潮干狩りは危険がいっぱい!?
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 95 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月18日〜08月26日
リプレイ公開日:2007年09月02日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
そして遂に、尾張の統一を賭けて、お市の方と信行・信忠との間で合戦が行われたのだった。
――津島町。京都一円にある津島神社の総本社の津島神社の門前町であり、木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)を使った貿易と漁業が盛んな河港町だ。
大坂の堺との独自の航路を持っており、その所為か貿易に訪れた外国人が多く移り住む、異国情緒溢れる町でもある。
最近では、那古野城下の街外れに尾張ジーザス会のカテドラル(=大聖堂)が出来た事もあって、ジーザス教を信仰している者は那古野へ礼拝に赴く事も多くなり、那古野との繋がりも深まっていた。
「やはりジャパンの貝は美味いな」
地元で採れる海産物を扱った露天の店頭では、エルフの女性が竹串に刺した茹で田螺(たにし)を食していた。
田螺は水田や用水路に生息する、ジャパン人にとって馴染み深い貝だろう。
「今の時期、田圃の手入れをすれば嫌でも採れるからね」
尾張各地の田圃では、青々とした稲穂が日に日に延びている。お市の方と信行・信忠との間で合戦が行われたが、基本的に田畑では合戦は行わない。例外として、遮蔽物の多い田畑へ敢えて誘い込んだり、敵を誘い出す計略として焼き払ったり、遭遇戦が起こってしまう事はあるが、同じ尾張平織家の一族である以上、自分の領地になるうる場所の年貢を減らしたところで利点はないからだ。
だから農民達も合戦は気にせず畑仕事に勤しんでいるし、採れた田螺や海産物をこうして露天に並べている。
「アサリやハマグリは俺も分かるが、このハマグリに似た貝と長細い長方形の貝は初めて見るな」
「ああ、蛤(はまぐり)に似ている貝は破家蛤(ばかがい)、細長い貝は馬刀貝(まてがい)だよ」
浅蜊(あさり)や蛤と一緒に並べられている見た事のない貝に、エルフの女性は興味津々だ。昼過ぎで客足が途切れた事もあり、店主は逐一応えてゆく。
「破家蛤は干物にすると珍味になるね。馬刀貝は形は独特だけど、癖がなく美味しいから、塩茹でにするといいよ」
「アサリは味噌汁の具にするのが一番だな。蛤は鍋の具に酒蒸し、焼き蛤に串焼き何かもいけるだろう」
「お、通だねぇ」
津島町では、人間とジャイアント以外の種族を見掛ける事も珍しくはない。しかし、店主が気前よく応えるのは、このエルフの女性が美しい事もあった。
エルフの女性は、同性から見ても溜息が出るくらい煌びやかなブロンドヘアを湛え、胸元やへそを大胆に露出したパフスリーブの上着を着、丈の短いスカートを穿いている。気の強そうな顔立ちから“男装の麗人”といった容貌だ。
エルフの女性の名はフリーデ、火のウィザードにして薬の材料を求めて各地を流浪している漂泊者の薬師(くすし)だ。
この露天には地元の人向けというより、津島神社の参拝者を対象に海産物を売ったり、その場で簡単な調理をして食べさせてくれる。たまたまそれを見掛けたフリーデが立ち寄ったのだ。
「これらの貝は皆、伊勢湾で採れるのか?」
「ああ。男が漁に出ている間、女が潮干狩りをして採るのさ」
「シオヒガリ?」
「知らないのかい? 遠浅の砂浜で、ここにある浅蜊や蛤を砂中から採るんだよ」
「貝拾いの事をジャパンでは潮干狩りと言うか。俺でも出来るか?」
「熊手と網を持って、干潮と満潮の時刻に気を付ければ出来るよ」
子供のように瞳を輝かせながら見入っているフリーデに、店主は熊手や網を扱っている露天を紹介したり、今の時期の伊勢湾の干潮と満潮の時刻を教えた。
