【天下布武】尾張・三河同盟
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:9 G 32 C
参加人数:10人
サポート参加人数:1人
冒険期間:11月15日〜11月24日
リプレイ公開日:2007年11月26日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
『天下布武』はあくまでお市の方の宣言であり、そこに蘇ったと噂される虎長の姿は一切無かった‥‥。
――三河藩浜松城。
先の『華の乱』によって伊達政宗らに江戸城を追われた源徳家康は、本拠地である三河藩へ落ち延び、この浜松城にて戦の傷を癒すと共に、再起の時を虎視眈々と狙っていた‥‥。
「安祥神皇様が摂政で在らせられる源徳家康公におかれましては、そのご健在の御身を拝顔賜り、祝着至極に存じます」
浜松城の天守の間。城主の席に座す家康に、平織虎光は深々と頭を下げた。
「虎光殿の武勇は、この三河にまで聞こえておる。市殿を補佐し、見事尾張藩を統一した槍使いの豪傑、儂も家臣に欲しいものだ」
「そのようなお言葉、勿体のうございます。されど、儂は見ての通りの老兵。どこまで家康公のお力になれるものやら‥‥孫の世話で手一杯でございます」
「ははは、虎光殿から見れば、市殿はお孫であったか!」
「まったくもって、手の掛かる孫にございます。手の掛かる孫程目に入れても痛くないもの。この老兵の目の黒いうちは、見届ける所存でございます」
「‥‥なるほど、な。では、市殿からの書状を預かろう」
「こちらにございます」
虎光は懐よりお市の方が認めた書状を近付いてきた小姓へ渡すと、小姓は家康の元へ運んでゆく。
虎光はお市の方のおじにあたり、齢五十余の、笑顔が素敵なおじさまだ。尾張の守山城の城主であり、槍の名手でもある。
「確かに書状を受け取った。これは、三河藩と尾張藩の同盟、という内容で相違ないな?」
書状に目を通した家康が顔を上げると、虎光はしかと頷いた。
「今、尾張藩は市様の下、安祥神皇様をお護りし、そのお力となるべく、畿内を平織家で統一する『天下布武』を掲げております。安祥神皇様の摂政で在らせられる家康公にとっても、安祥神皇様のお力を世に知らしめる事は、決して悪い事ではないでしょう」
家康は江戸城を取り戻したいと考えているし、尾張平織家は畿内を統一しようと動いている。逆に家康は畿内の事にはそれ程構っていられないし、尾張平織家も関東には興味が薄い。
三河藩と尾張藩がお互いの背中を守り、方や江戸を奪還、方や畿内を統一する事は、双方の有益に合致している。
「市様も、最早源氏や平氏といった血筋で啀み合っている時ではなく、安祥神皇様の統治によるジャパンの平和な未来の為に同盟を結びたい、と申しております」
「書状からもその熱意と気持ちは伝わってきたし、儂も同意見だ」
「しかしながら、先の『五条の乱』の際、三河藩の兵が尾張領を無断で横断したという“事故”があり、残念ながら尾張の家臣の中には少なからず三河兵を快く思っていない者もおります」
家康が書状の内容に納得したところで、虎光は敢えて事故と付け加えた。
『五条の乱』の時は、尾張は虎長を失って統一されておらず、混迷をきたしており、京都へ援軍派遣が遅れた。業を煮やした三河藩の源徳兵は京都へ向かうために無断で尾張領を突っ切った。驚いた尾張兵はこれを止めようとするも敵わず。結果的に三河兵の行動は間一髪で京都を救うのだが、逆に言えば、三河さえ暴発しなければ尾張藩が救援に間に合い、平織の名誉が回復されていたという声もある。
また、長州藩の強硬派が京都制圧を企てた『長州反乱』の時は、京都守護職の不在を憂慮した比叡山延暦寺が“甲斐の虎”こと武田信玄に上洛を促し、三河藩は無条件で通らせている。もっとも、信玄は桶狭間でお市の方が敗っているが。
「‥‥急を要したのでな。あれは事故だ」
「ええ、事故でございましょう。故に市様が同盟を結びたいと家臣の不満を潰すのではなく、家康公に家臣の納得のいく同盟の条件を提示して欲しいのでございます」
「安祥神皇様にお力添えして下さるのだからな、こちらもそれ相応の条件を出さねばなるまい」
「痛み入ります」
沈黙の遣り取りを経て、家康の言葉に虎光は深々と頭を下げた。
