晴耕雨読
|
■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月01日〜04月16日
リプレイ公開日:2008年04月14日
|
●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
「神だの魔だのも蠢いてる昨今、天下布武を成すには、東の争乱にかかずり合ってる場合じゃないはずだよ」
尾張藩の武将の一人、水上銀(eb7679)は、今の尾張藩の行く末に危うさを感じ、一人、憂いていた。
事の発端は、お市の方が新年会の時に口にした『伊達政宗との同盟』だ。
美濃藩を併合したお市の方は、上洛に王手を掛けていた。
上洛への道程にあるのは伊賀藩と近江藩。しかし、近江藩は平織家の近臣なので、併合せずとも今の関係を保っていれば問題ない。
今、伊賀藩を併合すべく、美濃藩におけるお市の方の前線基地、墨俣(すのまた)一夜砦で出陣の用意を進めている。
「今のままじゃぁ、平織のみならず、神皇様にも累を及ぼしかねないよ‥‥」
お市の方の“源徳嫌い”は、京一円では割りと有名だ。
『天下布武』を押し進めてきたお市の方は、安祥神皇の為に嫌いな源徳家康と『尾張・三河同盟』を結ぶまでに至ったが、この同盟は家康側に反故され、締結される事はなかった。
風聞では、同盟の人質として尾張藩へ送られるはずだった嫡男信康を、家臣の柳生十兵衛と彼に協力した冒険者が連れ去ったらしい。
この『尾張・三河同盟』が反故された事を受け、お市の方は次なる手として伊達政宗との同盟を考えていた。源徳と切れた以上、外交としては当然の選択肢ではある。
しかし、銀から見れば、伊達は裏切りによって江戸を手に入れた勢力であり、お市の方がスローガンとして掲げている『神皇の剣となり盾となる』事と頼むには信義に欠けるのだ。
伊達は源徳と戦っているが表向き神皇家に敵対はしていない。そして伊達の後ろには東北を支配する奥州藤原氏が居る。平織が味方し、江戸支配を合法化する事は彼らにとって最良の道であるはずだ。平織にとっても落ち目の源徳と組むよりも関東の動乱を鎮める最短の道だろう。東北は厄介な存在ではあるが、だからこそ早いうちに押えておきたいのも事実だ。藤原氏繋がりで西の秀吉や、最悪太宰府と組まれたら目もあてられない。
けれど、銀からすれば、お市の方が“源徳嫌い”で尾張藩の行く末を推し量っているように思えてならない。
「何とか、源徳との雪解けの可能性を模索したいところだけど‥‥こういう時は地道に足元から固めていくべきかねぇ?」
「平織諸将の意識調査と働き掛け、ですか? 勉強会のようなものですかね」
銀へ声を掛けたのは、京都の冒険者ギルドの総元締め、弓削是雄だった。銀は冒険者ギルドで依頼書と顔を付き合わせている最中だった。
「それでしたら尾張近辺に一人、心当たりがあります。竹中半兵衛という美濃藩の参謀です。今は病を患い、一線から退いて、美濃の奥地で療養しているそうですが、必要とあれば紹介状を認(したた)めましょう」
「それはありがたいねぇ。半兵衛の話を聞いてみるのも一興か」
斯くして、銀は平織と源徳へ働き掛け、魔の企みを挫く事を目指し、仲間を募った。
●リプレイ本文
●竹中半兵衛
京都の冒険者ギルドの総元締め、弓削是雄が指示した美濃藩の参謀、竹中半兵衛が療養している場所は、美濃藩の奥の奥、のどかな田園風景が広がる農村だった。
「美濃藩の参謀役で名高い半兵衛おじちゃんに、尾張と美濃の事をお勉強させてもらお♪ 戦術とか人の使い方とか、人の心の掴み方とか、武将の『いろは』もいろいろ学びたいな♪」
(「こんな人里離れた場所で、療養が必要なくらいの病か。仮病か、それとも流行病か‥‥直接診ないと判らんがな」)
齢十四にして尾張藩に仕えるファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)は、その辺りの知識が足りないと思っている。
一方、僧侶の白翼寺涼哉(ea9502)は、医者として半兵衛が患っている病気が気になっていた。