「あんたは見たところ冒険者のようだから、毒海月や大磯巾着くらいは問題ないと思うけど、ただ、蛤は干潟にいる貝じゃないから、ちょっと沖の方へ行かないと採れないんだけど、『主』には気を付けなよ」
「主というのは?」
毒海月(ジェリーフィッシュ)は麻痺毒を持つ二mくらいの大きなクラゲ。大磯巾着(ローバー)は麻痺毒を持った三m伸びる触手で獲物を絡めて丸飲みする。共に厄介なモンスターだ。
しかし、店主はそれ以上に、『主』について息を潜めながら注意する。
「三mを越える大きな阿古屋貝(あこやがい)だよ。あたしらも見た事はないんだけど、尾張の伊勢湾にいるらしいんだよ」
阿古屋貝は別名「真珠貝」とも言われる、真珠を採る貝だ。大きさは十cm程だが、三mともなれば最早モンスターであり、主と呼ばれるのも納得する。
何でも飲み込まれてしまった者は真珠に変えられてしまうという言い伝えがあるとか。
「ふむ‥‥人間を真珠に変える阿古屋貝か。真珠は砕けば解熱剤や風邪の薬として処方できるが、如何せん、高いからな。自分が真珠に変えられるのはゴメンだが、そのプロセスは見てみたいものだ」
フリーデは店主に聞こえないよう呟く。薬師としての血が、探求心が、巨大阿古屋貝へ向いてしまっていた。
斯くして京都の冒険者ギルドに、潮干狩りの依頼が張り出された。
毒海月や大磯巾着と遭遇する可能性はあるが、採れ立ての貝料理尽くしというのも乙なものだろう。腕に自信があるなら受けてみてはどうだろうか?
●リプレイ本文
●興味のある事はとことん語る性格です
潮干狩り七泊八日の旅を企画したエルフの薬師(くすし)フリーデ・ヴェスタは、待ち合わせ場所に京都の冒険者ギルド前を指定した。
「夏の海を楽しみながら、ジャパンの料理をお腹一杯食べようって依頼だね。私、そういうの大好き!」
ジプシーのシャフルナーズ・ザグルール(ea7864)は、初対面のフリーデに、故郷エジプトのけだるい舞を軽く踏んで挨拶の代わりとした。ジプシーは踊るのが仕事だし、シャフルナーズは更に踊り手を生業としているので、自己紹介代わりに自身を踊りで表現した。
夏の日差しを受けた、伸びやかな褐色の肌が眩しい。ジプシーの正装、という事もあるが、胸元やへそを大胆に露出したパフスリーブの上着を着て、丈の短いスカートを穿いているフリーデと並んでも、シャフルナーズの方が露出も多い。だが、健康美に溢れる容姿は、艶っぽいというより楚々として清涼感を覚えさせる。
フリーデだけではなく、志士の紫電光(eb2690)も、ジャパンでは滅多に見られない異国の踊りにやんややんやと拍手を贈った。
「フリーデおねぇーさん、薬師としてのお仕事と食い意地を両立してるの見習わなくっちゃ。美味しく仕事する、うん、いっきょりょーとくだねっ」
「食い意地とは言ってくれるな。薬師には未病と言ってな、病気を未然に防ぐ考えがあるんだ。貝は栄養があるから、未病のレシピに上手く活かせればと‥‥」
とんがり帽子を被って魔法少女のローブを羽織り、魔法少女の枝を持った陰陽師(と書いて、見習い魔法少女と読む)慧神やゆよ(eb2295)も、シャフルナーズに負けず劣らず、ジャパン人離れした出で立ちだ。
フリーデはやゆよの物言いに微苦笑しつつ、薬師の未病の考えについて説き始めた。
「貝は美味しいべよぉ! 特に酒蒸しは最高だぁ」
「潮干狩りと海の幸を堪能し、且つ、フリーデさんの薬師としての知的好奇心を満たす為の依頼という事は分かりました。潮干狩りをするのでしたら、地元の漁師さんに確認しておきたい事がありますから、出発しましょう」
フリーデの未病思想の語りは延々と続くかと思われたが、ジャイアントの志士、郷地馬子(ea6357)が上手い具合に相槌を打つと、「潮干狩りを楽しむ旅」と聞いて来た陰陽師の神島屋七之助(eb7816)は、話を切り上げるにはここしかないとばかりに出発を促す。
