瀬戸物は土が命!

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:6人

サポート参加人数:2人

冒険期間:07月10日〜07月17日

リプレイ公開日:2007年07月18日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。


「美兎(みと)と卯泉(うみ)に来客?」
「はい、月兎族を名指ししてきました」
 那古野城の中庭で、模擬刀を片手に侍達と模擬合戦をしていたお市の方を、小姓の森蘭丸が呼びに来た。
 聞けば、北西の清洲城では信忠が、南東の末森城では信行が、戦の支度をしているという。丁度田植えも終わったので、いつ合戦になってもおかしくない状況だ。
 お市の方も唯一の味方である東の守山城城主にして、おじの平織虎光と連絡を密にしつつ、合戦の準備を進めていた。
 この合戦は尾張の覇者を決めるもの‥‥【尾張統一】の予感を胸に秘めて。
 美兎と卯泉は『月兎族』と呼ばれる、知多半島のみに生息する兎の妖怪、化け兎の上位に当たる『妖兎』の姉妹だ。一見、普通の女性だが、上半身だけを覆う際どい服を纏い、髪から兎の耳をぴょこんと生やし、お尻の少し上から同じく兎のしっぽがちょこんと生えている。那古野兵に妖怪だと分からないよう、常にフード付きの外套を被っていた。
 那古野兵で二人の正体を知っているのは、お市の方と蘭丸、武将の滝川一益くらいだ。
「美兎と卯泉を名指ししてきたのだから‥‥」
「その正体、おそらくは知多半島に棲む妖怪でしょう」
「同感ね。良いわ、私も立ち合うわ」
 蘭丸の予想と自分の予想が一緒だったので、お市の方は立ち会いを希望した。


 美兎と卯泉の来客は妙齢の女性だった。煌びやかな着物を纏い、一見、良家の婦人のようにも見える。
『蛇女郎さん』
「月兎族の二人、久しぶりですわね」
 女性の姿を見た美兎が手を振ると、彼女――蛇女郎――もにこやかに微笑みながら軽く手を振り返す。
「へ、蛇女郎って、獣人の?」
「別に獲って食べようとは思っていませんからご安心下さいな、お市様」
「私の事知ってるの?」
「もちろん、那古野にも何度も訪れておりますもの」
『蛇女郎さんは良い獣人なんですよ』
「あたくしの事は、碧(みどり)、とお呼び下さいな。それが人間の名前ですから」
 蛇女郎、と聞いて、妖怪の類だと予想していたものの、一瞬身構えてしまうお市の方。正確には妖怪(クリーチャー)ではなく獣人(ビーストマン)なのだが、それはこの際置いておくとして。
 蛇女郎はお市の方の名前を告げて安心させると、美兎も大丈夫だと後押しした。
 彼女が言うように、蛇女郎(ラーミア)は人間の生活圏に近い場所に生息している獣人で、知能は高く、人語を解する者も多い。彼女もその一人だ。
『碧さんには知多半島に現れたという、『駱駝に乗った悪魔』について調べてもらっていたのです』
「駱駝に乗った悪魔ですけど、あれから何度か知多半島で見掛けたそうですわよ。妖怪達に働き掛けたり、知多半島近くの人間の集落に潜り込んでいるみたいですわね」
 『ラクダに乗ったデビル』は、尾張で暗躍していると見られる西洋のデビルだ。妖怪や熱田神宮の巫女を操って少女達を攫ったいた。攫われた少女達の行方は依然として掴めていない。
 そこで美兎は、碧の情報網に頼ったのだ。妖怪や獣人のネットワークを侮る無かれ。人間が暮らすよりも前から暮らしている土着の妖怪や獣人も少なくなく、そのネットワークはある意味、人間よりも密だ。
(「美兎に卯泉に晶姫(あき)に碧‥‥那古野のわくわく妖怪ランド化は進行が止まらないわね」)
 碧の忍者顔負けの獣人ネットワークに内心舌を巻きつつ、溜息を付くお市の方。
「最新の情報なのですけど、駱駝に乗った悪魔は瀬戸村の方で見掛けられたそうですの」
「瀬戸村!?」
 お市の方は驚く。
 ――瀬戸村。尾張の北西に位置する村だ。
 『瀬戸物』という言葉を耳にしたジャパン人も少なくないだろう。瀬戸物とは、この村で作られている陶器の事だ。瀬戸村は陶器の原料となる良質な粘土が採れる事から、茶器をこよなく愛した虎長が生前陶器の生産を奨励し、大々的に予算を注ぎ込んで窯を造っていた。
 尾張で流通している陶器の九割方は瀬戸物だ。
「じゃぁ、瀬戸村に牛頭鬼が現れたのも‥‥」
「駱駝に乗った悪魔の仕業かも知れませんね。瀬戸村の村長からは『粘土を採る鉱山の一つが占拠された』という陳情がありましたが、女性達が攫われている可能性もあります」
 お市の方は今朝方、瀬戸村の村長から牛頭鬼(ミノタウロス)退治の陳情を受けたばかりだった。いつ起こるやも知れない合戦を控えながらも、これから蘭丸と依頼内容を詰めるつもりだったが、ラクダに乗ったデビルが関わっている可能性があるとなれば、そうも言っていられない。
「それと美兎、卯泉、『あの人』が動き始めましたわよ。お二人はあまり那古野から動かれない方がよろしいのではなくて?」
『!? お姉様が!? どうして‥‥』
 碧の言葉を聞いて、卯泉の顔が蒼白に変わる。狼狽、いや、恐れているのが分かる。
「お姉様って、月兎族の長女よね?」
『はい‥‥ただ、その力はかの九尾の狐にも及びます。普段は人間社会に紛れているはずなのですが‥‥』
「ちょ!? 九尾の狐並の妖怪が、人間の中に紛れてるの!?」
 朗らかな美兎ですら、月兎族の長女の事を聞いて動揺を隠しきれない。
 だが、お市の方は、別の意味で驚いていた。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6254 メイ・ラーン(35歳・♂・ナイト・人間・イスパニア王国)
 eb2205 メアリ・テューダー(31歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9669 高比良 左京(31歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ec0843 雀尾 嵐淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ゼオン・ロッホ(ea7093)/ 井伊 貴政(ea8384

