知多半島〜海の幸と山の幸、温泉三昧の旅〜
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■ショートシナリオ&
コミックリプレイ
担当:菊池五郎
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:5 G 77 C
参加人数:7人
サポート参加人数:1人
冒険期間:03月20日〜03月28日
リプレイ公開日:2007年03月30日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
「破!」
裂帛の気合いと共に滝川一益の放った三本の棒手裏剣は、寸分違わず三十メートル先の標的に突き刺さった。
「流石は一益、尾張一の射撃の名手ね」
武者鎧「白絹包」を纏ったお市の方が拍手を贈る。彼女は刃を潰した太刀を手にし、城の中庭で鍛錬をしていた。
お市の方の後ろには、フード付きの外套で頭まですっぽりと覆い、手に餅搗き用の杵を持った女性――美兎――と、白い着物を纏った黒髪の少女――晶姫――がおり、二人とも『「凄い凄い」』と驚嘆の声と共に拍手を贈っている。
美兎は『月兎族』と呼ばれる、知多半島のみに生息する兎の妖怪、妖兎だ。一見、普通の女性だが、上半身だけを覆う際どい服を纏い、髪から兎の耳をぴょこんと生やし、お尻の少し上から同じく兎のしっぽがちょこんと生えている。那古野兵に妖怪だと分からないよう、常にフード付きの外套を被っていた。
晶姫は美兎の事を「うさぎさん」と慕う知多半島に棲む妖怪であり、彼女は雪女だ。晶姫は何者かによって操られて知多半島近辺の集落の女性達を攫っており、冒険者の活躍で正気を取り戻したものの、攫われた女性達は行方不明となってしまい、彼女は女性達を取り戻す為にお市の方に武将として登庸された。
「忝(かたじけ)ないでござる。とはいえ、拙者もまだまだ修行中の身。尾張一を名乗るのには、この弓で倒すべき相手がいるでござる」
「‥‥柴田勝家ね」
一益は照れ隠しからか微苦笑した後、今度は中弓を構えて足下に刺しておいた矢を番え、放つ! 矢は標的に突き刺さっていた棒手裏剣の一本を弾いて、標的の真ん中に突き刺さった。
彼が想定して射った標的は、おそらくお市の方が名を告げた柴田勝家だ。勝家は虎長配下の豪傑として、尾張でその名を知らぬ者はいない。
虎長亡き後はお市の方や一益とは袂を分かち、信行に仕えている。
「じゃぁ、那古野一の射撃の名手という事にしておくわ。やっぱり私も弓を本格的に訓練した方がいいかしら?」
勝家は射撃より接近戦や騎乗戦を得意としている。お市の方の中では一益の方が射撃の名手なのだが、本人が納得していないようなので、尾張一から那古野一へワンランク下げてみる。
ちなみに、お市の方も武芸は好きで、刀や薙刀を重点的に鍛錬しており、弓は鷹狩りを楽しむ程度に嗜んでいる。
何故、お市の方がこのような事を気にしているかというと、信行は信忠を立てて尾張藩藩主の正当後継者である事を訴え掛ける事で、尾張各地の同族達を次々と抱き込み、着実に尾張藩藩主の座を手中に掴もうと動いていたからだ。
本拠地の清洲城を始め、那古野の南東に位置する末森城、北東に位置する小幡城、清洲城の北に位置する岩倉城、北東に位置する犬山城など、尾張の城郭の大半は信行の傘下にあった。
