占拠された温泉。女湯を取り戻せ!

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月27日〜10月02日

リプレイ公開日:2006年10月05日

●オープニング

●女湯が‥‥
 そこは町外れにある温泉宿。
 とは言え、町民の利用者が多く、宿としてよりも日帰り温泉として認知されている。
 かつて女湯を覗く事に執念を燃やした義三とか言う爺さんに迷惑したりしていたこともあるこの温泉。
 またもや別の災難に見舞われていたのである。
 たまには母子水入らず大きな風呂で疲れを癒そうと、若い未亡人のお夕が幼い娘・妙の手を引いてやって来たのだが。
 二人はあっけに取られた。温泉の入口は人だかりで塞がれている。
「もし、何かあったんですか?」
 お夕が最後列の者に尋ねると、振り向いたのは魚屋の永治だ。
「あら、永治さん」
「おおお夕さん! こんなところで会えるなんざ、奇遇ですねぇ!」
 実はこの永治、お夕に密かに(?)想いを寄せているのだが、お夕当人はてんで気付いちゃいない。
 運命の出会い(妄想)に小躍りしそうな勢いの永治の袖を引き、妙が訪ねる。
「おんせん、はいれないの?」
「そうなんでぇ。何でも、女湯がならず者に占領されちまったとか‥‥」
「ならず者? 女湯を?」
 お夕が繰り返す。ならず者と女湯の両者は、どうにも結びつき難い。が、永治ははっきり頷いた。どうやら聞き違いなどでは無いようだ。本当に『ならず者が女湯を』なのだ。
「人質も取られて、女将が冒険者ギルドに依頼をするってんで、四半時前駆けて行きやした。ならず者を退散させるまでは、温泉は休業するそうでさぁ」
「はぁ‥‥」
 溜息とも返事とも付かぬ声を発し、お夕は塀の向こうに立ち昇る露天風呂の湯気を見上げた。


●温泉占拠事件
 ‥‥と、依頼書の見出しを書いたまま、調書と睨み合っているのは和服の似合う黒髪の受付係だ。
「どしたい? 兄貴」
 筆が止まったままの受付係に声を掛けたのは、実の弟である相談係。何気なく視線を落とした調書に、相談係は呆れて溜息をついた。
「悪党が、女湯占拠してどうしようってんだ?」
 まったくもってもっともな疑問である。しかも、以前も似たようなやりとりを兄弟でした記憶がある。
 相談係はまさかと思い調書の文字を眼でたどる。
「やっぱり、灰汁玉組(あくだまぐみ)かよ」
「そう。以前の猫失踪事件といい、なかなか面白いことばかりやってくれるよ」
 受付係は笑いを喉の奥で噛み殺し、依頼書を書き上げるべく筆を取った。

●今回の参加者

 eb3535 桐谷 恭子(31歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb4640 星崎 研(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb5713 鬼 灯(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb7099 ナガト・ユキ(18歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb7197 今川 直仁(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb7311 剣 真(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●話し合いましょう
 滝の湯の入口から奥へと進むと、女湯男湯それぞれへ廊下は二手に分かれる。
 女湯へ続く廊下の突き当たり。脱衣所と廊下を隔てる扉の前に、人相の悪い男が二人立ちはだかっている。見るからに悪党じみた風体の二人は、廊下をやってくる人影に身構えた。
「何だ、お前等は!」
 腰に佩いた刀に手をかける二人の前に進み出たのは、侍姿の若い女だ。
「私達はあなた方の親分と話し合いに来たの。中に入れてもらえないかな?」
 男達にそう告げたのは桐谷恭子(eb3535)だ。白い着物の胸元から覗く豊かな胸は、巻いたサラシがいかにもきつそうである。
 彼女の後ろにはもう一人男が立っている。侍然とした佇まいの男は、手下達の鋭い視線を物ともせずに受け流した。
 恭子が彼をちらりと振り返り、手下達に言う。
「彼は今川直仁(eb7197)。私は桐谷恭子。女将さんに頼まれて、交渉役として来たと親分に伝えて」
「この先は誰も通すなと言われている。帰れ帰れ」
「権蔵殿に話を通して! 貴方たちじゃ話にならない」
「しつこいぞ!」
 手下達が刀を抜く。その時、がらりと戸が開き体格の良い男が姿を現わす。
「どうした、騒がしい」
 その男は幹部なのだろう。萎縮した手下達が言い訳を始める。
「すみません、こいつ等が中に通せと‥‥」
「武器はしまってあるし、もし心配なら預けてもいいから。権蔵殿と話をさせて」
 恭子が、バックパックにしまった日本刀と短刀を見せる。
 と、中からもう一人現れた手下が、幹部に耳打ちをした。幹部は隙の無い視線を恭子に向ける。
「武器を預かることを条件に、中に通して良いとの事だ」
 恭子と直仁は装備品とバックパックの武器を灰汁玉組に預け、女湯の戸口をくぐった。

