●リプレイ本文
●記録係も松茸は食べた事がありません
「またお会いしましたね、ひょう吉さん。一年ぶりくらいでしょうか。背も伸びて、少し逞しくなった感じがしますね」
「祐之助もお変わりなさそうで。ありがとうございます。もう一年経ちましたか‥‥」
「ええ、一年とは早いものですね。僕、もう少しで二十歳になるのですけれど‥‥そろそろ歳を重ねるのも喜ばしい事だけではなくなってまいりました。責任も増えます故」
京都の冒険者ギルド。受付のカウンターの前で、侍の高円寺祐之助(ea8282)とひょう吉は、一年ぶりに握手を交わした。
裕之助は丁度去年の今頃、京都の竹細工職人の元へ修行に来たばかりひょう吉の手紙を、故郷にいる彼の妹楓へ届けていた。
成長期という事もあるが、一年前に比べてひょう吉は背も伸びたし、何となく落ち着いた雰囲気も纏い始めている気がする。竹細工職人の修行が上手く行っているのだと裕之助には見受けられた。
しかし、その分、裕之助も歳を重ねた。
「ひょう吉さんは竹細工職人ですよね? 今の時期はお忙しいのでしょうか?」
「竹細工職人といってもまだまだ見習いで、親方達が竹を加工しやすいように切ったり、飾りの端の方を手伝ったりするくらいですけどね。早くもお正月飾りの注文が親方のところへ舞い込んできていて、今年も暮れには帰れそうにないです」
「公家の方々は、お正月飾りは毎年新しいものを買い換えますから、今が書き入れ時ですものね」
ファイターのメリア・イシュタル(ec2738)に聞かれると、ひょう吉は頬を掻きながら応えた。竹細工職人の門を叩いてまだ三年目になるひよっこだ。加工といった雑務の方が多いようだ。それでも加工の合間に先輩職人達の技術を盗み見て自分のものにしているようで、少しずつとはいえ飾りの加工もさせてもらえるようになっている。
メリアは出身はエジプトで、白い髪に蒼い瞳とジャパン人にはない美貌の持ち主だ。しかし、彼女が纏っているのは、白衣に緋袴という、所謂巫女装束だ。美貌と相まって、どこか浮世離れした神々しささえ感じられる。
「その歳で親元を離れての修行は大変だと思うが‥‥私達に出来る事があれば、喜んで引き受けよう」
「そうですね。この松茸をひょう吉さんのご家族に、しっかりと届けますね。お任せ下さい。その他、ご家族にお伝えする事があれば、言伝を承りますよ♪」
カムイラメトクのライクル(eb5087)の冷たくも力強い言葉に、僧侶の香月三葉(ec2942)はにっこりと微笑んだ。
ライクルはカムイラメトク特有の衣装のうち、黒をふんだんに使ったものを纏っている。コロポックル故、背はひょう吉より小さいし、見た目もさほど変わらないが、場数は踏んでいる。それに彼も蝦夷という遠い地から京都へ来ているので、親元を離れて修行しているひょう吉に近親間を覚え、力になりたいと思っていた。
一見、冷たそうな雰囲気を醸し出しているが、力強い声音にそれが現れており、三葉もそれを感じ取っていた。
「では、お言葉に甘えて‥‥」
ひょう吉はこの場で楓への手紙を軽く認(したた)めた。
「まぁ、妹っつうのは、いつまで経っても心配だよな」
「い、いえ、そういうつもりではないですが‥‥ただ、病弱なので少しでも元気付けてあげられたらな、と」
「照れるな照れるな、少年! 俺も松茸はお殿様の食いもんかと思ってたからな。豪勢なモンを食わせて、精を付けさせてぇ気持ちは分かるからよ!」
