【尾張統一】平織虎長、天下布武を宣言す
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:10人
サポート参加人数:-人
冒険期間:09月09日〜09月16日
リプレイ公開日:2007年09月20日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
藩主・平織虎長が暗殺された事により、尾張平織家は、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)と、虎長の息子・平織信忠を擁する虎長の弟・平織信行とに真っ二つに分かれ、尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座を巡って対立姿勢を強めていた。
そして『水無月会議』でのお市の方の発言が発端となり、尾張の統一を賭けて、お市の方と信行・信忠との間で合戦が行われた。
お市の方は本拠地である那古野城を信忠の清洲軍より守り。虎長の死後、一貫してお市の方を尾張平織家の藩主に支持しているおじの平織虎光は、信行の末森軍より居城の守山城の防衛に成功。その間、お市の方の片腕、滝川一益が那古野勢を率いて、信行・信忠に与する鳴海城を攻め、これを陥落。緒戦を勝利で飾った。
冒険者の協力を得てお市の方と虎光は反撃に転じる。虎光は信行の居城末森城を、お市の方は信忠が守護する、尾張平織家の本拠地である清洲城を陥落させ、それぞれ信行と信忠を捕らえた。
しかし、清洲城の北に位置する岩倉城には信行・信忠に与する平織信賢(のぶたか)が、美濃との国境に位置する犬山城には、中立を宣言しているものの平織信清がおり、お市の方が清洲城を手中に収めても、尾張を完全に統一した訳ではなかった。
そこでお市の方は清洲城へ入城した後、信賢と信清へ書状を送り、二人を配下の武将と共に清洲城へ呼び付けた。
お市の方は信賢と信清の目の前で、信行と信忠の、此度の合戦の責任を問い、二人に切腹を申し付けた。お市の方もこの処遇は本意ではない。しかし、信行も信忠も、何故、尾張平織家が京都守護職に就くのか、お市の方が再三告げた『神皇の剣となり盾となる』意味を受け入れず、『京都守護職は尾張平織家当主が就くべき』という、かつての尾張平織家の栄華、旧権力にしがみついた、古い考えを捨て去らなかった為だ。
代わりに、信行の「家臣団の命だけは助けて欲しい」という願いは聞き入れ、信忠の後見人柴田勝家と信行の片腕林秀貞は、それぞれ清洲城と末森城を与える事を条件に、お市の方へ忠誠を誓わせた。
同時に、信賢と信清にもお市の方の元へ下るよう告げ、二人が聞き入れた事で、ここにお市の方の元に尾張藩は統一されたのだった。
尾張藩を統一し、那古野城へ凱旋したお市の方を待っていたのは、平織虎長その人だった。
那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
那古野城の天守閣に、お市の方を始め、平織虎光、平織信賢、平織信清、滝川一益、虎光の片腕丹波長秀、お市の方が口説いた水軍“川並衆”を率いる蜂須賀正勝(=小六)、虎長の小姓森蘭丸とその父森可成、柴田勝家、林秀貞といった、尾張平織家一族とその武将達が一堂に会していた。
城主の座には、平織虎長が座し、その傍らには妻の濃姫と尾張ジーザス会の宣教師ソフィア・クライムがいる。
また、末席には化け兎の上位妖怪、妖兎のうち、知多半島のみに生息する『月兎族』の三姉妹が長女月華(つきか)も加わっている。
濃姫と宣教師ソフィア・クライム、月華を除いた全員が、蘇ったという虎長を狐に摘まれたような表情で見ている。無理もない、二年も前に暗殺された人物が、今になって蘇ってきたのだ。
特にお市の方は、先程から人目を憚(はばか)らず、虎長の顔やら身体やらをぺたぺたと触りまくっている。
「こ、こら、市、こそばゆいぞ。まだ気が済まぬか?」
「だって‥‥だって‥‥間違いない‥‥虎長お兄様に間違いないんだもの‥‥!!」
二年振りの、でも、忘れもしない感覚。お市の方は込み上げてくるものを堪えきれず、虎長の横で嗚咽こそ噛み殺したが、嬉し涙を流している。お市の方が『本人』と認めたのだ。虎光達も虎長が蘇ったのだと信じざるを得ない。
