死の落とし穴
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■ショートシナリオ
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:1人
冒険期間:01月02日〜01月07日
リプレイ公開日:2007年01月09日
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●オープニング
●森の落とし穴
「だれか助けてー!」
弥太郎は声を限りに叫んだ。
頭上に見える空と木の枝は円形に切り取られている。弥太郎は深い縦穴の底にいた。
もう何度目叫んだだろう‥‥一緒に遊んでいた皆は、声の届かないところにいるのだろうか。
それとも、自分を置いて村に帰ってしまったのか‥‥。
自分の考えに恐怖を覚え、いてもたってもいられず、もう一度叫ぶ。
「彦一! さよ! 太助! いたら返事しろよっ!」
耳を澄ます。
聞こえてくるのは風にそよぐ葉鳴りの音ばかり。
弥太郎はなす術もなく、ずるずると座り込んだ。
「こんなことなら、森にかくれんぼに来たりするんじゃなかった」
子供だけで森に入ることは、大人たちから固く禁じられている。だが、以前から大人の目を盗んでは皆で森に遊びに来ていた。それが続くうちに、森が危険な場所だという認識は薄れてしまっていたのだ。
「!?」
頭上から音が聞こえた気がして、弥太郎は立ち上がった。
「おーい! だれかいるのか?
穴の縁からのぞいたのは先の尖った細く節くれ立った脚。次いで現れたのは無数の眼。弥太郎を見下ろしているのは、巨大な蜘蛛だった。
「うわあぁぁあ!!」
悲鳴を上げたが、弥太郎に逃げ場は無い。
蜘蛛はゆっくりと、穴にかかった獲物に迫っていった。
●親の願い
冒険者ギルドを訪れた村長は涙ながらに事情を説明した。
「村の四人の子供達は、おそらく土蜘蛛の餌食に‥‥せめてあの子達の敵を討っていただきたい」
村長の子供も、その四人のうちの一人なのだ。
「遺骨や遺品があったならば、それだけでも親元に帰してやりたいのです」
村長の気持ちは痛いほど伝わってくる。本当ならば自らの手で仇討ちをし、子供達を奪い返したいはずなのだ。だが、数体の土蜘蛛相手では森に立ち入ることすら危険である。
それに、村に隣接した森に住み着いてしまったというのであれば、村人も安心して暮らすことはできないだろう。
「かしこまりです。すぐに退治に向かってもらいますから‥‥!」
受付係の少女はもらい涙をこらえながらそう告げるのだった。
●リプレイ本文
●村にて
土蜘蛛退治を依頼した村の中は、重苦しい空気が満ちていた。
その正体は哀しみだけではない。土蜘蛛への恐怖が村人達の心を沈めているのだ。
土蜘蛛が森の中だけに留まっているとは限らない。いつ村へ襲い来るか‥‥不安をぶつける村人達を村長がなだめ、冒険者達は村の中でも一番広い村長宅へ案内された。そこには子供達の両親が集まっていた。
「この度は私共の依頼を受けてくださって、ありがとうございます」
挨拶をする村長も、息子である彦一を土蜘蛛に奪われている。
「それで、土蜘蛛が出たのは森のどの辺りだ?」
さっそく本題を切り出した大蔵南洋(ec0244)に、猟師であるさよの父が答える。
「森の中心よりやや村に近い辺りだ。ただ、奴等の行動範囲まではわからん」
李猛翔(eb7352)が尋ねる。
「子供達がこっそり遊びに行くとしたら、その辺りになるのだろうか?」
「子供の足だから、そう遠くは行けないでしょう。もっと早く森に入っている事に気付いていたら‥‥」
村長は涙に喉を詰まらせた。
イアンナ・ラジエル(eb7445)は丁寧かつ嫌味なくいたわりの言葉を贈り、決意を新たに告げた。
「子供達が必ず帰れるよう、全力を尽くします」
猛翔も力強く同意する。
「ああ、俺達が仇を討ってみせる。できたら、子供達の匂いを飼犬の芝太郎に覚えさせたいのだが‥‥」
彼の申し出に、親達は快く家から子供達の服を持ち寄ってくれた。
