【比叡山焼き討ち】虎長暗殺

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:4

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:05月27日〜06月01日

リプレイ公開日:2008年06月09日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。


 上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
 そして総勢三千の兵を従えて、お市の方は悲願の上洛を果たした。
 彼女を先頭に、羅城門より大通りの朱雀大路を御所へ凱旋する尾張兵三千の勇姿は、京都の多くの人々に拍手喝采で迎えられた。

 御所へ入ったお市の方は、安祥神皇(ez0008)と謁見した。
 多くの公家が集うその席に、彼女は片腕である武将の滝川一益とおじの平織虎光、そして虎長を伴って臨んだ。
 ――安祥神皇を始め、多くの公家(特に源徳側の公家)から動揺のどよめきが起こる。
 今まで、尾張平織家より御所へ宛てられた書状の中に虎長直筆の署名はあったが、こうして本人がその健在振りを示すと、虎長復活を信じざるを得ない。
 お市の方は安祥神皇へ、平織家は安祥神皇の剣となり盾となる事を改めて宣誓し、尾張兵三千を献上した。

 次いで、虎長は自分が殺された為に都が混乱に陥った事を安祥神皇に謝罪する。
 安祥神皇は虎長が生き返った事を大変喜んだ。虎長は祖父の代より神皇家に仕えた平織の当主として、赤子の頃より安祥を守ってきた忠臣である。彼の死がどれだけ安祥を悲しませたか分からない。
 そして虎長の口から自身を殺めた暗殺者の名が告げられる。
 ――新撰組一番隊組長、沖田総司!
 暗殺された本人が言うのだから、間違いない。新撰組を作った源徳家には死刑宣告に等しいが、虎長はそれを暫くの間、秘すように安祥に頼んだ。
 今や新撰組は京一番の治安組織であり、いきなり謀反人とすれば大混乱を招く。また江戸を追われたと言っても源徳家は諸大名に影響力を持つ存在。何より、安祥神皇の伯父である。
 確かに犯人は沖田総司だが、何かの間違いかもしれない。虎長が都に居る事を知れば家康が黙っている筈もなく、彼の対応を見ながら慎重に事を運ぶべきだと虎長が云うので、安祥は家康の事を思って安堵し、居並ぶ公卿達に緘口令を布いた。

 都の問題は山積していた。とりあえず、今まで源徳側の公家によって阻まれていた新田義貞の上州藩国司の任命を決める。今回の上洛は藩主自らが先陣を切り、藩政を後回しにしてきたので、お市の方は虎光や一益、丹羽長秀らと共に一度、尾張藩へ帰る必要が生じた。
 京はかつて京都守護職だった虎長に任される。
 虎長は神皇の許しを得て尾張兵三千の再編成を行った。今までは城攻めが多かったので、侍・足軽・弓兵を中心に編成していたが、そこへ志士などを組み込んだ。
 そして、此度の『延暦寺攻め』を高らかに宣言したのである。

(「いくら京都の尾張兵を任されたからって、お市様が尾張へ帰った途端、比叡山攻めを宣言するなんて‥‥普通なら、現藩主のお市様の顔を立てるよね」)
 そんな虎長を、近くで冷めた目で見つめるファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)。彼女は尾張平織家に仕える武将のうち、お市の方の親衛隊『母衣衆』の一人だ。
 お市の方と一緒に上洛戦を戦ってきたミネアは、お市の方が心から安祥神皇による畿内の平穏を願っていた事を肌で実感している。
 しかし、此度の虎長の宣言は、お市の方のその想いを踏みにじるようなものだ。
(「藩主はお市様のままだから、実権を握りたいとか、そういう野望はないみたいだけど‥‥そもそも、蘇った理由や方法が不透明すぎるんだよね」)
 暗殺された虎長の遺体は、比叡山の高僧でも蘇らせる事が出来ない程、破壊されていたという。だが、虎長の妻、濃姫が尾張藩は那古野城下へ誘致した『尾張ジーザス会』の奇跡によって蘇り、今に至っている。
 比叡山の高僧が出来なかった事を、果たしてジーザス会の宣教師が可能なのだろうか?
 そしてもう一つ、ミネアには気掛かりな事があった。虎長の監視を続ける月華(つきか)の存在だ。
 月華は妖怪『化け兎』の上位に当たる『妖兎』の中でも、尾張の知多半島のみに生息する『月兎族』と呼ばれる三姉妹の長女だ。外見こそ十二、三歳くらいの少女だが、その実力は江戸を震撼させた大妖『九尾の狐』に匹敵する。
 その彼女が蘇った虎長と、付かず離れずの距離を維持し、警戒している節があるのだ。
 ミネアは先日、月華にそのものズバリ、虎長の事を聞いた。しかし、その口から多くが語られる事はなく、また、ミネアの身の振り方から月華は協力を拒んだ。
(「月華ちゃんが協力してくれれば百人力だったけど、しょうがない。少なくても、尾張藩にとって不安定要素には変わりないし、今回の事だって尾張平織家を脅かすには十分だよ。“叡山攻めのどさくさ”に虎長に死んでもらおう。“戦のどさくさ”には何が起こるか分からないもんね。それに虎長がいなくなれば、後はお市様が延暦寺と上手くやってくれるはずだよ」)
 ミネアは碧い瞳を爛々と狂気に輝かせながら虎長を見据えていた‥‥。


