大聖堂の落日
|
■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:04月21日〜04月29日
リプレイ公開日:2008年05月19日
|
●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)へその居を移していた。
虎長が暗殺された後、その報と蘇生の魔法でも蘇らせる事が不可能な程傷つけられた最愛の人の姿を見た濃姫は、世捨て人同然にジーザス教へ帰依した。
ジーザス会とは、聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。彼女はジーザス会を尾張へ誘致すると、虎長の遺産を湯水の如く尾張ジーザス会へ注ぎ込み、活動資金を提供し、カテドラルを建造した。
城が丸々一つ作れるだけの金を投じただけの事はあり、完成したカテドラルは那古野城よりも高い。南北に細長く、聳え建つ尖塔など、一般的な聖堂より塔に近い。
ところで、この尾張ジーザス会の活動は目下カテドラルの維持のみで、特に布教活動は行っていない。
木曽三川(木曽川・揖斐川・長良川)を使った商業が盛んな河港町津島は、堺との独自の航路を持っており、貿易に訪れた外国人が多く移り住んでいる。外国人の中にはジーザス教徒もおり、噂を聞き付けて礼拝に訪れ、そういった信者へ快く貸してくれる。その程度だった。
虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心地であったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まり始めていた。
カテドラルを一目見ようと物見遊山な旅人が訪れ、また、濃姫が帰依した事に加えて、尾張藩は公表していないが、比叡山の高僧ですら蘇らせる事の出来なかった虎長が、尾張ジーザス会の奇跡で蘇ったという噂が噂を呼び、布教活動を行っていないにも関わらず、信者が増えているという。
だが、それを良しと思わないのが比叡山延暦寺だ。異教徒が畿内で布教する事を快く思うはずもなく、延暦寺はカテドラルを有する尾張藩へ抗議文を送り付けてきた。
困ったのは尾張藩だ。
確かに那古野の城下町にカテドラルはある。しかし、藩で誘致した訳ではなく、濃姫が個人で誘致し、土地と資金を提供した代物だ。尾張藩は一切関与していない。
尾張藩の家臣も「濃姫様にも困ったものだ」と苦笑する程度で、誰も止めようとはしなかった。いや、できなかった。
元藩主の妻であり、最愛の人を暗殺されている人が『供養』と称する行いを、誰が止められようか?
しかし、尾張藩と尾張ジーザス会の関わっていないようで複雑な関係も、比叡山からは見えないし、ジーザス会が教区と定め、治めるカテドラルがある、その事実だけでお構いなしだ。
「出てゆくのか?」
「ええ。あの人と決めた事だし、市の天下布武の足を、濃らが引っ張るのは拙い‥‥もっとも、この大聖堂にはもう未練はないからな」
「造るだけ造っておいて酷い言われようじゃ。とはいえ、お市の方には何としても天下布武を成し遂げてもらわねばならぬからの」
尾張ジーザス会を取り仕切る宣教師ソフィア・クライムと濃姫が、荷馬車を前に話し込んでいる。
「それに、あの人も稲葉山城を大層気に入っているの。大聖堂に代わる新しい拠点とするそうだ」
「では、カテドラルの解体はこちらで進めるとしよう」