●リプレイ本文


●瀬戸街道
 『瀬戸街道』は、尾張の瀬戸村から守山城を結ぶ街道だ。
 平織虎長は茶道を嗜み、茶器を蒐集していた。どれだけ茶器に凝っていたかというと、瀬戸村で陶器作りに欠かせない良質の粘土が採れる事が分かると、陶器の窯を造って独自の陶器を作り上げた程だ。
 瀬戸村で作られた陶器は『瀬戸物』と呼ばれ、尾張で流通している陶器の九割以上を占めるようになった。
 すると今度は瀬戸街道を作り、一年を通して瀬戸物を流通させる事を可能にした。今までは那古野城や清洲城を下流域に持つ、庄内川へ注ぐ瀬戸川を使って瀬戸物を流通させていたが、川が氾濫すれば瀬戸物を運ぶ事が出来なかったからだ。
「エレ姉の言う通りなのですよ」
 韋駄天の草履を履き、瀬戸街道をひた歩く忍者の梅林寺愛(ea0927)。彼女は今、薬売りの格好をしている。
 尾張の津島湊にある実家へ立ち寄った際、義姉より「市女笠を被ってた方が目立つわよ。開き直って薬売りにでも変装しなさい」と助言を受けた。
 尾張藩内は、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行が、自分の傘下に入らない虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)へ宣戦布告し、両勢力共に合戦の準備を進めている。
 主要な街道は信行が押さえ、兵を付けて怪しい者を取り調べていた。そこへ、市女笠を深く被った女性が一人で歩いているとなれば、尚更怪しまれるだろう。
 忍者の愛からすれば、変装はお手のもの。護衛として愛犬の玩丸を連れた薬売りの少女に成り済まし、街道で何回か取り調べを受けたものの、解毒剤を見せて難なく通り抜けて瀬戸村へ入った。
「お市の方に伝えていない事はありますか?」
 村長に聞くと、案の定、牛頭鬼(ミノタウロス)に村の少女が六人、攫われていた。
 また、牛頭鬼は粘土を採る洞穴の一つを占拠した後、食事を要求していた。
 牛頭鬼を倒そうと村の青年達が立ち向かったが、全員返り討ちに遭って重傷を負ってしまった。しかも、少女達を半ば人質に取られたようなものなので、村長達は渋々従いながら、お市の方へ陳情を送ったのだ。
「牛頭鬼が現れる前後に、変わった事はなかったですか?」
 愛は尾張で暗躍しているという、『駱駝に乗った悪魔』の存在を頭の片隅に置いていたが、村長は牛頭鬼が現れた事以外、特に変わったはないと応えた。


