悲憤慷慨

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月09日〜06月16日

リプレイ公開日:2008年06月30日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
 上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
 そして悲願の上洛を果たしたお市の方は、安祥神皇と謁見し、『平織家は安祥神皇の剣となり盾となる』事を改めて宣誓すると、尾張兵三千を献上した。


 しかし、上洛したお市の方を待っていたのは、決裁書の山だった。
 上洛を急いだが故、平織家当主であり、同時に尾張藩藩主でもあるお市の方は藩政を半ば後回しにしていたので、そのツケが回ってきたのだ。
 それに尾張ジーザス会の奇跡によって蘇った虎長は、元は京都守護職。京の政(まつりごと)に関しては、不慣れな自分より、兄に任せるのが一番だとお市の方は思い、一度、尾張藩へ帰った。
 その際、上洛戦を共に戦い抜いた片腕の武将、滝川一益やおじの平織虎光もお市の方に同行したが、虎光の片腕である丹羽長秀は京へ残した。
 いくら虎長が元京都守護職とはいえ、尾張藩の政は既にお市の方へ移行している。三千もの兵を指揮するには、長秀や柴田勝家といった、上洛戦を戦い抜いた武将の力も必要だからだ。


 尾張兵三千の再編成を行った虎長は、『比叡山攻め』を高らかに宣言した。
 その神をも恐れぬ宣言に、京に激震が走る。しかし、虎長は見抜いていた。比叡山延暦寺が、慈円が鉄の御所の鬼達と繋がっている事を‥‥。
 そして、冒険者を味方に付けた慈円は、いよいよ京へ向けて牙を剥く。
 安祥神皇の和平の願いも虚しく、その結果は‥‥虎長と慈円の共倒れに終わり、それを虎視眈々と待っていたかのように、大坂から藤豊秀吉が駆け付けて酒呑童子を撤退させ、京へ入ってしまった。
 急転直下、まさに秀吉の漁夫の利で比叡山焼き討ちは幕を閉じる。