荷馬車の中身は、濃姫と虎長の荷物だった。
お市の方が進める天下布武への影響を考慮し、延暦寺の高僧達をこれ以上刺激しないよう、濃姫と虎長はカテドラルを出て稲葉山城へ移り住む事にし、尾張ジーザス会もカテドラルを解体する事を決めていた。
着工から約一年半の歳月を掛けて完成した、石造りの荘厳なカテドラルがあっさり解体される。
その事を聞き付けた信者や旅人は、解体される前のカテドラルを一目見ようと、今まで以上に押し寄せるようになっていた。
「今の私にあるのは‥‥安住の地ではないのですよ‥‥」
梅林寺愛(ea0927)は尾張ジーザス会の教徒として、依頼を請けていない時はカテドラルに住み、礼拝に訪れる信者の世話をしていた。
愛は昨年、安住の地と家族を得たはずだった。それがここ、カテドラルであり、宣教師ソフィア・クライムや宣教師イングリッド・タルウィスティグ(ez1068)達だった‥‥はず。
しかし、常にとても大事な事を忘れている気がしてならず、言い知れぬ空しさが心を支配している。
思い出そうとすると、凄まじい苦痛が楔のように心を打ち付け、邪魔をする。
そんな愛に助言をしたのが、妖怪『化け兎』の上位に当たる『妖兎』の中でも、尾張の知多半島にのみ生息する『月兎族』と呼ばれる妖怪の三姉妹が長女・月華(つきか)だ。
月華は外見こそ十二、三歳くらいの少女だが、その実力は江戸を震撼させた大妖『九尾の狐』に勝るとも劣らないという。事実、彼女一人で尾張兵百人を相手にする事が出来る。
月華は苦痛に苦しんでる時は考えない方が良いと告げ、実際に苦痛は鎮まった。
「‥‥月華‥‥彼女は私の“何か”を知っているのですよー」
「愛、そちらの信者にお茶をお出しして下さいな」
「はい、なのですよー」
とはいえ、今は仕事中。宣教師イングリッドに言われ、慌てて現実に戻る愛。
『奴(きゃつ)め、大聖堂をあっさり捨てるか‥‥用済みと言うのならば、儂も市に掛け合って、墨俣(すのまた)へ越さねば‥‥わきゃ!?』
「どわっち!? これは失礼したのです‥‥って、月華なのですよー!?」
余所見をしていた愛がぶつかった相手こそ、月華だった。何やらカテドラルを見上げていたようだが、噂をすれば影とやら、といったところか。
「月華、ここで会ったが百年目なのですよー! 今の子飼いのまま空虚に生きさせられたくないのですよー!」
『ほぉ。ならばどうするのじゃ?』
「月華に勝負を挑むのですよー! 私が勝ったら私の“何か”を返して欲しいのですよー」
『これはまた珍妙な事を言う。儂が勝ったら、そうじゃな、そなたの一番高価なものをもらい受けるかのぉ。勝負方法はそなたに任せるが、但し、運動系は駄目じゃぞ』
月華は兎の妖怪なので、運動は人並み以上にできるが、そこは元兎、泳げないので運動系は外したようだ。
「あら? 楽しそうな相談ですわね」
そこへ宣教師イングリッドがのほほんとした笑顔を浮かべてやってくる。
尾張ジーザス会はカテドラルを有している割に関係者は少ない。愛の他、この宣教師イングリッドとカテドラルを預かる宣教師ソフィア・クライム、そして濃姫と虎長の世話をする侍女くらいだ。
「桜は散ってしまいましたが、カテドラルの敷地内には信者の方から戴いた春の花が沢山咲いていますし、宣教師ソフィア・クライムとも相談して、お茶会を催しをしたいと思っていたところなのですわ」
「でしたら、お茶会の座興として、私が知り合いの冒険者にも声を掛けてみるのですよー」
