見習い陰陽師。姿無き辻斬り。

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:10月27日〜11月01日

リプレイ公開日:2006年11月03日

●オープニング

●影も無く
 京都のとある寂れた道。
 周囲にあるのは静かな竹林と小さな小川だけ。民家も無く寂しい印象だが、案外人通りは多い。
 すっかり辺りが暗くなっても、提灯を片手に行く者がちらほら見られる。
 今も、竹林の合間をほのかな灯りが揺れ動いていく。
 と、一陣の風が提灯の灯りを吹き消した。
 風はたちまち旋風を巻き、風音は鋭く空を裂く音へと変わる。
 次いで起こるのは、肉を斬る刃に飛沫をあげる血の旋律。
 一片の悲鳴も無く、倒れ行く男。
 亡骸が発見されたのは、その翌朝のことだった。


「‥‥って事件の話は、ギルドでも噂になってんだろ?」
 受付係の少女の前でそう言ったのは、まだ小さな子供だ。
 白く長い髪を高い位置で結わえ、黒い瞳はくりんと大きい。華奢な体に水干を纏い、声変わりもまだではあるが、間違いなく少年である。
 彼の名は常盤丸(ときわまる)。元陰陽寮で活躍していた陰陽師・八宮司成佐(はちぐうじ・なりすけ)の弟子入り試験の際に、ギルドで同行者を募り試練に臨んだことがある。
 受付係の少女は成佐と縁があることもあり、常盤丸とはその後も何度か面識があった。
「ええ、まぁ。見回りの志士が事件直後に駆けつけても、下手人の影すら見当たらないとか」
「そう。しかも見回りをしている人員にすら、被害が出てる。もう三人目だってな」
「でも、どうして常盤丸くんがそのことを?」
「そこよ! それが、俺がここに来た理由ってわけ」
 常盤丸は腕組みをした状態を反らし、もったいぶって見せた。
 それからおもむろに身を乗り出し、小声で受付係に囁く。
「俺が思うに、下手人は人間じゃねぇな」
「はい。私が思うに、鎌鼬(かまいたち)か何かじゃないでしょうか?」
「む‥‥」
 言おうとしていたことを言われてしまった常盤丸は、一瞬言葉を詰まらせた。が、すぐに元の調子を取り戻した。
「だから俺が成差様に申し出たのさ。今回の下手人退治をな」
(「本当は、あらかじめ成佐様から『常盤丸を向かわせるから頼む』って言われてるんだけど‥‥」)
 この件は、守護職から成佐に舞い込んできた依頼だったらしい。
 成佐は陰陽師としてだけでなく人間として常盤丸を成長させるため、人生の先輩である冒険者と共に事件に向かわせようとしているのだ。
 受付係の少女はそれを内心に留め、常盤丸に笑顔だけ返しておいた。
 そうとは知らず、常盤丸は口上を続ける。
「しかも今回、鎌鼬が京都に居るのは、人の手によるものらしいんだ。呪符による結界で、件の竹林に縛られてるとか」
「誰がそんなことを‥‥」
「それは成佐様が調べてるんだ。俺の仕事は、冒険者を募って辻斬りを止める事。と言うわけで」
 常盤丸は受付の少女にびしっと指を突きつけた。
「俺と一緒に行動する奴等を募集するぜ! ‥‥前に冒険者と一緒にやった時も楽しかったし。それに」
 常盤丸の得意げな表情が、神妙なものに変わる。
「もし鎌鼬が誰かのせいでそこに居るなら、かわいそうだしな」
 その言葉に、受付係は筆を手にした。
「かしこまりです〜、では早速依頼書を貼りだします。連絡をお待ちくださいな」
「おう。じゃあな!」
 元気にギルドを駆け出していく常盤丸の後姿に、受付係は密かにほくそ笑んだ。
(「生意気なのは治ってないけど、ちょっとは素直になってきたみたいですね」)

