灰汁玉組。占領された温泉・再

■ショートシナリオ


担当:きっこ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月01日〜03月06日

リプレイ公開日:2007年03月09日

●オープニング

●温泉は誰のもの?
 そこは町外れにある温泉宿・滝の湯。
 とは言え、町民の利用者が多く、宿としてよりも日帰り温泉として認知されている。
 かつて女湯を覗く事に執念を燃やした爺さんに迷惑したり、はたまた悪党に女湯を占拠されたりと、災難続きのこの温泉。
 またもや別の災難に見舞われていたのである。
「それは一体どういうことです?」
 滝の湯の暖簾をくぐってすぐの広間で、女将が困惑顔で訪ねる。
 女将の前にいるのは、人相風体の悪い数人の男達を従えた小太りの中年男だ。長戸屋と名乗ったその男は、一枚の紙をひけらかしながら女将に言う。
「ですから、この証文にあるとおり、ここは私の祖父に所有権がある。つまり今は私のものという訳ですよ」
「そんな‥‥そんな話は聞いた事もありません」
「それはそうでしょう。女将の先々代にとっては不名誉ですからねぇ。この温泉を、博打で負けた借金のカタにしていたなどと」
 既に周囲には温泉客が何事かと集まり出していたが、女将は突然突きつけられた衝撃の事実に、それが場所を変えて話す余裕も無い。
 長戸屋は女将にたたみかける。
「素直にここを明け渡してくだされば、こちらとしても事を荒立てずに済んで良いのですがね」
「せっかくのんびり温泉に浸かりに来たってのに、騒がしい」
 突然割って入った声に、全員が振り向いた。
 黒地に緋牡丹が咲く黒い着物をはだけ気味に着こなすのもなまめかしく、白い肌に黒い髪をゆったりと結い上げた長身の女性‥‥?
「あ、あんたは!」
 女将が声を上げたのは当然である。以前温泉の女湯を占拠して騒ぎを起こした張本人が現れたのだから。
 彼女?は優雅な手つきで煙管をひと吸い、長戸屋に視線を向けて言った。
「偽の証文を使って温泉を巻き上げようなんざ、ずいぶん芸達者な狸がいたもんだねぇ」
「偽物!?」
 女将の鋭い視線を受け、長戸屋は焦りと狸呼ばわりされた怒りに顔を紅潮させて怒鳴る。
「なっ、何を根拠に偽物などと‥‥!」
「悪田組(わるだくみ)とあんたが話してるのを、うちの組の者がたまたま聞いちまったのさ。どの店に悪さするのかと思ってたら、この温泉だったとは‥‥運が悪かったね」
 権蔵が合図をすると、どこから湧いて出たのか灰汁玉組員が周囲を取り囲む。一方長戸屋と悪田組は六名程。あっという間に外に追いやられてしまう。
「あたしの温泉にちょっかいだそうなんて百年早いんだよ」
 さらりと言い、煙管の煙を吐く権蔵に女将の怒声が飛ぶ。
「いつからあんたの温泉になったんだい! ちょっと、放しなさい!」
 灰汁玉組員に掴まれた女将の声は次第に遠のき、女将をはじめ温泉の従業員一同、はたまた温泉客も残さず温泉から締め出されてしまった。


