大聖堂落成式

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:08月05日〜08月12日

リプレイ公開日:2007年08月17日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
 そしてつい先日、尾張の統一を賭けて、お市の方と信行・信忠との間で合戦が行われたのだった。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 虎長亡き後、那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に建造中の、尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)へその居を移していた。
 ジーザス会とは、聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。だが、尾張ジーザス会の活動は、目下カテドラルの建造のみで、特に布教活動は行っていない。尾張に住む者の中にはジーザス教徒もおり、カテドラルの噂を聞き付けて礼拝に訪れると快く貸してくれる。その程度だ。


 木造のジャパン家屋が建ち並ぶ那古野城下の街並みの中に一際異彩を放つ、石造りの荘厳なカテドラルは、着工から約一年半の歳月を掛けて完成した。
 虎長が暗殺された後、世捨て人同然にジーザス教へ帰依した濃姫は、尾張ジーザス会の活動資金を提供するばかりではなく、このカテドラル建造のスポンサーも務めている。
 虎長が彼女に残した遺産を湯水のように尾張ジーザス会へ注ぎ込み、完成すれば京都一円で最大規模の大聖堂になるといわれていたが、城が丸々一つ作れるだけの金を投じただけの事はあり、カテドラルは那古野城よりも大きい。南北に細長く、一般的な聖堂というよりは塔に近い。


