灰汁玉組。権蔵にくびったけ??

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月27日〜01月01日

リプレイ公開日:2007年01月04日

●オープニング

●奪われた夫
 とあるお茶の大店から、使用人に見送られて一人の女性が出かけていく。
 彼女はこの店『地倉』の女将、お静。お茶農家の一人娘だったのだが、視察に来た地倉の若旦那に見初められ江戸に嫁いで来たのだ。
 既に両親をなくした夫を支え、夫婦円満にやってきた‥‥つもりだったのに。今夫婦の危機が訪れていた。
「お前さん、開けておくれ!」
 女将が戸を叩くのは、江戸のはずれにある小さな屋敷‥‥地倉の別邸の門である。ややして、門が僅かに開かれた。
「お前さん‥‥!?」
 しかし隙間から覗くのはごろつき風の男だった。
「旦那は会いたくねぇそうだ。とっとと帰りな」
「いいえ、帰りません。直接主人と話をさせてください」
「何回来ても無駄だぜ。諦めるんだな」
 戸が閉められた後も、お静はそこに立ち続けた。
 日が暮れようとしたその時。再び門は開かれた。
 現れたのは一人の女だった。黒地に緋牡丹が咲く黒い着物をはだけ気味に着こなすのもなまめかしく、白い肌に黒い髪をゆったりと結い上げた女性。その長身と美しさだけではない。女性の内面からにじみ出る迫力に、お静は圧倒された。
 女はそんなお静の前で優雅に煙管をふかし、紅も鮮やかな唇で笑みを形作る。
「旦那はもうあたしのものさ。残念だけどね」
「嘘!? あの人が、そんな」
「現に、もう一週間も家に帰ってないだろう? 使用人に倉からお茶を持って来させるのも、あたしのため」
「‥‥」
「実家に帰って、茶畑を作っている方がお似合いだよ。女将さん」
「くっ‥‥」
 確かに眼の前の女の魅力に比べれば、自分は土臭い農民の娘。その素朴さがいいと言ってくれた主人は顔を見せることすらしてくれない。
 悔し涙をこらえながら、その場を少しでも離れたくて必死で走った。
 と、気がついたらそこは冒険者ギルドの前。以前お客から聞いた話を思い出し、こうして受付係の前に座っているというわけである。
「主人があの人に奪われてしまった事が悔しくて情けなくて‥‥でも、今まで浮気一つしたことのないあの人のこと、きっとあの女に騙されているのに違いありません! どうか、主人を奪い返してください」
 自らの力では奪い返せなかった悔しさに涙しながら語るお静のその依頼は受理された。


 和服の似合う黒髪碧眼の受付係は一つ唸った。外回りから帰ってきた彼の弟、左眼に眼帯をした相談係がそれを聞きとがめた。
「どしたい? 難しい顔して」
「いや、『姦婦に奪われた夫を取り戻して欲しい』という依頼なんだけど‥‥」
 手元にあるのは、お静から聞きだした話から書き起こした女の人相書きである。話を聞いた時に、どうも聞き覚えのある人相だとは思っていたのだ。
「げ、灰汁玉権蔵じゃねぇか」
「やっぱり、そうだよねぇ」
 この夫を奪ったという女‥‥もとい、男は灰汁玉権蔵。これまでも何度かギルドの依頼に厄介になっている、言わばお尋ね者である。
「権蔵が絡んでいるなら、ご主人は誘拐されたのかもしれないな。地倉はお茶の大店だしね。ともかく、そのへんの調査も含めて冒険者には動いてもらおう」
 一人納得する受付係の横で、依頼の詳細を読んだ相談係がぽつりと呟いた。
「旦那が本気で権蔵に惚れてたら、どうすんだ? しかも相手が男だって知ったら、女将は自殺もんだぜ?」
 二人の間の空気が一瞬固まった。
「ま、まぁ‥‥そうと決まったわけじゃないし。ようはご主人がお静さんに惚れているという、姿をくらます以前の姿で戻ってくればいいんじゃないかな?」
「そ、そうだよな。そのへんも歴戦の冒険者ならうまくやってくれるだろ」
 その場の空気を乾いた笑いでごまかす兄弟だった。

