【尾張統一】鳴海城攻城戦
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:7 G 21 C
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:07月16日〜07月24日
リプレイ公開日:2007年07月27日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
――清洲城。生前の平織虎長の居城であり、尾張平織家の本拠地だ。
尾張の政治と経済の中心であり、城下町には人と物が溢れ、行き交っている。
虎長亡き後、息子の平織信忠が城主に就いたが、実際に実権を握っているのは虎長の弟、信行だった。
お市の方は信行に喚ばれ、武将の滝川一益を連れて清洲城へ登城した。城主の間へ通されると、座敷の上座には信忠が座り、その横に信行が侍っている。下座には信行に与する尾張平織家の面々が勢揃いしていた。
(「市様のお味方は、虎光様と丹羽殿のみ‥‥まさに四面楚歌でござるな」)
一益は錚々たる面子を見遣り、その中で唯一、虎長の死後、一貫して尾張平織家の藩主にお市の方を支持している守山城城主・平織虎光とその配下の武将・丹羽長秀の姿を見付ける。
「市、そなたは水無月会議の席で、安祥神皇様の前で、清洲を返上すると発言したそうだな。清洲は亡き兄の領地であり、今は正当な後継者信忠のものぞ。それをそなたの一存で決めるとはどういう事だ」
(「やはりあの発言を糾弾しに来たでござるか」)
一益は内心舌を巻く。信行の狙いは、尾張平織家の一族郎党の前で、先の『水無月会議』の席で、お市の方が安祥神皇に「清洲を返上する」と発言した事を糾弾し、あわよくば那古野城を取り上げようという腹積もり、と読んだ。
「その発言通りの意味です、信行兄様」
お市の方はあくまで冷ややかに信行の目を見ながら応える。
「ほぉ、尾張平織家の藩主でもないのに、自身の持たない領地を返すと神皇様に口約束した、と申すのだな?」
「口約束ではありません。長州藩が京一円に領地を欲するのであれば、清洲を安祥神皇様にお返しし、安祥神皇様を通じて長州藩へ渡すのが筋かと」
「では、信忠とその家臣に路頭に迷えと申すのだな? 酷な事を進言したものだ」
「その時は那古野でも代替地を用意します」
「しかし那古野は、濃姉上からの預かりものではないか。そなたの正式な領地ではあるまい」
駆け引きにおいては虎長の補佐を務めた信行の方が一枚上手だ。
「‥‥今は誰の領地等と言っている時ではありません。水無月会議に参加して分かりましたが、此度の長州藩や五条の宮様の乱の責の一端は、私達尾張平織家にもあるのですよ!?」
お市の方は、すっくと立ち上がる。
「五条の宮様の乱の責の一端が尾張平織家にもある!? 何寝惚けた事を言っている!」
「寝惚けているのは信行兄様とこの場にいる尾張平織家一族です!!」
いきり立つ信行に、お市の方は一族郎党を睨め付けながら見渡す。
「今、ジャパンの安泰は崩壊しつつあります。京一円の藩が利権を争っている時ではありません」
「だからこそ、尾張平織家が今一度、京都守護職の座に就き、安祥神皇様様の下、ジャパンの安泰を‥‥」
「その『尾張平織家が京都守護職に就く』というさも当然の傲慢な考えが、長州藩の叛乱を招いたと何故お気付きにならないのです!!」
お市の方は信行を指差す。
「尾張の中ばかり見ていては駄目です。江戸では源徳家康が奥州藤原氏に江戸城を攻められて三河へ戻ってきていますし、安祥神皇様も神器を獲られ、五条の宮様は神皇を名乗られておられる‥‥これだけジャパンが混迷をきたしているのなら、安祥神皇様様の御許にもう一度皆が集って安泰に尽力すべき時に来ていると私は思うのです!!」
