【天下布武】美濃併合・墨俣一夜砦

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:6 G 66 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月18日〜11月28日

リプレイ公開日:2007年12月18日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を宣言した。
 『天下布武』はあくまでお市の方の宣言であり、そこに蘇ったと噂される虎長の姿は一切無かった‥‥。

 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
 虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心地であったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まり始めていた。

「道三おじさまが、美濃兵三百と共に落ち延びて来られた!?」
「はい、今し方、清洲よりその報を持った早馬が来ました」
 本丸御殿の自室で書き物をしていたお市の方の元へ、小姓・森蘭丸が悲報を持ってやってきた。美濃藩の藩主・斎藤道三が、美濃兵三百と共に清洲城へ入城したというのだ。
「そんな!? ‥‥美濃併合の書状を林秀貞に届けさせた時の返事は悪くはなかったのに‥‥」
「市様、今は項垂れている時ではございません。速やかに清洲へ赴いて下さい。私はカテドラルに居られる虎長様と濃姫様にお声を掛けてきます」
「え、ええ、そう、そうね‥‥落ち込むのは後でも出来るものね。お兄様と濃義姉様への伝言はお願いね」
 口元を押さえ、床机に蹌踉(よろ)けるお市の方。蘭丸は至って冷静に、主君へ清洲城へ向かうよう進言する。こういう時、慌てては小姓は務まらない。
 お市の方は自ら頬を張って気合いを入れ直すと、武者鎧「白絹包」に着替え、早馬を飛ばして清洲城へ急いだ。

 清洲城の城内では、美濃兵三百余りが地べたに座り込んでいた。負傷している者はいないようだが、皆、一様に憔悴しきっている。這々の体で来た事が窺える。
「道三おじさま!」
「市か‥‥すまなんだ」
 清洲城を預かる柴田勝家の配慮で、道三は城内の客間で休んでいた。お市の方の姿を見ると、開口一番、謝ってくる。
「蝮の目も曇ったものじゃ。義龍の器量を見抜けなんだ」
 道三は、お市の方よりもたらされた尾張藩と美濃藩の併合に賛成だった。美濃は元々平織家の近臣であり、また、娘の濃姫の嫁ぎ先でもある。加えて、お市の方が併合に際して提示した条件は、併合とは名ばかりで、美濃藩の体制は今までと変わらず、尾張藩と一致団結して平織家として安祥神皇を護る、という内容だった。
『何を戯けた事を! 一度主君が暗殺されている藩に、藩を売ろうというのは逆賊もいいところだ!!』
 しかし、道三の息子・斎藤義龍はこれに反発。稲葉良通、安藤守就、氏家直元ら“西美濃三人衆”も義龍を支持すると、家臣の実に七割以上が義龍側に回った。
 道三は残された二割弱の兵と共に稲葉山城を脱出、清洲城へ落ち延びた。
「義龍様には、あの書状でも、今がどれだけ安祥神皇様にとって大事な時か分かって戴けなかったようですね‥‥」
「“美濃の蝮”も耄碌(もうろく)したものぞ。老いには勝てない、という事かの」
「お義父上、ご無沙汰している」
「帰蝶か‥‥そなたは‥‥む、婿殿!?」
 哀しそうに目を伏せるお市の方。そこへ蘭丸より報を伝え聞いた濃姫と虎長がやってくる。濃姫は“美濃の蝮”と畏れられた父の不甲斐ない姿を見下すかのように嘲笑を浮かべる。
 それ以上に、道三は死んだはずの虎長がそこにいる事に目を見開き、驚きを隠せない。
「義龍殿の言われる通り、儂は暗殺されたが、見ての通り、ジーザス会の奇跡で蘇った」
 虎長の言葉を受け継いで、濃姫が事の次第を掻い摘んで話した。道三もひとまず納得したようだ。
「しかし、義龍殿と西美濃三人衆の考えは、そうそうに覆せそうもないな」
「‥‥合戦、ですか?」
「市よ、平織家が力を取り戻さねば、安祥神皇の、京一円の平和は誰が守る? こちらから歩み寄っても拒否されたのだ。天下布武は茨の道、その事を肝に銘じておくのだ」
「‥‥はい、お兄様」
 斯くして、美濃藩を併合する為の開戦が決まった。

