「夜が恐い」

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜3lv

難易度:やや易

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月20日〜07月25日

リプレイ公開日:2004年07月28日

●オープニング

 キャメロットの郊外にある孤児院。
 周囲を自然で囲またここで、子供達はのびのびと育っていた。

 夜も深まったというのに、孤児院の一室には明かりが明々と灯っていた。
「‥‥この薬草は食べられるんだ。確か、奥の森に生えていたよね」
 この部屋に住む女の子エインデベルは、ロウソクの明かりで薬草の見分け方が書かれた紙束を熱心に読んでいた。
 エインデベルの右手には、ルビーの指輪が嵌められていた。
 もちろん本物ではなく、市場で比較的簡単に手に入るイミテーションだ。
 しかし、この指輪は母親の形見であり、彼女にとっては今は亡き母親との思い出の詰まった大切な宝物だった。
 この指輪は先日、ゴブリン達によって奪われてしまった。
 だが、冒険者達の活躍によって取り戻され、こうして今はエインデベルの手にきちんと嵌められていた。
 エインデベルが薬草の見分け方が書かれた紙束を読み始めたのも、冒険者の依頼が終わってからだった。
 冒険者は依頼の後、孤児院を慰問し、様々な事を子供達に教えた。
 その一つが薬草と毒草の見分け方だった。
 中にはジャグリングや楽器の演奏、歌に興味を持ち、勉強そっちのけで昼間練習している子供達も現れていた。
 エインデベルは、自分には薬草の採取が性に合っている、と思っていた。
「‥‥明日、採りに行こうかな‥‥あ、スコップは冒険者さんにあげちゃったんだよね‥‥」
 ゴブリンに襲われた際、指輪の他に食料やスコップなどの日用品も取られてしまい、それは冒険者に報酬として渡していた。
 後で孤児院の先生にキャメロットまで連れて行ってもらおうと思い、今日はここまでにしようとロウソクの明かりを消そうとすると――。

『‥‥しくしく‥‥パパ‥‥ママ‥‥しくしく‥‥』

 微かにすすり泣く声が聞こえてきた。
 どこから聞こえてくるか、エインデベルには分かっていた。
 一週間ほど前にこの孤児院に引き取られた、隣の部屋の男の子だった。

 孤児院に引き取られる理由は様々だ。
 エインデベルは流行病で唯一の肉親だった母親を亡くし、身寄りがない為、この孤児院に引き取られた。
 エインデベルはまだ良い方だった。親の死に目に会えたのだから‥‥。
 隣の部屋の男の子は、家族をモンスターによって惨殺され、唯一生き残ったのだった。
 モンスターが跳梁跋扈している昨今、その事件自体は特段、珍しい事ではない。
 しかし、目の前で両親が殺されてゆく様を見続ける事は、まだ年端も行かない男の子にとって心の拷問に等しかった。

「‥‥眠れないの? 寝ないと身体、壊しちゃうよ?」
「‥‥しくしく‥‥夜が恐い‥‥暗くて‥‥静かで‥‥パパもママもいなくて‥‥しくしく‥‥」
 エインデベルはまだ消していなかったロウソクの燭台を持つと、男の子の部屋を訪ねた。
 男の子はロウソクの明かりを頼りに、ベッドの上で膝を抱えて座っていた。
 孤児院に引き取られて一週間、夜はずっとこの調子だった。
 昼間もエインデベルや孤児院の先生が寄り添ってやっと眠れるが、睡眠はかなり浅く、ちょっとした物音でも目が覚めてしまい、男の子は慢性の不眠症だった。
 このままでは身体を壊すどころではない、と思ったエインデベルは、男の子に勇気をあげる事にした。

 数日後、キャメロットの冒険者ギルドに、たどたどしい英語で綴られた一枚の依頼書が貼られた。

『ぼうけんしゃさんへ
 わるいもんすたーにパパとママをころされたおとこのこが、よるをこわがっています。
 よるになるともんすたーがやってきて、じぶんをころすとおもっているみたいです。
 このままではおとこのこはからだをこわしてしまいます。
 いろいろなぼうけんをしているぼうけんしゃさんたちに、おとこのこをはげましいほしいのです。
 ぼうけんのはなしをきかせて、ぼうけんにでるゆうきをすこしでもいいのでわけてあげてください。
 よろしくおねがいします。』

