お花見をしよう!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月15日〜04月23日

リプレイ公開日:2007年04月26日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
 ジャパン家屋が建ち並ぶ那古野城下の街並みの中に一際異彩を放つ、石造りの荘厳なカテドラルは、完成すれば京都一円で最大規模の大聖堂になるという。
 そのジーザス会とは、聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。だが、尾張ジーザス会の活動は、目下カテドラルの建造のみで、特に布教活動は行っていない。尾張に住む者の中にはジーザス教徒もおり、カテドラルの噂を聞き付けて礼拝に訪れると快く貸してくれる。その程度だ。


「機嫌が良さそうじゃな。そなたのそのような笑顔、儂は初めて見たのぉ」
「そうか? ならばあの人と冒険者のお陰だろう」
 濃姫はカテドラルの敷地内に作られたカフェテラスで、お茶を片手に、見頃を迎えた満開の桜を愛でていた。そこへ宣教師ソフィア・クライムがやってくる。
 このカフェテラスは以前、【神都騒乱】によって家財を失った京都の庶民へ義援金を送る為に行ったチャリティーバザーの際に作られたものだ。その後も撤去される事なく、カテドラルに住まう濃姫や宣教師、カテドラルへ礼拝に訪れたジーザス教徒達の憩いの場として解放されている。
 彼女が言うように、濃姫は端から見ても分かるくらいすこぶる機嫌が良かった。先日、冒険者に無理を言って知多半島の南に位置する篠島まで連れて行ってもらい、生前、虎長が日記に「素晴らしい」と評した篠島から望む夕日を、その目でしかと見たからだろう。
 虎長が暗殺された後、周囲の者は犯人探しに積極的ではなく、それが濃姫を世捨て人同然にジーザス教へ帰依させた一端にもなっている。彼女がカテドラル建造のスポンサーであるように、虎長が濃姫に残した遺産を湯水のように尾張ジーザス会へ注ぎ込んでいた。
 宣教師ソフィア・クライムも濃姫と会って以降、彼女がこんなに楽しそうにしている姿を見るのは初めてかも知れない。
「そなたで思い出したが、那古野城下のチェリーの木の下で、民がそなたと同様に花を見ておったが、これは政(まつりごと)か儀式なのか?」
「ふふ、それは政や儀式ではなく、花見という風習だ」
「ハナミ?」
「イギリスに桜があるかどうか濃は知らぬ故、花見という風習があるかどうかも分からぬが。桜の花のひと咲きは美しいが、見頃は一週間足らずと早く儚い。ジャパンでは春になるとこの儚くも美しい桜を愛でるのだ」
 宣教師ソフィア・クライムは花見を知らず、人々が桜の木の下で花を見ながら団子を食べたり、食事を採っている光景を不思議に思っていた。濃姫が説明すると合点がいったようだ。
「ハナミか‥‥カテドラルで大々的に催すのはどうじゃ?」
「カテドラルの周りにも桜の木は多いから濃は構わぬが‥‥また、どうして?」
「先程、那古野城下を歩いておったら、面白い噂を聞いたのじゃ」
「面白い噂?」
「熱田神宮の門前町に黄泉人というアンデッドが現れたそうじゃが、『熱田神宮に弔われていた平織虎長の位牌を、妻の濃姫がカテドラルへ移した為、虎長の祟りが熱田に黄泉人を呼び寄せた』、というそうじゃ」
「‥‥ふふふ、ははは、はっはっは!」
 宣教師ソフィア・クライムが先程説明を聞いたばかりの花見をカテドラルで催したいという理由を聞くと、濃姫は高らかに嗤い始める。
「妻である濃があの人の事で、他人にどうこう言われる筋合いなどない。しかし、祟りとは面白い事を言う。公家や志士より、庶民の方が未だにあの人を暗殺した犯人が捕まっていない事がどういう事か分かっているようだな」
 濃姫は愉しそうに言い捨てる。知性的で華やかな美貌だけに、得も言われぬ色気があった。
「それに熱田神宮といえば、里神楽を踊りに出掛けた巫女が女子(おなご)を拐かしているという噂もあるしのぉ」
「その言い種、まるで他人事だな?」
「ああ、カテドラルとは一切関係ない、儂にとっては他人事じゃよ。だからこそ、何人たりとも等しく門戸を開いておる尾張ジーザス会は、カテドラルを憩いの場として広く解放すべきだと思ったのじゃ」
「なるほど、珍妙な噂が立つくらい今の尾張の情勢を不安に思っている庶民を、花見を催して安息を計るのだな。儂の可愛い義妹(いもうと)市も骨を折っておるようだし、濃が那古野城下の庶民の安息くらい計っても罰は当たるまいて。ならば、花見を盛り上げる者も必要だろう」
 宣教師ソフィア・クライムの狙いを理解した濃姫はほくそ笑むのだった。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文


