見習い陰陽師。化け狐となぞなぞ問答。
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■ショートシナリオ
担当:きっこ
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 80 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月25日〜01月30日
リプレイ公開日:2007年02月01日
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●オープニング
●なぞなぞ問答
くすくす‥‥くすくす‥‥。
こんな夜道に、数人の子供の笑い声‥‥?
提灯片手に街道を急いでいた侍は、思わず足を止めた。
周囲を見回す。街道の脇には数本の松の木。一際大きな松の木の下に、ぽつりと地蔵が一つ。それ以外には何も無い。
気のせいかと再び歩き出そうとしたその時。
「お侍さん」
「!」
突然の呼びかけに勢い良く振り向いた。先程までは影も無かったはずなのに、地蔵の周囲に子供が三人佇んでいる。
「お侍さん、遊んでよ」
女の子が楽しげに微笑んでいる。残る二人の男の子も口々に言う。
「なぞなぞごっこしようよ」
「ちょっとでいいから、遊んでよ」
しかし侍は首を横に振った。
「急いでいるのだ。お前たちも早く家に帰れ」
「なぁんだ。答えられないのが怖いんだ」
足早に歩き出していた侍の足を、その一言が引きとめた。
四半時程過ぎた頃。
「ひとっつもわかんないの?」
「くすくす‥‥残念ね」
「お侍さん、あんた馬鹿だろ?」
口々にはしゃぐ子供たちに、侍は答えられない悔しさを怒りに変換した。
「おのれ、武士を愚弄するか!」
事もあろうに腰の刀を抜き放ったのである。もちろん斬るつもりまでは無かったが、子供たちは悲鳴を上げてひっくり返った。
その時‥‥子供達の体が白く煙り、煙の中から三匹の狐が跳びだしたのである。煙が消えた後には子供達の姿は無い。
松林の向こうへ逃げていく狐を、侍はあっけに取られて見つめていた。
●武士の誇り?
「というわけで、三匹の化け狐の退治をお願いしたい」
侍の申し出に、受付係の少女は首を傾げた。
「でも、お金を取られたとか、怪我をしたりとかはしていないんですよね? 実害が出ていないのに退治てしまうのは‥‥」
「被害ならある! 私の尊厳を傷付けられたのだ」
「はぁ、なるほど‥‥」
「あの化け狐共のなぞなぞに全て答え、ぎゃふんと言わせてから、人間を化かした見せしめとして退治するのだ!」
怒りと同時に高まった声に視線が集まり、侍は居住まいを正した。
「しかし、たかだか化け狐を斬ったとあっては我が刀が穢れる。よって冒険者に退治を依頼したい。くれぐれも!」
侍は受付係に睨みをきかせた。
「私とあの化け狐の件はギルドと依頼を受ける者以外には他言無用だぞ」
言うだけ言ってそそくさと去って行く侍に、受付係は溜息をついた。
「なぁ、綾音。あの侍さぁ」
「きゃあっ!」
突然の声に驚き振り向くと、すぐ後ろに見知った少年が立っていた。彼の名は常盤丸(ときわまる)。さる高名な陰陽師の元で弟子入り修行をしている見習い陰陽師である。
「いつからそこにいたんですか?」
「侍が来るちょっと前から。あいつ俺もギルドの関係者だと思ってたんだろうな」
(「こういうへまをするから、天然だとか皆に言われるんですよね‥‥はぁ」)
内心溜息を付く受付係の少女の落胆に気付かず、常盤丸は腕を組んだ。
「あの侍、結局自分がなぞなぞの答えがわかんねーから、なんだかんだ理由つけて人にやらせようって魂胆だろ? 面白くねぇな」
常盤丸は侍が出て行った出入り口を眺めていたが、楽しげな笑みを受付係に見せた。
「でも、その化け狐とのなぞなぞ合戦は面白そうだな! 俺もその依頼に参加させてくれよ」
「そうですね‥‥あのお侍さんの話を常盤丸君が聞いてしまった以上、参加してもらわないわけに行かなくなってしまいました」
そうしなければ、侍との『他言無用』の約束が守れなくなってしまう。
「じゃ、人数が集まったら知らせてくれよな!」
常盤丸が外に駆け出して行く元気な姿を、受付係は溜息と共に見送った。
●リプレイ本文
●いざ、狐討伐へ
事前に調査・準備を済ませた冒険者達は、再びギルドへと集まった。
「狐さんの出た辺りの住人に尋ねてみたのですが、狐さんと会った事のある人はいませんでした」
瓜生ひむか(eb1872)が残念そうに報告する。狐が悪事を働いていない証拠が欲しかったのだ。
その言葉に常盤丸が考え込む。
「じゃあ、狐が出始めたのはごく最近の事なのか?」
