神隠し? 山の妖怪退治。

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや易

成功報酬:1 G 35 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月02日〜11月07日

リプレイ公開日:2006年11月10日

●オープニング

●神隠し‥‥?
 天高くそびえる大木の枝が天蓋のように空を覆う。まだ昼日中であるとは思えないこの暗さはそのためだ。葉と葉の間から僅かに洩れる光がかろうじて足元をおぼろげに照らす。
 静寂に包まれた森の中、草葉を踏みしめる密かな音が二人分。
「獣とかがいて食われたりしたって、心配はないんじゃないかな? こんなに静かだし」
 先行する背中に小声で告げたのは、まだ少年の面影を残す若い猟師だ。
 前を歩くのは、彼の三倍は年を重ねた老人だ。しかし少年を振り返った瞳に宿る鋭い光は、年齢を感じさせない。
「だからお前は未熟なのじゃ」
「え」
「いくら何でも静か過ぎる。杉作が神隠しに遭ったというのも、ありえない話では無さそうじゃ」
「そんな、まさか‥‥」
 若者が半笑で呟いたのは、師匠の話を信じていないからではない。目の前にある真剣な表情に疑う余地はなく、信じたくないという怖れの気持ちが若者の中に波紋を広げていく。
 それを振り切るように、雪松は師匠を追い越して先へ進む。
「杉作だって、大方怪我でもして動けなくなってるに違いねぇ。早く見つけて、とっとと帰‥‥」
「雪松!!」
 突然の呼びかけに振り返る余裕も無く、雪松は背中を突き飛ばされた勢いで茂みに転がり込んだ。
「早く逃げ‥‥!」
 途切れる師匠の声に茂みから顔を出すが、もはや姿は無い。
 全身を襲う震え。言うことを聞かない膝を必死で動かし、雪松は必死で走り出した。落とした弓も、拾わずに。
 涙に歪む視界の中、後ろから聞こえる骨の砕ける音に耳を塞ぎながら‥‥。


 その雪松は今、冒険者ギルドの受付にいた。
 和服の良く似合う黒髪碧眼の受付係は、すっかり生気を失った様子の雪松に気遣う視線を向けながら訪ねる。雪松は途中で沢を転がり落ちたため、骨折した右腕を胸の前に吊り下げている。
「では、貴方のお師匠様も、その『神隠し』に遭ってしまった、ということですね」
「し、師匠は‥‥おらをかばって‥‥獣相手なら師匠が負けるわけねぇ。ありゃあ、絶対妖怪の仕業だ」
「ええ。確率は高いと思います」
 周囲に木々が繁っているとはいえ、平地で人間一人を、神隠しに遭ったと思わせるほどの速さで捕らえることを並の獣ができようはずが無い。
「おらが、未熟だったから師匠は‥‥おら、猟師の命である弓もどっかやっちまったし、おらには、とても‥‥」
「大丈夫ですよ。そのために冒険者ギルドがあるんですから」
 受付係が微笑みかけたが、雪松は上の空で呟いている。この状態では骨折が回復したとしても、再び猟師として弓を握ることができるかどうか‥‥。
 受付係はそっと眼を伏せた。
 それまで黙っていた付き添いの母が、受付係に頭を下げた。
「うかつに森に踏み入ることもできず、里の猟師たちも困っております。どうかよろしくおねがいします」
「ええ。‥‥これから里まで戻られるのですか?」
「いえ、この子の怪我もありますし、しばらく江戸で‥‥姉の元に身を寄せながらお医者様に診ていただくことに」
「そうですか‥‥森のことは、任せていただいて安心ですよ。うちのギルドに集まる冒険者は、皆さん優秀な方ばかりですから」
 受付係の微笑みは、母の心をいくばくか軽くするには充分なものだった。