●異文化コミュニケーション
 愛の後より尾張入りしたナイトのメイ・ラーン(ea6254)達だが、一つ困った事があった。
 メイはジャパン語を話せなかった。しかも、彼の祖国の言語スペイン語を話せる仲間もおらず、通訳として来てもらったエルフのジプシー、ゼオン・ロッホに『どうすればいい?』『待機』『ミノタウロスを攻撃』『撤退』といった最低限の合図を決めてもらい、陰陽師の酒井貴次(eb3367)達に伝えた。
 エルフのウィザード、メアリ・テューダー(eb2205)が語る牛頭鬼の強さは半端ではない。倒す為には僧兵の雀尾嵐淡(ec0843)達との連携は欠かせないからだ。
「いやはや、ジャパン語を覚える前に依頼を請けるとは、メイさんも無謀な方ですな」
『か弱いレディ達が捕まっているらしいと聞いて、居ても立ってもいられなくなってね。ナイトたる者、助け出さねば!』
「鬼は腕試しの相手にはもってこいだし、半分畜生の分際で女子を攫うとはまったくもって怪しからん!」
 ゼオンと話していた事もあったが、メイの言葉に浪人の高比良左京(eb9669)が応える。身振り手振りと顔の表情で、意外と何となく通じるようだ。


「実際に見てみないと分かりませんが、お市の方さんの話にあったラクダに乗ったデビルは、おそらくゴモリーです」
 メアリ達は一度、那古野城へ立ち寄り、お市の方に『駱駝に乗った悪魔』の正体におおよその見当を付けた。数多くいる悪魔の中でも、駱駝に乗っているのはゴモリーくらいだからだ。
 卓越したモンスターの知識を有するメアリによって、ようやく『駱駝に乗った悪魔』の手掛かりが掴めた。
 ゴモリーは悪魔の力を借りて異性の愛を得ようとする者に力を貸したり、他にも隠された財宝などの在処を知っていて、それらの情報と引き替えに魂を集めている悪魔だという。
「どちらも尾張には関係無さそうよね」
「あくまで今までのゴモリーの行動原理ですから、尾張に現れているゴモリーの目的に通じているかは分かりませんが‥‥」
「虎長の隠し財宝とかは?」
「あったとしても、虎長兄様の遺産は全部、濃姉様が“あれ”に注ぎ込んでるわよ」
 お市の方はゴモリーの知識から尾張で暗躍している目的を類推するが、どれも該当しない。
 左京が虎長の隠し財産を切り出すと、お市の方は苦笑しながら指差した。そこには巨大な尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)が聳え建っている。那古野城下の外れに建造中だが、その大きさは那古野城を越えており、城内からもその姿を見て取れた。
『祖国にもカテドラルはあるけど、あれ程の規模のものは見た事がないよ』
「あれだけのものを作っていれば、隠し財宝の線は明らかに無いですね。あ、これ、貴政さんからのお土産です」
「貴政さんは元気? 相変わらず美味しそうなどら焼きね。卯泉(うみ)、きっと喜ぶわ」
「はい、『お市様や卯泉さん達はお元気でしょーかねー。また、料理を食べて貰いたいです〜』って言ってました」
 イスパニアはジーザス教圏だ。見慣れているメイですら、その本格的な規模に目を丸くしている。
 貴次が井伊貴政から預かっていた、お手製のどら焼きを渡す。しかし、残念ながら化け兎の上位妖怪、月兎族の次女・卯泉はこの直後に現れた月兎族の長女に石化されてしまい、貴政のどら焼きを食べる機会を失ってしまうのだが。
「悪魔ついては、暗躍しているのなら、こちらが絡まなくても、いずれ向こうから絡んでくるだろう。俺達は今俺達に出来る事をしないとな」
 嵐淡が出発を促すと、お市の方に見送られて瀬戸村へ向かった。


●牛頭鬼
 愛と合流した嵐淡達は、手分けして洞穴の詳細な調査に入った。
 メアリが言うには、牛頭鬼は雄しかいない為、ヒューマノイドの女性を攫う習性がある。少女達が捕まっている事が分かった以上、もし“それ”が目的だとしたら、少女達が無事である可能性は極めて低い。時は一刻を争う。
『とはいえ、フライングブルームに無理に乗る必要はないんじゃないかな?』
 洞穴を調査しに行く嵐淡は、フライングブルームを取り出した。確かに素速く移動できるが、出るスピードや乗り降りを考えると、おそらく嵐淡が期待している程の成果は得られないとメイは止めた。
「これだけ狭い穴では、刀を自由に振るえないな」
『確か、メアリさんが囮になってミノタウロスを誘き寄せ、洞窟の外で迎え撃つという作戦だったね』
「ここはメアリが牛頭鬼を洞穴から引きずり出すのを信じるしかない」
 洞穴の大きさは約3m四方。左京の愛刀は誉れ高き名刀虎徹、彼一人で戦うなら十分かも知れないが、牛頭鬼は一人で倒せる相手ではない。
「‥‥デティクトライフフォースでこの距離から探知出来た生命力は三つ。大きさからして一つは牛頭鬼に間違いないが‥‥」
 嵐淡は渋い顔をする。洞穴に近付きすぎれば、気配を察知される恐れがあるので、洞穴の奥まで探知できなかった。


