【天下布武】美濃併合・釣り野伏せ

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 92 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:02月17日〜02月25日

リプレイ公開日:2008年02月25日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
 『天下布武』はあくまでお市の方の宣言であり、そこに蘇ったと噂される虎長の姿は一切無かった‥‥。

 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会のカテドラル(大聖堂)へその居を移していた。虎長の死後、濃姫はジーザス会へ帰依していたからだ。
 虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心地であったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まり始めていた。

 那古野城の天守の間には、お市の方を始め、滝川一益達尾張藩の武将と美濃藩を追われた元藩主・斎藤道三が集い、道三よりもたらされた美濃藩の概略図を囲んで軍議を開いていた。
 その席には珍しく、虎長の姿もあった。虎長が蘇った事は対外的には伏せられており、尾張藩主、そして尾張平織家の当主の座はお市の方が自分の手で掴み取ったものだからと、彼自身はそれら政(まつりごと)から身を引き、妻の濃姫同様、居をカテドラルへ移している。
 しかし、今回の美濃攻め、こと稲葉山城攻めに関しては軍議に積極的に顔を出していた。
 そしてもう一人、軍議には珍客がいた。妖怪『化け兎』の上位に当たる『妖兎』の中でも、尾張の知多半島にのみ生息する『月兎族』と呼ばれる妖怪の三姉妹が長女・月華(つきか)だ。
 月華は外見こそ十二、三歳くらいの少女だが、その実力は江戸を震撼させた大妖『九尾の狐』に勝るとも劣らないという。事実、彼女一人で尾張兵百人を相手にする事が出来る。
 お市の方に月華達月兎族三姉妹を紹介された道三は、(妖怪を武将として登庸している事も含めて)大層驚いた。
 だが、月華は軍議の場に居るだけで、特に発言する事はない。彼女は『人間同士の戦い』には関与しない姿勢を貫いている。軍議に参加しているのも、お市の方の行く末を見届ける為だろうと思われている。

「墨俣(すのまた)に一夜砦を築き、睨み合いを続けて二ヶ月‥‥そろそろ義龍殿を『釣り上げる』良い頃合いでしょう」
「ふむ‥‥」
「ほぉ」
 お市の方がそう切り出すと、道三は軽く唸り、虎長は感心するように頷く。
 道三の息子・斎藤義龍は、稲葉良通、安藤守就、氏家直元ら“西美濃三人衆”と共に尾張藩による美濃併合反対し、家臣の七割以上を味方に付けて道三を追放し、美濃の大半を手中に収めた。しかし、墨俣一帯は道三の影響力が強く、しかもお市の方が墨俣に一夜にして砦を築き、九百もの兵を駐在させているので、おいそれと手が出せないのが現状だ。
 墨俣は、揖斐川と長良川に挟まれた長良川西岸にあり、主要街道が走り、墨俣宿という宿場町として栄えている。道三がこの地を押さえているのも、美濃の交通・戦略上の要地だからだ。義龍も喉から手が出る程欲しいはず。
 しかも、稲葉山城は稲葉山の山頂に建てられた古典的な山城だ。山頂故平坦な土地は少なく、飲用水も雨水を蓄える井戸を使う為、短期決戦に対する守りは堅いが、長期戦には不向きといえる。
 もちろん、義龍も美濃兵千七百全てを稲葉山城に集結させている訳ではない。稲葉山の西に広がる城下町・井之口にその大半を割き、墨俣の一夜砦の尾張兵を牽制し、隙あらば攻め落とすつもりのようだ。
「稲葉山城を落とすには、山頂部にある天守閣を攻める必要があります。その為には、天守閣の東西にある櫓や兵の詰め所から出来るだけ多くの兵を引き離す必要があります」
 山頂部の平坦面が少ない為、稲葉山城は天守閣と城本来の設備が分かれた構造をしている。
「こちらが先に痺れを切らしたと見せ掛けて一夜砦より出陣し、井之口へ攻め入ります。もちろん、本当に落とすつもりで攻め、稲葉山城まで肉薄する事を目標とします。当然、義龍殿も討って出てくるでしょうから、こちらは撤退し、この十四条辺りで迎え打ちます」
 お市の方は井之口の西にある平野へ、稲葉山から指を動かす。そして十四条の南にある墨俣をもう一方の指で指し、十四条へ移動させる。
「その間、手薄になった稲葉山城を少数精鋭で落とす‥‥これが私の考えた策です」
「『釣り野伏せ(つりのぶせ)』の応用か」
「はい。この策で重要なのは『釣り』、囮部隊が如何に稲葉山城より多くの美濃兵を誘引出来るかに掛かっています。その餌としての墨俣の一夜砦であり、道三おじさま、と思っています」
 お市の方の策を聞き、道三が言い当てる。
 釣り野伏せは本来、寡兵を以て兵数に勝る相手を殲滅する戦法である為、囮部隊は敵部隊とかなりの兵力差がある場合が多く、難易度が高い。
 お市の方はその点を踏まえて、囮部隊がより釣り易いよう、墨俣の一夜砦と道三を餌としていた。伊達に二ヶ月を無意味に過ごした訳ではない。
「ただ、道三おじさまの姿を見る事で、美濃兵が余計な勘繰りを入れなければいいのですが‥‥」
「お義父上は諸刃の剣と言ったところか。お義父上を何時投入するかは、現場の指揮官に任せればいいだろう」
「婿殿、言ってくれるのぉ。しかし、もっともな意見じゃ」
「市よ、稲葉山城は天下布武を進める上で不可欠な要衝だ。何としても手に入れねばならぬ」
「はい、虎長お兄様。一夜砦の兵と稲葉山城を攻める伏兵の割り振りは、一益達に任せます」
 お市の方の意見に、虎長は高らかに笑う。当を得ているだけに道三は苦笑しつつも頷いた。
 虎長が稲葉山城攻めの重要性を説くと、お市の方は表情を引き締めて応え、一益達と詰めに入った。