「時に、この書状についてだが。認めたのは市殿で相違ないな?」
「は、尾張藩が藩主、平織市に相違ございません」
「確かに、尾張藩を統一した市殿が藩主に就くのは至極当然の事。なれば天下布武も市殿のお考えか?」
「その議に付きましては、何卒、人払いを‥‥」
すると、家康は書状を示しながら質問してきた。虎光は何を聞きたいのか察すると、家康に聞こえる程度の小声で人払いを頼み、家康は小姓を含めて天守の間にいた家臣全員を退室させた。
「あくまで風聞だが、虎長殿が蘇り、天下布武を唱えたと噂を耳にしたのだが」
「同盟を結ぶに際し、隠し事は不誠実でございますな。平織虎長は尾張ジーザス会の奇跡によって蘇っております。されど、尾張を統一したのは市様であり、虎長は市様の功績を認め、補佐として市様を支え、天下布武を進めております」
平織虎長が蘇り、天下布武を進めている‥‥家康は虎光の口からその事を聞き、ようやく合点がいったようだ。
お市の方の家康嫌い、新撰組嫌いは、家康本人も聞き及んでいた。しかし、この同盟の書状には、以前は口うるさく言っていた、虎長を暗殺した犯人と言われている新撰組一番隊隊長、沖田総司の件に全く触れられていなかったのと、実際、虎長が蘇ったという噂を耳にしており、真意を確かめた次第だ。
虎長が蘇ったのだとすれば、お市の方が暗殺について不問とし、言及してこないのも納得がいく。
しかし、虎長を暗殺したという事実は事実であり、先の尾張藩領侵犯といい、後々同盟で不利になるのは目に見えていた。
逆に、虎長が蘇った事を公言せず、お市の方を藩主とし、補佐に当たらせているところは追求できそうだが。
「こちらも家臣と図り、同盟の条件を詰めるとしよう」
「では、日を改めまして登城いたしましょう。いいご返事を期待しております」
●リプレイ本文
●京都〜冒険者ギルドにて〜
浪人の空間明衣は、源徳信康や源徳家康と会見した内容や、その後、越後にて上杉謙信を説得した事など、今、自分が関わっている信康の切腹の件に関して包み隠さず話した。
「狸の皮を被った虎ねぇ。そりゃぁ面倒な相手やね」
「この話聞いたら‥‥奴らが動くな」
「私は信康殿にはまだやる事が残ってると思うから生きて欲しい」
忍者の将門雅(eb1645)が感想を漏らすが、僧侶の白翼寺涼哉(ea9502)はそれ以上に信康に関わっている冒険者がどう動くかの方が気掛かりだった。
●尾張〜那古野城にて〜
「お市さんの悲願の為に、実りの多い同盟となるよう尽力するわ」
「神皇様の力となり得る人材は、1人でも多く拾ってそれを束ねて変革していくべきさね」
京の都を発った侍のレオーネ・アズリアエル(ea3741)とジャイアントの神聖騎士ネフィリム・フィルス(eb3503)達は、尾張は那古野城へ立ち寄り、尾張藩藩主・平織市(ez0210)より尾張・三河同盟の尾張側の特使・平織虎光の護衛を受けた。
加えて荷馬車一台分の献上品も運ばれる。道中、虎光を狙う輩だけではなく、この献上品を狙う輩もいるかもしれない。
浪人の室川太一郎(eb2304)は腰に差した霞刀を確認し、気を引き締めた。
●三河〜浜松城にて〜
道中は太一郎や新撰組の侍、鷲尾天斗(ea2445)達が常に警戒していた事もあり、無事に三河藩は浜松城へ入った。
入城する際、武器を全て門番に預けた。帰る際には返却される。
天斗は尾張・三河同盟の話し合いが行われる前に、新撰組一番隊士組長代理として個人的に家康へ目通りを願い出たが、叶わなかった。
「武器を持った冒険者とのこのこ会うお市さまの方が甘ちゃんなんだけどね♪ ミネアはそういう方が好きだけど♪」
ファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)は、可愛い顔で手厳しい正論を述べた。
天守の間の上座に家康が姿を現す。
「京より新撰組一番隊組長代理、鷲尾天斗。只今参上致しました」
虎光の次に天斗が進み出て挨拶する。新撰組の名を出す事で、この席では家康側で参加する事を仄めかした。
「京の医師、白翼寺涼哉です。以後、お見知りおきを」
「まいど〜。有形無形万の品を扱う万屋将門屋の店主、将門雅や。ご贔屓に」
「同盟の見届け人としての他に、源徳公に江戸落城の際、伊達殿と話した内容をお伝えに参りました」
涼哉、雅と自己紹介は続き、志士の神楽龍影(ea4236)の言葉に、家康はわずかに腰を浮かした。