 客間から天守の間へ場所を移し、軍議が始まった。
「問題は義龍殿の拠点、稲葉山城だな」
 虎長は、道三よりもたらされた美濃藩の概略図に描かれた稲葉山城を指す。
 稲葉山の山頂に建てられた古典的な山城だ。
「山頂故平坦な土地は少なく、飲用水も雨水を蓄える井戸を使う故、千七百人の兵を抱えた長期の籠城戦には不向きじゃぞ?」
「道三おじさまにこんな事を言うのも何ですが、それを補って余りある地の利があるでしょう?」
 どうやら道三はお市の方を試しているようだ。
 稲葉山城は尾張から見ると稲葉山の反対側の斜面に位置している。義龍は千七百の兵を有している事から、少なくとも攻略には倍の兵は必要になるが、大軍による山を登っての進軍は困難と言えた。
 南から時計回りに回り込むように進軍しなければならないが、そうすると兵が疲弊する為、美濃藩のどこかで休ませる必要になってくる。下手をすればそこを狙い撃ちされる危険性があった。
 微苦笑しつつ答える彼女に、道三は正答とばかりに深々と頷いた。去年、桶狭間で“甲斐の虎”こと武田信玄を敗った時は、まだじゃじゃ馬の小娘だったが、今は曲がりなりにも一藩の主としての貫禄が付き始めている。
「少なくとも兵を休ませる砦を、長良川沿いに築く必要があります。長秀なら何処を選びますか?」
「この墨俣(すのまた)の地がよろしいかと」
 稲葉山近くには、木曽三川(木曽川、揖斐川)の一つ、長良川(=墨俣川)が流れている。川幅は上流でも百m、下流域では二百五十mにも及び、渡河は容易ではない。しかも美濃藩は尾張藩と違い、街道整備に力を入れていないので橋は多くない。
 お市の方は尾張の武将の中でも土木普請に精通した丹羽長秀に聞くと、それらの条件を踏まえた上で、彼は五六川といったいくつかの川が長良川と合流する墨俣を指した。しかも墨俣には橋(=長良大橋)が架かっており、幸い、道三の息が掛かっている。もちろん、義龍が手中に収めるのは時間の問題だが、それまでに砦を築ければこちらのもの。
「では、砦の建築は長秀に任せます。砦の建築を義龍に悟られないよう、伐採や建造は少人数で行わなければならないでしょうから、“川並衆”を使うといいでしょう。蜂須賀正勝に話を通しておきます。一益には稲葉山城下へ陽動攻撃を仕掛け、義龍の目を引き付けてもらいます。稲葉山城にいる兵を千七百とすれば‥‥そうね、九百の兵を率いて行ってもらうわ。勝家は本陣としますので今は待機し、道三おじさまと美濃兵三百も今回の陽動では却って逆効果でしょうから、清洲でゆっくりと休まれて下さい」
 お市の方が作戦を取り纏め、墨俣砦の建築と、稲葉山城下へ陽動の二面作戦が展開される事となった。

●今回の参加者

 ea1966 物部 義護(35歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea8904 藍 月花(26歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9027 ライル・フォレスト(28歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb2404 明王院 未楡(35歳・♀・ファイター・人間・華仙教大国)
 eb3226 茉莉花 緋雨(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb3272 ランティス・ニュートン(39歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