●今回の参加者

 ea0324 ティアイエル・エルトファーム(20歳・♀・ゴーレムニスト・エルフ・ノルマン王国)
 ea0364 セリア・アストライア(25歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea0643 一文字 羅猛(29歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea1321 シーモア・レッドハート(20歳・♀・バード・エルフ・ロシア王国)
 ea1390 リース・マナトゥース(28歳・♀・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea2856 ジョーイ・ジョルディーノ(34歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 ea2890 イフェリア・アイランズ(22歳・♀・陰陽師・シフール・イギリス王国)
 ea3991 閃我 絶狼(33歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4180 ギャブレット・シャローン(40歳・♂・ナイト・パラ・ビザンチン帝国)
 ea4965 李 彩鳳(28歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)

●リプレイ本文


●冒険者がやってくる!
 その日は朝から、孤児院中に日用大工の音が響いていた。
「垂れ幕は‥‥そうそう、そんな感じですわね。飾り付けの布はもう少し張った方がいいですわ。シーモア様、イスをもう少し多めに持ってきて下さるかしら? エインデベル様とザック様は、コップを人数分用意して下さいな」
 プラチナブロンドを揺らしながら大工仕事をする騎士の傍らで、李彩鳳(ea4965)が孤児院の子供達に指示を出していた。孤児院の食堂は、垂れ幕に書かれた【冒険者がやってくる!】会場として準備が進められていた。
 力仕事はシーモア・レッドハート(ea1321)達冒険者に任されたが、主な準備はエインデベルと夜を恐がる不眠症の少年ザック達孤児院の子供に任せていた。
「よい子は真似してはいけませんよ?」
 中にはサボったり言う事を聞かない子供もいたが、にこやかに微笑みながらアイアンクローやバックブリーカー(共に手加減済み)をプレゼントする彩鳳を見れば、皆、文句は言わなくなった。
「ザック、イスを運ぶのを手伝ってもらえませんか?」
「‥‥あ、はい‥‥シーモアさん、ティアイエルさん‥‥」
「ティオって呼んでくれると嬉しいな♪」
 シーモアとティアイエル・エルトファーム(ea0324)が声を掛けると、ザックは一瞬ビク付いた後、出方を伺うように返事をし、イスを運び始めた。
「やはり、数時間程度ではみんなに打ち解けるのは難しいでしょうか」
「そんな事はないと思うよ‥‥ただ、孤児院の中には男の子と同じような境遇の子がいる訳だから、自分は一人じゃないんだって気付かないとね」
 ザックはエインデベルだけでなく、シーモアとティアイエルも気に掛けて、できるだけ他の子供と一緒に手伝うようにさせていたが、不眠症故の体力不足と心の傷が相まって長い間一緒に行動する事ができず、孤立しがちだった。
「俺には、彼の苦しみや恐怖を理解してやる事はできん。が、それを乗り越える手助けくらいはしてやりたい」
「夜が怖い、か‥‥この前は犬を生き返らせる為に毎夜、家を抜け出す子供達を説得する、っていう逆の依頼だったな‥‥つい、熱血教師のような口ぶりで、夜に出歩くのを止めるよう説得したが、今回は今回で大変だな」
 長テーブルを運ぶ閃我絶狼(ea3991)とジョーイ・ジョルディーノ(ea2856)は、休み休みイスを運ぶザックの姿を見ながら、どうやって勇気付けようか思案していた。
「‥‥心の痛みは目では見えません。その痛さも傷の深さも分からないですから‥‥」
「せやからザックに勇気をを与えるっちゅうのは、ごっつ難しいんや。うちの冒険譚なんて、あんまりないしなあ‥‥」
 果実を搾ったジュースを運んでいたリース・マナトゥース(ea1390)が、碧色の瞳を細めながらザックの後ろ姿を見つめた。その横ではお菓子の入った包みを運んでいたイフェリア・アイランズ(ea2890)が、自分の冒険譚を振り返って溜息を付いた。
 リースもザックと同じ境遇だった。ただ、生まれて間もない頃の事なので、モンスターに両親を殺された時の事ははっきりとは覚えていないが、その時の恐怖を身体が本能的に覚えてしまっていた。
「‥‥そうだな。私が幼い頃によく聞いた昔話をしよう」
「ジャパンの昔話ですか‥‥わたしも聞いてみたいですね。どういう雰囲気の物語か教えて下されば、サポートしますよ」
 一人で軽々と長テーブルを運ぶ一文字羅猛(ea0643)に、シーモアが愛用の竪琴を見せた。
「シーモアはバードやろ? 何か話はないんか?」
「わたしの故郷の事や今まで渡ってきた国々の事、そこで出会った友人達の事、そして彼らの故国の伝承‥‥等を話してみたいですが‥‥人前で話すのは少し苦手なのです」
「あらら、バードには致命的やね」
 興味津々に訊ねたイフェリアは、シーモアの答えに残念がった。