●今回の参加者

 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb5289 矢作坊 愚浄(34歳・♂・僧兵・河童・ジャパン)
 eb7445 イアンナ・ラジエル(20歳・♀・ウィザード・シフール・イギリス王国)
 eb8467 東雲 八雲(32歳・♂・志士・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●茶屋で再会
 待ち合わせの茶屋にいた常盤丸に、瓜生ひむか(eb1872)が現れるなり抱きついた。
「ひむか!?」
「久しぶりですね、常盤丸。今回も手伝います」
「何だよ、離れろって」
 慌てふためく常盤丸だが、満面の笑みを浮かべるひむかはお構いなしである。
「聞いたよ、鎌鼬がかわいそうって言ったんですって? 私嬉しいです」
 ひむかは以前の依頼に同行してから、離れている間もずっと常盤丸のことが気になっていたのだ。
 次いで現れたのは河童の僧侶、矢作坊愚浄(eb5289)。悟りの境地を求めて行脚修行を続ける雲水である。
「常盤丸殿の修行は淀み無きようで何より」
「愚浄も依頼受けてくれたのかぁ、久しぶり!」
「再び助力できることを喜ばしく思う。鎌鼬が相手となれば、拙僧にとっても良き鍛錬となろう」
 自分のときとは違って笑顔で愚浄に接する常盤丸の隣で、ひむかはやや頬を膨らませている。常盤丸の視界に入るように回り込んで話しかけた。
「どうする、常盤丸。私は、結界を破壊して鎌鼬を解放してあげるのが最良と思います」
 愚浄も賛同の意を表す。
「そもそもの因がヒトにあるならば、鎌鼬の殺生、天に裁きを委ねるも良き哉。封を解くことを第一と為そう」
「被害が増さないよう、解決に向けて頑張りましょう」
 ひむかのものではない女性の声に、一同の視線が向く。
「申し遅れました。私、イアンナ・ラジエル(eb7445)と申します」
 そう言って碧眼のシフールはは礼儀正しくお辞儀をして見せた。
 常盤丸は勢い良く席を立った。
「じゃ、その竹林とやらに行ってみっか」
「確か、もうお一方来るはずですが‥‥」
 茶屋の表でイアンナが呟いた矢先、通りの向こうから駆けて来た馬が四人の前で止まり、志士風の男が降りた。
「遅れて済まない。俺は東雲八雲(eb8467)、微力ながら此度の依頼に力を貸そう」


●封じの結界
「実は、ここに来る前に志士たちの話を聞いてきたのだ」
 八雲の遅刻の原因はそれだった。聞き込みでわかったことは以下の通り。
 竹林は道に沿って200m程続いており、道の左右に向かってそれぞれ同じだけ伸びている。200m四方の竹林が道を境に左右に展開する形になっているのだ。
 事件が起きているのは夕刻以降のみ。日中に鎌鼬が街道で目撃された事は無い。
 周囲の竹などに被害は無く、遺体は辻斬りに遭ったとしか思えない状況だったという。
「八丈部殿の助言が無かったら、鎌鼬だと気付かなかったのだろうな」
 その八雲の言葉に、ひむかが言う。
「常盤丸、成佐様にお話を聞くことはできないんですか?」
「今京都にいないんだよ。あ、でも書簡を預かってるぜ」
 懐から出した書簡にはこう書かれていた。
『結界については以前勉強しましたね? 思い出して依頼に役立てましょう』
「う‥‥」
 強張る常盤丸に、愚浄が訪ねる。
「して、鎌鼬を封じたる結界とは如何なる物なのか?」
「おお、俺も詳しい事を聞きたいと思っていた」
 八雲まで身を乗り出す始末、常盤丸は必死で記憶を掘り起こす。
「えっと、呪符の結界で一般的なのは五芒星や九字の符を使ったもの、かな」
「鎌鼬を封じるには、どれだけの符が必要になるのでしょう?」
 ひむかが訪ねると、常盤丸は首を傾げた。
「鎌鼬を直接封じるんだったら一枚だけど、今回みたいに範囲に封じるなら最低四枚はあるんじゃないかな」
「その範囲というのは、どの程度のものでしょうか?」
 イアンナに訪ねられ、常盤丸は手を大きく振った。
「やめやめ! 四の五の言ってても始まらねぇし、実際行って調べてみようぜ」
 元々常盤丸は考えるより行動する派なのだ。


●呪符探し
 良く晴れた空から一頭の立派な鷲が降下し、竹林の入口に降り立った。それは見る間に愚浄へと姿を変えた。ミミクリーで姿を変え、上空から竹林を探っていたのだ。
 竹林の外で待っていた皆の前で、愚浄は見てきた光景を地図に描いて見せた。道の左側の竹林には泉があり、右側には丘と小川がある。
「丁度四方に向いた位置にありますね。北に丘、東に小川、南に泉‥‥」
 ひむかがあらかじめ星読みで調べておいた方位を地図に書き入れた。加えて八雲が志士たちが被害に遭った場所を記す。
「これに竹林の中にある鎌鼬の痕跡と思われる物を書き加えて参ろう。さすれば結界の範囲も自ずと知れよう」
 言って愚浄は竹林の前に立ち大きく息を吸い、それを大声に変えた。
「拙僧らは汝を解放せんが為に参った。願わくば一時の猶予を供されんことを」
 先頭に立つ愚浄に皆が続く。
 イアンナが常盤丸の隣に浮遊し目線を合わせた。
「もしもの時は、私を護ってくださいね」
「お? おう、任せとけ!」
 自分が護られていると悟り機嫌を損ねぬようにというイアンナの作戦なのだが、常盤丸はまんまと気を良くしたらしい。それをひむかが複雑な表情で見つめていた。

