山寺の鴉退治
|
■ショートシナリオ
担当:きっこ
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 35 C
参加人数:8人
サポート参加人数:6人
冒険期間:08月12日〜08月17日
リプレイ公開日:2006年08月16日
|
●オープニング
「どうする?」
「どうするったって‥‥あんなにいっぱいいるんだぞ」
「恐ろしくて近寄れないよ」
ひそひそと話しているのは、龍昇寺で修行中の三人の小坊主たち。連観、悠念、詠流である。
大きな樹の陰にかたまって眺めているのは、これから掃除をしなくてはならない墓地だ。
掃除に訪れてから小一時間、この場所でずっと似たような問答を繰り返している。三人が墓地に入れない原因は‥‥。
「見てよあれ。普通の鴉の二倍か三倍くらい大きいよ!」
そう、小坊主たちを困らせているのは大鴉の群れ。その墓にもあの墓にも、いたるところに鴉がとまっているのだ。
「でも、掃除しないと和尚様に怒られちゃうよ」
「もうすぐ盂蘭盆(うらぼん)だから、急がないと掃除も間に合わないよ。お寺の掃除も終わってないのに」
「掃除もしないで何やってるんだよ、おまえたち!」
三人の背後に現れたのは、少し年上の小坊主だ。
「孝寿さん」
「だって、おっきい鴉がたくさんいるんだもん」
孝寿は小さくなっている三人に呆れて言う。
「鴉なんかにびびってんのか。よし、追い払ってやる」
言うが早いか、孝寿は連観の箒を奪って墓地に向かって駆け出した。
「ええっ!?」
「危ないよ、孝寿さん!」
数時間後、寺の一室には返り討ちに遭った孝寿が横たわっていた。
治療を施しながら、鉄斎和尚が溜息をつく。
「まったく、お前は無茶ばかりするのう」
「でも、和尚様」
「お前が言うべきは、言い訳ではなかろう」
「‥‥ごめんなさい」
孝寿が素直に謝ると、鉄斎和尚は厳しい表情を和らげた。
「お前が墓を守ろうとしてくれた気持ちは嬉しく思うぞ。だが自らの力を見誤らないことじゃ」
「お墓は、鴉はどうするんですか? 放ってはおけません」
「うむ。江戸にある冒険者ギルドでは、このような事態を解決してくれるそうな。孝寿、傷が癒えたら、詠流と二人で使いに行ってくれるかの?」
「はい!」
孝寿は鉄斎和尚に仕事を任され、満面の笑みで頷いた。
●リプレイ本文
●龍昇寺
柚衛秋人(eb5106)が、鴉の情報と戦える場所を聞くため和尚と墓地に向かい、残りの者たちは台所に集まっていた。 ジュエル・ハンター(ea3690)の案により、鴉用のとりもちを作るためである。
小麦粉に水を混ぜて捏ね、一時間ほど寝かせて布巾に包んで洗い流し、手で揉んで乾燥させる。
その作業をしながら、同時に鴉撃退作戦の打ち合わせもしていく。
「まずは鴉退治をすませ、その後掃除という流れでございまするな」
磯城弥魁厳(eb5249)が皆の意見をまとめる。
「あのう‥‥」
小さな声に振り向くと、連観、悠念、詠流の三人が恐る恐る戸口から覗いている。
「墓地の掃除できないから」
「僕たちもお手伝いしてもいいですか?」
ジーン・アウラ(ea7743)が手招きをする。年近い彼女に安心したのか、三人は冒険者達に混ざって見よう見まねに作業を始める。
「えへへ、小さいから餌に思われて食べられなくって良かったね」
ジーンは弟を見るような視線を小坊主たちに向け、笑顔で鼻をこする。
烏乃宮秋水(eb5511)は男とは思えぬ艶やかな笑みで小坊主たちに尋ねた。
「鴉が何処から来ているのか分かる?」
「えっと、西の山から」
「あの鴉達、人を馬鹿にしてるんだ」
「懲らしめてやってよ!」
口々に言う彼らに、秋水は苦笑した。
「ん〜ボクも一応カラスなんですよね、烏乃宮だから」
「その孝寿さんはどちらに?」
イノンノ(eb5092)の問いかけに、小坊主たちは顔を見合わせて首を傾げた。
「姿が見えぬと言えば、ジュエル殿はいずこへ‥‥」
「速水さんもいませんね」
魁厳とイノンノの言うとおり、ジュエルと速水紅燕(eb4629)の姿がない。
