うちの玉吉知りませんか?
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:やや難
成功報酬:1 G 8 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月16日〜07月20日
リプレイ公開日:2006年07月24日
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●オープニング
●たまきち、どこ?
沈み行く太陽が、空を西の端から茜色に滲ませている。
陽が落ちてしまう前にと、家路を急ぐ人々が路に波を生む。それをかきわけ、若い女性の声が進んでいく。
「玉吉〜。玉吉や〜」
声と共に、途切れた人波から姿を見せたのは二十歳半ばの女性だ。そして、しっかりと手を繋がれた幼い娘。その姿を見かけた通りすがりの魚売りの青年が立ち止まる。
「どうしたい、お夕さん。妙ちゃん、泣いてんのかい?」
空の天秤を下ろし目の前にしゃがみこんだ魚売りに、幼い妙は首を横に振った。しかし真っ赤な眼は嘘をつけずにいる。
母親であるお夕は、妙の頭をなでてやりながら魚売りに訪ねた。
「永治さん、うちの玉吉しりませんか?」
「たまきち? お夕さんとこの三毛猫かい?」
「そう。もう一週間以上帰って来なくて‥‥妙も私も心配で」
玉吉は亡き夫がかわいがっていた猫である。これまでも発情期でふらりといなくなることもあったが、一週間もしないうちに帰って来ていた。今回のようにずっと家を空けることなど、今まで一度もなかったのだ。
夫がいなくなってからというもの、お夕も妙も、忘れ形見である玉吉を家族として大切にしてきた。
「たまきち、もうかえってこないの?」
心細そうな妙の言葉は、永治の胸を痛ませた。永治は勢い良く立ち上がると天秤を担いで言う。
「大丈夫。『困った時の冒険者ギルド』ってな! お夕さん、今からあっしと冒険者ギルドに行きやしょう。依頼に金がかかるってんなら、この永治が持ちまさぁ!」
「えっそんな‥‥」
「気にしなさんな! この永治、お夕さんのため‥‥あわわ、困っているお人を見捨てちゃおけねぇ。ささ!」
お夕と妙は永治に背中を押されるまま、冒険者ギルドの前までやってきた。
ギルドの受付は依頼人が何人も押し寄せている。それはままある光景だ。ところがこれはどうしたことか、皆が異口同音、同じ内容のことを口走っているのだ。
曰く、『行方不明になった猫を探してほしい』と。
●猫失踪事件
‥‥と、依頼書の見出しを書いたまま、調書と睨みあっているのは黒髪の受付係だ。
「どしたい? 兄貴」
筆が止まったままの受付係に声をかけたのは、今しがた外回りから帰ってきたばかりの相談係。何気なく視線を落とした調書に、相談係も動きを止めた。
「悪党が、猫集めてどうしようってんだ?」
まったくもってもっともな弟の疑問に、受付係は苦笑した。
「本当に、いろいろな事件が舞い込んでくるものだよ」
だから、ここでの仕事は楽しいんだけどね。
ちょっと不謹慎な後半の言葉を飲み込んだ受付係は、再び筆に墨を吸わせた。
「さ、依頼書を書いてしまわないと。こうしている間にも、江戸の猫がまた一匹さらわれているかもしれないからね」
数分後、ギルド内の掲示板に新たな依頼書が貼り出された。
●リプレイ本文
●猫攫い
夜もすっかり更けたとある川原に潜む数人の影があった。
弱冠12歳の忍・一式猛(eb3463)に、目立たぬよう普段の装束から借り物の浴衣に着替えたレラ(eb5002)。そしてこの場所にあたりをつけた猪神乱雪(eb5421)だ。
猫を追いかけていた男たちの目撃された時間と地域。野良猫が住みついている場所。可能性が一番高そうな場所を選んでの張り込みである。
かすかに猫の鳴き声が聞こえる中、三人が潜んでいる茂みに近づく影があった。乱雪が柄に掛けた手はすぐに離される。影は柚衛秋人(eb5106)だった。
「お前たち目ざといな。今、灰汁玉組の奴らが来るぞ」
秋人が言った通り、数人の男たちが現れた。秋人は灰汁玉組の屋敷から男たちを尾行して来たのだ。
男たちは川原を散り散りになって足元を探していたが、一人が両手に抱えた何かを袋に詰めた。その時間違いなく猫の声が聞こえた。
男たちの一人が近づき、袋を持った男に何事か告げている。猛が唇を読んだ。
