河童の濡れ衣を晴らせ!
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■ショートシナリオ
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:4人
サポート参加人数:3人
冒険期間:09月01日〜09月06日
リプレイ公開日:2006年09月09日
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●オープニング
雨の降りしきる中、雨避けに蓑笠を纏った若者が荷を積んだ驢馬を引き連れて川までたどり着いた。作った野菜を京都まで売りに行くところである。
川幅4m程度のこの川には、村から京都へ行き来するための小さな橋がある。欄干も無い橋は、人が三人並んで渡るのがやっとの小さなものだ。
連日の雨で水位は増していたが、橋が水没する程ではない。若者は橋を渡り始める。
橋の中央付近に差し掛かったその時。
突然、ものすごい勢いで手綱が引かれた。振り向いて見たものは、橋から落ちそうになり暴れる驢馬の姿だった。
「わぁっ。ほれ、早く登るだ!」
両手で手綱を引く。が、驢馬の様子がおかしい。まるで、川の中から何かに引っ張られているような‥‥。
「ひぃっ!」
思わず悲鳴を上げた。川の中から伸びた手が、手綱を掴んだのだ。その手を隙間なく覆うのは、黒く光る鱗。
若者は手綱を離して村の方へ駆け出した。
橋から降りて振り向くと、川面には何も無く。若者は増水した急流を見つめて、しばらく呆然と立ち尽くした。
「次の方、どうぞ〜」
受付の少女が笑顔で呼びかけると、進み出たのは初老の男だった。
『田舎の農夫』をそのまま形にしたようなその男は、太郎と名乗った。
「では太郎さん、ご依頼の内容について聞かせてくださいな」
少女が促すと、太郎は落ちつかなく辺りを見回しながら、少女にしか聞こえない小さな声で言った。
「河童が出たんですわ」
「え?」
「河童じゃよ、河童! 河童が、わしらの村付近で悪さしとるんじゃ」
少女が傾けた耳に、太郎は必至に小声で叫ぶ。絶対少女以外には聞こえてないだろうに、太郎は周囲を伺う。
それもそうだろう。ギルドには冒険者として多くの河童達が訪れるようになった。今も数人、ギルドに依頼探しに訪れている。
太郎はそちらを気にしながらも、早口で(もちろん小声で)受付係にまくし立てる。
「村に行くために川を渡る唯一の橋を、荷を持って渡ると現れるんじゃ。子供も三人ほど引き込まれてしもうた」
「それは間違いなく、その、河童、なんですか?」
つられて受付係も小声で尋ねる。太郎は一も二も無く頷いた。
「そりゃあもう、昔から水際で悪さすんのは河童と相場が決まっとろうが」
「え、いや、ですからそのう‥‥犯人が河童さんなのを見た人は‥‥」
「村の若ぇ者で幸彦ってのが、驢馬を獲られただけで助かった奴だが。黒い鱗の手を見たとか何とか」
「鱗? 河童さんの手なら、緑色のはずでは?」
「んなもん、雨で暗かった上に、おったまげたせいで甲羅の黒とごっちゃになったに違いねぇだ」
「‥‥その河童さん? は、子供も襲ったんですか?」
「そだ。三人もだぞ! 悪ぃ奴だべ? 早く退治してけれ!」
終始小声のやりとりに、受付係は依頼書を書いていた手を止めた。
(「どうやら、犯人は河童さんじゃなさそうですね。子供を襲う上に、黒い鱗の手‥‥もしかして水虎?」)
太郎の言うように、かつて河童が悪さをしていた頃はその頭目的存在として水虎が君臨していたという。水虎は全身を黒い鱗に覆われた大猿のような姿で、子供の血肉を好むとか‥‥。
受付係は太郎に向かって微笑んだ。
「それは河童さんじゃないですよ。きっと水虎という妖怪です」
「そうかのぅ‥‥まぁ、わしらは無事に橋を渡れるようになればええんじゃが」
「かしこまりです〜。川に棲む悪い奴は、冒険者さんに退治してもらいます! 安心して村で待っていてくださいな」
「ありがてぇ。あ、その橋通って村に来たら、いきなり襲われっかも知れねぇだ。先に村に来るなら、この地図見ながら遠回りして来るといいだ」
太郎は受付係に地図を渡すと、河童達を避けるようにして帰って行った。まだ河童達に対する疑いは晴れていはいないようだ。
「これでよし、と」
受付係は依頼書の最後の一文を書き終えて壁に貼り付けた。
『河童さん達の濡れ衣を晴らしてあげてください』
●リプレイ本文
●雨の中
降りしきる雨の中、冒険者達は京都を発った。
依頼人のいる村へ最も早く到着することのできる道は、水虎が出るという橋を通らなくてはならない。
「既に俗世とは縁を切った身ではあるが‥‥」