「‥‥」
「京都一円の藩は利害に関係なく、安祥神皇様を御護りし、盛り立てるのが務め。尾張平織家はその一翼として、京都守護職など関係なく、今一度安祥神皇様の剣となり盾となり、一番に馳せ参じ、御護りする立場にあるのです! その為でしたら領地の一つや二つ、喜んで差し出すべきではないでしょうか!?」
信行は唸るだけで返答しない。他の尾張平織家の面々も雑談に騒がしい。
「はっはっは! 京都守護職に就く意味すら理解せず、己の利害ばかり追い掛けているお前達は一本取られたようじゃな。儂は市のこの一途な漢気に惚れ込んでおる。悪いが今まで通り信行や信忠に付く気は毛頭ない。市、一益殿、長秀、帰るぞ」
「虎光おじさま‥‥はい」
孤立無援のお市の方に、高笑いと拍手が降り注ぐ。虎光も立ち上がると、お市の方と一益、長秀と城主の間を後にしたのだった。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
数日後、お市の方の元へ信行と信忠の連名で書状が届いた。内容はもちろん宣戦布告だ。
お市の方は悔しそうに書状を握りしめた。
「物見の報告では、清洲城を出た信忠様の軍勢はおよそ五百。そのほか、鳴海城より五十程、那古野へ向かってきています」
早速、那古野城にて軍議が開かれた。
「那古野を北と東から挟撃する策か」
「それだけではありません。末森城より信行様の軍勢が三百程、守山城へ向かったとの報告もあります」
「ううむ、守山城も同時に攻め落とす策か‥‥信行様も本気、という事だな」
一益が物見から報告を伝えると、小姓・森蘭丸の父、森可成(よしなり)が唸る。少なくとも守山城の虎光からの援軍は期待できないし、こちらも守山城へ援軍を送る事は出来ない。
「大聖堂がある以上、那古野には手を出して来ないと算段していましたが、裏目に出ましたね」
カテドラルには濃姫が住んでいる。虎長の妻の住処へ手を出さないと一益達は高を括っていたのだ。
逆に那古野側はカテドラルを始めとした城下町を戦火に巻き込まないよう、城の外で防衛戦を行わなければならない。
「だけど、好機でもあるわ」
お市の方は地図を指差した。
「鳴海城は一万石。五十人の兵を出したとしたら、守りの兵は五十人程度よ。那古野から百五十人程出せば、攻め落とせない事はないわ」
「確かにそうですが、当方の兵も五百人。そこから百五十人出せば、三百五十の兵で五百五十の兵を防ぐ事になります」
「鳴海城を落とせれば、山口教継の兵五十は降伏するでしょう。志気が下がれば何とか持ち堪えられるはずよ」
お市の方の大胆な策に、可成は異論を唱える。
「志気を下げる役、尾張ジーザス会も協力しよう」
「濃姉様!?」
滅多に登城しない濃姫が、軍議の場に現れた。
「尾張ジーザス会から軍鑑を派遣しよう。尾張ジーザス会が那古野軍の戦いを『聖戦』と認めれば、少なくともジーザス教徒の世論は那古野側に付くはずだ」
「それはありがたいですけど‥‥」
「なに、濃も市と同じだ。あの人の思い出の残るこの地を戦火で汚されたくないのでな」
(「それでしたら信行兄様を説得して下さい」)
今更という気がしないでもないが、尾張ジーザス会か味方をしてくれるというのならそれはそれでありがたい。と、お市の方は思う事にした。
軍議の結果、那古野城は三百五十の兵でお市の方と可成・蘭丸親子が、守山城は三百の兵で虎光・長秀が守る事になり、一益が百五十の兵を率いて鳴海城を攻める事になった。
●リプレイ本文
●予期せぬ再会
浪人の龍深城我斬(ea0031)達が那古野城へ入城すると、鳴海城攻めの兵百五十人は出陣の準備を整えており、総大将の滝川一益(たきがわ・かずます)と、尾張ジーザス会より軍監の宣教師シュタリア・クリストファが紹介された。
