駆け出し冒険者。イルカさんの救助信号

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:9人

サポート参加人数:5人

冒険期間:10月08日〜10月13日

リプレイ公開日:2006年10月15日

●オープニング

●イルカの瑠架ちゃん
「‥‥というのをご存知でしょうか?」
 と、真剣な顔で言ったのは長い黒髪の小柄な少女だ。
 コロポックルの伝統衣装を身につけており、首から緑色の石が付いた首飾りを提げている。子供のように見えるが、パラは元来小柄な種族。十歳そこそこにも見えるが、実際は十六歳である。
 が、彼女の言ったことは耳慣れない言葉で、受付係の少女は目をぱちくりした。
「何ですって? カントレラさん、もう一度いいですか?」
「イルカの瑠架ちゃん、です。ご存知ですか?」
 ‥‥やはり聞き間違いではなかったらしい。新手の玩具か何かだろうか?
 受付係が反応に困っていると、カントレラは小さな身体を大きく動かして身振り手振りを交え話し始めた。
「ここから程近い漁港に、一週間ほど前に突然現れたそうで。漁港に船が出入りしても、漁師さんが追い払ってもまた港に戻って来るんだとか」
「へぇ〜、そうなんですか」
「今では一部の漁師仲間さん達の間で『瑠架ちゃん』と呼ばれていて、追い払おうとする漁師さん達から『瑠架ちゃんを守る会』なんてのもできているほどなんですよ」
「はぁ〜、守る会‥‥」
「私もつい先日その漁港に出向きまして、この眼で瑠架ちゃんを拝見してきたんですよ。それはもぅ〜! きゅいきゅいと鳴いていて、すっごくかわいいんですよ!!」
 カントレラは熱心に語っている。ここで『瑠架ちゃんを守る会の会員になりました』と言い出してもおかしくないほどだ。
 が、彼女は突然表情を曇らせた。
「でも、瑠架ちゃんは港に遊びに来たわけではなかったんです。道中ご一緒させていただいた陰陽師の方がテレパシーで瑠架ちゃんとお話したのですが‥‥」
「ですが?」
「なんと瑠架ちゃんの家族が、鮫の群れに襲われているそうなんです」
「まぁ‥‥」
「何とか岩礁に囲まれた中に逃げ込んだらしいのですが、鮫達が外を回遊していて出ることができず‥‥そのままでは飢え死にしてしまうと、なんとか鮫を振り切って漁港にたどり着いたのが瑠架ちゃんだったという訳だったのです」
「なるほど‥‥だから、追い払われても帰らなかったんですね」
 きゅいきゅいと鳴く声は、誰か意志を汲み取ってくれる者がいないかと助けを求める声だったのだろう。
「では、今日カントレラさんが訪ねて来られたのは、もしかしなくてもそうなんですね?」
 受付係は言われる前に、机上に白紙の依頼書を取り出した。
「はい! 私、陰陽師さんに通訳してもらって、瑠架ちゃんに助けに行くと約束してしまったんです。報酬は『守る会』の方々が出してくれます。岩礁まで漁船も出してくれるそうなので、お願いします!」
「かしこまりです〜。では、さっそくカントレラさんと一緒にイルカさんの救助に行ってくれる方を募集しますね〜♪」
 筆を取り依頼書を書き始めた受付係だったが、必要情報を全て聞いたはずなのにカントレラは帰る様子がない。
 受付係が顔を上げると、カントレラは頬を赤らめてもじもじと身じろぎしている。受付係の視線を受け、カントレラは意を決して言った。
「あ、あの‥‥私、実は泳げないんです」
「え?」
「でっでも! 絶対私も同行しますから! ええ、漁船に縄でこの身を繋いででもついて行きますとも!!」
 両の拳を握りしめ決死の想いを語るカントレラに、受付係は曖昧な笑みを返した。
(「あはは。『カントレラさんのお守り』も依頼の内容に加えておくべきかな‥‥」)

