見習い陰陽師。身投げの吊橋

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや易

成功報酬:2 G 40 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月16日〜11月21日

リプレイ公開日:2006年11月24日

●オープニング

●もう一人の自分
 一人の女性が、おぼつかない足取りで歩いている。表情には生気が全く感じられない。
 朝もやに曇る辻に差し掛かったその時、立っている女の影があった。
 距離が近づくに連れて、その姿がはっきりと見えてくる。
 艶のない髪は乱れ、痩せこけた身体に着崩れた着物、やつれた顔‥‥二人の女性が向かい合う姿は、正しく合わせ鏡。
 歩いてきた女は、立っている女の横をすり抜ける。
「ひどい姿でしょう、私」
 立っている女の言葉に、歩いてきた女は立ち止まる。
「だから言ったでしょう? うまく行かないって」
「‥‥」
「機織職人として挫折して、それを救ってくれた男。騙されてもいい、なんて言って家を出て‥‥貢がされ、遊ばれて、遊郭に売られる前になって、ようやく本当に騙されてたことに気付くなんてね」
 歩いてきた女は、立っている女を振り返る。言われたとおり、眼の前にいる自分にかつての面影は無い。
「だから言ったじゃない。挫折した時に、私の言うとおりにしておけば、こんなことにはならなかったのよ」
「‥‥」
 立っている女は、それまでとは違う優しい声色で囁く。
「ここにいては駄目。あなたの素晴らしさを解ってくれる人が、待っているのよ。幸せになれるの」
「し、あわせ‥‥」
 歩いている女の眼から一筋の涙がこぼれ落ちる。立っている女は僅かに微笑んだ。
「今からでも遅くないわ。行きましょう、幸せになれる場所へ‥‥」
 そうして一人の女が、朝もやの中に消えていった。


●身投げ
「やっべぇ、すっかり遅くなっちまった」
 日が暮れ完全に夜になってしまった京都の道を駆けて行く少年がいる。
 白く長い髪を高い位置で結わえ、華奢な体に水干を纏っている。黒い瞳はくりんと大きく、声変わりも迎えておらず、限りなく少女のようであるが少年である。
 彼の名は常盤丸(ときわまる)。陰陽師として見習い修行中だ。元陰陽寮で活躍していた陰陽師、八宮司成佐(はちぐうじ・なりすけ)に命を救われ、恩返しをすべく弟子として仕えている。
 今も成佐のお使いで薬草を採りにでかけていたのだが、夢中になるあまり時を忘れてしまっていたのだ。
 橋に差し掛かった時、常盤丸は薬草を入れていた籠を地面に置き、全速力で駆け出した。
 そのまま、橋の欄干を乗り越えようとしていた初老の男に取りすがる。
「何やってんだよ、おっちゃん!!」
「し、死なせてくれっ」
「駄目だって、このぉ!」
 男の腰に腕を回したまま、欄干に足を掛けて思い切り蹴り飛ばす。二人は重なってひっくり返った。
「何だって死のうとしてんだ? 理由を聞かせてくれよ。もし納得する内容だったら、死なせてやるからさ」
 常盤丸は倒れたその場に座り込んで男を見つめた。
「娘が、山の吊橋から身を投げて、死んだんだ‥‥」
「吊橋?」
 成佐が今調べているのも、確か吊橋にまつわる事件だったはずだ。
「何年かぶりに帰って来て、間もなく‥‥男手一つで育ててきたあいつを、幸せにしてやれなかった。わしは‥‥」
 男の声は涙にくぐもり消えた。
「おっちゃん。まだ死ねないぜ」
 常盤丸は立ち上がった。
「おっちゃんの娘は、自分で死んだんじゃない。殺されたんだ‥‥妖怪に」
「え‥‥」
「待ってろ、俺が絶対に敵を取ってやる。それまで、死なないで待っててくれよ。な!?」
 常盤丸のあまりにも真剣な表情に、男は戸惑いながらも頷いた。
「約束だからな!」
 そう言い残して、常盤丸は薬草の籠を拾い上げ再び走り出した。
 家族を奪われる辛さは良く知っている。相手が妖怪であるなら、なおさら。
 だから、自分のように悲しい想いをする家族を増やした妖怪を、許すことはできない。
 常盤丸は成佐の元に戻るなり、一も二も無く申し出た。
「成佐様! 今回の事件、俺にやらせてください!」
 そうして常盤丸は、共に戦う仲間を探してギルドを訪れたのである。