●今回の参加者

 eb4640 星崎 研(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb4721 セシリア・ティレット(26歳・♀・神聖騎士・人間・フランク王国)
 eb5761 刈萱 菫(35歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb6966 音羽 響(34歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●神隠しの山
 その山は妙な静けさに包まれていた。
 里の者から聞いた、雪松とその師匠が向かった道を進み、つい先刻山に入ったばかりだ。
 ほんのわずかばかり洩れる日光だけを頼りに、暗い森の中を慎重に歩いていく。
 この山のどこかに、神隠しを起こしている妖怪がいるのだ。
 良家に生まれ蝶よ花よと育てられたセシリア・ティレット(eb4721)にとって、これが神聖騎士として初めて望む依頼である。緊張と期待が彼女の気持ちを高揚させていた。
「音羽さん、今回の事件を起こしている妖怪に心当たりがあるっておっしゃってましたけど‥‥一体どのような相手なのです?」
 一歩後ろを歩いていた音羽響(eb6966)に問いかける。響は、僧侶としての修行の中で得た妖怪の知識の中から今回の事件の犯人に思い当たっていたのだ。
「おそらく、釣瓶落としという妖怪と思われます。樹の上で待ち構えて、通りかかった旅人を引き上げてしまうのです」
「引き上げた後は‥‥?」
 髪結の刈萱菫(eb5761)が訪ねると、響は顔を曇らせた。
「その後は、引き上げたその者を喰らってしまうのです」
 菫は眼を丸くし、セシリアは表情を引き締めた。
 神隠しに遭ったとされる二人は、もう生きてはいないということなのだ。
 これ以上被害を出さないためにも、必ず見つけ出して退治しなくては。
 冒険者三人は互いに眼を合わせ、意志を確認し合った。


●惑いのしゃれこうべ
 山に分け入って間もなく、探索は始められた。
 探索済の区域がわかるよう、菫が特徴のある樹や岩を目印に地図を描いていく。
 セシリアの手には、茶色く変色した古い頭蓋骨があった。彼女は突然その頭を叩いた。
 こつり、と頭蓋骨の空洞に叩いた音が響き渡る。が、すぐにそれも森の静寂に吸い込まれて消えた。
「反応しませんね」
 セシリアが持っているのは、惑いのしゃれこうべ。周囲にアンデッドがいた場合、叩いた者の魔力と引き換えにそれを知らせてくれるのだ。
「では、次はあたしが」
 セシリアが持っていた惑いのしゃれこうべを、菫が譲り受ける。
 魔力の消費を抑えるために、セシリアと菫が惑いのしゃれこうべで。響がデティクトアンデッドを使用し、釣瓶落としのいる場所を特定しようというのだ。
 釣瓶落としを発見して戦闘になった時を想定して魔力を温存するとなると、探索に割ける魔力は限られてくる。ある程度魔力が減ったら里へ戻り、探索を翌日にまわすやり方で地道に探索を続けていた。
 里の者が宿を貸したり食事を振舞ってくれたりしてくれたおかげで、ゆっくりと身体を休め再び探索へと向かうことができた。
 そうして探索を続けて三日目のこと。
 セシリアが叩いた惑いのしゃれこうべが、カタカタと歯を鳴らし始めたのだ。
「響!」
 菫が呼びかけるよりも先に、響の身体が白い光に包まれる。発動したデティクトアンデッドにより、響に釣瓶落としの居場所を知らせる。
「あちらです。参りましょう」


