【天下布武】美濃併合・稲葉山城への陽動

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 94 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月26日

リプレイ公開日:2007年12月11日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を宣言した。
 『天下布武』はあくまでお市の方の宣言であり、そこに蘇ったと噂される虎長の姿は一切無かった‥‥。

 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。
 虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心地であったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まり始めていた。

「道三おじさまが、美濃兵三百と共に落ち延びて来られた!?」
「はい、今し方、清洲よりその報を持った早馬が来ました」
 本丸御殿の自室で書き物をしていたお市の方の元へ、小姓・森蘭丸が悲報を持ってやってきた。美濃藩の藩主・斎藤道三が、美濃兵三百と共に清洲城へ入城したというのだ。
「そんな!? ‥‥美濃併合の書状を林秀貞に届けさせた時の返事は悪くはなかったのに‥‥」
「市様、今は項垂れている時ではございません。速やかに清洲へ赴いて下さい。私はカテドラルに居られる虎長様と濃姫様にお声を掛けてきます」
「え、ええ、そう、そうね‥‥落ち込むのは後でも出来るものね。お兄様と濃義姉様への伝言はお願いね」
 口元を押さえ、床机に蹌踉(よろ)けるお市の方。蘭丸は至って冷静に、主君へ清洲城へ向かうよう進言する。こういう時、慌てては小姓は務まらない。
 お市の方は自ら頬を張って気合いを入れ直すと、武者鎧「白絹包」に着替え、早馬を飛ばして清洲城へ急いだ。

 清洲城の城内では、美濃兵三百余りが地べたに座り込んでいた。負傷している者はいないようだが、皆、一様に憔悴しきっている。這々の体で来た事が窺える。
「道三おじさま!」
「市か‥‥すまなんだ」
 清洲城を預かる柴田勝家の配慮で、道三は城内の客間で休んでいた。お市の方の姿を見ると、開口一番、謝ってくる。
「蝮の目も曇ったものじゃ。義龍の器量を見抜けなんだ」
 道三は、お市の方よりもたらされた尾張藩と美濃藩の併合に賛成だった。美濃は元々平織家の近臣であり、また、娘の濃姫の嫁ぎ先でもある。加えて、お市の方が併合に際して提示した条件は、併合とは名ばかりで、美濃藩の体制は今までと変わらず、尾張藩と一致団結して平織家として安祥神皇を護る、という内容だった。
『何を戯けた事を! 一度主君が暗殺されている藩に、藩を売ろうというのは逆賊もいいところだ!!』
 しかし、道三の息子・斎藤義龍はこれに反発。稲葉良通、安藤守就、氏家直元ら“西美濃三人衆”も義龍を支持すると、家臣の実に七割以上が義龍側に回った。
 道三は残された二割弱の兵と共に稲葉山城を脱出、清洲城へ落ち延びた。
「義龍様には、あの書状でも、今がどれだけ安祥神皇様にとって大事な時か分かって戴けなかったようですね‥‥」
「“美濃の蝮”も耄碌(もうろく)したものぞ。老いには勝てない、という事かの」
「お義父上、ご無沙汰している」
「帰蝶か‥‥そなたは‥‥む、婿殿!?」
 哀しそうに目を伏せるお市の方。そこへ蘭丸より報を伝え聞いた濃姫と虎長がやってくる。濃姫は“美濃の蝮”と畏れられた父の不甲斐ない姿を見下すかのように嘲笑を浮かべる。
 それ以上に、道三は死んだはずの虎長がそこにいる事に目を見開き、驚きを隠せない。
「義龍殿の言われる通り、儂は暗殺されたが、見ての通り、ジーザス会の奇跡で蘇った」
 虎長の言葉を受け継いで、濃姫が事の次第を掻い摘んで話した。道三もひとまず納得したようだ。
「しかし、義龍殿と西美濃三人衆の考えは、そうそうに覆せそうもないな」
「‥‥合戦、ですか?」
「市よ、平織家が力を取り戻さねば、安祥神皇の、京一円の平和は誰が守る? こちらから歩み寄っても拒否されたのだ。天下布武は茨の道、その事を肝に銘じておくのだ」
「‥‥はい、お兄様」
 斯くして、美濃藩を併合する為の開戦が決まった。