●今回の参加者

 eb7197 今川 直仁(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb8739 レイ・カナン(19歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb8856 桜乃屋 周(25歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb9708 十六夜 りく(28歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9803 朝海 咲夜(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ec0039 コトネ・アークライト(14歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

ジェームス・モンド(ea3731)/ 火乃瀬 紅葉(ea8917

●リプレイ本文

●地倉の別邸
 お茶問屋地倉の一室で、レイ・カナン(eb8739)は寝込んでいるお静を見つめた。
 すっかりやつれて元気の無いお静。博明が権蔵に拉致監禁されているのならば、早く助け出して彼女を安心させてやりたい。しかしレイは極度の方向音痴。迷子になったりしないよう、偵察は仲間に任せてある。
「大丈夫。私達が必ずご主人を救い出してあげるから」
 お静は頷くが、表情は暗いままだ。レイはやりきれない思いで、別邸の図面に視線を落とした。
 その別邸に、地倉の使用人が荷車を引いて現れた。門が開かれ、中から灰汁玉組員数人が現れた。
「いつもの奴はどうした」
「ちょっと体調を崩してまして。今日は代理です」
 答えたのは女の声。一礼して顔を上げたのは十六夜りく(eb9708)だ。
「ご苦労だったな」
 組員は荷車に積まれた茶箱を中に運び終えると、門を閉め始めた。
「あの、旦那にお届け物があるんですけど‥‥」
 呼び止めるのも空しく、りくと空の荷車を残して戸は閉められてしまった。
「邸内に入れれば様子も探れると思ったけど、そう簡単にはいかないわね」


●灰汁玉組の狙い
 その翌日も、灰汁玉組員はおろか邸内に出入りする者は一人もいなかった。
 手掛かりの無いまま迎えた四日目。塀の外には二人の影があった。
「えとえと、このへんとこのへんと‥‥ここに人がいるみたいだよ」
 影の小さな方はコトネ・アークライト(ec0039)。彼女は別邸の図面を指し示している。ブレスセンサーにより、配置されている見張りなどの位置を確認できた。
「ありがとう。じゃあちょっと行ってくるよ」
 朝海咲夜(eb9803)は、にこりと微笑み見張りの隙をつける位置から塀を飛び越えた。
 コトネはとてとてと桜乃屋周(eb8856)が見張りをしている辻へ駆け戻ってくる。
「私、お役に立てたかな?」
「ああ、充分だ」
 初めての依頼に不安そうなコトネの頭を撫で、周は再び別邸に向けた眼を細めた。
 別邸の門が開き、三台の荷車と灰汁玉組員が数人現れたのだ。
「ようやく動き出したか。コトネは地倉に戻っているんだ」
 周は組員の後を追う。
 その頃、別邸のとある一室。
 淹れたてのお茶の芳醇な香りが室内に満ちている。それは室内に座る人物の湯飲みから広がっていた。
「さすが一級品は味が違うねぇ」
 溜息混じりに呟くのは、緋牡丹の黒い着物を着た女性。‥‥に見える。
(「あれが灰汁玉権蔵‥‥」)
 内心呟く咲夜は、権蔵を見下ろしていた。邸内侵入後天井裏に潜り込み、ここまでやって来たのだ。
「毎日絶品のお茶を味わえるのも、地倉の旦那さまさまだね。余ったお茶は?」
「全て運び終わりました」
 声の元をたどると体格の良い男が部屋の端に控えていた。見張りをしているごろつきとは格が違う。この男が権蔵の側近である幹部なのだろう。
「旦那は部屋にいるのかい?」
「変わりなく」
「‥‥!?」
 権蔵の眼が鋭い光を湛え天井を見上げた。
(「しまった!」)
 博明の居場所がわかるかと、咲夜は知らず身を乗り出していたのだ。天井が軋んだ僅かな音を、権蔵に悟られてしまった。
 息を殺し、出来うる限り気配を消す。
「気のせいか‥‥。念のためだ、邸内をくまなく調査しろ」
(「残念だけど、引き揚げ時かな」)
 咲夜は慎重に邸内を移動し、塀の外へ脱出した。
「別邸に博明さんがいるらしいことはわかりましたが、場所まではわかりませんでした」
 地倉邸に戻った咲夜が告げると、今川直仁(eb7197)が答える。
「それだけわかれば十分だ。コトネがブレスセンサーで同じ部屋から動かない人物の場所を特定している」
 コトネは得意げに笑って言う。
「部屋に見張りもいるみたいだから、きっと間違いないです」
 その時、周も地倉邸に戻ってきた。
「灰汁玉組は運び込ませた大量のお茶を売って金に換えているようだ」
 荷車を引いた男達を追った結果わかった事だ。
「それなら、後は実際に乗り込んで助け出せばいいってことね」
 張り切るりくとは裏腹に、周の表情は晴れない。
「地倉博明が灰汁玉権蔵に本気で惚れていた時は‥‥どう説明したら良いんだろうな」
 誰にともなく発された周の言葉で、皆の間に沈黙が訪れる。
「使用人さん達の話では、浮気をしているような様子は失踪前にはなかったそうですから、大丈夫だと思いますけど‥‥」
 そういう咲夜も不安を隠しきれていない。
「それは実際に助けてみないとわからない事だもの。明日は出来る限りの事をやりましょう」
 レイの言葉に皆納得し、明日の博明救出に向けて身体を休める事にした。