斯くして、那古野城下のカテドラルにて、訪れた信者や旅人をもてなすお茶会が開かれる事となった。
●リプレイ本文
●津島湊
「愛(まな)と月華(つきか)の勝負の場に頭数合わせで参加する事になったが。呼ばれた序に探りを入れに行こうと思ってるんだが‥‥どうする? 一緒に行くか?」
浪人の風間悠姫(ea0437)は愛馬の疾風を駆り、尾張藩は那古野の西に位置する津島湊に住む親友の騎士エレナ・タルウィスティグ(ez1067)の元を訪れた。
エレナは遺跡を探索して腕を磨いている自由騎士だ。また、彼女は忍者にして尾張ジーザス会の宣教師の一人、梅林寺愛(ea0927)の義姉分だった。梅林寺が一方的に三行半を突き付け、今はその関係は解消されている。
尚、月華は、化け兎の上位に当たる妖兎の中でも、尾張の知多半島にのみ生息する『月兎族』と呼ばれる妖怪だ。外見は十二、三歳くらいの少女だが、江戸を震撼させた大妖『九尾の狐』に匹敵する力を持っているという。
「お前も気になるだろ? お前の姉と‥‥そして義妹の事が」
エレナの姉、イングリッド・タルウィスティグ(ez1068)はイギリスで女性の夢魔(=サッキュバス)に取り憑かれ、自身を石化する事で夢魔を封印していた。虎長の復活と同時期に、尾張ジーザス会の奇跡によって生身に戻り、今は梅林寺同様、尾張ジーザス会の宣教師となっている。
「お前の姉と愛があの時に裏で奴らに何かされた事は確実だろう‥‥正直に言うと私も後悔している。あの時、私は愛が好奇心に駆られている事に気付き、薄々ではあるが、忍び込もうと考えてる事も分かっていた‥‥それなのに私は、愛を止めなかった。その結果がこのザマだ!」
悠姫は悔しそうに握り拳で板の間を叩いた。
「あの時‥‥どんな手段を使ってでも止めていれば、こんな事には‥‥ってな。だが、覆水盆に返らず、だ。だから私はもう後悔しないよう、今度こそ愛を取り戻す!」
「‥‥でも、相手はジーザス会と宣教師でしょ? 悠姫が考えている以上に、あたし達からすれば遣り合いたくない相手なのよ‥‥少し考えさせて‥‥」
「‥‥分かった。私も即答を求めはしない。だが、待っているからな」
悠姫はこの場での返答は求めず、カテドラルで待っていると言い残して津島湊を後にした。
●再会
「そういえばアランさん、周りは女性ばかりですけど、変な気起こしては駄目ですよ〜? 起こしたら‥‥あぁ、でもきっと皆さん、全員、激しいカウンターが来ますね〜」
「うふふ〜だってこれだけ女の子一杯なんだし、辛抱堪んないよね?」
「(シュタリア・クリストファ‥‥奴が『あいつ』でないと確かめてやる。神など信じん俺だが、今回ばかりは願わくばシュタリアがシュタリアであって欲しいものだ)‥‥ん? 何か言ったか?」
浪人の槙原愛(ea6158)は今回の緑一点、ファイターのアラン・ハリファックス(ea4295)にそう釘を差す。彼女の言葉を受けて、エルフのバード、エルシュナーヴ・メーベルナッハ(ea2638)がアランの腕を取り、十一歳とは思えない――エルフなのでその三倍は生きているが――豊満な胸を押し付けたり、双丘の谷間へ挟んだり(!?)して誘惑する。
健全な男性なら、その童顔に背徳感を覚えつつも、据え膳的な美味しいシチュエーションだが、当のアランは心ここに在らずといった、昂ぶる気持ちを抑えている真摯で愉しそうな表情で、那古野城下の一角に聳え立つカテドラルを見据えていた。