●生き恥を晒しても尚
「カテドラルかぁ、懐かしいな。ジャパンでこんなに大きなカテドラルが見られるとは思わなかったわ」
「完成すれば、あの那古野城より大きくなるって、ソフィアおねーさんが言ってたんだよ」
「建物の大きさで信仰心の篤さを測るのもナンセンスだけど、本格的よね。ジャパンも国際化してきたのかしら?」
「津島湊がある尾張は、国際化しやすい土地柄なのですよ〜。もっとも、これはエレ姉の受け売りですけど〜」
 尾張は那古野城下の外れに、尾張ジーザス会が建造を進める石造りの堅牢で荘厳なカテドラル(大聖堂)があった。
 エルフのバード、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)は、木造のジャパン家屋が建ち並ぶ街並みの中にあって故郷を思わせるどこか懐かしいカテドラルを、目を細めて見上げていると、魔法少女見習い(陰陽師)の慧神やゆよ(eb2295)が那古野城を指差しながら得意げに説明し始める。
 やゆよとカテドラルを預かる宣教師ソフィア・クライムは友達だ。
 津島湊は木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)を利用した貿易によって潤っている湊町だ。堺との独自の貿易ルートを確立しており、その為、貿易目的で多くの外国人が移り住んでいる。忍者の梅林寺愛(ea0927)がエレ姉と慕う姉分も、イギリスから津島町へ移り住んだその一人だ。
「桜は丁度見頃を迎えているな。この枝振りといい、植えられている位置といい、見る者を楽しませるよう計算されているようだな」
「確かにこの光景をカテドラルの人達だけで見るのはもったいないですよね」
 明王院夫妻――武道家の明王院浄炎(eb2373)とファイターの明王院未楡(eb2404)――は寄り添いながら、カテドラルの周囲を彩る桜の木をうっとりと眺めている。今は八、九分咲きといったところか。数日後には満開を迎える。
「その感想を聞けば濃姫がさぞ喜ぶのじゃ。何せカテドラルの庭は、濃姫が設計させたものじゃからな」
「!? ‥‥何であなたがここに!?」
 不意に声を掛けられ、ヴァージニアはカテドラルと桜が織り成す桜色の幻想的な光景から現実に引き戻される。女性の顔を見た途端、ヴァージニアは身構え、美しい顔を歪ませる。
「こんにちは、ソフィアおねーさん!」
「また、頑張らせて戴くのですよ〜」
「あなたが‥‥宣教師ソフィア・クライム‥‥さん、なの?」
「やゆよ、愛、よく来てくれた。ヴァージニア、久しいな」
 やゆよが元気良く彼女の腕に抱き付き、愛が被っていた市女笠を取り、ぺこりと頭を下げる。その光景に彼女が宣教師ソフィア・クライムだと分かると、ヴァージニアはきょとんとした。宣教師ソフィア・クライムは微苦笑で彼女に応える。
「また、何か企んでるんじゃないわよね!?」
(「!?」)
 ヴァージニアが鈴を鳴らしたような声で詰問すると、愛は一瞬、息を呑んだ。
「企んでいないと言えば嘘になるのぉ」
「た、確かにあなたが今回の依頼人で、その企みは花見‥‥それは良い事‥‥よね?」
「花見の良いも悪いも桜次第だと思うのじゃが?」
「ま、まぁ、それはそうなんだけど‥‥」
「ソフィアおねーさんはいい人だよ!」
「儂は過去と名を捨て、今はソフィア・クライムと名乗り、ジーザス教に帰依して、以前の償いをしておる。こうして生き恥を晒してもな‥‥」
「やゆよさんがそう言うなら‥‥それに、今のあなたを見て、その言葉を信じる事にする‥‥気にはなるけど‥‥お手伝いするわ」
 ヴァージニアと宣教師ソフィア・クライムの問答が続く。話を聞く限り、宣教師ソフィア・クライムが何かを企んでいるという感じはしない。それにやゆよが懐いているのだから、悪い人ではないだろう。


