篠島で思い出を偲ぶ夕日が見たい

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:7 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:03月18日〜03月25日

リプレイ公開日:2007年03月28日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
 信行は、信忠を立てて尾張藩藩主の正当後継者である事を訴えかける事で、尾張各地の同族達を次々と抱き込み、着実に尾張藩藩主の座を手中に掴もうと動いていた。お市の方に味方する同族は、那古野の東に位置する守山城城主、伯父の平織虎光くらいだった。

 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
 ジャパン家屋が建ち並ぶ那古野城下の街並みの中に一際異彩を放つ、石造りの荘厳なカテドラルは、完成すれば京都一円で最大規模の大聖堂になるという。
 ジーザス会は聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。だが、尾張ジーザス会の活動は、目下カテドラルの建造のみで、特に布教活動は行っていない。尾張に住む者の中にはジーザス教徒もおり、カテドラルの噂を聞き付けて礼拝に訪れると快く貸してくれる。その程度だ。
 カテドラルの中、宣教師達の居住区に濃姫の今の住まいもあった。元は藩主の妻だが、それにしては住まいの中は華やかとは言い難い。着物や装飾品は多いが、何より目を引くのは書物や巻物、木簡や竹簡の類だ。今でこそ巻物には和紙が使われているが、高価な為、竹や木でできた札(簡)を書写の材料とし、それらをバラバラにならないよう紐でまとめたものを竹簡・木簡という。特に竹簡や木簡は、古い内容が記されているものも多い。
 これらは全て虎長の遺品だ。彼の居城だった清洲城や那古野城にあったものを、全て濃姫が引き取り、ここへ運び入れていた。
 提灯の明かりの下、濃姫は竹簡を広げ、呼吸をするのも忘れるくらい一心不乱に読み耽っていた。
「‥‥なるほど、篠島な」
 一杯だった提灯の油を丸々使い切った頃、濃姫はようやく竹簡から顔を上げた。

 ――津島町。津島神社の門前町であり、木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)を使った商業が盛んな河港町だ。
 堺との独自の航路を持っており、その所為か貿易に訪れた外国人が多く移り住む、異国情緒溢れる町でもある。
「小六、小六はおらぬか?」
「はいはいっと、そう急かさなくても俺はいますって‥‥ゲゲェ!? 濃姫様!?」
「随分な挨拶だな、小六」
「い、いえ、大変失礼いたしやした。この蜂須賀正勝めに何のご用でしょうか?」
 濃姫は津島町に住む小六こと、蜂須賀正勝の下を訪れた。
 木曽川はいくつもの支流を作って流れ、その雄大な流れが造り出す中洲は、尾張藩に属さない無法地帯といえた。正勝は水運業を営む傍ら、川並衆と呼ばれる配下を率いて無法地帯一帯を取り締まり、時には船から通行税を取る、尾張藩公認の私掠船も束ねていた。
 虎長亡き後、信行にも傘下に加わるよう圧力を掛けられたらしい。津島町がもたらす富は計り知れず――那古野城の天守に頂く金の鯱がその良い例だろう――信行が欲しがるのも無理はない。だが、正勝は二つ返事で断っていた。
 自分を懇意にし、私掠船の身分まで保障してくれた虎長の妻が突然訪れたのだ。驚くのも無理はない。
「うむ、船を出してもらいたい」
「船ですかい? そりゃぁウチは運送屋ですし、濃姫様のご依頼とあれば出しやすが、一体どちらまでで?」
「篠島へ行きたいのだ。あの人の日記を読み返していたら、篠島から望む夕日は素晴らしいと書いてあってな。濃も見たくなったのだ」
 篠島は知多半島の沖合にある小さな島だ。必然的に船で行くしかないので、濃姫は正勝を頼った次第だ。
「知多半島!? 申し訳ありやせんが、そりゃ濃姫様のご依頼でも聞けやせん」
「濃の頼みが聞けぬと申すか!?」
「いえ、虎長様の思い出を偲ぶ濃姫様のお気持ち、この正勝、痛い程分かりやす。ですが、伊勢湾は今、荒れていて、船を出せないんですよ」
「ほぉ、伊勢湾が荒れている、とな」
 正勝が聞いた話では、伊勢湾の沖に全長1mを越える大きな伊勢海老が現れ、漁師の舟を次々と沈めているというのだ。それだけではなく、更に全長2mを越す巨大な伊勢海老の姿を見掛けた漁師もいるとか。
「以前、冒険者が大蟹を退治して漁が再開出来たんですが、天敵がいなくなった事でどうやら伊勢の方から流れてきたらしいんでさぁ」
「では、その大きな伊勢海老を倒せば、篠島まで行けるのだな?」
「へ、へい、大きな伊勢海老に船を沈められなければ、この正勝、篠島だろうが堺だろうが、濃姫様の行きたい場所へお連れしやす」
「ふふ、篠島で夕日を望みながら伊勢海老尽くし、というのも乙なものだろう」