半兵衛の住まいは周りの農村の家より一回り大きかったが、豪華という程ではなかった。
妻らしき麗しい女性が応対に出ると、志士の蔵馬沙紀(eb3747)は是雄の認(したた)めた紹介状を見せて取り次ぎを頼む。女性は、重治――半兵衛の本名――は縁側で読書中だと、浪人の高町恭也(eb0356)達を家の中へ招いた。
パラのレンジャー、パラーリア・ゲラー(eb2257)が目を丸くする。希少な書物や巻物を始め、木簡や竹簡が所狭しとごまんと積んであるのだ。
半兵衛は縁側で正座をし、日向ぼっこをしながら本立てに立てた書物を読み耽っていた。
「‥‥はぁ、いい男じゃないか」
半兵衛は優男ではないものの、凛々しい顔立ちの男性だ。彼を結構オヤジに思い描いていた沙紀は、面食らったように頬を赤らめ、思わず溜息を漏らす。
「にゃっす! あたしパラーリア☆」
「京都の医師、白翼寺涼哉にございます」
「自分達は弓削殿の紹介で参ったものです」
「ごほ‥‥これは遠路遥々、遠いところを。何もないけど、くつろいでいってね」
パラーリアのフレンドリーな、涼哉の勘違いさせそうな挨拶を、神聖騎士のアルディナル・カーレス(eb2658)が騎士の礼を以て取り繕った。
●勉強会
女性は半兵衛の妻で得月院といい、斎藤道三に仕える“美濃三人衆”が一人、安藤守就の娘だという。
いい男は早々に完売してしまうもの。沙紀は内心残念がりながら、得月院が淹れたお茶の茶請けにリコリスのクッキーを出した。
「豪州から戻ってきたばかりで、あまり尾張や京都の事は詳しくない‥‥竹中殿、今回はご教授よろしく頼む‥‥」
「尾張を治めて、美濃を併合して大国になったんだけど、半兵衛おじちゃんから見て、市様は完全に掌握出来ていると思うかな?」
「‥‥ごほ‥‥市様は虎長様の背中を見てきたから、政(まつりごと)のやり方は分かっているだろうし、武将にも恵まれている。更に道三様が協力すれば、当面の統治は問題ないだろうね。問題が起こるとすれば、むしろ上洛後かもしれないよ。市様は尾張を統一する為に親族を斬っているから、それが遺恨として響かないといいんだけど‥‥」
(「親族は確か‥‥虎光おじちゃんと、岩倉城の信賢おじちゃん、犬山城の信清おじちゃんだったかな? うさんくさい虎長様はもちろん論外だけど」)
恭也が勉強会の趣旨を話すると、ミネアが早速、尾張藩の内情を聞いた。
「市さんは次に伊賀攻めを計画してるけど、家康殿が伊達の裏切りで江戸を追われたような事が近江藩で起こらないか?」
「それはお市様次第だろうね。近江藩は平織領で藩主は虎長様だったし、藩を預かる家老の浅井長政殿が、今の主君である市様に弓を引けば‥‥ごほ‥‥失礼、世間的には主君への裏切りになるから、大きな心配はないと思う。だけど大きく動かせば反発も起こるのは必至だ。味方の美濃が併吞と聞いて反乱を起こしたようにね。近江は畿内諸藩との関係も深いから、しがらみを刺激すれば分からない」
沙紀に近江藩の事を聞かれた半兵衛は、東西も不穏な状況で余力を残しておきたい事もあり、近江藩は天下布武では資金面を提供する裏方になるのではないかと語った。
「お市様は、一応、皆に迎えられてはいる、と考えてよいのだろうか‥‥?」
「平織家と源徳家、いや平氏と源氏の遺恨は古いし、根深いよ‥‥ごほ‥‥僕はよく、市様は家臣の反対を押し切って『尾張・三河同盟』に踏み切ったと思ったくらいだが」
「千載一遇の機会だったという訳か。盛者必衰は世の常とはいえ、甥御である安祥神皇様の為にも家康公の失脚は避けたい。また、冒険者の多くは平織家と源徳家の対立を好ましくは思ってはおらず、今現在の尾張平織家と三河源徳家の拗れた関係を修復する妙案あれば授かりたく」
「贅沢な事を言えば、信康殿と家康殿の仲裁とか、上杉殿や源徳殿、伊達等他の国との和平の仲介を取り持つ事は可能か?」
恭也の質問の応えを受けて、アルディナルと沙紀が更に突っ込む。
「妙案か‥‥ごほ‥‥家康殿は厳密には源氏の血筋ではない。怪しい傍流だ。伊達殿が擁立した源義経殿は、正当な源氏の血筋だけど頭領ではない‥‥市様はそこに目を付けたんじゃないかな?