●説得?
 露天風呂はいくつかの岩風呂が点在する見事な庭園造りとなっている。
 湯煙に霞むその奥、大きな岩が積み重ねられたその上に、その人はいた。
 黒地に緋牡丹が咲く黒い着物をはだけ気味に着こなすのもなまめかしく、白い肌に黒い髪をゆったりと結い上げた女性。煙管をふかす優雅な姿に思わず見とれる恭子の横で、幹部が言った。
「権蔵親分、連れてきまっ!?」
 幹部の眉間に寸分違わず、投げた煙管が命中していた。
「その名で呼ぶんじゃねぇと言ってるだろ!」
「すみません、姐さん」
 恭子は目を見張った。どう見ても、女性にしか見えないが‥‥この女性、いや男が灰汁玉権蔵なのだ。
「あ、あの‥‥何が望みでこのようなことを? 何か要求があるなら、女将さんに言って改善してもらえばいいんだし‥‥」
 権蔵はすっと立ち上がった。すらりとした長身と、迫力を秘めた瞳に圧倒されながらも恭子は続ける。
「人質をとって立てこもったりしなくても、ちゃんと話し合えば分かってもらえるよ」
「くっ‥‥あはははは!」
 大きな笑い声を上げ、恭子へと近づく。着物の裾が濡れないように上げた裾線から覗く脚は、とても男のものとは思えない。
 間合いに入られ身構えた恭子に、権蔵が低く艶っぽい声が囁く。
「動くんじゃないよ。人質が怪我をする」
 権蔵が差す方を見ると、縛られて猿轡をかまされた若旦那が手下に刀を向けられている。
「くっ」
「武器を全部預けるなんて、甘いねぇ。あんたには、あたしの気持ちはわからないさ」
 権蔵は懐から匕首を取り出した。光る刃を抜き放ったその時。
「待て!」
 と、それまで沈黙していた直仁が前に進み出た。
「こんなことをしても何の解決にもならないぞ。大方、女湯に入ろうとして断られでもしたのだろう」
「何故それを!?」
 図星をつかれ、権蔵の白い頬に朱が差す。それを見た直仁はふっと微笑む。
「可愛い奴だ」
「なっ」
 屈辱にますます顔を赤らめ、権蔵は匕首で直仁を斬り付ける。動揺に揺れる太刀筋をかわし、直仁は匕首を叩き落した。
「美しい人に悪事は似合わない。俺が女将に話をして、一日だけでも女湯を混浴にしてもらえるよう、話をつけてみよう。それで手を打たんか?」
「うるさい! そんな情けなど」
「情けではない!」
 権蔵の言葉を遮った直仁の強い声に、権蔵ははっと直仁を見る。直仁はおもむろに口を開いた。
「俺が女湯に入りたいのだ。お前と一緒に。ひと目見てお前に惚れたのだ」
「ほ‥‥本気か? あたしは‥‥お、男‥‥なんだぞ?」
「かまわん。むしろ望むところだ!」
 その真剣な瞳に、嘘は無かった。権蔵はうつむき、その場にがくりと膝をついた。両の手を拳に握りしめてわななかせている。
「さぁ、俺と共に女将のところへ‥‥うっ!」
 直仁は右腕を押さえた。指の間から赤い雫が滴り落ちる。崩れ落ちた時に匕首を拾い上げたのだ。
 後ろに跳び退って間合いを取った権蔵は、紅を差した唇を自嘲の笑みに歪ませた。
「所詮あたしは悪の道に咲く緋牡丹。悪行の中で生きることしかできないのさ」
 二人が身構え対峙した瞬間、ばたばたと人が倒れ始めた。露天風呂と外を隔てる板塀付近に立っていた灰汁玉組員だけでなく、二人きりの世界に入ることができずにいた恭子もその場に倒れこんだ。
「こ、これは!?」
 浮き足立つ権蔵に隙を見出し、直仁は身体一つで走りこんだ。