「だから言ったであろう? 殿が蘇った、と」
「しかし、虎長は沖田総司に暗殺され、蘇生する事が出来なかったのではなかったのか?」
濃姫にもっともな疑問をぶつける虎光。
「暗殺者は殿が生き返らないよう、その身体を五体満足では遺さなかった‥‥」
苦々しい表情を浮かべながら語り始める濃姫。思い出すだけでも忌々しいのだろう。
彼女が見た虎長は下半身を吹き飛ばされ、喪っていた。上半身もまともではなく、クローニングを使っても蘇生は至難であった。事実、当時都一の高僧が呼ばれて何度と試したが験なく、ついに復活する事は無かった。
それは虎光も知っている。彼も虎長の密葬に参列していた一人だからだ。
「しかし、天は濃を見放さなかったのだ。こうして殿は尾張ジーザス会の奇跡によって蘇ったのだからな!」
虎長の遺体はアイスコフィンで保存され、尾張ジーザス会の奇跡によって蘇ったという。濃姫が彼女の為の虎長の遺産を湯水の如く尾張ジーザス会へ注ぎ込み、那古野城よりも巨大な建造物となったカテドラルを建造したのも、全ては虎長を蘇らせる為だった。
虎長が蘇ったのは、お市の方が清洲城を攻めている最中だった。
「尾張平織家当主の座は虎長お兄様へお返し‥‥」
「いや、その必要はない。尾張平織家当主の座は、市が自分の手で勝ち取ったのだ。それを横からかすめ取る事はせんよ」
「しかし、市は安祥神皇様に、尾張の領地の一部をお返しするというお約束をしておりまして‥‥」
「それも市が決めた事なら構わん。ただ、市には、いや、市だけではなく、尾張平織家一族に、儂に力を貸して欲しいのだ」
「虎長お兄様は何をなさるおつもりですか?」
「『天下布武』だ」
「天下布武?」
「文字通り、天(あめ)の下、武を布(し)く。儂は一度暗殺されて、蘇って今のジャパンの情勢を濃より聞き、安祥神皇の下、ジャパンが安泰するには武力による統一しかないと考えた。そして、それを行うのは尾張平織家を置いて他に無いともな」
虎長はお市の方を始めとする一族郎党に、天下布武を宣言した。それはお市の方が常々考えている、『安祥神皇様の剣となり盾となる』事を、まさに体現した形であった。
「その為には、美濃を平定し、伊賀を傘下に納め、京へ上洛せねばならぬ」
今ここに、虎長の口から、天下布武への道筋が語られたのだった。
●リプレイ本文
●昨日の敵は今日の友
尾張藩は清洲城。かつて平織虎長の居城であったこの城は、虎長亡き後、彼の子平織信忠が城主となっていたが、お市の方こと平織市(ez0210)によって信忠が倒された今は、信忠の片腕であった武将柴田勝家が治めている。
「お主とこうして酒を酌み交わす事になるとはな」
「虎長サンが復活して、大変じゃないかと思ってさね」
ジャイアントの神聖騎士ネフィリム・フィルス(eb3503)は、セブンリーグブーツを履いて一足先に尾張入りすると、京都の地酒を持参して勝家の元を訪れていた。今は清洲城下にある勝家の屋敷で、二人で酒を酌み交わしている最中だ。
ネフィリムの視線は時折、指に嵌めた石の中の蝶へ向けられる。特に動きはない。気を回し過ぎかも知れないが、勝家には『悪い虫』は付いていないようだ。
「二年も前に暗殺された殿が、今になって蘇ったのだ‥‥驚いていない、と言えば嘘になる」
「あたしも市サンに仕官するつもりさね。これから尾張の武将として一緒に市サンを支えていこうさね(大勢には流されちまうんだろ〜けど、まぁ、こういう時こそキチンと根を張っておくべきさね)」
勝家の言葉はお市の方に仕える武将達の今の心境を代弁しているといえよう。せっかく統一した尾張の民に無用な混乱を与えないよう、民には虎長が蘇った事は伏せられ、尾張藩の藩主はあくまでお市の方という事になっていた。
お市の方の居城、那古野城下は、いつもと変わらない朝を迎えた。那古野城の防衛戦の傷跡はすっかり癒え、城下町の人々は普段通りの生活を送っている。
「改めて尾張統一おめでとうございます〜。よかったですね〜」
祝勝会が始まる前に、浪人の槙原愛(ea6158)達は個人的にお市の方と挨拶を交わす事が出来た。