 斯くして、ミネアは延暦寺攻めの混乱に乗じ、虎長の暗殺へと踏み切った。

●今回の参加者

 ea3094 夜十字 信人(29歳・♂・神聖騎士・人間・ジャパン)
 ea4295 アラン・ハリファックス(40歳・♂・侍・人間・神聖ローマ帝国)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 eb1276 楼 焔(25歳・♂・武道家・ドワーフ・華仙教大国)

●サポート参加者

黒崎 流(eb0833

●リプレイ本文

●噛み合わない歯車
(「私とした事が、しくじりましたねぇ‥‥」)
 レンジャーのクリス・ウェルロッド(ea5708)は内心、焦っていた。
 キザでニヒルに彼はもちろん、そんな内心を麗しい顔へおくびも出さないが。
 クリスは今、柴田勝家隊に参加していた。柴田隊は先陣を切るだけあって、尾張藩縁の兵の中でも精鋭を集めており、平織虎長も貴重なヒューマンスレイヤーを多く行き渡らせている。
 クリスの隣の足軽も、三間半の槍の柄にヒューマンスレイヤーを付けている。
(「これを酒呑童子氏への手土産としたいところですが‥‥」)
 クリスの腕前を持ってすれば、足軽の一人を物陰等に誘い出して暗殺する事は容易い。その後、三間半の槍ごとヒューマンスレイヤーをかすめ取ればいい。
 しかし、彼は二つ程失念していた事があった。
 一つは、柴田隊も京の中にいる事。もう一つは、ヒューマンスレイヤーを奪ったとしても、レミエラを外すのには一日掛かる。
 つまり、三間半の槍を持ったまま出陣前に京を抜けては、いくら冒険者とはいえかなり怪しまれるだろう。
(「ミネアとマリス嬢と一緒に鉄の御所へ赴き、ヒューマンスレイヤーを手土産とすれば、ミネアと酒呑童子氏との交渉も有利に運べると思ったのですが。仕方ありませんね」)
 クリスは鉄の御所があると思われる、比叡山の方へ蒼い瞳を馳せた。
(「ミネア、本っ当に君は‥‥いや、今更だ。もう何も言わないよ。君は人では飼い慣らせられないよ。お市の方でも手に余らせるだろうね。いっその事、鉄の御所に仕官したらどう? ‥‥はぁ、まったく。そんな素敵な妹を持って、兄は幸せ者だよ。ま、今出来る事をやろう」)


「え!? 酒呑さんいないの!?」
「はい、そう言ってますのじゃ」
 その頃、ファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)は、シフールのバード、マリス・エストレリータ(ea7246)を伴って鉄の御所に来ていた。
 ミネアは以前、鉄の御所を訪れ、酒呑童子に虎長の暗殺を持ち掛けていた。
 今の鉄の御所の門番の鬼はその時も門番をしており、幸い、ミネアの事を覚えていて、マリスのテレパシーを介してそう応えた。
「しまった〜。ミネアとした事がうっかりしてたよ。酒呑さんって自分から先陣を切って、最前線で戦うタイプだもんね。もう鉄の御所にはいなくて、最前線へ向かってるって事!?」
「そういう事だそうですのじゃ」
「平織軍の本陣の大まかな場所と、ミネアから見た陣が手薄そうな進軍ルートを教えれば、酒呑さんもも1回平織軍をかき乱してくれるだろうし、それに合わせて虎長を暗殺するするつもりだったんだけどな〜」
「私も酒呑様に、現在の京の情勢‥‥鬼が都に入るのを、皆様かなり怖がってしまっており、ものすごく抵抗が強いかもしれないので、色々気をつけて下さいと伝えたかったのですじゃ」
 酒呑童子が本陣へ確実に来るかどうか分からない。ミネアからすれば、酒呑童子が平織陣営を掻き回し、本陣へ雪崩れ込んだ隙に虎長を暗殺するつもりでいたが、どうやら行き違いになってしまった。
 もっとも、ミネアも正確な本陣の場所と決戦当日の陣形までは教えてもらっていなかった。
 マリスがちょこんと、ミネアのふわふわと綿毛のような赤紫の毛の上に乗ると、ミネアは愛馬シフォンを駆り、急いで京へと戻ったのだった。


