違ない」
「ははぁ」
受付係が返した返事は曖昧なものになってしまった。
(「長坂様と言えば、猫嫌いで知れているからなぁ‥‥見かけた猫にはひどい扱いをするって聞くし」)
倉橋の老いてなお武士らしい表情に受付係は問いかけた。
「何か原因というか、思い当たる節などは‥‥」
「原因などはどうでも良い。黒猫を退治すれば済む」
「でも‥‥」
「そのように主は申しておる。だが、黒猫を退治してもまた同じようなことが起こらぬとも限らぬ。主に悟られぬよう原因を追究し、根本からの解決をお願いしたい」
受付係は自然な笑みをこぼした。不器用ではあるが、主を心から案じているのだ。
「我が主は大の猫嫌い。嫌うだけでなく虐げることもある。それでは長坂家の当主として、いや、男として家来に示しがつかぬ」
「はい」
思わぬ展開に、受付係は身を乗り出して頷く。
「使用人共の間でも『殺した猫の祟り』だの何だのと良からぬ噂が立っている。黒猫が二度と出ないようにすると共に、主が猫を虐げることの無いように策を講じて欲しい」
家老という倉橋の立場では、主を直接たしなめるということはできない。長坂家では主の命令は絶対なのだ。倉橋はこう付け足した。
「黒猫が出ないようにすることが成功しても、主にはあくまでも『退治した』ということにしておいて欲しい」
「かしこまりです〜。冒険者さんが集まりましたら、またお知らせしますね」
受付係は倉橋の背中を笑顔で見送った。
●リプレイ本文
●長坂屋敷
冒険者達を門で出迎えたのは倉橋正剛だ。
「まずは主に会っていただきたい」
「ちぃとその前に、駆け出しの分際で言うに気ぃ引けるんじゃが」
倉橋の前に進み出る河原童子(eb5243)。
「黒猫の処置と長坂さんの猫虐待を止めさせるのと、両方やるのは無理じゃと思うきに。せめてもちっと情報をくれんと」
「では、此度の依頼は断ると?」
「それでは河童男児の名がすたるけん。やれる限りはしちょうきに」
「わしの口から多くを語ることはできぬ。そなた達の手で調べるが良かろう」
その時童子の袖をついと引いて、所所楽銀杏(eb2963)が耳打ちした。
「きっと、御当主の事を他人に明かすのは、家臣として良くないから、です」
「ともかく」
マイア・イヴレフ(eb5808)が言う。
「お話を伺わないことには始まりません。倉橋さん、案内をお願いします」
その流暢なジャパン語に驚きつつ、倉橋は皆を屋敷内に招き入れた。
奥座敷に通されてからかれこれ半時。長坂重弘による演説はまだ続いている。
内容は『猫がいかに身勝手な生き物か』に移ってしまっていた。
「相当な猫嫌いのようですが、いい大人が猫を虐げるなどとは正直見苦しいです」
小声で憤慨するセイノ(eb5452)の隣で宿奈芳純(eb5475)が呟く。
「化け猫よりも御当主様の治療のほうが必要な気がしますね」
芳純は重弘の話の区切りを見計らって口を挟んだ。
「化け猫騒動で大分お疲れのご様子。心休まる時も無いとお見受けいたしましたが?」
「おお、分かるか!」
「お話の続きは私がお伺いいたします。彼らは化け猫退治の準備がありますゆえ」
「そうか。ならばお前たちは下がってよい」
言われるままに、芳純一人を残して奥座敷を後にする。
適当に追い払うがごとき重弘の態度は腹立たしいものがあった。が、あの演説から開放された安堵感の方が遥かに上回っている。
「あれでは、猫を化け猫扱いするのも無理からぬことですね」
溜息をつくセイノに、童子が頷く。
「本物にしても化け猫にしても、あの猫嫌いを直すのは無理じゃの」
先程の重弘の様子を紙に書き取っていた銀杏が顔を上げる。
「でも、きっかけくらいは作ってあげたい、です」
「俺の見た感じでは‥‥」
