七夕を祝おう

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月12日〜07月17日

リプレイ公開日:2004年07月20日

●オープニング

 その日は“霧の都”キャメロットも、珍しく夜霧が立ち込める事はなく、澄み渡った夜空が広がっていた。
 月道を通って遥々ジャパンからイギリスへ、ジャパン料理を広めに来た元・志士仁藤高耶は、その日の夜も豆腐の仕込みに追われていた。
 高耶はクリエイトウォーターに関しては専門の域だが、いかんせん豆腐作りには大量の水が必要だ。立て続けに魔法を使う為、仕込みが終わる頃には息が上がっている事もザラではない。
 イギリスは夏でも適度に涼しいが、まだ初夏とはいえ、それでも黒曜石の如き艶やかな黒髪から覗く高耶の額には汗が滲んでいた。
 仕込みを終え、汗を拭いながらふと夜空を見上げると、宝石箱をひっくり返したかのように、色とりどりの星々が思い思いに瞬いていた。
「‥‥天の川‥‥そういえば、今日は七夕じゃな」
 夜空を彩る、一際輝く星々の流れ――天の川――を見て、高耶は思い出したかのように呟いた。イギリスに来てからというもの、ジャパン料理を広める事だけに奔走し、暦もすっかり忘れていた有様だった。
「エゲレス人から七夕を祝うような話は聞かなかったし、エゲレスでは祝う風習はないようじゃな。とはいえ、七夕は女子(おなご)の手芸の上達を祈る祭り事じゃ。エゲレス人にも通づる所はあると思うがな」
 一年に一度だけ、七夕の日に彦星(牽牛星)と会う事を許された織姫星(織女星)は、天帝(神)の娘であり、機織りの名人だ。
 短冊に願い事を書くのも、機織りの名人の織姫星にあやかったのが起源という話もある。
「当日に気付いたのは彦星殿と織姫殿にすまなんだが、数日程度遅れても待ってくれても良いじゃろう‥‥笹はジャパンや華国の木故、エゲレスの市ではおいそれと手に入らないとしても、代わりの木を用意すれば祭り事はできそうじゃな」
 都合の良い考えだが、当日に思い付いたのだから仕方ないと、高耶からすればそれくらい寛容であってしかるべきだと思っていた。

 高耶はその足で冒険者ギルドを訪ね、一枚の依頼書を貼った。
『手芸上達を祈る祭り、七夕を一緒に祝う同士求む!』

●今回の参加者

 ea0453 シーヴァス・ラーン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0760 ケンイチ・ヤマモト(36歳・♂・バード・人間・イギリス王国)
 ea1128 チカ・ニシムラ(24歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 ea1434 ラス・カラード(35歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1458 リオン・ラーディナス(31歳・♂・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea1493 エヴァーグリーン・シーウィンド(25歳・♀・バード・人間・イギリス王国)
 ea2806 光月 羽澄(32歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3053 ジャスパー・レニアートン(29歳・♂・ウィザード・人間・ビザンチン帝国)
 ea3777 シーン・オーサカ(29歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)

●リプレイ本文


●下準備もみんなで楽しく
 七夕を祝おうと言い出した仁藤高耶は、自分の長屋に冒険者達を招こうと思っていたが、リオン・ラーディナス(ea1458)が気を利かせて、冒険者街にある一軒の酒場を借り切って行う事になった。
「本来なら私が手筈を整えなければならんのじゃが‥‥」
「いいって事よ。準備はみんなでやった方が楽しいしな。あ、その前に高耶さん、オレ、覚えてる?」
「一緒に先日、豆腐を売ったではないか。お陰で豆腐は順調に売れているのじゃ」
 リオンは心配になって自分の事を聞くと、高耶は苦笑混じりに答え、その視線を外で飾り付けをしているラス・カラード(ea1434)とシーヴァス・ラーン(ea0453)にも向けた。
「七夕がイギリスでやれるなんて、何だか嬉しいわ」
「七夕の事、色々と教えて下さいね。パパ達も冒険者で仲間の人にジャパン出身の人がいて、小さい頃七夕の事聞いた事あって、やってみたいなって思ってたんです」
 光月羽澄(ea2806)は高耶が用意した食材でジャパン食を作り、その隣ではエヴァーグリーン・シーウィンド(ea1493)がクレープの生地を作っていた。
「タカ、今日も豆腐売ってきた帰りなんやろ? 甘いモンで疲れ取って欲しいしな」
「もうちょい蜂蜜加えて、甘くしたらどうや?」
 シーン・オーサカ(ea3777)とイフェリア・アイランズ(ea2890)は、果物とエヴァーグリーンが持ってきた蜂蜜を使ってクッキーを作っていた。料理は専らシーンの仕事で、イフェリアはクッキーの型取りや味見を担当していた。
「シーンお姉ちゃん、あたしの方もできたよ。‥‥そのうち、好きな人に作ってあげたいな〜‥‥」
 チカ・ニシムラ(ea1128)は簡単なパン――今でいうホットケーキ――を焼き上げていた。湯気の立つパンを見ながら、このパンを毎朝笑顔でまだ見ぬお兄ちゃんに渡せれば‥‥と思うと、つい顔がほころんでしまう。
「ほぅ、なかなか美味そうな料理だな‥‥っと、パーティーが始まるまで我慢だ」
 ジャスパー・レニアートン(ea3053)はつまみ食いしたくなる衝動を抑えながら、できた料理から綺麗に盛り付けていった。