「紅燕なら、何か試すって灰を持ってどっか行っただよ(ぱくん)」
ジーンの語尾に付いた音を聞いて、イノンノが眼を丸くする。
「食べちゃ駄目ですよ。ほら、出して」
時既に遅し。乾燥させる前の小麦団子はジーンの腹に収まった。不味そうに顔をしかめる彼女に苦笑するイノンノに、眞薙京一朗(eb2408)が訪ねる。
「ところで、その格好は?」
「これですか? 江戸では神事の時に着る衣装だとか。せめて形だけでもと」
そう、彼女が身につけているのは巫女装束。
「‥‥‥え? お寺と神社とは違う??」
「まあ似合っているからいいだろう」
そう言う京一朗が寺に着いた時は、馬に跨り鴨が首を出した袋を背負った滑稽な姿だったのだが。
その頃、寺へと戻る秋人と和尚の前に、孝寿が姿を現した。
「私も鴉退治に加えて下さい!」
「これ、孝寿」
孝寿を嗜めようとする和尚を秋人が留め、孝寿に視線を合わせて言う。
「悔しいだろうが、僧になろうという者が進んで手を血に染めてはいけない」
秋人の言葉に、孝寿ははっとうつむいた。
「鴉は俺たちに任せて、盂蘭盆の準備をがんばれ。それはお前達にしかできないのだからな」
ぽん、と肩を叩かれ、孝寿はしかと頷いた。寺へと駆け戻る彼を見守る秋人に、和尚は無言で頭を下げた。
●作戦前夜
その日の夕飯は孝寿、悠念組による精進料理だった。
ジュエルの提案で鏃に塗る痺れ薬を作成するため、毒草知識を持つ秋人と共に材料を探しに出かけていた秋人とジュエルも食事前には戻っていた。
ジュエルは全身に無数の傷を作っている。秋人が声を掛けられた時にはもうその姿で、理由を聞いても明かさない。
まあ一人で鴉の巣を壊しに行き、返り討ちに遭ったなどと、とても言えまい。
「和尚はんの料理が絶品や聞いとったのに‥‥」
紅燕の呟きを聞き逃さず、悠念が訪ねる。
「美味しくないですか?」
「あ、そういう意味やないねん。美味しいで」
そう言って笑みの形に細められた紅燕の瞳は、右側だけが紅い。
二人のやりとりに和尚が笑う。
「食事は当番制でな。明後日は私が作る日。腕によりを掛けて作りますぞ」
「それは、鴉退治もがんばらなくてはいけませんね」
微笑む秋水の横では、イノンノが連観に精進料理の講釈を受けている。
「なるほど、肉や魚を使わずに‥‥。作り方を教えていただきたいのですが、お願いできますか?」
イノンノに見つめられ、連観は頬を染めて頷いた。
●誘導作戦
紅燕がアッシュエージェンシーの身代わりを作って誘導すると提案したのだが、ジュエルが誘導役に立候補したのである。
ジュエルは、怪しまれないようにと小坊主の着物を身につけている。一番大きなものを借りたのだが、長身の彼にはつんつるてんで怪しいことこの上ない。
手に持った皿の上には、強烈な匂いを放つ保存食が乗せられている。
遠くの墓石の上に十匹強の鴉がいる。数えると十三羽。
作戦では、墓地を荒らさないために保存食の強烈な匂いで鴉を待ち伏せ場所まで誘導する手筈となっている。その第一段階として、京一朗が仕掛けた。
寺に近い位置から鴉の方へ向かって鋭い光が煌く。刀身に陽光を反射させているのだ。警戒した鴉達は一斉に飛び立った。
しかしジュエルが餌を使って誘導しようにも一向に反応せず、上空を旋廻するばかり。
「大鴉よ、すぐにバチを当ててやる!!」
上空の鴉を鋭く指差し、叫ぶ声も空しい。鴉の一匹が声高く鳴いた。
「あほー」
「くっ、この野郎!」
ジュエルが思わず拾って投げつけた石は、見事その鴉に命中した。鴉達は一斉にぎゃあぎゃあとわめき出し、ジュエルに向かって降下を始めた。
「やった‥‥って、うわっ」
片羽だけで2m、体長は1mもある鴉の爪や嘴をかわしながら、ジュエルは待ち伏せ場所へ向けて墓地を走る。しかし相手は多勢、逃げ切るのにも限界がある。
「いててっ!離せ、浮いてるじゃないか!?」
二羽の鴉の爪に捕まったジュエルの足が地面から離れる。が、すぐに足場を取り戻した。鴉が悲鳴を上げてジュエルを離したのだ。
