【魔都】黄泉人再来!?

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 96 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月02日〜08月09日

リプレイ公開日:2007年08月10日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
 そしてつい先日、尾張の統一を賭けて、お市の方と信行・信忠との間で合戦が行われたのだった。


 ――熱田神宮。那古野城下の南に位置する、神社とその門前町だ。
 熱田神宮の祭神『熱田大神(あつたのおおかみ)』とは、神器の一つ『草薙剣』の神霊であり、それ故、熱田神宮は伊勢神宮に次ぐ権威のある大宮として栄えている。
 また、尾張平織家の守り神として、尾張平織家の家宝『小烏丸(こがらすまる)』が奉納されている。その性質から熱田大神は刀匠達に信仰されているが、太刀「造天国」や太刀「天国」を手掛けた伝説の名工『天国(あまくに)』が、生前の虎長の誘致を受けて尾張に移り住んだ事はあまり知られていない。


「‥‥市、おめでとう‥‥」
 お市の方率いる那古野軍が、“尾張一の兵”と名高い信行の片腕・柴田勝家率いる清洲軍を敗り、那古野城の南西に位置する鳴海城を陥落させ、また、お市の方の唯一の味方であるおじの平織虎光が信行配下の林秀貞より守山城を防衛した報は、その日の内に早馬で藤原神音(ez1121)の下へも届けられた。
 彼女は齢十七にして熱田神宮に仕える巫女を統べる“姫巫女”だ。その地位はお飾りではなく、彼女の“力”は本物である。
 熱田神宮は此度の合戦には不干渉を貫いている。尾張一帯の冠婚葬祭や豊年祭といった祭事を司っているので、特定の陣営に肩入れしない、という意思表示だ。事実、参拝者の安全確保の為に、戦う術を修めた“戦巫女”達が常に参道を警備し、那古野軍であろうと、清洲軍であろうと、戦の火種となるものは一切通さない構えを見せている。
 とはいえ、幼馴染みの勝利を個人的にこっそりと喜ぶ分には、熱田大神様もお許しになるはず。
 お市の方は縁戚にあたり、また幼馴染みでもあった。
「‥‥!?」
 ――まただ。また視線を感じる。
 神音は掛けていた布団をはね除け、辺りを見回す。
 数カ月前から、まるで自分を監視しているような、得体の知れない視線を感じるようになっていた。最初は気のせいだと思っていたが、ここ一月は数日おきに感じている。
 それが原因で不眠となり、今は深夜だが寝付けずにいた。
 視線は外から感じる。神音は寝間着姿のまま障子を開けた。
 外は雨が降っていた。土砂降りとまではいかないまでも、強めの降りだ。
 その中に佇む人影があった。視線の正体かも知れない。
 暗闇に目が慣れてくる。しかも今は合戦中という事もあり、本宮や別宮、社務所には最低限の明かりを灯している。その為、暗がりの中でも人影の正体をうっすらと捉える事が出来た。
「‥‥!? あなたは‥‥わたくし!?」
 神音は思わず口に手を当てて息を呑む。雨の中に佇んでいたのは自分‥‥否、まるで銅鏡で映したかのような、自分とそっくりの少女だった。
 しかし、よくよく見れば細部で異なっている。髪は黒曜石のような漆黒の長髪ではないし、纏っている巫女装束も一般的なそれに比べて緋袴を履いていないなど露出が多い。もっとも、神音が普段纏っている巫女装束も姫巫女という事で一般的なものと形状が異なるが。
 ただ、その視線には見覚え、いや、身体が覚えていた。ここ数カ月自分を監視していた視線そのものだ。
「あなたは何者です!?」
「‥‥滝夜叉‥‥」
 神音の問いに、少女は名乗りと黒い光で応える。ブラックホーリーだ。神音も咄嗟に熱田大神へ祈りを捧げ、白い光――ホーリー――で迎撃する。
 だが、少女の黒い光は神音の白い光を貫いて彼女を蹂躙した。神音は寝室まで吹き飛ばされる。
「“今”の熱田大神を祀る姫巫女がこの程度とは‥‥」
「草薙剣を所望でしたらここにはありませんわ! 長州藩へ遠出される事ですわね!」
 小鳥の囀りのような少女の声もまた、自分と似ており、神音は心の底から込み上げてくる得体の知れない恐怖を押し殺すかのように立ち上がりながら少女を睨め付けた。
「草薙剣に興味はないわ。欲しいのは熱田大神と‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥あなたの“身体”よ」
「!?」
 少女はたっぷり十秒は含みを持たせて、狙いは熱田大神と神音だと告げる。その応えに神音は目を見開き、ガクガクと身体を震わせながら自分の身体を抱いた。
「まぁいいわ。その程度の力しかないのなら、その身体はいつでも取りに来られるもの。今はまだ早そうだしね」
 少女は雨の中に消えていった。
「‥‥滝夜叉‥‥」
 神音は少女の名前を口の中で呟く。