「今の俺じゃ、藩主の責任を一緒に背負うなんて出来ない。けど、悩みや辛い思いは分かち合えると思う。信行サン達の事、1人で背負わないで。俺達にも背負わせてくれよ」
「信行兄様達の事は‥‥それ程気にしていないわ」
道を違えたとはいえ、実の兄と甥の腹を斬らせた事を辛く感じている、とレンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)は思っていたが、当のお市の方は意外にも淡泊だった。
「俺も、もっと多くのものを背負えるように頑張るよ」
「ありがとう。これからも頼っちゃうわね」
「あなたのような強く美しい藩主を持って、領民も喜んでいるでしょうな。私も、あなたに治められてみたいものです」
クロウの横からファイターのアラン・ハリファックス(ea4295)が片膝をついて恭しく礼を取る。
「ふふ、アランだけを治める訳にはいかないわね」
「誉め言葉と受け取っておきましょう。それと、あなたは藩主だ。己をしっかりと持って下さい。私のような虫や腹の虫にも用心を」
「腹の虫‥‥」
アランへ向けられたお市の方の微笑みはしかし、『腹の虫』という言葉ににわかに曇る。同じ事を尾張の知多半島のみに生息する兎の妖怪、妖兎の三姉妹が長女、月華(つきか)に以前言われたまま、未だにその真意を突き止めていないからだ。
「天下布武の流れに乗るなら、思う以上に戦になる。本当にそれで良いのか?」
「虎長の唱える天下布武は、力で民を縛る事ですよ。それは今までお市様が積み上げてきた物を壊す事にはならないのか、今一度よくお考えになるのですよ‥‥何故、あなたに多くの人が付いてくるのかと」
そこへナイトのアリアス・サーレク(ea2699)と忍者の梅林寺愛(ea0927)が意見をぶつけてきた。
「武力は最後の武器よ。だけど、安祥神皇様にお力がないのも事実。だからこそ、平織家は起たなければならないと思うの」
「最終的な決定権は市様にある。戦いが嫌なら避ける策を考えよう。理想が甘いのなら強かな計算で実現させれば良い。力が足らないなら俺達を頼れ。そして民の為の天下布武である事と忘れない限り、俺は何と戦う時でも側にいて市様を護り続ける‥‥だから、負けるな、色々なものに」
お市の方は少なくとも虎長に頼まれたからではなく、自分の良心で是非を判断し、天下布武の思想を受け入れている。ならば悪い方向へは進むまい、とアリアスは納得し、ぽんぽんと市様の頭を撫でて戦勝祝いにブラッドリングを贈った。
「年頃の女の子なんだから、飾る事も忘れるなよ」
「どうせ私は行き遅れてますよ〜!」
頬を膨らませながらもブラッドリングはしっかり指に嵌めるお市の方。お市の方は二十歳で未婚。婚期を逃しつつある事を気にしているようだ。
「温泉行こうよ、温泉! 尾張にも良い温泉があるって聞いたんだ」
「もうすぐ十五夜だし、お月見しながら温泉というのも乙よね」
レンジャーのミリート・アーティア(ea6226)が空かさずフォローする。
その場に一頻り笑いが溢れた後、ミリートとお市の方は祝勝を兼ねた温泉旅行の話で盛り上がった。
●祝勝会
尾張統一の祝勝会は、天守閣の南側にある本丸御殿で行われた。
上座にお市の方が座り、平織虎長、濃姫、尾張ジーザス会の宣教師ソフィア・クライム、平織虎光といった尾張平織家一族とその関係者が席を連ね、滝川一益や丹羽長秀、柴田勝家や林秀貞達武将が続く。その後にジャイアントの志士、風雲寺雷音丸(eb0921)やジャイアントのナイト、ボルカノ・アドミラル(eb9091)達が座し、末席に月華の姿があった。
また、お市の方や虎長の後ろには、海の儚き泡や大理石のチェス一式、スカーレットドレスによきこときくの浴衣、サー・プレートアーマーとロイヤルナイト・サーコート、洛中洛外図といった、雷音丸やボルカノ達からの戦勝祝い品が並べられている。
祝勝会の前に、尾張藩へ武将として仕官を申し出た、浪人の水上銀(eb7679)を始め、アリアス、雷音丸、ネフィリム、ボルカノの任命式が執り行われた。
(「遂に本願成就ってとこかい‥‥ここまで長かったような短かったような‥‥みんなもあたしが旗元になったら喜んでくれるかな」)
お市の方に名前を呼ばれた銀は、折り合いが悪かった家族の事を思い出しながら、感極まってうっすらと嬉し涙を浮かべていた。