●今回の参加者

 ea9929 ヒューイ・グランツ(28歳・♀・レンジャー・エルフ・イギリス王国)
 eb1784 真神 由月(25歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2933 ベルナベウ・ベルメール(20歳・♀・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb3917 榊原 康貴(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5009 マキリ(23歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb6553 頴娃 文乃(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7553 柳 葉使徒狼(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb7556 草薙 隼人(30歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ヴァルテル・スボウラス(ea2352)/ 井伊 貴政(ea8384)/ 真神 陽健(eb1787)/ フローライト・フィール(eb3991)/ ディルク・ベーレンドルフ(eb5834

●リプレイ本文

●瑠架ちゃんとカントレラ
 港へと向かうと、瑠架ちゃんを見るために訪れる者たちで賑わっていた。その人混みをかき分けて進んで行くと、漁師に呼び止められた。
「これ以上先には行けねぇよ。人が近づくと、瑠架ちゃんが疲れちまうんでな」
 見るからに海の男らしい中年の鉢巻には、『瑠架ちゃんを守る会』と書かれている。
 先頭にいた草薙隼人(eb7556)が、依頼を受けて訪れたことを漁師に説明する。
「‥‥というわけで、カントレラに会いに来たのだが」
「そいつを早く言ってくれよ。おーい嬢ちゃん! 助っ人さん達が来てくれたぜ」
 漁師が呼ぶと、奥の方から小柄な少女がぱたぱたと駆け寄ってきて、転んだ。
「ど、どうもはじめまして。カントレラと申します」
 砂まみれの少女は、皆の前で深々と頭を下げた。
「よっ、久しぶり!」
 かけられた声に顔を上げると、そこには同じコロポックルの少年。カントレラは明るい笑顔を浮かべた。
「マキリさん! お久しぶりです。榊原さんも」
 マキリ(eb5009)の隣に立つ、顔に傷持つ浪人は驚きに眉を上げて言った。
「憶えていたか‥‥元気でやっていたようだな」
「恩人の顔を忘れたりしませんよ。今回もよろしくお願いしますね」
 マキリと榊原康貴(eb3917)は以前カントレラに助力したことがある。その依頼の成功があるからこそ、彼女は今も冒険者をつづけているのだ。
 一行はカントレラに連れられて瑠架ちゃんと面会を果たした。
「へぇ〜これがイルカかぁ」
 マキリは初めて見る生き物をまじまじと見つめている。
 頴娃文乃(eb6553)も感心した様子で呟く。
「アタシも獣医としていろんな動物を診てきたけど、イルカを間近に見るのは初めてだね」
 波間から見上げる瑠架ちゃんのすがるような瞳に、冒険者達は決意を新たにするのだった。


●守る会と冒険者
「こちらが『守る会』の方々です」
 カントレラに紹介され、六人の代表が頭を下げた。と、彼らの前に小さな異国の少女が進み出た。
「おじさん、べうたちと一緒にお船に乗って!」
「え、この子も冒険者なのかい?」
 最初に出会った漁師、波三が驚くのも無理は無い。ベルナベウ・ベルメール(eb2933)はファイターとは言えまだ十二歳なのだ。
「べうもお船の操縦できるけど、おじさん達はもっとお船と海に詳しいでしょ? お願い」
 波三は、ベルナベウの頭に大きな手を載せてにかっと笑った。
「任せときな! 守る会の名を掲げてる以上、瑠架ちゃんを助けるための協力は惜しまねぇ」
「では、早速作ってもらいたいものがあるのだが‥‥」
 申し出た康貴が、漁師たちと相談を始める。
 皆の様子を頼もしげに見つめていたカントレラは、肩を叩かれ振り向いた。そこには真神由月(eb1784)が笑顔で立っていた。
「突然だけど、冒険者度ちぇ〜っく! はい・いいえで答えてね」
「えっ、えっ?」
「では第一問、過去に受けた依頼は三つ以上である」
「い、いいえ?」
「第二問、精霊魔法を使うことができる」
「はい‥‥」
 こんな調子で十問まで質問攻めにした後、由月は渋い表情でカントレラを見た。由月の診断によると、戦力になるかどうか微妙な線だ。
「結果発表! キミは船の上では決して立ってはいけません。鮫の位置を皆に知らせる役に徹してください」
「そ、そんな! 私、もっとお役に立ちたい‥‥」
 カントレラの言葉が止まったのは、にこやかな由月の手がその小さな頭を鷲掴みにしたからだ。
「お願いね、カントレラさん?」
 頭に加わる圧力と笑顔の迫力に、カントレラはただ頷くしかできなかった。