「はわぁ‥‥那古野は何度も来てるけど、カテドラルに入るのは初めてだなぁ。前々から興味があったんだけど、機会が無かったからね♪」
ファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)は尾張藩に仕える武将なので、那古野へはちょくちょく来ているが、カテドラルの中へ入るのはこれが初めてだ。
カテドラルは外国人が多く住む津島湊から礼拝に来ているジーザス教徒の他にも、ミネア達のように半ば物見遊山で観光に来ている人々も少なくない。礼拝者や観光客を誘導しているのは、イングリッド達尾張ジーザス会の宣教師だ。その中に、煌びやかな蒼い板金鎧を纏った神聖騎士シュタリア・クリストファの姿もあった。
「急に呼ばれて驚きましたけど‥‥久し振りにイングリッドさんの元気な姿も見れて、嬉しいです‥‥」
「ふふふ、お2人は相変わらず仲がよろしいのですわね。ただ、カテドラル内では謹んで下さいね」
「(見た感じ、元のイングリッドはんと変わらへんな)分かっとる、場は弁えるつもりや。マナはん、呼んでもろて感謝や。フローラも一緒で最高や、目一杯楽しもうで!」
エルフのウィザード、フローラ・エリクセン(ea0110)は、ウィザードのシーン・オーサカ(ea3777)の腕を取って自らの腕を絡め、幸せ一杯の表情で寄り添っている。
出迎えた宣教師イングリッドも、見慣れた光景に微笑む。シーンとフローラは恋人同士だ。ジーザス教では子孫を残せない異種族間や同性の恋愛は禁忌とされている。
「‥‥イングリッドおねーちゃん‥‥エルの事、覚えてる‥‥?」
「ええ、お久しぶり、になるでしょうか? 相変わらずふわふわした綺麗な髪ですわね」
エルシュナーヴは上目遣いに、恐る恐る自分の事を尋ねる。イングリッドは彼女のふわふわっと柔らかなツインテールを手で梳くと、エルシュナーヴはイングリッドの胸の中へ飛び込んでいった。甘酸っぱい体臭や豊満な胸の感触は、間違いなくイングリッドのそれだ。石化する前に1度会っただけだが、エルシュナーヴの身体が覚えていた。
「久し振りだな。元気にしてたか?」
『見ての通りよ。帰蝶からあなたが尾張藩の武将として参戦しているって聞いたけど、くたばっていなかったようね』
「無敵だ、俺は! お前の減らず口も健在のようだな」
アランはカテドラルの入口を警備しているシュタリア・クリストファに話し掛けた。帰蝶とは濃姫の別名だ。
「‥‥悪魔は愛を知らない。悪魔は愛を求めない。天使のような微笑みで、ただ嘲るだけ。淫魔シュタリアと戦う前夜に歌った歌だ。あの夜は良い月だった。お前のように白く輝いていたよ」
『ありがとう‥‥でもね、あの時は夜ではなく、昼だったでしょ?』
「(何!? やはり『あいつ』なのか)そ、そうだったか? 何せ2年も前の事だからな」
『何年経とうが、女を口説くなら、メモリアルは忘れてはダメよ。乙女心が分からないから何時までも独り身なのよ』
「抜かせ」
アランは口説くような話を進めながら鎌を掛けたが、シュタリア・クリストファはあっさり看破した。
「(私の心に棘のように突き刺さるもの‥‥私の心を支配する耐え難き空虚な想い‥‥取り戻してみせる、大切な何かを!)月華、ここで会ったが百年目なのですよー!」
『ん? そなたと会ってからまだ一月も経っておらんが?』
「こ、これは言葉のアヤなのですよー! そんな寒いボケをかますなんて‥‥月華って実はボケキャラなのですよー!?」
今明かされる衝撃の事実!!
