水泡の巫女
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:7 G 59 C
参加人数:8人
サポート参加人数:3人
冒険期間:04月10日〜04月18日
リプレイ公開日:2007年04月23日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
「へぇ、形になってきたじゃない」
『全くだよねぇ、良くやるよぉ』
那古野城の外堀の近くに、知多半島のみに生息する兎の妖怪『月兎族』――化け兎の上位妖怪――の三女美兎が田圃を開墾していた。美兎はお餅が大好きで、知多半島に棲んでいた時は自ら田圃を切り開き、稲を植えて収穫し、お餅を搗いており、お市の方が自分の持っている幾ばくかの土地を彼女に譲った。
那古野城の外堀へ注ぐ川がある事から、田圃を作るには絶好の場所と言える。ようやく開墾が終わり、田圃の様相を呈してきたところだ。
その様子を見に来たお市の方と、美兎の姉、月兎族の二女卯泉(うみ)は感心している。卯泉は美兎と違い、お餅にはそれほど執着していない。彼女は温泉好きで、お市の方に武将として登庸された後も、那古野の南西に位置する蟹江町の温泉にほぼ入り浸っている。
「本当は、一反くらいあげたいんだけど‥‥私、あまり土地を持ってないから」
『いえ、これだけあれば十分です』
微苦笑するお市の方に、手足を泥まみれにした美兎がぺこりを頭を下げる。
お市の方が美兎にあげた土地は五畝(せ)程、一反の半分だ。一反からは米が一石――大人一人の一年間の消費量相当――採れる事から、五畝とはいえ、美兎の田圃からもそれなりの収穫量があるだろう。植えるのは知多半島から持ってきた自前の餅米だ。
「後は知多半島にいた時みたいに、新しい場所に田圃を作ればいいよね。晶姫も手伝うよ」
『五月には田植えをしたいので、新しい場所を見付けるのであれば今月中がいいですね』
晶姫も雪女のトレードマークである新雪のような白い着物の袖繰りや裾を泥だらけにしている。彼女も美兎の田圃の開墾を手伝っていた。
美兎、晶姫、卯泉は、お市の方が武将として登庸している妖怪だ。月兎族は種族的に元々人懐っこく、晶姫も人間に対して敵愾心は抱いていないので、那古野の武将とも打ち解け始めている。
とはいえ、那古野城の中は元より、城下へ外出する時も、月兎族特有の上半身だけを覆う際どい服と、纏い髪からぴょこんと生えた兎の耳やお尻の少し上から同じくちょこんと生えた兎の尻尾を隠す為、フード付きの外套は手放せない。
「市様、こちらに居られましたか‥‥晶姫も一緒でしたか」
「晶姫もいると拙い? 何なら席を外させるけど」
「いえ、むしろ晶姫が知りたがっていた情報です」
そこへ那古野城より、お市の方の小姓、森蘭丸が馬を走らせてくる。火急の用らしいが、晶姫の姿を認めると表情をより硬くする。
「先程、末森城近くの村の男性が陳情を寄越したのですが」
「また末森城!? ‥‥信行兄様は本当、困っている民を見捨てて何をなさっているのかしら‥‥」
末森城は那古野城の南西に位置する。先月、人喰鬼(オーグラ)が近くの橋を落として人を待ち伏せし、来たところを喰らう事件が起こっており、お市の方が冒険者に依頼して人喰鬼を退治し、橋を架け直したばかりだ。
聞けば信行は、尾張各地の同族達を次々と抱き込み、着実に尾張藩藩主の座を手中に掴もうと動いているという。今やお市の方の味方は、那古野の東に位置する守山城城主、伯父の平織虎光くらいだ。
「その陳情というのが、『娘が熱田神宮の巫女に会いに行ったきり帰ってこない』というものなのです」
「‥‥娘が帰ってこない!?」
「ええ、同様の陳情が数件寄せられてきています」
蘭丸の言葉に晶姫は身体をビクッと震わせた。
「そろそろ田起こしの時期だから、熱田神宮から巫女が豊年祭の里神楽を舞いに村々を回ってもおかしくないけど‥‥その巫女は、本当に熱田神宮の巫女なの?」
「陳情では、村に訪れた際、美咲と名乗っていたそうです。また、実際に里神楽も舞ったそうです」
「美咲‥‥ああ、美咲なら私も何度も会ってるわ」