(「拙い、拙いわ! 此度の藤豊公の京への援軍、あまりにも間が良すぎる。藤豊公は五条の宮や長州藩と繋がっているし、安祥神皇様が油断したところへ五条の宮を挙兵させるかも知れない! なんとしても京を取り戻さなければ‥‥」)
 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)へその居を移していた。
 秀吉が京へ入ったという報を受けたお市の方は、愛用の武者鎧「白絹包」を纏い、二之丸で剣の鍛錬をしていた。太刀「天国」を振るい、ばったばったと藁の的を斬り倒すその姿には、濃い焦りの色が窺える。
「オ市様、今ハ辛抱ノ時デース」
「フロイス公‥‥」
 そんなお市の方へ声を掛けたのは、ジーザス会の宣教師ルイス・フロイスだった。慈円と共倒れになった虎長の治療に当たっているのがフロイスだ。
「虎長様ノ力ガ今一歩及バナカッタノハ、聖域デアルカテドラルヲ解体シヨウトシタカラデース」
「そ、そうでしたね。虎長お兄様はジーザス会の奇跡で蘇ったのですから、蔑ろにしてはいけませんでしたね」
 尾張ジーザス会のカテドラルは、濃姫が独断で誘致し、彼女が建てたものだ。それ故、今まで司教は不在で、宣教師ソフィア・クライムが代理を務めていたが、この度、宣教師ルイス・フロイスがその任を引き継ぐ事になっていた。
 解体作業が始まる寸前でカテドラルは解体を免れ、存続する事となった。
「お市さん、お疲れさん。鍛錬は適度に休憩を挟まないと、却って身体を壊すぜ」
「クロウ‥‥ありがとう」
 宣教師ルイス・フロイスとの話が終わったのを見計らい、尾張藩の武将の一人、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)が濡れた手拭いを持ってやってきた。宣教師ルイス・フロイスは彼に会釈をしてその場を立ち去った。
 適度に濡れた手拭いが火照った身体に気持ちよく、汗を拭うと焦りも少しずつ収まった。
「で、どうするんだい、これから?」
 クロウが言っているのは、今後の尾張藩の事だ。
「上洛を果たしたと思ったら、比叡山を攻撃し、そうしたら鬼(オーク)が出てきて、ちゃっかり秀吉公が京都に座っちまってる。この1ヶ月だけで、ジャパンの状況はこれだけ急変してるんだ。この迷走を続けるジャパンを安寧に導く為に、尾張はどうあるべきか。お市さんと尾張の武将、そして冒険者と話し合いの場を設けたいと思うんだけど」
「そうね‥‥虎長お兄様から返して戴いた尾張兵三千のうち、千は長秀と京へ留め、二千は尾張へ帰ってきているわ。これに美濃兵と甲賀忍者を加え、武蔵の伊達殿との同盟を結んだ曉には‥‥三河藩を攻めるわ」
「!?」
「比叡山と鉄の御所が繋がっていると分かっても、三河藩は動かなかった‥‥家康公は安祥神皇様の摂政の責すら果たしていない。それに安祥神皇様ももうご自身で判断できるお歳だし、摂政は要らないはずよ。それに、尾張にはもっとも力が要るの。その為に三河を手に入れるわ」
 三河との関係は悪化の一途を辿っている。源徳の態度は平織に友好的とは言い難く、反平織の旗頭と考える者も少なくない。京都での新撰組の働きも、平織に敵対こそしなかったが、含む所は見て取れた。これ以上野放しには出来ないだろう。
「(‥‥拙いな。延暦寺戦の結果が、お市さんへ悪い方向で精神的な負担になってる。話し合いの場も必要だけど、精神的にリラックスしないと‥‥そうだ!)話し合いの場なんだけど、温泉なんてどうかな、温泉! 漏れなく俺が背中を流すサービス付きだぜ!」
「‥‥それ、本気で言ってる?」
「‥‥ごめんなさい、冗談です」
「ふふ、でも温泉は良いわね。卯泉(うみ)用に買った温泉宿があるから、そこで話し合いましょうか」
 幾分、お市の方に笑顔が戻ってくる。
 卯泉は、妖怪『化け兎』の上位に当たる『妖兎』の中でも、尾張の知多半島にのみ生息する『月兎族』と呼ばれる妖怪の三姉妹の次女だ。満月輪と呼ばれる刃の付いた円形状の投擲具を愛用し、温泉好きで、まだお市の方の配下の武将が少なかった頃、専用の温泉を用意する事を条件に、尾張藩の武将へ登庸していた。


 斯くして、クロウの提案で、尾張藩の今後の行く末が温泉宿にて話し合われる事となった。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea2445 鷲尾 天斗(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2562 クロウ・ブラックフェザー(28歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea2699 アリアス・サーレク(31歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6226 ミリート・アーティア(25歳・♀・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb3530 カルル・ゲラー(23歳・♂・神聖騎士・パラ・フランク王国)
 eb5885 ルンルン・フレール(24歳・♀・忍者・ハーフエルフ・イスパニア王国)
 eb9091 ボルカノ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