オルテンシア・ロペス(ea0729)/ アルシャイン・ハルベルド(ea8982)/ 玄間 北斗(eb2905)/ 坂田 奈美(ec2534

●リプレイ本文


●墨俣一夜砦が必要な理由
「斎藤義龍も存外頭の足りん男だな。時流を読む事も出来んとは。だが馬鹿は嫌いじゃない。お陰で俺は存分に戦う機会をもらえる。その礼に、苦しまんように首を落してやるとしよう」
「そんな事を言って〜、勝家さんの時と同じ様に〜、返り討ちに遭ったらどうするのです〜?」
「雷音丸殿、一本取られたな」
 今回、お市の方こと平織市(ez0210)が美濃の墨俣に砦を築きたいのは、美濃攻略の足掛かりとしたいからだ。
 ジャイアントの志士、風雲寺雷音丸(eb0921)は尾張藩の武将の一人であり、斎藤義龍の首を狙う為にもこの墨俣の砦を早急に建築したいところ。しかし、彼は今では仲間だが、尾張藩の武将の一人、柴田勝家に以前一騎打ちを申し込んで敗れ、人質になって保釈金を払った過去がある。浪人の槙原愛(ea6158)がその事を踏まえて釘を刺すと、志士の物部義護(ea1966)は、雷音丸の気持ちは分かるが、今は目の前に依頼に集中すべきだと諭した。
「短期間で敵に見つからないように砦を建設する‥‥大工としてどこまでやれるか、遣り甲斐があります」
「短期間で砦の組み立てるのは興味深い。それに、この国の混乱を収める力の1つになるのなら、手伝いたいと思ってね」
「二条城の建築や、新撰組の出張所の建築にもお手伝いさせて戴いたので、今回の砦の建築にその知識や経験が活かせればと思います」
 ハーフエルフの武道家、藍月花(ea8904)とナイトのランティス・ニュートン(eb3272)、志士の茉莉花緋雨(eb3226)が、砦の建築について意見を交わす。
 どのような砦を建てるかは、尾張入りしてから丹羽長秀と図るが、原材料となる木々の伐採や組み立てなど、大工としての意見や腕の見せ所も多く、月花は内心わくわくしている。
 お市の方が掲げている『天下布武』は、安祥神皇の下でジャパンに安寧をもたらすという志で進められている。些か強引さも無きにせよ非ずだが、ランティスは情勢が不安定なジャパンにはその強引さも必要かも知れないと考えていた。
 緋雨は、イギリスはケンブリッジへ渡り、西洋の建築技術を学んできている。新撰組の出張所の改修工事にもそれは活かされており、今回の砦にどのように活かすか、早く実際の現場を見たいと思っている。
「蜂蜜に生姜に‥‥後、お市の方さんから火鉢と薬缶(やかん)が借りられれば、冷えと疲労対策は万全ですね」
 ファイターの明王院未楡(eb2404)は、忍者の玄間北斗に手伝ってもらいながら、愛馬の風音(かのん)に京都で仕入れた蜂蜜に摺り下ろした生姜を漬けたものを積んでいた。
 北斗は彼女の主婦としての気遣いや発想が砦の建造に役立つよう、未楡に忍者としての戦場での工作の知恵と経験を話している。
「未楡さんの荷物の積み込みが終われば出発できるか? “兵は迅速を尊ぶ”と言うし、限られた時間を有効に使う為にも、早く尾張入りしないとな」
 ハーフエルフのレンジャー、ライル・フォレスト(ea9027)はセブンリーグブーツの靴紐を結び終え、月花達の様子を見渡す。
 京都から尾張までは歩いて三日掛かる。セブンリーグブーツや馬に乗る事で二日で尾張へ着けば、復路を含めて浮いた二日を作業に回せるからだ。
「砦の建築は、戦闘以上に怪我をしやすいから注意するのよ? そうそう、尾張には伊勢湾で採れた海の幸の天麩羅を具にした“天むす”っていう珍しい食べ物があるらしいの。後、綺麗な絹織物は憧れるわよね」
「‥‥俺に買ってこい、と?」
「ふふ、そう聞こえたかしら? 期待しないで待っているけど、何はともあれ、砦の完成と戦闘がないよう無事を祈っているわ」
「さて、少しでも早く尾張に着くように急ぎましょうか〜」
 ジプシーのオルテンシア・ロペスやハーフエルフの神聖騎士、アルシャイン・ハルベルド、忍者の坂田奈美に見送られ、ライルや愛達は京都を後にした。