「ようやく完成したな」
「尾張は質の良い礎が多かったからのぉ。その分、完成も早くなったのじゃ」
「場所を提供した甲斐があるというものよ。これであの人の無念を幾ばくかでも晴らせる」
 濃姫と尾張ジーザス会を取り仕切る宣教師ソフィア・クライムは、中庭からカテドラルを眺めていた。
 濃姫の言うあの人とは、亡き夫虎長の事だ。彼女は熱田神宮に弔われていた虎長の位牌を、独断でカテドラルへ移している。カテドラルを造ったのも、未だに暗殺した犯人が捕まっていない夫への盛大な供養の為とも思えた。
「後は内々で構わんから、礼拝に訪れている教徒に声を掛けて落成式を開きたいものじゃな」
 カテドラルの礼拝堂や宣教師達の住居は先に完成しており、話を聞き付けて尾張の各地に住んでいるジーザス教徒が礼拝に訪れていた。
 特に津島神社の門前町であり、木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)を使った商業が盛んな河港町津島は、堺との独自の航路を持っており、貿易に訪れた外国人が多く移り住んでいる。外国人の中にはジーザス教徒もおり、時々礼拝に訪れているのだ。
「このご時世だ、大々的に落成式をしたらどう? 冒険者にも手伝ってもらって」
 お市の方と信行は既に一戦交えているし、那古野城の近郊も主戦場の一つとなった。にも関わらず、那古野城下は特に閉まってる店も無く、活気に溢れており、あまり切羽詰まった雰囲気は感じられない。
 それだけ那古野の民がお市の方を信頼してる証だろう。
 とはいえ、合戦を快く思っている者は多くないだろうし、内心、不安なのは否めない。
 濃姫はそういった那古野の民の不安を拭う為にも、カテドラルの落成式(=祭り)を行うべき、と考えていた。しかし、彼女達では野点をしたり、賛美歌を歌う程度のもてなしが精々。そこで冒険者に頼もうと思ったようだ。
「ん‥‥あの娘は‥‥」
 宣教師ソフィア・クライムは視界の片隅に、赤毛のツインテールを揺らしながら礼拝堂へ入る、一人の少女の姿を捉えた。
 外套を翻し、胸当てと肩当てを付けた少女は、背負っていた愛用の大斧と腰に差していた銀の短剣を礼拝堂の入口で宣教師に預け、中へ入ってゆく。カテドラルの中は聖域の為、武器やマジックアイテムといった類は持ち込みが禁止されている。
「エレナ、と申したな」
「あ、宣教師ソフィア・クライム。こんちには」
 少女――エレナ・タルウィスティグ (ez1067)――の礼拝が終わるのを待って、宣教師ソフィア・クライムは彼女に話し掛けた。エレナも挨拶を返す。
 エレナはイギリスでは男爵位を持つ貴族(=騎士)だったが、遺跡探検を生業としており、未だ見ぬ遺跡を求めてジャパンへ渡ってきた。今は津島湊に居を構えている。
「確か、そなたの姉は敬虔なジーザス教徒だった、と話しておったな」
「‥‥はい‥‥」
 彼女自身は敬虔なジーザス教徒ではないが、姉――イングリッド・タルウィスティグ(ez1068)――の影響で、週一の割合で礼拝に訪れており、それで宣教師ソフィア・クライムも覚えたようだ。
 しかし、姉の事が話題に上ると、エレナは表情をにわかに曇らせる。
 イングリッドは妹と共にジャパンへ渡ってきたが、礼拝に来る事は出来ない。何故なら、イングリッドは同性の魂を好んで啜る夢魔(サッキュバス)に度々取り憑かれ、その一体、ティリーナという夢魔と共に石像と化し、封印しているからだ。また、ティリーナの姉に当たるスティアも冒険者の活躍で同様に封印されており、エレナの家に保管してある。二体の姉に当たるシュタリアは逃してしまったが、夢魔三姉妹の忌まわしい思い出が残るイギリスにいたくない、というのもエレナがジャパンへ越してきた理由の一つだ。
 足繁く通っているのも、礼拝に来られない姉の代わりかも知れない。
「そなたの姉だが、尾張ジーザス会で預からせてもらえんじゃろうか?」
「!? お姉ちゃんを元に戻せるのですか!?」
 宣教師ソフィア・クライムの突然の申し出に、エレナは目を見開いた後、歓喜の表情を浮かべるが、それも束の間、再び表情を曇らせる。
「うむ。姉を元に戻せば、夢魔二体も開放してしまうそなたの心配はもっともじゃ。だが、安心せい。このカテドラルが完成したからには、その聖域の中では如何なる悪魔も生き延びる事は出来んよ。もちろん、もらうものはもらうがな」
「お姉ちゃんが元に戻るのなら、いくらでも寄進します!」
 宣教師ソフィア・クライムは彼女の心配事を見透かしたかのように応えた後、カテドラル内ならその心配はないと安心させる。
 エレナは寄進を申し出るが、これは教会へ身を寄せるクレリック達の生活費になったり、教会は旅人を歓待する場所でもあったので、珍しい事ではない。
「いや、金品を強請(ねだ)るつもりはない。そなたの姉は敬虔なジーザス教徒と聞いた故、是非、我が尾張ジーザス会に宣教師として迎えたいのじゃ」
「‥‥お姉ちゃんが宣教師‥‥それは、あたしの一存じゃ決められないです。お姉ちゃんが元に戻ってから本人に聞かないと」
「では、姉が了承すれば、そなたは異論はないのじゃな?」
「も、もちろんです。お姉ちゃんのやりたい事を止めるつもりはないです」
 エレナは逡巡する。だが、イングリッドは既に二年近く石化しており、彼女も一日でも早く元に戻したいと切実に思っている。背に腹は代えられない、とばかりにエレナは宣教師ソフィア・クライムの条件を呑んだ。どちらにせよ、決めるのは自分ではなく姉なのだから。


 斯くして、那古野の人々を招いた落成式が執り行われる事となり、その影で一人の女性が呪縛から密かに解放される事となった。

●今回の参加者

 ea0110 フローラ・エリクセン(17歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea0437 風間 悠姫(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea0547 野村 小鳥(27歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2638 エルシュナーヴ・メーベルナッハ(13歳・♀・バード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb0451 レベッカ・オルガノン(31歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