「あるいは、旅人だけを狙っているのかもしれないですね」
常盤丸の言葉に宿奈芳純(eb5475)が補足する。
「八方丸く治めるには、化け狐さんの協力が必要です。うまく行くことを祈りましょう」
「にしても遅っせぇなぁ〜」
早くも待つのに飽き始めた常盤丸が大きく身体を反らしたその時、逆様の待ち人がすぐ後ろに見えた。
依頼主である若侍は、不機嫌そうな面持ちで皆を見回した。
「依頼を受けたのはお前たちか」
値踏みするような視線が常盤丸で止まる。
「五人と聞いていたが、ギルドの者も同行するのか?」
きょとんとし、否定しようとした常盤丸の口はすっ飛んで来た受付係によってふさがれた。
「えっと、依頼を受けた方が四人でしたので、万全を期して一人特別に派遣することに‥‥」
受付係歴○年を誇る営業用の笑顔に、侍は納得したようだった。事前に常盤丸にも説明してあったはずなのだが、本人は今思い出したという顔をしている。もしぼろが出てしまえば、ギルドの信用に関わる。
心配すぎて深い溜息をつく受付係に、飛火野裕馬(eb4891)が苦笑交じりに同情した。
「ホンマ、キミも大変やな〜」
「わかってくださいます? あの子が何か言いそうになったら止めてくださいね。手段は問いませんから」
笑顔だが言っていることは怖い。
少し離れた場所では、眞薙京一朗(eb2408)が帰ろうとした侍を呼び止めて何事か話しかけている。
「我等が仕留めただけでは貴殿の腹も収まるまい。実際にご自身の刀で片を付けられるのが一番ではないか?」
「うむぅ」
侍は逡巡しているが気持ちはかなり傾いている様子。京一郎は間をおかずたたみ掛ける。
「貴殿がそのつもりならば俺も同行しよう。依頼人への協力は惜しまない」
「お主の言うとおりだ。あの狐共、我が刀の錆にしてくれようぞ」
侍は京一郎を共につけ、意気揚々と街道へ向かうのだった。
●なぞなぞ狐
一方、京一郎以外の者達はまとまって街道を先行していた。
「ねぇ常盤丸〜♪」
「な、なんだよ」
すぐ横から顔をのぞきこんでくるひむかから、常盤丸は身体一つ分離れて答える。だがひむかはすかさず距離を詰めた。
「あのね、私、化け狐とも仲良くなれるでしょうか? 私、悪戯だけする子ならお友達になりたいです。常盤丸はどう思います?」
「俺? う〜ん‥‥」
二、三度離れてはくっつかれてを繰り返し、常盤丸は離れるのをあきらめて考える。
「あの侍みたいな奴がまた出ないとも限らないからな。山に返してやったほうが良いと思うけど」
「大丈夫ですよ。お友達になれたら、私があの子達を守りますから」
笑顔で答えるひむか。前向きな彼女らしい考え方だ。
「その時は、常盤丸も一緒に守ってくれますよね?」
「そうだな‥‥なれたらいいな、友達に」
そう言う常盤丸の笑顔に僅かに差した影。しかしそれは一瞬で、ひむかが見直した時にはもういつもの常盤丸に戻っていた。
街道を行く間に日は沈み、松林の地蔵の前を提灯の灯りが一つ通り過ぎようとしていた。
くすくす‥‥くすくす‥‥。
風に乗って響く子供の笑い声。提灯の主は足を止めた。
「わぁ、おっきーい」
「大きいおじさん、遊んでよ」
「なぞなぞごっこしよう」
現れた小さな三人の子供に、芳純は微笑んだ。
「いいですよ。ただなぞなぞをするより、負けたほうは勝ったほうの言うことをきく、というのはどうでしょうか」
子供達は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔でうなずく。
「いいよ! じゃあ最初のなぞなぞ」
「終わりが始まりになるものはなーんだ!」
子供達は侍に出したのと同じなぞなぞをぶつける。芳純は事も無げに答えた。
「しりとり、ですね。終わりが始まりになりますし」
「へぇ、正解!」
「次はもうちょっと難しいよ」
「何かにぶら下がると丸々太るけど、座るとしわだらけになってしまうものはなーんだ!」
芳純は手にした灯りを子供達にかざして見せる。
「提灯、ですね。ぶら下がるとこのように丸く太くなり、座ると縮んでしわになります」
提灯を縮めてみせる芳純に、子供達は再び顔を見合わせた。何事かひそひそ話した後にこちらを向き直る。
「最後のはわからないだろ」
「すごく難しいよ」
「私が行くと私は中にいて、私が中にいると私はその前にいるものはなーんだ!」
子供達の言うとおり、このなぞなぞには少々てこずらされた。が。芳純は自信を持って答えを告げる。
「鏡、ですね。私が鏡を見たとき、鏡に映った私はその中にいて、鏡に映った私が鏡の中にいるとき、私はその前にいます」
その答えに、子供達は衝撃を受けたようだった。沈黙が辺りに広がる。
「せいかーい!」
