尾張藩の新年会

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:01月26日〜02月02日

リプレイ公開日:2008年02月04日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
 『天下布武』はあくまでお市の方の宣言であり、そこに蘇ったと噂される虎長の姿は一切無かった‥‥。

 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。虎長の死後、濃姫はジーザス会へ帰依していた。
 虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心地であったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まり始めていた。

「虎光おじさま!? 一体どうされたのです!? 信康殿は!?」
 去る十一月二十日、尾張藩と三河藩の軍事協定とも言うべき『尾張・三河同盟』の調印が執り行われ、十名の冒険者が見届け人として調印書に署名と血判を捺した。
 それに伴い、尾張藩からはお市の方のおじである平織虎光が、三河藩からは源徳家康の嫡男・源徳信康が、人質として交換される事となった。
 しかし、本来尾張へ来るはずの信康の姿はなく、那古野城へ登城したのは虎光だった。しかも、尾張・三河同盟を結ぶに際し、尾張藩から家康へ贈った1000G相当の贈り物も一緒だ。
「それが‥‥浜松城へ登城したら、家康殿から信康殿は病だからしばらくは引き渡せないと言われてのぉ‥‥わしはそれでも構わないと言ったのじゃが、私が信康殿を見舞おうとすると対応が妙でな‥‥」
 虎光もほとほと困った様子で、家康から返された尾張・三河同盟の調印書を懐から出した。お市の方が開くと、調印書の家康の調印の部分が黒く塗り潰されている。
「‥‥つまり、家康公はこの期に及んで信康殿を人質として差し出したくないから同盟を結びたくないと? だから虎光おじさまとこの調印書を送り返したのというの?」
 呆然と呟くお市の方。
「‥‥家康公も同盟に賛同して下さったはずなのに‥‥この同盟が、どれ程安祥神皇様のジャパンの統治を盤石にするものなのか、長州や西国諸藩との対話に必要なものか、安祥神皇様の摂政で在らせられる家康公なら分かって戴けたと思っていましたのに‥‥」
 お市の方の声が震えている。いや、声だけではない。全身が震えていた。虎光だけではない。那古野城の天守閣に集まった滝川一益を始めとする尾張藩の武将や、美濃藩を追われた斎藤道三は、お市の方が悔し涙を流しているのに気付いた。
 虎長の葬儀の時ですら泣かなかったお市の方が悔し涙を流している‥‥どれだけ、この尾張・三河同盟を重んじていたか、痛い程想いが伝わってきた。
「‥‥儂が浜松城の城中で耳にした風聞では、柳生十兵衛なる家臣が乱心し、冒険者と共に信康殿を連れ去ったとか‥‥」
 その噂を聞いて家康に詰め寄った所、調印書を返された。人質を己の城下で家臣に奪われるなど俄かに信じ難い話だ。
「冒険者がジャパンの平穏を乱すような事に荷担するなんて‥‥」
「はっはっは、冒険者の事はこの際置いておくとして。市よ、あの狸にまんまと一杯食わされた、と何故気付かぬ?」
 虎光の耳にした風聞を聞き、もしそれが本当ならばと蒼白な表情を浮かべるお市の方を、事の次第を黙って聞いていた虎長が笑い飛ばした。
「家康は、この同盟によって京一円の平織家が力を盛り返す事を良しと思っておらぬのだ」
「‥‥そんな‥‥尾張平織家はいつでも安祥神皇様へ領地をお返しすると、あれほど言っていたのに‥‥」
「市がどう思おうと、あの男は源氏と平氏にこだわっているの事だ。これが政(まつりごと)なのだよ」
 よしんば家康は同盟を望んでいて家臣の乱心だったとしても、そんな失態をしでかす者は同盟者として頼むに足りない。何より、これだけ虚仮にされては家臣や諸藩との手前もあり、三河との同盟は諦めざるを得なかった。
「‥‥わかりました」
 お市の方は武者鎧「白絹包」の袖で涙を拭うとすっくと立ち上がる。
「長秀、悪いのですけど、兵を千人ばかり率いて三河藩との藩境へ向かって。関所を増強し、三河藩の関係者は何人たりとも尾張藩へ入れてはなりません」
 丹羽長秀へそう命じる。尾張・三河同盟の破綻に際し、体で示そうというのだ。