●今回の参加者

 ea7242 リュー・スノウ(28歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea8189 エルザ・ヴァリアント(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb0406 瓜生 勇(33歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1630 神木 祥風(32歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb1795 拍手 阿義流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1798 拍手 阿邪流(28歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb1872 瓜生 ひむか(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3402 西天 聖(30歳・♀・侍・ジャイアント・ジャパン)
 eb3936 鷹村 裕美(36歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb5690 アッシュ・ロシュタイン(28歳・♂・ファイター・ハーフエルフ・フランク王国)

●サポート参加者

太 丹(eb0334)/ 小 丹(eb2235)/ 眞薙 京一朗(eb2408

●リプレイ本文

●心の傷
 瓜生勇(eb0406)とその妹である瓜生ひむか(eb1872)、ひむかが半ば強引に同伴させた常盤丸。彼女等の護衛として付き添う西天聖(eb3402)の四人は、若い娘の元を訪れていた。
「私たちは魔払いの修行をしています。ねっ、常盤丸」
「お? おお」
 突然振られた常盤丸は曖昧に返事をする。
「あなたが自分と同じ姿を見るようになったのは、いつからですか?」
 虚ろに窓の外に視線を向けるその娘にひむかがチャームをかけて話しかけたが、娘には答える気力すら無い。
 娘の親から話を聞いていた勇が姿を見せ、首を横に振った。
 縊鬼は狙っている者の姿になるまでは動物に変じているという。それが何か特定できればと思ったのだが‥‥。
「庭の植物にもグリーンワードで訪ねてみたのですが、駄目でした。こちらは‥‥」
 そこまで問うて言葉を止めた。妹の沈んだ表情が返事をしている。
 ひむかは娘の手を取り、懐から取り出した物を握らせた。
「この萩の箸は邪なる物を祓う力があるので、魔払いが終わるまで持っていて下さいです」
 返事も聞けず、四人はその家を後にした。


「ゆっくりとでいいです、昔を思い出してみてください‥‥ほら、良い事もあったでしょう。私の占いにも道は開けると出ていますから、大丈夫ですよ」
 拍手阿義流(eb1795)の占いを交えた心療術が効果を発揮し、若者の表情はずいぶんと和らいできた。
「憂いが取り除けたら、受け取りに上がります」
 優しく微笑んだリュー・スノウ(ea7242)が封を施した銀剣を差し出すと、若者はそれを受け取った。これが縊鬼を退ける護りとなってくれるだろう。
 その二人と鷹村裕美(eb3936)が若者の家を出たところで丁度瓜生姉妹達と出会った。彼女達を見、裕美が言う。
「神木はそっちと一緒じゃなかったのか?」
「私らは鷹村殿達と共におると思っていたのじゃが‥‥」
 聖が首を傾げる。
「まさか‥‥」
 呟いた常盤丸が急に走り出し、皆はその後を追いかけた。たどり着いた先は、常盤丸が身投げを止めた男の家だった。
 中では、娘の位牌に経を上げ終えた神木祥風(eb1630)が男に語りかけている。
「娘さんが亡くなられたのは縊鬼という妖怪の仕業なのです。魂を狙って付きまとい死へと誘う‥‥。もし御自身を責める声が聞こえても耳を貸さぬように」
「‥‥わしも、その妖怪に狙われると?」
 祥風は躊躇った後に口を開いた。
「お勧めはしませんが、娘さんの無念を晴らす方法として、あなたが魔性の声に惑わされた振りをして縊鬼を誘き寄せ‥‥」
「駄目だ!」
 制止の声と共に常盤丸が飛び込んだ。
「おっちゃんを危険な目には遭わせられない。俺達だけでやろう」
 常盤丸の強い意志を感じ、祥風は男に頭を提げた。
「すみません。今の言、忘れてください」