一人呟く矢作坊愚浄(eb5289)は、悟りの境地を求めて行脚修行を続ける雲水だ。
河童として生まれたことで猜疑という名の試練を受けるのであれば、それを晴らすのもまた修行のうちである。
「ただ無謀に挑むは修行に非ず。まずは迂回し村へ向かい、より詳細に事を聞くとしよう」
仲間を振り向くと、頷くのは陰翔砕夢(eb6440)。
「僕もそれがいいと思います。時間はかかってしまいますが、水虎を見たらしい若者に詳しい話を聞いてみたいですし」
砕夢にとっては、この依頼が陰陽師としての初仕事となる。
水虎の凶行に怯える村人、冤罪を受けている河童達、どちらも捨て置くことはできない。ただ、足手まといにはならないようにと自らに言い聞かせた。
砕夢は橋を迂回して先に村へと向かうことを、セシェール・ペラス(eb5429)にテレパシーで伝えた。
セシェールはイギリス出身のハーフエルフ。ジャパンを訪れて日が浅いのか、ジャパン語は全く分からないのだ。
幸い砕夢が通訳を生業としていることもあり、砕夢がお互いの言葉をテレパシーで伝えることで会話が成立していた。
愚浄以外はこれが初めての依頼。そして依頼を受けたのは四人。しかも出発時に集まったのはこの三人だけだった。
砕夢とセシェールは不安を隠しきれない様子でいるが、愚浄はさすが落ち着いたものである。ギルドで受け取った村までの地図を頼りに、雨の道行きを先導して行く。
村へたどり着いたのは、丁度出発してから丸一日が経った頃だった。
●たどり着いた村で
冒険者到着の知らせを受けて、村を代表して太郎が三人を迎える。
「いやいや、この雨の中よう来てくださった。まずはわしの家で休んでくだされ」
「かたじけない。拙僧は矢作坊愚浄と申す」
笠を被った愚浄が顔を上げると、たちまち太郎や村人の表情が強張った。
「河童の被害に遭っている村に河童をよこすとは!」
怒りに顔を染めている太郎の前に、一人の若者が割って入った。
「太郎さん、おらが見たのは河童じゃねぇって」
「幸彦‥‥じゃが川で悪さするのは河童以外おらんじゃろう」
「だけんど、驢馬を引き込んだ手は黒い鱗に覆われとった。こん人の手は緑だ。水かきもあるし」
「お前たまげて気が動転して見間違ったんじゃろ。ともかく河童なんぞ、わしん家には上げられん」
太郎はそそくさと自宅に向かって帰っていく。気付けば周囲にいた村人もおらず、幸彦と三人の冒険者だけが村の入口に取り残されていた。
「しょうがねぇなぁ‥‥おらの家でよかったら、来てくだせぇ」
申し訳無さそうに頭を下げる幸彦は、素朴でいかにも人が良さそうな青年だ。愚浄は幸彦に頷いて見せた。
「お世話になるとしよう。実際に被害に遭った幸彦殿には、詳細を伺いたいと思っていた。それに‥‥」
愚浄は後ろを振り向いた。そこには女性二人が力無くへたり込んでいる。
「できれば彼女らに何か食べ物を分けていただけぬか」
村まで一日掛かるというのに、保存食を持たずに出てきてしまった二人。愚浄も分けてあげられるだけの量は持っておらず、ここまで飲まず食わずで歩いてきた女性陣であった。
●作戦会議
幸彦は両親と早くに死に別れ、一人で暮らしているのだという。
芋粥をご馳走になり、セシェールが幸彦にお礼を言った。その後に続けて話すが、イギリス語のため幸彦にはまるで通じない。テレパシーを使った砕夢が通訳する。
「『ご飯を頂いて助かりました。準備が足りなくて申し訳ない』と。それは僕も同じです‥‥幸彦さん、ありがとうございます」
頭を下げる砕夢に、幸彦は両手を振って見せた。
「そんな、申し訳ねぇのはこっちだ。せっかく来てくれたのに村の皆があんな‥‥」
幸彦はばつが悪そうに愚浄を見る。が、愚浄は気にした様子も無く言ってのける。
「不信があらば邪険にされるは必定。これもまた修行、苦にはならぬ」
「さっそくですが幸彦さん。あなたが見たものは水虎ではないかとギルドで聞いてきたのですが、目撃した時の詳しい話を聞かせてもらえますか?」
砕夢が尋ねると、愚浄がそれに付け足した。
「幸彦殿が村人から聞いた話で知っていることもあれば、聞かせてもらいたい」
幸彦から聞き出したことによると、村人が襲われる時間は昼頃で、概ね川上側へ引き込まれる事が多かったという。
水虎と別の生き物を見間違えては困るという配慮から、愚浄が問う。
「その川に大きな魚や川獺、山椒魚などの類。それに河童などは住んでいるのか?」
「いても小さな川魚くらいだ。河童も昔は良く見かけたみてぇだが、最近はめっきり見なくなったな」
ここは江戸も近い。冒険者となるべく江戸に向かった河童も多くいるのだろう。
砕夢が愚浄を振り向いて言った。
「それならば、ここを訪れるまでの道中話し合った作戦で大丈夫そうですね」