 尾張藩は美濃に向かわせる予定だった兵を呼び戻して急きょ三河藩との藩境の関所を増強した。この混乱に一二月の殆どを費やした。天下布武に遅れが出たことは間違いない。

 新年を迎え、尾張藩は美濃藩の墨俣に造った砦をより強固なものとし、いよいよ美濃攻めを本格的なものにしようと準備を進めていた。
「同盟の事もあるし、美濃の近況も知りたいな。お市様、新年会しようよ新年会! 新年会でゆっくりしながら今後の事を話しそう! 美濃攻めをするにせよ、兵の士気も高まると思うんだ」
 そんな時、尾張藩の武将の一人、ミネア・ウェルロッド(ea4591)がお市の方に新年会の開催を提案した。
『私の田圃で採れた餅米で、お餅搗きますよ!』
『お市の方も、ミネア達と一緒に書き初めでもしたらどうだ? 初心に返って今年の目標を定めるのも悪くはあるまい?』
 妖怪『化け兎』の上位に当たる『妖兎』の中でも、尾張の知多半島にのみ生息する『月兎族』と呼ばれる妖怪の三姉妹が三女・美兎(みと)がお餅搗きを提案する。また、月兎族の長女・月華(つきか)は書き初めを勧めた。

 斯くして、那古野城で盛大な新年会が行われる事となった。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb1645 将門 雅(34歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb2295 慧神 やゆよ(22歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb9091 ボルカノ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

アルディナル・カーレス(eb2658

●リプレイ本文


●新年会へ向けて
「千人分の餅米の調達か‥‥腕が鳴るで!」
 忍者の将門雅(eb1645)は万屋「将門屋」の店先で、着物の袖を捲る。
 お市の方こと平織市(ez0210)よりあった注文は、尾張藩の新年会で尾張兵達へ振る舞われる餅を作る為の餅米千人分。一介の冒険者が経営する万屋が、藩相手に商いを行う‥‥商人魂が揺さぶられないはずがない!
 彼女は京都に店を構えてる地の利を活かし、搗いたお餅を包装する笹の葉や味付けの調味料も合わせて、お市の方から注文を受けた分は全て京都で揃えた。
 しかし、餅米の量が量なので、輸送費込みには流石に米問屋も難色を示した。
 仕入れ量を半分にし、残る半分を那古野城下で手に入れようとも考えたが‥‥そうすると今度は一括大量購入している分の値引き率が悪くなる。
「‥‥で、ヴェネトに牽かせている、と」
「日頃から鍛えている身体です、このくらいお安いご用です」
「それに、アランさんの蒼き宿命が載っていれば、手を出す奴もいないだろうしな。安全面もバッチリだぜ」
 餅米を運ぶ荷車は借りられたので、雅は、京都の冒険者ギルドで落ち合ったファイターのアラン・ハリファックス(ea4295)やジャイアントのナイト、ボルカノ・アドミラル(eb9091)、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)の愛馬達に餅米を積んだ荷車を牽いてもらった。
 クロウの言うように荷車には餅米の他、アランの埴輪や陰陽師(と書いて魔法少女と読む)慧神やゆよ(eb2295)の甲羅と四足が載っており、その上、忍者の梅林寺愛(ea0927)や浪人の槙原愛(ea6158)、レンジャーのミリート・アーティア(ea6226)に、ファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)とレンジャーのクリス・ウェルロッド(ea5708)のウェルロッド兄妹と、総勢十人の錚々たる冒険者が荷車を取り囲んでいる。
(「去年、私はこの尾張の地で新たな生を見出す事が出来た。この地で新たな年を始められて本当に嬉しい‥‥でも何故だろう‥‥何かが足りない‥‥このぽっかりと胸に空いた虚しさは‥‥何?」)
「ちょっと遅めの新年会ですね〜‥‥流石に、明けましておめでとうはおかしいですかね〜?」
「新年になって初めて会うんだし、1月中なら明けましておめでとうでもいいんじゃないかな?」
「そうそう、あけましてハッピーにゅ〜いちまるまるさんねーーーん!! ‥‥うう、今年は魔法少女の僕にとって転機になる年だよ〜」
 梅林寺は尾張ジーザス会の洗礼を受けており、那古野城下に外れにある大聖堂(=カテドラル)に居を持っている。根無し草の彼女がようやく落ち着けた場所なのだが、そこにあるのは安らぎではなく空虚だった。
 そんな彼女の内心を余所に、槙原はお市の方に会ったらどう挨拶しようかのほほんと悩んでいる様子。ミリートが助言するとやゆよも同意しつつ、何故か自分の言葉に自分で落ち込んでいたり。
「これが尾張藩ですか。この地にお邪魔するのは、これが初めてですが、風光明媚な良いところのようですね。暫く、京にすら来ていなかったしね‥‥まぁ‥‥今回も、妹の我が侭で来ただけだけどさ」
 那古野城が見えてくると、クリスは感慨深く目を細めて見つめた。今回の新年会の企画をお市の方へ提案した妹に付き合っての尾張入りだ。
 那古野城に着くと、尾張藩の武将のミネアとボルカノが門番にお市の方への取り次ぎを頼む。
 程なくお市の方が姿を現した。尾張藩は美濃藩との戦の最中であり、お市の方は武者鎧「白絹包」に襷掛けの出で立ちだった。
「はろ〜、市さま♪ お久しぶりだねっ。尾張・三河同盟は瓦解しちゃって、もう復興は無理そうだね〜。ま、今日は新年会だし、この話は無しにしよっか♪」
「新年の祝い事や。尾張の皆が一緒にやったら楽しいし親交も深まるやろ?」
 ミネアが餅米を満載した荷車を目で示すと、雅は非番の城内の兵にも呼び掛けて人手を集めるようお市の方へ提案した。
「お市サマ、久しぶり。色々あるけど、難しい事は横に置いて、まずは楽しもうぜ!」
「色々大変な事がありますが、新しき年を祝いましょう。今年も宜しくお願い致します」
「明けましておめでとうございますなのですよ〜♪」
 クロウとボルカノ、梅林寺達は、荷車を台所へ運びながら、お市の方へ挨拶をしてゆく。
 ミネアの言うように、尾張・三河同盟が成らなかった事は、京都一円の、ひいてはジャパンの平和を願い、上洛を目指しているお市の方に、少なからず影を落としていた。浅からぬ付き合いのクロウはその胸中を察し、少しでも気が晴れるよう明るく話し掛けた。
「‥‥市姫は、御初に御目に掛かります。とともに‥‥いつも妹のミネアがお世話に‥‥いや、御迷惑を掛けているのでしょう‥‥ま、腕は悪くは無い筈です」
「とんでもない。ミネアさんの腕と突飛な策にはいつも助けられています」
 クリスは妹の職場の上司からミネアの働きっぷりを直に聞き、満更でもない様子だ。
「ミ、ミリート!?」
「市、久し振り」
 槙原達の挨拶が一通り終わり、台所へ行ったのを確認すると、ミリートはお市の方をギュッと抱き締めた。
「色々と大変みたいだけど、まずは元気出して。ねっ? みんないるんだから、ちゃんとこれからも大丈夫だって♪」
「‥‥ありがとう。ミリートから元気をもらったから大丈夫よ」
 一瞬、困惑したお市の方だが、大切な友達の想いを察し、自身もミリートを抱き締めた。


