【天下布武】伊賀攻め・里焼き払い

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:14 G 11 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月21日〜04月29日

リプレイ公開日:2008年05月08日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。


 ――墨俣(すのまた)一夜砦。美濃藩におけるお市の方の拠点だ。
 墨俣は木曽三川(きそさんせん)のうちの二本、揖斐川と長良川に挟まれた長良川西岸一帯で、美濃藩の主要街道が走り、墨俣宿(すのまたじゅく)という宿場町として栄えている。
 美濃の交通・戦略上の要地であり、美濃併合の合戦の折り、お市の方はここを押さえる為に一夜にして砦を築いた。
 美濃藩主・斎藤道三の居城、稲葉山城を拠点としなかったのには理由がある。
 稲葉山城は稲葉山の山頂に建てられた古典的な山城だ。短期決戦に対する守りは堅いが、長期戦には不向きであった。それに、五千もの兵を駐在させる事は出来ないし、長良川を使って尾張藩と素早く遣り取りが出来る墨俣一夜砦の方が利便性が高い。
 なにより、稲葉山城は虎長が気に入り、妻の濃姫と共に居城とした。
 虎長は入城に合わせて、稲葉山城を『岐阜城』と改め、城下町・井之口一帯を『岐阜』と改名した。
 改名を申請する書状を、虎長の署名で安祥神皇へ送った事により、宮中でも虎長が蘇った事を知らしめる事となった。

 父・道三より美濃藩を奪った斎藤義龍を倒し、助命する換わりに比叡山へ追放したお市の方は、美濃藩を尾張藩と併合させた。
 これにより、美濃兵を戦力として加え、混迷中の伊勢藩へ援軍として二千五百、三河藩との藩境の関所に千、尾張藩の治安維持に千、兵を割いているとはいえ、実に五千もの兵を率いる事となった。
 畿内で五千もの兵を持っている藩はそうそう無い。 この勢力を安祥神皇へ献上できれば、西国との対話も穏便に進められるとお市の方は本心から考えている。
 そして上洛へ王手を掛け、残るは伊賀藩のみ。
 その伊賀藩だが、伊賀上忍の一人、服部氏が源徳家康の家臣になってからは、源徳側の畿内諜報の拠点と見てまず間違いない。
 また、山国で攻めるには手間と時間が掛かる上、実入りが少なく、忍者が力を持つ事から、虎長も攻める事の無かった藩だ。

「滝川一益、ただいま戻りました」
「ご苦労様でした。それで結果は?」
「伊賀攻めの内容を話したところ、ようやく藤林殿が同盟に応じて下さいました」
「藤林殿が‥‥これで焼き払う里は、中部と南部のみになったわ。ありがとう、一益、助かったわ」
「勿体のうお言葉です」
 墨俣一夜砦の自室で、木板に墨で書かれた伊賀藩の攻略地図と睨めっこをしていたお市の方の元へ、尾張藩の武将にして彼女が最も信頼を寄せる片腕、滝川一益が帰ってきた。
 伊賀藩には藩主はいるものの、実質お飾りで、実権は伊賀上忍三人が握る合議制だ。
 一益は上忍三人の内、伊賀藩の北部を治める藤林正豊の元を三度訪れ、伊賀攻めの全貌を話した上で、正豊の領地に手を出さない代わりに尾張藩の伊賀攻めに反撃しないという密約を取り交わしてきたのだ。
 これは一益が甲賀忍者であり、正豊が甲賀と繋がっているからこそ成し得た同盟といえよう。ちなみに、伊賀と甲賀は、忍術の腕前を切磋琢磨しているものの、特段仲が悪いという訳ではない。
 残る千賀地家と百地家は、尾張平織家からの再三の使者に応じる気配はない。
 伊賀藩の総兵力は三百と、今のお市の方の持つ兵力とは比べものにならない。しかし、それは野戦においての場合だ。忍者が得意とする不正規(=ゲリラ)戦を仕掛けられれば、数の上で優位に立っていても苦戦は免れない。
 悪戯に兵力を消耗したくないお市の方が考えたのは、里を焼き払って忍者達を炙り出し、不正規戦を行わせない戦術だった。
 だが、里を焼き払えば一般人にも被害が及んでしまう。それはお市の方も望んでいないし、出来うる限り避けたかった。
 そこで使者を送り続けたのだが‥‥尾張平織家の上洛に対して警戒を強めている様子で、一益が説得できたのも正豊だけだった。
 ならば、総大将として、一般人への被害を極力抑えるのみ。
 先ず、伊賀攻めの武将に、一益と丹羽長秀を選んだ。平織家に古くから仕える家臣だと、源徳家に対して遺恨を持っており、徹底的に焼き払ってしまうからだ。柴田勝家や佐久間信盛がそうだ。その点、一益は甲賀忍者であり源徳家への遺恨はないし、長秀も虎長の時代に尾張藩に仕えるようになった武将なのでこちらも安心だ。
 本当はお市の方が信頼するもう一方の片腕、平織虎光にも指揮を執って欲しかったのだが、虎光は思うところがあるのか辞退していた。
 次に、尾張兵にも今まで以上に『1C斬り』を徹底させる。これは『1Cでも盗んだ者は、その場で斬る』という尾張兵独自の軍規だが、今回の伊賀攻めではこれに更に、『刃向かってくる者を除き、一切手を出さない』という内容を付け加える。
 更に、冒険者を雇い、一般人を正豊の領地へ逃がす誘導をしてもらう。冒険者はこの手の荒事には慣れているので、適任と言えよう。