 地力の強い場所に符があるのではないかというひむかの推測により、丘と小川のある方から探すことになった。
「! こちらに‥‥」
 と、ひむかがある方向に歩き出した。バイブレーションセンサーで小動物による振動を捉えたのだ。
 見つけた野鼠にひむかがチャームとテレパシーを駆使して会話をする。
 早々に去っていく野鼠を見送り、ひむかは皆を振り返った。
「鎌鼬が恐ろしくて、動物達は竹林から出て行ってしまったようです。あの子もこれから発つところだと‥‥でも、丘にある朽ちた木の洞の中に見たことの無いものを見たと。もしかしたら‥‥」
 向かった丘には野鼠の言うとおり朽ちた切株があり、洞の中から細長い紙片に九字を書いたものが見つかった。
 それ以降、結界符探しは連日に渡って行なわれた。
 ただ、八雲が調べたとおり夕刻以降は鎌鼬が出現する可能性が高い。探索は夕刻で切り上げる。
 日中も鎌鼬が出ないとも限らない。鎌鼬の出現にも対応できるよう、愚浄とイアンナは特に周囲の気配に注意をしながら。他の三人は呪符探しに力を注ぐ。
 呪符は安易に見つかるような場所には無く、泉の中央の小島の土の中に一つ。これは泳ぎの得意な愚浄が見つけた。
 小川に掛けられた小さな橋の下に一つ。小川は浅く、橋と川面の間はシフール一人が辛うじて通れる程度のもので、イアンナだからこそ見つけることができた。。
 初日を含めて四日掛けて見つけられたのはその三枚だけ。それ以上は見当もつかないまま、時間は刻一刻と過ぎていく。
「くそっ、一体どこにあるんだよ!」
 苛立つ気持ちを乗せて、常盤丸は地面を蹴った。愚浄がその肩を叩く。
「落ち着かれよ、常盤丸殿」
「だけど! 呪符が四枚以上あったら‥‥」
 約束の期限は残すところ後一日、いや、半日だというのに。
 思い当たるところも全て探した。残すところをくまなく探すのには時間が足りない。
「焦っても、良い結果は出ない。気持ちはわかるが、出来る限りをやるしかないんだ。最初から考えてみよう」
 八雲が懐から地図を取り出し、竹に寄りかかるように座り込んだ。
 皆も彼に習い、地図を囲む。今は最初に書き込んだものに加え、竹に残された爪痕のようなものなども書き加えられている。
「道の西側には、爪痕は少ないですね。同じ側にある泉周辺には痕跡が出ているのに」
「西北の方には行ってないみたいだな」
 イアンナと八雲が解析を始める。気付いた事を全員で出し合ううち、常盤丸があることに気付いた。
「この竹林、縮小版の京都なんだよ!」
 北に山地、南に湖沼、東に河川、そして‥‥。
「西は道だ。他の三箇所と正方形で結んだ、西の角の辺りにあるはずだ!」
 時間が無い今となっては、常盤丸の閃きに掛けるしかない。道の脇にある岩から竹まで、手分けして呪符を探す。
 今や日が暮れ、夜が近づいていた。


●鎌鼬
 太陽が稜線に隠れたその時、道に一陣の風が舞う。
 風は瞬く間に強さを増し、常盤丸が気付いた時には風裂く音がすぐそこに迫っていた。
 激しい金属音が響く。
 常盤丸を背後に立ちはだかった愚浄の降魔杖の柄には、鋭い傷がついている。
「まともに戦っては勝ち目が無い、皆退け!」
 叫んだ八雲はしんがりに立ち、全員が竹林の外を目指す。道端の竹林の中を、竹を盾に走る。
 鎌鼬は先刻の攻撃と共に跳び退り、間には充分な距離がある。
「追撃はさせん!」
 八雲が指を鳴らすと道の端にある岩から路上の小石までが一瞬にして高く舞い上がり、次々と落下した。
 次の瞬間、鎌鼬の姿が影と消える。影はローリンググラビティで落下する岩から岩へ跳び、振る石雨をかいくぐり距離を詰める。
「早い!」
 動体視力に優れた愚浄とひむか以外は影を追うのがやっとだ。
「グラビティキャノン!」
 イアンナが放つ重力波に、小石は全て砕け散った。鎌鼬の振るった爪は痛手により逸れ、一行の脇で竹数本を見事に断つ。
「あれは!」
「常盤丸殿っ」
 愚浄の制止も聞かず、常盤丸は鎌鼬に向かって走り出した。飛び掛った鎌鼬の爪に、鮮血が舞う。
 左肩を掠めた浅くない傷を物ともせず、常盤丸は断たれた竹の節から覗く符を小柄で両断した。節目に沿った切込みから中に差し入れてあったのだ。
 旋風と共に京都の外へ向けて飛び去る鎌鼬には眼もくれず、常盤丸は倒れているひむかに駆け寄った。
「ひむか、しっかりしろ!」
 常盤丸を追って背後を走っていた彼女は、鎌鼬の爪から常盤丸を護って深い傷を負ってしまったのだ。
「前に、助けてもらったお返し、です‥‥」
 ひむかは苦しげながらも微笑んで見せた。
 寺に運び込まれたひむかは一命を取りとめた。
 鎌鼬は、成佐が京都へ戻って来たときに丁度行き会い、保護されたという。彼の手で鎌鼬は人里離れた野に還された。愚浄は彼が京を発つと言いつつ離れて見守っていたのではと推測したが、それを追求することはしなかった。
 重傷を負ったひむかが回復するまでには日数を要したが、その間毎日常盤丸がお見舞いに向かう姿を見ることができたという。