●それぞれの冒険譚
 会場の準備が整うと院長と先生達、子供達は席に着き、彩鳳とティアイエル、リースがコップにジュースを注いで回り、シーモアとイフェリアがお菓子を配った。

 最初は彩鳳のオカリナとシーモアの竪琴、ティアイエルの横笛による合奏が行われ、子供達の緊張を解きほぐした。

「あたしにとっての冒険は、“生きる事”そのものだよ。だから、一日一日が冒険譚って事になるのかな」
 ティアイエルは101回家出に失敗した事や、102回目で家出に成功し、イギリスに来たのはいいけれど今度は帰れなくなった事、そして一人で海を越えてきた事などを、微笑みと苦笑を交互に浮かべて話し、子供達の笑いを誘った。

 ジョーイは友達だった犬を生き返らせる為に、大人に叱られても夜の森に行っていた子供達の話を聞かせた。
「やり方にちょっと問題があったとはいえ、あいつらは希望を捨てずにいた。その姿勢は誉めるべきだろうな」
 ジョーイはザックにポジティブさを得て欲しいと訴え掛けた。

「俺が受けた依頼は、とある盗賊団に盗まれた宝石を取り戻す為にその盗賊団のアジトである洞窟に向かうというものでな‥‥洞窟入り口の見張りを、中に居る連中に気付かれないように倒す為に、仲間の少年騎士が自ら囮役を買って出てくれたりした。お陰で中に居た盗賊どもに奇襲が掛けられ、依頼は無事成功。全て囮になった彼のお陰だ。俺は凄い勇気だと思う」
 絶狼の冒険譚は特に男の子が熱中して耳を傾けた。

(「両親を目の前で、か。おそらくは一生ものの心の傷を負った事だろう」)
 羅猛は一番の前の席に座るザックの目の前に歩み寄り、その巨体を思いっきり屈めて目線を合わせた。
「昔々。とても平和な村がありました。けれども、悪いモンスターがやってきて、その村は大変な目に遭ってしまいました。ある家族は、自分達の赤ちゃんを助ける為、赤ちゃんを桶に入れて川へ流しまし、優しいお爺さんとお婆さんに拾われ、大切に育てられました。そして、その男の子が大きくなった頃です。また一つの村が悪いモンスターに襲われました。男の子は怖がりでいつも泣いていましたが、決心をします。『僕がお爺さんとお婆さんを守らなくちゃ』と。そして男の子の強くなる為の冒険が始まりました。旅先で色んな人に会って、色んな事を教わり、一緒にモンスター退治をしてくれる友達もできました。そして男の子と友達はモンスターの所へ赴き、培った知恵と力、そして勇気でモンスターを退治しました……おしまい」
 羅猛は話し終えた後、一呼吸置いてザックの目を見据えた。
「君はこの昔話の男の子のように、大切な人を守りたいと思うか?」
「‥‥うん‥‥」
 ザックは一度、目線を外して逡巡した後、恐る恐る自分から羅猛と視線を合わせて小さく答えた。
「それが勇気だ。それを忘れなければ、怖い事にも負けない」
 羅猛は大きな掌でザックの頭を撫でた。
(「そういう事でしたか‥‥」)
 間近で竪琴を爪弾いていたシーモアは、ザックが照れたのに気付いた。
 それは父親に頭を撫でられている時の、子供の嬉しそうな仕種だったのだ。