熱田神宮は、神器の一つである草薙剣の神霊『熱田大神(あつたのおおかみ)』を祭神とする神社だ。尾張平織家の守り神でもあり、尾張平織家の家宝『小烏丸(こがらすまる)』が奉納されている。
尚、熱田神宮の巫女を統べる姫巫女・藤原神音(ez1121)は、お市の方の縁戚にあたり、また幼馴染みでもあった。なのでお市の方は熱田神宮の巫女とも面識がある。
「男性達も美咲殿に娘の行方を聞いたそうですが、『会いに来ていない』と応えたそうです。念の為に美咲殿が今泊まっている神社を調べたそうですが、確かに娘達が来た痕跡はないとの事でした」
「‥‥駱駝(らくだ)‥‥」
「え!?」
「駱駝に乗った女の人を見掛けたというお話は!?」
蘭丸が一通り陳情の内容を告げると、晶姫が譫言のように呟く。聞き取れなかったお市の方が聞き返すと、晶姫は蘭丸に詰め寄った。
お市の方の友達の話では、晶姫は『ラクダに乗った女性デビル』によって操られ、知多半島近辺の集落の女性達を攫っていた。彼女がお市の方に武将として登庸されているのも、行方不明となってしまった、自分が攫った女性達を取り戻す為だ。
「いえ、そのような話は聞いていません」
「晶姫の時と似ている事象よね。デビルが関わっているかどうかは分からないけど、熱田神宮の巫女が利用されているとしたら由々しき事態だわ」
「うん、晶姫、調べに行きたい!」
蘭丸はあくまで事務的に応えると、お市の方が晶姫を後押しした。
『晶姫ちゃんが行くなら私も』
「ううん、美兎さんは那古野に残ってて。晶姫、自分で証拠を掴みたいんだ。もちろん、デビルと戦う時は美兎さんも一緒だよ」
「晶姫一人で、というのは流石に拙いから、冒険者を雇うわ。それならいいでしょ?」
晶姫が自ら行方不明になった少女達の調査を買って出ると、美兎も同行しようとする。しかし、晶姫はまだその時ではないと断った。
とはいえ、晶姫は妖怪であり、人目もある。お市の方は冒険者を晶姫のサポートとして雇うのだった。
●リプレイ本文
●化粧万華
レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)達は、尾張は那古野城へ登城した。城主のお市の方こと平織市(ez0210)は近々、京都で行われる御前会議へ出席する為、今は那古野を動けないという。
「ま、こういう仕事こそ俺達冒険者の出番だからな、任せといてくれ。お市さんはその分、尾張平織家の統一に向けて頑張って欲しいんだ」
「美兎(みと)や卯泉(うみ)の姿が見えないけど?」
「美兎は那古野の郊外で餅米用の田圃を耕しているわ。卯泉は蟹江町へ温泉に入りに行ってるわね」
「この非常時に温泉とは‥‥」
「晶姫(あき)が手助けは要らないと言った手前もあるし、月兎族も元々は兎だから、マイペースなのは仕方ないわよ」
ファイターのレオーネ・アズリアエル(ea3741)が月兎族三姉妹の次女卯泉と、三女美兎の姿が見えない事に気付いた。話を聞いて溜息を付く志士の琥龍蒼羅(ea1442)に、お市の方は一応フォローを入れる。
「あらあら、晶姫さんはお市さんの元へいらしていたんですね〜♪ また会えて嬉しいですわ」
その間、エルフのウィザード、ユナ・クランティ(eb2898)がニコニコと笑顔で晶姫に近付く。
「これはもう私が晶姫さんをお持ち帰りしちゃってもOKという事ですよね☆」
「あ、晶姫をお持ち帰りって!?」
「うふふ、ほ〜ら、晶姫さんの為にロープも新調したんですの☆」
「晶姫さんを持ち帰って、何をする気!?」
ユナは真新しいロープを取り出すと、しならせて見せ、細い目をより細く微笑む。その得も知れぬ恐怖に、晶姫はジプシーのレベッカ・オルガノン(eb0451)の背後に隠れてしまう。
「まぁ、晶姫さんは後でゆ〜〜っくり戴くとして‥‥“また”女性誘拐事件なのですね」
「女性が行方不明に、か。確かに、晶姫さんの時と似た様な感じだが‥‥」
「行方不明者が一様に女性という共通点から、事故の可能性は極めて低いな。それ以上の“何か”があると考えるべきだ」
ユナが話を本題へ戻すと、クロウと蒼羅が現在分かっているだけの情報を確認し始める。
