奪還! タマサイと少女の心
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■ショートシナリオ&プロモート
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:4人
冒険期間:07月24日〜07月29日
リプレイ公開日:2006年08月01日
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●オープニング
●小さき冒険者は依頼人
「あのう‥‥」
冒険者や依頼人の喧騒の中、そのかすかな声を聞き逃さずに受付係の少女は「はいっ」と表を振り向いた。冒険者ギルドの受付としてそれなりに長く働いてる賜物である。
そこには黒髪の小柄な少女が心細そうに佇んでいた。少女はコロポックルの伝統衣装を身につけている。故郷の雪のごとき白肌に、長い黒髪と同色の眼。まだ十代半ば、しかもパラだけあって小柄な体躯が少女をより幼く見せていた。
「あら? こちらは依頼をしたい方が来るところですよ〜。依頼を探したい方は、あちらの斡旋係の者にお訪ねしてくださいね」
「あの、違うんです」
「まあ、ごめんなさい。冒険者の方ではなかったですか。うっかりです〜」
「いえその、冒険者、ではあるのですが‥‥依頼を、お願いしたいのです」
少女の声は後半になるほど小さくしぼみ、その顔はすっかりうつむいてしまっている。
受付係は優しく微笑んで少女の手を取った。
「冒険者ギルドは困っている人の味方です。さ、お名前を聞かせてくださいな」
「カントレラ、と申します。ごめんなさい‥‥私も冒険者なのに、あの、まだ駆け出しで」
なるほど、その思いが彼女を恥らわせているのだ。
「大丈夫ですよ。さ、事情を聞かせてくださいね」
カントレラと名乗ったコロポックルの少女は、受付係の優しさに頷いてこう告げたのだった。
「母の形見のタマサイを取り戻したいのです」
●奪われたタマサイ
『タマサイ』というのはコロポックル語で首から提げる玉飾りのこと。
カントレラの持っていたタマサイは、緑色の硝子球が連なる首飾りの先に、金属製の飾り板をあしらったものだ。
蝦夷の地を離れてから、ずっと母の形見であるそれを肌身離さず身につけていた。
「気がついたら京都のお寺にいました。通りすがりの冒険者さんが、怪我をして倒れている私を運んでくれたそうなのです」
あの日は、江戸から京都へ向けて移動している途中だった。
街道を利用しての長旅。蝦夷から江戸までも徒歩の旅だった彼女にとって、それは苦ではなかった。
巫女として困っている人たちを助けていた母のようにと、誰かの力になることを夢見て冒険者として蝦夷を旅立った。
自分の夢はまだ入口。早く一人前にならなくては。
急く気持ちを抑えられず、山間の街道をちょっとだけ近道しようと林へ分け入った。森には土地勘もあり、心配はないと思っていた。
その時、突然頭上でざざっと枝が鳴り、頭部を衝撃が襲った。
暗転する視界。無数の枝鳴りに囲まれる音が響く。それはすぐに、失われていく意識の中に呑まれていった。
「冒険者さんがあなたを見つけた時には、もうそのタマサイは‥‥」
「はい。身につけていなかったそうです。おそらく、私を襲った犯人が奪っていったのでしょう」
(「『犯人』‥‥か。どうやら『人』ではなさそうかなぁ」)
受付係はカントレラの話を書きつけた依頼書を眺めて、内心呟く。複数の影が見えたということは、群れで行動しているのだろう。しかも木の上から襲い、発見者が影しか見られなかったほどの素早さで木の上を逃げていったというのだ。