「私が滝川さんを護衛しますね。護衛、といっても、戦場の状況把握の為に飛び回らせてもらいますけれど」
「身軽なレディス殿でしたら適任でござる。よろしくお願い申す」
シフールの心理カウンセラー、レディス・フォレストロード(ea5794)が挨拶をすると、一益も笑顔で返す。
「シュタリア‥‥『クリストファ』だと!? ‥‥お前、アヴァロンへ旅立ったんじゃないのか!?」
「色々と訳ありでね。今は自戒の意味を込めてアイツの名を名乗り、尾張ジーザス会に身を寄せているの」
ファイターのアラン・ハリファックス(ea4295)は聞き覚えのある姓に、「まさか」と思ったが、紺の鎧に身を包み、宣教師というより神聖騎士の装いの宣教師シュタリアは、彼の良く知る人物だった。その顔形、声、どれを取っても彼女である。
「合戦の前に事を荒立てるのも何だし、いずれ、その辺りはじっくり聞かせてもらおうか」
「『安祥神皇様の御許にもう一度皆が集って安泰に尽力すべき』というお市様の願いは、斎王様配下“五節御神楽”の目的にも沿います。いつか、お2人が協力して民の為に戦う日が来れば嬉しいです」
「伊勢神宮の斎王様とは面識はないけど、私の幼馴染みで熱田神宮の姫巫女、藤原神音から話は聞いているわ。セリア達をお使わし戴けたのだもの、尾張を統一した暁には斎王様の御拝顔を賜らないとね」
神聖騎士のセリア・アストライア(ea0364)は神聖騎士の礼ではなく、“五節御神楽”の礼を取る。
「こんちは〜♪ 宣言通り遊びに来たよ〜♪」
「遊びにって‥‥まぁ、ミネアらしいけど」
これから合戦だというのに、物怖じ一つせず、いつも通りカラカラと笑顔のファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)。
「お約束通り、駆け付けました。微力ながらこの度に合戦、私の力をお貸しします。お市さんの為に」
「あ、ありがとう。でも、私の為ではなく、ジャパンの未来の為に、ね」
浪人の槙原愛(ea6158)はいつもの間延びした口調ではなく真面目な口調で、お市の方こと平織市(ez0210)の前に跪き誓う。
「お堅い事は言いっこなしだ。確かにお市の方は後のジャパンの平和の為に尾張を統一したいかも知れないが、俺も、この場にいる全員も、お市の方の為に駆け付けたんだ」
「そうです、市様の夢を実現する為の私達です」
「そう、京の平和の為に重大な決断をなされた、お市の方を護る事が、後の京の平和へと繋がるのですから」
我斬が、ウィザードのジークリンデ・ケリン(eb3225)が、ナイトのルーラス・エルミナス(ea0282)が、口々に『ジャパンの平和の為』ではなく、目の前の『お市の方の為』に馳せ参じたのだと返す。
「以前一度だけの縁ですが、お市さんの危機と聞いては協力しない訳にはいきません。ですから、お市さんも無理はしないで下さいね」
「みんな‥‥ありがとう。ごめん、市、やっぱり無理してるかな」
「総大将はどっしりと構えてるモンだぜ」
「あ、うん‥‥この初戦、何としても勝つ! そして生きて那古野へ帰ってきてね!」
「「「「「「「「「おー!」」」」」」」」」
流石は心理カウンセラー、レディスはお市の方が良き総大将であろうと、理想論を唱え、無駄な気負を「無理しないように」と窘める。お市の方は地が出ると自身を「市」と呼ぶが、それがポロッと出たという事は、無駄な気負いが無くなった表れだろう。
腕を組むアランに横柄に言わながら、お市の方が出陣の音頭を採った。
●そして戦端は開かれる
「城攻めか、こういう経験は中々無いもんだが‥‥さて、どう攻めてみるかね?」
