見習い陰陽師。弟子入り試験!

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:5人

サポート参加人数:1人

冒険期間:09月21日〜09月26日

リプレイ公開日:2006年09月29日

●オープニング

●常盤丸
 今日何枚目か分からない依頼書を書き終えた受付係に、奥から声が掛かる。
「綾音ちゃん、そろそろ休憩入っていいよ」
「はーい。じゃ、ちょっと出てきますね〜」
 ギルドの入口から外に出ようとした彼女の身体に、正面からぶつかる小さな影。
「あらら、大丈夫ですか?」
「どこ見て歩いてんでぇ!」
「まぁ〜、元気な女の子ですねぇ」
 自分からぶつかってきたくせに喧嘩腰。しかし綾音はのんびりと微笑んでいる。子供はますます怒りに顔を赤らめ怒鳴った。
「俺は男だ!」
 とは言え、白く長い髪を高い位置で結わえ、黒い瞳はくりんと大きい。水干を纏った小柄で華奢な身体といい、未だ声変わりを迎えていない幼い声といい、どこからどう見ても女の子のようである。
「全く、ギルドの人間がそんなに見る眼が無くてやっていけんのかよ」
 外見とは裏腹の毒舌にあっけに取られていると、新たな人物が現れた。
「常盤丸(ときわまる)。初対面の人に失礼な口を利くのは止めなさい」
 言うなり後ろから、常盤丸という名前らしい少年の両頬をつねり上げた。
「いひゃい! いひゃいれす!」
「他に言うことは?」
「‥‥ほめんひゃひゃい」
 謝罪し、ようやく開放された常盤丸は涙目で赤くなった頬をさすっている。
 一部始終を見ていた受付係は、思わず吹き出した。
「あはは。お変わりありませんね、成佐様は」
 今目の前に立つこの三十路前の男は、八宮司成佐(はちぐうじ・なりすけ)。かつて陰陽寮で上位の官僚として仕えていた男だ。こちらも『女と見紛う』とまではいかないが、端正な容姿をしている。
「私に“様”など必要ないよ。今はただの学者なんだから」
 そう。とある事故の責任を自ら被り、彼が陰陽寮を出て在野に下ってから数年。その間一度も京都に戻ったことはないと聞いていたが。
「今日は、どうされたんです?」
「依頼をしたくて訪れたのさ。詳しくは常盤丸が説明するから。大丈夫だね?」
「はいっ。おまかせください!」
 きちっと姿勢を正して答える姿は、さっきの悪童ぶりとは偉い違いである。


●弟子入り試験
「つうわけで。冒険者に協力してもらって、その龍幻洞の中にある四つの祠から四枚の御鏡を取って来るのが仕事。でないと、俺は成佐様の正式な弟子にしてもらえないって訳よ」
 常盤丸はぜんざいの餡がくっついた口で、相変わらずの調子で説明する。
 成佐は他に用事があるらしく、受付係は常盤丸を連れて、茶店を訪れた。休憩がてら話を聞くことにしたのである。
 受付係は白玉抹茶汁粉を口に運びながら感心した。
「へぇ〜。弟子は取らないことで有名な成佐様が、仮にでも弟子にするなんて。常盤丸君はすごいんですねぇ」
「うぐっ‥‥ま、まあな」
 餅を一瞬喉に詰まらせ、落ち着きの無い態度を取るなんて分かり易すぎる。きっと常盤丸が自分で弟子見習いと言って歩いているだけなのだろう。
 だが、このお使いを成功させれば弟子にしてくれるというのだから、実際素質はあるに違いない。
「おまえ、成佐様と知り合いなのか?」
「ええ。昔とてもお世話になったんですよ〜」
「ふーん‥‥。ま! ここ数年お供をしている俺には敵わないだろうけどな」
 何が敵わないのか良く分からないが、とにかく負けたくないらしい。本人は一生懸命大人ぶっているようだが、やっぱり中味は子供なのだ。
 受付係は思わず微笑みながら問いかけた。
「どうして、そんなに陰陽師になりたいんですか?」
「成佐様は、俺の命の恩人なんだ。そればかりか、あの方には要りもしないはずなのに『手伝いが必要だから』って言って、俺を養ってくれてるんだぞ?」
 常盤丸は手にした箸を折らんばかりに握りしめている。
「今の俺では、たいした役に立てやしねぇ。陰陽師として手ほどきを受けて、ちゃんと成佐様のお手伝いができるようになりたいんだよ!」
(「なるほど‥‥成佐様への恩返しがしたいんだ」)
 さすが成佐が見込んだだけあって、ただの生意気なだけの子供ではないようだ。それに、陰陽師である成佐への憧れもあるのだろう。
「かしこまりです。ギルドに帰ったら、早速依頼書を貼り出しますね。精鋭さんに集まってもらいますので、任せてください!」
 受付係は最後の白玉を口の中に放り込んだ。