『稲葉山城か‥‥カテドラルだけでは飽き足らず、山城も欲しがるとはな』
「貴様こそ何を勘繰っているのだか知らぬが、勘違いされては困る。美濃を併合した後は伊賀攻めとなるだろう。だが、市の性格を鑑みれば近江の協力は扇がんはず。さすれば、この尾張からではなく、美濃から出陣できるよう、稲葉山城が必要ではないか?」
 兵の割り振りなどは関係ない為、虎長が満足げに天守の間を去ろうとすると、行く手を満月を象った装飾が施された月華の杖が遮った。
『‥‥今はそういう事にしておいてやろう。じゃが、“あれ”を使うには山城が打って付けだからな』
「あれ、とは? 知らぬな」
『源徳が尾張・三河同盟を反故したように、お前の思うようには事は運ばぬぞ?』
「‥‥覚えておこう」
 月華は杖は退かしつつ、愛らしい顔で虎長を睨め付ける。彼は平然と受け流し、天守の間を去っていった。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb0908 リスティ・ニシムラ(34歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb1517 エリゴール・リゴルト(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・イギリス王国)
 eb3367 酒井 貴次(22歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb3747 蔵馬 沙紀(35歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb5246 張 真(30歳・♂・武道家・河童・華仙教大国)
 eb5379 鷹峰 瀞藍(37歳・♂・忍者・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