シャフルナーズ・ザグルール(ea7864)/ ブレイズ・アドミラル(eb9090)/ グレン・アドミラル(eb9112

●リプレイ本文


●女湯
「ふぃ〜‥‥大分暑くなってきたのですよ〜」
 薬売りに扮していた忍者の梅林寺愛(ea0927)は、温泉宿に入ってから変装を解いた。
 那古野城下には尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)がある。彼女は尾張ジーザス会に抱いた僅かな不安と、ほんの少しの好奇心が仇となり、1年近く、尾張ジーザス会のメンバーに組み込まれてしまっていた。
 梅林寺は二の轍を踏むまいと、尾張ジーザス会を警戒し、那古野を通らず蟹江村へ入ったのだ。
(「延暦寺との抗争は、市さまが尾張平織家当主として安祥神皇様へ謝罪し、虎長様に責任を取らせれば筋は通る、か。それで天下の第六天魔王様が、復活した後は岐阜城で謹慎だからね。あはっ♪ 延暦寺も病の床について余命幾ばくもない斉藤義龍を祭り上げ、平織家の内部分裂を起こそうって気はなかったか」)
 宿の部屋では、先に到着したファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)が熱心に書状を読んでいた。美濃の参謀と名高い竹中半兵衛こと重治へ宛てた返事だ。彼女は比叡山攻めと、延暦寺へ蟄居させていた美濃藩藩主斎藤道三の子、斉藤義龍の案件について、併合した美濃兵の士気にも関わってくる問題だけに、重治に意見を求めていた。
「お、愛(まな)とミネアも来たか。お市さん達女性陣には、まずは温泉を楽しんでもらい、その後で一席設けよう」
「異論はないな。藩主としての激務続きに芳しくない京都の情勢、それらを温泉に浸かってしばし忘れ、羽を伸ばして欲しいものだ。俺達は後で構わないから」
 そこへレンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)達も到着すると、荷物を置き、ナイトのアリアス・サーレク(ea2699)と一緒にお市の方こと平織市(ez0210)達女性陣へ温泉を勧めた。
「男の方は覗き見はダメですからね〜‥‥と・く・に! クロウさんもお市さん見たくても見ちゃダメですよ〜?」
 案の定、浪人の槙原愛(ea6158)がその事でからかってくると、クロウは顔を真っ赤にしながら力一杯否定した。

 お市の方とレンジャーのミリート・アーティア(ea6226)、ハーフエルフの忍者ルンルン・フレール(eb5885)とミネア、梅林寺と槙原、そしてお市の方の護衛を渋々引き受けた月兎族三姉妹の次女卯泉は、連れ立って温泉へ向かう。
「はやぁ〜‥‥温泉温泉♪ 極楽極楽ぅ♪ 〜♪」
 露天風呂の湯船に浸かり、至福の笑みを浮かべるミリート。吟遊詩人の性か、自然と口笛か漏れ、旋律を奏でる。
「まだまだ色々大変ですけど、暗い事ばかり考えてちゃ、本当に暗くなっちゃうものです。嫌な事あった後の気分転換は、とってもとっても大事なんですよ」
 お市の方はルンルンに背中を流してもらっている。
「んふふ〜♪ 愛ちゃん、洗いっこしましょ〜♪」
「みゃ! それ以上寄っては駄目なのですよ!」
「あは、逃げると捕まえたくなっちゃうんだよね♪」
「みゃー!? ミネア、オンドリュウラギッタンデスカー!?」
「お!? おお! おお〜!! 愛ちゃん、まだ胸が大きくなってる〜‥‥おねーさんは嬉しいわ〜」
「誰がおねーさんなのですよー!?」
 両手をワキワキさせながら迫る槙原。梅林寺は逃げるも、ミネアに羽交い締めにされ、槙原に全身を隅々まで、隈無く綺麗に洗われてしまう。
「‥‥む〜、市、身長がある分、大きいんだよね。白絹包を着てると分からないから、着痩せするタイプだよね。ルンルンもハーフエルフにしては大きいし‥‥どうしたら、この辺りとかこの辺とか女の子っぽくなれるんだろ? 周り見てると凹む〜‥‥ミネアを見て慰めよ」
 自分の胸元に視線を落とし、項垂れるミリート。何気に酷い事を言っているのは気のせいではないはずだ。


