月兎族が力を貸すに値する器かどうか

■ショートシナリオ&
コミックリプレイ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:8 G 68 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月16日〜07月23日

リプレイ公開日:2007年07月20日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。


 那古野城の城内は慌ただしさの直中にあった。
 尾張平織家の本拠地・清洲城に呼び出されたお市の方が、尾張平織家一族郎党が集まる中、信行と信忠に啖呵を切って帰った後、届けられた書状には信行と信忠の連名が印されていた。その内容はお市の方と、尾張平織家で唯一、彼女に味方するおじの守山城城主・平織虎光に対する宣戦布告であった。
 お市の方は、武将・滝川一益(かずます)や小姓・森蘭丸、その父・森可成(よしなり)ら家臣を集めて軍議を開いた結果、北の清洲城と、南西の鳴海城より迫る五百五十の混成軍に対して、那古野城を三百五十の兵で守り、残り百五十の兵を率いて手薄になった鳴海城を攻める事となった。
 那古野城は今、合戦の準備で誰もが忙しかった。
 この三人、『月兎族』の姉妹、美兎(みと)と卯泉(うみ)、雪女の晶姫(あき)を除いて。
 月兎族は尾張の知多半島のみに生息する兎の妖怪、化け兎の上位に当たる『妖兎』の亜種らしい。一見、普通の女性だが、上半身だけを覆う際どい服を纏い、髪から兎の耳をぴょこんと生やし、お尻の少し上から同じく兎のしっぽがちょこんと生えている。
 那古野兵には妖怪だと知らせていないし、分からないよう、常にフード付きの外套を被っていた。
 晶姫は美兎の事を「うさぎさん」と慕う、知多半島に棲む雪女だ。
『わたし達、お手伝いしなくていいのでしょうか?』
 美兎は元はといえば、武将不足に悩むお市の方が、“平織市探検隊”を結成して知多半島へ分け入り、登庸した武将だ。
 美兎は餅搗き用の杵を愛用の武器とし、接近戦に長けているし、卯泉は満月輪と呼ばれる、刀のように斬る丸い投擲武器を愛用する投擲の名手だ。そして晶姫は吹雪の息を吐く。
 三人とも一騎当千の実力の持ち主だからこそ、この合戦に協力すべきではないか、とお市の方に聞いたのだが。
「今回の合戦は人間同士、ひいては骨肉の醜い権力争いだから、出来れば美兎達には戦って欲しくないの」
 お市の方も当初は、信行達との権力争いを見越して美兎達を登庸したのだが、今では家督争いに巻き込んでしまった事を後悔しているようだ。
 お餅が好きな美兎には田圃を、温泉が好きな卯泉には専用の温泉を、それぞれ与え、ひんがら一日好きな事をさせている。
『ま、飼い殺しというのも性に合わないから、痩せ我慢せず、必要になったらいつでも言うと良いわ』
「そ、そうならないよう頑張るわ」
 卯泉は卯泉なりに発破を掛けたのだが、お市の方は苦笑で返した。戦局は那古野側に有利とは言えず、痩せ我慢をしているのは事実だからだ。