お市の方に味方する同族は、那古野の東に位置する守山城の城主、伯父の平織虎光くらいだ。
「あの的に離れた場所から当てれば良いんだよね? それなら晶姫も射撃は得意だよ!」
晶姫は息を吸い、そしてふぅぅっと吐いた。吐息は吹雪となり、棒手裏剣や矢は疎か、標的からその周囲までを凍て付かせた。
「どう?」
『晶姫ちゃんも凄いです〜』
「どう? って言われても、それって吹雪の息で、射撃とは呼べないような‥‥」
「はっはっは、晶姫殿には一本取られたでござるよ。火遁の術という、こちらは火でござるが晶姫殿の息と同じような効果を持つ忍術があるでござる。しかしながら晶姫殿の息の威力や範囲は、達人が使う火遁の術程でござるな」
お市の方達の方を振り返り、えっへんと胸を張る晶姫。美兎は喜んだが、お市の方は頭を押さえる。一益は気持ちよく笑った後、冷静の晶姫の吹雪の息を分析した。
「先手を打って敵の出鼻を挫くのには最適でござるが、敵味方が入り混じる乱戦になると、味方も巻き込んでしまう危険性があるでござるよ」
「一益の他にももう何人か射撃の得意な豪傑が欲しいわね」
吹雪の息は範囲内にいる者には無差別にダメージを与える為、乱戦では使えない、と一益は指摘した。
いつ那古野城が兄や甥――身内――に攻められてもおかしくない状況に置かれており、お市の方は那古野兵の兵種の編成についても、最近では考えるようになっていた。
『心当たりがない訳でもないですけど』
美兎がそう切り出した。
『一益さんのような棒状の飛び道具ではなく、わたし達は満月輪と呼んでいます』
「満月輪‥‥ほう、丸い投擲武器でござるか! これは珍しいでござる。おそらく、斬る事が主体の投擲武器でござるな」
『はい、流石は一益さん、その通りです』
「刀のように斬る投擲武器‥‥確かに初めて見るかも知れないわね」
美兎は杵の柄で、満月輪という武器を地面に描いた。それは真ん中に穴の空いた金属製の円盤で、外側に刃が付けられている事を一益は一目で読み取った。お市の方も見た事のない投擲武器に興味津々だ。
「それで、満月輪の使い手はどこにいるの?」
『知多半島の南です』
「南知多!? ‥‥えーと、それって‥‥」
『はい、わたしのお姉様、月兎族の二女です』
美兎の応えに、再び頭を押さえるお市の方。先日、友人に「那古野が、わくわく妖怪ランドになりつつあるのは、気のせい?」と言われたばかりだ。
「しかし、お館様。美兎殿は田を耕して餅米を実らせ、二女殿は満月輪の使い手‥‥月兎族もなかなかに有望な武将ではござらんか」
「美兎は人懐っこいし、かなり強いのは認めるわよ」
一益も美兎の実力は認めており、二女‥‥というより満月輪の実物が見たいのかもしれない。
『わたし達月兎族は人間が好きですが、お姉様はわたしより、戦いが好きなんです。お餅もあまり好きではなく、どちらかというと海の幸や山の幸の方が好きです。後、一番好きなのは温泉ですね。ご自分の温泉を持っています』
「月兎族の二女を武将として登庸するには、海の幸や山の幸でもてなしたり、投擲勝負を挑んで打ち負かすしかないようね。温泉は‥‥那古野にはないから、必要とあれば蟹江町に二女専用の温泉を確保してもいいわ」
斯くして、月兎族の二女を登庸すべく、“第二次平織市探検隊”が結成されるのであった。
●リプレイ本文
●第二次平織市探検隊結成!