「あぁ‥‥参った‥‥本当に参った‥‥」
 ドワーフの武道家、楼焔(eb1276)は、木片に書かれた似顔絵を頼りに、月兎族三姉妹の長女、月華(つきか)を探していた。
 彼女と面識があるのはミネアとファイターのアラン・ハリファックス(ea4295)だけだ。絵心のないミネアが書いたので、とても似てるとは思えないが、今の手掛かりはこれしかない。
「背格好といい、フード付きの外套といい、あの娘か?」
 しかし、天は焔を見放してはいなかった。京の街並みが一望できる郊外の小高い丘の上に、フード付きの外套を羽織った小柄な人影を見付けた。
 似顔絵は似ていなかったが、特徴を捉えるには十分だったようだ。それにミネアから「月華ちゃんは虎長を見張ってるから、眺めのいい場所にいるはずだよ」と事前にめぼしい場所を聞いていたのも功を奏した。
「月兎族の月華様‥‥ですよね?」
『そうじゃ、儂が月華だが、お主は?』
「初めまして、俺、楼焔って言います。月華様のお知り合いの、ミネアの知り合いです」
『ほぉ、あの小娘ののぉ。して、小娘の知り合いが儂に何のようじゃ?』
 呆然と都を見下ろしていた月華は、突然声を掛けてきた焔を訝しげに見つめる。驚かないところを見ると、既に焔の気配には気付いていたのかもしれない。
 彼がミネアの名前を出すと、月華はころころと笑う。「自分も小娘だろう」という思いを、焔は息と一緒に飲み込んだ。
 月華は外見こそ十二、三歳の、それこそミネアより年下の女の子の容貌をしているが、その正体は大妖“九尾の狐”にも匹敵する実力の持ち主だといわれている。
「天下の月華様なら、何かいい知恵ありません? 俺、下僕でも何でもなりますんで‥‥死にたくないし」
 事もあろうに、焔は月華にミネアが計画している虎長暗殺の全貌を洗いざらい話した上で、知恵を借りたいと持ち掛けた。
『生憎、下僕は間に合っておる。そうじゃな‥‥今、お主達が虎長を暗殺しようとすれば、犬死には確実じゃろうて。“触らぬ神に祟りなし”と言うからの。火傷したくなければ、奴(きゃつ)の暗殺は諦める事じゃ』
「じゃ、じゃぁ、こうして常に見張っている月華様が手を下すのは如何でしょう!? 月華様はあの九尾の狐にも勝るとも劣らないお力の持ち主だと伺っています。という事は、酒呑童子ともタイマンを張れるという事です。そのお力を俺達に貸し‥‥」
『断る。“今の虎長”を殺めれば、お市の方を悲しませる事になるからな。それに儂は人同士の争いに手を貸すつもりはない。時が来れば儂自ら動く事もあろう』
 月華を上手く持ち上げて、虎長とぶつけようとしたが、それもきっぱり断られてしまう。
 月華はこの比叡山焼き討ちでも、動くつもりはないようだ。
 これ以上持ち上げても無駄だと悟った焔は、ぺこりと頭を下げてこの場を去り、ミネアとの待ち合わせ場所へ向かった。