 客間から天守の間へ場所を移し、軍議が始まった。
「問題は義龍殿の拠点、稲葉山城だな」
 虎長は、道三よりもたらされた美濃藩の概略図に描かれた稲葉山城を指す。
 稲葉山の山頂に建てられた古典的な山城だ。
「山頂故平坦な土地は少なく、飲用水も雨水を蓄える井戸を使う故、千七百人の兵を抱えた長期の籠城戦には不向きじゃぞ?」
「道三おじさまにこんな事を言うのも何ですが、それを補って余りある地の利があるでしょう?」
 どうやら道三はお市の方を試しているようだ。
 稲葉山城は尾張から見ると稲葉山の反対側の斜面に位置している。義龍は千七百の兵を有している事から、少なくとも攻略には倍の兵は必要になるが、大軍による山を登っての進軍は困難と言えた。
 南から時計回りに回り込むように進軍しなければならないが、そうすると兵が疲弊する為、美濃藩のどこかで休ませる必要になってくる。下手をすればそこを狙い撃ちされる危険性があった。
 微苦笑しつつ答える彼女に、道三は正答とばかりに深々と頷いた。去年、桶狭間で“甲斐の虎”こと武田信玄を敗った時は、まだじゃじゃ馬の小娘だったが、今は曲がりなりにも一藩の主としての貫禄が付き始めている。
「少なくとも兵を休ませる砦を、長良川沿いに築く必要があります。長秀なら何処を選びますか?」
「この墨俣(すのまた)の地がよろしいかと」
 稲葉山近くには、木曽三川(木曽川、揖斐川)の一つ、長良川(=墨俣川)が流れている。川幅は上流でも百m、下流域では二百五十mにも及び、渡河は容易ではない。しかも美濃藩は尾張藩と違い、街道整備に力を入れていないので橋は多くない。
 お市の方は尾張の武将の中でも土木普請に精通した丹羽長秀に聞くと、それらの条件を踏まえた上で、彼は五六川といったいくつかの川が長良川と合流する墨俣を指した。しかも墨俣には橋(=長良大橋)が架かっており、幸い、道三の息が掛かっている。もちろん、義龍が手中に収めるのは時間の問題だが、それまでに砦を築ければこちらのもの。
「では、砦の建築は長秀に任せます。砦の建築を義龍に悟られないよう、伐採や建造は少人数で行わなければならないでしょうから、“川並衆”を使うといいでしょう。蜂須賀正勝に話を通しておきます。一益には稲葉山城下へ陽動攻撃を仕掛け、義龍の目を引き付けてもらいます。稲葉山城にいる兵を千七百とすれば‥‥そうね、九百の兵を率いて行ってもらうわ。勝家は本陣としますので今は待機し、道三おじさまと美濃兵三百も今回の陽動では却って逆効果でしょうから、清洲でゆっくりと休まれて下さい」
 お市の方が作戦を取り纏め、墨俣砦の建築と、稲葉山城下へ陽動の二面作戦が展開される事となった。