それまで考え込んでいたアレックス・ディーゼル(eb4515)が口を開いた。
「傲慢で横暴に見えるが、根は繊細なんだろう。弱さを隠すための虚勢とも言える。猫嫌いの原因となる事が過去にあるのかもな」
アレックスは対人鑑識の腕に自信がある。銀杏は感心しながらそれを書き取っていた。
「それでは手分けをして情報を集めましょう」
マイアの言葉に全員が頷いた。
●猫の手掛かり
倉橋を通して当主の許可を取り、使用人達に話を聞くこと、屋敷の半分を調査することが許された。寝室を含む当主の私室は許可がおりなかった。
依頼を受けてから三日目。長坂家の縁側に集まり、お互いの情報を交換し合う冒険者達がいた。
しかし、ギルドで聞いた以上の情報を得た者はいなかったのだ。
「屋敷一帯にも猫の痕跡はありませんし、化け猫というのも本当かもしれませんね」
セイノが困ったように首を傾げる。
肝心の猫嫌いの理由なのだが、今いる使用人は比較的新しいため知らないのだ。倉橋はもちろん知っていたとしても語らないだろう。
「何をされているのですか?」
マイアの声に全員が彼女の視線を追うと、庭にいる童子に行き当たった。
「試しに山葵を撒いてみとるけん」
童子は手に提げた袋からすりおろした山葵を庭に散らしながら答えた。
「猫舌ちゅうくらいじゃきに辛いのが苦手かもしれんけぇの」
「確かに、猫は刺激臭を嫌いますからね」
動物知識を学んでいるマイアだけあって、猫の生態にも詳しい。
「あ、ちょっと」
アレックスが通りかかった若い女中二人を呼び止める。
「猫が出始めたのと同じ頃に、何か変わったことってなかったかな?」
「そういえば、お雪ちゃんが来たのってちょうどその頃だっけ?」
年上の女中が隣の少女に呼びかけた。十歳をいくばくか過ぎた程度の、色白の少女は小さく頷く。そういえば、この少女に会うのは初めてだ。アレックスはお雪に尋ねる。
「何か気付いたこととかあったら、教えて欲しいんだけど」
黙ったままのお雪を見かねて、隣の女中が口を挟んだ。
「お雪ちゃんは上手く話せないから、ほとんど喋ることがないのよ。ごめんなさいね」
「‥‥やっぱり当主本人から聞くしかないのか」
廊下の奥に消える二人を見送りながら小さく溜息をつくアレックスを励ますように、銀杏が言う。
「宿奈さんが、上手くやってくれているはず、です」
アレックスはそんな銀杏の頭をわしわしと撫でてやった。
一方芳純は、初日から引き続き当主の心理療法を試みていた。
毎日根気良く重弘の話を聞き、それがどんな理不尽ないい様であっても否定せず、重弘の苦労と心痛を労る言葉を掛け続ける。
次第に重弘の攻撃的な面がはがれ落ち、本来の姿を見せるようになっていった。
カウンセリング技能に長けた芳純だからこそ成しえたことだろう。
「ところで重弘様。化け猫は寝所に良く現れるとのこと。それを待ちぶせて退治いたしますので、一日だけ別の場所でお休み頂けませんか?」
重弘の信頼を得て、寝所を調べる許可をもらう。それも心理療法を続けた目的の一つだった。
●化け猫の正体
それでも重弘はかなり渋っていたのだが、マイアが『大事な物は運び出す』という条件を提示し、セイノの『当主の身に危険が及ばぬように』との後押しもありようやく寝所に入る許可をもらったのだ。
丑三つ時を控え、がらんとした寝所で六人が猫を待ち受けている。寝所も想像していたよりは広いが、戦闘になった時の事を考えると物を運び出したのは正解だった。
「本当にこれが猫を呼んでいるのでしょうか?」
セイノが手にしているのは、小さな鈴が付いた赤い紐である。飾り棚や装飾品などを運び出している時に、壁との隙間から出てきたのだ。
「しっ、来たぞ」
いち早く気配を察知したアレックスの言葉で、全員に緊張が走る。