カントレラはうつむいたまま言う。
「私も冒険者の端くれ、自ら取り戻しに行くのが筋というもの。あれから、ひと月。何度もあの林に向かったのですが‥‥中に入れなかったのです」
「入れなかった?」
「情けない話ですが、木の下に立つのが怖くなってしまって‥‥。どなたか一緒に行ってくれる方を探しています」
「なるほどなるほど。かしこまりです〜」
「私、きっと冒険者に向いていないのですね。母のタマサイが戻ってきたら‥‥蝦夷に帰ろうと、思っています」
カントレラは思いつめた表情も痛ましく、自分の衣服を小さな両手できゅっと握りしめた。
(「あやや、かわいそうに‥‥これは重症ですねぇ。このままだと、冒険者を辞めてしまうかも」)
突然降りかかった恐怖は少女の心に傷を残し、形見のタマサイだけでなく彼女の夢までも奪っていったのだ。
カントレラが帰った後、受付係は依頼書を貼り出した。カントレラのタマサイと、彼女の冒険者としての心が戻ってくるよう祈りながら。
●リプレイ本文
●冒険者として
京都を発つカントレラは恐怖と気負いで緊張していたが、見送りに立ってくれた守崎堅護の励ましに少し力が抜けたようだった。京都に運び込まれてすぐの頃も、彼はカントレラを気にかけてくれていたのだ。
緋色の羽織を纏った椥辻雲母(eb5400)は、道すがら全国行脚した時の逸話などを話して聞かせている。
「‥‥ちゅうわけで、旅の辛さはわかるのさ。カントレラちゃんも蝦夷からここまで、良くがんばったねぇ〜」
彼女は左手にどぶろくの徳利を提げて既にほろ酔い状態。口に草の葉をくわえたまま、器用にかすていら風味の保存食を食べている。
雲母に勧められ、彼女の愛馬・御陵の背に乗っているカントレラの後ろに座るセイノ(eb5452)と、隣を歩くマキリ(eb5009)は同じ蝦夷出身なこともあり、より親近感を感じていた。
「異郷での難儀は、私にも経験があります。一緒にタマサイを取り戻しましょう」
「俺も色々困ったり途方にくれたことあるしー。俺、あんまり頭良くないけど、力になるよ」
二人の励ましに、カントレラは決意を新たに頷いた。
京都から半日。陽は落ち、街道が山中に差し掛かった所の小さな里に立ち寄った。
そこでレイル・セレイン(ea9938)、緋神那蝣竪(eb2007)、草薙鰹雄(eb4909)と合流する。彼女たちはカントレラを襲った犯人について情報を得るべく、御神楽澄華と共に先行して情報収集を行なっていたのだ。その日は数名ずつに別れて一宿の恩に預かることとなった。
長の家の一室を借り、得た情報を元に作戦を練った。
「女の子の後頭部ぶん殴って窃盗とか酷い人たちがいたものねえ‥‥」
カントレラの頭を撫でるレイルに、那蝣竪も頷く。
「誰でも、そういう体験の積み重ねで成長していくものなんだから。自分に才能がないなんて思っちゃダメよ?」
大人なお姉さんたちに囲まれ、カントレラは恥ずかしそうに頷いている。
「リーンさんが、犯人はお猿さんではないかと教えてくれました」
囲炉裏の傍らに座ったナリル・アクトリス(eb4648)の言葉に、セイノはカントレラの手を取った。
「正体が分れば、対処のし様もあるというものです。猿達に、チュプオンカミクルの力、見せ付けてあげましょう」
「ええ‥‥」
カントレラは曖昧に微笑む。彼女の内に、あの時の恐怖が蘇っているのだ。壁際で腕組みをしていた榊原康貴(eb3917)がぽつりと言った。
「何となく冒険者をしているのなら、これを機に故郷に帰った方が良いだろう。次は怪我で済むとは限らない」