●無礼講
 その頃、侍の鷲尾天斗(ea2445)達男性陣は、一益が中心となり、宴会の準備を進めていた。
 クロウはロイヤル・ヌーヴォーを、ジャイアントの侍ボルカノ・アドミラル(eb9091)はかすていら風味の保存食と桜まんじゅうを、伊勢海老といった尾張の伊勢湾で採れた海の幸の舟盛りの側へ並べる。
 女性陣が温泉から帰ってくると、ルンルンも準備に加わり、季節の花で席を飾る。師匠の滝川一益の席が特に綺麗に飾ってあるのはご愛敬。
 最後に揚げたての海老の天麩羅を、一益がおにぎりの具にして握ったてんむすが手羽先の横に置かれると、宴会の準備は整った。
「今宵は大いに食べて大いに呑んで、日頃の冒険の疲れを癒して欲しい‥‥乾杯!」
「「「「「「「「「「「乾杯!!」」」」」」」」」」」」」
 クロウがどぶろくの注がれた杯を掲げて乾杯の音頭を取る。ミネアやミリート、パラの神聖騎士カルル・ゲラー(eb3530)は甘酒で乾杯に加わった。
 ちなみに、舟盛りは四人で一艘だが、カルルだけは一人で一艘、つまり四人分だ。それでも天使の笑顔を浮かべたまま、綺麗に、且つ瞬く間に舟盛りが消えてゆく。
「また、次を頑張りましょう。私も頑張っちゃいますから‥‥楽しめる時は楽しめないと、人生損です!」
 ルンルンがお市の方にロイヤル・ヌーヴォーをお酌する。
 ミリートの奏でる、ゆっくりした曲調の横笛の音を肴に、彼女はロイヤル・ヌーヴォーを味わった。
「贈り物、って程でもないけど、ハーブティー飲んでみる? 私の故郷でよく飲まれてるものなんだ」
「市おね〜さんにとっときの贈り物〜♪ キーラの美味しい保存食をプレゼント♪」
「ミリート、カルル、ありがとう。大切に戴くわ」
「その心は、お弁当を国になぞらえると、いろんなトコにいろんなイイモノがあって、それぞれがイイ味をもってるの。それが調和することでスッゴク美味しい1つのお弁当になるんだよ。だから、謀略や戦争の前に腹を割ってとことん話し合うべきだと思うんだ」
 カルルのこの一言を皮切りに、酒宴の話題は尾張藩の今後の動向へ移った。
「神皇へ謝罪する際、秀吉サンの批判に対して、『延暦寺攻めは神皇家の勅を得た行動。それを批判するとは神皇様の決定を批判するつもりか?』ってな感じで対応するのはどうかな?」
「おばぁちゃんが云っていた。人の上に立つ人は人の見本にならないとダメなんだって! 秀吉さん抜きで神皇さまに謁見する機会を拵えて、そこでゴメンなさいすればいいと思うんだ」
「謝罪自体はけじめの意味でも必要でしょうけど、尾張平織家は尾張平織家の信条で謝罪すべきですね〜」
 クロウもカルルも槙原も、謝罪は必要だが、藤豊秀吉の意に従って行う必要はないという意見で一致していた。
 お市の方もそのつもりだ。
「後、平織も独自に京の復興を支援すべきだな」
「そうですね〜、民から恨まれてしまっては意味がないですし〜」
「なら、仮設村の支援をお願いできないか?」
 クロウと槙原が、京都での評判を取り戻す為に復興作業を率先して行うよう告げると、アリアスが仮設村の事を切り出した。
「何時までも俺が責任者なのも拙い。叡山の門徒で扱いづらい民だが、救う為に奮闘した冒険者達の為にも大切に扱って欲しいのだが」
「比叡山攻めの難民は、たとえ延暦寺の門徒であっても平織に救う義務があるわ。そうね、近いうちに浅井と図ってみるわ」
 仮設村は大和にあるので、近い近江藩から資金を提供させる腹積もりのようだ。
「無用の乱を起こした張本人には言われたくは無いが、家康公は俺達新撰組と京都を護る冒険者で十分と判断されたんだろ。それに兵を出してとして、スンナリ尾張領を通してくれたとでも? 武田の例があり、反源徳の尾張領を」