●前準備はしっかりと
 一段落したところで明王院夫妻がカフェテラスへ場所を移すと、濃姫がお茶を淹れてきた。
「‥‥美味しい! ジャパンのお茶って渋いのが多いけど、これはまろやかだわ」
「カテドラルには多くの外国人が礼拝に来るからな。その者達の口に合うよう、日々、改良を重ねておる」
 ヴァージニアの感想を聞き、濃姫は満足げに笑った。夫の平織虎長は生前、茶道を愛好しており、濃姫もその影響で茶道を嗜んでいる。
「こーんな美味しいお茶も飲めるんだし、ジーザス教を布教されるかと心配している人には、実際に来てもらってそんなところじゃない事を確かめてもらうのが手っ取り早いよね」
「だが、その実際に来てもらう事が難しいのが現状だ」
「後はやっぱり、お花見で呼び込むのが一番だと思うの。花の美しさの前には、身分も国境も宗教も、あらゆる違いはないもの。そういった事を忘れて楽しんで欲しいわ」
「じゃぁ、僕は空飛ぶ箒で、空から付近の街や村を宣伝活動するよ!」
「では私は、那古野の城下で芸の見せ物をするのですよ〜」
「愛さん、私は宣伝で歌を唄うから、一緒にしましょ」
 やゆよの提案に浄炎が難色を示したように、美味しいお茶があっても実際に来てもらわなければ意味がない。ヴァージニアが言うように、宣伝は花見に絞った方がいいだろう。
 それにはやゆよも愛も賛成し、ヴァージニアと共に宣伝方法を詰めてゆく。
「では俺は、催し物の開催時間と、カフェテラスの営儀容時間を告知する立て看板を作ろう。出演するにせよ、給仕するにせよ、働き詰めでは保たない。食事を含め、適度な休憩は必要だ」
「それに、催し物の時間を決める事でメリハリを持たせ、来客者が予定を立てやすくなりますものね」
「そういう事なら、カテドラルの前だけではなく城下町にも立てた方がいい。木材がすぐに手に入るか分からんが、手配は進めよう」
 明王院夫妻が立て看板を作る提案をすると、濃姫が木材を調達する手配を進めた。
「濃姫さんやソフィア・クライムさんに、カフェテラスで接客の一人としてお手伝いして戴きたいのですが」
「それは‥‥止めた方がいいのですよー」
 未楡の提案は、思わぬところから反対が出た。愛だ。
「濃姫は今の尾張の政(まつりごと)に関わっていないとはいえ、虎長の妻なのですよー。私達冒険者は気軽に会っていますが、領民からすればおいそれと会えない目上の人なのですよー。そういう人達に給仕されると、却って緊張して、お茶の味も分からなくなってしまうのですよー」
「‥‥確かに、愛さんの仰るとおりですね。先程の話は無かった事にして下さいな」
 主に仕える忍者と、主を持たないファイターの考えの差だが、愛の言葉はジャパンの情勢を言い表している。未楡は自分の提案を取り下げたが、宣教師ソフィア・クライムは表に出ない裏方は手伝うと返答した。


「尾張那古野の新名所、おっきくて変てこりんな建物カテドラルでお花見をやるよー♪ 美味しく珍しいお料理に、素敵な催し物、見なきゃ損そん!」
 次の日より、やゆよはフライングブルームを駆って、空から那古野城下始め、付近の町や村へ宣伝に行った。

