【尾張統一】守山城防衛戦

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 94 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月15日〜07月23日

リプレイ公開日:2007年07月24日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。


 ――清洲城。生前の平織虎長の居城であり、尾張平織家の本拠地だ。
 尾張の政治と経済の中心であり、城下町には人と物が溢れ、行き交っている。
 虎長亡き後、息子の平織信忠が城主に就いたが、実際に実権を握っているのは虎長の弟、信行だった。


 お市の方は信行に喚ばれ、武将の滝川一益を連れて清洲城へ登城した。城主の間へ通されると、座敷の上座には信忠が座り、その横に信行が侍っている。下座には信行に与する尾張平織家の面々が勢揃いしていた。
(「市様のお味方は、虎光様と丹羽殿のみ‥‥まさに四面楚歌でござるな」)
 一益は錚々たる面子を見遣り、その中で唯一、虎長の死後、一貫して尾張平織家の藩主にお市の方を支持している守山城城主・平織虎光とその配下の武将・丹羽長秀の姿を見付ける。
「市、そなたは水無月会議の席で、安祥神皇様の前で、清洲を返上すると発言したそうだな。清洲は亡き兄の領地であり、今は正当な後継者信忠のものぞ。それをそなたの一存で決めるとはどういう事だ」
(「やはりあの発言を糾弾しに来たでござるか」)
 一益は内心舌を巻く。信行の狙いは、尾張平織家の一族郎党の前で、先の『水無月会議』の席で、お市の方が安祥神皇に「清洲を返上する」と発言した事を糾弾し、あわよくば那古野城を取り上げようという腹積もり、と読んだ。
「その発言通りの意味です、信行兄様」
 お市の方はあくまで冷ややかに信行の目を見ながら応える。
「ほぉ、尾張平織家の藩主でもないのに、自身の持たない領地を返すと神皇様に口約束した、と申すのだな?」
「口約束ではありません。長州藩が京一円に領地を欲するのであれば、清洲を安祥神皇様にお返しし、安祥神皇様を通じて長州藩へ渡すのが筋かと」
「では、信忠とその家臣に路頭に迷えと申すのだな? 酷な事を進言したものだ」
「その時は那古野でも代替地を用意します」
「しかし那古野は、濃姉上からの預かりものではないか。そなたの正式な領地ではあるまい」
 駆け引きにおいては虎長の補佐を務めた信行の方が一枚上手だ。
「‥‥今は誰の領地等と言っている時ではありません。水無月会議に参加して分かりましたが、此度の長州藩や五条の宮様の乱の責の一端は、私達尾張平織家にもあるのですよ!?」
 お市の方は、すっくと立ち上がる。
「五条の宮様の乱の責の一端が尾張平織家にもある!? 何寝惚けた事を言っている!」
「寝惚けているのは信行兄様とこの場にいる尾張平織家一族です!!」
 いきり立つ信行に、お市の方は一族郎党を睨め付けながら見渡す。
「今、ジャパンの安泰は崩壊しつつあります。京一円の藩が利権を争っている時ではありません」
「だからこそ、尾張平織家が今一度、京都守護職の座に就き、安祥神皇様様の下、ジャパンの安泰を‥‥」
「その『尾張平織家が京都守護職に就く』というさも当然の傲慢な考えが、長州藩の叛乱を招いたと何故お気付きにならないのです!!」
 お市の方は信行を指差す。
「尾張の中ばかり見ていては駄目です。江戸では源徳家康が奥州藤原氏に江戸城を攻められて三河へ戻ってきていますし、安祥神皇様も神器を獲られ、五条の宮様は神皇を名乗られておられる‥‥これだけジャパンが混迷をきたしているのなら、安祥神皇様様の御許にもう一度皆が集って安泰に尽力すべき時に来ていると私は思うのです!!」
「‥‥」
「京都一円の藩は利害に関係なく、安祥神皇様を御護りし、盛り立てるのが務め。尾張平織家はその一翼として、京都守護職など関係なく、今一度安祥神皇様の剣となり盾となり、一番に馳せ参じ、御護りする立場にあるのです! その為でしたら領地の一つや二つ、喜んで差し出すべきではないでしょうか!?」
 信行は唸るだけで返答しない。他の尾張平織家の面々も雑談に騒がしい。
「はっはっは! 京都守護職に就く意味すら理解せず、己の利害ばかり追い掛けているお前達は一本取られたようじゃな。儂は市のこの一途な漢気に惚れ込んでおる。悪いが今まで通り信行や信忠に付く気は毛頭ない。市、一益殿、長秀、帰るぞ」
「虎光おじさま‥‥はい」
 孤立無援のお市の方に、高笑いと拍手が降り注ぐ。虎光も立ち上がると、お市の方と一益、長秀と城主の間を後にしたのだった。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
 数日後、お市の方の元へ信行と信忠の連名で書状が届いた。内容はもちろん宣戦布告だ。
 お市の方は悔しそうに書状を握りしめた。