それは置いといて、梅林寺は月華の姿を認めると、自作の対戦型札遊戯で挑戦を申し込んだ。
●お茶処
カテドラルの敷地内には、礼拝者や観光客をもてなすカフェテラスがある。普段は尾張内で採れたお茶や、津島湊で仕入れるハーブティーを出しているが、シーンがサクラの蜂蜜といった食材を提供し、フローラがジャパンでは一般的ではないが抵抗の少ない洋風の菓子を作ると、修道服を借り、槙原と一緒に給仕を買って出た。
「フローラ、ほっぺに蜜が付いとるで」
「ひゃん!? も、もうシーンったら」
「あはは、フローラの味やね。今日のお菓子、今まで中でもかなり美味しくできた思うで」
自粛するようにと言われても、そこは恋人同士。料理を作るフローラの頬に蜜が付いていると、シーンはそっと舐め取った。
「はいはーい、注文ありがとうございます〜‥‥わきゃ!? あははー、ちょっと失敗してしまいました〜。って、何を見ているんですか〜?」
一方、槙原は何もないところで転んで、水を自分で被ってしまい、修道服が透けてしまったハプニングもあった。
「どう思う?」
「高さと広さの割りに、中はがらんどうだな。礼拝者や観光客の数は多いが、宣教師は片手で数えるしかいない」
「だよね。市様の話だと、那古野城を丸々1つ建てられるだけのお金を使ってるそうだけど、どこに使ってるのかな?」
大鎧「天魔」を纏い、鬼面を付け、修羅の槍を振るった剣舞を終えたアランは、ミネアと後から合流した悠姫と共にカテドラルの内部を見学していた。
内装は基本的なカテドラルと変わず絢爛豪華だが、那古野城より高い割りに吹き抜けが多く、構造は塔に近い。また、宣教師はイングリッドやソフィア・クライムの他、二人しか居らず、神聖騎士シュタリア・クリストファを含めてもここに住んでいるのは五人しかいなかった。
「好奇心、猫をも殺すと言うが‥‥今回は深追いは止めておいた方がいい‥‥」
悠姫は宣教師の居住区といった人気がない場所へは行かず、カフェテラスへ戻った。
♪甘いあまーい ふわふわぽわぽわ
さぁさ おかしなお菓子が焼けますよ
かぐわしき香り ときめく美味しさ
ちろりと焦げても ご愛嬌
あなたの笑顔が最高のスパイス
さぁさ お好きに召し上がれ♪
カフェテラスに設けられた小舞台では、エルシュナーヴの横笛によるリズミカルで楽しげな音楽を背景に、シーンが唄いながらフローラと大きな着物に一緒に入って二人羽織で菓子を食べていた。
呼吸はぴったりだが、わざと失敗して愛嬌を出したり(その際、エルシュナーヴが一部音を外して失敗時のリアクションを演出するのも忘れない)、空中に投げさせた菓子を口でキャッチするパフォーマンスを見せて観客を沸かせた。
続けて舞台上へ残ったエルシュナーヴが、楽器を名器「桜の散り刻」へ持ち替えて、哀愁を誘う雰囲気の曲を演奏した。
(「これが、少しでもマナおねーちゃんの助けになれば‥‥」)
(「これでもまだ思い出さないのか! ‥‥お前の居るべき場所は‥‥お前の家族は!」)
『かつて失くした大切なもの』への変わらぬ想い、そんな気持ちを笛の音に乗せて‥‥エルシュナーヴの想いは悠姫にはしっかり伝わったが、梅林寺には届かないのか表情は変わっていない。
そんな彼女の姿に、悠姫は苛立ちを隠せなかった。
●繙かれる記憶
いよいよ梅林寺の出し物の番となった。
ルールは『無地の木札に「火水風土陽」「月忍闘白黒」の十文字を二枚ずつ書き、二十枚の当たり札と、「魔鬼霊妖屍」の五文字を一枚ずつ五枚の外れ札を、全員の目の前で作成する。多く当たり札を揃えた者が勝ち、または外れ札を2枚以上引いた者が負けとなる、四人対戦型札遊戯だ。尚、一人一度だけ引き直しをさせる「待った」の権利を持っている』。
「んー‥‥勝負の内容は理解しましたし、頑張りましょうか。んふふー、数合わせとはいえ手は抜きませんからね〜。愛ちゃんにも月華さんにも負けませんよ〜」