 ラスは『ジャパンの祭祀』と聞いて神聖騎士の礼服で粧し込んできたが、ケンイチ・ヤマモト(ea0760)達は普段着で、少々浮いていた。
「本来は“ササ”を飾るという事ですが、この木は‥‥」
「笹ににているが手に入らなかったそうです」
 ラスとケンイチはエヴァーグリーンが持ってきた笹飾りの切り紙細工を、樅の若木に付けていた。
「チョーチンランタンは飾らないのか? アンドーンランタンは? トウローランタンは?」
「この笹飾りに付いているのが、小さな灯籠のようですよ」
 大真面目に辺りを見回すシーヴァスに、ケンイチが手に持っていた笹飾りの上の部分を指差した。
「これでよし、と。以前ジャパンの友人から、ジャパンではまず何でもお供えしてから食すという事を聞いていてな」
「‥‥今までありがとうって、針をくよーするんですよね?」
「シーヴァスさんはあながち間違ってはいないけど、エヴァーグリーンさんは違います」
 その後、シーヴァスはお気に入りの豆腐花を、飾り終えた樅の若木に供えると、料理を運んできたエヴァーグリーンがそこに折れた針を刺そうとし、羽澄が慌てて止めた。その時、エヴァーグリーンは更に人参で作った馬細工を持っていた。

●織姫と彦星へ贈る詩
 酒場の外の川沿いに敷かれたござの上に樅の若木が飾られ、料理が並べられた。
「では、当人達には少々遅れてしまい申し訳ないが、織姫と彦星の年に一度の再会を祝して‥‥乾杯!」
「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」
 高耶は全員にタンブラーが渡った事を確認すると、乾杯の音頭を取った。タンブラー同士が合う、小気味良い音が辺りに響いた。
 満天の星空が輝く中、天の川もジャスパー達の乾杯に応えるかのようにその煌きを一層強めた。
「七夕って何かよう分からへんかったけど、要するにミルキーウェイを見ながらどんちゃん騒ぎするって事やな♪」
「へ? 五人が各々五色の服を着て、ポーズ決めてファイアーボムとかやるんやないの? なぁ、ジャズ?」
「‥‥シーちゃん、それ、どこの祭りだよ。七夕は、願い事を叶えてくれる神様を祭るジャパンの風習だと、祖国の友人に聞いた事があるんだ」
 イフェリアは早速、チカが焼いたパンを口一杯に頬張った。その横では七夕を別の祭りと勘違いをしているシーンに、ジャスパーが微妙にずれた説明をし、羽澄がそれ補足すると、七夕の由来である牽牛と織姫の恋話から始めて、本来の七夕について話して聞かせた。
 ケンイチが七夕の話に合わせてしみじみとした曲を竪琴で爪弾くと、皆、歓談を止め、料理や飲み物に舌鼓を打ちながら羽澄の話に耳を傾けた。
「あたし、ジャパン生まれなんだけど、向こうの事全然知らないから、もっともっとたくさん知りたいんだよね♪」
「こうしてお互いの祖国の事を理解し合う事はとても素晴らしい事です。他国の文化も是非、お聞かせ願えないでしょうか?」
「ノルマンの家庭料理はイギリスと違って、ミルクを使ったスープとかが主流だな。ソースの種類も多いし。後、ワインが有名だな」
 チカは牽牛と織姫の御伽話にいたく感銘を受け、高耶に別の話をせがんだ。
 ラスに故郷の事を聞かれたリオンは食文化に始まり、名産品などについて話した。
「ソースか‥‥先ずは山葵を手に入れたいものじゃな」
 高耶は何かを思い付いたのか、一人ごちた。
「ケンギューとオリヒメが、年に一度だけ許された逢瀬を祝うのか‥‥幸せになれると、いいな‥‥」
「一年に一度しか逢えないなんて、可哀相ですね‥‥あたし達で少しでも楽しくしましょう」
「宴を楽しくするのは賛成です‥‥では」
 感慨深く天の川を見上げるシーヴァスの横で、エヴァーグリーンがオカリナを吹き始めると、ケンイチが合わせて再び竪琴を爪弾いた。
「歌は好きだよ♪ ‥‥まだそんなに上手くないけどね〜」
「そうだな。音楽は楽しまないと意味がないよな」