「物見の報告では、清洲城を出た信忠様の軍勢はおよそ五百。そのほか、鳴海城より五十程、那古野へ向かってきています」
 早速、那古野城にて軍議が開かれた。
「那古野を北と東から挟撃する策か」
「それだけではありません。末森城より信行様の軍勢が三百程、守山城へ向かったとの報告もあります」
「ううむ、守山城も同時に攻め落とす策か‥‥信行様も本気、という事だな」
 一益が物見から報告を伝えると、小姓・森蘭丸の父、森可成(よしなり)が唸る。少なくとも守山城の虎光からの援軍は期待できないし、こちらも守山城へ援軍を送る事は出来ない。
「大聖堂がある以上、那古野には手を出して来ないと算段していましたが、裏目に出ましたね」
 カテドラルには濃姫が住んでいる。虎長の妻の住処へ手を出さないと一益達は高を括っていたのだ。
 逆に那古野側はカテドラルを始めとした城下町を戦火に巻き込まないよう、城の外で防衛戦を行わなければならない。
「だけど、好機でもあるわ」
 お市の方は地図を指差した。
「鳴海城は一万石。五十人の兵を出したとしたら、守りの兵は五十人程度よ。那古野から百五十人程出せば、攻め落とせない事はないわ」
「確かにそうですが、当方の兵も五百人。そこから百五十人出せば、三百五十の兵で五百五十の兵を防ぐ事になります」
「鳴海城を落とせれば、山口教継の兵五十は降伏するでしょう。志気が下がれば何とか持ち堪えられるはずよ」
 お市の方の大胆な策に、可成は異論を唱える。
「志気を下げる役、尾張ジーザス会も協力しよう」
「濃姉様!?」
 滅多に登城しない濃姫が、軍議の場に現れた。
「尾張ジーザス会から軍鑑を派遣しよう。尾張ジーザス会が那古野軍の戦いを『聖戦』と認めれば、少なくともジーザス教徒の世論は那古野側に付くはずだ」
「それはありがたいですけど‥‥」
「なに、濃も市と同じだ。あの人の思い出の残るこの地を戦火で汚されたくないのでな」
(「それでしたら信行兄様を説得して下さい」)
 今更という気がしないでもないが、尾張ジーザス会か味方をしてくれるというのならそれはそれでありがたい。と、お市の方は思う事にした。

 軍議の結果、那古野城は三百五十の兵でお市の方と可成・蘭丸親子が、守山城は三百の兵で虎光・長秀が守る事になり、一益が百五十の兵を率いて鳴海城を攻める事になった。

●今回の参加者

 ea0517 壬生 桜耶(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea9032 菊川 旭(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0862 リノルディア・カインハーツ(20歳・♀・レンジャー・シフール・イギリス王国)
 eb1525 アルブレイ・ハイアームズ(33歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3111 幽桜 虚雪(31歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb5817 木下 茜(24歳・♀・忍者・河童・ジャパン)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9091 ボルカノ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●リプレイ本文