「うむ。首尾よく水虎がかかってくれることを祈ろう」
●水虎
その翌日も雨が降っていた。
村から江戸へ向かう道の途中にあるその川は、連日の雨により橋桁のすぐ下に水面があるほどに増水している。
雨に煙る橋の上を、一人渡る小さな影がある。
子供程の身の丈を蓑笠にすっぽりと包み、手に長い杖を持ったその影は、橋を踏み鳴らすようにゆっくりと渡って行く。
背負った荷の中から一つ取り出したのは、青々と育った胡瓜である。じっと見つめ、ひとかじり。ぱきり、と小気味良い音が響き、瑞々しい味が口の中に広がる。
と、手がすべり胡瓜は足元で跳ねてぽちゃりと川面へ。胡瓜の落ちた川上側を覗き込む。
「!」
突如水面にしぶきが上がり、同時に足首に圧力が掛かる。足を掴んでいるのは、正しく黒い鱗の手だ。
雨の音に混じり、凄まじい悲鳴が辺りに響く。
茂みに潜んでいた砕夢、セシェールが咄嗟に橋へと駆け寄った。
「愚浄さん!?」
蓑笠姿はまだ橋の上にある。杖のように手にしていた河伯の槍が水面に衝き立てられたその先から、下流へ向けて血が流れている。
二人が安心したのも束の間、引き上げようとしたその槍は凄まじい力で川に引き込まれ、愚浄もろとも水没してしまったのだ。
橋の上まで行き川面を見つめるが、激しい流れに影一つ見えない。覗き込もうとしたセシェールを、砕夢が止めた。
「うかつに覗き込んでは、こちらまで引き込まれてしまいます」
水練達者な愚浄ならともかく、他の者が引き込まれては、水虎が手を下すまでも無く溺れてしまうだろう。
『だけど、このままでは‥‥もし愚浄さんが水虎との戦いで傷ついても、私のリカバーは触れていないと癒せません』
セシェールの心配も分かる。しかし両者が水中にいる以上、こちらからできることは限られている。砕夢は逸る心を抑えつつ、橋の縁を見た。袂に結んだロープはまだ繋がっているようだ。ぴんと張っている様子も無い。ということは、愚浄は自力で泳ぎ流れに逆らっているということだ。
「幸い、愚浄さんの命綱はまだ切れてない様子。僕がムーンアローで援護します」
水中に引き込まれた愚浄はすぐに水虎の姿を探した。
その影を右後方に認め、すかさず身を翻す。愚浄の肩口を、水虎の鋭い爪がかすめた。
愚浄は眼を見張った。先刻突き立てたはずの河伯の槍による傷が、水虎の身体に見られないのだ。あの確かな手ごたえ。間違いなく手傷を負わせたはず‥‥。
襲い来る水虎に、愚浄は考えを切り替えた。この手でしかと引導を渡せば良いことなのだ。
河童である愚浄と水虎の水中での素早さは互角。河伯の槍が帯びた河の神の加護により、愚浄の動きは長い槍を振るっていてなお水虎に遅れを取る事はない。
水虎の連続した攻撃を見事な身のこなしでかわしていた愚浄だが、この川で暮らす水虎の土地勘には叶わない。いつの間にか川岸に追い詰められていた。迫る爪を槍の柄で防ごうとするが、間に合わない!
その時、淡く光る矢が水上から飛び込み水虎の背に突き立った。僅か鈍った爪の一撃を愚浄が受け止める。そのまま滑らせるように、穂先を水虎の懐へ突き入れた。
隙を突かれた水虎は、脇腹に深々と刺さった槍を両手で引き抜いた。その直後、水虎の傷が見る間に塞がっていくではないか。
(「なんと、自ら傷を再生するとは‥‥!」)
だからあの初撃の傷も、跡形もなく消えていたというわけか。
(「しかし、それとて無限に使えるわけではあるまい。奴を冥府に送るまでこの槍を振るうまで!」)
●河伯の使い
橋の上から水中の愚浄を援護すべくムーンアローを連発していた砕夢だったが、思わず詠唱を止めた。
下流の川面に、おびただしい量の血が浮かび上がってきたからだ。
思わず橋から身を乗り出して覗き込んだ砕夢の前で、大きな水しぶきが上がる。その中心にいるのは水虎だ。
「きゃあっ!」
尻餅をついた彼女の横に水虎が身を投げ出すように橋の上に倒れこんだ。ぐったりとした水虎の胸に深々と刺さっているのは、河伯の槍だ。
水虎の骸を橋に上げた愚浄も橋の上によじ登る。全身には水虎の爪痕が無数に刻まれていた。
「無辜の童を手にかけるなど畜生にも劣る所業。我が槍は仏罰と心得よ」
それだけの傷を負っても平静な様子で言い放ち、愚浄は水虎の背から槍を引き抜いた。
すぐにセシェールが愚浄にリカバーをかけて傷を癒し、三人は水虎の亡骸と共に村へと戻った。犯人の正体を暴く事で河童に対する誤解も解け、事件は解決したのである。
後日、知人の伝で用意した地蔵を川岸に奉じ、水虎の犠牲となった者たちの冥福を祈る愚浄の姿があった。
それを見かけた村人たちの間で、愚浄は河の神が使わしてくれた僧に違いないと噂が起こり、彼のことを河伯の使者と称えるようになったという。