「もし『ラクダに乗った女性デビル』絡みなら、今回は行方不明の娘達も救えたらいいのだが‥‥」
浪人の鷹村裕美(eb3936)は語彙に悔しさを滲ませる。彼女は晶姫が『ラクダに乗った女性デビル』に操られて、女性達を攫っていた事件を解決した一人だが、攫われた女性達は行方を眩まし、未だに見付かっていない。
操られていたとはいえ、その事が晶姫の心に楔として深く穿たれ、彼女を駆り立てている事を、レオーネもレベッカも知っている。レベッカは寄り添う晶姫を抱き締め、レオーネは晶姫の肩に両手を置いて温もりを伝える。
「デビル絡みの女性誘拐事件ですか」
「まだそう判断するのは時期尚早だ。晶姫さんは雪女の力で拘束出来るが、美咲さんって熱田神宮の巫女だろ? 普通の人間にしては手際が良すぎるな」
「巫女は神聖魔法が使えるから、拘束するならコアギュレイトも考えられるが‥‥別の何者かが絡んでいる可能性もある。先入観に囚われていては調査の視野を自ら狭めるようなものだ。駱駝のデビルは可能性の一つと考え、調査すべきだな」
ジャイアントのナイト、ミラ・ダイモス(eb2064)は外国に渡っていた為、デビルの事はそれ相応に知ってはいる。しかし、それは経験則に基づく物であり、知識として確立している訳ではないので、過信は禁物だ。
クロウと蒼羅は下手な先入観を持って調査しないよう、初心に返った。
「こう頻発すると、私が1人や2人美少女を攫っても、犯人に罪を擦り付けて誤魔か‥‥あら? 何でもありませんわ。ただの独り言ですから、お気になさらないで下さいね」
「そりゃ確かにジーザス教は入ってきたけど、何もデビルまで一緒に入ってくる必要は無いでしょうに‥‥関連疑っちゃうわよ?」
レベッカのジト目の視線を受け、ユナは口に手を当てて笑い誤魔化す。助け船よろしく、レオーネが溜息混じりに呟くと、お市の方が謝った。彼女の義姉・濃姫は尾張ジーザス会へ帰依しており、那古野城下に建造中のカテドラル(大聖堂)のスポンサーだからだ。
「西洋では、『デビルは1匹見かけると500匹はいる』と言われてるそうよ。だからあのラクダデビルも、そういった烏合の衆の1匹かもしれないわね」
「晶姫ちゃん、今回もよろしくお願いしますね〜。それと〜、念の為〜、少しお化粧しましょ〜。女性は化粧で化けるといいますから、それなりに効果ありますよ〜」
「晶姫が雪女と普通の人に知られると混乱が起こるかも知れない。変装した方がいいな」
「化粧って?」
「うふふ〜、愛お姉さんにまっかせっなさい〜」
レオーネは一連の誘拐事件の複数犯説を考えていた。浪人の槙原愛(ea6158)が話題を変えると、裕美やレオーネも大いに賛成する。今まで知多半島で暮らしてきた晶姫は、化粧の事をあまり知らない。不思議がる彼女を座らせると、愛は香料に白粉、ブラシを取り出した。
レベッカも加わり、愛と裕美、レオーネの四人掛かりで晶姫に化粧を施してゆく。レベッカも一緒に白粉を塗って褐色の肌が目立たないようにした。
雪女の象徴でもある白い着物を着替え、クロウが提供した日除けにもなる市女笠を被れば、どこからどう見ても可愛い村娘の晶姫と、その姉のレベッカの出来上がりだ。
●囮
ミラ達は、巫女・美咲が豊年祭の里神楽を舞いに回った村々へ向かい、聞き込みを始めた。
「美咲さんが逗留しているのは、熱田神宮系列の神社だそうだ」
「会いに行ったのも、食べ物を届けるのが目的だったみたいね」
村を一回りした後、集合したクロウ達は報告し合った。
クロウは行方不明の女性の家族と会い、美咲が逗留している場所を聞いた。一方、レオーネは女性達が何故美咲に会いに行ったのか、その理由を行方不明になった同世代の女性達に聞いて回った。巫女が熱田神宮から出向いているのだから、村人が食べ物を提供する事は当然であり、それ自体は特別な事ではない。
「巫女さんは〜、年頃の女の子達の憧れですから〜、会いに行きたがるのも無理ないですよね〜」
「しかも、熱田神宮の巫女から『気軽に会いに来て構わない』と言われれば、行ってしまうだろうな」