「それと、子供達を乗せて帰るための荷車を貸してくれ。何か掛けてやる物もな」
南洋が言った物は村長が用意してくれた。大きな荷車だから、子供四人は乗せて帰れるだろう。いざ森に向かう前に、イアンナが言う。
「そうです。遺体は揃ってから村へ運ぶか、見つかり次第都度運び出すのか、親御さんに確認を」
「待て」
村に戻ろうとしたイアンナを止めたのは南洋だ。
「子供達の姿が綺麗なままとも限らぬ。そんな姿をそのまま彼らに見せる訳にも行くまい」
「そう、ですね‥‥」
イアンナは自分の至らなさを恥じると同時に、南洋の気遣いに感心するのだった。
●森の探索
村と森はまさに隣接していると言っていいほどの近しい距離だった。
さほど歩かないうちに、陽もあまり射さぬほどに木々が密生し始める。
「腕白盛りの子供達ならば、冒険に立ち入りたくなるのも解らなくもないですね」
大谷由紀(eb9999)がぽつりと呟く。
彼女の後ろではイアンナが高い位置から周囲を警戒し、その下をアデル・サイアード(eb9674)が歩く。前方では南洋が、さらにその前には猛翔と芝太郎が先陣を切って進む。
芝太郎は匂いを追ってここまで来たのだが、ふと立ち止まり周囲の匂いを一通り探ってから猛翔を見上げた。
「ここで匂いは途切れてしまっているのか‥‥」
周囲を探るが穴らしきものも無い。無論子供達がいなくなってから日も経っている。
「止むを得まい。芝太郎、穴に注意してそのまま進もう」
匂いを辿れずとも、足元の穴を先立って発見することはできるだろう。猛翔は自らも槍で地を突きながら再び歩き出した。
「止まってください!」
イアンナの声に、全員が足を止める。上から見下ろすように飛んでいたイアンナは、茂みの中心が不自然に欠けているのを見つけたのだ。
猛翔が上から覗くと、そこは深い縦穴になっていた。
「暗くて奥まで見えないな‥‥」
「これならどうだ」
南洋は火を灯したランタンにロープを結びつけ、ゆっくりと穴へ下ろしていく。
不意に、光が途絶えた。同時にロープを握る手から重みが消える。
「キシャアァァ!」
不気味な声と共に巨大な蜘蛛が穴から這い出して来た。
黒と黄色の毒々しい縞模様のその姿に、アデルが嫌悪の表情を浮かべて詠唱を始めた。
南洋は腰の日本刀、霞刀を抜き放つ。その後ろで由紀は自分が丸腰であったことに気がつく。
「か、刀を‥‥」
忍者刀も手裏剣も背負袋の中に入れたままだったのだ。袋を探る由紀に、蜘蛛の長い脚が迫る。
由紀がはっと振り向いた瞬間、土蜘蛛の眼の前を猛翔が飛翔する。
「俺が相手だ!」
構えた短槍は、シフールの彼からすれば長槍さながら。土蜘蛛の眼前を誘うように飛翔すると、土蜘蛛は猛翔を捕えるべく前脚を振るう。
十字架のネックレスを手に祈りを捧げていたアデルが真紅の瞳で土蜘蛛を捉える。
『邪なる者よ、大いなる父の神罰を受けよ!』
放たれた黒い光が土蜘蛛を撃つ。
「ギッ!?」
怯んだところへ南洋の渾身の力を込めたスマッシュ。動きが鈍ったところへ猛翔と南洋の連続攻撃により、土蜘蛛は動かなくなった。
その後猛翔が穴の中に降りてみたが、穴の底には何も無かった。
●野営
その夜は、開けた場所で休むことにした。皆で周囲に穴の無いことを確認し、南洋が持参した簡易テントを張る。
「至る所に穴が開いていたからな。土蜘蛛は一体では無いと見るべきだな」
皆で保存食を摂りながら猛翔が言うと、南洋も頷く。
「うむ。休んでいる時も交代で見張りに立った方がいいだろう」
その時、イアンナは由紀とアデルが何も食べていないことに気がつく。
「あら、お二人共お食事は?」
聞かれて、アデルは首を傾げる。彼女はラテン語しか話せないのだ。一方由紀は頬を赤らめた。
「あの‥‥保存食を忘れてしまって」
「それなら、私のをお分けしますよ。シフールには少し量が多いんです」
「えっ、いいんですか?」
「ええ。私は猛翔さんのを分けてもらいますから」
屈託無く微笑むイアンナの優しさを、由紀はありがたく受け取ることにした。
包みを開いて食べようとしていると、隣にいたアデルのお腹が可愛らしい悲鳴を上げる。今度はアデルが赤面する番だった。