「海は生きモンだべ、嘗めちゃいかんべさ。楽しく潮干狩りをするなら、地元の海の事をよーく知ってる地元の漁師に聞くのが一番だべ」
「安心して潮干狩りが楽しめるよう、維新組の志士が二人も参加しているのだから、大船に乗ったつもりでいて欲しいよ」
「シャフルナーズの言うように、楽しく美味しく仕事が出来ればそれに越した事はないしな」
漁師の心得のある馬子の言葉には説得力があった。彼女と同じ『維新組』という組織に所属する光が、馬子の言葉を後押しすると、流石のフリーデも蘊蓄(うんちく)を切り上げた。
(「悪い人ではないようですが、自分の興味のある事を話し始めると止まらない特性の人ですね」)
フリーデは気の強そうな顔立ちの男装の麗人だが、話してみると案外子供っぽいところもあり、七之助は心の中で微笑ましく思うと、荷物を載せた蒙古馬(モンゴルホース)の手綱を引いて出立するのだった。
●下準備は念入りにしましょう
尾張藩では、平織虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行との、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡る骨肉の争いに終止符が打たれていた。
お市の方が勝利し、尾張統一を果たした。信行と信忠は、未だに彼らの傘下にある尾張平織家一族にお市の方の力を知らしめ、彼女の元へ下るよう説得する為と、此度の合戦の責任を取って切腹したという。
主要街道が合流する交通の要所である清洲城を手に入れたお市の方は、信行が行っていた清洲兵による街道の検問を解いたので、やゆよ達はすんなり津島町へ入る事が出来た。
「地元の漁師さんに聞くのは、潮干狩りするオススメの場所だよね」
「潮の満ち引きの時刻も確認しておかないと。どれくらいで潮が戻ってくるか覚えとかないと、大変な事になるし」
「海の深さについても確認しておいた方がいいでしょう。遠浅の海は突然深くなる場所がありますからね。また、潮干狩りに夢中になって危険な生き物に襲われるのは避けたいところです」
やゆよが確認事項を指折り数えていくと、シャフルナーズと七之助が補足してゆく。
「潮干狩りの道具は俺が用意しておいたが、小舟を借りたいから馬子、付き合ってくれないか?」
「任せるべさぁ」
「小舟は何に使うのかな?」
「津島湊から伊勢湾へ出るには木曽川を使うから舟が必要だ」
「舟があるなら、蛤(はまぐり)も採りに行けるべさ」
「少し沖の方へ行くなら、尾張の伊勢湾にいるらしい『主』と呼ばれる3mを越す巨大な阿古屋貝を、この目で見てみたいものだな」
「『主』、ですか」
舟を漕げるのは、この面子の中では馬子だけなので、フリーデは彼女に小舟を借りに行くので付き合って欲しいと告げる。光がその目的を聞くと、伊勢湾へ出る為だと応えた。津島町は河港町なので、伊勢湾で潮干狩りをするには木曽川を使う。
七之助は『主』に一抹の不安を覚えていた。
手分けして手早く聞き込んだ為、馬子とフリーデが水運業を営む蜂須賀正勝(=小六)の店から小舟を借りてくる頃には、シャフルナーズ達も潮干狩りに必要な情報を集めて戻ってきていた。
また、一部の冒険者の間で、暗殺された平織虎長が蘇ったという風聞が伝わっているが、光が聞いた限りでは、尾張の庶民の間にそういった噂は流れていなかった。
必要な荷物を小舟へ積み込み、全員が乗ると、馬子が伊勢湾へ漕ぎ出した。
「危険な生き物は、今の時期ですと毒海月と大磯巾着だそうです。幸いどちらもかなりの大きさのようですし、交代で見張る事で危険を減らせそうですね」
「念の為、スピアと小太刀を持っていった方が良いかもしれないね。ローバーの触手に捕まったら、柔肌を穢されるだけじゃ済まないし!」
「そん時はグラビティーキャノンでいちころだべさ」
「解毒薬やポーションを持ってきたけど、触らぬ神に祟りなし、だね」
「ジェリーフィッシュやローバーの麻痺毒なら、俺も解毒薬を持ち合わせている」