『星舞う夜にめぐり会い 想い通わす幸いよ
 彼方に心をともに馳せ 空おおう輝き瞳に描く
 祭ろう 結ばれ逢う星を
 詠おう 集い重なる命を
 Starlight Fortune Stay This Night
 あなただけの輝き きっと見つかるから』

 エヴァーグリーンとケンイチの合奏に合わせてシーンが歌い出すと、先ずチカが加わり、次いで羽澄、シーヴァス、イフェリアと続いた。
 ジャスパーは覚えたばかりでたどたどしいが、横笛で合奏に加わった。
 リオンとラス、高耶はしばしその旋律に聞き惚れたのだった。

●私が書いた短冊
「皆の元に墨と筆が行っておると思うが、この短冊に願い事を書いて欲しいのじゃ」
「この『タンザク』に願い事を書けば叶うんやな!? ほ、ほんならうちは『背がもっとでっかくなりたい!』って書くで! 荷物持っても空が飛べるように、いつか絶対なるんや!!」
(「うちも同じ事書いてるな〜」)
 高耶に渡された墨の入った硯と筆を物珍しそうに見ていたイフェリアが真っ先に書き上げ、拳を握りつつ力説した。
 シーンも同様に『背が高くなりますように』と書いていた。髪をポニーテールにしているのは、背を少しでも大きく見せたい現れだった。もっとも、胸は歳相応をを遥かに凌駕するサイズだが。
「シーちゃんらしいな」
 シーンの短冊を見て微笑むジャスパーは、『双子兄とその友人が無事で健康に旅ができますように』と書いていた。自分の事は二の次に、ノルマンで旅から旅への生活が続いているバードの兄とジプシーの友人の事を心配していた。
「叶わない訳ではないが、願いとは努力して初めて近付けるものもあると思う」
「短冊にただすがるのではなく、目標として考え、叶うよう努力するのを忘れてはいけませんね」
「うん。おとうしゃまはお母さんの事『子守歌が上手な優しい綺麗な心の人だった』って。そんなバードになるのが今の目標なんです」
 シーヴァスは『いつかジャパンへ行き、友人とまた会えますように』と書いていた。ジャパンには正反対の性格ながらお互いを尊重し合う志士の友人がいた。
 また、ケンイチは『楽器演奏が上達しますように』と、エヴァーグリーンは『お母さんのようなバードになれますように』と書いた。
「高耶さんは短冊に何と書かれたのですか? 勉強はしているのですが、ジャパンの字はどうも読みづらくて」
「私は『ジャパン食がエゲレスの民に広まるように』じゃよ」
「高耶さんらしい願いだね」
 ラスは『全ての人々の罪が赦され、そして救われますように』と神聖騎士らしい願い事を書いていた。
 リオンは自分の願い事らしい願い事が思い付かず、『高耶の書いた願い事が叶いますように』と書き、既にこっそり飾っていた。自分の願いを叶えるより、高耶の願いを叶えて欲しいと思ったのだ。実は最初、樅の葉に直接願い事を書こうとしたのは内緒である。
「えへへ‥‥これでよし‥‥おに〜ちゃん♪」
「‥‥あなたも今、この星空を眺めているのかしら‥‥」
 チカと羽澄はリオン同様、自分の短冊は見えない所に飾っていた。お兄ちゃん好きのチカは『優しくて格好いいお兄ちゃんができますように』と、今は一緒に居ないが恋人のいる羽澄は『想い人とずっと一緒にいなれますように』と書いていた。
 なお、シーンは一緒の依頼を受けた女騎士エレナと孤児院の子供達を誘ったが、エレナは依頼に出ており、エインデベル達は日数的に来られず、代わりに願い事を書いた短冊をもらい、自分の物と一緒に飾った。

 全員の短冊が付け終わると樅の若木を川に流し、願い事が叶うよう天の川に祈りを捧げたのだった。
 この後も七夕を祝う宴は、エヴァーグリーンやチカ、イフェリアが眠ってしまうまで続いたという。