由紀は保存食を半分アデルに差し出す。躊躇している彼女の手を取り、保存食を握らせた。
『‥‥ありがとう』
アデルが言うが、ジャパン語しかわからない由紀には伝わらない。少し考え、アデルはジャパンに来てから眼にした光景を思い出し、感謝を行動に表す。
頭を下げたアデルに、由紀は微笑みを返した。
●土蜘蛛退治
翌日も探索が続けられた。
穴は無数に、わかりにくい場所に掘られ、稀に土蜘蛛が這い出てくる度に戦う事を繰り返す。
「これは‥‥!」
由紀は思わず声を上げた。
村から見た反対側に近い辺りにたどり着いたとき、眼を疑う光景を見つけたのだ。
木々の間を縫うように、至る所に縦穴が掘られている。それも、これまでとは比べ物にならないほどの密度で。
穴の一つから、縞模様の長い脚が顔を出す。次いで、土蜘蛛本体が。
「ギギィ!」
鋭い声に呼応し、いくつかの穴から土蜘蛛が這い出て来る。猛翔は吠え立てる芝太郎を下がらせ、短槍を土蜘蛛に向けて構える。
「一、二‥‥五体か」
南洋が霞刀を抜き放つ。イアンナとアデルが詠唱を始め、由紀も身につけていた忍者刀を抜いたその時、蜘蛛達は一斉にこちらへ走り出した。
「皆さん、左右へ散って!」
叫ぶイアンナの身体が淡い大地の色を帯びる。その手から発せられた黒い帯が、一直線に延びる。グラビティキャノンに包まれた蜘蛛達は突風を何倍にもしたような衝撃を受け、次々に転倒する。
「犠牲になった子供達、残された親兄弟の無念。思い知るがいい!」
気合の声と共に、南洋のスマッシュが体勢を崩した近くの土蜘蛛の腹に直撃する。ほぼ同時に上空から急降下する猛翔の突き降ろしと、アデルのブラックホーリーが炸裂する。
「やあっ!」
由紀の忍者刀に次いで再び南洋の刀を受け、土蜘蛛は動かなくなった。
その間に起き上がった土蜘蛛が、由紀に襲い掛かる。素早い身のこなしで襲い来る脚をかわし、蜘蛛の脚を忍者刀で斬りつける。
しかし、基本格闘術を身につけていない由紀の太刀筋は、動き回る蜘蛛の脚を捉えることができない。
『再生神の裁きを!』
アデルのブラックホーリーがその蜘蛛を直撃する。土蜘蛛は苦しみの声をあげ、アデルに襲い掛かる。
『あっ!』
脚の爪がアデルの皮膚を裂き、毒持つ牙が肩に焼け付く痛みを残す。
倒れたアデルに、追撃は無かった。アデルに覆いかぶさる蜘蛛を、南洋がパワーチャージで押しのけたのだ。
機会を見てはイアンナがグラビティキャノンを放って転倒を誘い、起き上がった蜘蛛は猛翔の空からの攻撃で隙を作る。そこへアデルの魔法と南洋のスマッシュで確実にダメージを与えていく。
それを繰り返し、あちこちに穴を開けられた地面に足を取られながらも一体、また一体と倒して行く。
力無く起き上がろうとする最後の一体に、由紀が忍者刀を突き刺した。深く息をついた由紀が辺りを見回すと、疲れ果てた仲間と、その周囲に巨大な五体の土蜘蛛の死体が転がっていた。
●帰ってきた子供達
南洋が自らの薬を提供し、アデルの受けた深手と毒は回復した。
その辺り一帯に開けられた縦穴内を捜索すると、その中から子供達は見つかった。
猛翔が穴の中へ降りロープを遺体に結びつけ、南洋がそっと引き上げる。
子供達の姿を見た女性達は思わず眼を背けた。借りてきたムシロに子供達を包んでやる。
その後森をくまなく調べたが土蜘蛛の気配は無く、森の中心に置いておいた荷車を引いて子供達を森から救い出したのだった。
その翌日。
子供達はようやく村へと帰ってくることができた。
四人の子供の家族達は、お骨となって戻ってきた子供達をその腕に抱き涙した。南洋の配慮により、村から少し離れた寺まで子供達を運び、荼毘に付してもらったのだ。
「ありがとうございます、これでこの子達も浮かばれることでしょう」
涙の余韻を隠しきれず頭を下げる村長に、皆もいたたまれない気持ちになる。
猛翔は無言で眼を閉じ、子供達の冥福を祈った。
江戸へ向けて村を発った後、イアンナはもう一度だけ振り返る。
失われてしまった子供の命はもう戻らない。せめて、残された者の哀しみが一日でも早く癒える事を祈り、彼女は黙祷を捧げた。