「‥‥というわけで、困っているのですよ」
 事情を説明する番頭は深い溜息をついた。
 受付係である和服の似合う黒髪碧眼の青年はぽつりと呟く。
「灰汁玉組が再び江戸に現れるとは‥‥」
 灰汁玉権蔵(あくだま・ごんぞう)。それが温泉に現れた美人の名である。どこから見ても美女にしか見えないが、その名が示す通り紛れもなく男である。
 彼が巻き起こした事件は幾度かギルドにも取り上げられた事がある。少し前の事件でお縄になったが、色仕掛けで牢を抜け出して以来消息不明だったのだ。
 受付係は番頭に尋ねる。
「今、滝の湯はどういう状況なのですか?」
「その、灰汁玉組とかが立てこもっていて、誰も入れなくなっています。外には悪田組が総動員していて、中の灰汁玉組と抗争になってまして‥‥危なくて誰も近寄れません」
「それはまた災難ですね」
「何とかしていつもどおり営業ができるようにしていただきたいのです」
「なるほど。‥‥たとえ偽物でも証文があるとなると厄介ですから、奪い取っておいた方がよろしいですね?」
「ええ! ええ、ぜひそうしてください」
「わかりました。すぐに依頼書を作成します」
 程無く、町民の憩いの場である温泉を取り戻すための依頼書が貼り出された。

●今回の参加者

 eb4640 星崎 研(31歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb7197 今川 直仁(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec0586 山本 剣一朗(27歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ec1073 石動 流水(41歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●作戦会議
「ここは長戸屋の温泉だ、とっとと出て行きやがれ!」
 滝の湯の外でわめき散らしているのは、悪田巌男だ。『出て行け』と言っている方が外にいるのは奇妙な光景である。
 先刻から滝の湯への侵入を図る悪田組が、中の灰汁玉組と小競り合いを始めていた。
「友人から露天風呂が良いって聞いて一度入りたいと思っていたんだけど‥‥。とんでもない事になってんな〜。さっさと片付けて、温泉でのんびりしたいね」
 そうぼやいたのは石動流水(ec1073)。
 少し離れた物陰から滝の湯の様子を窺っていた彼の背後には冒険者が三人。そのうちの一人、山本剣一朗(ec0586)が皆に問う。
「さて、どうする?」
「何とか灰汁玉組を味方につけたいな」
 そう言うのは今川直仁(eb7197)に、星崎研(eb4640)が思わず口を挟む。
「まだ権蔵の事を狙ってるんですか?」
 研が初めて直仁と出会った依頼が、半年前に灰汁玉権蔵が滝の湯を占拠したそれだった。その事件で権蔵と出会って以来、直仁は権蔵を落とすべく幾度も権蔵と渡り合ってきたのだ。
「俺が権蔵に直接交渉してみよう」
 自ら名乗り出た直仁に、反対する者は無かった。というよりむしろ口を挟める空気ではなかったというのが正しい。
 流水は直仁の肩を叩いて言った。
「じゃあそれは今川に任せよう。何か手伝う事があったら言ってくれ。俺にできる範囲で手伝うよ」
「うむ。俺は灰汁玉組の協力を得て悪田組を正面入口に集める。そこを一気に叩いてくれ。もし万が一説得に失敗した時も、悪田組の相手を頼む」
 そう言って直仁は単身滝の湯に向かう。
 横の窓から侵入しようとしている悪田組に灰汁玉組が気を取られている間に、直仁は梯子を使って露天の塀を乗り越えて滝の湯内に忍び込んだ。