 その後、濃姫の名前で巨大な伊勢海老退治の依頼が、京都の冒険者ギルドに貼り出されたのだった。

●今回の参加者

 ea0029 沖田 光(27歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0340 ルーティ・フィルファニア(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)
 ea0858 滋藤 柾鷹(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0524 鷹神 紫由莉(38歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2064 ミラ・ダイモス(30歳・♀・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb2099 ステラ・デュナミス(29歳・♀・志士・エルフ・イギリス王国)
 eb5249 磯城弥 魁厳(32歳・♂・忍者・河童・ジャパン)

●サポート参加者

天霧 那流(ea8065)/ セピア・オーレリィ(eb3797

●リプレイ本文

●濃姫
 那古野城の城下街、ジャパン家屋が建ち並ぶ外れに、石造りの荘厳なカテドラル(大聖堂)があった。
「濃姫様、お迎えに上がったでござる」
「足労を掛けたな。あの人が亡くなった今、濃にそこまで畏まる必要はないぞ?」
 侍の滋藤柾鷹(ea0858)が宣教師に濃姫への取り次ぎを頼むと、程なく出立の準備を整えた彼女が姿を現す。動きやすい着物を纏った濃姫は、柾鷹の記憶が正しければ虎長より一歳年下のはずだが、その知性的な美貌は未だ三十代前半の華やかで貴人の如く。齢を重ねた大人の女にしか出せない強烈な色香を、着物越しにも醸し出している。
 志士の鷹神紫由莉(eb0524)と負けず劣らず、と言ったところか。
(「濃姫様とこのような形でお会いする事になるとは思ってもみなんだ」)
 柾鷹は失礼がないよう恭しく武士の礼を取って出迎えると、濃姫は彼を労い、面を上げるよう告げた。
「私が黒虎隊に入隊したのは虎長様が亡くなった後ですが、未だ上司は尾張平織家と考えております」
「その言葉、家を出た濃より、義妹の市が聞けばさぞ喜ぶだろう」
「立派なカテドラルですわね。私、生まれてこの方、異国へ行った事はないのですが、懐かしい気がするのは半分の異国の血の所為でしょうか」
「ジャパンでもジーザス会が布教を始めて、徐々に広まっているようですね。私の生まれ故郷も、10年くらい前から国教をジーザス教へ改宗したんですよ」
「尾張ジーザス会の象徴となる大聖堂だからな。それにカテドラルはジーザス教を布教せずとも、ジーザス教徒全てに、いや、全ての人に等しく門戸を開いておる。紫由莉もルーティも気軽に祈りを捧げに来るとよい」
 カテドラルの建造資金は全て、濃姫が彼女の為に虎長が残した遺産を湯水の如く注ぎ込んでいるという。紫由莉の感嘆の言葉に嬉しそうに応え、彼女やエルフのウィザード、ルーティ・フィルファニア(ea0340)を招待した。
 ちなみに、ルーティの生まれ故郷のロシアの国教はジーザス教[黒]だが、カテドラルは[白][黒]問わないそうだ。
「伊勢を騒がせた伊勢海老ですか、“五節御神楽”として、伊勢よりやって来た怪異が、尾張の漁師の方々を悩ませるのは見過せません」
「伊勢にも尾張にも、伊勢湾は広がっておる。等しく海の恵みを享受している以上、伊勢から怪異が来ても、それはミラ達の責ではあるまい?」
「それに、巨大伊勢海老は拙者の友人らが討ち漏らした物らしいでござる。後始末をくれぐれもと頼まれている故、拙者も仇を討つでござる」
「そう言って戴けると助かります。ですが、五節御神楽として責務は果たす所存です」
「最近、伊勢で巨大生物がちらほら出没しますしね。伊勢湾繋がりと聞くと、何だか不思議と現状に納得してしまいます。もちろん、私も五節御神楽の1人として頑張りますよ」
 ジャイアントのナイト、ミラ・ダイモス(eb2064)が五節御神楽として責任を果たすと告げると、濃姫は五節御神楽の責任ではない、と彼女とルーティを諫める。それは友人の仇を討つ為に依頼を受けた柾鷹も同感だった。