●今回の参加者

 ea0517 壬生 桜耶(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb3917 榊原 康貴(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5246 張 真(30歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb6553 頴娃 文乃(26歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●1C斬り
 那古野城の城内では、夜を徹して美濃藩は稲葉山城の城下町井之口へ攻める支度が進められていた。
「我が輩達が戦うべきは、あくまで美濃藩の兵達アル。民衆への被害を極力少なくしつつ、敵の目をこちらに惹き付ける策を講じるアル」
「無関係な民衆には手を出したくありませんが‥‥井之口は義龍のお膝元。道三殿より義龍の人柄を聞く限り、民衆に慕われているそうですから、ある程度抵抗される事は考慮しませんとね」
 河童の武道家、張真(eb5246)と志士の壬生桜耶(ea0517)は、足軽達が作っている人数水増しの為の木偶人形と矢避けの盾、尾張平織家の軍を示す旗差物や市街戦に備えた防御柵の様子を見て回っている。
 今回は九百人と軍の規模も大きい分、それだけ数が必要になる。加えて真が言うように、井之口の住人への被害を少なくする為に、炊事道具も多めに用意された。
 桜耶達は尾張藩へ身を寄せた、先日まで美濃藩の藩主だった斎藤道三より、息子の斎藤義龍の人となりを聞いている。配下の武将の人心を父以上に把握した手腕は、流石は“美濃の蝮(マムシ)”の息子といったところだ。実の父を出し抜いて追い出し、藩主の座についても叛乱一つないのは、民衆にある程度慕われている、と見るべきだろう。
「井之口へ迫り、美濃軍が駐屯しているようであればこれを叩き、城下町に侵入した後に狼藉を働いているように見せかけ、稲葉山城の一軍を誘い出す‥‥のが今回の策だが、民衆に慕われているとなるとやりづらいな」
「その為の余分な炊き出しアル。今度の事で、城下町の人達に余計な不安を与えたくないアル」
 侍の榊原康貴(eb3917)の危惧はもっともだが、真はその心配もクリアーできるよう炊事道具を多めに用意していた。
「正直、僧侶が合戦に参加するのはどうなんだって感じだけど、まァ無秩序な振る舞いはみんなもあたしも望んでないし、みんなが心配でもあるしね」
「その点は大丈夫だよ。尾張藩の兵には『1C斬り』の軍規が徹底されているからね」
 僧侶の頴娃文乃(eb6553)に応えたのは、浪人の水上銀(eb7679)だった。銀は“母衣衆”と呼ばれる、平織市(ez0210)ことお市の方専属の尾張藩の武将であり、自分が尾張軍の軍規を守り、配下の兵に守らせる為にも覚えた。
 『1C斬り』とは、「1Cでも盗んだ兵は、その場で斬る」という内容の、非常に厳しい軍規だ。合戦後の略奪は兵にとって給料やボーナスのようなもの。それを禁止するには、兵への給料の支給を保証する必要があった。
 尾張平織家は、平織虎長が暗殺されて京一円の政局から退かざるを得なくても平織家の筆頭であり、他藩より経済的に余裕があるからこそ、この『1C斬り』を徹底させる事ができた。
 余談だが、この『1C斬り』は、軍内部の風紀を引き締めるというより、尾張平織軍が略奪の類は一切行わない、信用に足る軍である事を印象付ける狙いの方が強いとか。
「それにヨーロッパの方では、『坊主のいない軍隊はない』という言葉があってのぉ。合戦にクレリックが参加しない事はないのじゃ」
 ドワーフの神聖騎士ゲラック・テインゲア(eb0005)が、頬から顎に蓄えた豊穣なる髭を梳きながら、文乃にそう付け加える。神聖騎士や僧兵は立派な戦力になるし、クレリックや僧侶の癒しの力は合戦には不可欠だ。
「井之口のある山の麓は平坦だそうだから、歩兵に装備させる矢避けの盾は背負って動けるような物にしてみたのじゃ」
 そのゲラックは、見れば自身が率いる足軽隊十五名に混じって矢避けの盾の作成を手伝っていた。兵法はかじっているし、ドワーフは生まれつき手先が器用だ。彼は知識と経験を活かして、本来持ち運ぶ矢避けの盾を背負えるよう改良していた。
 それに配下と同じ時を過ごす事で自然と信頼関係も芽生え、一石二鳥と言える。
「こっちの準備は粗方整ったし、後は愛と瀞藍の策次第かねぇ。果報は寝て待てというし、一益さんと酒を酌み交わしたいね♪」
 銀の一言が呼び水となり、準備の終わった隊から景気付けの酒が振る舞われた。準備の速度が格段に上がったのは言うまでもない。
「くれぐれも朝顔の種はつまみにしないでおくれよ?」
「尾張藩に加勢するのも久々ですね。虎光殿はお元気でいらっしゃるでしょうか‥‥」
 銀は悪戯っぽく笑いながら、お市の方の片腕の忍者・滝川一益と杯を酌み交わす。朝顔の話題を出したのは、この場にいない忍者の梅林寺愛(ea0927)と鷹峰瀞藍(eb5379)の策に掛けての事だ。
 また、桜耶は夜空を見上げながら、同じく尾張にいないお市の方のおじ、平織虎光と杯を酌み交わした時の事を思い出した。
 虎光は今、『尾張・三河同盟』の人質として三河藩へ行っているはずだ。