「魔法の使用は厳禁ですよ。よろしく‥‥お願いするのですよ」
槙原と悠姫、月華の参加者全員がルールを理解すると、特に月華が魔法を使わないよう釘を差し、梅林寺が開始の合図をする。
「ふむ、こんなものか‥‥どうやら私の運も捨てたものではないらしいな」
梅林寺は忍者として培ってきた隠密の業を総動員し、悠姫の呟きなど各自の表情をつぶさに観察すると、外れ札で表情を緩めて相手の「待った」を誘ったり、自身は権利は温存するなど、手に汗握る心理戦を仕掛けた。
その結果、見事に勝利をもぎ取った。ちなみに槙原は梅林寺の心理戦にあっさり填り、速攻で敗れ、次いで悠姫。最終的には梅林寺と月華の一騎打ちとなった。
『約束は約束だからな』
月華は溜息を一つ、肩を竦める。負けて少しは悔しいようだ。
彼女は先端に三日月の意匠を凝らしたロッドを梅林寺の胸元へ突き付けると、おもむろに呪文を唱えた。
すると、梅林寺の足下から灰色に染まってゆくではないか! 梅林寺はみるみる石化してゆき、一体の石像と化してしまう。
「月華、どういう事だ!?」
『儂とした事が抜かったわ‥‥奴(きゃつ)ら、記憶の封印を解くと同時に石化の呪詛が掛かるよう仕込んでおったのじゃ』
「じゃ、じゃあ、愛ちゃんは〜?」
『すぬま‥‥儂の力でも元には‥‥』
悠姫と槙原が月華へ詰め寄ると、彼女は残念そうに頭を振った。
「そんなに簡単に諦めないでよ! 確か愛はコカトリスの瞳を持っていたはずだよ!」
「エレナ!?」
そこへエレナが駆け付けると、梅林寺のバックパックからコカトリスの瞳を取り出した。
エレナがコカトリスの瞳で石化の呪いを威力を弱め、月華が呪詛を解いた。
「あれ‥‥エレ姉?」
「愛!? あたしの事、また、そう呼んでくれるの!?」
「また? エレ姉はエレ姉なのですよー」
エレナは梅林寺を力の限り抱き締める。梅林寺のカテドラルで過ごした記憶はすっぽりと無くなっていたが、エレナとの姉妹の絆は取り戻していた。
(「しかし、愛の記憶を消してまで隠す必要があるようだな、虎長の復活は‥‥」)
槙原が貰い泣きをする傍らで、悠姫はカテドラルを見上げていた。
「えと‥‥月華ちゃんは、虎長おじちゃんの事どう思ってるの? 人外なのかどうか‥‥人間同士の争い事に関わらないって決めていた月華ちゃんが、尾張統一に手を貸したよね? そして、その直後にいきなり蘇った虎長おじちゃん‥‥月華ちゃんは、知っていたんだよね?」
「今の虎長公は尾張にとって危険だ。という点で俺はミネアと一致している。正直、虎長公の威信はお市の方を凌いでいる。そんな人物が何をしようとしているか実際のところわからんという事態そのものが、憂慮すべきものだ」
梅林寺とエレナ達の輪から一人密かに抜け出た月華に、ミネアとアランが接触した。
「もし人じゃなくても、別にミネアはいいと思うんだ。ただ尾張にとって利になるのか不利になるのか。ミネアは、今みたいな曖昧な存在じゃ、はっきり言って『いらない』と思う。いざとなったら、取り除いてもいいと思ってる。もし利害が一致するんなら‥‥裏で、ミネアと組む気はないかな? 人間同士の戦いじゃないんだし、どうかな?」
『奴が“平織虎長”であり続けるならば、お市の方にとってもさほど不利にはなるまいて。それに儂がいる以上、奴を平織虎長以外にはさせんよ。ただ、ミネア、そなたが新撰組にも与している事はお見通しじゃ。平織と源徳の間を知らぬ訳ではあるまい? 二枚舌のそなたと組めば、却ってお市の方の不利益となろう。そなたが平織にも源徳にも与している以上、儂は協力できんし、お市の方も十全の信頼を置く事はできんだろう』
言われてみれば、お市の方は肝腎な事はミネアに話していないように思える。
今まで通り平織家と源徳家の間で上手く立ち回るか、それともどちらかの立場を固めるか、月華の協力を得るには少なくともミネアは身の振り方を考える必要がありそうだ。