●再会
「悪田組は手勢を分散させて、方々から侵入を試みています」
 体格の良い浪人風の男が廊下を行く権蔵に伝える。幹部の報告に、権蔵は口端を上げた。
「せいぜい足掻くがいいさ。入口さえしっかり固めておけば、侵入するのは難しいだろう」
「しかし、露天風呂の守りが甘かったようだな」
 突然の声に二人が振り向くと、そこには不敵に笑む直仁の姿があった。
「権蔵親分‥‥!」
 権蔵を守るように立ちはだかる幹部を、権蔵は片手で制した。しかし権蔵はそのままじっと直仁を見つめている。
 直仁は権蔵の様子に安堵の息を洩らす。
「脱獄して行方が知れなかったと聞いていたが、無事だったようだな」
「‥‥なぜここに」
「愚問だな、お前に会うために決まっているだろう。そういえばお前と初めて会ったのもここだったな。
あの時とは少々立場が違うが」
「‥‥」
「今回は悪田組の悪事を阻止するために温泉を占拠したのだろう」
 自信たっぷりの直仁の言葉を、権蔵は鼻で笑った。
「そんな事は関係無い。元々温泉に入るためにここを確保すると決まっていた」
「そう言うと思っていたぞ。相変わらず可愛い奴め」
「いや、だから本当に‥‥!」
 実際、灰汁玉組は計画通りに事を運んだだけなのだが、直仁は全く聞いちゃいない。
「さて権蔵。この事態を解決するのに、力を貸して欲しい」
「何だと?」
「このまま悪田組を放って置くのも邪魔だろう。協力してくれれば、外にいる仲間達が奴等を拿捕する。どうだ?」
 権蔵はじっと直仁を睨みつけている。が、やがて帯に挟んでいた煙管を取り出し、慣れた手つきで煙草を詰め火を着けた。
 吐き出す煙の中、権蔵は微かに笑ったようだった。
「わかった、協力してやってもいい」
「親分!?」
 驚いたのは幹部だけでなく、説得していた直仁も驚きの表情を浮かべた。
「そう来るとはな‥‥ちっ」
 直仁が舌打ちしたのは、狙いが外れたからである。権蔵が直仁の申し出を拒否した暁には口付けで無理矢理黙らせる、という筋書きだったのだが当てが外れてしまった。
「‥‥まぁいい。俺に任せておけば、お前達の事も悪いようにはせん」
 気を取り直し、直仁は陽動作戦に向けて動き始めた。


●対決! 悪田組
 権蔵の見通しどおり、悪田組は滝の湯に侵入する事ができず苦戦を強いられていた。
「おのれ灰汁玉めぇ‥‥!」
 歯噛みする悪田巌男に手下が駆け寄る。
「滝の湯内で、灰汁玉組が兵隊を正面入口に集めてますぜ! どうします?」
「一気に攻め出してくる気か? こちらも戦力を集めろ!」
 悪田組が正面入口前に集まった所に、入口の戸が開かれた。身構える悪田組員の前に現れたのは直仁と権蔵だ。その背後には灰汁玉組員が控えている。
 巌男は、素人には正視できない程鋭い眼光を権蔵に向けた。
「灰汁玉の‥‥この温泉から手を引け。兵隊の数は俺の方が多い。今退けば見逃してやってもいいぞ」
「その権利書が本物だという証拠はあるのか?」
 権蔵と巌男の間に割って入った直仁。
「もし権利書が本物だとしても、突然出て行けというのは不条理というもの。どうしても出て行って欲しいのであれば、立ち退き料を支払ってもらおう」
「土地の権利は長戸屋にある。不当に滝の湯に居座っているのは貴様等の方だぞ!」
 あまりに不遜な直仁の態度に、巌男は髪を逆立てんばかりの勢いで怒鳴る。
「貴様、灰汁玉組には見かけん顔だが、何者だ!?」
 すると手下の一人が思い出したように言う。
「そういや、滝の湯の番頭が冒険者ギルドに依頼を出したとか何とか‥‥」
「じゃあ、その冒険者とやらがこいつか?」
 冒険者と知れては作戦が失敗する怖れがある。悪田組のやりとりに、直仁は咄嗟に隣にいた権蔵を抱き寄せた。
「俺は灰汁玉組の入り婿だ!」
 数瞬の沈黙。後にあたりが騒然となる。直仁の一言は悪田組だけではなく、灰汁玉組も動揺の渦に叩き込んだ。
 巌男はわななく腕で権蔵を指差す。
「正気か? そ、そいつは男だぞ!」
「俺は本気だ」
 悪田組のどよめきの中に、人の倒れこむ音が入り混じる。
 振り向いた巌男の眼に映ったのは、路上に倒れる半数以上の組員。そして、いつの間にか背後に現れた三人の男の姿だった。
 直仁と灰汁玉組が悪田組の気を引いている間に、研が春花の術で手下を眠らせたのだ。
「さすがに、全員とは行かなかったですね」
 研は眠らなかった手下の背後に回りこみ、首筋に手刀を叩き込む。手下はあっけなく崩れ落ちた。
「悪党相手だ、容赦しないぜ」
 日本刀『愛無双』を構えた流水。向かって来る手下を上段から打ち据え、横から襲い来る二人目の木刀をかわし、背中に刀を振り下ろした。
 力強い打ち込みだが流血はない。『愛無双』は刃をつぶしてあるのだ。
 色々な意味で動揺から立ち直りきれていない巌男の前に、剣一朗が立ちはだかる。
「おのれ、よくも邪魔を!」
 巌男は刀を抜き、剣一朗に襲い掛かる。
 形も何も無いが、豪腕から繰り出される強力な一太刀。切っ先が、ぎりぎりでかわした剣一朗の腕に赤い筋を生む。
 鞘に収めたままの剣一朗の日本刀が、すれ違い様に引き抜かれる。眼にも止まらぬ速さで繰り出される一撃が、高い音と共に巌男の刀を弾き飛ばした。
「くぅっ」
 痺れる腕を押さえてうずくまる巌男の鼻先に、剣一朗の刀が突きつけられた。
「温泉に入るのはいいことだ。邪魔する奴等は許さん‥‥」
 悪田組は総員ロープで縛り上げられた。その作業を終え、研が言う。
「長戸屋は一緒ではないようですね」
「おい、長戸屋はどこだ?」
 剣一朗の問いに、巌男は答えようとしない。と、その時。
「なっ、これは一体!?」
 向こうの辻から長戸屋が現れた。様子を見に来たのだろうが、来た時刻が悪かった。
 逃げようとしたが研が捕え、偽の証文も見事奪い取ったのである。