 その頃、河童の忍者、磯城弥魁厳(eb5249)達は一足先に津島町へ入り、蜂須賀正勝の元を訪れていた。
「グリフォンと水馬を二匹に、水神亀甲竜を一匹、船に積みたいだぁ?」
「正勝殿もご存じの通り、大きな伊勢海老だけではなく、巨大伊勢海老も倒さなければ篠島に行く事は叶わないでございまする。なれば、ワシ達もそれ相応の戦力を用意する必要があるでございましょう?」
「‥‥商売柄、ペットは見慣れてやすし、魁厳達もペットが無闇に暴れないよう躾ているからこそ、連れてきたんでしょう」
「それでは!」
「この正勝、濃姫様に行きたい場所へお連れすると約束しやした。それが叶うのであれば、魁厳達の頼みも聞きやしょう!」
「忝ないでございまする。出港準備は、もちろんワシらも手伝うでございまする」
 だが、正勝は十人で篠島へ行くつもりで船を用意していたので、急遽、五匹のペットも乗せられる大きさの船へ換えなければならず、魁厳や志士の沖田光(ea0029)だけではなく、ナイトのアイーダ・ノースフィールド(ea6264)とエルフのウィザード、ステラ・デュナミス(eb2099)までも、濃姫達が到着するまでに荷物の積み替え作業に追われる事となった。
「塩や味噌といった調味料は分かるけど‥‥しかし、この量の油は何に使うの?」
「“天むす”を作る為です」
「てんむす?」
「はい、何でも那古野には、海老の天麩羅をおにぎりの具にした、天むすという高級な食べ物があるそうなんです。せっかく伊勢海老を捕るのでしたら、天むすを食べたいと思いまして」
「それで柾鷹さんや紫由莉さん、魁厳さんから、油を掻き集めていたのね」
 調味料を運ぶ傍ら、大量の油がある事にアイーダが、これらを用意してきた光に聞いた。聞き慣れない名前に、ステラが聞き返す。
 おにぎりは特段珍しくないが、天麩羅は高価な油をふんだんに惜しげもなく使う高級な食べ物だ。光はその二つを組み合わせた天むすなる食べ物の事を知ると食べてみたくなり、でも自分は全く持ち合わせていなかったので、油を持っていた柾鷹達から掻き集めていた。


●迫る巨大伊勢海老!!
 ミラ達はグリフォンや水神亀甲竜で人々を騒がせないよう、夜になってから津島町へ入り、ステラ達と合流した。
「“魔物ハンター”の称号を持つ弓騎士のアイーダよ‥‥どうかよろしく」
 アイーダ達も積み替え作業を終えており、簡単に挨拶を済ませると夜が明けきらないうちに出航した。
「夕日を見に行く、という事は出航は夕方近くだと思っていましたが‥‥」
「夕日を見に船旅っていうのも、ロマンチックでいいわね」
「素敵な夕日なんでしょうね、僕も楽しみです」
「まぁ、道中はそういう訳にはいかないみたいだけど‥‥その為に呼ばれたんだし、愚痴は無しで頑張るだけね」
「僕も力になります」
「ふふ、光は女子(おなご)には皆そのような調子なのか?」
 津島町から篠島へ行くには、木曽川から伊勢湾へ出て知多半島沿いに南下する。途中で巨大伊勢海老と遭遇し、一戦交えなければならない事を考慮すると、ルーティが考えているよりも早く出航していた。
 木曽川は正勝にとって庭のようなものだし、巨大伊勢海老も川までは上ってこないので、その間、偵察に出る必要はない。光とステラは、濃姫や紫由莉、ルーティを交えて歓談していたが、光の物言いに濃姫より鋭い突っ込みが入った。
 木曽川の河口が近くなると、光より、伊勢海老の生態から推測した巨大伊勢海老の説明‥‥というより、美味しい食べ方講座が開かれた。
「嫌だなぁ、そんな突然変異してモンスターになった海老の能力、僕でも推測くらいしかできませんよ」
「その点は心配ござらん。巨大伊勢海老については、実際に一戦交えた拙者の友人より聞き及んでいるでござる」
 ジャパンは狭いようで広い。卓越したモンスター知識を持つ光ですら、知らないモンスターがまだまだいる。微苦笑して締め括る彼に代わり、柾鷹が侍の天霧那流より伝え聞いた、巨大伊勢海老のかなり正確な生態を説明する。
「大きくなっても伊勢海老はやっぱり伊勢海老、回避が得意なのね。巨大伊勢海老は水のブレスと巨体を活かしたチャージングが厄介よね。確かに船が沈められてもおかしくないわ」
「この船に近づけさせないのが第一でございまするな。グリフォンや水神亀甲竜は連れてきて正解でございましょう」
「巨大伊勢海老、ね。いいじゃない。ふふ、久々に魔物ハンターとしての血が騒いできたわ」
 ステラが巨大伊勢海老の生態を反芻すると、魁厳が策を確認する。彼の策を聞きながら、アイーダは矢を10本ずつ結わえる作業を進める。手持ちの矢を射尽くした時に取り出しやすくしておく為だ。