「神音! かのーん! 大変だよ!! って、どうしたの!?」
 巫女装束を纏った一人の巫女が、ポニーテールを激しく揺らしながら社務所の前まで駆けてきた。傘も差さないところを見ると急用のようだが、神音の姿に目を見張る。
「わたくしの事は気にしないで。それより叶子、どうしたのです?」
「また、町の外に黄泉醜女が現れたの! 今、焔華達が参道を封鎖しに掛かってるところよ!」
 巫女の名前は叶子(かのこ)、神音に仕える熱田神宮の巫女の一人だ。神音とは主従関係にあるが、幼少の頃からの数少ない遊び友達で、その物言いからも分かるように何でも言える仲だ。
 焔華(ひのか)も神音に仕える熱田神宮の戦巫女の一人だ。
 黄泉醜女は『黄泉人』と呼ばれるアンデッドだ。以前、京の都に大量に現れた事があり、知っている者も多いだろう。
 黄泉人は生者より生気を吸収して生き長らえており、黄泉人に生気を吸い取られて殺された人間は、死人憑き(ズゥンビ)として蘇ると伝えられている。黄泉人が現れたら速やかに一般人を避難させないと、次々に死人憑きを生み出してしまう。
「黄泉醜女が‥‥」
『今はまだ早そうだしね』
 不意に先程の少女――滝夜叉――の言葉を思い出す。
 熱田神宮は聖域であり、余程強力なアンデッドでもない限り、そうそう中へ入ってくる事は出来ない。しかし、以前にも黄泉人達の襲撃を受けており、その時は冒険者へ依頼したものの協力を受けられず、お市の方の義姉・濃姫を通じて尾張ジーザス会が宣教師を派遣して、戦巫女達と共に黄泉人の掃討にあたった。
 もし、黄泉人の襲撃で、熱田神宮の聖域の力が弱まっているとしたら‥‥滝夜叉が境内に入ってこられたのも納得がいく。 
「神音、黄泉醜女を倒さないと死人憑きになる人が増える一方よ! 町に篭もっていれば黄泉醜女も手出しは出来ないけど、参拝者を足止めしたままにしておく訳にもいかないし、これから来る参拝者を護る必要もあるし」
「そうですね。冒険者に退治を依頼する事にします。叶子は焔華達と引き続き、参拝者の安全を確保して下さい」
 叶子や焔華といった熱田神宮の巫女と神人達に参拝客の安全を護るよう指示を出すと、神音は京都の冒険者ギルドへ早馬を走らせるのだった。

●今回の参加者

 ea1317 マケドニア・マクスウェル(65歳・♂・ウィザード・シフール・イスパニア王国)
 ea9938 レイル・セレイン(29歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb1605 津上 雪路(37歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb1640 火車院 静馬(43歳・♂・志士・パラ・ジャパン)
 eb5093 アトゥイチカプ(27歳・♂・カムイラメトク・パラ・蝦夷)
 ec2726 レオナール・ミドゥ(32歳・♂・志士・人間・ノルマン王国)
 ec2942 香月 三葉(36歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ec3497 闇霧 柘榴(26歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