●餅搗きと書き初め
 那古野城の台所では雅が仕入れた餅米を蒸かし、早速、餅搗きが行われた。
「お餅搗きは初めてですね〜」
「お餅が臼に張りつかないようひっくり返すんだけど、返す役の人が搗く人に手を搗かれないように気を付けないとだね」
 餅を搗くのは初めてだという槙原達に、月兎族三姉妹の三女美兎(みと)とやゆよが実際に搗いて見本を見せた。
「うあぁ‥‥結構重いかも。む〜、体力付けたいけど、全然つかないみたい」
「貸して下さい。力仕事は私達に任せて、ミリートさん達は搗いた餅をこねて下さい」
「これは体力が要りそうだな。どれ、俺もやってみるか」
「俺も杵を振り回すのは厳しいんで、餅を返す役をやろう」
 ミリートが美兎から杵を借りて構え、振り上げるも、そのまま後ろへ倒れそうになり、ボルカノが支えた。
 餅を搗く方はアランや槙原、クロウ達に任せ、ミリート達は搗き終わったお餅を丸めたり、板状に伸ばす作業を受け持った。
「これを食べて、名(菜)を上げるのですよ♪」
 那古野へ来てから姿の見えなかった梅林寺が、母子草(ははこぐさ)を両手一杯に抱えてきた。
 彼女は他のお餅も作った方がいいと考え、草餅を思い付くと、疾走の術を使い、以前、お世話になった馴染みの薬師を探し、母子草を手に入れてきた。
 雅と手分けして母子草をアランやボルカノが搗く餅の中に入れ、草餅も作る。
 こねたお餅は、美濃藩の墨俣砦で美濃軍に睨みを利かせている尾張兵にも届けられる。その為、日持ちするよう、ミリートややゆよが笹の葉で包んでゆく。
 その際、搗いたお餅に尾張藩のものだと一目で分かるよう、簡単なうさぎさんマークを焼き印で付けていった。