 斯くして、尾張兵三千が伊賀藩の北と南、東、の三方からそれぞれ千ずつ攻め入り、里を焼き払う合戦が決行しようとしていた。

●今回の参加者

 ea0841 壬生 天矢(36歳・♂・ナイト・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea8545 ウィルマ・ハートマン(31歳・♀・ナイト・人間・ロシア王国)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb3917 榊原 康貴(43歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 ec0126 レヴェリー・レイ・ルナクロス(25歳・♀・パラディン・人間・フランク王国)

●サポート参加者

斎穏 夢(ea4905

●リプレイ本文


●梟雄と呼ばれようとも
 美濃藩の交通・戦略上の要衝、墨俣(すのまた)にある宿場町、墨俣宿(すのまたじゅく)。
 お市の方こと平織市(ez0210)は、この墨俣宿の西に流れる長良川の対岸に築いた墨俣一夜砦で、伊賀藩攻めの準備の最終確認を行っている。
 パラディンのレヴェリー・レイ・ルナクロス(ec0126)より、中立を示す為に白地に赤で『救』と描かれた旗印と矢除け用の竹束、負傷者を運ぶ担架や荷車などを、可能な限り用意するよう言われた物資を彼女へ渡した。
 そして今回出陣する尾張兵に、『レヴェリー達の持つ旗印を掲げた隊には絶対に手出ししてはならない』と通達を徹底しているところだった。