伊勢湾に着くと、干潮の時刻までまだ時間があるので、七之助が毒海月(ジェリーフィッシュ)や大磯巾着(ローバー)の情報を伝える。風の様子を見て天候は変わらないと予測したシャフルナーズは、フリーデから渡された熊手を持ち、採った貝を入れる網を腰に括り付けながら、スピア(短槍)と霞小太刀も身に付けた。特に大磯巾着の触手に捕まったら、あーんや事やこーんな事をされてしまう可能性もある。決して、見たかったとか、書きたかったとか、思ってはいけない。
馬子が遠距離攻撃を勧めるが、やゆよが言うように近付かず触れないに越した事はない。フリーデが麻痺毒に効く解毒薬を調合して持ち合わせているとしても、だ。
「また、『主』に関してですが、通常の阿古屋貝は干潮線帯から水深二十mくらいの岩礁に生息し、岩石に自分の体を固定して生活しているそうです。『主』は体は大きいとはいえ、生態はおそらく阿古屋貝と変わらないと思われます」
「水深二十mだと流石に観察できないかも知れないけど、それでもやっぱり近付きすぎるのは危険だから、あこやんは遠目での観察で我慢してね」
「もし、どうしても色々知りたいなら、釣竿に魚でもぶら下げて『主』に近付けて、反応を見るくらいだね。それでも危険そうなら、すぐに逃げるよ」
「‥‥分かった。仲間を危険に晒してまで調べたいとは思わないさ」
(「それにしても、ここまで『主』の情報はあるのに、伊勢湾を知り尽くした地元の漁師ですら誰も見た事が無いというのも可笑しな話ですが‥‥」)
一般的な阿古屋貝の生態から、『主』の生態を類推する七之助。やゆよもシャフルナーズも近付かないよう念を押すと、フリーデも聞き入れた。
七之助は、『主』は噂の類に尾鰭目鰭が付いて一人歩きしているのではないかと踏んでいた。
●いよいよ潮干狩りです
干潮の時刻を迎えると潮が引き始め、やがて舟が浮かんでいた場所は干潟となった。最初は馬子と七之助が見張りに立った。
「ここは魔法少女の実力を見せる時だね!」
「採りやすそうなアサリを狙いたいけど、たくさん居そうな場所を占うの?」
シャフルナーズ自身も占いを嗜んでいるか、やゆよのそれは彼女以上だという。陰陽師のどんな占いが見られるのかとワクワクしながら見守っていると、やゆよは魔法少女の枝を干潟に突き立て、倒れた方向へ向かう。
「こ、古典的だね」
「当たるも八卦、当たらぬも八卦、だよ」
とはいえ、魔法少女の枝の指し示した方の干潟を熊手で優しくガシガシと掘ると、浅蜊が出るわ出るわ。なかなかに侮れない。
「やゆよさん達は好調なようだね。焼き物と酒蒸しの為にも、私も負けてられないな!」
志士の羽織りの袖を捲り、襷掛けして気合いを入れる光。
「貝も呼吸しているなら、ブレスセンサーで貝の位置を探知して‥‥って、う゛う゛う゛〜、息の反応が多くて、却って貝の位置を特定するのが大変かもかも‥‥」
ブレスセンサーを唱えた光は、それこそ無数に感知した貝らしき呼吸に滅入ってしまう。
「わわわ〜、貝が多すぎるから、エックスレイビジョンも長時間使わないとあまり意味がないかも!?」
それはやゆよも同じで、十秒しか保たない初級のエックスレイビジョンで干潟を透視し、貝を見付けても、彼女達が今いるのは地元の漁師が教えてくれた絶好の潮干狩り場所なので、どこを掘ってもそれなりに採れるのであまり意味がなかった。
「バカガイはアサリより大きいね。マテガイは面白い形をしてるよ」
浅蜊(あさり)の他、破家蛤(ばかがい)や馬刀貝(まてがい)も面白いように採れる。途中で七之助と交代したが、シャフルナーズは今晩の夕食だけではなく、明日の分まで貝を採集した。
「せっかくだから、蛤も採るべさぁ」
再び潮が満ちてくると馬子が提案した。蛤は水深十mからの砂礫に生息している。潮が満ち始めて舟が出せるようになれば、行けなくはない。
「泳ぎが得意なのは馬子さんだけですから、私達は船上で支援します」
