一つ眼の小鬼と伝統の秘薬
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月02日〜07月06日
リプレイ公開日:2006年07月07日
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●オープニング
●一角一眼
刻はまさに丑三つ時。眼が覚めてしまった平左は、我慢しきれず厠へ立った。
静まり返った月夜。大人であっても、この時刻に表に出るというのはいい気持ちがしないものである。
厠から出ると、村の要である蔵の方へ向かう小さな影が、半月の明かりにぼんやりと見えた。
このような時間に蔵へ向かう用事がある者など、いるはずがない。ましてやあの影の大きさからすると子供のようだ。
蔵に出入りする職人である以上、それを黙って見過ごすわけにもいかない。
怖れを責任感が打ち消し、平左は家から蝋燭を持ち出して蔵へと向かった。
蔵に掛けられた鍵は開けられ、扉が半開きになっている。
「誰だ?」
呼びかけたが返事がない。平左は燭台を前に突き出して奥へと進む。しんとした暗がりの中を進むにつれ、再び闇に対する恐怖が首をもたげ始める。
蔵の最深部までたどり着いたが、異常はない。平左は緊張を解いた。
ことり、ざざっ!
びくっと体を震わせた平左。右手の方から聞こえた物音へ、反射的に蝋燭を向ける。
闇を切りとる橙の光に浮かび上がったのは子供だった。ざんばら髪に粗末な着物。何より平左の眼を捕らえて離さなかったのは、額の生え際から除く一本の角。そして、前髪の下に大きく据えられたたった一つの眼だった。
「ひ、ひいぃぃ!」
叫んで燭台ごと蝋燭を取り落とし尻餅をつく平左。その隙をついたのか、相手も驚いたのか。飛ぶ勢いで蔵の出入り口へと駆けていき、そのまま一角一眼の子供は夜の薄闇に姿を消した。
●秘薬の村
その村には、他に二つとない特産品があった。
どんな切り傷・すり傷も、塗るだけでたちまち良くなるという妙薬である。村周辺で採取される花と薬草数種を清流水に漬け込み、秘伝の方法で発酵させるのだ。
人里離れた山中にあるにもかかわらず、村人がそれなりの暮らしを保てているのは、この秘薬のおかげに他ならない。
ところが今、この秘薬が脅かされているのだ。
一週間ほど前、蔵人の一人である平左が夜中に目撃した子鬼。あれが毎夜蔵に現れては、秘薬の瓶を一つ持ち出していくのである。
蔵の鍵を何度変えても、鍵を保管している者から鍵を奪い。蔵を何人で警備していても蔵に侵入され瓶を持ち出されてしまうのだ。
「ははぁ、なるほど。大変ですねぇ〜」
ギルドの受付係の少女は間延びした返事を返す。依頼をギルドに持ち込んだのは、山男そのもの。ジャイアントにも負けず劣らずの体躯を持つ中年男だ。件の村の長である。
そんな大男を前にまったく物怖じする様子もなく、受付係が訪ねる。
「でも、この子鬼、ですか? 子供みたいな見かけによらず強いんですねぇ。村の人たちが束になっても、薬の瓶を持ち出せるなんて」
「む‥‥それは、だな。その子鬼がわしらを小馬鹿にしたような口をきくと、どういうわけかとっ捕まえてやろうって気が失せちまうんだ」
「へぇ〜そうなんですかぁ」
言霊の一種かな、と受付係は心で呟く。
鬼の中には、言葉によって相手の心、ひいては行動にまで影響を及ぼす能力を持つものがいると、以前冒険者から聞いたことがあった。