●丹羽長秀と川並衆
 ランティス達が尾張藩は那古野城へ入城すると、長秀と蜂須賀正勝(=小六)がお市の方を交えて打ち合わせを行っている最中だった。
「稲葉山城の兵力は1700‥‥少なくとも、半分の800から900の兵を受け持てる規模は必要だな」
「ただ、墨俣へ手を出しづらくするのが、この砦の狙いですよね?」
 長秀が引いた設計図の雛形を見てライルがそう感想を漏らすと、月花がこの砦をどの程度の期間使用するか、お市の方に確認した。
「稲葉山城攻略の為の砦だし、伊賀藩を併合する時には使えないから、美濃を併合するまで、と割り切ってもらって構わないわ」
「だとすると、優先すべきは外側ですね。使い勝手は、この際申し訳ないですが脇に置きましょう」
 そう言って月花は、柱を全て等間隔で、しかも縦横同じ長さの材木が使えるよう、設計図の雛形を示す。素速く建築するには、材料を使い回しが利くようにした方が効率がいいからだ。
 大工ならではの月花の意見を受けて、長秀は設計図の雛形を朱色で修正してゆく。
「美濃兵に砦の建築を発見されないよう、作業員は川並衆の皆さんしかいないですから、建築の速度を高めるには工程の管理の部分でアドバンテージを取るのが一番だと思います」
「班分けや伐採・加工・組立の順番は、棟梁の正勝様から川並衆の皆さんへ伝えて戴くとして。目標数を決め、目標に達した班から次の工程に移るようにすれば、全体で工期の流れが把握しやすくなると思います。但し、砦の組み立ては一斉に移るべきですから、遅れた班があれば先行している班が助けられます」
「何事も‥‥段取りは大切ですね」
 緋雨が正勝に提案したのは、川並衆を上流で伐採と加工する班と下流で組み立てる班とに分け、作業の効率化・単純化を図る『流れ作業』だった。月花が流れ作業の更なる効率化を図ると、未楡が主婦の視点から納得とばかりに頷いた。
「俺も伐採作業を遣らせてもらうから、川並衆を多く割く必要はない。それより加工や組み立てといった人手の必要そうなところへ割り振ってくれ」
「お市さんの為ならえ〜んやこ〜ら♪ なんちゃって〜。私も〜、伐採の手伝いに回りますね〜」
 流れ作業に関して、今まで聞き手に回っていた雷音丸と愛が川並衆の割り振りに口を挟んだ。ジャイアントの恵まれた体型は力仕事に打って付けだし、愛はロシアの英雄が森を切り開く為に振るったとされるスフマンの斧を持参していて、しかも習得しているコンバットオプションが伐採に転用可能という事もあり、伐る気満々だ。
「出来るだけ大きな布、白無地が望ましいのだが、それも用意できないだろうか? すぐでなくても、二、三日後で構わない。無ければ毛布で代用するが」
 斧を持参していない雷音丸には、お市の方が重斧(ヘビーアックス)を貸し出す事になると、義護も大きな白無地の布を調達して欲しいとお市の方に頼んだ。
「砦の柵に張る事で、遠目に壁に見せ掛け、堅牢な砦を短期間の内に造り上げたと錯覚させる事が出来るはずだ。それに柵内部での建築作業を多少なりとも隠蔽する事も出来るし、一石二鳥だな」
「外側に矢避けなどの第1層を作って布で偽装し、より堅牢な第2層を内側に組み立てる、こんな感じかな?」
 先に砦の外側だけ体裁を整えておき、布の裏手で板を内張りし、強度を高める後から内側を仕上げる為のハッタリに必要だと義護とランティスが説明する。
 大きな布になるのですぐには用意できないが、二、三日中には調達して墨俣へ届けさせるとお市の方は約束した。
 合わせて未楡が小さめの火鉢と薬缶を借りる。
「後は‥‥加工の時、生木である事や川を使って運ぶ為、ふやける事を考慮し、臍(ほぞ)穴は大きめに空け、組み立ての時に楔で調整する方法がいいですね」
「木材は乾燥すると縮むから、生木の時の設計だと狂いが生じるからな。現場で実際に量ってみて、組み込み箇所の加工に少し余裕を持たせるよ」
 未楡が告げると、木工工作に明るいライルもその事を考えており、現場で調整すると応えた。
「ライル殿が言われるように、後は実際の現場を見てみない事には始まりませんね」
 現時点で相談して詰められる事は詰められたと緋雨は踏み、自分達だけでも一足先に現地入りしたい旨を告げた。
 木曽三川(木曽川、揖斐川、長良川)で水運業を営む正勝は美濃の地理にも詳しく、緋雨達と彼が先行して墨俣へ向かい、長秀と川並衆五十名は準備が整い次第、出発する事になった。