「ここは気張らなきゃならんな。俺達が下手を打てば、市様は民草殺しの汚名を被る事になる。神皇様の剣となり盾となる為にも、こんなところで躓いている暇はない」
「ああ、厳しい戦いになるが、何としても成功させないとな」
 ジャイアントの志士、風雲寺雷音丸(eb0921)と、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)は、彼らが率いる侍隊三十名弱と足軽百名に旗を持たせ、中でも体格の良い者を選出して担架を積んだ荷車を任せる。
 雷音丸とクロウは尾張藩の武将であり、彼らの元に集まった尾張兵も今までの合戦で率いた、気心の知れた者達ばかりだ。お互いに見知った仲だから、万一、伊賀藩の忍者が紛れ込んでも察知する事が出来ると雷音丸は考えての配慮だ。
「私も頑張っちゃいますよ! 伊賀攻めが凄惨な事になって師匠の悪名広がっちゃったらやだし、やっぱり怪我した人や一般人が巻き込まれるのは見捨てておけないもの」
 尾張藩の武将にして甲賀流忍者の滝川一益が木板に書いた伊賀藩の概略図と睨めっこをしていた、ハーフエルフの忍者、ルンルン・フレール(eb5885)も顔を上げて雷音丸達に応える。
 今回の相手は、侍や足軽とは勝手が違う忍者だ。しかも、戦うのではなく、一般人の避難誘導が主な目的なので、尾張軍と伊賀軍の双方の動きを把握し、避難させるのにより良い行程を算出、それらを侍の榊原康貴(eb3917)達各隊へ伝達するなど、忍者でなければこなすのが難しい仕事はごまんとある。
 “花忍ルンルン”ことルンルンは頼もしい存在と言える。
 尚、ルンルンは尾張藩の武将ではないが、彼女に忍術を教えたのは一益であり、客将扱いになっている。
「ふざけるな! 聞こえんぞ!! 大声出せ!!!」
 その時、ナイトのウィルマ・ハートマン(ea8545)の怒声が辺りに響いた。
 借りた三十名の侍の何人かに太鼓を持たせて打ち鳴らさせ、軍規と避難誘導の旨を大音声で叫ばせる口上役をさせていた。侍はやる気だったにも関わらず、彼らの耳元で極めて大声で注意し、何回か繰り返させていた。
「しかし、手緩い事をするものだ。ただでさえ閉鎖的な集落の結束と価値観は、しばしば理性的ではないぞ」
(「平織の家名や自分自身の名を貶めない振る舞いをしようとしているのは賛同できるが‥‥騎士と武士の考え方の違いか? どうもよくないな‥‥」)
 ルンルン達の元へやってきたウィルマは、大袈裟に肩を竦めた。
 康貴は、ウィルマ隊の士気が落ちている事を危惧していた。聞けば彼女は近江藩でそれなりに活躍していた“関ヶ原の勇者”であり、お市の方もそれを期待しているようだが、その性格が災いしていた。
 尾張兵は、一般的な武将が抱える半農半士(=農兵)とは異なり、侍や弓兵、足軽を中心とした正規兵(=常備軍)だ。その分、軍規も厳しいし、統制も取れていて農兵より忠義心に厚い。厳しく指導し、『1C切り』といった尾張兵の軍規をより徹底させるのは分かるが、最初からやる気のある者にしつこく指導すれば高い士気が下がるのは当然と言えよう。
「確かに為政者としては甘いかも知れないが、それが市殿の“持ち味”ではないか?」
「俺もそう思うぜ。戦に巻き込まれて傷付く人を少しでも減らし、お市さんが余計な悪名を背負わないようにするのが、俺達に出来る事じゃないか?」
 康貴がウィルマへ掛けた言葉にクロウが力強く頷いた。
「特に平織家と源徳家は、昔から遺恨が絶えなくてね。この戦い‥‥市殿の心情、如何ほどか‥‥あんたも騎士なら、あんたなりに推し量ってくれ」
 ナイトの壬生天矢(ea0841)は微苦笑混じりに、平織家と源徳家の遺恨をウィルマに語った。
 彼もまた、先程まで自身が率いる侍四十名に「尾張の人間だという事は絶対に伏せる」と言い聞かせていた。
「ウィルマの言う事も一理ある。一般人の避難‥‥市様らしいが、危険だ‥‥心底伊賀の人間に怨まれるぞ」
「今更源徳の人間に怨まれたってどうって事はないわ。それに虎長お兄様だって家康公だって、為政者として一度は通ってきた道だもの」
 ナイトのアリアス・サーレク(ea2699)は、ウィルマと同じ事を考えていた。
 そこへお市の方が最後の打ち合わせにやってくると、真顔で応えた。
(「市様なら、『一般人が助かるなら怨まれるくらいなんでもない』と言うと思ったが、こんなところで家康の名を聞くとはな」)
 お市の方の、予想の(良い意味で)斜め上の応えに、アリアスは内心感心した。彼女が源徳家康を為政者として認めている表れだろう。
「皆殺しはダメだが、住処を焼かれた怨みは大きく、生き残りが多いほど反乱へと繋がりかねないぞ」
「もちろん、被害は最小限に留めるわ」
「相手は忍者だけに暗殺に来かねない‥‥もしもの時は、自分の身は自分で護るんだ」
 アリアスは警告すると同時に護身用に常に携帯していられる、かんざし「乱れ椿」をお市の方の、黒曜石を溶かしたかのようなみどりの黒髪へ挿した。
(「だけど‥‥上洛した後はどうなんだい、お市さん」)
 揚げ足を取るつもりはないが、お市の方の言葉に、クロウは一抹の不安を拭い去れずにいた。
「パラディンは合戦など政(つまりごと)に加担する事は許されない。だが此度は民を救う為、阿修羅の名の下に介入した。また、あなたがが阿修羅が定める『悪』になるか否かを見続けさせてもらう。忘れないでお市の方、私は常にあなたを視ている事を」
「望むところよ。あなたのその仮面の下から覗く阿修羅の瞳で、私の、平織市の行いを見定めて頂戴。もし愚行と判断したら、即座にその刃で斬って構わないわ。でも、正しいと判断したら、あなたのパラディンとしての力を畿内の平和の為に、私に貸してもらうわよ」
 会話が終わったのを見計らい、レヴェリーがアリアスとお市の方の間に割って入る。
 刹那、彼女が腰に差したラム・ダオに視線を落とし、碧玉の如き瞳を見据えながら応えたのだった。

