はじめてのおつかい? 飛脚デビュー戦

■ショートシナリオ&プロモート


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:0 G 81 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月14日〜06月17日

リプレイ公開日:2006年06月20日

●オープニング

●はじめてのおしごと
「えええぇぇっ! やらせてもらえるんですか、飛脚?」
 倉庫内に若い男のすっとんきょうな大声が響き渡る。
 思わず手を止めて声の主を見た作業員全員だったが、いかつい中年番頭の姿を視線の先に見つけるやいなや、そそくさと作業に戻る。
 番頭は平手で目の前にいる声の主の頭をぺちりと叩いた。
「声がでけぇんだよ、馬鹿。おめぇもこの左山飛脚の飛脚希望で奉公に来て、倉庫番として三年勤め上げたからな。そろそろ外に出てもいいだろうという上からのお達しよ。まさかこんなへなちょこが三年も持つとは思わなかったがなぁ」
 それもそのはず。番頭の目の前に立っているのはやせ気味で小柄で色白の、見るからに気弱そうな若者なのだ。今しがた番頭から平手を食らったばかりの頭を、涙目でなでている。彼を見た十人が十人番頭と同じ意見を言うであろう頼りなさを、全身から惜しみなく醸し出していた。
「ありがとうございますっ! この聡介、全力でがんばります!」
 言うなり聡介はくるりと回れ右。やおら駆け出そうとしたところを番頭にとっつかまる。
「荷物も持たねぇでどこに行く気でぇ! それに今日すぐ仕事って訳じゃねぇ」
 番頭はこれまで何度抱えたかわからない頭を抱える。
「数日後うちに持ち込まれる荷物を、街道半分越えた宿場町まで届けるらしい。簡単すぎるくらいの仕事だから問題ねぇとは、思いたい、が」
 問題ない仕事だとしても、仕事に当たる人物に問題があるのだ。
 番頭の心配をよそに、聡介は夢に見続けてきた飛脚の仕事に就けることの喜びと初仕事への期待に眼を輝かせている。すっかりほわほわ夢心地な聡介の頭が、またひとつぺちりと鳴る。
「それまでは倉庫番だ! しっかり仕分けしやがれ!」
「は〜い」
 それからずっと上の空で、荷を足の上に落としたり番頭に怒鳴られたりしても常にへらりと顔が緩んでいる聡介。聡介が運送することになる荷物を、倉庫番たちが心配していたことは言うまでもない。

●ははごごろ
 その次の日のこと。
 冒険者ギルドからやってきた相談係は、読み終えた手紙から視線を上げた。
 ここはとある武家の奥座敷。目の前に座するのは当家の奥方である。手紙は五人兄弟の末弟・聡介から奥方に当てられたものだった。
 奥方の話などから推測するに、武家に生まれたものの、四人も兄がいては家禄を継ぐことはまずないだろうし、末息子かわいさに本人の希望通り左山飛脚へ奉公に出してもらえたということらしい。手紙には『念願叶い、飛脚として仕事をすることになった』ということから、初仕事の詳細についてまで書かれている。‥‥これは社外秘ではないのだろうか?
 奥方は浮かぬ表情で溜息をついた。
「聡介が街道を渡るなど、もう心配で心配で夜も眠れませぬ」
「つまり、聡介殿が無事に初任務を果たせるように助力すればよろしいのですか?」
「あくまでも秘密裏に。任務を果たすのは聡介自身です。一人で仕事を全うできたならば、あの子も自信がつくでしょう」
 実は今回の聡介の初任務は、奥方がこれまた秘密裏に人を頼んで左山飛脚に運送を頼んだのだという。‥‥末息子とはいえもう十八歳の若者に対してこれは過保護なのでは?
 内心呆れる相談係をよそに、奥方はやるせなそうに溜息をついた。
「たとえ街道半分とはいえ片道半日の道のり。途中危険がないとも限らぬでしょう?」
「まぁ、最近はいろいろ物騒ですからねぇ」
 そろそろ相談係の相槌も適当だ。件の街道はそれほど危険な話は聞かない。せいぜい野犬の群れがうろついているくらいだろう。
 さらに奥方は深く溜息をついた。
「あの子は昔からよく道を間違える子で‥‥宿場町に入ってから配達先の宿までたどり着けるかどうか。持ち物を途中でなくしたり置き忘れたりすることもしょっちゅうで」
 ‥‥それはもう飛脚に向いていないのでは?
 相談係は危うく声に出かかったその言葉を飲み込んだ。