「そんな言い方しなくても!」
マキリが突っかかったが、康貴は顔色一つ変えずに続けた。
「誰しも必ず壁に当たることがある。そこで立ち竦むのも恥ではない。だがその先に望む未来を欲すなら、覚悟を決めるべきだろう」
マキリは黙り込んだ。彼の言うことは正しい。
康貴はカントレラを軽んじているわけではない。彼女の姿に、かつての自分を見ているのだ。ぶつかった壁が刻んだ傷は、今も彼の顔に残されている。
この場にいる全員が、少なからず壁を乗り越えて今ここにいる。カントレラの壁は彼女にしか乗り越えられないのだ。
彼女は康貴の言葉に、真剣な面持ちでうつむいていた。
「だぁ〜! 作戦前に辛気臭くなったらあかんわ」
沈黙に耐え切れなくなって叫ぶ草薙鰹雄(eb4909)。ナリルも羽根を羽ばたかせてふわりと立ち上がる。
「明日に備えて休みましょうか」
泊めてもらう家へと向かう中、那蝣竪はカントレラにそっと告げた。
「冒険者を辞めるなんて言わないで。大切な物を取り戻すことができたら、また考え直してみてね」
●犯人たち
翌日。例の林の前でカントレラは立ちすくんだ。大丈夫だと言い聞かせても震えが止まらない。
肩に置かれた手に、びくりと振り返ると鰹雄の笑顔がそこにあった。
「わいかて、一人で化物と闘うなんてとてもでけへん。安心して囮役をこなせるのんも、緋神の姐さんや他の仲間の助力のおかげや。もちろん、そん中にはカントレラちゃんも入ってるねんで」
「私も‥‥?」
「まぁ、よろしゅう頼むわ」
ひらりと手を振り、鰹雄は荷を降ろし身一つで林の中に入っていく。マキリはカントレラに自らの弓矢を手渡した。
「これ持ってて。後で使うから、頼むね」
鰹雄の背中に駆け足で追いつき、マキリも林の奥に消えていく。その様子を見つめるカントレラにレイルが話しかけた。
「冒険者ってね‥‥いえ人ってのは、一人で出来る事なんてたかが知れてるの。一人で抱え込んでもどうにもならないもんなのよ。‥‥きっとあなたの悩みもね」
「そのためにあたしらが集まったんだしね。こいつがカントレラちゃんを守ってくれるさ」
言って雲母が手渡したお守り袋を両手に抱きしめ、カントレラが頷く。不安の消えたその顔を見、康貴が那蝣竪に告げた。
「私たちも参ろう。那蝣竪殿、案内を頼む」
鰹雄とマキリは那蝣竪がつけた目印をたどり、目的の場所に到着した。
マキリの開いた袋には、カッツェが集めてくれた食物が詰められている。
座り込んだ鰹雄とマキリはそれらを食べ始めた。鰹雄は用意していた銅鏡を首から提げ、光を反射させる。
静かな林の葉鳴りに紛れ、頭上で不規則に枝が揺れる微かな音を猟師であるマキリの耳が捉えた。
敵が頭上に距離を詰めた瞬間、枝が折れる音が次々と鳴り響く。那蝣竪が頭上の枝々に、重みで折れるよう切込みを入れておいたのである。
落ちてきたのは白く長い毛に全身を覆われた巨大な猿だった。手に棍棒を持った彼らは五頭。突然の落下に動揺している五頭の上から、一頭が鰹雄とマキリめがけて飛びついた。
「ギッ!?」
突然の衝突に猿は悲鳴を上げた。鰹雄が張っていたホーリーフィールドによる結界に阻まれたのだ。
猿はもう一度体当たりをした。結界の強度にも限界がある。
「あかんな、もう持たんで」
鰹雄が呟く。囮役である二人に武器はない。
結界が破られる。猿達は一斉に二人に踊りかかった。鰹雄に噛み付かんとしていた一匹は、白い光に包まれ苦しみ転がる。その背後からホーリーを放ったレイルが現れた。
「あらあら、ずいぶん効いてるみたい」
短刀を抜いたセイノの横にカントレラの姿を見つけ、マキリはそちらへ駆け出す。