●今回の参加者

 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3619 日向 陽照(51歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb5289 矢作坊 愚浄(34歳・♂・僧兵・河童・ジャパン)
 eb5475 宿奈 芳純(36歳・♂・陰陽師・ジャイアント・ジャパン)
 eb7029 トウィッグ・ヴェルジニクス(25歳・♂・ファイター・ジャイアント・イスパニア王国)

●サポート参加者

百目鬼 女華姫(ea8616

●リプレイ本文

●いざ、龍幻洞へ
「その荷物は何ですか?」
 集合場所となったギルド前に現れた日向陽照(eb3619)をひと目見るなり、瓜生ひむか(eb1872)は幼さの残る眼を丸くした。
 陽照の猫背には、一体何が詰まっているのか背負っているのが信じられないくらいに膨らんだ風呂敷が乗っている。依頼に臨む陽照にと冒険者仲間の女華姫が持たせた荷物だ。
「重いです‥‥でも、これも試練‥‥♪」
 その名からは想像できないほど声も雰囲気も恐ろしく暗い。
 壁に寄りかかっていた常盤丸も、呆れた様子で風呂敷を見上げている。
「そんな大荷物背負って、龍幻洞に入る前にバテちまうぜ」
「ええ‥‥ですからこれは気持ちだけ受け取って来ました‥‥。ギルドに預けて行きます。今回の探索は常盤丸さんがするべき試練‥‥何が必要かは貴方自身が考えるのです」
 そう言いつつギルドに入っていく後姿は、まさに『歩く風呂敷』だった。


 陽の光の届かぬ地の下、そこに満ちる空気がひんやりと肌に触れる。
 壁も天井も地面も、黒く濡れた岩で囲まれた道。
 尖塔状に隆起した大小の岩が、天井と床のいたるところから突き出している。それらは緩やかな曲線を描いており、全員がまるで龍に飲み込まれて体内を歩いているような気分を味わっていた。
「穢れを祓うというだけあって、神聖な気配が‥‥っ」
 ひむかの声が途切れたのは、濡れた岩肌に足を滑らせたからだ。近くを歩いていた陽照が腕をささえ、転倒は免れた。
「おいおい、そんなんでついてこれるのか?」
 常盤丸のからかうような口調に、ひむかが言い返す。
「あまり毒舌だと、陰陽寮の人たちに嫌われるですよ。『お前の弟子は』なんて陰口は、成佐さんが気にしないと言っても、気になるものです」
「お前らは鏡を取る手伝いに来てるんだろ? 余計な口利くなよな!」
 憮然とした表情で言い放つ常磐丸の手を、水かきのある緑の手が掴んだ。河童の雲水(行脚修行僧)である矢作坊愚浄(eb5289)だ。松明を持たぬ右手が常盤丸を捕らえている。
「試練に対し力及ばぬ者への助力に否やは無いが‥‥喝っ!」
 大きな声と共にかっと見開かれる両目。常盤丸は僅かに身体を震わせた。
「見習いなれど八宮司殿の弟子を名乗るならば、己が無作法は全て師の不評に返ると心得よ。童であっても礼すら弁えぬ者に、恩返しなど夢のまた夢ぞ!」
 愚浄は眼に静かながらも厳しさを宿し淡々と語り出す。
「拙僧らの役割はあくまで助力。拙僧らが何を為すかは其処許が定めよ。さもなくば試練の意味は無し。皆も過度の手出しは控えられよ」
 無言で歩き出す常盤丸の後に続き、再び行軍が始まる。