●今回の参加者

 ea0335 志羽 翔流(34歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8685 流道 凛(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb0559 早河 恩(32歳・♀・忍者・パラ・ジャパン)
 eb3383 御簾丸 月桂(45歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb5099 チュプペケレ(28歳・♀・チュプオンカミクル・パラ・蝦夷)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5347 黄桜 喜八(29歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●リプレイ本文

●左山飛脚発
 左山飛脚の出入り口を建物の影から見守る数人分の影。
「さて。極度の方向音痴が無事届け物ができるか、草葉の陰で見学しますかね」
 口ではそう言いながら、内心は聡介がどこまでできるか期待しているのは志羽翔流(ea0335)である。どこか楽しげな志羽の横で流道凛(ea8685)が言う。
「そんなにひどい方向音痴なのですか。それだと心配ですね」
「方向音痴仲間としても、聡介さんの初仕事、成功させてあげたいです」
「あはは♪初めてのお仕事かぁ‥‥。うん、がんばって手助けしてあげるね」
 ネム・シルファ(eb4902)の言葉にチュプペケレ(eb5099)も元気に同意する。この四人は旅芸人を装って、聡介と同じ道中を行く手筈となっている。
 佐山飛脚の店先に現れた聡介は、菅笠をかぶり股引脚絆に手甲わらじ、腰に道中差しを帯びた姿だ。肩に担いだ棒の先にくくりつけた四角い籠の中には、菓子折がたったひとつ。
 駆け出した聡介は、初仕事で張り切っていることもあり軽快に市中を抜けて一行を引き離す。
 流道はその様子に、『セブンリーグブーツ』を身につけた。
「わたくしは一足先に聡介さんを追います。皆さんは後から追いついてください」
 さすが一足ひとっ飛びと称される魔法の靴。たちまち流道の姿は聡介に続いて街道方面へと消える。
 流道が街道へ出た聡介の後姿を見つけた時、聡介はつまづいて見事にすっ転んだ。再び駆け出す聡介を後ろから見守る流道の手が、転がり落ちた菓子折を拾い上げる。
「いきなりですか‥‥これは予想以上です」
 流道は聡介のどじっぷりに気を引き締めた。

●野犬街道
 こちらは旅芸人班とは別働隊である隠密班の磯城弥魁厳(eb5249)。彼は聡介が出発するより早く宿場町の谷屋を確認し、街道を逆にたどって江戸と宿場町を結ぶ中間地点まで来ていた。両側を林に囲まれ、いかにも野犬が潜んでいそうな雰囲気だ。
 磯城弥は、ギルドから入手しておいた聡介の人相書きを懐から取り出す。
「なんとも頼りなさそうな青年じゃ」
「いいじゃないか、労働意欲に燃える青少年、ってな。将来有望だ♪」
 人相書きに向かって応援めいた言葉を投げかける御簾丸月桂(eb3383)に、磯城弥はそれを懐にしまいながら答える。
「個人的には目的地まで半日の距離で、どうやったら道に迷ったり、忘れ物をしたりすることができるのかが、興味があるんじゃが」
 磯城弥の身体の周囲から忍術の煙が立ち昇る。『蝙蝠の術』により強化された聴力が、右手の林の奥に複数の獣の息遣いを感じ取った。
「右の林に野犬どもがいることは間違いない。街道に出て来れぬよう罠を仕掛けるのじゃ」
「俺も手伝おう」
 二人が林へ入ろうとしたその時、江戸方面から同じく隠密班の早河恩(eb0559)と黄桜喜八(eb5347)が現れた。彼らは共に聡介について街道脇を移動していたのだが‥‥。黄桜が二人に説明する。
「聡介、一休み。おいらたち、罠作り手伝いに来た」
「やっぱり上手く行って成功すると気持ちいいし自信も付くと良いもんね。きっちりこなせる様、縁の下からしっかり頑張ろうね〜☆」
 早河は背負袋から、用意していた狩猟罠を取り出し林へ向かった。