●釣瓶落とし
 木々の間を、セシリアが一人歩いている。
 その辺りは比較的茂みが多く、見通しも悪い。辺りを見回すように進んでいくセシリアは、頭上から見つめる視線があることにまだ気付いていない。
「セシリアさん!」
 少し離れた茂みから菫と響が声を上げた時には、既にセシリアの身体は地上から消えていた。
 予想以上の勢いで上に引っ張られたセシリアは、あっという間に太く張り出した枝の上にいた。
 セシリアは息を呑んだ。さらに少し上の枝から、無数の生首がぶら下がっている。しかもそれらは鋭い牙を剥き襲い掛かって来たのだ。
 樹上のセシリアと地上の響がコアギュレイトの詠唱を始めるが、高速詠唱の無い二人では間に合わない。
「くっ!」
 セシリアの肩に牙が食い込んだ。それでも咄嗟に身をよじり、首を狙った一撃をずらしたのだ。
「コアギュレイト!」
 響の声と同時に釣瓶落としの動きが止まる。セシリアは釣瓶落としと自らの間に抜刀した村雨丸を捩じりこみ、力いっぱい引き剥がした。
「うあぁっ!」
 食い込んだまま牙が肩の肉をえぐるのも厭わず、そのまま地上へ振り落とす。
 コアギュレイトが効いたまま、釣瓶落としは地面に叩きつけられる。
 橙紅が閃く。声も無く、釣瓶落としは串刺しにされていた。貫くのは炎と見紛う程鮮やかな色彩を放つ長槍、修羅の槍。
 菫は止めを刺した槍を引き抜き、安堵の表情で隣の響を振り向いた。が、響の表情は強張ったまま。唇から呟きが洩れる。
「まさか、一体だけじゃないなんて‥‥」
「え!?」
 振り仰いだ菫は見た。数倍の生首の群れに囲まれた樹上のセシリアの姿を。
 元来釣瓶落としは、複数の生首で形成されている。今見る限りでは、少なくとも三体以上はいるだろう。
 しかしセシリアは、左肩から血を流しながらも怯むことなく村雨丸を向けた。
「あなたたちに食べられた人たちの無念、晴らして見せます!」
 樹上という相手に分のある戦いの中、響のコアギュレイトや菫の長槍による援護もあり、セシリアは善戦していた。
 コアギュレイトが決まり落下したものは菫の槍と響のピュアリファイで仕留める。
「滅せよ!」
 最後の一体が響のピュアリファイで浄化された。
 セシリアは張り詰めていた緊張の糸が切れたように膝の力が抜け、樹上から下へと落下していった。


 響が触れた箇所から、暖かな力が流れ込んでくる。
 セシリアが受けた、肩をはじめとする牙による無数の傷が見る間に癒えていく。
 枝から落下したセシリアだったが、下が茂みに覆われていたのが幸いし落下による怪我はごく軽いものだった。それも、響のリカバーによりすっかり回復している。
「ありましたわ!」
 突然の声と共に、茂みの向こうから菫が現れた。驚いた二人が菫の手にある物を見て言う。
「それはもしかして‥‥」
「雪松さんの弓?」
 菫は嬉しそうに頷いた。
「きっとそうですわ。早く持って帰って、敵を討てた事を知らせてあげましょう!」
 依頼の期日が迫っていたこともあり、三人は早々に山を下りた。
 山道を抜ける直前、最後尾を歩いていた響は一人立ち止まる。来た道を振り返り、瞳を閉じる。
「亡くなられた方に平穏が訪れます様に、残された方々に御仏のお導きがあります様に‥‥」
 死者の冥福を祈る彼女の言葉は、山の澄んだ空気に溶け込んでいった。


●残されたもの
 里の者たちにも退治が完了したことを伝え、江戸へと戻った三人は療養中の雪松の元を訪ねた。
「雪松さん、お師匠様の敵はとってきましたよ」
 菫が伝えるも、雪松は相変わらず心ここにあらずという状態だ。が、弓を見せたとたんに表情に変化があった。
 食い入るように弓を見つめる雪松に、菫と響が声を掛ける。
「雪松さんの弓、ですよね?」
「お師匠様の形見のようなものがあればと思ったのですが、残念ながら‥‥」
「きゃっ!」
 菫は思わず小さく声を上げた。雪松が突然弓を奪い取ったのだ。震える両手で弓を握っていたが、やがて崩れるように膝を付き、弓を抱え込むようにうずくまった。
 かすかな嗚咽に混じり、雪松の声が聞こえる。
「師匠‥‥師匠の、弓‥‥」
 雪松のそれと思われた弓は、師匠の愛用していた弓だったのだ。
 セシリアは雪松の背にそっと触れた。
「雪松さん、きっとお師匠様があなたに残してくれたんですよ」
「猟師を続けて欲しくて、弓をなくしたキミに譲ってくださったんですわ」
 菫が言うと、雪松は僅かだが頷いたようだった。
 この先、腕の傷が癒えても雪松の心の傷は癒え切らないだろう。
 だが、誰もがそういったことを乗り越えていかなくてはならないのだ。
 これから冒険者として様々な困難や辛い出来事に遭遇するかもしれない。今回は何とか依頼を達成することができたが、力及ばぬ時が来るかもしれない。
 もっと、強くならなくては。
 セシリアは初めて受けたこの依頼を忘れまいと、雪松の姿を心に刻み付けた。