毒蛙の脅威

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月11日〜09月16日

リプレイ公開日:2006年09月18日

●オープニング

●毒の蛙
 弥太郎の住んでいる村は、江戸からそう遠くない農村である。米作りを中心に行なっており、その日も朝早くから、皆いつものように田へ作業に出かけたのだが‥‥。
「うわっ!」
「わあっ!」
 方々から悲鳴が上がった。水田の泥の中から、水が跳ね上がってきたのである。
 ところがその水はただの水ではなかった。水を浴びた者たちが急に苦しみ始めたのだ。
 弥太郎が倒れた者を助け起こそうとしたその時、足元の泥が盛り上がり、30cmもあろうかという赤や黄に彩られた極彩色の蛙が現れたのだ。
「ひっ!」
 蛙が大きく口を開くと、そこからどろりとした液体が発射された。
 液体は、蛙に驚いて尻餅をついた弥太郎の頭上を越え、3m程も離れていた女性にかかりその女性もその場に倒れこんだ。
 弥太郎は必死で倒れた男を引きずるようにして田から逃げ出した。
 逃げる背中に毒液を浴びながら、弥太郎も何とか家の近くまでたどり着いた。
 気がつくと、弥太郎は家の布団に寝かされていた。騒ぎを聞きつけて外に飛び出してきた嫁のお里に解毒剤を飲まされて一命を取りとめたのだ。
「他の皆は、どうなった?」
 弥太郎が尋ねると、お里は辛そうに眼を伏せた。
「皆で解毒剤を持ち合ったけど、数が足りなくて‥‥十人も亡くなったわ」
「そうか‥‥」
 毒蛙は我が物顔で田や村周辺を徘徊し、村人は皆戸や窓を閉め切って家に閉じこもるしかなかった。
 それから数日が経ち‥‥。
「あんた、何やってるんだい?」
 お里が土間をひっくり返している弥太郎に尋ねると、身を起こした弥太郎は解毒剤の瓶を握りしめていた。
「おれっちが、江戸に行って毒蛙の退治を頼んでくる」
「そんな、外には毒蛙がたくさんいるのに、危ないよ! やめとくれ」
「このままここにいても、食料が尽きたら皆死んじまうんだぞ!」
「解毒剤だって、一つしかないじゃないか。あんたが死んだらどうするんだよ」
「いいな、お里。お前は絶対外に出るんじゃねぇぞ! 絶対戻って来っからな!」
 弥太郎はすがるお里を振りきり、家の外に出て戸を閉めた。江戸に向かうには、毒田のあぜ道を抜けなくてはならない。
 意を決し、弥太郎は駆け出した。
 毒に侵され、丹精込めて育てた稲の枯れ果てた姿に涙が出そうになる。今年の収穫が見込めない以上、他に仕事を探して今年の冬を乗り切らなくてはならないだろう。しかしそれも、無事に江戸にたどり着き、蛙を退治できてからの話だ。
 左右の田で泥が盛り上がり、毒液が発射された。出来る限り避けながら走るが、あまりの数に弥太郎はすぐに毒液にまみれた。それでも弥太郎は走り続ける。あぜ道にいる蛙を飛び越えながら。
 ようやく田を抜け茂みに飛び込んだ。
 体が重く、思うように動かずに時間がかかったが、地面に転がったままの状態で毒液に浸った服を脱いだ。
 それから油紙に包んで懐に入れてあった着替えと解毒剤を取り出して、解毒剤を飲み干した。
 少し休んで毒が抜けた弥太郎は着替えを身に付け、毒に体力を奪われた体に鞭打って江戸までの道を走り続けてきたのだった。