源徳と平織の家臣は今の状況を、時が来たと思っている。虎長様が家康殿とこの十年努力してきたが、江戸の冒険者が伊達を恨むように、源氏と平氏には互いに遺恨がある。
先祖の代から争う彼らには同盟より、対立の方がまともなんだ。もう一度藩主同士の話し合いでやはり同盟すると言っても、上手くはいかないだろう。
しかし覚悟があるなら、関係修復は不可能ではないよ。たとえば‥‥どちらかが頭を下げる事だね」
関係修復に謝罪ほど効果的なものは無い。例えば、本領三河と親藩小田原を平織家に渡す条件なら市も平織家臣も納得する。領地を無くして死ぬ気で江戸に攻め込む背水の陣という訳だ。まず三河武士が納得するはずが無いが、遺恨を消すよりも戦う方が楽なのだ。
「信康殿と家康殿の仲裁も同じだね。家康殿が頭を下げれば市様は協力してくださるだろう。僕は信康殿が自ら起って、自分の存在を家康殿に知らしめるべきではないかと思‥‥ごほ‥‥」
諸侯とのとりなしも、源徳が尾張に膝を屈して平織家臣の態度を示せば市も虎長も動かざるを得ない。言葉に出さないが、平織は家康に頭を下げろとメッセージを送っているのである。家康も頑固で、これだけの窮地でも折れる気配が無い。
「平織家にとり、伊達氏との同盟は単に戦略的なものだけではないという事か‥‥」
アルディナル自身がお市様に諫言し、断られている。半兵衛はその点も踏まえて、藩主同士ではなく、家臣の協議が限界だと告げた。
「現在のジャパンの状勢は芳しくなく、裏に、迫る脅威に人々が団結するのを防ごうとする何者かの意図を感じる次第です。黄泉人の復活にデビルの跳梁、神々が降臨し、人々は更なる争いを始めんとする気配にあり。奥州には独自に百年の計があると聞き及んでおり、未だ真意が見えない点を危惧しており。家康公の失脚には作為的な不自然な流れを感じます」
「神仏の慈悲は民に施す為のもの。神に縋るすがる民を想うと、このままでは拙いと感じるのですが‥‥それに‥‥古代神の復活も気になります。大物主神は悪魔は味方であり敵であると仰せでした。神仏に悪魔が紛れる事も、視野に入れて動くべきでしょうか?」
「んとんとぉ、那古野のカテドラルの責任者の宣教師ソフィア・クライムさんは、3年前の聖夜に、デビルのゴモリーさんと組んでイギリスのケンブリッジを支配しようと企んだモーガン・ル・フェイさんだと思うのっ!!!!」
アルディナルが悪魔と古代神の降臨を話題に上らせると、涼哉がジーザス会と延暦寺が対立姿勢を強めている事や、畿内各地で起こっている、悪魔の関与していると思しき不可解な事件を挙げる。
そこへ、今まで聞き手に回っていた――実はリコリスのクッキーを平らげる事に夢中になっていた――パラーリアが、衝撃的な内容を話し始める。
「人を蕩けさせる程優しくて、とぉっても狡猾で恐い女性(ひと)なのっ。ゴモリーさんはラクダに乗った美女のデビルなの! 尾張にラクダに乗った美女、つまりゴモリーさんが出たって聞いたけど、今の尾張の状況は何となく3年前のケンブリッジに似ていると思うのっ。これはあたしの推測だけど、大のなかよぴさんのゴモリーさんが尾張にいるとしたらぁ、宣教師ソフィア・クライムさんはル・フェイさんだと思ったのっ!! 早めに対応しとかないとタイヘンな事になると思うのっ!!!」