●下準備
「守山城、と聞いていたけど、城というよりは砦だね。その分、実用的な造りのようだけど」
 ハーフエルフのナイト、アルブレイ・ハイアームズ(eb1525)の守山城を見た第一印象だ。
 平山城で規模も東西約58m、南北約51m、天守閣もなく、城主・平織虎光の御殿があるだけだ。しかし、アルブレイが提案した城の四隅の見張り台は、元々板張りの櫓が設置されており、弓矢の攻撃に対して耐えられる構造になっている。
「守山城はこの地に建っている事に意味があるのじゃ。それにのぉ若いの、ジャパン男児たる者、一国一城の主に憧れるものじゃ」
 出迎えた虎光は、アルブレイの感想に腹を立てた訳ではなく、志士の壬生桜耶(ea0517)と菊川旭(ea9032)へ子供のように悪戯っぽく笑い掛ける。齢五十余の、笑顔が素敵なおじさまだ。
「一国一城の主、という言葉は甘美な響きがあります。ですが、それは民あってこそです。主君は民が安心して暮らせるよう、一国の平和を守る義務があります。内輪揉めをしている場合ではないと思うんですけどね」
「確かに桜耶殿の申す通りだが、俺は少なくとも信行殿の、濃姫様の亡き虎長様への想いを軽視するような言動は許し難い。それに虎長様とは方向性は違うだろうが、お市殿や虎光殿の気性は共に戦いたいと思えるしな」
 辛辣な意見を告げる桜耶だが、お市の方こと平織市(ez0210)に大義を見出して参戦している。旭は平織・源徳・藤豊の三強の中では虎長を支持していた事もあるが、彼も同様に大義はお市の方にあると思っている。
「建っている事に意味がある‥‥清洲城との立地関係だね」
 事前に末森城と守山城の間の地形を下調べしていた忍者の幽桜虚雪(eb3111)の言の葉に、虎光は正解と頷く。
 守山城は清洲城より約5kmの地点にあり、本来は清洲城の支城であった。つまり、ここをお市の方側の虎光が押さえているという事は、信行側は喉元に短刀を突き付けられているようなものだ。
「信行様の先兵、林秀貞様の手から、この守山城を守り抜かなければなりませんね‥‥しかし、この身内の争いも乱れた世の定めなのでしょうか‥‥」
「この戦いが、ジャパンの未来に繋がると信じよう」
「そうです、この戦いに勝てば、ジャパンの未来は変わります。長州藩との和睦への一歩となるでしょう」
 心優しいシフールのレンジャー、リノルディア・カインハーツ(eb0862)は、夜を徹して突貫で城の周りの空堀を掘り下げたり、馬防柵を作成している守山兵達を見ながら、可憐な顔を悲しみで曇らせる。河童の忍者、木下茜(eb5817)とアルブレイが事前に指示した同じような作業を、守山城の南を流れる矢田川の、北岸でも行っているはずだ。
 力仕事を手伝おうとしたジャイアントのナイト、ボルカノ・アドミラル(eb9091)と、矢田川へ罠を仕掛けに行こうとした茜が、歩みを止めて彼女を励ます。
「きゃ!?」
「リノルディア殿にそのような顔を、想いをさせてしまって済まないと思っている」
「戦場に正義はなくとも、正しい事ぐらいはある。美しいものは概ね正しいのだという事‥‥外見に惑わされるうちは、修行が足りないのだとも」
「虎光様、アルブレイ様‥‥」
 リノルディアの青い髪に虎光の大きな手が覆い被さると、わしゃわしゃと優しく撫でる。まるでおじいちゃんに可愛がられているかのようで、リノルディアは思わず目を細めた。アルブレイもウインクする。
「あたしは京都守護職なんて関係なく、お市姉さんの剣や盾となりたいもんだね。そういえば虎光は、虎長が死んだ後、多くの尾張平織家の武将がと信行の元へ下ったけど、あんたは一貫してお市姉さんを推してるね」
「虎長より、生前から『市を頼む』と耳に蛸が出来るくらい頼まれておったし、頭の固い信行が尾張を統一しても、長州藩と事を構えるのは目に見えておる。ジャパンの未来を切り開くのは銀殿達、若い世代じゃ。儂ら老兵は成すべき事を成したら、隠居せねばな」
 虎光は笑いながら浪人の水上銀(eb7679)に応える。親は子を厳しく躾、祖父は孫を無責任に可愛がるというが、虎光からすればお市の方は孫も同然なのだ。