 一度はミネアの虎長暗殺計画に乗ったものの、虎長が暴いた延暦寺の本性を知り、その延暦寺が京へ攻めてきていると聞いたアランは、本当に虎長を暗殺していいのか、この計画に疑念を抱くようになってしまった。
「‥‥髪の毛一本分の迷いでもあったら、アランさん、あなたが殺されますよ?」
 神聖騎士の夜十字信人(ea3094)が、愛刀の斬魔刀を手入れしながら、至って冷静に言い放つ。
 黒曜石のように吸い込まれそうな黒い瞳からは、何を考えているのか窺い知れない。だが、その口振りから、彼はこの暗殺計画に髪の毛一本分程の疑念も抱いていない事だけは分かった。
「‥‥そうだな。延暦寺の目的は、虎長の首1ツ。ならば虎長が死ねば延暦寺は戦う理由を失い、これ以上、平織軍と京で戦う必要もなくなるのではないか? 幸い、神皇が和平に動いていると聞いた。虎長を討っても、平織兵の混乱潰走が拡大する前に和平も成るだろう‥‥俺は打倒する。尾張の兵三千の潰走を以て、俺は虎長を打倒する! これが俺の『答え』だ」
 アランは愛刀「桜華」の刀身に映る自分自身に言い聞かせるように、そう言い放った。
 そこへミネアとマリス、焔が集まってくる。
 クリスが不在の中、遂に虎長暗殺計画が実行に移されようとしていた――。


●虎長暗殺を阻むモノ達
「え!? ミネア、虎長様の直衛じゃないの!?」
「当たり前だ。そなた程の実力の持ち主は、虎長様の直衛より前線で戦ってもらいたい」
「でもでも、酒呑童子が柴田隊を突破してくる可能性もあるし、虎長様にはミネアのような強い直衛が必要じゃないかな? かな?」
「直衛は尾張縁の者が務める。酒呑童子に突破されないよう、そなたも前線で剣を振るってくれ」
 決戦当日。またもミネアの目論見は崩れさる。
 出来るだけ虎長の近くにいたかったのだが、なまじ強く、功績を挙げている為、丹羽長秀よりミネアに言い渡された配置は、前線の明智光秀隊だった。
 配置換えをと食い下がるも、正論で阻まれる。一度虎長を暗殺された平織家は暗殺を警戒して尾張武将と言えど譜代でない者は側に置かない。では虎長の警護に集まった冒険者と本陣前を守るかと長秀は水を向けたが、虎長を本気で守る気の冒険者は思ったより人数が多く、彼らと一緒に居ては己の身が危うい。
(「前線で酒呑さんをこっそり誘導するしかないかな」)


 決戦の火蓋は切って落とされた。
 京の郊外で柴田隊と延暦寺勢千が相見えた。士気の高い延暦寺勢に、ヒューマンスレイヤーを持つ柴田隊も圧され、防戦一方になっていた。勝家の存在で辛うじて陣形は保っているものの、士気はがた落ち、このままでは敗走の色が濃い。
「(そろそろ頃合いですかね‥‥)だ、大丈夫ですか!?」
 ライトロングボウで後方から援護射撃をしていたクリスの矢が、三間半の槍を持つ平織兵の一人を射抜いてしまう。
 誤射は乱戦では良くある事だが、卓越した腕前を持つクリスに限ってそのような事はまずない。もちろん故意だが、周りの者はそれどころではなく、誰も気にしていなかった。
「今、手当てしますから、ひとまず戦線を離れましょう」
 クリスは尾張兵の一人を引きずって戦線から離れる。そして草むらに連れ込むとそのまま屠り、ヒューマンスレイヤーの付いた三間半の槍を手にした。
「後はミネアと合流して、これを酒呑氏へ渡せば、酒呑氏も冒険者の猛攻に対し、有利に戦えるはずです」


(「酒呑童子はまだですか‥‥」)
 顔を黒子頭巾で隠し、ミネアから指定された林道に身を潜め、平織軍の伝令を見付け次第、片っ端から殺めてゆく信人。
 途中で戦線を抜け出したアランも加わる。彼は越後屋手拭いで鼻から下を覆い、更にウイングドラゴンヘルムを被り、鬼面を付け、徹底的に顔を隠していた。
 アランはお市の方に協力して上洛戦に参加しており、平織軍にも面が割れていたからだ。
 アランが殺めた伝令の中には、彼の元で共に戦った尾張兵もいた。名前も知っているし、酒も酌み交わしている。その酒の席で、上洛戦が終わったら尾張へ帰り、褒美で式を挙げたいと話していた。
(「ジャパンの平和の為だ‥‥すまん」)
 平織軍の展開が上手く機能しなかったのも、信人やアランが伝令を倒し、指令の伝達が著しく遅れたのも原因の一つだった。