「お市の方はおそらく、『攻者三倍の法則』に則って、私達に150名もの兵を割いたのでしょう」
一益と鳴海城の概略図を囲みながら、我斬達は策を練っていた。
ルーラスの言う『攻者三倍の法則』とは、合戦において拠点を攻め落とす場合、攻撃側は防御側の三倍以上の兵力を必要とする兵法の考え方だ。
鳴海城の残存兵力は約五十人、那古野軍は百五十人。攻められる那古野から四分の一もの兵力を割いたのも、お市の方が鳴海城を落としたいという意思表示だろう。
愛が軍議を取り纏めた結果、突撃(我斬・セリア・愛)、遊撃(ミネア・ジークリンデ)、援護(ルーラス)、護衛(アラン)の四つの部隊を編成し、それぞれに百五十の兵を分配した。
「ヘルムヴィーゲはいい子ですよ。この凛々しい姿は、私の祖国イギリスでよく紋章の意匠に使用されます」
「ヴィゾフニルは霊鳥です。その霊験灼(あらた)かな羽根を私達遊撃隊の認識の証としましょう」
グリフォンは本来、ジャパンに生息していないモンスターだ。セリアやルーラスは配下に紹介して慣れてもらっている。一方、スモールホルスはジャパンでも霊鳥として知られており、ジークリンデは抜けた羽根を配下に配り、兜や鉢金に付けて識別の証とした。
「見た目より頼りになるんだぞ」
我斬も我蘭を紹介したが、忍犬はジャパンでもお馴染みだ。
「一時的にだが、お前達は俺の指揮下だ。だから死ぬ程戦え、でも死ぬな」
アランは配下の足軽隊十五人にリカバーポーションを配り、小隊長に旗手としてドラゴンバナーを持たせた。また、進軍中は足軽達と同じ場所で寝食を共にし、親交を深めてゆく。
「大分、広まったみたいですね」
「市様が兵を向けた事は、鳴海軍の物見も見ているでござろう。こういう時程、流言飛語が錯綜するのでござる」
レディスと一益は鳴海城近辺で、『那古野軍は伊勢で開発された埴輪を、秘密兵器として用いるらしい』といった噂を流してきた。
いよいよミネア達の前に、朝霧が晴れたばかりの鳴海城が姿を表し始める。
鳴海城はなだらかな丘陵の西に建つ、東西138m、南北62mの、長方形の城郭を持つ城だ。南は絶壁となっており、三方を空堀と城壁を巡らし、城壁の前には土嚢が積み上げられている。
ルーラスがエアグライドを駆り、ジークリンデがテレパシーの巻物を使用すると、ヴィゾフニルが彼と共に飛び立つ。
「城門は閉じているようですね。城内には‥‥弓兵でしょうか」
中弓(ミドルボウ)の射程距離は60m。矢が届かない高い位置からの城内の偵察となると、兵種は大凡しか分からなかった。ヴィゾフニルも同様だ。
「弓兵のみでござるか‥‥騎馬隊が配置されていないのが気掛かりでござる」
「伏兵という策も考えられますね」
「だったら、伏兵ごと敗っちゃえばいいだけだよ!」
「でござるな」
「それでは、それぞれの部隊が自分に出来る精一杯の事を行い、この合戦に勝利しましょう」
ルーラスとヴィゾフニルが返ってくると、物見の様子が報告される。
鳴海城の留守を預かる山口九郎二郎は騎乗を得意とし、尾張でも数少ない騎馬隊を指揮している。その主力部隊の姿がない事が腑に落ちない一益に、愛は伏兵の策ではないかと予想を立てる。
ミネアの一言で鳴海城の攻撃準備が始まった。
●鳴海城攻城戦
「私達が一刻も早く鳴海城を落とせば、那古野戦線の鳴海兵は降伏し、那古野は楽になります。この戦いの鍵は私達、奮戦を期待します」
「この城を分捕れなきゃ、お市の方は窮地に置かれる。まだ20の娘っ子が、だ。あんな娘死なせたら漢の名折れだ、地獄行きだぜ。なぁ? おい」
セリアとアランが兵を激励し、士気が十分に高まったところで一益が出陣の指示を出した。
ヘルムヴィーゲに跨ったセリアと愛が先頭に立ち、五十人もの侍が鳴海城の城門目掛けて突撃する!