 餅搗きが終わると、新年会が始まるまで、本丸御殿の一室で書き初めが行われた。
「‥‥書き初め。何を書こう。もう14歳だし‥‥」
 一向に成長の兆しを見せないぺったんな自分の胸をふにふにと触りながら、ミネアは『成長』と書いた。
「‥‥こっちの言葉とかってそんな詳しくないからなぁ。知り合いから教えてもらった言葉だけど‥‥わ、私だって女の子だもん!! 悪い!?」
 顔を真っ赤にしながら『清楚』を書き記すミリートさん、十七歳の冬。でも心は春満開だ。
 『脱少女だよ♪』と書いたのはやゆよだ。
「なんか、えっちぃ言葉になってるような気がするけど、脱いも凄いんです♪ って意味じゃないんだよ。今年で十五歳になるから、魔法少女の杖やローブが使えなくなっちゃうって意味だよ〜‥‥魅せるには胸も身長も色気も足りないんだよぅ」
「みゃっ! 出来たのですよ♪」
 何の気なしに頭に思い浮かんだ『安居楽業』の文字を書いた梅林寺。字は若干下手だ。
 その隣では、2mくらいの大筆で『花嫁修業』と書く槙原の姿もある。
「新しき年に対して、心を改めましょう」
「ぐぅ‥‥そ、そうだな」
 ボルカノの書いた『心機一転』の文字を見て、『しゅうしょく』と書いたアランは、最近の自分の自堕落ぶりにしばし呆然となった。