「安祥神皇様の、京の危機に、平織も源徳もないでしょう?」
「なるほどね。桶狭間の時よりは狭量ではない、と。だが、兵を出してその結果、奥州の山犬に三河を盗られたら誰がその責任を取る? 基盤の無い摂政の言う事なぞ、貴殿らが聞くとは到底思えないが」
「伊達殿も、三河を落とせるだけの兵力は即座に動員できないでしょう。私が分かっているのだから、源徳殿もその事は分かっているはず」
(「三河‥‥虎長おじちゃんが蘇っても動きが無い。比叡山の件でも。ミネアが変だなって思うのは、そっちじゃないんだよね。それよりもっと前から‥‥尾張と三河の同盟が破棄されてからの、源徳おじちゃんの動きが無さ過ぎる。何か裏でやっているんじゃない?」)
 新撰組一番隊士組長代理とお市の方の丁々発止の遣り取りを聞きながら、ミネアは源徳家康の動きがない事を危惧していた。
「それに、職務怠慢で言えば、京都守護の件はどうなる? 五条の乱や鉄の御所で、冒険者以外の公的組織で、何処の組織が最前線に立ったのか。それを思い出してもらいたいものだ。それに今は、三河よりも長州だろうに。今回もチョロチョロ動いていたみたいだしな」
「だから、長州藩へ遠征する為にも、三河が欲しいのよ」
 天斗が呑んでいたどぶろくを吹き出した。
 尾張・美濃・近江・伊賀の四藩を有する尾張平織家は、畿内での最大勢力といえる。美濃攻めの頃から進めていた兵農分離も今ではほぼ終わり、尾張平織家は常備軍として三千の兵を持ち、農繁期に関係なく出兵できる。
「ん〜、ただでさえ色々あり過ぎて、尾張は後手に回ってるし、三河の方は警戒はすれど、手を出すのは得策じゃないかも」
「穏健派の神皇様の後ろ盾を得て、秀吉サンが介入してきそうだしな。藤豊の権威を高める事になりかねないぜ」
「仮設村で実感したが、民を心服させるには相応の時間が必要だ。三河の民を心服させ力とするには、少なくとも1、2年は掛かるだろう。藤豊が五条の宮と事を起すのに間に合うのか、三河の抑えに兵を取られて京方面が手薄になるのも問題だ」
「遠征は他藩の介入を招く恐れと、源徳軍が陥ったような裏切りもありえます。三河藩を併合し、後顧の憂いを断つと同時に、強者で名高い三河兵も手中に収める算段とお見受けしました。ですが、新田様とも同盟を結び、反源徳同盟の結びつきを強固にし、三河の政治力を削り取るのが最上と思います」
 三河攻めは、今まで聞き手に回っていたミリートを始め、クロウが反対した。またアリアスが問題点を挙げる中、ボルカノはお市の方の意図を汲みつつ代案を語った。
「三河攻めより伊達家・新田家の地盤固めを強固にして、三河の力を削ぐか、短慮を起こしたところを同盟軍で攻撃。三河に封じ込めた後、摂政返還と兵力返還を条件に和睦とすれば、体面を保ちつつ天下布武に組みこめるかと思います」
「領土拡大だけが国力の増強ではない。港や街道の整備や新田の開墾、木曽三川(きそさんせん=木曽川・揖斐川・長良川)の治水に、特産品の振興など、富国強兵策もごまんとある。同時に藤豊と協力して、宮廷内の親源徳派を取り込む。そうすれば摂政返上も現実味を帯びるだろう」
 ボルカノの代案にはアリアスが賛同した。
 尾張藩内は街道や橋の整備はほぼ終えているが、美濃藩や特に山国の伊賀藩は手付かずといっても過言ではない。三河攻めの前に遣る事はいくらでもあるのだ。
「仕掛けるにしても‥‥伊達との同盟で浮き足立った、虚を衝いたタイミングで先遣隊を編成しての威力偵察とか、どうかな?」
 お市の方はミネアのこの威力偵察案を聞き入れるに留まった。