●迷窟徒行
 洞内は道幅を変えながら無数に枝分かれして続いていく。
 勘には自信があると豪語する常盤丸は、右へ左へと進む。宿奈芳純(eb5475)が壁に小柄で印をつけ、歩数を数えながらスクロールに見取り図を取りながら進んでいたのだが、常盤丸が同じ道を通らないのは驚きだった。
 龍幻洞に入る時も、松明やランタンを節約して一つずつ消費するように常盤丸が提案した。
 お化け鼠の一隊が現れた時も、愚浄が投げた保存食で数を減らし、陽照のディスカリッジやひむか、芳純らが精霊魔法で援護をしたものの見事な戦いぶりを見せている。
 大口がはったりでないことは分かったが、ひむかは内心に残る憤りを持て余した。
 世間を知るべく、師匠に冒険者として送り出された自分。常盤丸は同じ白髪に黒い瞳。年も近い。出来る限りの手助けをしようと思っていたのに、気持ちに水を差す事を言われた。
 先刻だって、鼠にチャームを掛けテレパシーで道案内を頼む事を伝えてあったのに、『必要ない』と全て倒してしまったのだ。
(「こうなったら、おとなしく話を聞いてもらうです」)
 チャームを詠唱すべく印を結ぼうとしたひむかを、芳純の大きな手がそっと制した。
「常盤丸殿、貴殿は陰陽師として成佐殿のお手伝いをされたいとか」
「何だよ、文句あんのか?」
「いえ。立派なお心がけです。だからこそお手伝いをさせていただいているのです」
「俺は何としても成佐様の弟子にならなきゃいけないんだ。でかい図体で、足手まといにはなるなよな」
 常盤丸の瞳の奥に潜む焦燥と不安を、芳純の心療助言者としての眼は見逃さなかった。
 それは試練という重圧によるものなのだろう。周囲へ罵詈雑言を向けることで強い自分を意識し、精神の均衡を保とうとしているのだ。
 それを確信した今、芳純は常盤丸の毒舌に対してこう返した。
「確かに洞内は私の身体には少々狭い。それを心配してくれているのですね。ありがとうございます」
 その後も常盤丸の毒舌が発せられるたび、芳純は常盤丸の言葉を広い解釈で受け止め続けた。
 やがて一日目が終わろうとする頃には、常盤丸も大人しくなっていた。


●常盤丸
 道が膨らみ広場のように開けたところで、食事と睡眠をとることにした。
 灯りは消えたまま、皆が寝静まった頃。常盤丸は隣で休んでいるはずの芳純をつつく。
「なあ、起きてるか?」
「ええ」
 小声の問いかけに、同じ音量で返事を返す。常磐丸は小さな声で続けた。
「俺さ、何年か前に両親と死に別れたんだ。眼の前で妖怪に殺されてるのを、見てるしかできなかった。そこを助けてくれたのが、成佐様だった」
「‥‥」
「成佐様みたいに力があれば、失わずに済んだ‥‥。それに、成佐様の役に立てるようにならないと、俺‥‥」
 黙り込んだ常盤丸に、芳純が言う。
「万が一失敗しても、成佐殿はあなたを見捨てたりしません」
「‥‥何で色々分かるんだ? 陰陽師だから?」
 そう言った常盤丸は、暗闇の中で笑ったようだった。芳純は常盤丸の心の平穏を感じながらこう答えた。
「陰陽師だから、というわけではありませんけど。心療助言ならたしなんでおりますから」