♪桜 桜 桜
 朧に霞む春の月
 短い春の夜のひとときを 大切な人と
 はかない花の命を見届けに♪

 那古野城下では、ローレライの竪琴を爪弾きながらヴァージニアが桜をモチーフにした歌を紡ぐ。珠を転がしたような麗しき女神の美声に、道行く人は皆、足を止めて聞き惚れた。
「私の美味しいびすけっと、知りませんか?」
 すると、市女笠を深く被り、真珠のかんざしで髪を結った愛が、ヴァージニアの美声に聞き入っている女性に話し掛けた。女性が荷物を探ると、そこには見慣れぬ袋包みが。愛に促されて開けると、中にはビスケットが入っていた。

♪甘くってさくさくして香ばしくて美味しい
 そのお菓子の名前はビスケット♪

 合わせてヴァージニアがビスケットを宣伝すると、周囲から歓声が起こる。
「不安な時は笑うのが一番、お待ちしているのですよ〜」
「今宵一時、美しい桜を愛で、美味しいビスケットに舌鼓を打って楽しみませんか?」
 なかなか息の合ったコンビである。


 濃姫が急かした事もあり、木材は次の日には手に入った。
 浄炎は立て看板を十数枚作成し、カテドラル内外の見やすい場所と、那古野城下の設置可能な場所に立ててくる。
 カテドラルへ帰ってくる頃には、未楡も食材の手配を終えて下準備に取り掛かっていた。
「メイド服は手に入りませんでした。真っ先にあなたに見せたかったのですが‥‥」
「ジャパンで異国の物を手に入れようとするなら、相応の手段が必要だからな」
 浄炎を寂しそうな笑顔で出迎える未楡。彼女は食材に託けてメイド服も調達しようとしたが、叶わなかったようだ。


●カテドラルを背景にお花見
 カフェテラスの営業時間は『午前十時〜午後一時』『午後二時半〜午後四時』『午後六時〜午後九時』の三つの時間帯に分けられる。
 また、午前の部では愛の芸が、午後の部ではヴァージニアの歌が、夜の部ではやゆよの花びら占いが催される。


「こちらは欧州風の茶屋となっています。先日のチャリティーバザーで扱ったビスケットとお茶を扱っています。ジャパンのお菓子とはひと味違った風味を、桜を愛でながら味わってみては如何ですか? ビスケットはお持ち帰りもできますよ」
 カフェテラスの入り口では、未楡が客を捌いてゆく。
 彼女の狙い通り、先々月に行った京都へ送る義援金集めのチャリティーバザーでビスケットを食べ、その味を気に入った人々から口伝えに噂は広まっていたようだ。加えて、愛やヴァージニア、やゆよの、花見という庶民のお祭り気分を上手く盛り上げた宣伝も功を奏し、客足はまずまずといったところだ。
「あなた、欧州風の席へ四人をご案内下さいな」
「ビスケットは通常のものと、香草を練り込んだもの、桜の花びらを練り込んだものの数種類がある。何、初めて食べるから、どれがいいか分からない? 俺のお勧めは、やはり最初なら普通のものだな。その味に慣れてから桜の花びらを練り込んだものを食べてみるといい」
 未楡に客を任されると、茶屋の店主といった出で立ちの浄炎が席へ誘導し、注文を取る。
 ビスケットを作る際、ハーブティーといった外国の食材が手に入るかどうか懸念した未楡は浄炎に相談し、那古野近辺で採れる香草や桜の花びらを練り込む事でバリエーションを増やしていた。
「通常のビスケットと桜ビスケットが二皿ずつ、飲み物はお茶で」
 浄炎がオーダーを告げると、宣教師ソフィア・クライムは早速調理に掛かる。
「なんだか、いいお嫁さんになりそうだね!」
「これ、大人の女性をからかうでないのじゃ」
 普段からは想像も付かない、甲斐甲斐しく裏方に徹する宣教師ソフィア・クライムの姿を見ていたやゆよは、そう言わずにはいられなかった。返って来た返事は照れ隠しかも知れないが。
「ところでソフィア・クライムさん、今回の売り上げはどうなさるおつもりでしょう?」
「義援金として熱田へ送ろうと思っておる」
「熱田神宮へ?」
「向こうは黄泉人の襲撃を受けたのじゃが、冒険者の手が借りられなかったようでな。被害が出たそうだからその見舞金じゃ」
 未楡は儲けが出たら尾張ジーザス会へ納めるつもりだったが、宣教師ソフィア・クライムはそれを義援金として黄泉人の襲撃を受けた熱田神宮へ送るという。