 冒険譚が終わった後、イフェリアとリースはザックを呼んた。
「今日はどやった? しんどかったけど、楽しかったやろ? あんたの辛さも分かるけど、みんなもいろいろ経験しとんのが分かったんちゃうかな?」
「時々、私もすごく不安で恐くなる時がある。でも、自分は一人じゃない家族がいてくれる、そう思ったら恐くても耐えられるの。だから、私はそんな家族を守れるように強くなりたいと、思うようになったわ」
 イフェリアが切り出した後、リースは自分も同じ経験をしてきた事を話した。
「今日いろんな話を聞いて、感じた事を忘れないでね。そうすれば、きっと強くなれるから」
「それに、みんなで助け合って行けば、辛い事も乗り越えられるんや! みんながおるんや、何も怖い事はあらへんで!」
 ザックの気持ちを痛いほど理解しているリースは、家族ともいうべき孤児院のみんなと仲良くし、そして強く生きる勇気を持って欲しいと優しく語った。
 その思いはイフェリアも一緒だったようだ。

 その日の夕食の時、ザックは初めて自分からエインデベルや隣に座る男の子に話し掛けた――。

●もう一つ大切なもの
 ザックにとって、夜は恐いものではなくなった。
 しかし、気持ちの上で勇気を奮い立たせても、身体が言う事を利かなかった。リースのように本能が夜の闇を恐れ、足が笑っていたのだ。
「よろしいでしょうか?」
 するとノックと共にエインデベルと違う少女の声が聞こえ、扉が開かれた。
 ローブ姿のセリア・アストライア(ea0364)が部屋に入ってくると、ベッドの上で膝を抱えるザックの横に腰掛けた。
 院長の許可は取ってあるし、神聖騎士という立場から信頼されていた。
「(震えを必死に抑えようとしていたのですね‥‥)‥‥十年も昔、私はね、遠く離れた所に行ってしまう兄と一つの約束したの。私達は自らの栄誉の為に燦然と輝く太陽の剣じゃなく、人々を夜闇より護る月の盾になろうって」
 セリアはザックの足を擦りながら話し始めた。
 それは家を継ぐセリアと騎士になる義兄と別れる時に交わした、再会の約束ではなく子供じみた正義の誓いだった。
 セリアは盗賊団退治の依頼を受け、仲間達と一緒に行き‥‥そして首領と一騎打ちになった。だが首領は強く、諦めかけたセリアを支えたのは、忘れた事の無いあの約束だった。
「首領を倒せたのは、私には義兄が力を貸してくれた奇跡なのだと思えたわ‥‥ねぇ、あなたはどんな職業に就きたいの?」
「‥‥冒険者‥‥困っている人を助けたい‥‥」
 不意にセリアに聞かれたザックは反射的に答えていた。漠然とした答えだが嘘ではない。
「その約束を忘れず、実現に向かって歩き続ける限り、きっとご両親も見守り、力を貸してくれるわ‥‥例え命は失われても、貴方は一人ではないから」
「(うわ!?)‥‥うん‥‥ママ‥‥」
 セリアは聖母の如き微笑みを浮かべると、その豊満な胸へザックを抱き締めた。突然の事にザックは目を見開くが、安心したのか、ゆっくりと安らかな眠りに落ちていった。
 ザックが求めていたものは、父親がくれる熱い勇気と、母親がくれる温かい抱擁だった。

●そして‥‥
 後日、ジョーイとティアイエルに孤児院の近くの森へピクニックに誘われ、エインデベル達孤児院の子供と一緒にピクニックへ向かう、ザックの姿があった。
 完全に打ち解けたり、夜を完全に恐がらなくなるには、まだ時間が掛かるだろう。しかし、冒険者達が与えてくれた勇気と優しさは着実にザックの中で芽吹き、彼の足を一歩、また一歩と前へ歩ませるのだった。