水之江 政清(eb9679

●リプレイ本文


●虎長の祟りか!?
「熱田神宮の権威は、藩主のそれよりあるって事か」
 レンジャーのレオナール・ミドゥ(ec2726)は、熱田神宮の姫巫女、藤原神音(ez1121)直筆の書状をまじまじと見つめた。
 尾張藩内は、平織虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行が、自分の傘下に入らない虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)へ宣戦布告し、両勢力共に一度合戦を行っている。
 その為、主要な街道は、尾張藩内の街道が交わる交通の要所の清洲城を所有する信行が押さえ、兵を付けて怪しい者を取り調べていた。神音は依頼を受けた冒険者が熱田神宮まで取り調べを受けずに来られるよう書状を認(したた)めておいたのだ。
「熱田神宮に祀られている『熱田大神(あつたのおおかみ)』は、神皇様の証である神器の一つ『草薙剣』の神霊ですし、尾張平織家の守り神として、家宝の小烏丸(こがらすまる)が奉納されていますからね」
「権力を好ましく思っていないレオナールがそう思っても仕方ないとは思うが、今は先を急ぐからな」
 巫女装束を纏った僧侶の香月三葉(ec2942)が、熱田神宮は伊勢神宮に次ぐ権威のある大宮で、また尾張平織家の守り神でもある事から、尾張藩主といえども侵す事は出来ないと説明する。
 パラの志士、火車院静馬(eb1640)はレオナールの性格を憂慮しつつ、愛馬の緋花を走らせる。
「‥‥ジャパンの寺や神社って、カムイの住まう所だっけか‥‥何か違う気もするけど」
「カムイラメトク達のカムイを神と言い換えるなら、寺や神社はカムイを祀り、神託を受ける聖域だからねぇ」
 愛馬レラを駆るカムイラメトクのアトゥイチカプ(eb5093)に、熱田神宮についての認識を摺り合わせるハーフエルフのクレリック、レイル・セレイン(ea9938)。
「熱田神宮が黄泉醜女の襲来を受けたのは二度目なんだって? そういう場所が狙われるのって、そこが聖域だからってだけでも無いんじゃないか?」
「確かに、一度なら偶然で済むかも知れんが、二度襲われたとなると襲われるだけの理由があったと見る方が自然だな」
 アトゥイチカプの疑問に静馬が頷いた。彼は先の熱田神宮の黄泉醜女襲来に駆け付けようとしたが、同志が集まらず断念していた。それだけに二度目の黄泉醜女の襲撃には疑問を禁じ得ない。
「その辺りは、黄泉醜女の行動パターンが分からない事には、ねぇ。ズゥンビなら私もよく知ってるけど、黄泉醜女はジャパン固有のアンデッドだからね」
「黄泉醜女ですかぁ‥‥つまり不思議死人ですね」
「いや、黄泉醜女は地より這いでし古き者だ。一線を越えたはどちらが先かは知る由も無いが、な」
 アンデッドの専門的な知識を有するレイルは、ズゥンビ(死人憑き)を始め、大抵のアンデッドは分かる。しかし、黄泉醜女はジャパン固有のアンデッドなので、彼女の知識は及ばない。
 レイルと共に静馬の愛馬紅花の背を借りる三葉のボケに突っ込みを入れる侍の津上雪路(eb1605)。彼女は三葉達の中で唯一、黄泉醜女と戦った事がある。
「‥‥って空も飛ぶのかよ!? 弓用意した方が良さそうだな」
「黄泉醜女にも力の上下があるようだからな。今回、熱田神宮を襲来した黄泉醜女には、そのような力を持つ者はいないようだが、此処まで密かに手を伸ばせる者が居らぬとは言い切れん。再度の襲撃、執拗に狙う訳を単純に見れば‥‥この地の混乱、若しくは神宮が持つ聖域辺りが理由だろうしな‥‥」
 雪路から黄泉醜女の事を聞き、梓弓を用意するアトゥイチカプ。全員が馬に乗っているのも、いち早く熱田神宮へ着きたい彼の提案だ。
「最初に熱田神宮が黄泉醜女に襲われた時、『虎長さんの怨念が黄泉醜女を呼び寄せた』という噂が流れたと聞いています。もし、そうだとしたら、死しても尚安息の眠りを約束されない黄泉醜女や虎長さんは可哀想ですよね」
「‥‥そうだな。俺達に今出来る事をする、それだけだ」
 レオナールは三葉を安心させるようにウインクすると、愛馬の手綱を握り、先を急いだ。