『ジャパンの景色は少しずつ、春の彩りへ染まっているっす。今回、“平織市探検隊”が巡る知多半島は、伊勢湾の恵みを余す事無く戴ける海の幸と、季節を感じる芽吹いたばかり山の幸、これが同時に、秘湯に浸かりながら味わえるんすから心も身体も和むっす。これは必読っすよ』
ジャイアントの武道家、フトシたんこと太丹(eb0334)は、それはもう幸せ一杯の表情で思い返しながら、ギルドメンバーにこの旅情‥‥もとい、冒険の顛末を語り始めた――。
尾張は那古野城へ登城したレンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)達は、城主のお市の方こと平織市(ez0210)が待つ城の中庭へ案内された。
「よ! お市様。美兎さんの姉さんを登庸しに、危険な知多半島に行くそうだな。お市様は尾張平織家にとって大切な人だ。俺も協力するぜ」
「助かるわ。黒虎部隊のあなたに言う台詞じゃないけど、クロウのような武将を登庸したいんだけどね」
「あら、私が言った言葉を気にしているの?」
クロウが手を掲げて挨拶すると、そのお市の方の返答に、「那古野が、わくわく妖怪ランドになりつつあるのは、気のせい?」と言った張本人、ファイターのレオーネ・アズリアエル(ea3741)が他人事のようにころころと笑う。
「美兎さんのお姉さんならきっと美人さんでしょうね。私は今から逢うのが楽しみよ♪ 温泉で裸のお付き合いで仲良くなって、是非那古野に来てもらいたいわ」
「裸のお付き合いと〜、拳の語り合いは〜、友情が深まりますよね〜」
「拳の語り合いは武道家の心と想いの会話っす。拳は嘘が付けないっすからね」
スカウトする気満々のレオーネに、浪人の槙原愛(ea6158)が的を得ているような、どこかずれているような反応を示すと、フトシたんが拳の会話の重要性を力説する。
「美兎も晶姫も、普通に接している分には普通の女の子だし、猛将としては申し分ないけど‥‥内政が出来る武将が欲しいのよ」
お市の方は微苦笑する。内政が出来る武将不足‥‥それが彼女の抱える、那古野軍の深刻の問題だ。
(「内政か‥‥そこまできちんと目を向けているなんて、一城の主としての責任を背負った事で、お市様は見違える程成長してるよな。平織と源徳が協力して長州と渡り合う上で、近い将来、欠かせない人物になるかもしれない」)
クロウは真摯な表情でお市の方を見た。愛用の武者鎧「白絹包」に身を包み、刀を腰に差した出で立ちを見れば、「内政が出来る武将が欲しい」と言っているが、お市の方も美兎の姉を本気で登庸しに行く気持ちが表れているのが分かる。
「俺も力になれる事があれば力になるからさ、気軽に声を掛けてくれよ」
「あ、ありがと‥‥」
その頑張りに応えようとクロウがウインクすると、お市の方は頬を赤らめて目をぱちくりさせる。
「知多半島ぶらり旅ですかー」
「ぶらりって訳じゃないけど‥‥」
「ははは、道中は道らしい道も無く、妖怪の類も出ると聞き及んでいますので、僕達が来たようなものですし。あ、これは近江銘菓のどら焼きです。つまらないものですが、お近づきの印にどうぞ〜」
浪人の井伊貴政(ea8384)の物言いにお市の方は額を押さえるが、彼なりにお市の方の気負いを解そうとしていた。
「美兎さんですね? どら焼きっていうのは人間の甘い食べ物です。よろしかったらどうぞ〜」
『‥‥美味しいです。晶姫ちゃんもどうですか? どら焼きっていう食べ物、美味しいですよ』
「晶姫さんの分もありますよ、どうぞ」