 那古野城の南東に位置する鳴海城を攻める、百五十人の兵の準備が整った時には、すっかり日も暮れていた。
 篝火があちこちに焚かれ、那古野城を赤々と照らす直中へ、“それ”は現れた。
「え!?」
 お市の方の影より現れたのは、フード付きの外套を被った人物。彼女は咄嗟の事にその場から飛び退りながら刀を抜く。伝説の名工「天国」作の業物の刀身が月光を受けて白銀の輝きを放つ。
「信行兄様の間者!? それとも信忠の手の者かしら!?」
 しかし、お市の方の切っ先はかすりもしない。
 合戦の準備を整えた那古野兵も、十人で“それ”を取り囲み、長さ五mの長柄槍で一斉に突き掛かる。しかし、その矛先もすり抜けられてしまう。
「市様、お下がり下さい!」
 一益は三本の棒手裏剣を“それ”に放つが、やはり捉える事は叶わなかった。
「そ、ん、な‥‥一益は那古野一の射撃の名手よ‥‥それをかわすなんて‥‥」
『お姉様!?』
『姉さん!?』
 那古野一の武将、一益の攻撃すらかすりもしない“それ”に、お市の方はへなへなとその場に座り込んだ。
 そこへ騒ぎを聞き付けた美兎と卯泉が、意外な言葉と共にやってくる。
「あの、九尾の狐並に強いっていう月兎族の長女!?」
『まったく、最近の若いモンは礼儀を知らぬと見える』
 “それ”がフードを外すと、そこには十四、五歳くらいの少女の顔があった。お市の方が目配せすると、一益は動揺する兵達を宥め、解散させる。
 すると“それ”は、髪の間からぴょこんと月兎族の証である兎の耳を出した。
 先程はムーンシャドゥを使用して、お市の方の影から現れたのだろう。
(「しかし、月兎族って、姉妹なのに年齢が逆行しているのね」)
『人間よ、外見で見くびらん方がよいのじゃ』
 三女の美兎は十七、八歳くらい、次女の卯泉は十六歳くらいの外見だ。歳上になる程外見が逆行していた。
 お市の方の考えを見透かしてか、長女はすうっと目を細める。
『お姉様、どうしてここへ?』
『戦が始まると聞いたのでな、可愛い妹達を迎えに来たのじゃ』
『別にあたし達、お市の方に使われている訳ではないわよ』
『人間の争いに、妖怪が巻き込まれる謂われはないのじゃ。まして“腹の虫”を飼っている事にも、その“腹の虫”に食い破られそうになっている事にすら気付かぬ虚け者に、妹達を任せる気など更々ないわ』
「は、腹の虫って何よ!?」
 長女は卯泉達の身を案じ、知多半島へ連れ戻しに来たようだ。いきなり“腹の虫”だの、訳の分からない事を言われ、お市の方は食って掛かる。
『やはり知らなんだか‥‥それでよく尾張を統一するなどと大口が叩けたものじゃ。“腹の虫”に気付いて、次女や三女に協力を仰いだのならまだ見込みはあったが、最早貴様に月兎族を預ける気は毛頭失せたわ』
『お、お姉様!?』
『な、何でストーンを‥‥あう!』
「美兎! 卯泉!」
 長女は手に持っていた三日月を象った装飾が施された杖を美兎と卯泉に振るうと、二人の身体は足下から冷たく固い灰色へと色を濁し、石像と化してしまった。
『次女も三女も、何を血迷うたか貴様を好いているようじゃからな。こうでもせねば知多半島へ連れて帰れまい』
「美兎と卯泉のお姉さんだからって、やって良い事と悪い事があるわ!!」
 美兎と卯泉の石像を運ぼうとする長女に、お市の方は刀の切っ先を突き付けた。
「確かに、美兎や卯泉を家督争いに利用しようとした事は謝るわ。今は後悔してる。出来れば二人には戦いに参加して欲しくないと思ってる。でも、私が尾張を統一するには二人の力が必要なのも分かってる。身勝手な考えかも知れないけど、友達として二人を危険な目に遭わせない事だけは約束するわ!」
『戦に参加して、どこに危険が無いというのじゃ』
「そ、それは‥‥」
『‥‥よかろう、そこまで啖呵を切るならば、儂に人間の力を認めさせてみろ。そうすれば美兎と卯泉を那古野に置いてやらん事もない』
 お市の方の想いが通じたのか、長女は一つ課題を出してきた。
 江戸を震撼させたかの大妖怪『九尾の狐』並の力を持つ月兎族の長女に、どのようにすれば人間の力を認めさせる事が出来るだろうか?