お市の方が乾杯の音頭を取ると、雷音丸達は尾張の地酒で喉を潤し、目の前に置かれた膳に乗った知多半島の海の幸に舌鼓を打った。
♪歩き遊んだ散歩道 今も、変わらないその場所を
ふと、振り返ったときに 何かが違うと思えたよ
どうしてなのかと 小首をかしげ 陽射しを思いっきり浴びて
ああ、やっと分かったんだ
大変なことばかりだけど 楽しただけじゃ手に入らない
一人じゃないと分かったから 振り返るだけで頑張れる♪
吟遊詩人のミリートが、リュートベイルを爪弾きながら、明るめの音調の歌を披露する。
「母衣衆(ほろしゅう)?」
「ま、名乗りは何だっていいんだけど‥‥どうやら、尾張を統一して一段落って訳じゃなさそうだろ? 万一がある前に備えといて悪かないと思うよ」
銀はミリートの歌に耳を傾けていたお市の方にお酌をしながら、お市の方の親衛隊“母衣衆”の結成を提案した。彼女を始め、仕官したアリアス達は母衣衆として尾張軍に編成される事となった。
「グァハハ、天下布武ときたか! 剛毅な事だ。面白い。『安祥神皇様の剣となり盾となる』とは、まさに志士の本懐。それを体現するとなれば、主上に害なさんとするものは全て討ち果たす」
「現在の情勢から、『天下布武』へ向けて動く事は、世の流れに沿っているかも知れませんが、長州、五条の宮は、平織家と豊藤家、源徳家の台頭を快く思ってはおりません。長州、五条の宮、藤豊家、源徳家といった影響力を持つ藩との同盟や連携等に付いて、どのようにお考えかお聞かせ戴けないでしょうか?」
ミリートや梅林寺の手品が宴を暖めたところで、雷音丸が虎長の元へ酌に行き、天下布武について切り出すと、好機とばかりにボルカノが問うた。
「長州藩が神皇の証たる『神器』を武力で奪っていった以上、長州藩に安祥神皇の力を示す必要がある。その為には、畿内を平織家で統一する必要があると儂は考えておる」
「平織で畿内を統一‥‥天下布武はその為か。確かに話し合いで全て解決するのは無理だ。でも、最初に武有りきってのはどうなんだ? 勝った奴が、強い奴が正しいって事だろ? それじゃ長州藩と変わりないぜ? 時間が掛かっても、まず互いの意見を交わし、譲れるところを探す努力をするのが王道って奴じゃないのか?」
「それに、長州とすら対話を望む市様と、武力統一を目指す天下布武とは方向性が違う。これでは望みもしない武力統一で生じる怨嗟は、全て平織当主である市様に向かう。兄として妹を思うなら、当主の座を奪い取ったと汚名を着てでも公が矢面に立つべきでは?」
「それは無理なんじゃないかな? 虎長公が市に代わって表舞台に立つなり、復活を高々と叫んでも、影武者としてすら思われないでしょう。虎長公の名が使えず、交渉事が公に出来ないのは痛手かと」
虎長の応えにクロウとアリアスが反論するが、アリアスの反論は意外にもミリートが応えた。彼女の言う通り、虎長が蘇ったのであれば、本来なら畿内一円に大々的に知らしめるべきだ。それをしていない以上、虎長の名前を使うのは難しいと言える。
「『安祥神皇様の剣となり盾となる』って大義があるからね。もちろん、武を用いずにジャパンが一つになれれば良いんだけど、人と人が争うのが乱世ってものだからね‥‥お市の方が天下布武を支持する限り、あたしも倣うよ。ただまぁ、性急に事を進めれば、たちまち綻びが出ちまうだろうね」
「三河の家康と同盟を結ぼうと思う。美濃と近江は、元々平織の近臣。伊勢は周知のように安祥神皇側だ。上洛の道すがら、平織に恭順せぬ伊賀を平定すれば、平織の軍勢は畿内一円に及ぼう」
銀が虎長の言葉に頷きつつ、寂しそうに手酌で杯を煽ると、虎長が天下布武の構想を告げた。
「東の抑えに考えるならば、三河との同盟はしっかりしとくべきさね。五条の乱の時ごたついたしね」
「落ち目の源徳との同盟は可能だろうね。源徳は江戸を取り返したいはずだし、平織は畿内を統一したい‥‥目的は一致してるもの」
「家康殿もこのまま終わるようなオヤジではない。となれば、今がちょうど恩の売り時だろう」
三河藩との同盟について、冷静に判断するネフィリムとミリート。尾張平織家としても、源徳家康としても、この同盟による利点は大きいだろう。雷音丸も同盟の好機だと頷く。