 尾張平織家による畿内の統一は目前に迫っていた。


●伊賀攻め
 侍を中心とした平織市隊千は北より、足軽・弓兵を中心とした丹羽長秀隊千は東より、川並衆・弓兵を中心とした一益隊千は南より、ほぼ同時刻に三方から伊賀藩へ攻め入った。
 伊賀藩の北部は不干渉の密約を取り交わしている藤林正豊の領地で、一般人は天矢達冒険者にここへ避難誘導される事になっている。不用意に避難してきた一般人を攻撃しないよう、練度が高い侍を総大将のお市の方が率いる。
 激戦となるのは伊賀藩の南、百地氏の領地だ。保守的な百地氏は「伊賀の自治は守るべき」と頑として譲らず、尾張平織家の使者を追い返している。伊賀の地理に明るく、自身も忍者の一益がここの攻略を担当するのは必然と言えよう。
 伊賀藩の中央を治める千賀地氏は、服部半蔵を排出している事もあって源徳側だが、現実主義だという。抵抗はするが、尾張平織家の力を見せれば早めに講和に応じてくれる可能性もあった。猛将でありながら政にも長けた、器用な長秀が適任だ。

「私、通常の3倍の速度で働いちゃいますから!」
 ルンルンは疾走の術を使い、天矢達が戦闘に巻き込まれないよう、尾張兵・伊賀兵両方の動きをさっと調べて回る。
 纏っている忍鎧「紅」は、「師匠」と呼び、慕っている一益からの贈り物で、彼女のお気に入りだ。
 伊賀藩は山国で、焼き討ちの策を使っている事もあり、小高い丘に登ればどこで戦が起こっているかおおよそ把握できた。
 彼女の情報を元に、天矢隊・クロウ隊・康貴隊は南部の百地領を目指した。
 案の定、百地氏は徹底抗戦の構えを見せ、一益隊に敢然と立ち向かっている。
「士気が高いのは認めるが‥‥あれでは無駄死にだな」
「だからこそ、俺達がいち早く、一人でも多くの村人を助ける必要がある」
 遠くに戦を臨みながら康貴がそう漏らすと、天矢は侍四十人と手分けして、延焼を防ぐ為に建物を壊していった。
「俺達はみんなを助けに来たんだ。逆らわない奴には手は出さない! だから逆らうな!」
 建物や物陰から、鍬や鋤と言った農耕具を構えた村人達が出てきて、クロウ達に迫ってくる。クロウは敵ではなく、助けに来た事を足軽と一緒に叫んだ。
「今は生き延びる事だけ考えろ。安全な場所に案内するから、付いて来るんだ!」
「ここにももうすぐ火の手が回ってくる。藤林殿が皆を受け入れてくれるから、何の心配も要らない」
「焼け死にたいのならそれでも構わん。だが、ここで負けてはならん!」
 康貴が正豊の名を出すと、ようやく村人達も信じる気になったようだ。
 力のある者は天矢隊と一緒に建物を打ち壊し、クロウ隊が負傷者の有無を聞き、その場で応急手当を施した。康貴は女子供や老人の避難を手伝う。
「逃げ遅れた者はいないか!? 親兄弟は揃ってるか!?」
 村の郊外に約千人もの村人が集まった。怪我人といった歩けない者は、足軽が担架や戸板に乗せている。
 クロウ達は手分けして、まだ村に残っている一般人がいないか聞いて回り、確認が取れると出発した。
 天矢は当初、伊賀藩の西側を抜ける行程を考えたが、西には山城藩があり、安祥神皇のお膝元だ。正規軍扱いではないとはいえ、兵が入るのは拙いというお市の方の意見もあり、東を通って藤林領へ抜ける行程で避難を始める。
「兄弟は手を繋げ。親は子の手を引け!」
 クロウが出発の音頭を取ると、天矢が先頭に立ち、天矢隊が村人達を前後左右で守る陣形を取り、本来、味方である尾張兵の目を盗みながら避難してゆく。
(「領民にしてみれば、命の保障はあるが郷里が戦火に包まれるのだ、心中は穏やかではあるまい。イザコザが起きたとしても、首が飛ばされかねん限りは刀は抜かぬ方向だな」)
 康貴が微苦笑を浮かべる。村人が尾張兵を見て感情を高ぶらせない配慮と、伊賀兵の攻撃を受けない為だった。
 また、ルンルンが中央部の戦況と避難状況を伝え、自分が通ってきた避難誘導するのに最適な道程を誘導するのも忘れない。
 そういった冒険者個々人の細心の心配りが一つとなって、康貴達は尾張兵にも伊賀兵にも遭遇する事なく、全員無事に藤林領へ避難させる事に成功した。