●不本意な戦端
「お市様の言葉によると、秀貞様はあまり戦が上手では無いとの事。兵法の基本に忠実に攻めてくるのでしたら、川に掛かる2本の橋の近辺で待ち受け、不意を衝くのが上策かと」
 守山城の防衛作業は、リノルディアの提案を中心に進められている。
 先ず、秀貞軍の進軍行程を限定する為に、矢田川に架かっている橋の片方と川中に、墨染めの縄を井桁上に張り、合わせて逆竹杭を埋め込んだ。秀貞軍の物見がこの罠を見付け、秀貞に報告すれば、彼はもう片方の橋を選ぶだろう。
 この罠の設置は、隠密の技に長ける茜を中心に桜耶達が行っている。
 守山城の防備は、空堀の前に土嚢を積み、空堀周辺には水を撒いて泥濘を作り、その奥に設置した馬防柵の周辺は逆に土を固め、槍兵の強行突破に耐えられるよう強化した。また、本陣の後ろに近隣の農家から借りてきた案山子(かかし)を立てて、本陣の人数を水増しするのも忘れない。
 こちらはボルカノやアルブレイ、旭といった男手や、旭のペットである杜松と真柏が設置や運搬に加わった事で格段に捗った。
 そして、虚雪が斥候として末森城の秀貞軍の動向を調べている。
 これらの準備は別働隊の為の布石でしかない。銀が別働隊が用いる小舟を借りに、矢田川近隣を当たっている。


 だが、計算は、得てして意外なところから狂い始める。
 守山城は三百人近くの兵全員が籠城できる程大きくはない。籠城しない兵は、今回は城の北側に陣を張り、寝泊まりしている。
 十五人の侍隊を指揮する事になり、本陣の部隊の一つに組み込んでもらった旭は侍達と一緒に野営し、差し入れた天護酒を酌み交わした。
 士気を高め、恐怖心を払う為に、そして身を清める為に、酒を一杯飲む事は合戦前に良く行われている。それに酒を酌み交わす事で、初対面の侍達と旭との間に仲間意識が生まれる。
「美味しい食事は気力と体力を養うものですから、遠慮せずに食べて下さいね」
 リノルディアは達人の域に達した調理の腕を活かして炊き出しをし、桜耶と協力して野営の守山兵達に配っている。
 美味い酒と美味い手料理、この二つが振る舞われれば、守山兵の士気は否が応にも上がる。
「300人‥‥多いようで少ない、というのが本音ですね。尾張平織家の内情が窺える、かな」
「それは違うのぉ。儂と市が持っている領地等、尾張藩の四分の一にすぎん。信行と信忠ですら半分じゃ」
 櫓の上に座り、末森軍がやってくるのを待っているアルブレイと虎光。確かにこの守山城の攻防戦には、敵味方合わせて六百人近い兵しか動員されていない。だが、同時に那古野城では千人近い兵が、鳴海城では二百人近い兵が同様に合戦を行おうとしている。
「尾張『藩』としてみれば、即座に二千五百人余りの兵を神皇様の剣と盾と出来るのじゃが、それが古き権力を未だに夢見る虚け(うつけ)共のお陰で骨肉の争いじゃよ‥‥身内ながら情けなくて涙も出んわ」
 その時、罠を仕掛け終え、虚雪とは別に斥候に出ていた茜が、珍しく慌てた様子で守山城へ駆け込む。
「秀貞軍が進軍を始めました」
「予定より数刻早い進軍ですね」
「それが‥‥虚雪が秀貞軍の物見を黙らせてしまって‥‥」
「それで何か策を講じている、と判断した秀貞殿が進軍を早めたのですね。茜さんは別働隊に早急な準備を伝えて下さい。こちらも茜さんが出ていった後、城門を硬く閉じ、弓兵は所定の位置に二人一組で着いて下さい!」