「その小鬼さんは、いつも秘薬の瓶はひとつだけしか持って行かないんですか?」
「うむ‥‥そういえば、そうだな。二つなくなっていたことは一度も無い」
「ほぅほぅ‥‥」
聞く内容を流麗な字で書き連ねていく受付係りに、村長は身を乗り出して訴えた。
「姿は子供とはいえ相手は鬼だ。蔵人の中には何かの祟りか呪いだと言いだす輩までおる。浮き足立って秘薬作りもままならず、このままでは村の存亡に関わる。どうか、鬼が二度と来ないように村の平和を取り戻してくれい!」
「かしこまりです〜。冒険者が集まり次第村に向かっていただきますので、村長さんは村に戻って待っていてくださいな」
受付係の緊張感に欠ける笑顔に見送られ、村長は祈るような気持ちで村へと戻っていくのだった。
●リプレイ本文
●秘薬の村
村までの道中、作戦を話し合いながら進んできたが、それがまとまってしまってからずいぶん経っている。村長直筆の地図によると、村は間もなくのはずなのだが‥‥。
ヴィ・ヴィラテイラ(ea5522)がカルナ・デーラ(eb0821)に並んで微笑みかけた。
「そういえば、カルナさんとはお久しぶりなのです。前にご一緒した時から、ほとんど一年ぶりですりょ」
「そうでしたね。せっかく再会できた依頼、無事に終わると良いのですが‥‥」
「怪我だけはしないようにするのです。恋人のエレナさんを心配させたくないのですりょ」
冒険者でもある恋人に想いを馳せるヴィの横で、カルナは衝撃を受けていた。
(「う、うらやましい‥‥!」)
いつか自分にも素敵な恋が訪れるはず! と、まだ見ぬ運命の相手を想うカルナ。
ほや〜んとする二人の眼を覚まさせたのは、守崎堅護(eb3043)の声だった。
「村が見えたでござる!」
小柄ながらも侍らしい体躯の彼は、山道に疲れた様子も見せず歩調を速める。
皆は村人の熱い歓迎を受けた。と言えば聞こえがいいが、滅多に人の訪れない村のこと、冒険者というものを一目見ようと集まって来たというわけだ。
「やめねぇか、お客人相手にみっともねぇ!」
野太い一喝が響き、冒険者達を取り囲んでいた輪がさっと引く。声の主は村の奥から現れたジャイアント、もとい、村長である。
「良く来てくださった。我々にできることがあれば言ってくれ」
●秘薬の村人
せっかく村人が集まっているのだから、と、久世董亞(eb4769)は村人たちに話を聞かせてほしいと申し出た。凉暮鏡華(eb5390)とセイノ(eb5452)も同席している。
「小鬼との会話内容を聞かせてほしいのだが」
「ありゃ会話なんてもんでねぇ。向こうが一方的に『馬鹿』だの何だの、子供みてぇな悪口言っとるだけじゃ」
「それに対して、耳を塞ぐなどの対処をしたことは?」
その問いかけに村人たちは互いに訊きあっていたが、ややして一人の蔵人が言った。
「皆が追っかけてるとき、怖くて隠れて耳塞いでただ。でも聞こえたで、頭ん中で」
「おめ、それでも蔵人か!」
「皆さん落ち着いてください」
蔵人仲間から責められる気弱そうな若者をかばい、セイノが皆をなだめている。微笑ましくも見えるその様子を見つめながら、鏡華が言う。
「小鬼、小鬼とは言いますけれど、本当に小鬼なのでしょうか?」
「どうだろうな。少なくとも小鬼の悪口というのは術の類だろう。自分の術にも呪歌を使うものがあるが、耳を塞いでも相手に届くからね。キミはこの件、どう思う?」
董亞は鏡華よりも10cm背が高い。ひと目見ると男のような姿振る舞いは、すっきりとした顔立ちと見事な調和を見せ、凛とした空気を漂わせている。