シャフルナーズが短槍の穂先で周囲の海中を突いて探索し、安全を確保すると、七之助がいつでもスリープを唱えられる体勢を整えてから馬子が海へ潜ってゆく。
そこへぷかぷかと毒海月が漂ってきた。夏も後半なので海月が多く発生しているようだ。
「スリープを‥‥」
「いや、馬子さんが戻ってきてないから、退避するのは難しいよ。これで逸らす! 雷の志士が奥義、雷鳴扇!!」
スリープで眠らせてやり過ごそうとする七之助を光が制すると、ライトニングソードを創り出し、毒海月が浮いている海面目掛けてソードボンバーを放つ。小舟の舳先に合わせて海面が割れ、毒海月達は小舟の脇を流れていった。
「ぅんだべさぁ〜!!」
裂帛の気合いと共に、蛤の入った網が船上へ放られ、続けて馬子が出てきた。こちらも大漁だ。
馬子は大磯巾着を見掛け、引き返してきたという。
馬子が再び舵を取り、津島湊へ帰ろうとしたその時だった。
「!? あれを見てよ!」
「あれは‥‥阿古屋貝か!?」
「‥‥まさか、『主』!?」
「本当にいたとは‥‥」
やゆよが海面を指差しながら素っ頓狂な声を上げる。澄んだ水面から海底がわずかに見え、そこに貝が鎮座していた。舟から海底まで少なくとも数mは離れているが、それでも貝だと視認できるのだから、余程大きな貝に違いない。本来ならもっと深い場所にいるはずだが、まだ潮が満ち始めたばかりなので見られたようだ。
フリーデが縁から身を乗り出さんばかりに、食い入るように見て阿古屋貝だと見分けると、シャフルナーズと七之助は目を見張った。
「え!? 中に真珠があるよ!? ‥‥白と赤の綺麗な真珠が‥‥」
「待って下さい。言い伝えでは、『主』は、飲み込んだ人間を真珠に変えてしまうのですよね!?」
エックスレイビジョンで『主』の貝殻の内側がどのようになっているか見て、フリーデに伝えようとしたやゆよは思わぬものを見付けてしまう。七之助が思い出したように、もし、言い伝えが本当だとしたら‥‥。
「触手みたいなものは伸ばしてくるけど、中の様子はいまいち分からないね」
シャフルナーズは釣竿に、馬子が浅蜊と一緒に採ってきた魚を付けて『主』へ近付けると、『主』は貝殻の隙間から唇弁を伸ばして魚を捕らえた。しかし、貝殻はわずかに開いただけで、海上からでは中の様子までは伺い知る事は出来なかった。
「『主』かどうか詳しく調べる必要はありそうだが、今はこれ以上何もできんよ」
羊皮紙に走り書きしていたフリーデの筆が止まる。彼女からすれば、現時点で調べられる事は調べ尽くしていた。
この巨大な阿古屋貝が『主』かどうか調べる事も必要だが、七之助達の十二分な配慮で今まで毒海月や大磯巾着との戦闘を極力回避し、大漁を得た。この場はやり過ごすのが得策だった。
●貝尽くしの夕食です
津島湊へ帰ってきた馬子達は、フリーデの取った宿の庭で貝尽くしの夕食を取っていた。
「さぁ、どんどん食べてくれ」
酒蒸しにした蛤の芳ばしい香りが辺りに漂う。
「っはふはふ、おいひぃ〜♪」
「この醤(ひしお)をたらすのが美味さの秘訣だべよ」
蒸し上がった熱々の蛤を頬張る光。その隣では馬子が焼き蛤に醤をたらして食べている。
「馬刀貝の塩茹でも、素朴ながら味わい深いですね」
「やゆよさん、それは何かな?」
「沼田(ぬた)って言って、破家蛤と海藻を酢味噌で和えたものだよ。見張りをしている時にフリーデおねぇーさんに食べられる海藻を教えてもらって採ってきたんだ。今、フリーデおねぇーさんが作ってる破家蛤の炊き込みご飯のおかずにぴったりだよ♪」
七之助は馬刀貝の塩茹でに舌鼓を打ち、シャフルナーズは浅蜊の味噌汁を飲んでいる。
すると、やゆよが味噌と海藻、破家蛤を和えて沼田を作っていた。
「さぁ、炊き上がったぞ」
丁度、フリーデが作っていた破家蛤の炊き込みご飯も完成し、貝尽くしの夕食はまだまだ続くのだった。
尚、『主』を調べたいと思っていた自分を思い止まらせる切っ掛けを作ったシャフルナーズへ、フリーデは調合した薬を贈った。