「なるほど‥‥それは急を要しますね」
 呟いたのは和服に身を包んだ黒髪の青年だ。ギルドに飛び込んできた弥太郎を助け起こして、奥の部屋に通した受付係である。
 弥太郎は大分落ち着きを取り戻してはいるが、村の‥‥一人残してきたお里の事を思うと気が気ではない。
「おれっちが使ったのが、村にある最後の解毒剤だ。もし今村で毒にやられた者が出たら、間違いなく死んじまうだ」
「分かりました。早急に冒険者をそちらに向かわせましょう」
 受付係は真剣な顔で頷いた。
 問題は弥太郎の村だけではない。その村の近くに流れる川は、江戸の湾まで繋がっている。もし毒蛙が川の流れに乗って江戸まで来たら、大変な事になるだろう。
 受付係はすぐに依頼書の作成に取り掛かった。

●今回の参加者

 ea0276 鷹城 空魔(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb5425 オドゥノール・バローンフフ(27歳・♀・ナイト・ドワーフ・モンゴル王国)
 eb5463 朱 鈴麗(19歳・♀・僧侶・エルフ・華仙教大国)
 eb5698 三笠 流(26歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●毒蛙の村
 その村は、村人の家が集まる居住区を水田が囲み、田の外周をぐるりと水路が取り囲んでいた。
 田へ水を引く用水路はあぜ道に沿って巡り、外周部の二箇所から川へと繋がっている。上流の水路から水を引き込み、下流の水路から再び川へ抜けるように作られていた。
 毒蛙退治は、まずその両水路を封鎖するところから始まった。
 水門があればそれを閉めるだけで済んだのだが、大きめの岩や土砂で埋めて封鎖した。それに関する知識やスコップなどの道具も無かったため、思いのほか時間がかかってしまっていた。
「ともあれ、これで蛙や毒液が江戸に流れることも無いだろう」
 三笠流(eb5698)は水路が延びる先にある田を睨む。無残にも萎れ、枯れ果てた稲の下に、村人を苦しめている元凶が潜んでいる。
 人の姿も無く、廃墟のようにすら見える村の様子に、ペットを木に繋ぎ終えた朱鈴麗(eb5463)が言う。
「こうしている間にも誰かが亡くなっておるやもしれぬ。早う蛙を退治してしまわねば」
「そうしたいところだが、先に水田を突っ切って村へ行かないか? 毒蛙の駆除に必要な物を村で調達したい」
 そう提案した流に桐谷恭子(eb3535)が続く。
「そうだね。相手の数がはっきりしない以上、長期戦になるかもしれないし‥‥私も三笠殿の意見に賛成だな」
 鈴麗は考えを巡らせたが、そう長くはなかった。
「そういうことならば村へ参ろう。弥太郎殿が無事であることを、奥方に伝えてやりたいしのう」


●毒田を抜けろ
 オドゥノール・バローンフフ(eb5425)は、水田の端に立ち、その手にミドルボウを構えている。
「皆、準備は良いでござるか?」
 ドワーフに生まれた彼女は、女性でありながら見事な髭をたくわえている。それに加えて誰にジャパン語を教わったのか、この口調。ジャパンにおいて貴重な存在であろう。
「いつでもおっけーだぜ!」
 威勢良く返事をする鷹城空魔(ea0276)と、おもむろに頷く流。忍であり素早さに自信のある二人が先行し、出てきた蛙をオドゥノールが矢で射るという寸法だ。
 全員蛙の毒を浴びてもいいように毛布やマントを頭から被っている。傍から見れば何とも異様な光景だが、本人たちは至って真剣だ。
 視線でタイミングを計り、空魔と流は同時に走り出した。と、枯れ稲の間で泥がもこもこと盛り上がり、すぐさま毒液の放出が始まった。
「おいでなすったな」
 流は毒液を避けつつ走るが、どの方向から飛んでくるか分からないものをかわし続けるにも限界がある。
 毒液の発射元を見定めて矢を放つオドゥノールも、味方に当たらないように狙うとなると、射る範囲が限定されてしまう。しかも習い始めたばかりの腕前では、威嚇射撃の域を出ない。
「こんな蛙がいたんじゃ、こっちまで危ないじゃん」
 空魔はちらと後方を振り返った。恭子と鈴麗は少しの距離を置いて付いてきている。オドゥノールも矢が尽きたらしく、毛布を被って走り始めた。
 矢での威嚇が無くなるやいなや、毒液攻撃が激しさを増す。空魔は上空へ向けて叫ぶ。
「鷹丸、鷹ノ進。援護を頼む!」
 頭上で旋廻している二匹の鷹は、空魔の声に反応した。が、訓練不足か主との絆より恐怖が勝り、降りてくる気配は無い。
「‥‥あいつら今日はメシ抜きにしてやる!」
 毛布やマントから染み込んでくる毒が表皮に達し、毒が侵食してくる。その苦しさと身体の重さに耐えながら何とか居住区にたどり着いた。
 すぐに毒液にまみれた毛布やマントを外し、各自持参した解毒剤を服用する。それからようやく手近な民家の戸口を叩いたのだった。