鏡華を振り向いた董亞の青い眼と、左目のみ紫紺という稀有な鏡華の視線が合う。鏡華は思わず頬を赤らめた。
「そ、そうですね。わたくしは薬を盗む目的が知りたいです」
「自分もだ。何故毎夜一つずつ薬を持ち出すのか、何かしら事情がありそうだしな」
董亞は、村人から聞いた子鬼が来て帰っていくという東の山へ視線を馳せる。
(「ああ、同じ女性だというのに‥‥」)
鏡華はその横顔に眼を奪われながら、逸る鼓動を抑えるように着物の胸元を掴んだ。
●秘薬の蔵
他の者たちは、村長に蔵の案内を頼んでいた。村長は蔵の中央に並ぶ三つの樽の横を抜け、さらに奥へと入っていく。
「小鬼はここから秘薬の瓶を持ち去っていくのだ」
最深部につくりつけられた仕切りのついた棚に、秘薬の瓶がいくつも収められていた。
「薬草や毒草の知識を高めるためにも、ジャパンの薬を習いたいのですりょ♪」
瓶を手にとって眺めていたヴィの言葉に、村長は頑なに首を振った。
「秘薬の製法は門外不出。教えることはできん」
この村には名前がない。また、村に外部の人間が訪れることもない。村の人間が外に出るのは、秘薬売りを請負った限られた者だけ。それらはひとえに妙薬の製法を守るためであると。
それが外部の人間を入れてまで小鬼の被害を防ごうとしている。村は必死なのだ。
「一つずつ持っていくあたり、妙薬を毎日使っているのではないかと考えられるが‥‥毎日使わねばならぬ訳とは?」
腕組みをし考える堅護に、緋神那蝣竪(eb2007)は白い肌に映える黒髪を優雅に流しながら言う。
「理由がどうあれ、盗みは許されないことだけれど‥‥ね。原因を何とか突き止めましょう。小鬼が薬を必要とする原因が解消されれば、秘薬を盗まれることはなくなるわ」
●小鬼
その夜。月を味方につけることは叶わず、村は闇夜の帳と静寂によって包まれていた。
闇に紛れ、蔵へと駆け寄る小さな影。影は奪ってきた鍵を使って蔵を開け、蔵の中へと忍び込んだ。蔵の奥に置かれた瓶を一つ抱え、出口へと向かい駆けたその時。
「お待ちなさい!」
三つ並んだ樽の陰から現れたのは、村から借りた提灯を手にしたセイノだ。同時に物陰に潜んでいたヴィ、カルナ、董亞、鏡華も姿を見せる。
提灯の灯りに闇から切り取られた子鬼の姿。顔の中心に据えられた大きな黄色い眼は驚きに見開かれる。が、すぐに牙の生えた口が開かれた。
「ブサイク!」
小鬼の言葉は、魂への呪縛を持って冒険者達に襲い掛かる。
力が抜けたように膝をつく数人の脇を抜け、小鬼は蔵の外へ飛び出した。
村の東へ向かって走る影を、提灯の光が追う。『言霊』への抵抗に成功したヴィとセイノだ。
小鬼は片手でしっかりと瓶を抱え、右手で走りながら拾い上げた小石を後方に投げつけた。弧を描き飛ぶそれは、セイノの頭上を越えてヴィの頭部を直撃する。刹那、ヴィの身体は崩れ、灰となって風に散った。
『アッシュエージェンシー』による身代りが消える様を、ヴィは蔵の影にある茂みから見つめていた。
「やっぱり、あれはグリムリーだったのです」
小鬼であれば角はなく、集団行動を取るはず。村人を襲わないことも考えにくい。モンスターに対して博学なヴィは、小鬼がグリムリー‥‥ジャパンで言うところの天邪鬼であることを見破っていたのだ。
追っ手を振り切った天邪鬼は森へと消えた。同時にヴィの潜む茂みから、二つの影が飛び出す。
「後は私たちに任せて」
「吉報を待つでござるよ」
那蝣竪と堅護は天邪鬼を追って東の森へと入って行った。