 やがて木曽川を抜けて伊勢湾へと出る。普段なら地元の漁師の漁船が見受けられるが、巨大伊勢海老が出没している所為で一隻も見当たらない。
 グリフォンで偵察するなら、庶民の目のない方が好都合。ミラと魁厳はそれぞれのグリフォンに乗って、代わる代わる空から海を偵察する。
 紫由莉は濃姫の護衛を兼ねて、船旅で不自由がないよう甲斐甲斐しく侍っていた。彼女は船旅の経験があるのでそれを活かし、説くに濃姫が船酔いにならないよう配慮していた。
「何時、巨大伊勢海老が現れてもおかしくないでござる。これをお守りにお待ち下され」
 柾鷹は船室を訪れると、濃姫に身代わり人形をお守り代わりに渡していった。

 それから半刻後――。
「!? こちらに向かってくる影があります! 数は‥‥6匹です!!」
 船の舳先に座ると、髪の中に隠していたモデイナ――燐光――で海面を照らし、卓越した視力と合わせて偵察していたルーティの鋭い声が飛ぶ。
「光さん、ルーティさん、時間稼ぎをお願いね」
「了解です。火球掃射、総員は衝撃に備えて下さい!」
 即座にステラが動くと、自らにフレイムエリベイションを付与し、続けて魁厳にも付与する。柾鷹、アイーダ、ミラは自らにオーラエリベイションを纏わせる。
 その間、光がファイヤーボムを、ルーティがグラビティーキャノンを放ち、大伊勢海老や巨大伊勢海老を牽制する。
 すると船が衝撃を受け、激しく左右に揺れた。巨大伊勢海老の水の息の射程は、ファイヤーボムと同程度のようだ。
「正勝さん、船は大丈夫!?」
「まだ大丈夫ですが、後二、三発食らったら船底に穴が空いてしまいやすぜ!」
 ステラが正勝に船の状態を確かめる。万一、船底に穴を開けられたら、応急処置としてクーリングによる氷で栓をする方法もあるが、どちらにせよ、それは避けたい。
「正勝殿、近くに小島といった陸は!?」
「ここは伊勢湾のど真ん中でさぁ」
「陸へに誘導は無理でござるか‥‥光龍、頼むでござる」
 柾鷹は魔法の武器でしか傷付かず、水系魔法の影響を受けない光龍を船の横に付け、水の息の盾として使う。
(「やはりアニマルではない巨大伊勢海老に、海神の銛は効果を発揮しないでございますか」)
 いち早くグリフォンを駆って上空より海へダイブした魁厳は、柾鷹から話を聞いていたとはいえ、念の為、海神の銛で動きを封じてみる。しかし、クリーチャーである巨大伊勢海老には効かなかった。そこは河童、得意な泳ぎで自らが囮になり、船から巨大伊勢海老を引き離し、海上へ引っ張り出す。
「海中深く潜られていたら届きそうに無いけど、魁厳さんがそこまで誘き寄せてくれればこっちのものよ! 海老の殻の薄い所は分かりやすいから、格好の的ね!」
 アイーダは伊勢海老の殻の隙間に矢を突き立ててゆく。
「今です!」
「五節御神楽の名の元、あなた方を討ちます。食らえ彗星撃!!」
 ルーティがローリンググラビティーを唱えると、範囲内にいた二匹の大伊勢海老と一匹の巨大伊勢海老が、海水と共に上空へ巻き上げられる。
 グリフォンに騎乗して空から足場に囚われない攻撃を繰り返ししていたミラは、タイミングを見計らうと、オーラパワーを付与したブレイブランスを構え、グリフォンによるチャージングで突貫する! もちろん、こんな芸当は達人技だが、ミラはそれだけの腕前を持っている。彼女のブレイブランスは寸分違わず巨大伊勢海老を刺し貫いた。
「約束したんだ、力になるって!」
 また、二匹の大伊勢海老は、落下中に光のファイヤーボムとステラのウォーターボムを食らい、海に戻れば柾鷹が光龍を足場に野太刀「物干し竿」を振るい、魁厳が海神の銛を突き立てる。
 ルーティのローリンググラビティーを使った策は功を奏し、魁厳や柾鷹、ミラ等、前線で戦っていた者は負傷したが、大伊勢海老と巨大伊勢海老を殲滅させたのだった。