(「来た来た来た来た酒呑童子さん〜♪ そのまま真っ直ぐこっちだよ〜♪」)
 酒呑童子率いる人喰い鬼達が本陣へ迫る勢いでやってくる。
 平織軍の武将でこの瞬間を待ち望んでいたのは、ミネアくらいだろう。いつも笑みを絶やさないが、酒呑童子の姿を見付けると、にこにこが増す。
「マリスちゃん、今だよ」
「お任せですのじゃ」
 ミネアの言葉を合図に、彼女の荷物の中に紛れているマリスが専門ランクのシャドゥフィールドを高速詠唱で、本陣の部隊へ次々と展開してゆく。
 本陣の周囲一帯がシャドゥフィールドに包まれ、更に人喰い鬼達が攻めてくるのだから、大混乱が生じる。
『焔様、アラン様、信人様、今ですじゃ』
「月華に見放された以上、どう転んでももう戻れねぇしなぁ‥‥正攻法でやる気なんてさらさらねぇんだヨ!」
 ソルフの実をかじると、マリスは次いで焔達にテレパシーで合図を送る。
 隠れていた焔はシャドゥフィールドの中へ入ると、手当たり次第愛刀「炎舞」で斬り付けてゆく。この混乱では、同士打ちが発生しても仕方ないだろう。
 混乱を助長させ、酒呑童子に本陣までの最短行程を確保するのが彼の務めだ。
「きゃぁ!? 『平織虎長』はこの近くにはいないですじゃ。本陣にいるのは偽物ですじゃ」
「じゃぁ、本陣にいるのは虎長の影武者!?」
 マリスは『平織虎長』を指定してムーンアローを放つと、光の矢は彼女自身に当たった。
 舌打ちするミネア。
「大丈夫です。先程、蘭丸を見付けました。蘭丸と一緒にいる虎長が本物でしょう」
 直衛の筆頭となるであろう、小姓の森蘭丸さえ見付けられれば、その傍らにいる虎長が本物だと、信人はあたりを付けていた。
 ところが、もう少しで本陣というところで、酒呑童子は鵺に乗って何処かへ飛んでいってしまった。
(「な、なんで〜!? 後もうちょっとだったのにぃ!」)
 悔しそうに地団駄を踏むミネア。
 しかし、酒呑童子がこじ開けた綻びを衝くのは今しかない。
 アランは隠身の勾玉を使用して気配を消すと、死角からマジッククリスタル【ブラウン】を使用し、グラビティーキャノンを虎長へ向かって放つ。
 転んだ虎長へ向けてマリスがシャドゥフィールドを唱え、ミネアが闇の中へ飛び込む。
「虎長様!? 虎長様!? 虎長様!?」
 わざとらしく叫び声を挙げながら、ミネアがシャドゥフィールドから出てくると‥‥彼女は首のない虎長の遺体を引きずっていた。
 虎長が殺された――その報は瞬く間に本陣を駆け抜け、激震が走る。


「ミネア様、やったのですじゃ。後は信人様達が逃げるだけで‥‥あぅ!?」
「そういう事でしたか」
 アランが逃げるまでシャドゥフィールドを維持し続けるマリス。
 しかし、シャドゥフィールドの隙間に隠れて移動していた彼女は身体が突然重くなり、地に落ちてしまう。
 みれば足下から徐々に、白い肌が灰色く色を濁し始めているではないか!
 マリスの前に現れたのは、蘭丸だった。蘭丸がストーンを唱えたのだ。
「か、身体が石になる前に‥‥早く‥‥ミネア様達に‥‥知らせ‥‥ない‥‥と‥‥」
 マリスは悲痛な表情を浮かべ、テレパシーを唱える仕草のまま石像と化し、草むらに転がった。
 蘭丸がマリスの石像を砕こうと刀を振るうと、その横から斬魔刀が振り下ろされる。
 間一髪、信人が駆け付けた。
 信人の、示現流の一の太刀をかわしたところを見ると、技量は高いようだ。
 案の定、刃を幾度か交えるも、蘭丸の足下に転がるマリスに近付く事が出来ない。
 その時、蘭丸の足下に一筋の矢が突き刺さり、後方へ飛び退くと、今度はそこへファイヤーボムが降り注ぐ。
 クリスの援護と、アランのマジッククリスタル【レッド】だ。
 信人はその隙にマリスの石像を掴み取ると、再びクリスの援護を受けてアランと共に撤退していった。


 同時に冒険者に食い止められた人喰い鬼達も退き始めた。


 後日、分かった事だが、ミネアが仕留めた虎長も影武者で、本物の虎長は安祥神皇と慈円と共に上賀茂神社で講和交渉に当たっていた。神皇の動きはマリスが見ていた筈だが、戦場を東奔西走し、仲間達の伝達にも務めた彼女を責めるのは筋違いだろう。
 ミネア達がその事を知ったのは、マリスを寺で生身に戻してもらっている最中だった。