天邪鬼は森を抜けて、細い山道へ出る。道の脇に佇む地蔵に供えられた団子を空いている手で引っ掴み、再び森へ。
森の中は暗く、道らしき道も無い。だが天邪鬼は迷わず走り続けた。自身の後をつける者がいるのも気付かずに。
(「離されそうになったら『疾走の術』を、と思っていたけど」)
天邪鬼と那蝣竪の移動速度はそれほど変わらない。おかげで見失うことは無さそうだ。それにこれ以上の速度だと、堅護を一人残して行くことになってしまう。
(「せめて足を引っ張らぬように、とは思っていたが」)
堅護も隠密行動には長けているのだが、さすが那蝣竪は本職の忍。離されないようにするのがやっとである。
山を登ることはなく、山肌を回りこむようにどれだけ走ったろうか。やがて、堅護は茂みに潜む那蝣竪の後姿に追いついた。
茂みの向こうの光景に、堅護は小さく声を洩らした。
「これは‥‥」
「ええ。村に戻って皆に知らせるわよ」
二人が村に戻った頃には、空が白み始めていた。
●森の奥の真実
翌日の夜。天邪鬼は再び秘薬を盗み、いつもの場所を訪れた。
岩陰に近づく天邪鬼に気がつき身を起こしたそれは、一頭の鹿だった。
奪ってきた秘薬の封を切り、鹿の後足に少しづつ流しかける。鎖のちぎれた大きなとらばさみに咬まれた痛々しい傷痕は、見る間に癒えていった。
鹿は元気を取り戻し、用意されていた木の実を食べ始める。それを見た天邪鬼も団子を食べ始めた。
片手は秘薬を流し続けている。足を挟まれている鹿の傷は、その間だけ無傷に近くなる。しかし秘薬がなくなればまた傷が深まる。そうして天邪鬼は毎晩秘薬を盗み続けるのだ。
「そのために盗んでいたのですね」
昨日とは違い穏やかなセイノの声。しかし突然現れた冒険者達に、天邪鬼は鹿をかばうように立ち塞がる。那蝣竪は天邪鬼に微笑みかけた。
「私たちはキミと戦うつもりはないわ‥‥って、解ってないわね。鏡華さん、『テレパシー』で伝えてあげて」
鏡華が魔法を駆使しその旨を伝えると、天邪鬼から向けられていた敵意が消えた。そっと進み出たセイノが、鹿の足を捕らえていたとらばさみを外した。
「鹿を助けたかった気持ちはわかります。でも、この薬は村にとって大切なもの。盗みは悪いことなのです。今後薬が欲しいなら、それ相応の物と交換して貰いなさい」
そう諭すセイノの眼には、天邪鬼の思いやりに感じ入った涙が浮かんでいた。
●小鬼の秘薬
村に戻った冒険者達は、一部始終を村人たちに話して聞かせた。
「あの小鬼も、大切なものを守りたかっただけなのですね」
喜ぶ村人たちの歓声の中、鏡華は小さく呟いた。
天邪鬼として生まれながら、一つ目であったがために群れを追われ、ずっと独りで過ごしてきたのだ。
自らの姿を厭う者への恐怖と孤独。姿に関わりなく接してくれる山の動物たちへの情愛。鏡華は『テレパシー』を通じてそれを感じ取っていた。
小鬼は村に現れなくなる‥‥かと思いきや。その後一週間ほど毎夜姿を見せ続けた。しかし秘薬が奪われることはなく、蔵の前にたくさんの山菜や魚を置いては東の山へ帰って行ったという。
その後、カルナがある町を訪れたときに、偶然秘薬を売る若者の声を耳にすることがあった。
「どんな傷もすぐに治す、おれっちの村秘伝の薬だ! 山奥に住む心優しき小鬼が、傷ついた鹿を治すのにも使った妙薬だよ」
その売り文句にふわりと微笑み、カルナはぽつり言う。
「素敵な恋が訪れる妙薬はどこかにないんでしょうか?」
それって惚れ薬?