●尾張入り
「伝令を確実にする為に、十四条周辺の地形を完全に把握する必要があるのですよー」
「俺も概略図だけでは分かりづらい、稲葉山城周辺の地形を再度確認して、城の動向を見やすい位置を調べておきたいぜ」
 忍者の梅林寺愛(ea0927)と鷹峰瀞藍(eb5379)は、方や韋駄天の草履を履き、方や愛馬の黒曜に跨り、予定より一日早く尾張入りした。
「いよいよ美濃藩の併合も大詰め、天下布武に向けて進軍開始アル。危険なお役目アルが必ずや達成し、お市様に勝利を捧げるアル」
「その為にも私は出来るだけ時間を作り、自ら率いる兵と親交を深め、共に戦闘で取る陣形の訓練を行いたいね」
「兵の練度は美濃兵に分がある‥‥最低でも釣り野伏せの釣りが出来るくらいには交友を深めておかないとな」
 河童の武道家、張真(eb5246)は尾張藩の武将候補として、お市の方こと平織市(ez0210)からお声が掛かっている。この度の合戦で功績を残せば、尾張藩の武将として正式に召し抱えられる事は先ず間違いなく、気合い十分だ。
 ハーフエルフのナイト、エリゴール・リゴルト(eb1517)と志士の蔵馬沙紀(eb3747)はそれぞれの愛馬に跨り、驢馬を駆る真と共に瀞藍達の後に続く。
 エリゴールはイギリス騎士の兵法がジャパンの武士達にどこまで通用するか、志士の嗜みとして兵法をかじっている沙紀と馬上で意見を交わしている。
「そんなの、一緒に酒を酌み交わせば一晩さね」
「リスティさんはそうかも知れませんが‥‥そうだ、僕はこの度の合戦や戦場の方角などの吉凶を占ってみようと思います。美濃を併合できるか否かの、重要な戦いですしね」
 ハーフエルフのファイター、リスティ・ニシムラ(eb0908)があっけらかんと言うと、陰陽師の酒井貴次(eb3367)は微苦笑を浮かべる。韋駄天の草履の類や愛馬を持っていない貴次は、リスティの愛馬を借り受けて乗っていた。
 リスティの飲みっぷりは達人の域だというし、色恋沙汰もお手の物とか。何より端整な、それでいてどこか幼さの残る顔立ちと、豊満な美乳を晒した装束は、男性の受けが良い事は間違いないだろう。
 事実、実直な貴次は失礼のないよう、彼女の胸を見ないように顔を赤らめながら目を見て会話するよう努めていた。
 問題は、リスティ自身が男性兵をどこまで受け入れられるか、といったところか。

 那古野城が見えてくると、その後方に、城下街の外れに建つ尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)が姿を現した。
(「何故、私は今ここに居るのだろう‥‥人同士の戦いは嫌いだったのに。自由になれたはずなのに。もの凄く嬉しかった筈なのに‥‥思い出せない、大切な事を‥‥思い出したい‥‥どれだけ時間を掛けてでも、私は、私で在りたい!」)
 愛は尾張ジーザス会の洗礼を受け、カテドラルに仮住まいを持っている。しかし、愛にとってそこは安住の地とはいえなかった。まるで海に出た船に揺られているような、足下がおぼつかない居心地なのだ。
「ひゃふ!? な、何をするのですよー!?」
「あたしに耳を甘噛みされるなんて、愛、油断大敵もいいところさね‥‥ところで、借りはいつどうやって返してくれるのかねぇ?」
 可愛らしい悲鳴を上げ、慌てて取り繕う愛。リスティが愛の耳を甘噛みしたのだ。普段の愛なら彼女の接近をここまで許す事はないだろう。リスティは舌なめずりをし、愛に意地悪な笑みを向ける。
「二人とも、そのくらいにしておけよ。お市様と斎藤様が来られたぜ」
 お市の方と道三の姿を認めた瀞藍が、二人の間に割って入る。
 真や瀞藍、沙紀や貴次が挨拶を交わしていった。
「おお! 何と流麗な。ジャパンに来て女神の拝顔を賜れるとは!」
「あ、ありがとう‥‥」
 エリゴールの番になると、彼は仰々しくイギリス騎士の礼を取ると、お市の方の手の甲に口づけを落とした。
 お市の方は愛用している武者鎧「白絹包」ではなく、先の新年会で冒険者より贈られたガディスシリーズ(アーマー・シールド・ヘルム)を纏っていた。彼女が総大将を務める稲葉山城攻めでは、これらの装備は機動力を削ぐので着られない。兵達を鼓舞する為に今着けていた。
 お市の方は平織虎長(ez0011)に“ジャパン一の美女”と賞されているが、背が高い事からガディスシリーズを着こなし、和洋折衷の一体美を成していた。エリゴールはその神々しささえ醸し出す姿にいたく感動し、自然体で接吻を贈ったのだ。
「初めてお目に掛かるねぇ。お市様、よろしくさね」
「こ、こちらこそよろしくね」
 いい雰囲気で見つめ合う二人の間に、リスティが先程のお返しとばかりに、悪戯っぽく笑いながら割って入った。