●一件落着?
 長戸屋と悪田組は片付いた。残すは滝の湯を占領した灰汁玉組である。
 研が権蔵に話を切り出す。
「実は、女将さんに交渉しまして。竜の湯を一日貸切してもらえるそうなので、それで退いて貰えませんか?」
「その条件を呑まずとも、今既に貸切の状態だからねぇ。取引の材料にはならないよ」
 そっけない返事を返す権蔵に、直仁が近づいた。
「俺もゆっくりと風呂に入りたいところだが‥‥」
「あっ、何をする!?」
 何と直仁は嫌がる権蔵を強引に抱え上げたのだ。
「もう逃がしはせん。お前は俺の花嫁になるのだ」
「な‥‥」
 この上ないほど赤面する権蔵を腕に、直仁は皆を振り向く。
「俺も一度悪事を働いてみたかったんでな。さらばだ」
 いずこかへ走り去る直仁を、仲間達と灰汁玉組員はあっけに取られて見つめていた。
 結局。
 攫われた権蔵を追いかけて灰汁玉組員達もいなくなり、無事に滝の湯は平穏を取り戻した。
 女将の計らいで貸切にしてくれた風呂に浸かりながら、研が提供したどぶろくを三人で味わう。
「いつ来てもここの温泉は気持ちいいです」
 身体を伸ばす研の横では、飼猫の雨水が桶の温泉に浸かりながら気持ち良さそうに眼を閉じている。
「最悪今川を人質に出して滝の湯を取り戻そうと思っていたが、まさか自分から行くとはなぁ」
 むしろ感心した様子の流水。剣一朗はぽつりと呟く。
「狙っているとは、そういう意味だったのか」
 てっきり、権蔵を討つべく狙っているものだとばかり思っていたのだ。
 この時の三人は予想もしていなかった。しかし、しばらく後に灰汁玉組の組長が祝言を挙げたという話を聞き、直仁の本気に驚く事になるのだった。
 その後直仁は灰汁玉権蔵の夫であり灰汁玉組の後見人に納まり、灰汁玉組は義賊として活動するようになったのである。