 カフェテラスから臨めるミニステージへ、薄絹の単衣を羽織り、小面を被った愛が登場する。
 小面をずらして紅を差した口元だけ出し、微笑んで挨拶すると、高めの位置へ張ったロープへ一気に飛び乗る。
 その跳躍力に観客が驚くが、綱渡りを始め、手に持った玉を集めて桜の花びらにすり替え、舞い降らせると、拍手が湧き起こる。
「私の芸‥‥楽しんで戴けたのですよ?」
 予め用意しておいた桜の花びらを使い果たし、ふわりと音もなくステージ上へ着地して一礼する愛。拍手の音が大きくなった事が彼女の挨拶への返答だろう。

「ひ、広過ぎるのですよ〜」
「あら? こちらは宣教師専用の居住区ですから、誰もいませんわよ?」
 愛は尾張にいる間は津島町にある自分の家に泊まっているので、濃姫が用意したカテドラルの参拝者用の宿泊施設は利用していない。
 ただ、ヴァージニアの言葉に一抹の不安を覚え、心に引っ掛かっていた彼女は、カテドラルの中で出番を待っているヴァージニアを呼びに行きながら、不安を消す意味を込めて中を見学しようとしたところ、見事に迷ってしまった。
 すると、一人の宣教師が愛を礼拝堂まで案内してくれた。
「わたくしの名前、ですか? わたくしは宣教師シュタリア・クリストファと申しますわ」
「宣教師シュタリア・クリストファ‥‥あの、ありがとうですよ〜」
 お礼を言おうとして、宣教師の名前を聞いておらず言い淀んでいると、宣教師の方から名乗った。


 エンジェルドレスを纏い、天使の羽飾りを付けたヴァージニアは、カテドラル内の壁画に描かれたエンジェルがそのまま壁画を抜け出して現世へ降り立ったような、神々しく美しい姿でステージへ現れる。
「私の故郷の冒険譚を1曲、ご静聴下さい」

♪妖精と手を取りしケンブリッジ 我らが故郷
 妖精王の言葉をいただくために 我らは目指す森の湖
 湖は鏡の如く 我らを写す
 悪しきには悪しきを 善きには善きを 喜びには喜びを
 そして純粋な心には 純粋な心を持つ湖の姫が
 我らは呼びかける 守護女神ダムデュラックに
 この竪琴つま弾く時 鏡は揺れ動き女神は顕現す
 偉大なる言葉と共に アヴァロンの至宝へと導く道と共に♪

 ヴァージニアが紡ぐのは、イギリスで実際に参加した『聖杯探索』に纏わる一節だ。
 それを厨房で聴いていた宣教師ソフィア・クライムは苦笑したとか。


 トレードマークのウィッチハットと魔法少女のローブはそのままに、ローブの下に薄絹の単衣を着込んだやゆよが、濃姫達がライトアップした夜桜を楽しんでいる客のテーブルを回る。
「僕の『お花見恋占い』は、その人のところに舞い落ちた花びらで占うんだよ。あ! あなたは花びらが飲物に舞い落ちたから、恋の予感急上昇、身近な人を要チェック! だよ」
「おねーさんは花びらの色が濃いから、相手もおねーさんの事を想ってる度合い強いかも!」
「あなたは花びらがハートの形をしてるから、夫婦なら仲は円満、恋人同士なら絆は強い、独身なら気になるあの子に今日こそ告白なんだよ! そうそう、このカテドラルの夜桜の下で告白すると、その恋は成就する伝説あったりするから、お試しあれだよ!」
 このやゆよのお花見恋占いは、瞬く間に那古野城下の女性の間で噂となり、夜の部にカフェテラスへ占いをしに来る女性が増えた。浄炎達は女性達が夜出歩く分、カテドラル周辺の安全確保に努めなければならなかったが、それは嬉しい悲鳴だろう。


 カテドラルでの花見は成功を収めた。
 尾張ジーザス会に対して、まだ「ジーザス教を布教するのでは?」という懸念は残っているものの、こういったお祭りごとなら那古野の住人は足を運ぶまで、垣根は取り払われようとしていた。