●決戦
 翌日。
 りくが春花の術で誘眠香を掌に生み出し、裏口の戸をそっと開けた。すぐに戸の向こうから見張りの倒れる音が聞こえる。
 戸を開けると、灰汁玉組員が二人眠り込んでいる。それ以外に人がいないことを確認し、咲夜が戸をくぐる。
「じゃあ、僕達が先行します」 
「地倉の旦那の救出は私に任せて!」
 咲夜に続き、りくも邸内に侵入した。りくが博明を救い出し、咲夜がその退路であり仲間の侵入路である導線を確保する。博明を塀の外に助け出した後に、灰汁玉組捕縛の為に突入する手筈だ。
 しかし‥‥。
「外に出れないって、どういうこと!?」
 りくの控えめな追求の声に、博明はうつむいた。
 コトネの探り当てた部屋で、博明をすぐに見つけることができたのだが‥‥。
「いろいろと事情があるんだよ」
「事情って何よ! お静さん、寝込んじゃってるのよ。早く!」
 りくは強引に博明を連れ出す。平屋の邸内を移動し、裏庭へ向かう廊下を行くその時。
「侵入者だ!」
 背後から数人の組員が現れた。
「ごめんー、見つかっちゃったっ!」
 大声で叫んだりくの声に、裏口で待機していた皆が邸内になだれ込む。
 裏庭に出たりくは、塀と背の間に博明をかばって咲夜と共に十人程に囲まれている。
「水の魔力よ、氷雪の風を成せ!」
 レイが放つアイスブリザードによるダメージに怯む組員達。その隙にりくの短刀に斬られた一人が転倒する。
「くそっ!」
 数人が突入した冒険者達のほうへと向かって来る。
「きゃあっ、こっちきちゃやだ〜!」
 驚いたコトネが、ライトニングサンダーボルトを発射する。一直線に飛ぶ青白い雷光に触れた組員は悲鳴を上げて倒れる。
 怖れをなしたか、組員達は勝手口と表門に向かって逃走した。
「逃げちゃいますよ!」
 慌てるコトネに、咲夜は笑って見せた。
「一人も逃がしません」
 その通り、勝手口に逃走する事を予想して罠を仕掛けておいたのだ。勝手口に逃げた者達は網に包まれ木の枝に吊り下げられていた。
 また、表門に向かった者達は、一人表門から入り込んだ周の刀に打ち伏せられる。
 その頃、直仁は雑魚には眼もくれず、一直線にある場所に向かっていた。
 前日までに図面を頭に叩き込んだ直仁は、道を間違えることもなく。廊下で出会う組員は日本刀でねじ伏せる。
「少々痛いだろうが、峰打ちだ。我慢しろ」
 たどり着いたその部屋の襖を開け放った直仁を見た瞬間、室内にいた権蔵の表情に動揺が走る。
「な、何故お前がここに!?」
「また会ったな、美しいお嬢さん‥‥地倉の旦那を返してもらいに来た」
 奥の襖が開き、幹部の男が駆け込んで来た。
「組員が全滅しました、権ぞッ!?」