「此度の同盟は当方より申し入れたこと故、尾張藩が藩主、平織市よりの献上の品をお納め下さい」
「受け取って貰えると嬉しいな♪」
浪人の備前響耶(eb3824)が名乗りを終えて下がると、虎光の言葉を受けて献上品を出す係を買って出たシフールの志士、鈴苺華(ea8896)がにっこりと微笑み、金、銀、玉璧に始まり、尾張の名産の布帛と瀬戸物の茶器、伝説の刀匠・天国(あまくに)の打った太刀や三間半の槍といった献上品を家康の前へ差し出す。
「家康殿は養生にこだわるとお聞きしました。こちらは我が家の庭で採れた薬草人参でございます」
涼哉は医師らしく、未調合の生薬を合わせて献上した。
「ボクはね、歌と踊りにはちょっと自信があるんだ♪ だから、ここで歌わせてもらえたら嬉しいな♪ ‥‥です」
家康が頷くと、苺華は花の蕾が綻ぶように笑い、ゆったりと舞い踊りながら歌う。
美しくも悲しい声音が天守の間に響く。
「舞と歌、見事であった。灼髪の風精よ、何故この歌を唄う?」
「これはね、ボクの生まれた華仙の歌を、ボク達シフールの言葉で歌ったんだよ♪ ‥‥戦に出たまま帰らない恋人を待つ、女の人の歌。戦は、嫌だよねぇ。必ず誰かが大切な人を失う。えらい人たちは戦が嫌だなんて言えないことは分かっているけど、でも、少しでも戦をしなくて済むようにしてもらえたらって、そう思うの。生意気なこと言ってごめんね?」
「そなたの言う通りだ。その為にも儂は今一度関東をまとめ、安寧の世を築きたいと思うておる」
「市様も同じ想いで御座います。安祥神皇様の統治を以て京一円の平和を成す。その為の天下布武で御座います」
苺華の応えに、家康と虎光はもう一度、この同盟の意味を確認し合った。
●尾張・三河同盟
「その市姫が掲げられている『天下布武』ですが、あくまでも畿内のみとし、近隣の藩に対して余計な動揺を招く行動を起こさず、京には手を出さない、とすべきではないでしょうか?」
「元より畿内の平織家を統一し、上洛するが天下布武の目的じゃ」
天斗がお市の方が進めている『天下布武』の確認、というより条件を提示した。虎光は安祥神皇のいる京都へ手を出すなど有り得ないと応えた。
「この同盟、両藩に利がある事はもちろん。更に大前提として、ジャパン全体の利とならねばならない。自分が言うまでも無い事だがそれだけは忘れてはならない」
「軸は安祥神皇様を支える藩同士の軍事同盟といった感じでどうさね?」
「平織公は京一円、源徳公は関東の統一を目的とし、双方の藩の不可侵と政(まつりごと)の協力は勿論の事、平氏や源氏といった血筋にこだわらない信頼関係を深めてゆくべきだろう」
響耶が前提を述べ、ネフィリムと龍影が同盟の内容を詰めてゆく。
「万が一、伊達氏がジャパン統一を狙っているとしたら、伊達氏が江戸城を取った今、密かに長州と同盟を組み、江戸と長州から京都を挟み撃ちされる恐れもあるのではないでしょうか? ‥‥俺の推測の域に過ぎませんが、これ以上、無駄な犠牲は出したくないのです」
「政宗と長州は目的が違う故、手を結ぶという事はありえんが、徒(いたずら)に関東を混乱させた責は取ってもらわねばな」
「江戸落城時に現れた鬼の軍勢の事は、伊達殿は一切存ぜなんだ様子に御座いました。自分自身にて見てきた事に御座いまする故、自身で知らせに参った次第です」
太一郎は江戸城を獲った伊達政宗の次の一手を推測していた。家康も政宗の次の一手を予測しているが、長州藩との同盟は可能性は低いと見ていた。
龍影は話の流れに乗って、挨拶の時にも告げた政宗と話した事を家康に報告した。更に天斗が、『五条の乱』や『水無月会議』、『鉄の御所』など、京都で起こっている事件について、掻い摘んで付け加える。
「お互いの領土を不可侵とするのは当然として、安祥神皇様の危機には協力し、相互の軍隊の領内の通過を可能とするが、事前に連絡を取り、不手際がないようにする。そしてもう1つ、大きな戦で後詰が必要な場合は相互に協力する。この3つは必須さね」
ネフィリムは尾張平織家の家臣が未だに気にしている、先の五条の乱の時の三河兵の尾張領無断通過について釘を刺しつつ、家康が江戸奪還に乗り出す際には尾張藩からも出兵できる内容を提案した。
それには家康も虎光も異論はなかった。
●黒虎部隊、新撰組、京都見廻組の統合?