●今回の参加者

 ea0547 野村 小鳥(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea3741 レオーネ・アズリアエル(37歳・♀・侍・人間・エジプト)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb1421 リアナ・レジーネス(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文


●先ずは名前から
「美兎(みと)殿! 卯泉(うみ)殿!」
 土煙を上げながら那古野城へ驀進してくるジャイアントの武道家、太丹(eb0334)。
 二之丸庭園には、化け兎の上位妖怪・妖兎、その中でも尾張は知多半島だけ生息している『月兎族』の姉妹、三女の美兎と次女の卯泉の石像が、ひっそりと佇んでいる。フトシたんは息切れ一つせず、美兎と卯泉の石像の前でピタリと止まると、変わり果てた二人の姿に俯き、全身を震わせる。
「依頼書を読んだ時は真逆と思ったっすけど‥‥本当に石に〜!」
「フトシたん‥‥」
『我が妹達を心配する人間がここにもおるとはな』
 震える漢の背中に、お市の方こと平織市(ez0210)はどう声を掛けていいか分からない。方や月兎族の長女は、お市の方以外にも妹を心配する人間がいた事に、驚くと共に感心して頷いた。
「あの美兎殿の搗いた美味しいお餅がもう食べられないなんて〜! 長女殿、あんまりっす! ご無体っす!」
「そっちか!?」
『この娘の搗く餅は、知多半島に棲まう妖怪共の間でも絶賛されておったからの。人間が虜になるのも道理じゃ』
 フトシたんは長女の方を向き直ると、大袈裟な身振り手振りで涙ながらに美兎のお餅について語る。お市の方が突っ込むが、どんな形であれ妹を褒められて気分を害する姉はいないだろう。
「何も今来なくても‥‥お市さんの為に合戦に出たかったのに」
『開戦直前の今、この頃合いで来ずに、いつ連れ戻すというのじゃ?』
 ファイターのレオーネ・アズリアエル(ea3741)は、美兎の硬く冷たい頬を愛しげに撫でながら溜息を付く。
 尾張藩内は今、平織虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行が、自分の傘下に入らないお市の方へ宣戦布告し、明日にも合戦が開戦されようとしていた。
「だからって、せっかくお友達になれた美兎さんや卯泉さんに、こんな簡単に会えなくなるのは悲しいよ」
「レベッカさん‥‥うん、晶姫(あき)も美兎さんや卯泉さんと離れ離れになるの嫌」
 ジプシーのレベッカ・オルガノン(eb0451)が、雪女の晶姫をぎゅっと抱き締め、みどりの黒髪を撫でる。
 晶姫は雪女だから、長女も石化させて強制的に連れ戻すような真似はしなかった。
 しかし、晶姫は美兎を慕って那古野城に身を寄せているので、美兎がいなくなれば心細い思いをしているに違いない。石化した美兎と卯泉は野晒しだ。しかも今は梅雨時で雨も多い。雨に打たれる二人の石像を可哀想に思った晶姫は、傘を差したり、手拭いで毎日磨いたりと甲斐甲斐しく小綺麗にしていた。
 レベッカの心配は的中しただけに、美兎の分まで晶姫を抱き締めている。
「晶姫ちゃんや美兎さんや卯泉さんのように、長女さんも良いお友達になれると思うんだ」
「綺羅星のように可愛い女の子が集まり出した私のわくわく妖怪ランド、邪魔はさせないわ」
「私のわくわく妖怪ランドって‥‥」
「細かい事は言いっこなし。返り討ちにして人間の力を認めさせてあげるわ♪」
「美兎さんと卯泉さんはお市の方の合戦の道具としてではなく、友達として仲間として自らの意思でここいるでござる。長女殿にもお二人がお市の方の元に留まる理由を知ってもらった上で、出来ればご尽力願いたいでござるよ」
『そなたが言うか!?』
 レベッカの言葉にレオーネも頷く。だが、彼女の台詞にお市の方も微苦笑する。そんなお市の方は置いておき、にっこりと妖艶な笑みを浮かべるレオーネ。
 長女が突っ込んだのは、浪人の久方歳三(ea6381)の出で立ちの方だった。彼は月兎族との友好の証として、兎の耳を模した獣耳ヘアバンドを着用していた。表情はシリアスなのに揺れるウサミミが可愛く、却って怪しかったり。
「あやぁ‥‥月兎族の方ってどんな方かと思いましたけどぉー‥‥綺麗な人ですぅー」
「でも、月兎族って種族の名前ですよね? お名前は何というのでしょうか?」
 かの大妖怪『九尾の狐』に匹敵する実力を持つ妖怪だと聞いていたので、どんなに恐ろしい妖怪かと戦々恐々していたが、その幼い外見に一人ほっとする武道家の野村小鳥(ea0547)。
 その横では、ウィザードのリアナ・レジーネス(eb1421)が長女に名前を聞いた。
『儂に名など無い。そもそも名とは、人間がものを個別認識する為に勝手に付けたものじゃろうに』
「でも、せっかくお知り合いになれたのに、名前で呼べないのは寂しいです。そうです、月華(つきか)という名前はどうでしょう?」
「(でもぉ‥‥体型なら負けないかもですぅー。ここは色気勝負で‥‥って、は!? それならもっと適任がいますねぇ‥‥)はわ!? え、えーと、名前ですよね。卯月さんとかはどうでしょうかぁー?」
 小鳥はつるぺただが、長女も見た限り、自分と大して変わらないなので、色気勝負を申し込もうと思い立つ。だが、隣にいるリアナを始め、レオーネやレベッカは露出の高い衣装を纏い、スタイルを誇らしげに晒している。長女と戦う前に味方に打ちのめされた小鳥だったが、いつの間にか長女に名前を付ける話になっており、慌てて提案した。
「赫夜(かぐや)なんてどうかな? 月にちなんで」
「羽月(はづき)さんはどうかしら? 兎は1羽と数えるし、月の兎さんだし」
「拙者も月華殿が宜しいかと‥‥」
『‥‥月華でよい。赫夜も気に入ったが、アルテイラという精霊がジャパンではかぐやと呼ばれておるのでな』
 レベッカとレオーネ、歳三も意見を出す中、長女は自分の名前を月華に決めた。