 単独行動が中心のルンルンは、尾張兵のみならず伊賀兵ともよく遭遇した。
 尾張兵をやり過ごすのは比較的楽だが、そこは忍者、伊賀兵は骨が折れる。彼女はインビジブルの巻物を駆使して伊賀兵もやり過ごし、遭遇した地域を木板に書き込んでいった。
 縁の下の力持ちである。

「市様は、戦を望まぬ民草に無用な被害を出す事は望んでおらぬし、心を痛めておる。だからこそ、我らのような冒険者を雇い、避難に当たらせている。だが、ここに留まるならどうしても戦火の巻き添えになってしまうだろう。だからどうか一時、避難してもらえぬだろうか? 避難の道中は我らが責任を持って護衛する」
 雷音丸は里の名主の元を訪れ、村人へ避難に協力するよう説得した。よそ者が声を掛けて回っただけではなかなか言う事を聞いてもらえないという心配からだ。
 その際、愛用の太刀・薄緑を差し出し、冒険者ではあるが尾張藩に荷担している事も正直に打ち明けていた。
 名主の元にも戦が起こっている事は既に伝わっており、戦況次第でどうするか考えていたようだ。雷音丸の誠意を持った説得に耳を貸し、藤林領への避難を承諾した。
「無駄な争いで時間を浪費したくない‥‥静まりなさい」
「俺達の依頼人は自分が怨まれても、お前達が生き延びる事を望んでいる。その志を汲んで欲しい」
 ウィルマ隊が既に炎上したり、延焼すれば危険になる建物を打ち壊し、適当な広場を確保すると、旗を付けた埴輪をその中心に置いて一時避難所とした。
 レヴェリーは率いる侍三十名が消火活動中に村人が衝突すると、喧嘩両成敗宜しく、双方を強い意志と威圧感を持った瞳で射抜き、沈静化した。
 その間、アリアスは足軽五十名と共に避難所へ集まってきた村人の中の負傷者の手当てに回り、拒む者は強引に手当てしてゆく。
 その時、村人の中に伊賀兵が混じっており、ウィルマ隊と戦いが始まってしまった。
「刃を向ける者を間違うんじゃない!」
「これ以上揉め事を起すなら、俺が双方斬る。どちらも落ち着け!」
 アリアスとレヴェリーが割って入るより早く、ウィルマが事前警告無しに弓を射り、伊賀兵もウィルマ隊の侍も射抜いていた。
「何故撃った!?」
「ただでさえ時間が惜しいんだ! 面倒を起こす者は、尾張兵も伊賀兵も関係なく邪魔なだけだろうが!」
 騒然となったところへ、名主を伴って帰ってきた雷音丸がウィルマに詰め寄る。彼女の言う事は至極当然で、攻められた伊賀兵も、正当防衛したウィルマ隊の侍も、分け隔てなく射抜いている。
 それにより避難してきた村人達は押し黙り、以降、従順に避難作業を手伝うようになったが、余所余所しさを感じるようになった。
「この道は危険‥‥ペケと‥‥!? ど、どうしちゃったんですか!?」
 それは、避難経路を調べてきたルンルンにも肌で感じるほど、ピリピリとした雰囲気だった。


●上洛
 それでも千賀地領の村人の大半を避難させる事が出来、その報せを受けた千賀地氏は程なく、長秀隊に降伏を申し入れた。
 村人が脱出した報は百地氏にも伝えられたが、最後まで徹底抗戦の構えを崩さなかった。お市の方はやむを得ず、全軍を投入。三千の尾張兵が百地兵を壊滅させ、百地氏は捕らえられた。
 
 お市の方は正豊を伊賀藩の代表として話し合い、千賀地領・百地領の復興資金を尾張平織家が全額負担する事を条件に、伊賀藩は尾張藩へ併合された。
 遂にお市の方は、尾張平織家当主として畿内を平織家で統一し、京へ上洛を果たした。

「この国は混沌に満ちている‥‥」
「ああ。『乱世だから』‥‥一言でこれが許される、便利な言葉だ‥‥だからこそ、この乱れきった世を終らせないとな」
「伊賀の民だけではなく、出来る限り多くのジャパン人を助けたい‥‥それが出来るのは市殿だと、賭けてみたくなったな」
 お市の方を先頭に、京へ進軍する尾張兵。
 レヴェリーとアリアスはその様子を眺めていた。横から口を挟む天矢は、正式に尾張藩の武将として登庸された。