●墨俣一夜砦
 揖斐川と長良川に挟まれた長良川西岸の墨俣の地は主要街道が走り、街道整備にあまり力を入れていない美濃藩で数少ない橋(=長良大橋)が長良川に架かっており、渡し船もある、墨俣宿という宿場町として栄えている。
 斎藤道三がこの地を押さえているのも、美濃の交通・戦略上の要地だからだ。義龍も喉から手が出る程欲しいはずだが、美濃を追われたとはいえ、墨俣一帯はまだまだ道三の影響力が強く、しかもお市の方が「天下布武の元の併合」を掲げて攻略に着手しているので、手が出せないのが現状だ。
「義龍殿が手を出せない内に砦を築こうとは、尾張公もなかなかの策士だな」
「美濃攻めには、稲葉山城に籠もる美濃軍の倍の兵力で出陣するそうだからな。補給路を確保しておきたいという思惑もあるんだろう」
 義護達は旅人の格好で墨俣宿へ入った。
 墨俣は道三の息が掛かっている事から、敵地でありながら補給が可能だ。尾張藩から補給路を長く伸ばして確保するより、敵地で補給出来るに越した事はない。雷音丸が尾張藩と美濃藩の現状を踏まえて応えた。
 愛達は宿に荷物を置くと、その足で建築予定地を見に行った。
 長良川に平行して流れる犀川(さいがわ)が二つに分かれ、五六川といったいくつかの川が合流する河口の、三角形の股の部分だ。農地としては向いておらず、野原が広がっている。
「ここでしたら上流の木を伐採し、加工して流しても、受け取りやすいですね」
「先ず柱を等間隔に一斉に立てていき、次に外側を板で一気に囲ってしまいます。それまでにお市様が調達される布が届けば、外側のみ布で覆い、塗壁に見せ掛けられるはずです」
 緋雨は実際の現場を見て、何処に何を配置して組み立てるのが良いのかを、月花とランティスを交えて話し合いながら、木板に書き留めてゆく。
 夕刻といった時間帯を選んで空飛ぶ絨毯を使い、鳥瞰して設計図を完全なものにしたいと考えたが、空飛ぶ絨毯は地面から三十mの高さまでしか上昇出来ない為、夕刻といえども目立つから止めた方がいいと正勝に止められた。
「上流の方は‥‥木々を伐採する場所は、思いの外急斜面だな。作業中に事故が起こらないよう、作業開始前後は現場の安全確認を行い、作業中と日没前は周囲に声を掛けるといった注意を徹底した方がいいな」
 正勝に船を出してもらい、ライル達は犀川の上流も見に行った。