●腹の虫?
「月華さんが言っていた“腹の虫”って、間者の事よね。黄泉人かデビルの? あるいは信行さんの?」
 レベッカは神秘の水晶球を取り出し、神秘のタロットをシャッフルし始める。お市の方の周りの者は全員、たとえ彼女の片腕である滝川一益でも心を鬼にして疑いの目を持つつもりだ。
『月兎族は『人間の』争いに関与するつもりは毛頭ない』
「レベッカさん、自分で答えを言ったのに、外してどうするの?」
「え!? え!? 配下の武将じゃないとすると、デビル?」
「尾張で活発に暗躍している『ラクダに乗ったデビル』と『ジーザス会』。この2つの繋がりを推測するのは容易いもの」
 レオーネがレベッカに助け船を出しつつ月華に鎌を掛ける。彼女も“何か”を知っている月華に聞きたかった。
「京都近辺で教会にデビルが入ってた事があったよ!」
「でも、人の世界では確たる証拠も無しに人を疑っちゃいけないのよ、人の上に立つ人は特に。それに、尾張ジーザス会にはお市さんの義姉の濃姫がいるから尚の事ね。だからこそ、私達冒険者が動くのだけど」
 レベッカが納得すると、レオーネは月華に微笑む。
「でも、魔の手は妖怪達にも伸びてるのに、『巻き込まれる謂れは無い』なんて言ってていいの?」
「そうだよ、デビルや黄泉人の脅威は他人事じゃない。デビルや死者の国を作ろうとしてる奴らに、人と妖怪の区分なんてないんだから」
「妖怪に理解のあるお市さんと協力して備えた方が良い事くらい、あなたなら解るよね?」
『それを言われると痛いの』
 月華は苦笑を浮かべて晶姫を見遣る。晶姫は以前、『駱駝に乗った悪魔』に操られて少女を攫っていた。知多半島の妖怪達も悪魔に利用されているのだ。