「大丈夫か、ジュエル殿」
駆けつけた魁厳が縄ひょうを鴉に当てたのだ。ジュエルを避けて鴉に、しかも二羽同時とはさすがである。飛び立ったものの、鴉は執拗にジュエルを狙う。
上空に向けて威嚇の矢を放ちながら、ジーンがジュエルに叫ぶ。
「こいつらキミのことばっかり狙ってるだ。走って上手く誘い出すだよ!」
●鴉狩り
待ち伏せ場所に設定されたのは、鴉の巣があると予想される場所と墓地の間に流れる川の河川敷だ。木が拓けていて見通しも良い。待ち伏せ場所の待機組の元に、京一朗が合流した。
「今ジュエルが鴉を引き連れて来る‥‥と、来たな」
森の中から魁厳の柴犬、ヤツハシの吼え声が聞こえてくる。
河川敷に現れたジュエルは鴉の群れにたかられていた。ジュエルへの攻撃を最小限に抑えるため、魁厳とジーンが善戦している。鴉の数は一羽減って十二羽。
ジュエルは着物を脱ぎ捨て、武器を装備する。素早く木に上り、投げたとりもち棒が鴉の羽に命中した。落下した鴉に秋水が龍叱爪のストライクを決め、呟く。
「ごめんね」
紅燕はエリベイションで闘志に火をつける。
「大丈夫や、うちの飛翔は鴉にも負けへん!」
その身に魔法の炎を纏い、ファイヤーバードで飛び立つ姿は正に紅蓮の燕。羽を撃たれ次々と落ちる鴉を秋人、京一朗、イノンノが次々と仕留めていく。
ジーンは木を巧みに盾として使い、襲い来る鴉の顔めがけて射る。矢は見事右眼に突き立つ。
「ポイントアタックが無くてもこの距離外す訳がないだ」
戦いは圧倒的に冒険者達の優勢だった。
巣に帰っては危険と判断したのか、残った数羽の鴉が墓地に引き返し始めた。
が、飛来する矢に次々と打ち落とされた。ジュエルの放った矢だ。
「本当の俺は強いんだぜ」
格好良く決めたが、背中にはとりもち棒が一本ぶら下がっている。散々追われて傷だらけでもある。
そんなジュエルの横で、秋水が頬の薄い傷に触れて溜息をついた。
「いやん。お嫁にいけなくなっちゃう‥‥」
ボケ二人から離れたところで、冒険者達は動けなくなった鴉達を見おろしていた。鏃に塗った痺れ薬の効果もあってか、傷の浅い者も動けずにいる。
「盂蘭盆前の墓場周辺で血生臭い行為も何だ、このまま捕らえた方が良いだろうか」
そう言う京一朗は、戦闘時も鴉を刀の峰で打ちつけるのみに留めていた。
秋人が言う。
「寺で寺で殺生というのも忍びないが、とどめは刺しておこう。傷が癒えて戻って来られても困る」
「そうですね‥‥和尚様にお願いして葬っていただきましょう」
イノンノも悲痛な面持ちで頷いた。
仏教では殺生を禁じている。だから魚や肉を使わずに、穀物や野菜で代用するのだと、連観の精進料理の説明を思い出すと心苦しく思う。
しかし参拝者や寺の者たちが怪我をしては元も子もない。イノンノは仕方のないことなのだと自らに言い聞かせた。
和尚が鴉達を弔っている間、冒険者達は鴉の巣を探し出し、綺麗に撤去したのであった。
●戦いの後は
その翌日は小坊主たちに合わせて早起きをした冒険者達。
盂蘭盆まであと僅か。龍昇寺の大掃除である。
墓地は孝寿を筆頭に秋人、紅燕、イノンノ。境内は詠流にジーンと魁厳、秋水。本堂は和尚と連観にジュエルと京一郎。手分けして掃除に当たる。
普段はどかすことのできない重いものも京一郎が率先してどかし、高い場所は魁厳の疾走の術が活躍した。広い墓場も紅燕がアッシュエージェンシーで人手を増やし、無事に掃除を終えることができた。
そして夕飯には待ちに待った鉄斎和尚の精進料理にありついたのだ。
「一番の報酬はおいしいご飯を戴く事ですね〜」
秋水は噂に違わぬ絶品料理を幸せそうに咀嚼する。
「ジュエル殿の準備や手腕は見事なものだったとか。大鴉専門の狩人を始めてはどうかな?」
和尚に言われ、こっそり精進料理のお土産を作っていたジュエルが照れ笑いをする。
「いっそのこと、名前もクロウ・ハンターに改名するといいだ」
ジーンの一言に皆が笑う。
龍昇寺は今年もつつがなく盂蘭盆を過ごすことができた。それも冒険者達の活躍があってこそだったのである。