●遭遇戦
 那古野城下を南に下ると、熱田神宮への参道が姿を現す。参道は整備され、馬を併走させてもまだ余裕があった。
 しばらく愛馬を走らせると、鎮守の熱田の杜(もり)が見えてくる。
「ん? ‥‥三葉さんと同じような格好をした人が何人かいるぞ?」
「私と同じような服装ですか? でしたら巫女さんかも知れませんねぇ」
「熱田神宮の巫女と見るべきだろうな。出来れば熱田神宮へ着いてから、黄泉醜女と死人憑きの現在位置と状況は確認したかったが」
「ああ、巫女さん達は参拝客を避難させてるんだろ。騒ぎのある方に行けばターゲットは直ぐ見つかると思ってはいたがな」
 目の良いアトゥイチカプがいち早く参道上に人影を見付けると、三葉が自分と同じ服装をしているという事から巫女ではないかと当たりを付ける。静馬とレオナールは状況が状況だけに、黄泉醜女と死人憑きから参拝客を保護し、逃がしている熱田神宮の巫女達だと踏んだ。
「ズゥンビは‥‥6体のようだねぇ」
「黄泉醜女は‥‥三体だ。あの、かさかさに乾いた肌をした人間の木乃伊(みいら)のようなアンデッドが黄泉醜女だ」
 レイルが死人憑きを、雪路が黄泉醜女を、それぞれ確認する。特に黄泉醜女は雪路しか知らないので、皆、外見特徴をしっかり刻み込んだ。
「危なさそうなので、一刻も早く倒してしまいましょう」
 自身の得物である陰陽小太刀「照陽」バーニングソードを付与した静馬は、道返の石を後方で待機する三葉に渡す。発動に十分掛かる道返の石を使っている余裕はない。
 雪路も自身の得物やレオナールの長棍棒(ロングクラブ)にオーラパワーを付与する。アンデッドが相手なら、よりダメージを期待できる。
「黄泉醜女と戦うまでに少しでも猶予があれば、準備が必要な事にも対応出来たけどね」
 逆に言えば馬で来たからこそ、この場に出会す事が出来たとも言える。
 アトゥイチカプは梓弓に矢を番え、寸分違わず巫女達と黄泉醜女との間に矢を突き立てた。
「ただでさえ数で負けてる上に、こっちは後衛が2人で、残り4人で前衛を支えてもらわないといけない、と。数を減らして出鼻を挫くよ!」
 続けてレイルがコアギュレイトを唱え、一体の死人憑きの動きを止める。
「加勢する!」
 桃の木刀を振り翳す雪路と、炎を吹き上げる愛刀を構えた静馬が巫女達と黄泉醜女との間に割って入った。
「あなた達は!?」
「騎兵隊さ」
 何か企んでます的な悪人笑いを浮かべながら、静馬は懐に入れておいた神音の書状を巫女の一人に放る。それで依頼を受けた冒険者だと分かるだろう。
「後ろにあんた達と同じ巫女の格好をした俺達の仲間が控えている。俺達が黄泉醜女とズゥンビを引き付けている内に、そこまで参拝客を避難させて、ついでに俺達の馬も神宮まで連れて行ってくれないか?」
「‥‥だが、あなた達だけでは‥‥」
「まっ、俺達に任せとけって。ここに生きる人達が居るだから守る、それで充分だろ?」
「分かったわ。私は叶子(かのこ)、ちゃんと帰ってこないと、荷物、神宮でもらっちゃうわよ」
「レオナールだ。神聖な場所だけに縁起を担ぐ、ってね。それに可愛い娘との約束は必ず守る」
 先程まで前に立って黄泉醜女と戦っていた、艶やかな黒髪をツインテールにし、結い上げた巫女――おそらく戦巫女(僧兵)だろう――は、数が多いので自分も加勢しようと思っていたようだ。
 死人憑きの一体を長棍棒でぶっ叩きながら、レオナールは笑顔で自分の胸をドンッと叩く。戦巫女の後ろからホーリーを放っていたポニーテールの巫女は、その場違いな余裕から「必ず戻る」という彼のアピールを受け取り、軽く吹き出しながらも安心したのか軽口を叩いてくる。レオナールは死人憑きの方へ振り向き長棍棒を構えた。