●人間の力
『『無双拳』で勝負?』
「そう、これは京都の一部で昔から伝えられている、合戦の模擬戦なのよ!」
 何故か普段のドレスから十二単へ着替えたレオーネが、無双拳のルールを説明する。
 槍(ちょき)は盾(パー)に強く、投石(グー)に弱い。盾は投石に強く、槍に弱い。投石は槍に強く、盾に弱い。三すくみ拳をレオーネが合戦風にアレンジしたのだ。
「掛け声で同時に策を出して、負けると服を脱ぐの。全部脱いだ方が、砦が陥落して負け」
『自身が砦という事じゃな。そなたが十二単に着替えたのはその為か』
「ふふふ、戦いとは常に二手三手先を読むものなのよ♪」
 月華は月兎族共通の黄色い際どい服一着しか着ていない。つまり、レオーネは一勝すれば勝ち、月華は十二連勝しなければならない。


「そ、そんな12連敗‥‥」
 結果は月華の十二連勝。あられもない姿になったレオーネはがっくりと項垂れる。
『儂の勝ちじゃな‥‥おぬしには晒し者になってもらおうかの』
「待って! こんなポーズは嫌! やり直しを‥‥」
 月華は代償としてレオーネにストーンを掛けた。突然の事にレオーネは好きなポーズを取る暇もなく石像と化した。
「次は私が行くよ。お題は『身体の柔らかさで勝負』よ。これでも踊り子が本業だし、特に私の国の踊りは身体が柔らかくないと出来ないから」
 レベッカが竹の棒を持って前へ出る。この棒の下を棒を落とさずにくぐり抜け、次第に棒と地面の間隔を狭めていき、最後まで棒を落とさなかった方の勝ちだ。
「いざ勝負!」


「月華さんが元々兎だって事を忘れていた‥‥」
 竹の棒を先に落としてしまったのはレベッカだった。月兎族は兎が妖怪化した種族であり、兎の身体能力も用いる事が出来るようだ。
 レベッカもまた、石像と化した。
「なにぃ二連勝?! か、完璧超人っすか?! ‥‥あ、容姿は永遠の未完成って感じっすね」
「まともに戦った場合、レオーネ殿やレベッカ殿のように負けは確定でござる。なので搦め手で勝負でござる!」
 驚くフトシたんを手で制すると、歳三が着物を脱ぎ捨てる。彼はネコミミと漢の褌一丁姿になった。
「水練で勝負でござる! 先ずは脱いで欲しいでござる」
『な!? 破廉恥! 虚け者!!』
「ま、待つでござる! 服着用は不利になるからでござる!!」
 場所は那古野城内から、庄内川へ。
 今まで余裕の表情を浮かべていた月華は、水辺に来ると表情が沈んだ。水泳は冒険者に欠かす事のできないスキルの一つなので、ハンデになると思った歳三だが、その言葉にムーンアローで反撃するだけの余力はあるようだ。
 月兎族は元は兎であり、兎が泳げるかというと‥‥。
「だ、大丈夫でござるか!?」
 溺れこそしなかったものの、歳三の余裕の勝利だった。