幽桜 哀音(ea2246)/ 槙原 愛(ea6158)/ パラーリア・ゲラー(eb2257)/ 幽桜 虚雪(eb3111

●リプレイ本文


●夢魔三姉妹
「大聖堂完成コングラッチュレ〜ション♪ みんなの安らぎと憩いの場になるといいね、ねっ!!」
「尾張を統一する為に避けて通れないとはいえ、合戦で人々の心も荒れてるし、ここらで明るい気分でお祝いするのは良いね」
 陰陽師(と書いて魔女見習いと読む)慧神やゆよ(eb2295)の元気な言葉に、ジプシーのレベッカ・オルガノン(eb0451)が応える。
「ただ、気になる事がありますねぇ。単なる杞憂だといいのですけどぉ」
「尾張ジーザス会にデビルが入り込んでる、って話だね。こないだの私の卦にも出ていたし、月華(つきか)さんの言葉も気になるけど‥‥お市さんのお義姉さんのお濃様の手前、迂闊な事は出来ないしねぇ」
 武道家の野村小鳥(ea0547)にレベッカが頷く。化け兎の上位妖怪・妖兎の中でも、尾張は知多半島にのみ生息している『月兎族』が長女、月華がレベッカ達の問い掛けに対し、尾張ジーザス会に悪魔が荷担している事を否定しなかったのだ。
 浪人の槙原愛も、尾張で霧状になって逃げる女悪魔と戦った事があった。
「霧状になれる悪魔って‥‥」
「確証は持てへんが、あいつらの可能性大やな」
「‥‥サッキュバス3姉妹‥‥ですね‥‥」
 エルフのバード、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)とウィザードのシーン・オーサカ(ea3777)には、槙原が戦った悪魔に心当たりがあった。エルフのウィザード、フローラ・エリクセン(ea0110)が言う『サッキュバス三姉妹』だ。
「百合な奴らやから、却って女性は要注意や。遭うたびに強うなるデビルで、頭もエエから同じ手は通じひん」
「相手を石化、するキス‥‥といった、サッキュバス‥‥にはない特殊な力も、備えて‥‥います」
「色んな系統の魔法も使うしねー‥‥対策考え始めたらキリが無いよ」
 シーンがファンタズムの巻物で、サッキュバス三姉妹の顔を再現し、フローラとエルシュナーヴがその人となり(?)を説明してゆく。
「この幻影を見る限り、宣教師ソフィア・クライムも宣教師シュタリア・クリストファも当てはまらないか」
 浪人の風間悠姫(ea0437)は以前、尾張の大聖堂の手伝いをした事があったので、宣教師達とも面識があった。シーンの見せるファンタズムは見覚えがなかったが、シーンは逆に悠姫の挙げた名前に聞き覚えがあった。
「何故、デビルがジャパンにいるんだろ? ヨーロッパとかにしか居ないと思ってたのに‥‥それにしても同性愛のサッキュバスって一体‥‥」
「尾張ジーザス会と悪魔の関係については、確証がまだない事ですけどもぉ‥‥真実じゃないといいのですけどぉ‥‥そうもいかなさそうですぅ‥‥」
(「シーン達が知っているかも知れない宣教師シュタリア・クリストファ、このタイミングで解呪を提案した宣教師ソフィア・クライム、イングリッドが自身ごと石化封印したという二人の夢魔‥‥嫌な予感がする」)
 レベッカの疑問はもっともだ。ジャパンにも固有の悪魔はいるが、サッキュバスは明らかにヨーロッパから渡ってきた悪魔だ。小鳥の言葉に悠姫は一抹の不安を拭えなかった。


●大聖堂
「にゃっす! よ〜やく京都に来れたけど尾張まで行けないのニャ。てんむすに味噌煮込みうどん〜、今度食べに行くニャ☆」
 パラのレンジャー、パラーリア・ゲラーに見送られ(お土産を強請られ?)、セブンリーグブーツを履いたジャイアントの神聖騎士、ネフィリム・フィルス(eb3503)と、韋駄天の草履を履いたファイターの明王院未楡(eb2404)、シーンより借りたフライングブルームに跨る忍者の梅林寺愛(ea0927)は一足先に京都を発ち、尾張入りした。