●篠島
 篠島は周囲6km程の島で、大小十数の島々から成っている。
 六匹もの大きな伊勢海老は料理のし甲斐がある。取れ立てなので全員が刺身で食べたところ、大きいだけに大味以前に微妙な味わいだった為、煮汁を出汁に使った味噌汁や椀物、焼き海老へ調理される事になった。
 ちなみに、ルーティ以下、今まで無事に料理を作り上げた経験が無いそうなので、料理するのは正勝だ。
「鬼瓦焼き、っていうのを一度食べてみたかったんですが‥‥大きいとダイナミックですね」
「火で一気に焼き上げて、塩を振るのがいいかな?」
「味噌や醤も合うでござるよ」
 ルーティに食べ方を教える光と柾鷹。この辺りはジャパン人の好みやこだわりが分かれるところだ。
「良い出汁が出てるわね、味噌との相性も抜群ね」
「天むすの具にするのは、些か大きいようですけどね」
 アイーダとミラは味噌汁と大量の油を使った天むすに舌鼓を打つ。
「依頼を出してまで見たいっていう夕日‥‥なるほど、綺麗ねぇ」
 遠くに鳥羽湾口や伊良湖崎を望みながら、ステラ達は雄大な夕日が水平線の彼方へ沈んでゆく様を眺めた。
「小六様は虎長様のお供でこちらにいらしたのでしょうか。知多半島は妖怪の住まう地と聞きますが‥‥何の用で?」
「篠島は知多半島の沖合いですし、小さな島ですから妖怪はいませんぜ。虎長様のお供で来たのは、知多半島近辺の海図を作る為でさぁ」
「海図‥‥なるほど」
 正勝が篠島の事を知っている理由が分かり、紫由莉は納得した。
「それと濃姫様、失礼を承知でお聞きいたしますが‥‥虎長様の死について、犯人は新撰組の沖田総司というお話ですが、如何お考えでしょうか?」
「‥‥紫由莉は、愛する者の無惨な姿を見た事はあるか?」
「‥‥いえ」
「暗殺されたあの人を引き取った時‥‥身体の半分が無かったわ」
「半分が!? それではクローニングでも‥‥」
「暗殺なれば当然の仕儀であろうがの。供の者が大勢居たというのに尋常ならざる有り様と言う他ない。それほど無惨に死なれたというに、周りは犯人探しに積極的でなし‥‥今の濃はその事は考えんようにしておる」
 濃姫が那古野城をお市の方へ譲ったのも、虎長との思い出が詰まった場所にいるのが辛いからかも知れない。
 紫由莉は以前見た物、知った事については、余計な心労を増やすだけと思い、濃姫に伏せた。

 魁厳は忍者という事もあり、一人、身を潜めながら篠島の中を偵察し、安全確保に努めていた。
「‥‥ん? こんなところに‥‥石像‥‥でございまするか?」
 彼は木々に埋もれるようにひっそりと佇む石像を見付けた。近付くとそれは巫女装束のような服を纏った、17、8歳くらいの少女を象った石造りの像だった。苔生し、蔦などが絡んで痛々しくも見えるが、その様子からそれなりに古い物かもしれない。
「ほぉ、面白いものを見付けたようだな。ここへ来た記念に持ち帰るか」
 そこへ散策に来たのだろうか、濃姫がやってくると、彼に石像を船まで運ぶよう指示した。

 その後、お守りをくれた柾鷹と世話をしてくれた紫由莉、石像を発見した魁厳に、濃姫より生前虎長が集めていたという茶器が贈られた。