また、村の生活は娯楽に乏しく、巫女の里神楽を見たり、尾張藩以外の藩の話を聞く事は、年頃の少女達にとって数少ない楽しみであり、会いに行きたくなるのも仕方がないと愛と蒼威は思った。
それに美咲に会いに行く事は村としても必要なので、親や友達も止めなかった。
「逆に美咲さんから女性に声を掛けている、という点に着目すべきですわね」
「美咲さんには村長も会いに行っているそうですが、行方不明になったのは『声を掛けられて会いに行った女性』だけのようですね」
美咲には村長を始め、大人の男性や女性も挨拶に行っている。ユナとミラが言うように、美咲が声を掛けた女性だけ行方不明になっている点が、共通していた。
「村長に話を聞いてきたが、美咲は去年来た時と何ら変わっていなかったそうだ」
「変な出来事も、この行方不明の一件以外は特にないようだね。ラクダに乗ったデビルの目撃情報なんてなかったし」
裕美は美咲が晶姫のように操られているのなら、変わったところがあるのではないかと踏んだが、村長以下、美咲を知る村人は口を揃えて特に変わった様子はないと応えた。レベッカの調査も芳しくなかった。晶姫はレベッカとユナと一緒に聞き込みをしたが、化粧のお陰で怪しまれずに済んだ。
「後は、村から逗留している神社までの道筋を調べるとして、それは小源太に任せてもらうが‥‥」
「美咲さんに声を掛けられて会いに行った女性以外、行方不明の方がいない以上、美咲さんが怪しいと見るべきでしょう。危険が伴いますが、直接美咲さんと会うべきです」
クロウが愛犬の忍犬・小源太の頭を撫でると、続く言葉をミラが引き継ぐ。
「だが、レオーネやユナが会いに行けば、警戒されるだろう。愛か裕美になるな。もちろん、俺も護衛として同行するが」
「‥‥年齢的には愛の方が適任だな」
「だったら晶姫が!」
「落ち着いてね」
「危ない事は〜、私達にお任せです〜」
蒼威がジャパン人以外が会いに行けば警戒される可能性を示唆すると、裕美は口元を引きつらせながら愛が適任だと告げる。晶姫が勢いよく自分の胸に手を当てると、レベッカが気負った彼女の頭を優しく撫でて落ち着かせ、愛が気持ちだけ受け取った。
●美咲
美咲が逗留している神社は小高い山の中腹にあり、なだらかな坂道を歩いてゆく。参道として踏み固められてはいるが、道の左右は草木が生えるに任せている。
「小源太も先に進もうと‥‥いや、ここまで帰ってきてる女性もいる!? どういう事だ?」
最後に行方不明になった少女達の家で、少女の服を借りたクロウは、その匂いを小源太に覚えさせて追跡させた。神社へ続くこの道を歩いていたが、途中で小源太が先に進もうとしたり、うろうろしたりと、迷うような仕草をする。
「神社へ行ってはいますね」
ユナはパーストの巻物を広げると、一週間前の神社の様子を見た。ギリギリ最後に行方不明になった少女達が美咲と思しき巫女に出迎えられる姿を捉える事が出来た。
しかし、パーストの巻物はMPの消費が激しい為、そう何度も過去見は出来ない。
また、レベッカは神秘の水晶球の傍らで、神秘のタロットで占いをした。その結果は晶姫の時と同じ『悪魔の正位置』。彼女自身、占いはあくまで占いであり、その結果を当てにはしていないが、こうも立て続けに悪魔のカードを引いてしまうと、今回も裏にいるのはデビルではないかと確信めいてしまう。
愛と蒼威が面会を求めると、美咲はあっさり応じた。
美咲は今日も別の村で里神楽を舞ってきており、髪を結って煌びやかな金冠を付け、白衣に桃色の袴、羽衣を纏った天女のような出で立ちをしていた。愛の方が年上だが、落ち着いた雰囲気から美咲の方が年上に感じられる。
「最近、この近辺で行方不明者の話を聞いてな。女を一人歩きさせる訳にはいくまい?」
「でも〜、女の子だけの積もる話もありますから〜、蒼威さんは〜、先にお帰り下さい〜」
護衛の蒼威を下がらせ、愛は敢えて攫われやすい状況を作る。
(「蝶が反応してます〜」)
世間話に始まり、美咲の知る尾張の秘湯や美味しい物といった話題に花を咲かせながら、愛は指に嵌めた石の中の蝶を垣間見ると、蝶が激しく羽ばたいていた。近くにデビルがいる事は間違いないだろう。
「槙原さん」
「はい〜‥‥あ‥‥ああ‥‥」