浪人の紅峠美鹿(ea8203)が、ひょう吉が真っ先に妹への手紙を認めた事にうんうんと頷く。彼が言うように、楓は幼い頃から病弱で、ひょう吉が京都で働いたお金で薬を買ってシフール便で送っており、家族の中でも一番気に掛けているのだが、美鹿は少年特有の照れだと思ったようで、ひょう吉の背中を豪快にびしばしと叩く。
(「‥‥ひょう吉が照れているのは、妹さんの事ではなく、あなたが原因なのだが‥‥」)
(「全くです」)
(「美鹿さんは外見こそ大胆ですが、意外と純情そうですから、本人は気付いていないのかも知れませんよ」)
何故か、目と目で通じ合うライクルと裕之助。男性陣の考えている事を察したのか、三葉がアイコンタクトに加わる。
というのも、美鹿は胸元に白い蝶の意匠の入った黒い着物を纏っているのだが、袖は独立して直に腕に着けるようになっており、胸元が大胆に開き、たわわに実った双房の水蜜桃が今にも熟れ落ちるかのように覗いているからだ。しかも、赤帯で締めているものの、得物の太刀を振るう動きやすさを重視してか、衽(おくみ)が大胆に開いており、可愛らしい臍と穿いているノルマン製フンドーシが大胆に見えていた。
美鹿当人は気にしていないようだが、これは青少年には些か、いや、かなり刺激が強い。ひょう吉が照れて彼女を直視できないのも当然といえる。
三葉が言うように、美鹿は子供は嫌いではないので、ひょう吉の事を弟のように思っているのかも知れない。
「ま、俺は敵をぶった斬れりゃあそれでいいからな。もちろん、俺が敵をぶった斬れば、松茸は無事に妹に届けられるけどな!」
「良い香りですね。きっと楓さんもお喜びになると思いますよ。しっかり、届けさせて戴きます」
ひょう吉を安心させるように美鹿が胸を叩くと、ぷるるんとところてんのように軽快に弾んで揺れる。端から見ていても分かるくらい茹で上がったように顔を真っ赤にしているひょう吉を安心させようと、裕之助が彼の肩に手を置いて微笑んだ。
ようやく落ち着いたひょう吉に見送られ、メリア達は京都を発った。
●時には戦いを避ける事も大切です
「それでは、お願いしますね。落としたりしないように注意して下さい。もちろん、食べちゃダメですよ。ふふっ」
「芳ばしい香りですものね。もちろん、食べないよう我慢します」
一度、ひょう吉の故郷の村へ行っている裕之助が先頭を歩く。彼は松茸が戦闘の際に傷ついたりしないよう、万一、戦闘になっても前線に立たない三葉へ竹籠を渡した。
京都を出てしばらくは大きな街道沿いを歩くので、比較的安全で戦闘の心配はない。季節は秋から冬へ移ろう途中で、道中の木々も葉を赤く染めている。ライクル達は紅葉を楽しんだ。
「三葉さんにはホーリーフィールドがあるとはいえ、出来れば戦いは避けてきちんとお届けしたいものですね。確か、ひょう吉さんの話では、麓にバグベアが棲み着いたそうですが‥‥」
明日からひょう吉の故郷の山村のある山へ分け入る。メリアはその前に、ひょう吉から聞いていた熊鬼(バグベア)の事を切り出した。
すると、裕之助が自身の知っているモンスター知識の中から、熊鬼について話した。
三葉は出発前に、京都で熊鬼の目撃場所を調べてみたが、如何せん、名もない山村の出来事だ。ひょう吉も家族からの手紙で知ったくらいであり、京都の冒険者ギルドにも退治の依頼が入ってきていないので、残念ながら情報は皆無だった。
「後は山姥も質が悪ぃっちゃぁ悪ぃね。獲物を襲う時にしか本性を見せないからな。弱ぇばーちゃん見て警戒してたら身が保たねぇよ」
美鹿が山姥の事を話しながら肩を竦めた。熊鬼は熊の体に猪の頭を持つオーガなので一目で分かるが、山姥は人間の老婆に化けている。都より離れた山村に住む老人も少なくないので、一目では分からない山姥の方が警戒できず、厄介といえる。