 先刻、虚雪と合流した茜は、彼女が末森軍の物見を見付け、スタンアタックで黙らせた事を告げられた。
 物見はどの辺まで行くか決められている。つまり、その物見が定時になっても帰ってこないという事は、敵の斥候がその辺りにいると知らせる事になりかねない。
 物見が帰ってこない事を知った秀貞は、守山軍の物見も近くまで来ている事を察し、茜の予想通り、進軍を早めた。
 しかも、警戒心を強めた秀貞は、罠を仕掛けた方の橋を「これ以上の罠はないはずだ」と罠を解除して通ってしまったのだ。


●挟撃作戦
「同じ尾張の兵とはいえ、信行殿方の暴挙を正せずしてはあの世で虎長様にお会いする顔がない。生きて、勝つ! あの程度の軍より恐ろしい方に会わぬようにな」
 櫓の一つに登った旭が、軍配を片手に守山城に集まった兵達に檄を飛ばす。守山兵達の士気はこれでもかという程高まった。


 やがて、櫓の上からでも末森軍三百が肉眼で確認できるようになった。
 守山軍が討って出て来ないと踏んだ秀貞は、弓兵を前面に展開し、足軽、侍という順で隊列を直す。
 中弓(ミドルボウ)の射程まで近づき、城内へ向けて一気に射掛ける! 第一射が城内へ吸い込まれるが、特に反撃はない。第二射、第三射、と続き、その間、足軽が土嚢を越え、空堀に差し掛かったその時、桜耶の指示で矢が放たれ、門に取り付こうとした槍隊を阻む。
 秀貞は再び、矢を大量に射掛け、足軽を取り付かせようとするが、再び守山城からの矢の雨に阻まれる。
(「ここは、別働隊が敵の背後を取るまでの我慢‥‥辛抱の時ですね」)
「怪我をされた方はこちらへ! 応急手当を施します」
 早く虚雪からの合図が聞こえるよう、祈りながら反撃の指示を出す桜耶。
 リノルディアがストーンウォールの巻物で石の壁を作れるだけ作り、矢の被害は最小限に食い止められているが、それでも兵の負傷は避けられない。彼女は矢を受けた兵達の応急処置に追われている。


 その時、秀貞軍の本陣の方から喧騒と共に、太鼓の音が聞こえてきた。待望の別働隊からの合図だ!
「私達が先陣を切る、とても名誉な事だけど、3つばかり注意するよ。1つ、前に出ずきないように、1つ、敵を倒すより前に進む事を重視するように、1つ、剣の届く範囲にいると危険、1つ、撤収命令に従わないとおいていくからね」
「隊長、一つ多いよ」
 突撃まで暇を持て余していたアルブレイだったが、部下の十人の足軽と意思疎通は図れているようだ。
 桜耶の合図と共に城門が開放されると、アルブレイ率いる足軽隊十人が一番槍となり、続いて丹羽長秀率いる足軽隊が弓兵に突撃する。本来、射程の長さで有利な弓兵だが、一度、懐に入り込まれれば足軽が一方的に攻められる。
 接近戦の専門職である侍が足軽の長柄槍をかいくぐって距離を詰めると、今度は侍隊を率いた旭と桜耶、そして虎光が交代する足軽の代わりに前へ出た。
「林秀貞殿は政(まつりごと)に長けていると聞きます‥‥こんな形でなければ、ジャパンの未来についてゆっくりと話をしてみたかったですね‥‥しかし、手は抜きません。全力で参ります」
 バーニングソードを付与し、炎に包まれた霊剣と小太刀を振るう桜耶。その姿は守山兵を鼓舞し、末森兵を震え上がらせた。