「おじさんすごーい」
「もしかして、なぞなぞ名人?」
はしゃぐ子供達を、芳純は苦笑しながら見下ろした。
「では、約束どおり一つお願いを聞いていただきましょう。よろしいですね?」
●化け狐
その頃。京一朗と侍は、街道から離れ山に近い辺りを探索していた。二つの提灯の灯りだけが闇の中に浮かび上がる。
「本当にこの辺りに出るのか?」
早くも探索に飽き始めた侍が京一朗に問う。京一朗は全く落ち着いた様子で答えた。
「最初に言った通り、貴殿に斬られかけた事を警戒し同じ場所へは現れまい。狐達が逃げた先にあるのはこの山。たとえ他の場所にいようともここに戻って来る可能性は高い」
「むう‥‥」
反論することができず唸る侍。
そこへ提灯の灯りが一つ、近づいてくる。思わず柄に手をかけた侍を、京一朗が片手で制した。近づいてきたのはひむかだったのだ。
「狐が見つかりましたよ! こっちです」
ひむかの案内で向かった先は、二人がいた場所から程近い断崖の下だった。断崖に追い詰められた三匹の狐を冒険者達が囲んでいる。
「おおっ、でかしたぞお前達!」
早速刀を抜こうとする侍の前に裕馬が立ちはだかった。
「ま、ま。お侍さんの刀をあないな狐の血で汚すことはあらへんがな。そういう役は俺が最適やな〜」
「ええい、どかぬか。自ら成敗せねば気が済まぬ!」
「ならば我らが助勢しよう。とどめは貴殿が刺されるがよろしかろう」
京一朗は言いながら裕馬に目配せをした。何か策があるのだろう。裕馬は頷き腰の霞刀を抜き放った。
「いくでぇ!」
裕馬が駆け出すと同時に京一朗は、柄に手を掛け纏っていた外套を大きく脱ぎ捨てた。隣で駆け出そうとしていた侍の視界を外套が覆う。
「うっ」
その瞬間、何時の間にか侍の横に回りこんでいた常盤丸が思い切り足を引っ掛けた。
(「すっ転べ!」)
侍が転倒した瞬間、狐たちは一斉に悲鳴を上げた。
「きゃー」
「やられた〜」
「もうだめぇ」
含み笑いの入り混じったその悲鳴に、芳純は溜息をつく。
「やれやれ。この演技力では、術が間に合わなかったら彼にばれてしまうところでしたね」
その足元には、スリープによって眠らされた侍が倒れていた。
●もうひとつの答え
侍が眼をさました時には、断崖の下には切り伏せられた三体の狐が横たわっていた。
「狐の術に嵌り意識を失っておられたのだ。狐はあの通り」
京一朗は血刀で狐の死体を指し示した。実は狐はひむかのファンタズムが生み出した幻影なのだ。刀の血糊も出立前に魚を切って付けたものである。
つまり、なぞなぞで負けた狐達に『狐退治の芝居』をするように持ちかけ、協力して侍をだまくらかしたというわけだ。
起き上がり近づこうとする侍を裕馬が止めた。触れられては幻影であることがわかってしまう。
「呪われるから近づかん方がええで。それにしても、奴等のなぞなぞは、俺には全然わからへんかったわ〜」
「そ、そうであろう!」
わからなかったのが自分だけではないと気を良くした侍に、京一郎が告げた。
「『終わりが始まりになるものなぁに』。もう一つ答えがあるな、貴殿の尊厳とやらだ。揶揄されて傷つく程度の物なら綺麗に捨て去って、此を期に上を目指すんだな」
侍は怒りの表情を見せたが、言われた事は全くの正論。ぐうの音も出ずほうほうの体で去っていった。
「今のあいつの顔、胸がすっとしたぜ!」
常盤丸は晴れ晴れとした笑顔で京一朗の背中を叩いた。そんな常盤丸をひむかはじっと見つめている。些細な悪戯ごときに腹を立てる理不尽な大人に、常盤丸はなったりしないだろうか。一瞬よぎった不安をひむかは打ち消した。
「大丈夫ですよね」
そうならないよう、自分が側にいて見張っていればいいのだ。
その内心を知らず、常盤丸はひむかの呟きの意味がわからず首を傾げるばかりだった。
侍が完全に立ち去るまで隠れていた狐達は子供の姿で現れ、皆に礼を言った。
「今日は楽しかったよ、ありがとう」
侍を騙す為の作戦も遊んでもらったと思っているようだ。
「私が通りかかった時は一緒に遊びましょうね」
ひむかの言葉に、三人は嬉しそうに頷いた。
●おみやげ
山の棲家へ帰る途中、待ちきれずに狐達は包みを開けた。それは帰り際に裕馬が持たせたものだ。
「わぁ!」
「油揚げだ!」
「手紙も入ってるよ」
『またいつ狙われるかわからんから、もう悪戯はしたらあかんで。
なぞなぞしたかったら、京都のギルドまで遊びにきたらええやん。
あ、その時は別嬪さんに化けて来てくれたら嬉しいわ。
油揚げはあんたらと両親で一枚ずつ。仲良くたべや』
「ぜったい遊びに行こうね!」
「うん」
「油揚げのお礼もしなくちゃ」
三人の子供の姿をした狐達は、油揚げの包みを大事に抱えて家路を急ぐのだった。