「カテドラル(大聖堂)は司教座聖堂のハズだから、ここの責任者のソフィア・クライム師はジーザス会でも相当な法力と地位の持ち主であるとみて間違いないと思うのさね」
「何時も物言わぬ姿を見続けたリッド姉。その封印がそんな偉い人によって解かれる‥‥心の底から嬉しいですよ」
「同じジーザス教徒としても喜ばしい限りの出来事だし、エレナっちの姉さんの儀式が無事終わる事を祈るさね」
(「でも、不安ですよ‥‥再び独りで生きる事になるのです? だからこそ‥‥早く、早く動くリッド姉を見たいと思ったのですよ。エレ姉みたいに‥‥自分を受け入れてくれる人か、知りたいから」)
 ネフィリムの言葉を聞いて、愛は胸を撫で下ろす。ナイトのエレナ・タルウィスティグ(ez1067)は天涯孤独な彼女に手を差し伸べ、愛は義妹になった。そんなエレナの津島町の家には、物言わぬ姉のイングリッド・タルウィスティグ(ez1068)の石像が安置されていた。
 二人は濃姫に案内され、大聖堂の中を見学した後、宣教師ソフィア・クライムと面会した。彼女は司祭だという。大聖堂を管理するのは通常は司教や大司教だが、状況や必要によっては司祭が任命を受ける事もある。ジーザス会は多くの宣教師をジャパンへ派遣しているので、宣教師ソフィア・クライムのように司祭でありながら大聖堂を任せられたようだ。


 落成式は大聖堂内で開かれるが、式典の余興が中庭に設えられたミニステージで行われる。その余興をカフェテラスで楽しむ為に、未楡を中心に当日のカフェテラスで出すメニューの準備が進められた。
 メニューは飲み物は緑茶を中心に、麦湯(=麦茶)の他、ヨーロッパ風にミルクとハーブティも用意された。
 茶請けとして、那古野城下に広まりつつあるビスケットが焼かれる。プレーンの他、胡麻に抹茶、胡桃と大人の味の柚子も練り込まれる。
 未楡はエレナの紹介で、尾張随一の貿易河港町、津島町の露天商を訪ねた。城下町の奥様方に安い店を聞こうと思っていたが、「大量に仕入れるなら1つのお店で一括した方がいいわよ」とエレナの助言を受けたのだ。


 悠姫達が那古野城下へ着く頃には、未楡もビスケットの製作と茶葉の用意を終えており、後は落成式を持つばかりとなった。


●落成式
「先のチャリティバザー、お花見と皆様にご好評でしたビスケットと御茶を扱っております。また、珍しい氷菓子もご用意しております。ほっと一息付いていかれては如何ですか?」
 未楡が大聖堂の入口に立って、カフェテラスへの呼び込みを行っている。
「大人四人だな? ジャパン風と欧州風の座席があるがどちらがよいか? ふむ、欧州風だな。では案内するから付いてきてくれ」
 巫女装束を身に纏った悠姫が、カフェテラスの入口で応対に当たる。何度か経験している事もあり、恥じらいは幾分消え、流暢に案内できるようになっていた。
「大分暑くなってきましたしぃ‥‥冷たいものが美味しい時期ですよぉ♪ 冷たくて甘くて美味しいかき氷は如何ですかぁー♪」
 悠姫と同じく、巫女装束に身を包んだ小鳥が注文を取る。お勧めは未楡も宣伝していた氷菓子――かき氷――だ。
「注文、入り‥‥ます。緑茶と柚子、ビスケットのセット‥‥が2つ。かき氷が2つ、です‥‥」
「了解や。じゃんじゃん作るで! しっかし、フローラ、その服めっちゃ可愛ええな〜♪」
「‥‥本当、はシーン‥‥だけに見せたい、のですけ‥‥どね」
(「あぅ、悠姫さんもフローラさんもいい体型してますぅー‥‥むぅ」)
 フローラが注文を厨房へ告げると、クーリングの巻物を使用して氷を作っているシーンが元気良く応える。フローラも巫女装束で給仕を行っており、着慣れたローブとは違う感覚に、足回りなど苦労しつつも笑顔を絶やさないよう努めていた。シーンからすればその初々しいフローラの姿を見るだけで心が癒された。
 小鳥と悠姫も注文を告げに来るが、小鳥は彼女達のスタイルと自分のそれを見比べて、人知れず落ち込んでいた。