 洞内の探索を再会してすぐに、大蝙蝠の群れに遭遇した。高い声を発しながら襲い来るのは三体だが、素早い動きで皆を翻弄する。
「うわっ!」
 常盤丸に襲い掛かった一体を、愚浄の小太刀が払い除けた。が、大蝙蝠はすぐに体勢を立て直す。直後、常盤丸の周囲を陽照のホーリーフィールドが包み込む。
 その時、シャドウボムを発動させようとしたひむかが倒れた。貧血を起こしたのだ。すかさず二体の大蝙蝠がひむかを襲う。
 大蝙蝠の牙が捉えたのは、ひむかではなく常盤丸だった。結界が解けてしまっているにも関わらず、倒れているひむかをかばって立ちはだかったのだ。
 芳純のムーンアローに怯んだ隙に愚浄が小太刀を当て、少しづつではあるが確実にダメージを与え、一体を倒し二体は何とか追い払った。
 常盤丸は水干の裾を破いて腕の傷に巻きつけているが、両腕を負傷したためうまく巻くことができない。それを巻いてくれたのは、意識を取り戻したひむかだった。
「皆さんから聞きました。私をかばってくれたんですね」
「‥‥べ、別に」
 うつむいた常盤丸の前に、愚浄が立った。
「その覚悟と働き、見届けた。常盤丸殿、今までの無礼を許されよ」
 常盤丸は頭を下げた愚浄をまじまじと見ていたが、急に立ち上がり先へ進む。
「気にしてねぇよ。それより早く鏡見つけてここから出ようぜ!」
 その声は、それまでに無い明るい響きを持っていた。


●手に入れたものは
 再び現れたお化け鼠の群れを片付け、その一体にひむかが案内させた甲斐あって一つ目の祠を発見した。
 小さい祠は古くからあるのだろう。所々朽ちかけていながらも神気を感じさせる。祠の扉を開くと、両手に乗るほどの鏡が置かれている。
「やった‥‥一つ目の鏡」
 手を伸ばす常盤丸を愚浄は見守る。ふと手を止め、常盤丸は懐から白布を取り出した。
「こういうものは直接触っちゃいけないんだよな」
 布に鏡を包み込む常盤丸に、愚浄は密かに用意していた布をしまう。心配する必要はなかったようだ。

 鼠の案内で、四つの鏡は順調に回収した。それでも広い洞内を探りながら歩くのは日数を要した。
「ここは穢れを祓う場所。人の手の跡を残して置くべきではないでしょう」
 芳純の地図を頼りに、壁につけた印を消しながら出口へと向かう。
 洞窟を出ると当たりは夕焼けに染められていた。
「ああ‥‥まぶしい‥‥」
 陽照は夕陽に手をかざして苦しんでいる。まぶしい名前のくせに明るいところが苦手なのだ。陽照でなくとも、ずっと暗い洞内にいたため、僅かな光も強く感じる。
 霞む眼に、岩陰に立つ人物の影が映る。
「無事に出てきましたか。待ちくたびれましたよ」
「成佐様!?」
 常盤丸は素っ頓狂な声を上げた。待ち構えていたのは八宮司成佐その人だった。
「鏡を取って来ました」
 常盤丸は布に包んだ四枚の鏡を成佐に手渡した。
「確かに。良くやりましたね、常盤丸」
「はい! ‥‥いえ。皆が、手伝ってくれたから」
 後ろに立つ四人を振り返る常盤丸に、成佐は優しい眼を向ける。
「人は、一人で全て行なうことはできません。常に誰かに助けられて生きている。それを忘れてはいけませんよ」
 頷く常盤丸。成佐は改めて皆に向き直った。
「此度はご協力いただき、ありがとうございました」
 頭を下げた成佐を見、常盤丸もそれに習う。
「あの、その‥‥ありがとう」
 照れている表情が分からないよう思い切り頭を下げる。ひむかは思わず吹き出した。
「なんだか、似合わないですね」
「なんだと!?」
 いきり立つ常盤丸の手を陽照が取り、ゆるゆると振った。
「まぁまぁ‥‥これからの修行、がんばってください」
 その暗さで怒りも消えた常盤丸に、成佐は出立を告げる。成佐に同行した常盤丸は、戻ってきてこう言った。
「すぐに『あの常盤丸が陰陽師になる時手伝いをした』って自慢できるようになるから、待ってろよな!」
 走って成佐を追う常盤丸の後姿が遠のいていく。
「口の減らぬ小童よ」
 その時までに手に入れた『心』をどう育てるかが楽しみだ。呟く愚浄は僅かに微笑んでいた。