「九尾の狐並の力を持つ月華には及びませんが、私も一応ウィザードです、魔法を使った勝負にしましょう」
『二十数年しか生きておらん女子に、魔法で遅れは取らん』
 那古野城へ帰ってくると、今度はリアナが魔法を使った勝負事を持ち掛けてきた。先程の体力勝負が余程効いたのか、月華は魔法を使った勝負にあっさり応じる。
「では、この那古野城の本丸を使った、盛大な『かくれんぼ』で勝負です。但し、ムーンアローを使うとすぐに居場所が分かってしまいますので、攻撃系の魔法は使わないという条件です」
『よかろう』
「それではこの布を身体に巻いて下さい。相手の布を先に取った方が勝ちです」
 本丸内を使った盛大なかくれんぼが始まった。那古野城全体でないのは、合戦の準備で二之丸や西之丸を使用しているからだ。それでも本丸には、お市の方が住んでいる本丸御殿を始め、天守閣に隅櫓など、隠れる場所には事欠かない。
(「おそらく月華はバイブレーションセンサーで私を探査するはずです」)
 リアナは月華の使う魔法の種類から予想を立てると、リトルフライを使用して振動を出さないように移動し、ブレスセンサーで月華の呼吸を探査しながら本丸御殿の構造を最大限利用して逃げ回る。彼女は月華が歳三と庄内川へ出掛けている間に、お市の方に頼んで本丸御殿の見取り図を見せてもらっていた。
 また、ファンタズム対策として、月華の姿を見付けたら迂闊に近付かず、ヴェントリラキュイであらぬ方向から声を掛け、本物の月華を燻り出してから布を取った。
「私の勝ちですね!」
「ええい、月華殿! 最後は自分と、自分が誇れる大食いで勝負っす!」
 月華との勝負は二勝二敗まで持ち込んだ。次のフトシたんとの勝負で決着が付く。
「自分は常々超越すら超えたいと思っているっす。だから限界に達しても鍛え続けてるっす。この無限の胃袋あんぶれいかぶるすとまっく! とくと見るがいいっす!!」
「料理なら任せて下さいー。華国料理やジャパン料理が得意ですけど、最近ロシアの料理も作れるようになったのですよぉー♪ 美味しい料理で月華さんだけではなく、フトシたんも驚かせるのですぅー♪」
 最後の勝負は大食い対決! 料理は小鳥の手掛ける。
 早速、本丸御殿の食堂に、小鳥が腕によりをかけ、ジャパンで手に入る食材を用いて作られた華国料理とロシア料理が並べられる。
「ジャパン料理はいつでも食べられると思うので、華国やロシアの料理をメインに作ってみましたぁー。どうでしょうかぁー?」
 瞬く間に空いた皿を重ねて行くフトシたん。明らかにペースは彼の方が上だ。
 しかし、三十皿を越えた当たりで突然、フトシたんの食が止まる。何事かと月華と小鳥が覗き込むと、フトシたんは漢泣きしていた。
「‥‥美兎殿のお餅だったら、いくらでも食べられたっす。あの美味しいお餅だったら毎日でもいいっすけどね‥‥」
「フトシたん‥‥」
「あの、ただ餅米を搗いただけとは思えない、絶妙の甘さと程よい粘り気、噛み切る感触も心地よく、それでいて飲み込むとするっと喉を通る滑らかさ‥‥嗚呼、美兎殿のお餅は最高っす! でも、それが二度と食べられないと思うと‥‥あ、いや、小鳥殿のご飯が不味いって訳じゃないっすよ!? とっても美味しいっすよ! でも負けないっす!」
「美味しい料理はみんなを幸せにしてくれるのですよぉー♪」
『‥‥儂の負けじゃ』
 月華は深い溜息を付いた後、上半身を軽く反らせ、正座していた足をだらしなく放る。
『美兎がこんなにも人間に愛されている‥‥卯泉を元に戻す為に人間が尽力している‥‥儂はそれらを力で断ち切ろうとしたが、おぬしらの“人を想う力”には敵わなんだ』
「じゃぁ!?」
『儂は月兎族の長女、負けを認めた以上、約束は守る。それに遠からず“腹の虫”に勘付いておる者もおるようじゃしな。そういう者がおぬしの側におれば、道を誤る事もあるまいて。但し、儂らは人間の争いに関与するつもりは毛頭ない』
 月華は、月兎族は合戦には協力しない事に念を押すと、二之丸庭園へ戻り、美兎と卯泉、レオーネとレベッカのストーンを解除した。
『それとフトシたんのやら、美兎をよろしく頼む。おぬしのようなしっかり者なら、安心して美兎を任せられる』
「「「「「なんですとー!?」」」」」」
「フトシたん、私が石化している間に、私の美兎に何したのよ!?」
「知らないっす! 誤解っす!」
『誤解じゃと? 『美兎の料理を毎日食べたい』と申した言の葉、忘れたとは言わせないのじゃ』
 美兎を嫁に出すかのようにフトシたんへ頭を下げる月華。その場にいた全員が驚いたが、美兎を愛でるレオーネとフトシたん本人が一番驚いた。
 本人は特に深く考えた訳ではない、自然と出た発言でも、時として他人はそれを本気に受け取ってしまう事もあるのだった。

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