痛いほどの静寂の中、襖が僅かに開いた。その隙間からするりと、緑に光る眼が一対。
忍者刀を抜いた童子の前に、とっさにセイノが立ち塞がった。
「待って! 化け猫でなかったら‥‥」
その間に黒猫の前に進み出たアレックスだったが、捕えようと伸ばされた腕を足がかりに猫は軽やかに彼の頭上を飛び越えた。
空中を舞っていた黒猫に縄状の物が襲い掛かる。
マイアが振るった鞭は空を切った。この暗さで僅かに目測を誤ったのだ。
「こあぎゅれいとっ」
声と共に白く輝く銀杏の姿が闇に浮かび上がる。
地面に着地したと同時に猫の動きが止まった。
「動き出す前にスリープをかけて、安全なところへ連れて行きましょう」
芳純が猫に歩み寄ったその時、
「まって」
いつからいたのか、襖の近くにお雪が佇んでいた。
「そのこ、わたしの」
「あなたの猫なの?」
マイアが驚きを通り越して呆れた声を出した。
お雪は魔法から開放された黒猫を膝に乗せて語る。たどたどしい言葉は、意味を汲み取るのが大変な部分もあったが、伝えようとする意思は感じられた。
「しげひろ、ねこ、ころした。おこってる」
それは芳純が重弘から聞き出した話とも辻褄が合う。
十五年前、事故で亡くした母の最後の贈物だった小鳥を、飼っていた猫が殺してしまったというのだ。
それ以降猫嫌いになり、乱暴なやり方で追い払うようになったそうだ。しかし、殺したのは小鳥を殺した猫が最初で最後だという話だった。
芳純はなるべく分かりやすい言葉を選んで、それをお雪に伝えた。
「大切なものを失ったのは、重弘様も同じなのです」
「‥‥ころされた、ねこ、は、おかあさん」
「その黒猫の母猫だったのですか?」
お雪は黒猫を抱いて立ち上がった。セイノが慌てて付け加える。
「もちろん、猫を虐めるのは良くない事です。何とか心を入れ替えてもらえるように話してみますから」
セイノに静かに歩み寄ったお雪は、片手を差し出した。セイノが導かれるように鈴のついた紐をお雪に手渡すと、お雪は襖を開けて寝所を出て行った。
翌日、最初に屋敷を訪れた時と同じ奥座敷に呼ばれた六人が重弘の前に座している。
セイノが一礼してこう告げた。
「あの黒猫は、かつて長坂殿が殺められた猫の復讐のために現れた様です」
「むう‥‥」
怒りに眉を吊り上げ唸る重弘に、芳純が言う。
「かつての猫というのが、黒猫の母猫だったようなのです」
「母、とな! ‥‥そうか」
初めて会った時の勢いは何処へ行ったのか、重弘は神妙な面持ちでうつむいた。芳純と話すうちに元来の性格を取り戻しつつあるのだ。
「今後は猫を傷付けないようにお気をつけください」
きつく言うつもりだったセイノのその言葉も、重弘の様子に勢いを失った。
こうして依頼を終え、冒険者達は門を出た。
「これで解決した、のか?」
不安げなアレックスの様子も無理はない。女中のお雪が黒猫をけしかけていたなら、また出ないとも限らない。
「あの様子では、もう猫虐待はしなさそうですが‥‥」
マイアが呟いた。気にかかるのはそれよりも‥‥。
「どうしてお雪さんが、生まれる前の、ごく限られた人間しか知らなかった事を知っているんです?」
「そう言われれば、そうじゃのう。ん?」
路地を振り向いた童子につられて皆も振り向く。
路地の先には、昨夜の黒猫が座ってこちらを見つめている。そこに白い猫も現れた。
「あ、あれは」
銀杏は思わず口にしたが、全員が同じく驚いていた。白猫の首には、あの赤い紐があったのだ。走り去った猫たちの姿はすぐに見えなくなった。
アレックスがぽつりと言った。
「まさか、お雪ちゃんが化け猫だったりして、な」
それを冗談と笑い飛ばしていた彼らはまだ知らない。
長坂屋敷から、お雪の姿が忽然として消えていたということを。