「結果が確実なものではありませんが、作戦を立てる上での目安くらいにはなるでしょう」
 貴次は愛に瀬戸村周辺の地図を作成してもらい、ダウジングペンデュラムで牛頭鬼や攫われた少女達の位置を探る。左京達が偵察に行った洞穴の奥で間違いないようだ。
 そこへメイ達が帰ってきて、牛頭鬼や人質となっている少女達の配置を報告すると、当初の予定通り、メアリが囮となって外へ誘き出す策に決まった。
「悪魔の関与も疑われますし、実際に現場付近に潜んでいる可能性もありますので、念の為にリヴィールエネミーやムーンアローを‥‥」
「誤使用に気を付けて下さい」
 貴次にメアリが注意を促す。
 魔法とて万能ではない。使用すれば術者の身体が光ったり、巻物を開く必要があるので、不用意に使用すれば相手に警戒されかねない。助け出された少女達も、貴次の行動を不審に思えばリヴィールエネミーに引っ掛かる可能性もある。
 また、ムーンアローは貴次のように便利な探知魔法として気軽に使用する者も少なくないが、本質は攻撃魔法だ。それに確実に当てる為にはより詳細な情報が必要になるので、漠然と「悪魔」だけで潜んでいる悪魔を判別できるかというと、その限りではない。
 魔法や巻物は便利だが、時と場所、場合に合った方法で使用してこそ、一人前の陰陽師と言えるだろう。


 牛頭鬼の食事を運ぶ時間になり、その役をメアリが引き受けた。
 本来なら洞穴の入口に置いておくだけだが、彼女が食事を持って洞穴へ入ると、奥から地鳴りと共に2mを越す牛頭鬼が巨大な斧を持って現れる。
(「ミノタウロスに間違いないです」)
 メアリは改めて牛頭鬼の正体を確認した。
 牛頭鬼からすれば、人質からわざわざ来たようなものだ。
 牛頭鬼が手を伸ばして食事と一緒にメアリを捕まえようとすると、彼女は一目散に洞穴の外へ駆け出す。みすみす逃すはずもなく、牛頭鬼はメアリの後を追って外へ飛び出す。どうせ、この辺りで自分に敵うヒューマノイドなどいない。
「引っ掛かったな牛頭鬼、この穴倉にはもう帰ぇさねぇぜ!」
 牛頭鬼が勢いよく洞穴から飛び出してくると、今か今かと待ちわびていた左京が、虎徹を正面より右寄せにして立てる八双の構えで牛頭鬼と洞穴の間に割って入り、退路を塞ぐ。刀とミドルシールドを構えたメイが、メアリを庇うように姿を現す。
 振り向いた牛頭鬼を睨め付けながら、左京は八双から上段、上段から大上段へ構えを徐々に変えてゆく。ところが、それを待っている程お約束が分かる牛頭鬼ではない。雄叫びと共に巨大な斧を振りかぶり、一太刀浴びせに掛かる。
『させないよ!』
 大斧の一撃をミドルシールドで受け流しつつ、刀を振るいメイ。
「左京さん、格好付けてる場合ではないです」
 メアリがプラントコントロールで足下の草で牛頭鬼の動きを束縛すると、ようやく高まる気合いが頂点に達し、奇声と共に大上段に振りかぶった虎徹を牛頭鬼目掛けて力一杯振り斬る!
 迸る鮮血! メアリが牛頭鬼の動きを束縛していなければかわされていただろう。傷つけられた痛みで怒り狂う牛頭鬼は、草の束縛を引き千切り、巨大な斧を振るった。
「効いたぜ‥‥倍返しだ!」
 左京もかわしきれず一撃で中傷を追うが、それでも返す刃でカウンターを決める。