フード付きの外套で頭まですっぽりと覆い、手に餅搗き用の杵を持った月兎族、美兎が現れると、貴政は彼女にも渡す。初めて見る丸い食べ物に、最初は恐る恐る口へ運び、ぱくりと一口食べると、途端に満面の笑みに変わり頬張り始めた。美兎は後からやってきた、白い着物に身を包んだ雪女、晶姫にも勧める。
胴丸「赤焔」を愛用し、“井伊の赤鬼”と呼ばれる彼だが、その卓越した料理の腕前は妖怪の舌すら唸らせる程だ。
「晶姫さん、那古野でちゃんとやってるようね」
「うん、レベッカさんに言われて、那古野に来て良かったよ。美兎さんもいるし、お市の方さんも一益さんもいい人だよ。そうそう、お市の方さんが美兎さんに田んぼをあげたんだ。今度、晶姫も一緒に餅米を田植えするんだよ! ‥‥晶姫、一人で知多半島にいたら、多分、凄く悲しかったと思うの」
ジプシーのレベッカ・オルガノン(eb0451)は、美味しそうにどら焼きを頬張る晶姫の様子を見ると、碧色の瞳を柔らかく細め、妹にするように頭を優しく撫でる。自分が那古野へ誘った手前もあり、心配していたが、元気そうだ。
「うん、黒髪には赤が映えるよね、やっぱ。美兎さんにはスカウト時に仲間から土産渡したのに、晶姫さんだけないもの何だもの」
「うわぁ、晶姫、大切にするね!」
しかし、続く彼女の言葉にレベッカは一瞬表情を曇らせると、かんざし「早春の梅枝」を晶姫の艶やかな黒髪に挿し、満足げに頷く。彼女に銅鏡で自分の姿を見せてもらった晶姫は、かんざしに触れながらはにかんだ。
「しまった! 拙者もお近づきの印に何か持ってくればよかったでござるか!? ‥‥不覚、でござる‥‥」
「私も持ってきてないですよ〜。こういうのは〜、気持ちの問題だと思います〜。こちらの暮らしはどうですか〜? 元気ですか〜? 今回もよろしくお願いしますね〜」
レベッカがお市の方から概略図を借りる傍ら、浪人の久方歳三(ea6381)は頭を抱え項垂れた。とはいえ、愛もにこやかに美兎と握手を交わしただけだ。
「この埋め合わせはお姉さんにするでござるよ。贈り物を色々と用意してきたでござる」
『姉さんは南知多に棲んでいる分、人間の文化には私以上に疎いですから喜びますよ。この赤い服を気に入るかも知れませんね』
歳三はバックパックの中身を美兎に見せると、彼女は紅絹の装束を手に取った。
「美人さん、温泉、ご馳走‥‥私からすれば楽園ね。お市さんも、日頃の重責を忘れてリフレッシュしてね」
レオーネが出発の音頭を採ろうとすると。
「攫われた女の人達は‥‥那古野の近くにいる!?」
お市の方から那古野周辺の概略図を借り、ダウジングペンデュラムを使っていたレベッカが一瞬声を上げる。『ラクダに乗ったデビルに攫われた女性達』について、ダウジングペンデュラムが指し示したのは那古野周辺だったからだ。
調べ方が悪くダウジングペンデュラムが正確に機能していない可能性もあるし、正確ではない概略図を使った所為かも知れないが、この結果に不安が拭いきれないのは確かだ。
「ごめん、出発しよう。今は二女さんとか那古野の戦力を増やすのが先だよね。攫われた女性達を1日でも早く取り戻す為にも」
レベッカは概略図をお市の方に返すと、出発を促した。
●知多半島〜海の幸と山の幸、温泉三昧の旅〜
『市さん、美兎さんを加えた第二次平織市探検隊は、春の知多半島を巡る旅に出発したっす。知多半島の北は美兎さんの庭みたいなものなので、美兎さんに妖怪の縄張りを聞いて避けて通ったっす。お陰で、満開の椿にこれから満開になる桜など、季節の移り変わりを目と肌で感じる風景に、心が癒されたっす』
フトシたんのコメントのように、歳三達は美兎から二女が棲んでいる南知多の場所を聞くと、クロウは彼らより少し先行して足跡や物音を探り、妖怪の接近を警戒した。