すると、城内から矢が雨霰と降り注ぐ。
「さあ、野郎ども! この戦、俺達特殊工作戦闘兵団“我斬団”の仕事っぷりで大勢が決まるぞ。気合い入れて行くぜ!!」
後詰めの我斬が配下の三十人の足軽隊に指示を出すと、そのうち十人が矢避けを構えて最前線へ躍り出た。完全に防げた訳ではないが、突撃に支障はない。
援護隊のルーラス率いる弓兵三十人と、一益が率いる弓兵が援護射撃を行う。矢は城内へ吸い込まれたが、第二射、第三射と放たれる。
矢避け構えた足軽達が盾となり、ようやく空堀へ到達した。我斬は今度は橋板を持たせた十五人の足軽に指示を出して橋を架けさせ、自分は矢避けを持つ足軽と共に彼らの防衛に当たる。雨霰と降り注ぐ矢はリュートベイルでも防ぎきれるものではなく、我斬も傷を負うが、それでも橋が架かった。
掛け声を合わせて、愛が直刀を、セリアがヘルムヴィーゲを突撃させながらクレイモアを城門へ振るう。破砕音と共に城門が破壊された。
「セリアさん、お互い、無事に生還する事を祈ります。では‥‥!?」
愛が城内へ雪崩れ込もうとしたその時、馬達の嘶きが彼女の耳に飛び込んできた。
城門の前に騎馬隊が配置されていたのだ!
「他の隊なんかに遅れを取らないでね! ミネア達遊撃隊が、大将の首を取る!!」
我斬団が空堀に橋を架け始めた頃。
ミネアとジークリンデ率いる奇襲隊十人の侍は、鳴海兵の意識が南側へ集中したと踏むと、東側の空堀近くへ移動する。
ジークリンデがアースダイブの巻物を開いて自身に付与し、地面に潜行して空堀を越えて城壁に到達すると、案の定、最低限の見張りがいた。
彼女はスリープの巻物を開いて見張りを眠らせると、続けてストーンウォールの巻物を開いて石の壁を作り、それを倒して堀に橋を架ける。
ミネア達が全員渡ると、今度はウォールホールの巻物を取り出して、城壁に穴を空ける。
するとジークリンデは貧血を起こしたようにふらつき、ミネアが身体を支える。彼女は本日三つ目となるソルフの実をかじった。この前にも遊撃隊全員に超越インフラビジョンを付与しているので、魔力の消耗が激しい。
「1人、ジークリンデ姉ちゃんに付いててもらえるかな?」
「いえ、私にはヴィゾフニルがいますから‥‥」
「分かったよ、ミネアに続け!!」
ミネアはその場にジークリンデを残すと、本丸へ雪崩れ込む。
鳴海城の上空を旋回し、山口九郎二郎らしき姿を見付けているルーラスのエアグライドの背に、総大将の位置を示す旗は立っていない。まだ山口九郎二郎は見付かっていないようだ。
那古野城攻めに兵を出し、城壁の前で防衛に兵を使っているので、本丸の中はがらんとしている。
それでも鳴海兵は侵入してきたミネアを見付けると斬り掛かり、彼女は楽しそうに笑いながら切っ先を太刀で受け、返す刃で斬り付ける。騒ぎを聞き付けて弓兵がやってくると、ミネアは先程斬り付けた侍の陰に隠れて盾代わりにし、小柄な体型を活かしてそのまま接近すると、にっこりと満面な笑みを浮かべながら弓兵の喉笛を斬り裂いた。
返り血を浴びながら愉しそうに微笑むミネアの姿に、味方である那古野兵も、鬼女を見たかの如く戦慄したと後に語っている。
「一益さんの護衛から離れるのは少し申し訳ない気もしますが、戦力の正面衝突で私はあまり役に立てませんし」
ミネア達とは別の行程で、レディスも鳴海城内へ侵入していた。彼女は正門が破られた混乱に乗じて、見張りしか立っていない西側から飛んで城内への侵入に成功したのだ。