●飛脚と旅芸人
 林の少し手前、街道脇の茶屋に聡介はいた。二人の客に混じって腰掛け、持参したおにぎりを無心に頬張っている。
「おいしそうなおにぎりですね」
 突然掛けられた女性の声に驚きながら見上げた聡介の眼に映ったのは、流道だ。
「わたくし、旅芸人なんですよ。皆さんも注目してくださ〜い、新作の手品したくなったんでやっちゃいまーす」
 にこやかに微笑む流道が「はいっ」と手をひとつ叩くと、たちまち両手の上には菓子折がひとつ。聡介は、ようやく菓子折を落としていたことに気付く。
「それ、きっと俺のです」
「街道で拾ったんですけど、そうだったんですか。見つかって良かったですね!」
「おーい!」
 声は、追いついてきた芸人班の三人だ。流道が芸人仲間だと紹介すると、チュプペケレが懐から口琴『レラ』を取り出した。
「コロポックルの踊りとレラを披露します! そこの子も見て聞いてね♪」
 チュプペケレの演奏はまだ修行中のそれであったが、彼女の踊りは皆を唸らせた。さらにネムの竪琴がチュプペケレの音色に寄り添うように響き、志羽が危なっかしいながらも皿回しを披露してみせる。
 一通り終えて三人が礼をすると、観客は少ないものの拍手喝采が贈られた。すっかり放心しきっていた聡介だが、はっと我に返るとやおら立ち上がった。
「いけない、仕事‥‥皆さん、楽しかったです。ありがとうございます!」
 聡介は勢い良く頭を下げ、再び宿場町を目指して駆けていく。一生懸命なその姿に、志羽が呟いた。
「おふくろさんの心配もちょっと過保護かと思ってたが、俺も何か心配になってきた。黒子的存在も悪くはないかもな」
 四人は再び聡介の後を追って出発した。

●野犬の群れ
 その頃、林の中で罠に翻弄される十匹の野犬たち。狩猟罠に足を咬まれ、または縄に足を取られるまま宙に吊り上げられ。罠を抜けた野犬は三匹のみ。
「みんな、私の後ろに下がって!」
 三人が後退するのを見届けて、早河は『春花の術』を発動させる。前方にかざした両手から、風下へと花の香りが流れ出す。野犬たちは睡魔に襲われ、力無く地面へと倒れていく。
 その時。背後から聞こえた唸りを含む野犬の声。振り向くと、街道を挟んだ反対側の林から五匹の野犬が現れ街道を駆けていく。そちらの林は風下に位置するため、『蝙蝠の耳』を使用した磯城弥の耳にも音を察知することができなかったのだ。
 野犬は、林に囲まれた部分を過ぎようとしていた聡介の背中を目指す。皆が急いで駆け寄るが、間に合わない。
 野犬を振り返り、驚き固まる聡介の前に現れたのは、巨大蛙の上に乗った黄桜だ。『春花の術』に備えて後退した時に聡介の姿に気がついた黄桜。すぐさま聡介の近くまで移動していたのだ。
 黄桜は『大ガマの術』で呼び出したガマの助を操り、向かい来る野犬を撃退する。
 ガマの助をかいくぐって聡介に向かう一匹は、追いついた旅芸人班が阻む。
 志羽が投げた石が当たり一瞬怯んだ野犬に、流道の『ブラインドアタックEX』『ソニックブーム』『シュライク』合成技が炸裂した。街道脇から飛んで来た早河の矢が追い討ちをかけ、野犬は逃げ出す。他四匹も黄桜とガマの助、加勢に入った御簾丸と磯城弥に倒され街道に転がっていた。
 黄桜とガマの助はくるぅり、と聡介を振り返るなり一言。
「助けたお礼に尻子玉よこせ」
 尻餅をついていた聡介はものすごい勢いで街道を逃げ去っていく。
「冗談にしても脅かしすぎではないかのう?」
「飛脚として働くこの先、どんな輩にでくわすか分からない。社会勉強だ」
 磯城弥に、黄桜はしたり顔で答えたのだった。