●新年会
「新年、明けましておめでとうございます。今年は平織家が畿内を統一して京へ上洛し、安祥神皇様に平織家の力を剣として盾として振るって戴き、混迷を続けるジャパンに平穏をもたらして戴きたい所存です。その為にも、美濃と伊賀を併合すべく、市に皆の力をお貸し下さい。それでは乾杯!」
 お市の方が乾杯の音頭を取った。
 クロウは美兎や彼女の姉の卯泉(うみ)や月華(つきか)、雪女の晶姫(あき)へお酌をしに行く。
 やゆよはエンジェルドレスに着替え、平織虎長の客分として招かれている尾張ジーザス会の宣教師ソフィア・クライムと楽しそうに歓談している。
 ミリートは笛で簡単な演奏をした後、平織虎光や斎藤道三の元へお酌をしに向かった。
「義龍は‥‥儂は無能だと思っておったが、西美濃三人衆を配下に付けたところを見ると、藩主としての器量は充分だったようじゃ。背も高く、勇将だから、お市は苦戦するやもしれぬな」
 ミリートに斎藤義龍がどういう人か聞かれると、道三は二m近い背丈や人となりを話した。
「んー‥‥口はどこでしょうか〜‥‥?」
「みゃ〜‥‥ここなのですよっ!」
「ここと言われても〜。ああ、ここですねぇ」
「みゃぅぅ〜〜!? そ、そこは違うので、もがもがっ!?」
 ミリートの後、梅林寺と槙原は二人羽織を披露した。どちらが前かは籤で決めたのだが、槙原が後ろになるとなかなか梅林寺の口にお雑煮を入れられず、梅林寺の顔にお餅をべたべたと付けてしまう。
「お市の方も立派になられましたな。去年の鳴海城戦をひどく昔のように感じます。正直な話、あの頃は内心貴女の事を『娘っ子』と思っておりましたからな・・・今ではとてもそうとは思えませんよ」
「ふふ、少しは一城の主の貫禄が付いてきたかしら?」
 お市の方はアランの言葉に悪戯っぽく笑う。
 アランはその足で濃姫の元へ。虎長との一時に、と風雅の茶筅を献上しようとするが、「あの人は茶道を止めたから」と断られてしまった。
「年も明けましたし、近い内に仲間と共にカテドラルの方々と話をしたり、中を見学しようと考えております。それにつきまして濃姫様のお言葉添えがあれば、と思っておりますが如何でしょう?」
「尾張ジーザス会は来る者は拒まぬ。大聖堂の中であれば、自由に立ち入るがよい」
 藩主という事もあり、お市の方の元にはひっきりなしに人がお酌に訪れる。
「あのね、人材を引き入れるの、ミネアにも手伝わせて欲しいんだ。といっても合戦で活躍した人をじゃなくてさ。優秀な人材を、ミネアの部下として招き入れたいな〜と思って。ミネアの知り合いだからどうしても冒険者に偏っちゃうかもだけど」
「尾張藩の武将ではなく、ミネアさんの配下としてなら、信頼の置ける人なら人選はミネアさんに任せるわ」
「私は信康公に謁見しました。無論、無事です。主犯は柳生の血筋の者。他数名と徒党を組んで拉致を強行しました。居場所は‥‥それを希望するなら教えましょう」
「そう‥‥信康公はご無事でしたか‥‥」
 破綻した尾張・三河同盟について、クリスが実際に源徳信康に会った事を話すと、お市の方の声音が一段低くなる。尾張・三河同盟は最早、修復できない以上、それはお市の方の火に油を注ぐようなものだ。
「市姫は冒険者を雇用して積極的に兵力を増強している。着眼点は流石です。しかし‥‥私個人としては、自粛をお勧め致しますよ。合戦で戦果を上げたからといって、流石にこれ以上冒険者ばかりを優遇し過ぎると、元から尾張に居て共に戦をくぐり抜けてきた武将達や、柴田勝家さんのように敵軍から取り入れた武将達は不満が募ります」
「勝家や一益達はそこまで狭量ではないけど‥‥考えておくわ」
「俺が所属している黒虎部隊だけど。虎長様が表に出ないなら、お市様の直属ってのはどうかな。何か問題はあるかな?」
 クリスとの話が終わるのを待って、今度はクロウが話し掛ける。
「黒虎部隊は鈴鹿に任せてあるけど、考えなければならないわね」
「それと、源徳にこちらへちょっかい出す余裕は無いだろうし、この間に畿内をがっちり固めるのが良いんじゃないか」
「ええ、そのつもりよ」
「桶狭間の時も尾張統一の時も、俺達はヤバイ状況を覆してきたじゃないか。今度も同じさ。同盟が駄目ならまた別の手を考えりゃ良いさ」
「別の手は考えてあるわ。上洛を果たした後、江戸の政宗公と同盟を結ぼうと考えているの。そうすれば政宗公には源徳を討つ大義名分が出来るから、安祥神皇様様の摂政とは名ばかりで、何もしない、いいえ、何も出来ない家康公を摂政の座から引きずり降ろす事が出来るわ」
「(いけねぇ。家康嫌いの最初のお市に戻ってきてる。何とかしないとな‥‥)お市が行く道、俺も手伝いたい。だから‥‥俺も仕官させてもらえないか?」
「クロウなら大歓迎よ。あなたは私を裏切ったりしないわよね?」
「もちろん。改めて誓うよ。離れてる時は、お市の目と耳に。尾張で側に居る時は、お市の道を切り開く為の剣になるってな!」
 クロウも尾張藩の武将として登用された。

「うちは頼まれただけなんやけどね」
「これを私に? ありがとう。今度の合戦の時、使わせてもらうわ」
 餅米の代金の精算時に、雅は神聖騎士のアルディナル・カーレス(eb2658)より、冒険者集団【誠刻の武】団長代理として、お市の方へ贈ったガディスシリーズ(アーマー・シールド・ヘルム)を書状と共に渡した。
「お祝い事やからね。商人としては稼ぎ時なんやろうけど、お金だけが儲けちゃうしね」
 雅は仕入値に少し駄賃をもらう程度の安めの金額を請求した。お市の方は金と虎長の蒐集した茶器より、黄鳳飛翔で支払った。
「うちは天下獲りには正直興味無いんよ。誰が天下を獲ろうが、人の営みがあれば商いは出来るからね。せやけど、兵や領民を思い新年会を開いたお市はんには興味がある。笑顔を護る為に動くんなら協力させてもらうわ。まぁ、内容は選ばせてもらうけどね」
「乾杯の音頭の時に言ったけど、私も天下を取るつもりはないわ。安祥神皇様に平和なジャパンを治めて戴きたいだけなの。その為に多くの血を流してしまうかも知れないけど‥‥雅さんは商人の目で私の行いを見て、協力しても良いと思った時は協力をお願いするわね」
 酒の席という事もあり、猫を被らず包み隠さず話す雅。お市の方も腹を割って話す事で彼女に応えたのだった。