●斎藤道三
「戦場で一番必要なのは平常心だ、何があっても慌てず騒がず‥‥落ち着いて状況を見るようにね」
「あたしが討たれても、取り乱す事無く、整然と道三様の守護に戻るんだ」
 早速、エリゴールは足軽二十四名を借り受け、戦闘で取る陣形の訓練を始めた。沙紀も十六騎の騎馬隊を集め、指揮する兵全員の名前を覚え、持ってきたヘビーシールドとミドルシールド、ライトシールドを貸与してゆく。手持ちの数では全員に行き届かないので、残る騎馬兵には竹で作った矢避けの盾を持たせた。
「その心意気は潔いが、一隊を預かる将としては失格ぞ?」
 沙紀の言葉に苦言を投じたのは道三だった。
「そなたが思っている以上に隊は脆い。将が討ち取られたら、整然と本隊へ戻る判断が戦場で下せると思うか? そなたを含め、全員生還する、これが将本来の心構えじゃ。これはそなたが生還したら返そう」
 道三は彼女を諭すと、娘を慈しむように黒髪を撫で、軍配を借りていった。道三に掛かれば、沙紀も娘同然だ。
 道三が釣り野伏せの総大将を務める柴田勝家の元へ戻ってくると、足軽五十名を率いる真と女性の足軽十名を指揮するリスティが、愛と貴次と共に道三が木板に書いた墨俣から十四条を経て、井之口と稲葉山城へ至る概略図を取り囲んで話し合っていた。
「僕は陽動を担う訳ですが、微力ながらお手伝い出来れば」
 貴次が達人の域に達した占いで伏兵を置く場所の吉凶を占い、助言をしている。戦術もさる事ながら、占いの吉凶も配置には重要だ。
「囮は足軽四百、十四条に配置する伏兵は弓兵七百、墨俣の砦からの増援は騎馬隊と足軽を含めて六百、一夜砦に侍を六百侍らせておこうと思うのですよー」
「ふむ‥‥問題は何時増援を投入するかじゃな」
「みゃっ! 道三おじさん、ありがとうなのですよ〜」
 道三から地理を徹底的に教わった愛が、道中、全員で考えた策について軍師の彼に尋ねると、道三は囮隊の数が少なめなので、増援の投入の頃合いが重要だと補足した。

 その頃、瀞藍は一人、稲葉山城の城下町・井之口へ潜入していた。銀色の髪は目立つので束ねて布で隠し、翡翠を連れて猟師に扮している。
「井之口にいるのは稲葉良通と安藤守就の兵、ざっと千四百ってところか‥‥という事は、稲葉山城には氏家直元と三百の兵が残ってるって事だよな」
 合戦が近い事を察してか、城下町に人影はまばらだった。
 瀞藍は美濃兵に見付かるたびに職務質問を受けたが、その都度、翡翠に積んだ保存食を見せ、交易に来たのだと説明してやり過ごし、井之口の様子と稲葉山城の動向を見やすい位置を調べて回った。