●鮫退治
 守る会に参加している漁師は二十人余り。漁船は三艘出すことができるという。
 三艘の船にヒューイ・グランツ(ea9929)、由月、文乃。マキリ、黄桜喜八(eb5347)、隼人。康貴、ベルナベウ、カントレラの三組に別れて乗り込んだ。
 波は高く、空には厚い雲が立ち込めている。
 不安そうなカントレラに、ベルナベウはにっこりと笑いかけた。
「だいじょうぶ! 喜八さん、河童さんだから泳ぎが得意なの。落ちてもすぐに助けてもらえるよ」
「は、はい‥‥」
 隣を行く船の上で、隼人はまだ見えぬ岩礁を求めて水平線へ視線を向けた。
「岩礁までは遠いのか?」
「いや、その岬を回ったすぐ先だが、それらしい岩礁はにいくつかあるからなぁ。うまく探し当てられればいいが‥‥」
「それなら、心配ないだろう」
 隼人が見遣るその先で、舳先に立つヒューイが、その銀色の髪に潮風を受けながら鷹を止まらせた腕を高く掲げる。
「行け! ホーちゃん!」
 彼女の声を合図に、翼を広げて天へと舞い上がっていく。
 鷹に遅れて岬を回りこんだその先、岩礁の上空で旋廻する鷹の姿があった。
「鮫はあそこだ!」
 ヒューイの声に、三艘の漁船はあらかじめ作戦を立ててあった通り船を回り込ませる。
 入り江のように窪んだ岩礁の中央へ進み入れた三艘は、中央の一艘を残して他の二艘は両側へと展開する。
 左へ展開する漁船の上から、海に飛び込む影。それは大量の血にまみれた由月だった。
 入り江の中をぐるぐると旋廻していた尖った背びれが三つ、由月に向けて一斉に動く。
 いち早く到達した一体が海上に顔を見せると同時に、その大きな口を開いて由月に鋭い牙を突き立てた。
「私が襲われるのを見てるのって、何か嫌過ぎ‥‥」
 船上で呟くのは由月本人。そう、鮫が噛み付いたのはアッシュエージェンシーによって作り出された身代わりが、動物の血を浴びたものだったのだ。
 偽者を咬んだ鮫に、左に展開した船からマキリが射る矢が飛ぶ。慣れない船の上からでは狙いもつけにくい。次々と矢をつがえては射っていく。加えて隼人の放つソニックブームも鮫を襲う。
 驚いて他の二体が入り江の中に戻ろうとしたその時、彼らの行く手を阻むものがあった。
 魚網である。魚網を改良し、船と船の間を繋いで海中へと下げることで鮫の動きを制限する。康貴の案を受け、守る会の漁師とその妻たちが二日間夜なべして作成したものだ。
 魚網でカバーしきれない端の隙を縫って入り江内に侵入した一体は、頭部に激しい衝撃を喰らった。馬の上半身にイルカの下半身を持つヒポカンプスのエンゾウに跨った喜八が、河伯の槍の柄で殴りつけたのだ。
「イルカたちには近づけさせねぇぞ」
 鮫は気絶こそしなかったものの、脳震盪を起こした様子でふらふらと引き返す。
 海上では、中央の船からヒューイが狙いをつけていた。
「手加減も容赦もせんぞ‥‥そこだ!」
 ヒューイの放つシューティングポイントアタック。激しくなった船の揺れで、狙いは僅かに逸れたものの、矢は鮫の眼の下に突き刺さる。
 突然高さを増した波に加え、叩きつけるような雨が視界を阻む。