●吊橋
 静かな山の中腹に深い沢が横たわっている。ずっと見下ろすその底には川が流れ、沢の向こう側へ渡るために吊橋が一つ架けられているのだ。
 拍手阿邪流(eb1798)、アッシュ・ロシュタイン(eb5690)、エルザ・ヴァリアント(ea8189)の三人は半日かけてその吊橋にたどり着いた。
 アッシュは吊橋の中央に立つ。吊橋は思いの他丈夫そうだ。吊橋が落ちる事は無さそうだが、自分が落ちてしまっては元も子も無い。
『広い場所に相手を誘い込めれば、いいんだがな。有利になりそうな地形があるか探してみよう』
『そうね。ここでファイヤーボムを撃って、橋が燃えたら困るもの』
 同意するエルザに、アッシュが向き直る。
『後は、ここに人が近づかないようにしなくては‥‥』
『それは私に任せて。通りかかる人から話を聞きがてら注意を促すわ』
 母国語しか話せないアッシュに合わせてゲルマン語で繰り広げられる会話が理解できず、早々に吊橋を離れた阿邪流。吊橋がよく見える茂みに陣取っていた。
「面倒な事しなくても、ここで待ってりゃいいと思うんだけどなぁ」
 阿邪流は懐から五行星符呪を取り出した。これを燃やせば魔除けの結界となる。提灯に火を点ける準備をし縊鬼に備えた。


 吊橋は、まだ陽が落ちる前という事もあって思っていたよりも人通りがある。
「こんにちは。お仕事中かしら?」
 エルザは江戸方面から現れた荷を背負った男に話しかけた。
「はぁ、こんな辺鄙な所で何しとるのかね?」
「私? 最近この吊橋で起こった身投げが妖怪の仕業らしくてね。それについて調べてるの」
「妖怪かぁ‥‥最近は物騒だな。おらの里はこの吊橋の先にあるだが、憑き物にあったみてぇな奴もおるだ。自分がもう一人いるだか言っててなぁ」
「‥‥!」
「近頃はもう抜け殻みたいになっちまって」
「あなた、里に戻ったら吊橋には近づかないよう皆に伝えてもらえるかしら。妖怪との戦いに巻き込みたくないの」
「あ、ああ」
 男はエルザの厳しい表情に気圧された様子で吊橋を渡っていく。
 縊鬼が現れるのは江戸からではない可能性も出てきた。もし縊鬼が現れた時、今いる三人だけで戦うのは心許ない。
「皆早くこちらに合流しないかしら」
 若者を見送ってから、エルザは木々に隠れる江戸を振り向いた。