●お里
 村人に毒蛙の退治に来たことを伝えると、まるで神か仏が現れたような勢いで感謝された。
 教えられたとおり弥太郎の家に向かい、依頼人の妻を訪ねる。
 弥太郎の無事を伝えると、お里は安堵に泣き崩れた。
「安心するでござるよ。毒蛙も拙者達が退治するでござる」
 オドゥノールの声を聞き、お里は驚いて涙も止まる。お里は異国の者と接するのも初めてで、見た目で男だと思っていた者の口から女性の声が発されたのだから、無理も無い。
 そのことにオドゥノールが気付いていないうちに、恭子がお里に話しかける。
「実は、毒蛙退治の為に借りたいものがあるんだ」
「もちろん、村長に掛け合って許可を取るつもりだ。村長の元へ案内して欲しい」
 すかさず流が付け足した。メンバー中最年少とは思えない落ち着き、そして気の回りよう。将来は良い亭主となるに違いない。
 村長宅を訪れ準備を整えた一行は、夕飯にお里の手料理をいただいた。
 食事自体は質素な物だったが、言わば村に監禁された状態にある村人たちにとっては貴重な食料のはずだ。
「ありがたいけど、よかったのか?」
 空魔の問いかけに、お里は気丈に笑って見せた。
「あの人が命張って呼んで来てくれた方達だ。大事にしなきゃバチが当たるわ。それに、あたしだって村を救う為に何かしたい。でも、これくらいしかできないから‥‥」
 お里のその言葉に皆の心が引き締まる。何としても村を毒蛙から救わなくては。