「あいつだけ先に屋敷に帰るみたいだ」
四人は気取られぬよう距離を置いて男の後を追う。男は町外れに向かっていた。そう、灰汁玉組の根城である。
●討入り
天気の良い昼下がり。
門の内側で所在無くだらけている門番二名は、半開きの門扉越しに気配を感じて身構えた。隙間から見えるのは、190cmという長身に狩衣を纏ったガタイの良い男。
門番の一人と眼が合った御簾丸月桂(eb3383)は、人懐こい笑みで語りかける。
「ここが噂の猫屋敷かい? 屋敷の主は猫か人間かわかりゃしないって、専らの噂なんだけど。ちょっと見学させちゃくれないかい?」
強引に門扉を押し開ける月桂の後には柳月風(ea3128)、火狩吹雪(eb2654)、乱雪が続く。
「おい、勝手に入るんじゃねぇ!」
掴みかかろうとした門番の手を、月桂は軽くいなし自然な流れで門番の腕を固める。
「ずいぶん乱暴だねぇ。俺たちに見られちゃ困るもんでもあるのかな?」
「い、痛でで!」
「この野郎!」
もう一人が短刀を抜き放ちながら呼子を吹いた。鋭い音はすぐに途切れる。鞘から抜け出ると同時に空を切った白刃が、指ごと呼子を両断したのだ。
乱雪は横に薙ぎきった刀を逆手に反転し、尻餅をつき泣き叫ぶ門番の胸に刃を振り下ろす。
切っ先は門番の襟先を裂いて止まる。乱雪は自らの腕を握り止める手から視線を転じ、鋭い視線を月桂に向けた。
「何故止める」
「俺たちの目的は猫の救出だ。裁きを与えるために来たわけじゃない」
「二人とも、もめてる場合じゃないっすよ!」
月風の言うとおり、屋敷の奥から増援が押し寄せて来る。その数十名。
「この数では、スリープをかけるのも追いつかないですね」
門番二人を魔法で眠らせ、用意していた縄で縛り上げた吹雪。懐からアイスコフィンの巻物を取り出し呟く。
四人が新手に向けて身構えた刹那、灰汁玉組の男たちが宙に巻き上げられた。悲鳴を上げながら次々地面へと叩きつけられる。その奥から現れたのはローブを纏った白髪のウィザード、ディファレンス・リング(ea1401)だ。
地面から起き上がる者は、ウインドスラッシュの追撃を受けた。
「すみませんねぇ、格闘って嫌いなんですよ♪」
言ってディファレンスは微笑んで見せた。
討入りに先んじて灰汁玉組内に潜入していたディファレンスにより、僅かばかりではあるが内情を知ることができた。
猫狩りのため、ほとんど夜に活動していること。日中は交代で置かれている見張りの他は休眠中のため、一網打尽にすべく日中を選んでの討入りとなった。
事前に月桂がエックスレイビジョンで蔵の中に何も無いことを確認した。吹雪は屋敷から聞こえた猫の声にサウンドワードを使用し、音のその発生源とレラのテレスコープによる屋敷の俯瞰図から、猫がいると思われる位置はある程度特定してある。
表門から侵入した四人が注意をひきつけているうちに、裏口から猫の居場所を確保するのが秋人、猛、レラの役割だ。
幼いながらも忍者として修行を積んだ猛が、隠密の心得を生かし先導する。
猛は二人に身を潜めるよう手振りで示す。曲がり角の向こうで、突然の襲撃に戸惑う灰汁玉組員たちに、幹部と思われる大柄な男が一喝する。
「残っている者総員で侵入者を食い止めろ! お前たち二人は猫を運び出す準備だ」
幹部の指示により組員が散っていく。猛の「聞いた?」という視線に秋人が頷く。猫を運ぶ係の後をつける二人はまだ気付いていない。レラの姿が消えていることに。
●灰汁玉権蔵
その頃レラは一人歩いていた。猫の居場所を考えているうちにはぐれてしまったのだ。心細くなった頃、猫の鳴き声が聞こえた気がして通りかかった襖を開けた。
部屋の中は薄暗い。壁と雨戸と襖に囲まれた空間。
奥の方に一つ灯る蝋燭の灯りに照らされた一匹の猫に、レラがそっと歩み寄る。
「ずいぶんと大きな子猫ちゃんだねぇ」
背後からの低く艶っぽい声と襖の閉じられる音に、レラははっと振り返った。
黒地に緋牡丹が咲く黒い着物をはだけ気味に着こなすのもなまめかしく、白い肌に黒い髪をゆったりと結い上げた長身の女性。その姿にレラは圧倒された。が、勇気を持って訪ねる。
「私、攫われた猫さんを探しているんです。どこにいるか知ってたら教えてください」
すると、彼女は紅を引いた唇から煙管の煙を吐いて妖艶に笑む。猫は彼女の足元に擦り寄った。
「教えたら、あんたは何をくれるんだい?」