「やっぱり来やがった、時化だ!」
 右に展開した船の舵を取っている波三が叫ぶ。
 カントレラが船から落ちないよう、ロープでカントレラの腰と船を結び付けていたベルナベウは、異変に気付いた。祈るように手を組み合わせていたカントレラの体が淡い金色の光を発したのだ。
 とたん、激しい雨は小降りになり荒れていた波も収まった。
「皆さん、ウェザーコントロールの効果があるうちに、鮫を‥‥!」
 立ち上がったカントレラめがけ、鮫が船上へ飛び上がるかのごとく襲い掛かる。
「はっ!」
 康貴の気合の声と共に、鮫は弾かれたように海上へ倒れこんだ。康貴のオーラショットが炸裂したのだ。
 鮫が体勢を立て直す間もなく、大手裏剣がその腹に突きたてられた。鮫は逃げるように船の周りを旋廻する。
「どうだぁ! べうが作った縄ひょうスペシャルなの!」
 大手裏剣に結び付けたロープを引いて手元に戻し、ベルナベウは再び大手裏剣を鮫めがけて投げつけた。
「あ」
「あっ」
 ベルナベウの縄ひょうスペシャルの縄とカントレラのロープが、鮫の移動により交差する形になっていたのだ。気付いたときには、カントレラの身体は海へ放り出されていた。
 船から落ちた者がいた時のために気を配っていた喜八がエンゾウと共に駆けつけ、カントレラはすぐに船上へと戻された。
 海中へ戻った喜八が見たものは、入り江内に侵入する一体の鮫の姿だった。
「しまった!」
 すぐにエンゾウを向かわせるが、間に合わない。
 その時、岩礁と鮫の間に立ちはだかったのは、瑠架ちゃんだった。右ひれを鮫に咬まれながらも、その場を動こうとはしない。
 駆けつけた喜八が鮫を追い払った時には、瑠架ちゃんのひれは無残に噛み千切られていた。
 海上では波に揺れる船の上という足場の悪い状況下みな善戦し、少しづつではあるが着実にダメージを与えていく。
 三体の鮫は全身に傷を受け、一体、また一体と入り江から逃げて行った。
「鮫も難儀だな‥‥悪い事してねえのによ。イルカみてえに愛嬌を振りまけたら扱いも違ったんだろうけどなぁ」
 喜八のその呟きは波音に消えた。


●さよなら瑠架ちゃん
 岩礁内にいた瑠架ちゃんの家族は衰弱していたが、機転を利かせた文乃が漁師に頼んで持ってきていた魚を与えると元気を取り戻した。
「さすが獣医だな」
 感心する隼人に、文乃は頭を振って見せた。
「まだまだ、アタシは修行中だから」
 彼女の視線はロープで繋がれて船の後ろを行く瑠架ちゃんに注がれた。今の力では、傷を塞ぐしかできなかった。
 傷を負った瑠架ちゃんは、クローンニングが使える術者が見つかるまで、守る会によって保護するのだという。カントレラは港に戻るや否や、挨拶もそこそこに術者を探しに旅立った。
 かくして再び陸の人となった冒険者達は、その晩に漁師鍋をたらふくご馳走になった。
 最終日の朝、一行は江戸へ戻る前に港に寄った。
「本当は一緒に遊んだりしたかったけど‥‥元気でね」
 由月は瑠架ちゃんに手を振り、名残惜しそうに港を後にする。
「あれを!」
 隼人が差すのは朝日に輝く遠い海面。そこには楽しげに飛び跳ねるイルカたちの姿があった。