「美濃藩の併合についても、尾張平織家の近臣なら落ち度がある訳ではないし、虎長サンが留守の時に、市サンが斎藤道三サンにお世話になっているしね」
美濃藩の併合は、尾張と美濃藩の関係を考えれば、ネフィリムの言うようにすんなり行くだろう。
「問題は伊賀藩か‥‥交渉での解決は不可能なのか?」
「先ずは恭順を呼び掛けるのが筋じゃないか? それを突っぱねるようなら攻めればいい」
「天下布武の旗一つで攻めるのならばあたしも反対さね。伊賀の人が救援を求めるなどの大義は必要さね」
「伊賀に平織への恭順の意あれば、無意味に攻めはせぬ。だが、忍者相手に後手に回る程愚かな事はない」
伊賀攻めには、アリアスも雷音丸もネフィリムも最初から反対だが、伊賀は国主より伊賀流忍者など国人衆が力を持っていて虎長に恭順するかは疑問が残る。ゲリラ戦を得意とする忍者相手に時を過ごすより、先手を取るのが虎長の考えのようだが。
「奇麗事だけで何でも解決できるなんて思ってないけど、大鉈過ぎ。それに、武力行使はあくまで尾張をまとめる手段であり、それより先は上が果たして望んでいるのか‥‥(必要なら、市の事も平気で切り捨てるのかな? この先、気をつけないと)」
「この乱世を終わらせるには神皇のお力を盤石とせねばならぬ。それに平織が畿内を統一するしかないとわしは覚ったのだ。その為にまず尾張軍を斎宮が落とされて混乱する伊勢藩へ援軍として派遣するつもりである」
「流石は虎長お兄様! 祥子内親王様にはお世話になりましたから、援軍に関しては異存はないです」
ミリートに天下布武の一例として、伊勢藩への援軍を虎長が話すと、それにはお市の方も賛同した。
「西国との関係では、秀吉公は穏健派といえるでしょうな。虎長公の武による天下布武には相反するでしょう。しかし、お市の方を支持する立場を表しています。公は、その関白秀吉公とは同盟はお考えになられますか?」
「秀吉には長州藩の事がある。安祥神皇がためになる男か否か、和議でのあやつの出方次第であろうな」
アランの質問の返答には、虎長は秀吉では無理だと思っている気がした。
「ジーザス会についてですが、大和近郊では弾圧が起きていると聞きます。虎長様の復活に貢献した事で、見る目も変わると思いますが、尾張平織家の天下布武が、ジーザス会と従来の寺社・仏閣との対立の火種になる事も予想されます。ジーザス会には申し訳無いが、信じる神は同じ、宗派としての側面が違うのみと広め、宗教争いを禁じるべきだと思います」
「神と仏を認めながら、ジーザス教を異教としてきた‥‥そのようなジャパンの風習が元凶。ジーザス会には感謝しておるが、儂から口を出すつもりはない」
宗教争いには根深い問題がある。まして虎長自身がジーザス会の奇跡で復活した事はセンセーション過ぎるため、距離をとるつもりのようだ。尾張では、尾張ジーザス会の布教は現状維持とした方が良い、と虎長はボルカノへ応えた。
「えっと、あなたが美兎さん達のお姉さんの月華さんですか〜?」
「撫でるでないぞ?」
槙原は天下布武の話し合いの席から離れ、月華へ挨拶に来た。月華は外見は十四、五歳の美少女だが、妖怪である以上、実年齢は分からない。それでも撫でたくてうずうずしている槙原に、ハイペースで地酒を飲みながら睨め付けて制した。
「こ、こほん‥‥ところで、お市さんの事ですけど、色々とお願いしていいでしょうか? 私達がどうしようも出来ない時の為に‥‥」
「そのつもりで儂もここにおる。儂が見張っておる限り、『あやつ』とておいそれと力は振るえんし、振るわせんよ」
誤魔化すように咳払いをすると、槙原は襟を正して月華にお市の方の事を頼んだ。月華もそのつもりで、瞳をお市の方の方へ向けた。
「あなたは‥‥その眼で、何を見ているのですよ?」
「そなたに語る舌は持たぬ。そなたに語れば尾張ジーザス会へ全て筒抜けになるからな」
梅林寺も江戸を震撼させた大妖怪『九尾の狐』に匹敵する力を持つ月華に興味を抱いて語り掛けるも、月華は梅林寺を一瞥すると、徳利を喇叭(らっぱ)飲みし始めた。
(「愛ちゃんが〜、尾張ジーザス会の洗礼を受けたジーザス教徒だからでしょうか〜? でも愛ちゃんは〜、秘密をべらべら話す娘ではないはずですが〜?」)
自身の知る梅林寺と今の彼女に隔たりがある事に、槙原は違和感を覚えていた。