「各々方、参るのですよ」
 牛頭鬼の意識が完全にメイ達へ向くと、纏っていた着物を脱ぎ捨て、下に着込んだ忍装束に黒子頭巾を被った愛が、嵐淡と共に洞穴の中へ滑り込む。嵐淡はフライングブルームを用意していたが、3m四方、15m程の奥行きしかない洞穴で、時速30kmの速度を出すのは自殺行為に等しく、愛にも止められた。
 抜け忍とはいえ、その身に流るるは、闇に生きる隠密の血。
(「それでも私は、この血を使ってでも自分が歩みたいと願い、探す真っ直ぐ生きる為の道を歩み続けるのですよ」)
 注意深く洞穴の奥へ進むと、粘土を採っている開けた場所へ出た。そこには少女が三人、呆然と壁に寄り掛かっていた。
「お助けに参上したのですよ‥‥もう大丈夫なのですよ」
 少女達の頬には乾いた涙の跡が、唇には血の跡があった。泣いたり、抵抗してぶたれたのだろう。今では抵抗する気力すら失われているようだ。
「攫われた少女は六人のはず‥‥お前達の他に、攫われた少女達はどこへ行った?」
 嵐淡が気付けにリカバーポーションを飲ませると、少女の一人が正気を取り戻して「影の中へ消えた」と応えた。
「なるほど‥‥欠片は全て集まったのですよ」
 嵐淡が少女二人を抱え、愛が一人に肩を貸しながら洞穴を出た。


 シャドウバインディングは抵抗されたので、貴次は巻物を開いてサンレーザーへ切り替えた。
 メアリがアグラベイションを唱えて動きを束縛すると、メイや左京も負傷する頻度が減ってくる。
 業を煮やした牛頭鬼はメアリへチャージングを仕掛けるが、彼女は高速詠唱でストーンウォールを唱え、石の壁を以て行く手を阻む。
 そこへ少女達を救出した嵐淡も加わり、ミミクリーで腕を伸ばして牛頭鬼の注意を分散させる。他の生物に化けてもよかったが、既に勝敗は喫していた。
「舐めて掛かった俺も悪かったが、あんた、半分畜生の割には強かったぜ!」
 嵐淡の作った隙にメイが斬り込み、左京が止めを刺した。


 メアリに言われた通り、貴次は物陰でリヴィールエネミーを使用してから、攫われていた少女達と会った。
「助かったわ。何をされるか分からなかったから、本当、倒してくれてありがとう」
(「中に紛れていたら厄介だと思いましたが‥‥」)
 少女の一人が彼に話し掛けるが、そういった反応はない。心からそう思っているようだ。
 また、嵐淡が三度目の正直でフライングブルームを駆って洞穴周辺の上空を飛び回り、駱駝に乗った悪魔のような存在がいるか偵察したが、こちらもそれらしき姿は見当たらなかった。
 不幸中の幸いと言うべきか、牛頭鬼に攫われた少女達は乱暴を働かれる事はなかった。せいぜい、泣き叫ぶのを黙らせる為に殴られた程度だった。
「しかし、牛頭鬼を唆した黒幕が、『駱駝に乗った悪魔』なのかもしれないのですよ」
 攫われた少女のうち三人は『影に吸い込まれて消えた』と、救出された少女の一人が話した。
 瀬戸村を襲わせて少女達を攫わせたり、食事を運ばせたりと、牛頭鬼に入れ知恵をしていたのが『駱駝に乗った悪魔』の可能性は高いと愛は踏んでいた。
 それでも、三人の少女達を攫われる前に救い出せたのだから、良しとすべきか。
「‥‥待って下さい、嵐淡さんのデティクトライフフォースで探知できたのは、“2人”ですよね? ゴモリーは魅了と言霊で人を操ると言います‥‥」
「やられた‥‥!」
「でも、リヴィールエネミーには引っ掛かりませんでしたよ!?」
「悪魔が牛頭鬼を利用していただけなら、俺達が退治しても喜ぶだろうさ」
 攫われた少女二人も、もう一人の少女に違和感を持っていなかったが、もしゴモリーが化けていて、魅了されていたとしたら‥‥。
 既に貴次と会話を交わした少女の姿は瀬戸村にはなく、メアリの予想が的中した事に、ヒーリングポーションとリカバーポーションで傷を癒した左京が拳を地に打ち付ける。
 貴次のリヴィールエネミーに引っ掛からなかったのも、嵐山が言うように悪魔が敵愾心を持っていなければ納得がいく。
「少女達を攫って、何をしようとしているのですよ‥‥」
 愛達冒険者の活躍で瀬戸村は平穏を取り戻した。村長や村人達は喜び、青磁茶碗や素茶碗を贈った。
 しかし、駱駝に乗った悪魔の暗躍が終わった訳ではなかった。