名前を呼ばれて顔を上げた愛は、いつの間にか目の前に迫っていた美咲の、爛々と赤く輝く瞳を見てしまった。
「美咲さんはいい人でしたよ〜。行方不明になった少女達の事もとても心配されていました〜」
どっぷり日が暮れるまで神社にいた愛は、外で待っていた蒼威達に、美咲が如何に素晴らしい巫女であり、行方不明になった女性達の事を憂いているか、彼女にしては珍しく捲し立てるように興奮気味に語った。
「神社の中は調べたか?」
「何もなかったですよ〜。さぁ帰って〜、道中で行方不明になっていないかどうかもう一度調べ直しましょう〜。山道ですから〜、もしかしたら落っこちているかも知れませんし〜」
愛に背中を押され、裕美達は半ば強引に神社を後にした。
「あぎゃぁっ!?」
その際、裕美が奇声を上げて転んだが、幸い誰にも見られなかったようだ。
――その夜、一人、提灯を片手に神社へ向かう愛の姿があった。
「この時間なら〜、他の人達に邪魔されずに〜、朝まで二人でゆっくり出来ますね〜」
愛を出迎えた美咲は彼女の唇を塞ぐと、そのまま深い接吻を交わしながら社務所の中へ姿を消した。
「やはりそういう事でしたか!」
そこへジーザス教の聖印を掲げたミラを始め、霊刀「ホムラ」を構えた裕美やライトニングソードを発動させた蒼威達が躍り込む。
「愛さん!? エジプトには『ミイラ取りがミイラになる』っていう諺がある けど、愛さんがそうなっちゃダメじゃない」
「石化させれば隠しやすいし、騒がれずに運べる‥‥女性が行方不明になっているのはお前の仕業か」
「姿を現しなさい、デビル! この人数で勝てると思っているの!? 愛さんを元に戻して、攫った女性達をどこに運んだのか教えなさい!!」
レオーネは美咲の傍らで、恍惚とした表情で立ち尽くす愛を象った石像を見付けた。蒼威が思い当たる、この短時間で愛の石像を作る方法は一つ。本人を原材料とし、石に変えるというものだ。
レベッカは大脇差「一文字」を逆手に構え、裕美達と美咲の半包囲をじわじわと縮め、プレッシャーを与えてゆく。だが、裕美達もデビルの憑依を解く方法がない。ミラは縄で捕縛し、寺院へ連れて行こうと考えていたが、間が悪い事に、熱田神宮が黄泉人の襲撃を受けており、冒険者達の協力が望めず、力ある神職達は応援に向かっているそうだ。
(「間が悪い? このタイミングで黄泉人‥‥本当に間が悪いだけなのでしょうか?」)
ミラは一抹の不安を感じていた。
「晶姫さん、美咲さんごとアイスコフィンで捕らえてくれ!」
「うふふ、そんな美味しい‥‥いえいえ、重要な事は晶姫さん1人だけでは大変ですわ」
クロウに言われて晶姫はアイスコフィンを唱える。公然と美女を捕らえられる口実を得たユナも、喜々としてアイスコフィンを唱えた。
晶姫のアイスコフィンに抵抗すると、美咲の身体から霧状の『何か』が姿を現す。憑依が解けた美咲は、ユナのアイスコフィンの虜となった。
「やっぱりデビルか!」
『今回はわたくしの負けを認めましょう。運びきれなかった少女達は本殿に飾ってありますわ』
クロウが霧状のデビルへシルバーナイフを投げ付けると、突き刺さった『それ』は青白い肌をした緑の黒髪の、妖艶な美女へと姿を成した。
飛んでいる以上、攻撃手段は蒼威のウインドスラッシュしかない。霧状のデビルはころころと笑うと、足下の影の中へ消えていった。
霧状のデビルの言う通り、行方不明になっていた女性達は愛同様、石化されて本殿に置かれていた。既に何処かへ運び去られてしまった女性達もいたが、それでも何人かを救えたのは僥倖だろう。
デビルの手に堕ちていた美咲はアイスコフィンに囚われたまま熱田神宮へ返され、愛は癒しを受けて生身へ戻った。
「ラクダに乗ったデビルに霧状のデビル‥‥女性達を攫って、尾張で何をしようとしているの‥‥」
事件の影に蠢くデビル達。その目的は依然として掴めず、レオーネは怒りと得体の知れない不安を覚えていた。
「さて晶姫さん、今夜は私と一緒に2人っきりで泊まりましょうね〜♪ とーっても楽しみですわ☆」
ユナはお市の方が提供した部屋に晶姫と一緒に泊まった。しばらくして晶姫の声が上がり、慌ててレベッカとレオーネが雪崩れ込んだとか‥‥。