ゆっくりと歩み寄る蛇を思わせる仕草に、レラは無意識に後ずさる。背に当たる壁の感触。
「タダで教えてもらえる程、世の中は甘くないってこと。教えてあげるよ」
「そこまでだ!」
「その子から離れるっすよ!」
勢い良く開かれた襖から、猛と月風を先頭に冒険者達がなだれ込んだ。
同時に反対側の雨戸が開かれ、幹部の男が飛び込んでくる。
「権蔵親分! 侵入しゃっ!?」
男が言い終わらないうちに煙管が眉間を直撃した。
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「す、すいません姐さん」
その隙にレラは、呆然とする皆の元に駆け寄った。誰もが今眼の前に立つ人物と灰汁玉権蔵の名を、すぐには結びつけることができずにいた。
「猫を攫って、ちゃんと餌やって世話してたんだろうな!?」
我に返った月桂の、ちょっと見当違いな言葉に吹雪が続ける。
「あなたたちが猫を攫う目的は何ですか!?」
権蔵は足元にいる飼猫を抱き上げて頬ずりをした。
「猫に囲まれて暮らすため、江戸中の猫をあたしの物にするのさ!」
秋人は短槍を権蔵に向けて言い放つ。
「手下は戦闘不能、猫もこちらで確保した。お前の企みもここまでだ!」
権蔵が猫を幹部に渡し何事かを呟くと、幹部は刀を渡して部屋を去った。受け取った刀を抜く動作は無造作に見えて隙が無い。
「お前たちなど一人で充分。さあ、かかっておいで」
余裕の笑みに先陣を切ったのは乱雪だ。
「キミに僕の太刀筋が見切れるか!」
抜刀と同時に斬り付けるブラインドアタックEX。
「くっ!」
着物が裂け腿が露になる。白い肌に緋一筋。さほど深くは無い。携帯した状態の霞刀を装備する僅かな遅れが一歩を浅くした。
「なかなかやるね!」
乱雪に振り下ろされる権蔵の刀を秋人の短槍が防ぐ。
権蔵の剣術や体捌きに翻弄されていた冒険者達だったが、八対一の戦いに権蔵が疲れを見せる。
猛が打ち込んだ忍者刀は、かする程度にかわされた。下から斬り上げられた権蔵の一閃を、猛は右に踏み込みオフシフトでかわしつつカウンターアタックを叩き込む。
「くっ」
腹部への斬撃に片膝をつく権蔵の前に、さらし姿に魚の字入り半被を纏った月風が躍り出る。勤務先の鮮魚店看板横から下ろしてきたマグロの置物は、オーラパワーの光を放つ。
「まぐ吉様の一撃をくらえ〜!」
尻尾を持って振り回す、遠心力の効いた一撃が権蔵を雨戸の向こうへ叩き飛ばした。そのまま縁側を越え、権蔵の身体は蔵のある庭へ転がる。
月桂を先頭に皆は縁側に駆け寄った。
「やったか!?」
「あっ、あれ!」
猛が指差したのは蔵の入口。よろける権蔵の背中が蔵の中へと消える。
蔵の地下から屋敷外への抜け穴が掘られており、権蔵は既に姿をくらましていた。権蔵と幹部は逃がしたものの、灰汁玉組はほぼ壊滅。猫も無事に保護することができた。
●再会
屋敷内の広い物置に閉じ込められていた猫たちは、数えてはいないが三、四十匹になろうか。運び出すのは無理がある。月桂、吹雪、秋人の三人がギルドへの報告と飼い主へ引き取りに来てもらえるよう連絡係を買って出た。
すぐに行方不明猫の飼い主たちが集まり、列を作って順番に猫を見てもらう。
引き取り手の無い猫たちは、ギルドで里親探しをするそうだ。
「たまきち!」
妙は数匹いる三毛の中から、迷うことなく玉吉を抱き上げた。お夕は冒険者達に頭を下げる。
「本当にありがとうございました」
「家族は一緒にいなくてはな」
秋人は頷き、優しい眼差しで妙を見つめた。
月風は一匹の猫に飛びつかれ引っかかれている。実はディファレンスが灰汁玉組に取り入る時に、飼猫である猫八社長を持たせたのだ。
「痛いっす! できるだけ早く助けに来たっすよ〜」
「それにしても、灰汁玉権蔵が女だったとは」
そう呟く乱雪も胸に小さな虎猫を抱いている。攫われぬようギルドに預けていた小次郎だ。
彼女の声に、レラが振り仰いだ。
「あの方、綺麗でしたけど男性です」
「何故解るのですか?」
吹雪の当然の疑問に、レラは頬を染めた。
「それは‥‥勘、です」
実は戦闘中に見てしまったのだ。切り裂かれた着物の奥、レースの褌の下にあるふくらみを。
猛は憤りを顕わに言う。
「いたいけな猫達を狙った権蔵は許せないよ!」
「結局逃がしてしまいましたからね。また悪事を働いた際には、必ず捕まえてみせます」
ディファレンスは内に秘めた静かなる熱を、湖面のごとき青を湛える瞳に宿していた。