●縊鬼
 翌日の夜、吊橋の近くに全員が集まった。お互いの情報を交換し合い、吊橋がよく見える位置で見張りを続ける。
 さらに一日が過ぎた夜の事。
 一番視力の優れている阿邪流がいち早くそれを見つけた。
「来たぜ」
「どちらが縊鬼なのじゃ?」
 聖の言うとおり、里の方から現れた二人の少年は全く同じ姿をしているのだ。
 阿義流が双子の兄弟を振り向く。 
「阿邪流、五行星符呪を!」
「火がねぇんだよ、火が!」
 初日の夜に、提灯の油を使いきってしまったのである。
 アッシュの調べでは、周辺で戦いに適した場所は吊橋の前後に僅かに開けた土地のみ。吊橋に入られては不利だ。
 祥風が囁く。
「常盤丸さん、あなたのムーンアローを縊鬼めがけて放ってください。術が当たった方が縊鬼です」
「わ、わかった」
 常盤丸が緊張の面持ちで頷く。それを和らげる様に裕美が肩に手を乗せる。
「ならば術の発動と共に仕掛けよう。皆準備は良いか?」
 裕美の声に各自剣を抜き、また術の詠唱を始める。
「月の光よ、妖を討つ刃となれ!」
 少年達が吊橋に近づき皆が視認できるようになった時、常盤丸の手から光の矢が放たれる。同時に皆茂みから駆け出した。
 リューの放ったホーリーライトの光球が二人の若者を照らす。
 少年二人がそれに気付いた瞬間、ムーンアローが右の少年を直撃した。
 阿義流がシャドウバインディングをかけた隙に、勇が少年を縊鬼から引き離す。その手に生み出されたクリスタルソードを地面に衝き立て、少年を背中にかばう。
「大丈夫。あの妖怪に手出しはさせません」
 阿義流の術を撥ね退けた縊鬼は、首に縄を掛けた首吊り死体の如き本来の姿を現した。
 常盤丸の小柄と阿邪流の小太刀をかわし、吼えた縊鬼の体が淡い銀に光る。次の瞬間、周囲にいた常盤丸、阿邪流、裕美、聖の足元で黒い爆発が起こった。
「くっ」
「シャドウボムか!」
 四人が縊鬼から距離をとったと同時に、リューとひむかが術光に包まれる。
「邪なる者に聖なる戒めを!」
「魔法は唱えさせないです!」
 ホーリーとサイレンスの効果は縊鬼には届かなかった。それらを遮ったのは、球状に縊鬼を護る漆黒の炎。
「魔法を打ち消す結界!?」
 言った祥風の前に聖が出る。
「なれば結界内に踏み入れば良いのじゃろう?」
 駆け出す聖の身体はオーラに包まれ、縊鬼の掛けたコンフュージョンを撥ね退けた。
「うっ!」
 縊鬼を護るカオスフィールドを抜ける瞬間の痛みに耐えながら右手の日本刀を振り下ろす。それを横にかわした縊鬼に、左手の仏剣・不動明王が迫る。
「ギャアッ!」
 怯んだ縊鬼に、アッシュが斬魔刀を眼前に掲げて走り込む。
『悪を斬る闇夜の刃、推して参る』
 振りかざした斬魔刀には炎が踊る。エルザがバーニングソードを付与したそれで縊鬼を薙ぐ。
 漆黒の炎による結界が消えた。
 刹那、祥風のコアギュレイトが縊鬼を捕縛し、裕美の霊刀ホムラによる一閃がとどめを刺した。


●夜明け
 少年はその戦いに呆然としていたが、勇が何度か声を掛けると涙を流しながら訴えた。
「せっかく幸せになれるところだったのに、どうしてくれるんだ!」
「あのなぁ。あいつは妖怪だったんだぜ?」
「かまうもんか! 死ねば幸せになれるなら今からだって死んでやる!」
 呆れた阿邪流の声にも耳を貸さずしきりにわめく少年だったが、エルザのイギリス語による一喝に驚き黙る。
 エルザは静かなジャパン語で告げた。
「世の中にはどんなに生きたくても死んで行く人だっているのよ」
 その言葉に、少年はうなだれた。
「あなたが死んでも世の中は何も変わらないけど……あなたが生きることで変わるものもあるかもしれない。それだけは憶えておいて」
「そう簡単に人生諦めるなよ。これお守りにやるからよ」
 阿邪流は五行星符呪を少年の懐にねじ込む。
 彼の涙は止まらなかったが、死のうという気は失せたようだった。


 少年を里まで送って行き、一行は山を下り始めた。
「父上に言われて、占いを習得しておいて良かったぁ‥‥」
 一人ぽつりと呟く阿義流。人生何がどこで役に立つか解らない。
 ひむかが先を行く常盤丸に小走りで追いつき袖を掴む。
「言いそびれてたけど、毎日お見舞いに来てくれててありがとう。おかげで元気になれました」
「いや、別に‥‥俺のせいで怪我させたんだし」
 照れて口ごもる常盤丸。その時、木々の間から金色の陽光が差し込み始めた。
「辛い事があったって、いつか夜明けが来るものだからな」
 呟いた裕美の横で、常盤丸が笑った。
「かっこいい事言ってるけど、吊橋に来る途中派手に転んで‥‥」
「言うなぁ!」
 裕美の当身が常盤丸をぐったりさせる。
「きゃあっ! 常盤丸!?」
 これまでに見たことの無いような妹の慌てぶりを見ても、その恋心には気付けない勇であった。