ミネアが本丸で一暴れする事は聞いていたので、彼女を囮にして戦闘を避けつつ、天井や換気の為の欄間といった人の目に止まり辛い高い場所を移動し、気配を感じると隠身の勾玉を使って自身の気配を消しながら、屋敷の中を探索する。
(「この部屋は人の出入りが激しいですね」)
そこには胴丸鎧を纏った若武者と数人の侍が、報告を受けて何やら話し合いをしている。
(「あの男の人が‥‥山口九郎二郎さん?」)
一益から聞いた山口九郎二郎の人相と若武者の人相は酷似した。また、戦況を告げに来る侍達がいちいち一礼を取るところを見ると、彼が総大将で間違いなさそうだ。
なるほど、指揮を執る山口九郎二郎は、本丸ではなく城門に近い自分の屋敷に詰めていたようだ。
レディスは逃げ道を確認すると、一益から借りた呼子笛を吹いた。甲高い笛の音が屋敷中に鳴り響く。
山口九郎二郎達はここまで那古野兵が侵入したのだと察すると、それぞれの得物を持って外へ駆け出してゆく。
「馬で逃げられたら追いつけませんね。トガリ!」
位置を特定し続けたいレディスはトガリを呼び、くわえてもらいながら山口九郎二郎の後を追った。
愛とセリアの目の前で地面からマグマの炎を吹き上がり、城門の屋根を粉砕する。それは丁度、チャージングを掛けようとしていた騎馬隊の先頭を吹き飛ばし、出鼻を挫いた。
見れば城壁の一角に、小火と思しき煙が立ちこめている。ジークリンデが専門ランクのマグナブローで騎馬隊に奇襲攻撃を仕掛けた後、初級ランクのスモークフィールドで自身の姿を覆い隠したのだろう。
だが、セリアと愛が体勢を立て直し、伏兵である騎馬隊に反撃を仕掛けるには十分な時間が稼げた。
我斬団の残り五人の足軽が長柄槍を構えて騎馬隊に突撃し、二十六人と二十四人の侍を率いた愛とセリアが雪崩れ込み、左右から騎馬隊を挟撃する。
突進力のある騎馬隊だが、接近戦に持ち込まれてはその利点が活かせない。
「ご夫人を護るのは、騎士の務めです」
レディスの呼子笛の音を聞いたルーラスは、エアグライドを急降下させてスモークフィールドが立ち込める辺りへ行き、その奥で疲弊していたジークリンデをその背に乗せた。
「来るぞ戦友! 来るぞ風竜(ウイバーン)共! 旗手、竜旗を掲げろ! 仕事の時間だ!」
西の方から数騎の騎馬が出てくると、アランはすぐ足軽に横陣を組ませ迎撃体制を整える。一益も弓隊に指示を出す。
「あれは‥‥山口九郎二郎殿でござる。レディス殿も追跡しているでござる」
「了解だ。よくぞあの囲みを破って俺の眼前に立った! だがしまいだ!」
十四人の足軽達は騎馬隊を戦い、アランの深紅に輝く魔法の槍が山口九郎二郎の騎馬を倒し、彼は落馬する。
「いずれ、お市の方の兵になる連中だ。無駄に殺す事は無い」
お市の方の許しの旨を記した書状を見せて説得すると、山口九郎二郎は投降した。
「那古野へ戦勝報告に行くなら、山口九郎二郎の首を落として持っていった方が、見せしめになるし士気もがた落ちだと思うんだけどな〜」
「まぁまぁ、ミネア殿。合戦はまだ始まったばかりでござるから、手柄を立てる機会はあるでござるよ」
総大将を自分の手で倒せなかった事が悔しいのだろう。ミネアを一益が窘める。
一益達に鳴海兵の武装解除を任せ、セリアはヘルムヴィーゲを駆って鳴海城を落とした事を報告に急ぐのだった。
余談だが、アランは報酬としてお市の方から陶器に用いる蒼い染料をもらい、蒼き運命試作1号機の全身に塗ったという。