「メリアの言う通り、松茸を持っている行きは、出来る限り戦いは避けるべきだ。私が数十から百メートル程先行して進み、熊鬼や山姥がいないか警戒しよう」
「よろしくお願いします。ただ、あまり離れすぎると、あたしの弓矢の援護も届かなくなりますし、疎通も困難になりますから、先行しすぎないよう注意して下さい」
隠密行動に長け、且つ狩猟の経験もあるライクルが先行して進んで熊鬼達を早期に警戒し、可能な限り戦いは避ける事になった。しかし、テレパシーといった意思疎通の手段がないので、先行しすぎないようメリアは念を押した。
ライクルは木弓「クウ」を片手に、息を潜めながら山村へと続く半ば獣道と化した道を先行してゆく。シフール便や地元の者以外、ほとんど使っていないのだろう。
碧色の瞳で辺りを見回し、熊鬼や老婆がいない事を確認してから、後ろに控える美鹿達に安全である事をジェスチャーで伝え、裕之助達は彼の元へ進んでゆく。
「まるで狼の目だな、ありゃぁ」
「でも、如何にも仕事をしている男性の背中、という感じで格好良いですよ」
美鹿がそう揶揄すると、三葉はその通りだとむしろ誉めた。
(「いた‥‥数は三匹だが、胴丸鎧を着て、手斧を持っているな。少し手強そうだ」)
その家中の人であるライクルは熊鬼の一団を見付けていた。数では有利だが、手斧や胴丸鎧で武装を強化しているところを見ると、手強そうにも感じられる。
幸い、熊鬼達はライクルを見付けていないので、彼はメリア達の元へ戻ると、熊鬼達を避けるようにぐるっと迂回し、無事にひょう吉の故郷の村へ着いた。
後にライクルは狼の目、コロポックル語で“ホロケウシキヒ”と呼ばれる事になる。
●一番の薬は‥‥
ひょう吉の故郷の山村は京都から離れている事もあり、近隣の村人を除けば来客は月に一度来るか来ないかのシフール便くらいだ。
なので、美鹿達がやってくると、手の空いている村人がこぞって集まってくる。
「お久しぶりです。ひょう吉さんからのお届け物です」
村人達と面識のある裕之助は、笑顔で応えながら真っ直ぐひょう吉の家へ向かう。応対に出たひょう吉の母親へ、三葉が竹籠を差し出し、彼はそう付け加えた。
「ライクルさんのお陰でやり過ごせました」
「帰りに退治しておく必要があるな」
ひょう吉の母親は、麓に熊鬼が棲み着いており、大丈夫だったかと聞いてくるとメリアは笑顔で応えた。
ひょう吉の村の住人は被害を受けていないが、近隣の村の人々は襲われているという。ライクルは退治する必要があると考えていた。
「お兄ちゃんからの手紙!? 読んで読んで!」
「私と一緒に読みましょう。手紙を読んでもらうのも良いですけれど、楓さんがご自分で読み書きが出来るようになれば、いつでも好きな時に兄さんからの手紙を読めますし、もっと楽しみが広がりますよ」
ひょう吉の妹、楓は病弱という事もあり、珍しく個室を与えられて一人、布団で寝ていた。
三葉がひょう吉からの手紙を渡すと、読んでとせがむ。彼女は楓に文字を教えたい、とひょう吉の母親の了承を得て、一緒に読もうと誘った。
山村での生活はそれ程文字の読み書きを必要としないので、識字率が高いとはいえない。ひょう吉の村でも、文字が読めるのはひょう吉の両親や村長といった一握りの者達だけだ。
三葉は、楓が文字の読み書きを覚える事できっと将来役に立つだろうと考え、木板に平仮名を書いて読み方を一通り教え、それからひょう吉からの手紙を一緒に読んだ。
ひょう吉の手紙には、竹細工の加工を少しずつやらせてもらえるようになった事や最初の自分一人で手掛けた作品は絶対に楓の為に作るといった、修行の事が書かれていた。