「前、ロイエンおねーちゃんに渡してくれたイングリッドおねーちゃんのペンダント、持ってくるの忘れちゃった。まだロイエンおねーちゃんが持ったままなんだよね‥‥」
「いいのよ、あれはロイエンに上げたものなんだし。少しでも生きている人の役に立っていれば、お姉ちゃんも幸せでしょ」
 ミニステージでの出し物を控え、久しぶりに再会したエルシュナーヴとエレナは歓談していた。
「解呪には立ち会えないみたいだけど、イングリッドさんが身を挺して封印しているサッキュバスが無事退治出来たかどうか、顛末を教えて欲しいの」
「だいじょーV! ソフィアおねぇーさんにお任せあれだよ。それに盛り上げイベントを成功させる事が、エレナおねぇーさんのお姉さんの解呪が上手くいくよう祈願する事になるんだよ!」
 やはり実の妹でも姉の解呪に立ち会えない事に、レベッカとエレナは不安を感じていた。しかし、宣教師ソフィア・クライムを根っから信頼しているやゆよは、二人を元気付けるように自身の胸をドンと叩いたのだった。


 ミニステージの最初の出番は愛だ。薄絹の単衣を羽織り、くろやぎお面を被ってステージ上へ登場する。
(「今日の為に家で練習したのですよ。みんなには負けないのですよ」)
 愛がいち早く尾張入りしたのは、実家でもあるエレナの家で出し物を練習する為だった。
 一匹目の紙蝶を扇子を扇いでまるで生きているかのように舞わせ、途中死角を利用して二匹目を出現させ、最後は扇子もろとも蝶を忽然と消し、数枚の紫陽花の花弁が舞う。
「胡蝶の舞、楽しんで戴けたのですよ?」
 愛の髪を蝶と扇子に結びつけ舞わせる手芸だが、髪の存在を気取らせないよう練習した甲斐があり、最後まで誰も気付かなかった。


「その構えはアルスター流かい? もっとも、斧使いのナイトと戦うのは初めてさね」
 続いて、ネフィリムとエレナがステージに立つ。それぞれの得物はスターホイップと刃を潰した大斧(ウォーアックス)。二人とも、本来の流派から離れた装備だ。
 先手を取ったのはエレナ。フットワークを活かして大斧を振り下ろす。ネフィリムはボーティングで受け流すと、スターホイップを振るう。エレナの身体を打つものの、絡め取るまではには到らない。
(「なかなかいい動きさね。盾がなければあたしも危ういさね」)
(「斧を使っているのは実用重視か。あれではスマッシュは狙えまい‥‥ふふ、私も根っからの剣士だな」)
 エレナは一撃離脱戦法を得意としており、攻撃はネフィリムには及ばないが、攻守共にバランスが取れている。
 エレナが敗れる姿を見ながら、悠姫は身体が震えているのに気付いた。剣士としての性か、観戦しているうちにネフィリムやエレナと剣を交えてみたいとウズウズしていたのだ。
 その後、悠姫は巫女装束の白衣を脱ぎ捨て、上半身さらし巻きの姿で太刀「岩透」を片手に、ステージへ乱入したのは言うまでもない。


「手に汗握る戦いの後は、私達のツインズな踊りを楽しんでね」
 レベッカとやゆよ、エルシュナーヴがステージへ上がる。
 レベッカとやゆよはステージの左右に分かれ、エルシュナーヴがシフールの竪琴で爪弾く伴奏に合わせ、先ず明るめのテンポの左右対称の踊りを披露する。
 続いて、天使の輪っかの代わりにレインボーリボンを巻き、エンジェルドレスを纏い、天使の羽根飾りを背に湛えた、カテドラルの見習い天使姿のやゆよがステージの前方中央へ。本当に空を翔るかの如く、軽やかにショートステップを繰り返す。その間、レベッカは後ろでバックダンス。
 今度はレベッカとやゆよが入れ替わり、故郷エジプトの気怠いゆったりとした踊りを魅せる。

