春秋姉妹。武闘派妹と仲直り

■ショートシナリオ&プロモート


担当:きっこ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:07月29日〜08月01日

リプレイ公開日:2006年08月04日

●オープニング

 冒険者ギルドに風呂敷包みを抱えた少女が現れた。菊柄浅葱色の小紋を纏った姿は、ほんわかとしたあどけなさを残している。
 ここを訪れるのは初めてなのか、物珍しそうに視線をさまよわせながら奥へと進む。行き着く先にある受付台はまったく見えていない。案の定ぽわんとぶつかり、ようやく足を止めた。
 ちょうど受付台の奥にいる黒髪碧眼の若者と眼が合い、少女はにっこりと微笑んで受付係に訪ねた。
「あのう、冒険者ギルドはどこですか?」


 商家が並ぶ江戸の一角。
 その外れにある真壁屋は、刀の鍔・切羽から刀袋や下げ緒・柄糸などの刀備品・装飾具専門店である。主の弟が剣術家で、敷地内離れには剣術道場がある。今日も竹刀の音と威勢の良い掛け声が響いていた。
 それに紛れた陶器の割れる音に血の気を下げたのが、依頼人・春花(はるか)である。
 猫と遊んでいた手まりが、庭に並ぶ盆栽の一つを直撃したのだ。
 春花はとっさに手まりを垣根の向こうに放り投げ、屋敷から風呂敷を持ってきて、盆栽を土ごと移しはじめた。
「春花? 春花はいるか?」
 遠くからの少女の声に、春花は肩を震わせた。声は道場の方から近づいてくる。
 慌てて風呂敷を包み、垣根の端にある裏口から表へ出た。
 少しもしないうちに縁側に双子の妹・秋良(あきら)が現れた。白絣の小袖に黒袴、結って流した髪も凛々しい彼女は、片手に提げていた木刀をからりと落とした。
「あ‥‥ああぁぁ! あたしの盆栽が!?」
 裸足のまま庭に出て駆け寄る先は、もちろん盆栽のあったはずの場所である。僅かばかり残された土の上に落ちているのは、小花のかんざし。紛れもなく春花の身につけていたものだ。
「今日こそは許さん! 春花、姿を見せてここへ直れ!」
 拾い上げた木刀から立ち昇る殺気‥‥今日こそは殺られる!
 垣根の影から様子をうかがっていた春花は、風呂敷を抱えたまま、そっと屋敷を離れた。


「それがこれですか」
 受付係は広げられた風呂敷の上に置かれた立派な松の盆栽、だった物を見つめた。
 無残に根を晒した曲松。見事に敷き詰められていたであろう苔は土と共に崩れている。深い藍色の鉢も粉々だ。
 素早く証拠隠滅しようとしたわりには、正体を明かす手がかりをしっかり落としていくとは。ギルドに来た時の様子といい、春花の天然ぶりに感心しながら受付係が言う。
「盆栽が趣味とは、なかなか渋い妹さんですね」
「はい。秋良ちゃんは叔父さんの道場で師範代をしていて、強いし美人だし、自慢の妹さんです!」
 春花は嬉しそうに言って、すぐに肩を落とした。
「でも怒るとものすごく怖くて、見境もなくなるのです。きっと帰ったら木刀でせっかんです‥‥。仲直りするいい方法はないものでしょうか?」
 どう考えても春花の自業自得ではあるのだが。叱られた子犬のようなその姿が見る者の哀れを誘う。
「では、冒険者の方に仲直りを手伝っていただけるようにお願いしてみましょう」
 受付係はさっそく依頼書の作成に取り掛かり始めた。

●今回の参加者

 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1118 キルト・マーガッヅ(22歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb3556 レジー・エスペランサ(31歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3751 アルスダルト・リーゼンベルツ(62歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)
 eb5425 オドゥノール・バローンフフ(27歳・♀・ナイト・ドワーフ・モンゴル王国)
 eb5727 御神楽 絢華(36歳・♀・志士・人間・ジャパン)