「美兎殿、おりゃ! っす」
フトシたんは妖怪避けに、魔よけのお札を美兎に渡そうとした。しかし、彼女は拳をかわしてしまう。
「妖怪避けの魔よけのお札っすけど、実際効くっすかね?」
『近付けられると、嫌な感じはしますね‥‥私も妖怪ですから‥‥』
「あ、悪かったっす(突きではないとはいえ、自分の拳がかわされるとは思わなかったっすよ)」
美兎も妖怪なので、魔よけのお札は苦手なようだ。懐にしまいつつ、改めて月兎族のフットワークの良さに内心驚くフトシたん。
「やっぱり景色がいいですね〜。奥までくるとまた景色が変わってます〜」
彼と美兎が先頭に立って案内をし、貴政やレベッカは常時、周囲の警戒を怠らない。愛は‥‥のほほんと春一色の風景を眺めている。
レオーネは途中、蛇女郎(ラーミア)といった美兎の友達の妖怪達を紹介してもらい、ラクダに乗ったデビルに気をつけるよう注意して回った。
「お市さんとも、美兎さんとも、晶姫さんとも、ずっと仲良くしたい私としてはね、あんな事件が二度起こるのは避けたいな‥‥って、ね」
西洋のデビルが何故ジャパンにおり、何の目的で尾張で暗躍しているか分からないが、出発時のレベッカの占いの結果も気になる。晶姫のような悲劇を繰り返さない為にも、予防線を張っておくに越した事はない。
クロウやレベッカも賛同し、一緒に妖怪達に注意を促した。
『美兎さんのお姉さんが、美兎さんより若いとは驚きだったっす。平織市探検隊はお姉さんの家へ案内されたっす。伊勢湾の絶景が見える露天風呂での女の人達だけの禁断のスキンシップと、同時に味わえる新鮮な海の幸と山の幸が、お姉さんの心を動かしたっす』
『フトシたんやクロウさん、歳三さんの戦い振りも一役買っていたと思うけど?』
フトシたんのあくまで旅情にこだわるコメントに、レベッカのフォローが入る。
南知多に入って更に奥へ分け入ると、銀色の満月が飛来し、先行するクロウの目の前の木に威嚇よろしく突き刺さる。その後、上半身だけを覆う際どい赤い服を纏い、髪から兎の耳をぴょこんと生やし、お尻の少し上から同じく兎のしっぽがちょこんと生やした少女が現れた。歳は、美兎より一、二歳若いだろうか。
『お姉さん』
『あなた‥‥どうしてここに!?』
美兎より年下に見えるが、二人の会話から月兎族の二女に間違いないようだ。二重三重の警戒の甲斐あって、妖怪に遭遇する事なく、二女と会う事が出来た。
美兎もそうだったが、月兎族には姉妹という概念はあっても名前を付ける習慣はないらしい。そこでレオーネより、二女に“卯泉”という名が付けられた。
『あなた‥‥えーと、美兎だっけ。美兎は今、人間と一緒にいるの?』
『はい、フトシたんに「美味しいお餅が作れるのであれば、人間とか妖怪なんて些細な事」って、言われたんです。私、元々人間が好きでしたけど、この言葉でもっと好きになりました』
オヤビンと慕う人物直伝のナンパの極意こそ使わなかったが、フトシたんの心からの言葉が美兎の心に響き、動かしたのは確かだ。
「私の、人間の身勝手な頼みだとは分かっているけど、尾張を統一し、平和にするには美兎や卯泉の力が必要なの。それは結果的に、妖怪達の平穏にも繋がると思うわ」
『美兎が懐いているくらいだから、その言葉に嘘はないようだけど‥‥あたし、弱い人間に使われる気はないよ』
「さっきの投擲、満月輪って言ったっけ? 凄かったな。でも、接近戦になれば投擲武器を使う余裕無いだろ?」
お市の方が自分の目標を話し、登庸したいと切り出す。卯泉は言葉は聞き入れたものの、乗り気ではない様子。そこでクロウが軽く挑発し、力試しを行う事になった。