●稲葉山城
(「第二の故郷、尾張の為に私は今此処に居る。だけど、理由を考えようとするたびに襲う、この痛みと苦しみは‥‥? そしてこのぽっかりと胸に穴が空いたような空虚な想いは‥‥何なのですよ」)
「ワタリ(ツキヨタケ)は脱水症状で死亡する事もあるからな‥‥毒を盛って死亡者が出たら、却って籠城を決め込むかも知れない。毒性の低い柿占地(カキシメジ)の方がいいかな。それと朝顔の種を頼むぜ」
 愛と瀞藍は、方や韋駄天の草履を履き、方や愛馬の蒙古馬・黒曜に跨って一足先に尾張入りし、下痢や幻覚作用がある毒草の類や朝顔の種といった毒草を扱っている薬師(くすし)を那古野城下町で探していた。
 フリーデ・ヴェスタというエルフの薬師が露天を構えていた。詳細は話せないものの、事情を掻い摘んで話すと、二人が薬師に扮しており、且つ毒草の知識に長けている事から、フリーデは瀞藍の言う毒茸と朝顔の種を適価で譲った。
 瀞藍がお市の方に必要経費として出させたのは言うまでもない。
 愛は、フリーデとの交渉は瀞藍に任せていた。というより、那古野城下に聳え建つ、第二の家とも言うべき尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)を見ると、得も言われぬ空しさが心を支配するのだ。
「‥‥まな‥‥愛!」
「みゃ!? そ、それでは参るのですよ!」
「必要な毒茸と毒草は揃ったぜ。曲がりなりにも敵の懐に飛び込むんだから、その時はしっかりしてくれよな」
 瀞藍が数回声を掛けると、愛はようやく正気に戻った。今は呆けていても構わないが、稲葉山城へ潜入する時はシャキッとして欲しい、と念を押し、二人は文乃達に先行して美濃へ発った。

 稲葉山城へ着いたのは夜も更けてきた頃。明日には尾張軍も井之口へ来る為、あまり時間がない。
 瀞藍達は井之口を調べるのは諦め、その足で稲葉山城へ向かった。
 尾張側、つまり南側から稲葉山を登るのは、夕闇に紛れる為とはいえ、夜は土地勘がなければ五感と野生の勘を研ぎ澄ましても無謀といえた。
「予め、稲葉山と城の構造を道三に尋ねておいて正解だったのですよ」
「物見が意外と多いぜ。義龍も道三や市様が攻めてくるのを警戒してはいるようだな」
 愛は忍装束に黒子頭巾姿で、瀞藍は黒い布で月明かりでも目立つ銀の髪を覆い隠し、美濃軍の物見をやり過ごした。
 地の利は美濃軍の物見にあるとはいえ、二人とも隠密行動に長けている。それにお市の方が言っていたが、尾張軍や美濃軍は情報を重視し、物見を多用するが、物見用に訓練された足軽や弓兵が大半で、忍者ではないそうだ。