●サポート参加者

双海 一刃(ea3947)/ ユリア・ミフィーラル(ea6337)/ 哉生 孤丈(eb1067)/ アルディナル・カーレス(eb2658

●リプレイ本文

●武闘派妹
 真壁家の庭、竹刀が空を斬る音が規則正しく響く。小袖に袴姿の秋良が、庭で一人素振りをしているのだ。
「まったく、どこを、ほっつき歩いて‥‥春花の奴!」
 秋良の最後の一振りは竹刀で竹を割れそうな勢いである。
「すまぬが、ここの家人であろうか?」
 竹刀を降ろし、縁側に腰掛けたところに呼びかける老人の声。
 庭と道を隔てる垣根の向こうに立つ異国の、それもエルフの老人の姿に秋良は面食らった様子で立ち上がった。
「驚かせてしまったようぢゃの。ワシはアルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)と申す。この盆栽があまりに素晴らしいのでな、もっと近くで見せてもらえんぢゃろうか?」
 秋良は躊躇したが、頷いてアルスダルトを裏口から招き入れた。最初は警戒していた秋良だったが、盆栽という同じ趣味を持つアルスダルトの話を聞くうちに徐々に打ち解けていった。
「植物と言うのは育ててくれる人の心に乱れがあると、その心も反映してしまう繊細さを合わせ持っておる。そこが盆栽の難しいところで、且つ面白いところでもあるのぢゃが‥‥おや」
 垣根の内側に整然と並べられた盆栽の列は、一つ分だけがぽつりと空いている。
「ここにも盆栽があったのかね?」
「そこは‥‥」
 秋良は姉・春花に盆栽が破壊された事を話して聞かせた。
「物は壊すし無くすし落とすし。春花はあたしがいないと何にもできないんだ。だけど、いつまでもそんなわけにいかないだろ。あたしに頼ってばかりじゃいけないって、思い知らせてやらないと」
 竹刀を握りしめる秋良の殺気に内心冷や汗を憶えつつ、アルスダルトは語る。
「良い盆栽を育てたいのならば心を大きく持ちなされ。人の世もまた然り。広い心には広く、狭量であればそれなりに世の中は応えるものぢゃて‥‥」
「‥‥」
 その時、垣根の向こうに二人の若者が現れた。
「申し訳ない。話は聞かせてもらった」
「なるほど、質の良い盆栽だな」
 いぶかしむ秋良に、アルスダルトが二人を紹介した。
「ワシの知人で風斬乱(ea7394)殿と山下剣清(ea6764)殿ぢゃ」
 浪人風の風体で、長身の二人が並ぶとかなりの威圧感がある。が、秋良は物怖じせずに礼儀正しく一礼する。相手を剣術の使い手と見込んでの礼である。
「どうやら憤りを抱えている様子。一つ剣の相手になるよ」
 不敵に笑む乱は持参した木刀を秋良に見せた。
 その隣で剣清は秋良をかなりの使い手と判断した。剣術を極めんとする者は、普段の何気ない動作も洗練されていく。
(「さすが師範代を勤めるだけあるということか。風斬が相手をするようだし、俺は様子を見るか」)
 さらにその様子を、庭の一角に身を潜めた磯城弥魁厳(eb5249)が眺めていた。一部始終を蝙蝠の術で聞いていたのだ。
(「このまま上手くまとまりそうでござるな」)
 もしアルスダルトが秋良に襲われたらいつでも助けに入る体勢でいたのだが、その心配もなさそうである。
(「春花側の方々に、状況を伝えに参るかの」)
 誰にも気付かれずに垣根を跳び越えた魁厳は、疾走の術で屋根の上を跳び渡り一直線にギルドを目指した。


●天然姉
「まずは盆栽さんを助けて差し上げられるか、私に見せてくださいませ。それから、これからどうすればよいか、一緒に考えましょう?」
 薬草師、キルト・マーガッヅ(eb1118)は盆栽の傷んだ根を丁寧に取り除き、折れかかった細い枝を補強した。オドゥノール・バローンフフ(eb5425)により根が乾かないよう処置がされているので作業に専念できる。
 その横で春花は、レジー・エスペランサ(eb3556)、オドゥノール、御神楽絢華(eb5727)の三人に囲まれていた。
 絢華の口調や仕草は上品に柔らかい。だが微笑んだ優しげな眼には厳しい光が宿っている。
「春花様も、やってしまった事を悪いとは思っているのでしょう。が、同時に『悪気はなかったんだから』という思いもあるように見受けられます」
「う〜ん‥‥そう、かも?」
 春花は考えるのはあまり得意ではないのだ。
「何度も同じようなことを繰り返しているのが良くないのでござろう?」
 オドゥノールが言うと、キルトが手を止め春花に向き直った。
「これまでは、どのようにして仲直りしてこられたのですか?」
「えっと、なんとなく?」
 困ったように春花が笑った時、襖が開いて魁厳が姿を見せた。
「ちょっとよろしいか」
 春花を残して廊下に出た仲間たちに、魁厳は秋良側で見聞きした事を話した。レジーはその話に納得し頷く。
「秋良ちゃんが春花ちゃんの後始末をずっとさせられてきたってわけか」
「もう少し春花嬢に話をしてみるでござる」
 オドゥノールに全員が頷き、再び室内へと戻ると絢華が話を切り出した。
「これまでも秋良様に頼りきりだったとか。恐らくそれが積もりに積もって限界に来たのでしょう」
 それにキルトが続く。
「少し厳しい事かもしれませんけれど‥‥姉妹だから大丈夫、ではいけないんです。何度も続くと耐え切れなくなる事だってあるんですの」
 春花の表情が沈む。キルトは少し胸が痛んだが、絢華は容赦しない。
「怒りを受ける方が、悪気のない行為の被害より安いもの。謝る際に叩かれても仕方がないかと」
 気落ちする少女を放っておけないのがフェミニストの性。レジーがすかさずフォローを入れる。
「逃げ隠れしないで素直に謝れば、解ってもらえるさ」
「弁償すればいい、謝罪だけすればいいというわけではないんです‥‥大事なのは『気持ち』ですの」
「‥‥わかりました。がんばって謝ってみます」
 皆の話を黙って聞いていた春花は、真剣な面持ちで頷いた。