「組み立てやすいように番号を振るなら、加工に掛かる段階で完成した図面は必要だと思ったからね‥‥いや、しかし、流石に大変だったよ」
「お疲れさまです。迅速な組み立て作業を実現するには、加工の段階から木材に番号を使用場所の目印を書いて腑分けし、番号に合わせて杭を打ったり、組み立てられるようにしなければなりませんからね」
「数の確認と、砦の基礎の部分から流す順に纏めて置く、上流での流す作業も一工夫必要だな」
 長秀と川並衆が分散して墨俣宿へ入る頃には、ランティスが長秀の纏めておいた砦の設計図の雛形を元に、緋雨やライル、月花の助言を受けて完成させており、愛用の木製マグカップでお茶を飲んで一息付いていた。

 その日は早めに就寝し、翌朝、朝日が昇る前からライル達は犀川の上流へ繰り出した。
「丹羽殿、このくらいの太さの木はどうだろう?」
 義護は選ぶ基準を長秀から聞き、太過ぎず細過ぎずな、適度な太さを持った木を選ぶと、雷音丸と愛に伐採を頼んだ。
「動かない目標になら、これでも十分当たりますね〜」
「据えもの斬りは退屈だが、これだけ数があると逆に楽しくなってくるな」
 愛と雷音丸はスマッシュEXとバーストアタックを組み合わせて斧を振るい、大木を簡単に伐り倒してゆく。単純な作業といえばそれまでだが、雷音丸は楽しみを見出したようで、豪快に笑い声を上げながら伐って伐って伐りまくっている。
 愛達が伐った木は、義護と川並衆数名が枝を落として切断し形を整え、木材として使いやすいように加工の手前まで手を加え、月花と緋雨、ランティス達加工班へ回す。
 月花達は現場に合った木材の加工と番号の割り振りなどを指導し、ライルが番号別、用途別に木材を纏めていった。また、美濃兵の気配がないか警戒に当たるのも、彼と義護が交代で行った。
「手が悴(かじか)んでは仕事が捗りませんから‥‥休憩の時くらい温まって下さいね」
 小さめの火鉢に薬缶を掛け、冷えと疲労対策に生姜湯を振る舞う未楡。また彼女は五十数名の食事の用意を一手に引き受けており、こういったちょっとした心配りが砦の建築の原動力となった。
 前以て入念な詰めと下見をしておいた事もあり、月花や緋雨、ランティス達の適切な指導によって木材の加工が終わると、川並衆の班分けはそのまま、木材を流す班と受け取る班、組み立て班へ移行し、砦を一気に組み立ててゆく。
「お裁縫なら少しは出来ますしね〜」
 その間、お市の方より布が届き、愛や雷音丸が手分けして砦の前面に布を張っていった。その内側では内部の工事が進められているが、端から見れば既に砦が完成しているようにも思える。
「井之口へ陽動を仕掛けている人達は〜、怪我してなければいいですが〜」
「定期的に連絡をもらっているが、今のところ、陽動は成功しているようだぜ」
「流石に、城が攻められてる時は偵察なんて出さないですね〜」
 愛は、城下町への陽動作戦に参加している親友の身を案じていたが、クライミングブーツを履き、高所の骨組みを行い、緩みそうな部分がないか確認していたライルが降りてくる。警備を担当する事となった彼は、城下町・井之口への陽動隊と定期的にこまめに連絡を取っており、戦況を愛に話した。

 最後に月花が手の空いている川並衆を使って、見張り台や弓兵用の場所、お市の方の場所を仕上げ、墨俣砦は一応の完成を見た。
「建設の無事を祈って、お寺の和尚さんに一筆貰ってきておいて正解だったよ‥‥残念ながら、どんな意味かはよく知らないんだけどね」
 ランティスの被っていた兜に巻いた布には、『安全第一』と書いてあったとか。御利益はあったようだ。
「砦など一日二日で建造出来るか、と判断してこちらの動きを察知しても大きな動きをしないのが普通の反応だが、そこに一夜でそれなりの設備を有した砦が現れた時の衝撃は大きいでしょうな」
 この自分達が手掛けた墨俣一夜砦が、美濃攻略にどのような影響を及ぼすか、義龍達の反応が気になる義護だった。