●潜入する二人
 直仁が権蔵を口説いて‥‥もとい、説得している間に、星崎研(eb4640)と剣真(eb7311)が板塀の裏側に回り込んでいた。
 交渉決裂したと見るや否や、研が春花の術による睡眠香を塀の向こうめがけて流したのだ。
 よじ登っていた塀から飛び降り、研が真に言った。
「交渉は決裂です。自分は権蔵を押さえます。剣さんは人質を頼みます」
「心得た。しかし、この塀を、どのようにして越えて行くべきかな?」
「‥‥」
「‥‥」
 二人は立ちはだかる塀を見上げた。高さ実に3m。周囲に木も足場も無く、普通では乗り越えられる高さではない。
「御免!」
 研は言うなり塀の上に飛びついた。塀によじ登るため疾走の術を使用していた研は、身軽に塀の上に跳び乗った。
 真には悪いが、彼を抱えて塀を飛ぶことはできない。権蔵の取り押さえと人質の救出の方が優先である。
 方々で倒れている灰汁玉組員。岩風呂に囲まれた中央の広い通路で、恭子が倒れている。
 塀のすぐ下で倒れている直仁。先程見たときには彼と権蔵が対峙していたはずなのだが、権蔵の姿は無い。
 研は塀から降りて直仁を起こした。
「今川さん、権蔵は!?」
「う‥‥体当たりを食らわそうとしたのだが、投げられてしまってな。逃げられたか?」
 くらくらする頭を一つ振り、直仁は身を起こした。辺りに倒れているのは組員ばかりで、権蔵の姿は見当たらない。
 研と直仁が恭子を起こしに行こうとしたその時。
「わぷっ!」
 直仁が足を掴まれ、温泉の中に引き込まれた。
 ざば、と温泉の中から立ち上がったのは、灰汁玉権蔵だった。水の中までは睡眠香もとどかない。走りこんできた直仁を巴投げにし、すぐに温泉の中に潜んでやり過ごしていたのだ。
 咄嗟に手裏剣を放った研だったが、どれも明後日の方向へ飛んで行く。基本射撃術に関しては全くの素人なのだ。
「仲間を怪我させたくなかったら、大人しくしな」
 直仁を抱え込んでいる権蔵は、直仁の首筋に匕首を当てている。
「星崎、俺に構わず‥‥」
 直仁の言葉が途切れる。首筋に赤い線が走っていた。その耳に、権蔵の囁きが聞こえた。
「大人しくしな。‥‥殺したくない」
「‥‥」
 直仁を連れたまま、権蔵は手出しできない研から後ずさり、岩風呂から出る。そこに倒れている幹部を、思い切り蹴飛ばした。
「逃げるよ。とっとと起きな!」
 眼を覚ました幹部は権蔵と共に板塀まで下がり、板塀を思い切り蹴り抜いた。
 同時に、権蔵は直仁を思い切り突き飛ばした。二人の視線が交錯し、一瞬動きが止まる。
「姐さん、早く」
 幹部に促され、権蔵は板塀の穴から姿を消した。
 その時、内湯へ続く扉ががつんと開け放たれる。表から回りこんできた真が息を切らして姿を見せた。
「灰汁玉権蔵、覚悟しろ!」
 真の威勢の良い啖呵が、露天風呂に空しく響いた。


●貸切温泉
 灰汁玉権蔵と幹部は逃がしたものの、手下は一網打尽にし人質も無事助け出すことができた。
 女将は四人に感謝し、丸一日温泉施設を貸切で使用するよう約束した。
 その日の滝の湯は臨時休業。まさしく温泉を開放した四人のためだけに存在するのだ。
「いや〜、極楽極楽♪」
 恭子は広々とした湯船に浸かり、大きく身体を伸ばした。
 まさか味方に眠らされるとは思わなかったが、それもこれも過去の話。依頼を解決した今は、温泉を力いっぱい楽しむのみ。
 開店から閉店まで、休憩所も売店も食堂も温泉も使い放題。休憩を挟みながら、飽きるまで温泉を堪能しなくては。
 今の入浴も既に三回目だ。先程の休憩時に食べた温泉卵も温泉饅頭も絶品だった。
「お風呂から上がったら、もう一回食べなくっちゃ」
 楽しげな呟きを洩らし、鼻歌交じりに杯を傾ける。傍らに置かれたどぶろくは、研の差し入れである。
「男湯の方も、楽しくやってるかなぁ?」
 その男湯では、研が持参したどぶろくの杯を片手に露天風呂に浸かっている。
 湯を張った桶をもう片方の腕に抱え、その中では愛猫の雨水が気持ち良さそうに横たわっている。桶は猫の毛が湯船に入らないようにとの気遣いだ。
 真はどぶろくを直仁の杯に注いでやりながら言った。
「相手を油断させるためとはいえ、権蔵を口説いたとは。桐谷殿から聞いた時には驚いたぞ」
「俺は本気だった」
「へ?」
 頓狂な声を上げた真に笑って見せ、直仁は権蔵が逃げた時の事を思い出す。
 あの時、権蔵は直仁にだけ聞こえる声で呟いたのだ。
『あんたとは違う出会い方をしたかった』
 と。
 直仁は並々と注がれたどぶろくを一気に煽った。
 そう、本気だった。本気で‥‥将来築く予定のハーレムの一員として招きたかった。
 その野望を胸に仕舞い込み、直仁は逃げた権蔵とまた出会う日が来ることをひとり願った。