 数の上では黄泉醜女と死人憑きの方が上だが、レイル達は劣勢を連携で十分補った。
「なんか最近こんな仕事ばっかりだな」
 レイルがコアギュレイトで死人憑きの動きを一体一体着実に止めて行き、レオナールが長棍棒でぶっ叩いてゆく。
 死人憑きの数は多いが、動きは遅く、攻撃も単調なので、回避に長けた彼にはかすりもしない。
 コアギュレイトで半数を無力化すると、レイルもホーリーに切り替えてレオナールと共に二人で六体の死人憑きを倒していった。


 レオナールとレイルが死人憑きを引き付けているので、アトゥイチカプ達は黄泉醜女に集中できた。
「苦手な物が眼前にちらつけば、多少は攻め入る隙も出来ると思ったが‥‥」
 雪路はストリュームフィールドを使用した黄泉醜女と対峙していた。
 黄泉醜女の爪を軍配で受け流しつつ、桃の木刀を振るうが、ストリュームフィールドに阻まれる事もあり、なかなか当たらない。
「再生能力も持っているから、一気に畳み掛けるしかないぞ」
 そこへ一体の黄泉醜女を仕留めた静馬が加勢する。彼も黄泉醜女の爪をリュートベイルで受け流しつつ、照陽を当ててゆき、動きが鈍ったところを見計らってスマッシュを叩き込んだ。
 途中、ウインドスラッシュを何度か喰らったが、三葉にリカバーで治療してもらっている。
「空を飛ぶだけではなく、ライトニングアーマーまで纏うとはな!」
 アトゥイチカプは前衛に近い位置取りで、雪路とは対角に黄泉醜女の背中を取れるよう回り込み、そこから常に弓を射るようにしていた。
 雪路の持つ桃の木刀のお陰で黄泉醜女達の動きは鈍っているので、矢は惜しまず、一体に畳み掛けるように放ち続けた。
 遂には黄泉醜女と死人憑きを全て倒したのだった。
「もしもの時は、死人憑きの足元を救おうと、近くの木の根元にロープを巻いていたのですけど」
「備えあれば憂い無しさ。三葉が後方で控えているお陰で、俺達は心おきなく前線で全力で戦っていられるんだ」
 ロープを用意したり、ホーリーフィールドを張る準備をしたり、火のエレメンタラーフェアリーのトメキチさんにクリエイトファイヤーで火を付けてもらおうとしたりと、前線が突破された時の事を考えていた。
 静馬が言うように、後方の三葉がこれらの準備を使わないなら使わないに越した事はないし、作戦勝ちを収めたともいえる。逆に使う時は静馬達前線が突破されてしまった事を意味している。
「他に黄泉醜女や死人憑きが残っていないか、周囲を見回らないかい? あくまでここにいたのは確認されていた黄泉醜女や死人憑きであって、それが全てじゃないかもしれないものね」
「そうだな、隠れている奴がいるかもしれない。油断は禁物だ」
「桃の木刀があった方がいいだろう」
 レイルの提案にレオナールと雪路が賛同すると、三人で辺りを見回る。万一、黄泉醜女が残っていたとしても、桃の木刀があれば対処しやすい。
 その間、三葉を中心に、アトゥイチカプ達は黄泉醜女と黄泉醜女によって死人憑きに変えられた者達が安らかに眠れるよう、手厚く葬った。
「もし黄泉人がこちらに来たら、『何の目的でここに来たのです?』と話し掛けてみたかったですねぇ」
「目的か‥‥死人に口なしである以上、あいつらに心当たりを確認しないとな」
 三葉の疑問に応えられるのは、依頼人本人の神音しかいないだろう。
 熱田神宮より参拝客の避難を終えて戻ってきた叶子の姿を見ながら静馬はそう思った。