「秀貞軍が囮の橋の罠を外し、渡ってしまったとすると、上陸地点を下流へずらさないといけませんね」
 茜から秀貞軍の進軍行程を聞いたボルカノ達は、作戦の修正を行っていた。橋の罠を外されてしまったのは想定外だが、上陸地点は元々、上流側・下流側、どちらの橋を渡っても良いようにはしてある。秀貞軍は三百人と人数も多く、その人数が橋を渡りきるには時間が掛かる。だから、別働隊が待機している上流に近い上流側の橋を渡ってくれた方が、守山城の防衛も短時間で済むからだ。
 守山城で秀貞軍を引き付けている隙に、銀達別働隊が背後から秀貞軍を奇襲する挟撃作戦が今回の策だ。
 秀貞軍が下流側の橋を渡りきり、物見が居ない事を確認してから、虚雪率いる足軽四人と侍三人が上流で待機している虚雪達へ狼煙で合図を送る。
 茜と侍隊九人、銀と侍隊十三人、ボルカノと侍・足軽混成隊二十五人、そして虚雪は、それぞれ小舟で上陸地点へ漕ぎ出す。
「‥‥まぁ戦の性質上、殲滅する必要はないだろうね。それに、敵味方に分かれたとはいえ、同じ尾張の人間だ。お市の方の為にも、なるべく殺さずに勝つ方が良いと思うよ」
 上陸間際になり、黒一色の装束に身を包んだ配下の侍隊に発破を掛ける銀。
 下流側の橋の袂へ上陸し、虚雪の配下と合流すると、彼らから戦況を伝えられる。秀貞は弓兵と足軽による城攻めを行っており、本陣には侍隊が残っているとの事。


 本陣を護衛していた侍達が、何人か急にばたばたと倒れる。
 何事かと思った瞬間、苦無(くない)をくわえた二匹の犬と侍達が切り込んで来るではないか! 侍達は茜の春花の術によって眠らされたのだ。
「ナイト、ボルカノ・アドミラル、参ります!」
 聖者の剣を高らかと掲げ、名乗り上げたボルカノが、茜の隊の後に続く。並み居る侍達をスマッシュで薙ぎ払い、雑兵の攻撃はドラゴンスケイルに受けるに任せ、反撃してきた相手の刃をライトシールドで受け流し、カウンターを叩き込みながら小隊長を探す。敵の士気を下げるには、指揮を執っている小隊長級の武将を倒すのが手っ取り早く効果も高い。
 彼は配下を三、四人一組で編成し、出来るだけ三対二といった多勢に無勢の状況を作り、敵を囲みながら倒す事で兵の負傷を最低限に押さえている。
「‥‥ここが切所さ、気合入れていくよ!」
 彼と同じ事を考えていた銀も、ここで手柄の一つも立ててお市の方の覚えを良くしてもらいたいと思い、小隊長を積極的に狙っていった。
 競争心が相乗効果を生み、ボルカノと銀は何時しか秀貞軍本陣にまで迫る勢いだった。
 太鼓を鳴らして本陣へ攻撃開始の合図を告げた虚雪も、守山城より声が聞こえると、太鼓を捨てて茜の後に続く。
 彼女も、借りた侍と足軽を巧みに使い、虚雪自身が陸奥流の使い手という事もあって、スタンアタックやスープレックスを使い、侍と連携して足軽の間合いを補助しながら戦った。


 別働隊によって本陣を肉薄された秀貞軍は総崩れとなり、秀貞は配下の勧めもあって一足先に戦線離脱、追って秀貞軍も撤退していった。
「秀貞の捕獲が御の字だったけど、逃走させただけでも良しとしますか」
 秀貞軍は実に兵の三分の一に当たる百名近くが死傷し、逃げ損なった者は投降してきた。
 反面、守山軍も五十名近い死傷者を出したものの、リノルディアの早め早めの応急処置と、旭が惜しみなくポーションを使った事や、投降してきた秀貞軍の兵を組み込めば、それ程損失は出てはいない。
 アルブレイの言うように、今回の合戦の目的は守山城の防衛であり、秀貞軍が敗走したのであれば、目的は達せられた事になる。深追いは禁物だ。


「ふふふ、守山軍の兵達は彼女の事をこう呼ぶでしょうね、“癒しと慈愛の妖精”と」
 尾張ジーザス会より派遣された軍監にして、尾張ジーザス会を束ねる宣教師ソフィア・クライムは、勝ち鬨の声が鳴り響く守山城を見ながらそう評した。