●釣り野伏せ
 墨俣の一夜砦より、勝家率いる四百人の足軽隊が、井之口目指して出陣した。その中に真隊五十人も含まれている。
 十四条を経て井之口へ進軍するも、良通・守就隊は動く気配はない。
 真隊が井之口へ入ったところで、矢が雨霰と降り注ぐ。真は矢避けの盾を利用した防御体勢を取らせると、今度は美濃兵の足軽隊が長槍で矢避けの盾ごと足軽達を突いてくる。堪らず、崩れる前衛。そこへ再び矢が射掛けられ、真隊は早くも六割が戦闘不能となってしまう。
「拙いな‥‥速攻で旗色が悪い」
「数で圧されてるのですよー」
 愛と共に井之口近くで潜伏し、動向を見守っている瀞藍が呟くと愛も頷く。美濃兵の連携もさる事ながら、流石に四百対千四百では分が悪すぎた。
「俺が偵察出来たくらいだ。美濃兵も一夜砦に侍っている兵のおおよその数は調べているはずだぜ‥‥“美濃三人衆”は伊達じゃないってところか。梅林寺、出し惜しみは無しだ。ニシムラ隊と蔵馬隊へひとっ走り伝えてきてくれ」
「みゃっ! 行って参るのですよっ!!」
 囮部隊を少なく見積もりすぎたと踏んだ瀞藍は、増援部隊をここで投入すべきと決めた。愛も彼の考えには同感だし、この策は各隊の連携が肝であり、各隊を繋ぐ伝令の役割は重要だと承知しているので、瀞藍をこの場に残して引き続き動向を探らせ、自身は疾風の術を使い、後方のリスティ達の元へ奔走した。
「それじゃぁ頑張らさせてもらうかねぇ」
「行くよみんな! 我が隊の武名、美濃に轟かせてやろうじゃないか! 但し、生き残っての名誉だ、功績より生存を最優先とするぞ!」
 リスティが出撃準備を告げ、沙紀が隊の一人一人の名を呼んだ後発破を掛ける。
 沙紀達増援六百が井之口へ着いた頃には、真隊は戦線離脱し、勝家率いる本隊が真隊を下がらせながら防戦一方の状態だった。
「柴田様、助太刀に参りました!」
「さぁ、城を落とさせてもらうかねぇ。ほらほら、この程度の兵力じゃ、あたしらを止める事なんぞ出来ないよ? もっと出てこないとねぇ?」
 バーニングソードを付与し、焔に包まれた大薙刀を振り翳しながら、沙紀隊と騎馬隊が先陣を切る。
 勝家本隊は瓦解寸前、総大将の勝家までもう少しという絶妙な頃合いで、沙紀隊とリスティ隊が突入してきたのだ。しかも美濃兵に騎馬隊はないし、沙紀隊は両隣にヘビーシールド、その後ろ両隣にミドルシールド、更にその後ろ両隣にライトシールドという凸型陣形を組み矢に対する守りも堅い。
 戦線が伸びていた守就隊は沙紀隊に出鼻を挫かれる形となり、沙紀隊が開けた傷口をリスティ隊が深く抉って行く。
 その間、勝家も隊を立て直すと、真隊への兵を補充として交代を急がせた。
「相変わらず、良い戦術眼じゃな」
「道三様‥‥」
「だが、儂がこちらにいる事を忘れる出ないぞ?」
 愛に護衛され、自身も軍配で攻撃を受け流しつつ、道三が良通と相見える。
 道三が尾張側にいれば、増援の投入も絶妙としか言い様がないし、尾張兵に勢いがあるのも頷ける。増援が加わったとはいえ、数の上では井之口にいる美濃兵の方が多いが、道三の戦術の前には四百余りの数の優位では心許ないのは事実だ。
 良通は守就と意見を交わした上で、稲葉山城の兵二百を増援として申請した。

「お、稲葉山城も動いたようだな。増援は‥‥百か。斎藤も意外と用心深いぜ」
 しかし、義龍が増援として送ったのは百ばかりだった。
 それを見届けた瀞藍は疾走の術を使用し、伏兵のエリゴール隊の元へ急いだ。

(「本格的な戦争‥‥ジャパンでは合戦と言ったな。合戦に参加するのは私も初めてだが‥‥戦場こそ騎士の晴れ舞台、派手に戦り合おうじゃないか!」)
 エリゴール隊は、囮部隊が井之口から真西に撤退してくると仮定し、その予測撤退進路の北百m程度離れた位置に部隊を伏せていた。
 瀞藍より、稲葉山城から増援が出て、リスティ達が撤退を始めたという伝令を聞いた彼は、囮部隊の撤退進路を事細かに確認し、それに合わせて待機地点を微調整した。