●滝夜叉
 レイル達が熱田の杜周辺に黄泉醜女がいない事を一通り確認して戻ってくると、叶子の案内で社務所へ通された。社務所の前にはちゃんとアトゥイチカプ達の愛馬が繋がれている。
「約束通り戻ってきただろ?」
「うん、ありがとう。尾張では合戦が始まったから、民が不安がって参拝者も増えているのよ。私達だけでは参拝者を護るのがやっとで‥‥後、厚かましいかも知れないけど、神音の憂いを取り除いてあげて欲しいの」
 お礼を言いつつ、レオナールに参拝者が増えている理由を告げる叶子。彼女は仕える巫女としてだけではなく、幼馴染みとしても、神音の事を心配していた。
 その後は戦巫女・焔華(ひのか)に連れられて、神音の前へ。そこには雪路達を労うお茶の準備が整えられていた。
「熱田の姫巫女として、参拝者を護って下さり、ありがとうございます。ささやかではありますが、戦いの疲れを癒して下さい」
「念の為、熱田の杜周辺を見回ったけど、黄泉醜女は確認できなかったよ」
「私も邪気は感じませんから、レイルさん達が全て倒された、と考えて問題ないでしょう。それと、叶子が失礼な事を申し上げたようで、すみません」
「気にしてないし、ここが襲われる理由なんて俺には関係ないさ。何か事情がありそうだけど、んな細かい事気にしても仕方ないしな」
 お茶と茶菓子を戴きながら、レイルとレオナールは神音に戦いの様子と結果を報告する。
「それにしても黄泉人達って何が目的で此処に来たんでしょうねぇ?」
「どちらかというと‥‥形として奴らが欲しがってる何かがあるような気がするな。危険を冒してまで踏み込もうとしてるんだしね」
「二回目に当たる今回の襲撃は流石に気になるよな。小烏丸を始め、お宝が結構眠っているんだろう?」
「姫巫女殿には担う責もある、答えられぬ事もあろうがね‥‥しかし、総てを統べる『姫』の名冠する以上、自身は自身の物に非ず。一人で出来る事は己が思う程多くはないものさ、其が誰であろうと、ね?」
 最初は三葉とアトゥイチカプの雑談から始まったが、普段はのほほんとした三葉が真顔で神音の力になると言い、確証がある訳ではないので静馬が鎌を掛ける傍ら、雪路は諭し始める。
「‥‥黄泉醜女を熱田に放ったのは、おそらく、滝夜叉と名乗る女性です。素性に心当たりはありませんが、私と同じ容姿をしていました。滝夜叉の狙いは‥‥熱田大神様、皆さんにとっては草薙剣の神霊と言った方がよろしいでしょう。熱田の杜の聖域を冒して弱体化させ、熱田大神様を欲しているのかも知れません」
 ぽつりぽりつと今回の黄泉醜女襲撃の事情を話す神音。
「草薙剣の神霊って、カムイを手に入れる事は出来るのか?」
「『器』があれば可能です。その器については詳しくは言えませんが、滝夜叉は器を手に入れたのかも知れません」
 カムイラメトクらしいアトゥイチカプの疑問だが、草薙剣の神霊は受け皿となる器があれば熱田神宮より持ち出す事は可能のようだ。
「二度ある事は三度あるっていうし、黄泉醜女がダメだったんだ。今度はその滝夜叉ってお姫さんが直接乗り込んでくるかも知れないな。その時は遠慮なく俺達を呼んでくれ。駆け付けるぜ」
「御霊代様は護らないと大変ですよ。その時は私も、及ばずながら力になりますね」
 二度に渡る黄泉醜女の襲撃をはね除けた。しかも獲物は草薙剣の神霊だから、次に来るとすれば黒幕が直接乗り込んでくる。そう推測したレオナールは、神音に安心するよう自分の胸を叩き、三葉はにっこりと微笑んだのだった。