 稲葉山城は、山頂部にある天守閣と、その東西にある櫓や武器庫、食料庫といった城本来の設備が分かれた構造をしている。これは山頂部の平坦面が少ない為、元は道三の、今は義龍の家族や近親の者が暮らす住居をこちらに建て、城本来の設備は、この住居を守るように斜面に建てられていた。
 同時に発見されるの防ぐ為、愛と瀞藍は目配せをして、距離と侵入位置に注意を払い、愛は城内へと潜入する。
(「流石は“西美濃三人衆”ですよ。一枚岩なのですよ」)
 愛は物陰や床下を這い回り、聞き耳を立てて回った。あわよくば獅子身中の虫を見出せるかと思っていたが、義龍が実権を握ったばかりであり、内応しそうな重要人物は期待できそうになかった。
 一方、瀞藍は井戸を始め、武器庫や食料庫の位置を頭に叩き込んだ。メモしている余裕はないので、後程、下山してから書き起こす。
 合わせて、井戸の釣瓶(つるべ)の桶に、朝顔の種を粉末状にしたものを入れておいた。これなら水を汲む時にある程度溶けるし、万一、見付かっても素人目には塵で済むだろう。

 二人は目的を果たすと、前もって打ち合わせておいた場所まで各自でやってきて落ち合い、陽動作戦が始まるまで山中に身を潜めた。


●井之口陽動戦
 稲葉山城の城下町井之口の南東の近郊に、一益を総大将とした尾張兵九百余りが姿を現す。
 途中、頴娃隊の弓兵や、テインゲア隊、水上隊の足軽の物見が美濃軍の物見を発見しているので、こちらの進軍は義龍にも伝わっているはずだ。
「準備を開始するアル!」
 真の号で文乃達尾張兵は旗差物を立て、木偶人形を立たせ、炊事の煙を多く上げる。こうする事で、実数以上の兵が来ていると美濃軍に思わせる本隊の偽兵が今回の策だ。
「ドカっと攻め込み、ジリジリと引いていくのがよいかのう? それとも夜陰に紛れて撤退かの‥‥」
「それは義龍殿が、どの程度の兵をこちらへ割くかに依るだろう。同数なら正面から当たっても良さそうだが、偽兵の計を採っている以上、此方より多くの兵を差し向ける事も考えられる。状況に応じて速やかに撤退し、後に体勢を立て直す事も必要かも知れん」
 防御柵を本陣に設置するゲラックに、「もっとも、それが相手を誘う事になるやも知れんしな」と康貴は付け加えて応えた。
「‥‥流石に奇襲は無理ですね」
 銀は井之口を極力戦火に巻き込まないよう奇襲を推していたが、偽兵の計の準備もあるし、美濃軍も物見を放っている事を考慮すると、難しいと桜耶は踏んでいた。