「諸藩の兵力を安祥神皇様へ奉還すべきだ。新撰組、黒虎部隊は実質、京都の戦力でありながら両氏直轄の部隊。これを安祥神皇様へ奉還する事により、各藩主の重い腰を上げさせ、より多くの兵を引き出しつつ、尾張・三河領の兵力は減らさないで済むだろう」
「京都の防衛を一手に担う安祥神皇様直轄の部隊の設立は、私も賛成ね。組織の運用だの、指揮官だの、そういった問題を解決するにはこれが一番よ。それに大切なのは、『平織と源徳が手に手を取って、安祥神皇様の為に戦う事を決めた』事を世に広く示す事、これに尽きるわ」
聞き手に回っていたレオーネも、響耶の提案に賛同する。
「新撰組の組長代理として言わせてもらえば、反対だ。そもそも新撰組、黒虎部隊、京都見廻組の三柱となる組織があってこそ、京都の平和は保たれている。神皇家直属の親衛隊が欲しければ、見廻組を解体、各諸藩から奉還される兵力で事足りるはずだ。それに現場の縄張り意識は、各部隊の意識改革さえすれば済む事だからな」
しかし、天斗が反対する。
「まあ待て。統合に関しては自分もまだ時期尚早だと思っている」
「いきなり統合とはいかないでしょうし、今は協力と情報を共有するの。尾張・三河同盟に倣った、『黒・新同盟』を組むくらいが限界よね」
「だが、立場を同じくする事で、新撰組、黒虎部隊、見廻組の三組織、各隊士の意識改革が期待できる。それは将来的な統合への礎となり、成人した安祥神皇様の下に付く。それが自分の理想だ」
響耶もレオーネも今すぐの統合は無理だと思っている。ゆくゆくは安祥神皇直轄の部隊としてゆくべき、と段階を経る必要があるだろう。
「それは出来ぬ相談だな」
しかし、家康は、天斗の「黒虎部隊、京都見廻組は動けなかったが、新撰組は動けた。各部隊が独立、補うように動いてこそ」と、鉄の御所の新撰組の動きを例えた意見を理由に却下した。
「水無月会議で提案させて戴いた、神皇家への領地奉還の議をお聞きして戴きたく存じます。全ての領地領民を神皇家のものへお返し致す事を、お市様や藤豊公は承諾して下さいました」
「龍影さん、市姫や藤豊公は領地の一部奉還を公言したはずだが?」
「これは失礼致しました。長州藩の吉田松陰殿もこの領地の一部奉還に賛意を示して下さっております」
「関東が安定していない今、その領地を安祥神皇様へ奉還する事は、世の乱れに繋がる事。それも出来ぬ相談だ」
天斗のフォローを受けつつ、龍影が水無月会議での議題を一つを取り上げるが、やはり家康は呑まなかった。
虎光は、黒虎部隊と清洲城一帯の領地を神皇家へ奉還するつもりだったか、家康が呑めないのであれば不平等となる為、尾張・三河同盟には盛り込まれない事となった。
●尾張・三河同盟締結の約束
紙面上の調印だけではなく、人質を相手方に留め、反故しない事を保証としてこそ同盟は盤石のものとなる。
「何、信康を所望するのか!?」
虎光は人質として信康を名指しした。
「有力な武将が尾張には必要なの。お市さん、天下布武には人材が足りてない状態だし」
「それに信康殿の奥方徳姫は市殿の姪。義甥と共に天下布武を体現するのもいいでしょう」
レオーネと涼哉はお市の方の事情を理由とした。信康の妻徳姫は、お市の方の兄、平織虎長の娘であり、徳姫は姪になる。
「信康を客将として迎えたい、というのだな」
「家康はんの嫡男でやし、人望のある人でやしね。ただ、信康はんにはそれは建前とゆう事で、実際に有能な人材である事は確かやから、ジャパンの行く末を考え、安祥神皇様を中心とする平穏な世を作る為に働いてもらうようにするんはどうやろう?」
「今後も平織との対話を円滑に行うには、これほど最適な人材はいないだろう。信康殿から得られる知略は市殿の多くの助けとなる」
家康が確認すると、雅と響耶はここぞとばかりに畳み掛ける。