「カントレラ、俺の弓矢を!」
それに反応した三匹がマキリの背後に迫る。繰り出された棍棒は、間に入った雲母の二刀流の小太刀と康貴の刀に防がれた。
「おっと。あたしが相手だよ」
「手加減はせぬ」
残りの一匹がカントレラに迫る。瞬時に蘇った恐怖に動けない。見開いた眼に映ったのは、棍棒と彼女の間に入ったセイノが倒れる姿だった。
「セイノさん!」
猿の追撃がセイノを襲う瞬間。カントレラはとっさにセイノが落とした短刀を拾い、猿の背に突き立てる。振り向いた猿は康貴の一閃に倒れた。
一人になった鰹雄に、二匹が襲い掛かる。頭上からの音にはっとしたが、そこから降りて来たのは猿ではなく黒髪の忍、那蝣竪だ。手にした風車が猿の肩口に突き立てられる。鰹雄が安堵の息を洩らす。
「助かった! さすが姐さんや‥‥っと」
掴みかかってきた一匹の腕をかがんでかわした鰹雄の頭上を、風がすり抜けた。マキリの放った矢だ。それに怯んだ猿の腹部を、光る刀身が刺し貫く。
宙を舞い剣を引き抜いたのはナリルだ。手にはオーラにより生み出された剣が握られている。
「上にもう一匹います。援護を!」
言うなり彼女は木の上へ羽ばたいた。木の上で戦況を見つめていたその猿は群れの親玉なのだろう。戦利品とばかりに身につけた装身具の中に、ナリルはカントレラのタマサイを見出した。
「そのタマサイ、返してもらいます!」
斬りかかったナリルと猿の攻防が続く。枝から枝へ跳び回る猿だが、空飛ぶシフールの速度に翻弄されている。下からマキリが射る矢も猿の動きを鈍らせた。
矢の一本が猿の足を捉える。均衡を崩した猿は那蝣竪の罠が仕掛けられた枝を踏んでしまい、地上へと落下していく。
猿は全員に取り囲まれた上、レイルと鰹雄のコアギュレイトで捕縛された。
那蝣竪がカントレラを猿の前にそっと押し出す。
「あなた自身の手で、タマサイを取り戻すのよ」
カントレラはかすかに震える手を伸ばし、猿の首からタマサイを外した。そして自分の首から提げる。なくなった身体の一部が戻ってきたような充足感が彼女を満たした。
ナリルが上空からゆっくりと下降しながらカントレラに問う。
「この猿達はどうします?」
「あたしらは考えに従うよ。命を取るか取らないかはカントレラちゃんが決めな」
言いながら雲母は猿の装身具を全て外している。持ち主がわかるものだけでも返すつもりなのだ。
カントレラは、傷を負い倒れる猿達を見回して言った。
「私は‥‥」
●カントレラと冒険者達
結局、猿達はそのまま逃がすこととなった。
「傷ついた命を癒すのが、母の仕事でしたから」
そう言って微笑むカントレラに、もう怯えの色は見えなかった。
帰りの道中、セイノがカントレラに笑いかける。
「もう、木の下も怖くないですね」
「そういえば‥‥私、もう必死で」
頬を赤らめる彼女に、雲母が訪ねた。
「で、どうするの? 冒険者を辞めて蝦夷に帰るのかな?」
「‥‥私、冒険者を続けます。皆さんのような素敵な方々に学び、少しでも母に近づきたいです」
そう言う彼女は、名前の通り天空を渡る風のような清々しい空気を纏っていた。
「今日はカントレラちゃんの初冒険成功の日や。わいがおごったるでぇ!」
鰹雄の申し出に皆が歓声をあげた。
その後酒場では、酒を飲んでレイルが狂化し大変な騒ぎになったのだが、それはまた別の話である。
目的を共にし苦楽を分かち合う。たとえ一時のことだとしても、縁があればまた出会うこともあるだろう。
セイノは笑い合う仲間たちを前に心に祈る。
『貴方達の行く手にチュプ・カムイの加護が有りますように』と。