●蛙退治
 空から注ぐ残暑の陽射しに、適温と化した水田の泥に身体を埋めていた蛙達は動揺した。身の回りから水が引き、泥も極彩色の皮膚を露にする程まで下がってしまったのだ。
 蛙たちは次々と身体を起こした。せっかく手に入れた安住の地を奪わんとする者達が近づいてくるのを察知して。
「これでお主等の姿は丸見えじゃ」
 と、あぜ道の端に忽然と佇む戸板が喋った、のではなく。その後ろに身を隠した鈴麗が、マジカルエブタイドのスクロールをたたむ。
 さらに別のスクロールを取り出し念ずる。ウォーターボムの発動と同時に空中に膨れ上がった水球は、高速の弾丸と化し一体の蛙を宙に舞わせた。
 次々盛り上がる泥の表面を、空魔は笑みすら浮かべて見下ろしている。
「来た来た!」
 空魔の声とほぼ同時に、毒液が放たれる。
 毒持つ粘液が、避ける仕草すら見せない空魔の顔面を直撃した。が、粘液が後方にすり抜け、空魔の姿は空気に溶け込んでいく。
 それが分身の術による幻影だったと、蛙の脳で理解できたかどうか。その蛙は背後から忍者刀に貫かれていた。
「残念でした♪ ‥‥うわっ」
 泥の中にいる蛙の背後に回ることで、水田の真っ只中に入り込んでしまった空魔に、毒液の一斉放射が襲い掛かる。
 泥に足を取られ、倒れこんだ空魔の腕を引き上げる者があった。
「大丈夫でござるか、空魔殿?」
「悪ぃな、オドゥノール」
 言いながら解毒剤を煽る空魔を背後にかばい、吐き出された毒液からマントで顔をかばいながら果敢に蛙を剣で突く。
 毒を吐いたばかりの大口のまま、蛙は動きを止めている。鈴麗のコアギュレイトが動きを縛ったのだ。その蛙の口から腹までを、オドゥノールの名剣デルが串刺しにした。
「まったく、これほど多くの毒蛙が、どこから湧いて出たのでござろう」
 彼女が呟く隣の田では、枯れて後もしっかりと根を張った稲が視界を遮っている。
 田の一角が刈り取られ、その範囲が徐々にではあるが広がりつつある。刈り取られた区域に隣接したあぜ道に、流と恭子の姿があった。
 二人は戸板を盾にし、柄の長い鎌を伸ばして稲を刈り取っていく。
 短くなった稲と稲の隙間から覗いた極彩色の色彩に、流は柄の先を突き立てた。苦しみもがく蛙にもう一衝きすると、それはぴくりとも動かなくなった。
 流は蛙の死体をあぜ道に振り捨てた。
「デビルスレイヤーで蛙を狩ることになるとはな‥‥」
 そう、柄の長い鎌と思われたものは、イシューリエリの槍の先に普通の鎌を括り付けたものなのだ。
 ある程度の範囲が刈り取られたところで、恭子は先に鎌を縛り付けた鞘を脇に置いた。
「これで一網打尽にしてあげるよ!」
 恭子が投げたのは、漁師が使う投網である。
 投網というものは、広げて投げるにはそれなりの技術が必要なのだ。投げた網は、こてこてに絡まった状態のまま泥の上に横たわるだけ。恭子は漁師ではなく猟師の技術しか学んでいないのだ。
「ごめん、皆〜」
 恭子が謝るが、こうなっては仕方が無い。
「地道に倒していくしかないか‥‥」
 空魔が呟いたとおり、これが数日間に渡って繰り広げられた消耗戦の始まりだった。


●苦闘の果てに
 蛙の攻撃力は怖れるものではない。ただ、毒液を回避しきれず浴びてしまった時が問題なのだ。
 解毒剤の数には限りがある。
 毒蛙が全滅するのが先か、こちらの解毒剤が尽きるのが先か‥‥。
「そっちはどうだ?」
 大声で流が問いかけると、空魔と恭子が大きく手を振った。
「駆除完了!」
「こっちも、もういないよー!」
 恭子が答え、全員が力を抜いた。
「これでようやく片付いたでござるな」
 オドゥノールはあぜ道を見遣った。山と積まれた蛙の死体は、到底十匹前後とは思えない。三倍近くあるのではないだろうか。
 それを油を染み込ませた毛布で包んで燃やし、処分した時には全員既に泥まみれで、精も根も尽き果てようとしていた。
「余った解毒剤は村に置いて行こうと思うたのじゃが、一つも残らなかったのう」
 鈴麗も疲れた様子を隠せずぽつりと呟いた。


 初日のあぜ道突破で、ただ無闇に解毒剤を消費しただけではない。
 蛙の毒液は、発射後時間が経つにつれて毒性が薄れ、無くなっていくのだ。現に、毒液を浴びた毛布やマントは、翌日には触れても害の無い状態になっていた。
 つまり今年の冬さえ乗り切れば、村人たちは元の生活を取り戻すことができるということである。
 オドゥノールが施した保存食で英気を養い、共に無くなった者達の弔いを済ませると、男たちは江戸へ向かった。
 流が方々へ口利きに回り、鈴麗がギルドを通してお上に援助を申し立てたおかげで、ほとんどの者が冬を越す為の収入源を得ることに成功した。
 が、この依頼に参加した冒険者達はしばらくの間、蛙を見ることすらできなかったという。