ネフィリムが事前に打ち合わせた通り、切腹沙汰の件は知らぬ存じぬ事を通す事で、家康にその事を意識させず、「優秀な客将として欲しい」事を印象付ける。
「平織からは虎光殿を差し出しましょう。家康殿のお耳にも入っているように、市殿の片腕として尾張統一に尽力した豪傑。必ずや家康殿の江戸城奪還に貢献する事でしょう」
「老獪な虎光御大の経験は、家康公の善き相談役になりうるのではないかと」
涼哉とネフィリムが推す虎光は、お市の方のおじであり、信康と同じく藩主に近い血筋だ。信康とも釣り合いが取れる。
(「みんな人質は虎光さんが良いと思ってるけど、ボクは違う方が良いと思うな。だって、なんだか市さん寂しそう。きっと虎光さんのこと頼りにしているんだと思うの」)
(「苺華のその気持ちだけで十分じゃよ。それに市も、いつまでもこの老い耄れ(おいぼれ)に頼ってはおれん」)
苺華は虎光を人質とする事に反対だったが、虎光が目を細めて心配ないとばかりに赤い髪をわしゃわしゃと撫でる。孫を可愛がる祖父の表情だ。
嫡男を人質とする条件は厳しいが、信康の切腹と廃嫡を免れる上に、それらを免れた理由として家臣に納得のいく説得ができる。領土や新撰組を神皇家に奉還する条件を呑まなかった負い目もあるので、同盟を締結する為に家康はこの要求を呑んだ。
「念の為、人質が交換されて同盟が正式に締結されるまでは、信康様の警備は通常2、3倍に増やしておく事をお勧めします♪」
最後にミネアが明衣から聞いた話を踏まえて、最悪の事態を回避する進言をし、彼女達は天守の間を後にした。
●再び、尾張〜那古野城にて〜
苺華達は那古野城へ戻り、一部始終を報告した。
「今回の同盟を機に、源徳家とも緊密に連絡を取って守護職を定めるべき事を提案致します。見廻組は上司不在の状態が続いており、何卒ご検討をお願い致します」
「でも、京都守護職は長州藩との交渉の為に取っておきたいのよね」
「では、選ぶのではなく、我こそはと思う人物を募っては如何でしょう? 忠義心篤き人物と野心大なる人物の両者を、同時に見極める事が出来ようかと存じます」
龍影はお市の方に京都守護職についての提案をした。
(「尾張は変わったな‥‥いや、市殿が変えた、というべきか」)
権力に媚びず、私利私欲の為ではなく、安祥神皇の為、京都一円の為、ひいてはジャパンの平和の為に直向きに頑張っているお市の方の姿は、涼哉にとって悪くはなかった。
「うちは新撰組一隊の贔屓店でもあるんやけど、黒虎部隊や見廻組にも用聞きは出来るで。もちろん尾張にもな。うちが価値がある思うた人となら取引する。まぁ価値ってのは金やないけどな」
「尾張も天下布武を驀進する上で色々と物入りになるから、その時は将門屋さんにも声を掛けるわね。尾張藩と取り引きする価値があるかどうかは、店主の雅さんが見定めて」
今回、同盟の見届け人になってもらったお礼を兼ねて、お市の方は将門屋との取引を打診した。
「信康兄ちゃんが尾張に来る事を快く思わない人達がいると思うんだ。そこでミネアが側近やりたいな♪」
「ミネアは鳴海城を陥落させた功績があるから、武将として欲しいくらいだけど」
「なら決まりだよね♪ あ、尾張の武将達を信用してない訳じゃないけど、しばらく動向を監視して、市さまに報告しなきゃいけないでしょ?」
ミネアは信康が尾張に来た時の影響まで考慮していた。
●尾張・三河同盟の行方は‥‥
十一月二十日、ここに『尾張・三河同盟』の調印が執り行われ、鷲尾天斗、レオーネ・アズリアエル、神楽龍影、ミネア・ウェルロッド、鈴苺華、白翼寺涼哉、将門雅、室川太一郎、ネフィリム・フィルス、備前響耶の見届け人が署名と血判を捺した。
後は、虎光と信康の人質交換が滞り無く行われれば同盟は締結となり、お市の方も後顧の憂いなく天下布武を進める事ができる。
しかし、この日の昼、三河藩へ向けて江戸を発つ冒険者の一団があった事を彼らは知らない。