 言い終わる前に、権蔵が投げ放った煙管が顔面に命中した。
「その名で呼ぶなと何度も言ってるだろ」
「す、すみません」
 間を置かず、冒険者達もその場に集結した。
 灰汁玉組二人を前に、周が言い放つ。
「おまえが女として生きたいのならこんな真似は止めろ。女なら地倉の奥方の気持ちが分かるはずだ」
 その言葉に、権蔵は高らかに笑って見せた。
「女として生きたい? あたしはあたし。それ以外の何者でもないさ」
 全く悪びれる様子も無い権蔵に、咲夜が言う。
「私利私欲の為、円満家庭の幸せを乱す行為、許せません」
「大方美容に良い茶を買いに来た所で一目惚れでもしたのだろう」
 直仁のその言葉に、権蔵が言い返す。
「あいにくだね。一目惚れしたのは旦那の方さ」
「何っ」
「あたしらをここに呼び入れ、大量のお茶を提供してくれている。あたしがうんと言うまで、家に帰らないと言い張ってね」
「そういうことだったの」
 レイに睨まれた博明は、りくの後ろで所在無さげにしている。
 権蔵は妖艶な笑みを浮かべ刀を抜き放つ。
「あたしを捕まえられるかい?」
「旦那はこっちへ!」
 博明を部屋の外へ連れ出したりく。広いとはいえ限られた空間の中では、必然的に乱戦となる。
 剣戟の音が数分響いた後、咲夜の十手が幹部の首筋を打ち昏倒させた。ほぼ同時に、権蔵を直仁が捕らえていた。
「は、離せ!」
 刀を落とされた権蔵は腕から逃れようともがく。権蔵を捕えた、と言うより明らかに抱き寄せている直仁は、至近距離から権蔵を見つめる。
「もう悪事は止めんか? お前の良さなら俺が一番よく知っている」
「誰がっ‥‥」
 権蔵の言葉が途切れたのは、唇を直仁のそれで塞がれたからだ。咄嗟にりくがコトネの眼を塞ぐ。
「言っただろう。お前が男でも構わぬと」
 敢然と言い放った直仁の前で、権蔵は頬を赤らめ力無くへたり込んだ。


●めでたしめでたし?
 かくして権蔵以下灰汁玉組は捕えられた。
 縄で縛られ連行される権蔵に、直仁が訪ねる。
「お前の名を聞かせてくれ。本名でも構わん。どのような名前だろうと、お前の美しさに変わりはない」
「‥‥灰汁玉権蔵」
「そんな! 嘘でしょう!?」
 そこから数メートル離れた所で博明が叫んだ。
「あの人が男だなんて‥‥」
 ショックを受けていた博明だったが、女の子だと思っていた咲夜が男だと聞き、さらに混乱していた。
 レイに受けたお説教の甲斐もあり、『やはり普通が一番だ』と博明は地倉邸に戻り、無事にお静と仲直りを果たしたのであった。
 せっかく捕えた権蔵だったが、牢屋番が色仕掛けに引っかかり脱獄を許してしまったのはその数日後の事である。