♪蒼穹に鳴り唄う蝉時雨
 吹き抜く風に潮の匂い
 宵に踊る蛍火の輪舞
 夜空に咲いた蒼い華♪

 最後は、エルシュナーヴがステージの中央前方へ。ゆったり優しく、しっとりした感じの歌を紡ぎ、レベッカとやゆよがバックダンスで花を添える。
「ジャパンの夏の風物詩を歌にしてみたんだけど、エル、上手く唄えてた?」
 観客から返事の代わりに拍手喝采が起こった。


●忍者は見た!
 やゆよ達のステージが終わる頃には、落成式も大詰めを迎えていた。
「そういえば愛ちゃん‥‥着替えに行ってから見てないですけどぉ‥‥どこにいったんでしょうかぁ??」
「って、ちょっと、あれ、愛じゃない!? それにお姉ちゃんも!?」
 自分の出番が終わってから「着替えに行く」と小鳥に言い残し、愛は姿を眩ましていた。心配になった小鳥がエレナに相談すると、落成式の式典の方に何故か修道女姿の愛と宣教師姿のイングリッドがいた。
 宣教師ソフィア・クライムの話では、愛は尾張ジーザス会の洗礼を受け、イングリッドは宣教師になったそうだ。
「愛! どういう事よ!? お姉ちゃん、元に戻って嬉しいけど‥‥」
「私はリッド姉の解呪を覗き見、尾張ジーザス会の奇跡に感銘を受けたのですよ。洗礼を受けたので、もうエレ姉は必要ないのですよ。今日から大聖堂が私の帰る場所なのですよ」
「エレナ、心配を掛けましたわね。わたくしは見ての通り元に戻りましたわ。わたくし、この御恩を尾張ジーザス会へ返したいと思いますの。ですから宣教師になったのですわ」
 愛は自らエレナへの決別を告げ、イングリッドも石化を解いてくれた尾張ジーザス会の為に働きたいと言い出した。
「お姉ちゃん‥‥愛‥‥」
「石の中の蝶の反応はなかったし、今は2人の意思を尊重するしかないさね」
「流石に少し疲れたな、一晩泊めてはもらえまいか?」
 姉が元に戻り、これで義妹と三人、幸せな生活が送れると夢見ていたエレナは、逆に一度に姉と義妹を失う事となった。落胆する彼女の肩にネフィリムは手を置き、悠姫はそう声を掛けるのが精一杯だった。


(「覗き見くらいなら罰は当たらないのですよ」)
 芸を披露した後、濃姫から借りた修道服に着替え、修道女に見えるように変装した愛は、大聖堂内へ潜入し、予め聞いておいたイングリッドの解呪を覗き見ていた。
 宣教師ソフィア・クライムを中心に、濃姫達によってイングリッドの石化が解かれ、同時に夢魔の二人の石化も解除される。
 しかし、宣教師達に夢魔を倒す気配はない。
「好奇心は身を滅ぼすわよ?」
「!? んぐ!?」
 愛の後ろから声がする。気が付いた時には紺の鎧に身を包んだ神聖騎士姿の宣教師シュタリア・クリストファがおり、振り返ると唇を奪われた。
「変装して潜り込んだつもりのようだが、尾張ジーザス会の宣教師達は全て把握しておる。宣教師ソフィア・クライム、どうする?」
(「あ、足から石になっているのですよ!?」)
「『尾張ジーザス会へ、帰依』してもらおうかのぉ」
 愛の身体は足下から石化が始まり、動かない。濃姫と宣教師ソフィア・クライムはそんな愛の様子は気にせず、処遇を話し合っている。
 尾張ジーザス会へ帰依する! 嗚呼、何と甘美な響きなのだろう!! 今の愛にはそう思えてならない。
『お姉様、この娘、食べましょうよ』
『ええ、2年ぶりの食事だものね。よーく味わって食べるわよ』
 既に石化は頭部に及んでいた。愛が最後に聞いたのは、そんな会話だったかも知れない‥‥。