 しばらくすると、井之口にも変化が現れる。美濃兵が姿を見せたのだ。
「民衆の反感を抑える事が重要アル! 『1C斬り』を肝に免じ、民衆にだけは手を出してはいけないアル!」
「狼藉を働く不届き者が居たら、ホーリーでお仕置きね」
 真がこの合戦の後の、尾張藩と美濃藩が併合する時の事まで見据えて、今回の戦の趣旨をもう一度、全兵へ説明する。
 小隊長を務める康貴達にグットラックの加護を付与した文乃が、人差し指を立てて真の言葉を補足した。『1C斬り』を犯した際、文乃のホーリーが飛んでくるというが、その仕草すら色っぽい齢十八にしてこのフェロモンクレリックのお仕置きは、ホーリーではなく直接身体を受けたいと思ってしまうのは、漢の悲しい性だろうか。
「‥‥こんな時、兄さんなら『派手にやろうぜ』‥‥と士気を高めるんでしょうか‥‥では、参ります」
 苦笑を浮かべつつ、二十六人の侍で編成された壬生隊へ静かに言葉を発し、桜耶は先陣を切った。彼は壬生隊を七人ずつ四班に分け、小路などを利用して美濃兵の数を少しずつ削ってゆく。
 桜耶自身は霊刀「ホムラ」と霊剣「タケル」にバーニングソードを付与し、焔を吹き上げながらダブルアタックで美濃兵を薙ぎ払って行く。
「戦は武田との合戦以来だが‥‥何とか乗り切り、生還出来るよう、気を引き締めて死力を尽くそう」
「1人に群がって倒せ! 軍装を整えておらずとも、得物を持って向かってくるものは全て敵じゃ!」
 榊原隊十八名の侍と、テインゲア隊十五名の歩兵(=足軽)隊は、共同で美濃兵に当たっていた。
 市街戦という事もあり、美濃兵もあまり弓矢は使ってこない。ゲラックは歩兵の持つ三間半の槍の長さを活かして、矢避けの盾を前面に立てた槍衾(やりぶすま)を展開し、美濃兵が怯んだところへ霞刀を構える康貴を先頭に榊原隊が斬り込んでゆき、部隊を各個撃破していった。
 ゲラックの言うように、家の外で合戦をしていれば、普通の民衆であれば自分から外へ出る事はまず無い。得物を持って襲ってくるのは訓練された美濃兵と見て間違いないだろう。
 真は文乃率いる頴娃隊十名と、一益率いる本隊と共に行動し、詰め所を押さえ、制圧した証として旗差物を立て、尾張兵の所在を示すように木偶人形を立たせてゆく。
「今のところ狼藉を働く不届き者の報告はないわね。このまま無事に陽動の任を果たせれば良いんだけど‥‥」
「そうは問屋が卸さないようアル」
「‥‥無事に生きて帰れるかしらね」
 真は迫り来る部隊を見て、テコンドウの構えを取った。
「美濃が武将、稲葉良通、お相手仕る!」
 先陣を切る侍は“西美濃三人衆”の一人、稲葉良通(いなば・よしみち)だった。真も名乗りを上げてこれを受ける。
 ストライク四連を繰り出すも、良通は全て回避と受け流しを駆使してかわし、槍で突いてくる。オフシフトが使えない真は切っ先を受けてしまう。
「邪魔をして悪いけど、その一騎打ち、預からせてもらうよ。みんな、後から付いてきな!」
 そこへ法螺貝の合図が響き渡ると、水上隊の足軽七十五人が稲葉隊の横っ腹に吶喊した。水上隊は伏兵として、今まで合図を待っていたのだ。
 “西美濃三人衆”の一人、良通が率いる部隊が来たという事は、義龍が尾張軍を多く見積もって彼を派遣した。偽兵の計は成功した、と一益は踏んだ。
 戦闘中の部隊は、横や後ろからの攻撃に弱い。しかも、銀は首級を挙げる事にはこだわらず、敵勢を混乱させる事のみに徹底した。
 流石に稲葉隊は崩れなかったが、それでも良通は真との一騎打ちを止め、隊の立て直しをしなければならなかった。
「ここで合図か。陽動が本題だから、引き際も肝要だな」
「‥‥ええ、僕と水上さんが殿を務めますので、榊原さんとテインゲアさんは先に撤退を開始して下さい」
 本隊と離れて戦っていた康貴は、本隊へ伝令をこまめに走らせて戦況の確認に務めていた。壬生隊とたまたま合流したところで、撤退の合図を聞いたのだ。
 頴娃隊、榊原隊、テインゲア隊から撤退してゆき、殿を務める壬生隊と水上隊。彼女らの撤退を助けるように、稲葉山城から煙が上がる。
 瀞藍と愛が稲葉隊の出陣に乗じて城内へ再度潜入し、武器庫と食料庫に火を付けたのだ。
 良通は部隊を立て直すと稲葉山城へ取って返していった。
「お邪魔しましたなのですよ〜」
 もちろん、愛達は既に一目散に逃げた後だ。
 これだけの戦いを行えば、少なくとも墨俣で砦を気付いている事は、義龍達には悟られないだろう。

「良通はなかなかの強者のようね。知的な渋さもあったし‥‥」
 文乃は真を始め、最前線で隊を指揮し、負傷した銀達の怪我を癒していった。
「尾張藩の本当の目的は、神皇による統一の平和アル」
 その真はゲラック達と炊き出した食事を町の人々に配り、今回の尾張藩の進軍の真意を説明して回った。
 お市の方は彼の希望を汲んで尾張藩の武将へ登用し、銀に仕官推薦状を認めたのだった。