クロウに続いて歳三とフトシたん、料理の途中の貴政まで加わると、流石に卯泉も人間の力を認めざるを得なかった。
「いい汗を掻いた後はお風呂! ジャパンはやっぱ温泉だよね」
「ふふ〜、お酒も持って来ましたし〜♪ ゆっくりと女性だけの秘密の会話を楽しみましょ〜♪ それにしても絶景ですね〜」
レベッカは卯泉の服を脱がせると、一緒に露天風呂に入った。地面をくり抜き、岩を積んだだけの浴槽へ、湧き出る温泉を流し入れているだけだが、源泉掛け流しという贅沢なものだ。しかも断崖の上にあり、伊勢湾の絶景が望める。
愛は甘酒やらどぶろくやらを持ち込み、お市の方が持ってきた酒器や素茶碗に入れて呑んでいる。
「ほらほら、過労は美貌の大敵なんだから‥‥」
レオーネはお市の方にどぶろくを注いだ後、卯泉の方を見遣る。
「1人でこの絶景を楽しむのも悪くは無いけれど、いつも1人では寂しいわ。温泉は楽しく入らなくちゃ‥‥那古野に来ない? きっと楽しい事になるわよ」
『楽しい事って?』
「例えば‥‥マッサージとか!」
『んっ!? んん‥‥』
「マッサージなら私も少しは出来るのですよ〜♪」
『うぁ‥‥な、何‥‥んあ!』
レオーネは卯泉に飛び掛かると、組みし抱き、上から下までぴかぴかに磨き上げ始める。初めての感覚に、艶めかしい吐息しか出せない卯泉。愛も両手をわきわきさせながら加わる。
「お市さん、背中流すね」
「ありがとう、お願いするわ」
レベッカはそちらに目を向けないように、お市の方の背中を流す。
「素材は特上なんだもの、もっとおシャレしなきゃ」
外見が若いだけの事はあり、美兎の方が卯泉よりグラマーだ。ちょっと悔しいのは、レオーネより美兎の方がスタイルが良かった事だろうか。
『‥‥そこだよ!!』
「歳ちゃん感激〜っはう!!」
お約束とばかりに覗きに行き、卯泉達の艶姿に感激の血涙を流していた歳三は、彼の気配に気付いた卯泉の放った満月輪が額に刺さり、気絶してしまった。
レベッカ達がお風呂に入っている間に、歳三を除いた男性陣は今が旬の山の幸や海の幸を採取し、貴政が腕によりをかけた料理を作って、待っていた。
目の前に広がる伊勢湾で捕れたバカガイの炊き込みご飯に、伊勢海老の味噌汁、菜の花のおひたしといったメニューだ。
「お風呂の後は豪華な料理です〜。何か幸せな気分ですね〜」
『お姉さん、ご飯はお餅にする以外にも、こういう食べ方もあるんですよ』
『‥‥うん、美味しいよ』
「それは料理人として最高の誉め言葉ですよー。那古野では、これ以上の物が毎日食べられますよー」
ほわわんと幸せ一杯の顔で伊勢海老の味噌汁を飲む愛。美兎に勧められて炊き込みご飯を一口食べた卯泉は、瞬く間に平らげてしまう。その食べっぷりに貴政は満足げに微笑む。
ちなみに卯泉は、歳三が贈った紅絹の装束に着替えている。クロウがとっておきのロイヤル・ヌーヴォーを開けて注ぎ、レベッカもワインとベルモットを開け、注いで回っている。
「那古野では色々珍しい物が見れるし手に入るし、強い人とも戦えるよ。きっと楽しいよ。武将、引受けてもらえないかな?」
『‥‥ここまであたしを必要としてくれる人間がいるなら、行かない訳にはいかないよ』
アンクレットベルを付け、その鈴の音に合わせて勇壮な故国エジプトの剣舞を披露したレベッカが聞くと、卯泉は照れ臭そうに髪を掻きながら応えた。彼女の傍らには、満月輪の他にフトシたんが贈った大手裏剣もあった。
美兎に加え、卯泉も武将として登庸したお市の方。彼女は貴重な酒類を提供したクロウとレベッカへ漆塗りの酒器を、武器や服を卯泉にプレゼントした歳三とフトシたんへ素茶碗を、それぞれ渡した。