●宿場町。宿・『谷屋』着
 宿場町に着くと、聡介はすぐに見つかった。なんとまだ宿場町の入口にいたのだ。道に迷っているらしい。すかさずネムが駆け寄る。
「先程の飛脚の方ですよね? 私たち、『谷屋』って宿屋さんに行きたいんですけど、道を教えて頂けませんか?」
「あ‥‥さっきはありがとうございます。あの、俺も、『谷屋』に‥‥」
「本当? 一緒に連れてってもらえますか? 私すごく方向音痴で困ってたんです」
「えあ、お、俺、も‥‥」
 しどろもどろになる聡介を先頭に押し立てて、宿場町の奥へ向かう。分かれ道で立ち止まる聡介の耳に、突然男の声が聞こえた。
「これ、そこの飛脚よ」
 聡介が振り向いた先にあるのは、道端の小さなお地蔵様だけ。と見せかけて、実は地蔵の横に『インビジブル』で姿を隠した御簾丸がいる。
「私は道祖神。そなたの仕事に対する熱意に報いて宿まで案内して進ぜよう」
 御簾丸の優しい声色に、すっかり信じ込んでしまった聡介。事前に順路を確認していた御簾丸の案内で、無事に『谷屋』へとたどり着いた。あたりは既に夕焼け色に染まっている。
「ありがとうございました、おかげで助かりましたです。やっぱり飛脚の方ってすごいですね」
 ネムに誉められ、聡介はまんざらでも無い様子だ。
 全員で『谷屋』に入ると、チュプペケレは重大な事に気がついた。聡介の背負う小さな籠の蓋が半分開き、空っぽの中味を見せていたのだ。
 仲間に告げようとしたチュプペケレをネムが笑顔で押し留める。そして彼女が取り出したのは、聡介が運んでいた菓子折だった。いざというときのため、聡介の母君に菓子折を確認し同じものを用意してあったのだ。ネムは聡介に気付かれぬよう、こっそり籠の中に押し込む。
 現れた届け先の客に驚く聡介。
「母上!?」
 荷を届ける『谷屋』の客とは、聡介の母君だったのだ。聡介が菓子折を渡すと、母は愛情のこもった眼差しを末息子に向けた。
「なんと、まさか荷を届ける飛脚が聡介だったとは。それにしても初仕事を立派に勤めて、母は誇りに思いますぞ」
 母君の言葉はやや芝居くさかったが、その眼に浮かんだ涙は本物だった。
「はい、母上。この聡介、飛脚としてならもう誰にも恥じることなく生きていけます!」
 実は聡介は子供の頃からいじめられっ子だった。そのためか逃げ足だけは誰にも負けたことはない。武士としては恥じるべき逃げ足も、飛脚としてなら‥‥。それが、聡介が飛脚を目指した理由だったのだ。
「皆さん、お疲れ様〜。おにぎりとお味噌汁をどうぞ! ささ、そこのお二方も」
 磯城弥、黄桜、御簾丸の三人が宿に入って来た時、先に宿の台所を借りて調理していた早河が大きなお盆を持って現れた。志羽も聡介の肩を叩いて言った。
「初仕事が無事済んだのか! じゃあ、お祝いに酒盛りでもするか」
 初仕事の成就は聡介一人の力ではなかった。だが冒険者たちの陰ながらの尽力が、これからの飛脚人生に対する聡介の自信を芽生えさせたことは言うまでもない。