 今回、殿(しんがり)を務めるのは真だった。自ら隊の最後尾に立ち、オフシフトを利用して時間を稼ぐ。
「また会ったな」
「貴殿と再び合間見えられて嬉しいアル!」
 良通と対峙した真は、喜々とした表情を浮かべる。
 オフシフトを利用して良通の隙を探り、一瞬の隙を衝いて懐に飛び込み、トリッピングを仕掛ける。だが、良通は寸ででかわし、カウンターを決めてきた。今度は真が辛うじて避けた。
 しかし、今は撤退中だ。良通と決着を付けたいのはやまやまだが、下手をすれば自分一人が美濃兵の中に取り残され、捕虜となってしまう。
 真は武道家ではなく、尾張藩の武将としての立場を優先し、良通との一騎打ちを途中で切り上げて撤退していった。

「今だ‥‥! 全軍、私に続け!!」
 美濃兵の先端が伏兵の待機位置に最も接近すると、エリゴールは指揮下の足軽と共に鬨声を上げ、攻撃を開始した。
 彼を中心に、十二名の足軽が扇形に並び、その後ろに残りの十二名を並べた二重の扇形陣形を組み、弓兵の援護射撃の中、浮き足立つ美濃兵へ前列の足軽が三間半の槍の長さを活かして攻撃を仕掛ける。槍は突いた後、懐に飛び込まれるのが最大の死角だ。エリゴールは後列の足軽に、前列の槍を潜って接近してきた美濃兵の迎撃に当たらせる事でそれを補った。
 真は足軽に三人組の班を作らせ、三間半の槍で正面と左右に対して攻撃を行い、美濃兵の逃げ道を塞ぐように槍を振るわせている。また、三人組の班はお互いに連携し合い、ひと班が槍を突いた隙に飛び込まれると、次の班が槍を振るい、槍の引き戻しの隙を補足する連携を全ての班に取らせる事で、槍の隙を減らし、攻撃回数を増やしている。
「おっと、城へは戻らせないよ? こっちは通行止めさねぇ!」
 リスティ隊が行く手を遮る形で回り込み、沙紀隊と合わせて速度を殺さず、敵陣を抉りながら右旋回を繰り返す。
「この一撃にて薙ぎ払う!」
 エリゴールは手傷を負いつつも自ら前衛に立ち、ソードボンバーで美濃兵を薙ぎ払って行く。

「後は、後は、よろしくお願いするのですよ‥‥!」
「危険な戦いですけど、頑張って市様に褒められましょう!」
 愛が転がり込む勢いで一夜砦へ入ると、貴次と控えていた侍六百にそう伝令する。
 報酬もさる事ながら、藩主に直々にお褒めの言葉を頂戴するのは武士達にとって誉れだ。貴次の号令に侍達も意気揚々と出陣してゆく。
 戦いは侍達に任せ、貴次はサンレーザーを圧させている戦線へ放ったり、状況を見ながら巻物のミストフィールドやシャドゥフィールドを使用するなど、援護に徹した。


●祝杯に酔う
 稲葉山城から千五百もの兵を引き離したのだから、釣り野伏せは成功したと言えよう。
 沙紀が提供したワインやベルモットで祝杯が挙げられた。
「やれやれ。なかなかハードだったねぇ‥‥だがこれで、後は奇襲部隊が巧くやってくれてればいいのだけどねぇ」
 リスティ達も前衛へ出て戦った分、負傷し、支給されたリカバーポーションだけでは足らず、瀞藍達が持参したポーションも粗方使う程の激戦だった。
 真は働きが認められて正式に尾張藩の武将として登庸され、エリゴールと沙紀にはお市の方より三間半の槍が贈られた。
 また、貴次はお市の方が頭を撫で撫でしたとか。

 これだけの激戦だ、尾張兵・美濃兵を含めて、かなりの戦死者が出た。
 沙紀はお市の方へ戦死者達への手厚い名誉と恩賞を願い出た。お市の方は「もちろん」と力強く頷いたのだった。