●夜も更けて‥‥
「変わった食べ物はなかったので代わりに〜。んふふ〜、お市さんに気になる人にこれを着てお料理とか作ってあげると喜びますよ〜。きっと♪」
 こっそりお市の方に近づき、クロウの方をチラ見しながらふりふりエプロンを贈る槙原。
「市さまも知ってると思うけど、ミネア、新撰組の職を辞めるよ。新撰組のお仕事が出たらそこで言うつもり。これだけ言っておこうと思って」
「長秀から聞いたけど、ミネア、あなた、鉄の御所とも繋がりがあるらしいわね」
(「長秀おじちゃんめ〜。でも、蘭丸兄ちゃんが感付いていない限りは、もう少し我がお姫様の覇道を見ていけるかな♪」)
 お市の方は丹羽長秀より、ミネアが不振な動きをしていた報告を受けていた。
 ミネアは正式に新撰組を辞すまで、お市の方の客分扱いとなった。

「ところで師匠、餓鬼って何ですか? ‥‥前に美味しい保存食作りに行った時、餓鬼みたいって言われたんですけど」
「‥‥そんなににこにこ顔で聞かれても‥‥餓鬼というのは‥‥」
 素敵なものだろうと思ってルンルンが聞くと、一益はばつが悪そうに微苦笑しながら本当の事を応えた。
 理解したルンルンが怒ったのは言うまでもないが、師匠に当たり散らしてはイカンよ。

 宴会はお開きとなり、ボルカノ達は用意された寝室へ。
「本当は言う気無かった。お市の負担にしかならないだろうから」
 クロウは宿の中庭へ、お市の方を呼び出していた。
「でも、この先俺も何時どうなるか分からない。だから後悔しないように今言っておくよ‥‥俺、お市の事が好きだ」
「ありがとう。私もあなたの事‥‥でも、今はその想いに応えられない。五条の宮から神器を取り返して安祥神皇様の安寧の世が叶った時、改めて返事をするわ」

 クロウに「お休みなさい」を告げて別れ、ミリートの待つ寝室へ向かう途中、今度は梅林寺に呼び止められた。
 彼女は、尾張ジーザス会に不穏な何かが潜むと警告すると同時に、その為の隠密として仕えたいと土下座した。
「これが私の‥‥精一杯の決断なのですよ」
「仕官書を書いたら、転職した途端、造反して他の藩主に仕えた冒険者もいたのよね。あなたの言葉ではない、行動による誠意を見せて欲しいわ」
 お市の方は当面の間、梅林寺を私兵として扱い、その働きぶりを見て登庸すると応えた。

 寝室ではミリートが先に布団に潜り込んでいたが、お市の方が布団に入ると同じ布団に入ってきて彼女を抱っこする。
「‥‥私に大した力はないけど‥‥けど、愚痴とかならいくらでも聞いてあげるよ。あんまり無理しないで。泣きたい時とかあったら、胸貸すぐらいは出来るから」
「ありがとう。ミリートって温かいわ‥‥」
「‥‥あれ? もう寝てる。ゆっくりお休み、市」
 ミリートの温もりに包まれて安心したのか、お市の方は瞬く間に寝息を立て始めていた。

「天斗か?」
「アリアスさんか‥‥」
 夜中と呼ばれる時間。アリアスが一人、露天風呂へ行くと先客がいた。
 アリアスは天斗にお猪口を渡すと、宴会場からくすねてきたどぶろくを注ぎ、自分のお猪口にも注いで星見酒と洒落込む。
「黒虎の紅葉に会ってな。あいつはあいつなりに京都を護ってきた。虎長が居ない黒虎で独り必死で。その孤独は、沖田さんが居ない俺には良く分かる。そして、虎長が帰って来たらあれだ。あの時の紅葉の寂しい顔は忘れられない。俺はそれだけでも虎長を信じる事は出来ない。一人の男としてな」
「そうか‥‥」
 天斗は独り言のようにそれだけを言うと、漢二人は無言のまま酌み交わし続けた。

 天斗は尾張から京へ帰る道中、酒宴での遣り取りを詳しく書き、新撰組一番隊組長代理の名で三河の家康宛に密書として送った。