モーガン・ル・フェイは、かつてイギリスの国家転覆を企んだゴルロイス3姉妹の末妹だ。冒険者に討たれたとされているが、その生死は不明だ。
パラーリアは魔法学校生徒ル・フェイとしてケンブリッジに通っていた彼女と面識があり、3年前の聖夜にゴモリーとも戦っている。そこから導き出した推測だった。
「‥‥ふむ、個人的には興味深いけど、危険な推測だね。仮に当たっていたとしても、宣教師ソフィア・クライムとそのモーガン・ル・フェイを結び付ける確たる証拠が無ければ、市様は動けないよ‥‥ごほ‥‥」
(「証拠かぁ‥‥ゴモリーさんはきっと濃姫さんだぁ」)
「ただ‥‥ごほ‥‥先程の涼哉殿への返答にもなるけど、虎長様と濃姫様は延暦寺の高僧達をこれ以上刺激しないよう、大聖堂を出て稲葉山城へ移り住んだそうだし、尾張ジーザス会も大聖堂を解体する話も出ているそうだね」
「え゛!? 宣教師ソフィア・クライムと濃姫さん、もう別々に住んでるの!?」
「大聖堂をあっさり解体しようとは‥‥確かに、その方が延暦寺を刺激しないだろうが‥‥」
濃姫や尾張ジーザス会が先手を打っている事に、パラーリアと涼哉は驚きを隠せなかった。
「竹中殿の人脈は健在のようだな」
辺鄙な場所に住みながら、これだけ尾張や美濃を始め、ジャパンの情勢に精通している。妻の父を始め、多くの者が半兵衛の元を訪れ、情報を交換している表れだろう。
(「独特の咳をしていたから、肺の病だな‥‥肺炎ならある程度療養すれば治るが‥‥吐血は確認できなかったが、労咳だとしたら‥‥」)
ミネアと沙紀は尾張へ、パラーリアは新撰組の特別顧問として登庸したいと考えていたが、涼哉が医者として止めた。
半兵衛は動かない。いや、おそらく動けないだろう。
「夢はおっきく、大名目指してるから♪ また相談事があった場合は来るから宜しくっ♪」
「ステキな温泉の情報、ありがと☆ 今度、新撰組の旅行で行ってみるねっ。あたしの元気を分けてあげるにゃ〜♪」
「コレを懐に忍ばせてお休みになれば、咳は軽くなるでしょう」
代わりにミネアとパラーリアが半兵衛に元気を分け、涼哉は病に効くという赤き愛の石を貸し与え、持参した薬を調合し、その効能について説明した。
●カテドラル
「カテドラル‥‥か。まだここは良く見ていなかったからな‥‥何かと噂もあるし、観光ついでに少し見ていくか‥‥」
尾張へ戻ると、恭也と涼哉は地味な庶民を装って、那古野城下の外れに建っている大聖堂(=カテドラル)を見に行った。
尾張ジーザス会をこの地へ誘致し、大聖堂を建てたのは、濃姫の一存と彼女の懐から出た資金であり(その資金は平織虎長の遺産だが)、尾張藩は無関係だが、端から見ればそうは映らず、一緒くたにされるのは当然といえよう。
「尾張ジーザス会‥‥パラーリアの話を聞く限りでは裏があるようだが、これを見る限りでは大聖堂というより、塔に近いな? ふむ‥‥」
(「アレ‥‥は? もしそうだとしても‥‥俺が生きるとは思わんだろ」)
恭也は観光客よろしく、那古野城の高さを超える巨大な尖塔を物珍しそうに見上げた。
その傍らで、涼哉は良く見知った顔を見掛けていた。実家の者達がジーザス会に入信した‥‥という話を小耳に挟んでいたが、本当だったのかもしれない。