「お兄ちゃん頑張ってるんだ‥‥楓も頑張らないと」
「でしたら、兄さんへ伝えたい事を手紙にしましょう。私が代筆しますし、先程教えた名前の書き方で、最後に自分の手で名前だけでも書いてみましょう♪」
「うん‥‥やってみる」
三葉が代筆した手紙の最後に、楓が「かえでより」と平仮名で自分の名前を書いた。お世辞にも読める文字ではないが、心が篭もっている事は間違いない。
「上手く描けるか分かりませんが‥‥楓さんも頑張っている姿を、この瞬間を、ひょう吉さんに届けたいですしね」
裕之助は四苦八苦しながらも名前を書く楓の姿を、似顔絵として描き起こしていた。
「ほら、これやるよ。甘いもん好きだろ?」
「ありがとう! これ食べたら、美鹿お姉さんのようにおっきくなれるかな?」
「さぁて、それはどうかな? 俺のは特別だからな。だけどな、しっかり食べて身体を強くしねぇと、大きくなるモンもならねぇぞ?」
「分かったよ‥‥そうだ、はい、これ。楓が作ったんだけど、美鹿お姉さん綺麗だし、使ってくれると嬉しいな」
「あ、ありがとう‥‥その、なんだ、嬉しいよ」
名前を書き終えた楓に、ご褒美とばかりにかすていら風味の保存食を渡す美鹿。
楓が満面の笑みを浮かべて初めて見るかすていら風味の保存食を受け取り、お返しに香り袋を渡すと、彼女は頬を掻き、明後日の方向を見ながら受け取った。
素っ気ないのは照れ隠しだからか。子供は好きだが素直になれない美鹿だった。
「京の話でも出来ればいいのだが、生憎私はあまり人間の街の事は分からない。代わりに故郷、蝦夷の話をしよう」
初めてコロポックルを見るひょう吉の村の人々に、山村の中央にある広場で、狩猟と採取を基本としたコロポックルの生活の様子を語るライクル。
京都で起こっている事件や流行といった話は、彼の代わりにメリアが語った。
炊き込みご飯やお吸い物、焼いた松茸といった松茸料理でお腹を満たし、楓達ひょう吉の村の人々に見送られながら村を発った三葉達は、帰りも熊鬼達を見付けた。どうやらこの辺りを根城にしているのは間違いない。
「ひょう吉の村や近隣の村の人々の生活を脅かすのなら‥‥それを守るのが私の役目だ」
メリアと共に木弓「クウ」から矢を射るライクル。無益な殺生は信条ではないが、人々の平和を脅かすのならその限りではない。
メリアと彼の矢は熊鬼達に突き刺さる。
「遅ぇよ! 喰らいやがれ! ソォドボンバァァァッ!!」
「淡い光よ、一陣の矢となり我が敵を貫け! オーラショット!」
何事かと慌てふためく熊鬼達に、間髪入れず美鹿が太刀を薙いでソードボンバーを繰り出し、裕之助はオーラショットを放ち、体勢を立て直す暇を与えずに畳み掛ける。
奇襲は成功したが、それでも一匹も倒しきれず、熊鬼達は手斧や棒といった得物を最前線に立つ美鹿へ振るってくる。熊鬼達も伊達に場数は踏んでいないようだ。
「いいぜいいぜ、さーて始めるか、命のやり取りをよぉ!!」
骨のある敵に、美鹿が恍惚とした妖艶で凄絶な笑みを浮かべ、太刀を構え直す。
メリアの矢と裕之助のオーラショットの援護と、小太刀に持ち替えたライクルも前線に加わり、ホーリーフィールドを展開し、美鹿が負傷するとリカバーで治療する三葉の後方支援もあって、美鹿達は熊鬼を退治した。
これでひょう吉の村や近隣の村の人々も、今まで通り安心して狩猟や秋の味覚の採取に精を出せる事だろう。
もちろん、裕之助の描いた似顔絵や、三葉が楓に文字を教え、彼女が自分で書いた名前入りの手紙がひょう吉に喜ばれたのは言うまでもない。