●姉妹
 真壁剣術道場では竹刀の打ち合う音が響いていた。今は乱との二度目の手合わせ。その様子を道場の子供たちが熱心に見つめる。
 合間に手合わせした剣清と同じく乱も受けに専念している。相手にそれを思わせぬ上手い立ち回りに、師範である秋良の叔父は思わず唸り、隣の剣清に話しかけた。
「貴方もですが、さすが実践を積まれている方は違う」
「秋良も良い太刀筋をしている。まだ粗い部分もあるが、時折冷やっとさせられたよ」
 剣清の言うとおり、秋良の真っすぐで、しかしやや荒い部分のある気性がそのまま太刀筋に表れている。
 乱は道場の入口に現れた影を認め、秋良の刀を受けて止めた。
「刀は己の全てを語る‥‥来たようだね。ほら、話をちゃんと聞いてやれ」
 道場の入口には、キルトたちに連れられた春花が立っていた。
 場所を庭に移し、春花は風呂敷包みを抱えたまましどろもどろしている。
「えっと、あの」
「ほら」
 見かねた秋良が差し出したのは、小花のかんざしだ。それを見るなり、はるかは両手で頭を確認し、懐や袂をぱたぱたとはたき、どこにもないのを確認して言う。
「私のだ!」
「危なかったでござる‥‥」
 両手を離された風呂敷は、魁厳が間一髪で受け止めていた。オドゥノールが春花に耳打ちする。
「さっき『物を壊さないよう気をつける』と自分に誓ったばかりでござろう! ほら、早く秋良嬢に‥‥」
 春花が頷き決心したのを見、乱の提案により姉妹二人きりにするためその場を離れた。


「あの、私、いつも壊しちゃうけど、今日壊したのは秋良ちゃんが一番大事にしてたものだったからつい逃げたりして‥‥ごめんね秋良ちゃん」
 真っすぐに秋良を見て謝る春花に、秋良は溜息をついた。
「‥‥先に謝られたら、怒れないだろ」
「あ、そうか」
「まったく‥‥物を壊すのはいつものことだけど、あたしが怒ってたのは、それをごまかそうとして逃げたことなんだよ」
「うん。ごめんなさい。これ‥‥」
 春花が開いた風呂敷の中は、以前のより立派な大理石の鉢に植えられ、苔は無いものの、復元された曲松の盆栽だ。魁厳が提供した鉢にキルトが綺麗に植え直したのだ。
 秋良はそれを見た瞬間顔色が変わった。
「春花‥‥前の鉢はどうした?」
「あれは、粉々に‥‥」
「あの鉢はお前‥‥いや、覚えて無いか」
「え‥‥あああっ!」
 春花の大声に、道場の方から皆が駆け寄った。
「どうした?」
 乱の呼びかけに、春花は泣きそうな顔で言う。
「あの鉢は、私が秋良ちゃんに初めて贈物をしたものだったんです」
「なるほどな。だから一番大切にしていたのか」
 剣清が小さく呟いた。秋良が大切にしていたのは盆栽ではなく、春花が贈物をしてくれた時の『気持ち』だったのだ。
 キルトがバックパックから包みを取り出して言った。
「壊れた鉢の欠片は持ってきてあります。皆でこの欠片を元の鉢に戻しましょう」
 真壁家の一室を借り、全員での欠片の復元が始まった。欠片はかなり細かくなっているものもあったが、皆で欠片を嵌め合わせ膠漆で接着していく。
「膠漆が常備されているとは、春花の物の壊し具合が窺えるな」
 剣清の言葉ににっこり笑う春花を秋良が小突いた。
「誉めてない」
「痛‥‥」
 そのやりとりにレジーが呟く。
「喧嘩できる相手がいるってのは良いもんさ。俺なんか‥‥」
 レジーはハーフエルフであるが故に受けた迫害により家族を失っているのだ。
「ああ、しんみりってのは俺らしくないな、どう、今度お詫びを兼ねて三人で食事でも?」
「レジー様、口よりも手を動かしてください」
 絢華の鋭い視線に、レジーはおとなしく作業に戻った。


 陽もすっかり暮れた頃。鉢は何とか形になり、最後に春花と秋良が二人で盆栽を植え替えた。
 大理石の鉢は綺麗に洗って魁厳の元に戻され、皆はお礼として夕食をご馳走になることとなった。
「雨振って地固まるとは言ったものだが、これからも仲良くやっていって欲しいものだね」
 苦笑する乱。喧嘩の度に呼び出されては適わない。
「盆栽を通してお互いの気持ちを再確認できたようですし、きっと大丈夫ですわ」
 キルトの言葉尻に、厨房から茶碗の割れる音と秋良の怒声が重なった。オドゥノールがぽそりと言う。
「悪気がない破壊というものは、どうにも恐ろしいものにござる」