一方、ミネアと沙紀は、神聖騎士であるアルディナルを通じて司祭への面会を求めたが、司祭の位を持つ宣教師ソフィア・クライムは生憎と席を外しており、代わりに宣教師イングリッド・タルウィスティグ(ez1068)が面会に応じた。
「虎長さんを甦らせたって噂だけど、そんな凄い術を使ったヒトって誰なの?」
「宣教師ソフィア・クライムですわ」
(「それが本当なら、誰もが軍事利用するような大魔法だし。神聖なものだがら、戦には使わないとか言われるだろうけど‥‥待って、人を甦らせるような奇跡が起こせるから、延暦寺はジーザス会を敵対視してるのかな?」)
沙紀の直球の質問に、イングリッドは臆する事なくさらりと応えた。今まで蘇る事の無かった虎長を蘇らせたジーザス会の奇跡。延暦寺はその辺りも警戒しているのではないかとミネアは思っていた。
●源徳信康
その頃、侍の水上銀(eb7679)と志士の神楽龍影(ea4236)は東海道を進み、駿河藩内にいた。
龍影は藩境や関所では女装し、旅の神事舞能楽士として通る手の込みようだ。
(「平織と源徳との雪解け‥‥? 実は違うのかも。根っこにあるのは、結局、信康をこのまま埋もれさせたくない、それだけなのかも」)
銀は自身を突き動かす想いが意外な程はっきりしている事に軽く驚きながら、白隠禅師の居所を訪ね、源徳信康の元へ向かった。
果たして信康は、銀が以前会った潜伏場所にそのままいた。潜伏場所を変えた事を踏まえて白隠禅師の元を訪れたが、取り越し苦労で済んだようだ。
銀はワインを、龍影はどぶろくを手土産に、信康と話し始める。
「道々、あれこれ考えてたんだけど、何だか会えたらさ‥‥」
そう切り出すも、言葉に詰まる銀。肝腎な時、言葉はなかなか出てこないものかもしれない。
銀はぽつぽつりと東西の異変を語り、嵐が駿河にも及びかねないと前置きした。
「今あんたに必要なのは、有能な参謀じゃないのかな‥‥? 知り限り、東には六韜に通じた兵法家、西には冒険者ギルドの総元締めすら一目を置く竹中半兵衛が居る。嵐が及ぶ前に、動いてみちゃどうだい? 大きなお世話だけどさ、このままじゃあまりに惜しい、そうだろ?」
「‥‥」
「私とて、源徳家と平織家の同盟が最善と思うておりました。しかし、事ここに至ってはもはや已む無し」
珍しく杯のどぶろくを呷る龍影。
「信康殿は、このまま山野に埋もれてしまうおつもりか? 一度は切腹が決まった命に御座います。なれば、神皇様の御為、ひいてはこの国の為に、その身命を賭しては下さいませぬか? 全国の藩は、神皇家へ藩を奉還し、神皇様の下で新たな国を建国する‥‥私は、これこそが、今のこの国には必要だと考えておりまする‥‥場合によっては、家康様を追い落す事にもなりましょう‥‥」
しかし、信康は思うところがあるのか、龍影の一言一句を噛み締め、吟味するかのようにただ聞くだけ。
「‥‥先に水上殿が申した竹中殿にしてもそうですが、持たざる者にしてみれば、自ら逼塞するのは、持ちたる者の傲慢に他なりませぬ! 私は、隠者の類は嫌いに御座います‥‥! 覚悟できぬとあれば‥‥この話しは、これまでに御座います」
龍影の心境は、半兵衛や信康への嫉妬や羨望を理屈で覆い隠しているのかもしれなかった。
銀と龍影の言葉が信康の心に届いたかどうかは、これから彼がどう動くかで示される事だろう。