不即不離
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:4
参加人数:8人
サポート参加人数:2人
冒険期間:06月22日〜07月01日
リプレイ公開日:2008年07月23日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
そして悲願の上洛を果たしたお市の方は、安祥神皇と謁見し、『平織家は安祥神皇の剣となり盾となる』事を改めて宣誓すると、尾張兵三千を献上した。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
那古野城は虎長亡き後、妻の濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(カテドラル)へその居を移していた。
虎長が暗殺された報と蘇生の魔法でも蘇らせる事が不可能な程傷つけられた最愛の人の姿を見た濃姫は、世捨て人同然にジーザス教へ帰依した。
ジーザス会とは、聖人ジーザスの教えを世界中に広める為に活動している。彼女はジーザス会を尾張へ誘致すると、虎長の遺産を湯水の如く尾張ジーザス会へ注ぎ込み、カテドラルを建造した。
城が丸々一つ作れるだけの金を投じただけの事はあり、完成したカテドラルは那古野城よりも高い。南北に細長く、聳え建つ尖塔など、一般的な聖堂より塔に近い形状をしていた。
ところで、この尾張ジーザス会の活動は目下カテドラルの維持のみで、特に布教活動は行っていない。
木曽三川(=木曽川・揖斐川・長良川)を使った商業が盛んな河港町津島は、堺との独自の航路を持っており、貿易に訪れた外国人が多く移り住んでいる。外国人の中にはジーザス教徒もおり、カテドラルの噂を聞き付けて礼拝に訪れ、そういった信者へ快く貸してくれる。その程度だった。
虎長が存命の頃は、彼の居城清洲城が尾張の中心だったが、お市の方は尾張を統一後も居を清洲へ移さず、那古野のままとしているので、那古野城下は今まで以上に人が集まっている。
カテドラルを一目見ようと物見遊山な旅人が訪れ、また、濃姫が帰依した事に加えて、比叡山延暦寺の高僧ですら蘇らせる事の出来なかった虎長が、尾張ジーザス会の奇跡で蘇ったという話が尾張は疎か、畿内に広がり、布教活動を行っていないにも関わらず、信者が増えているという。
「まさか、あなたが来られるとはな」
尾張ジーザス会を預かる宣教師ソフィア・クライムは、カテドラルの周りを囲む解体用の足場が取り外されてゆく様を、感慨深く見上げている。
比叡山によるジーザス会弾圧の影響で、カテドラルは解体される事になった。
造るのは大変だが、壊すのは容易いもの。
解体用の足場が組まれ、一年半の歳月と虎長の遺産の大半を費やして建てられたカテドラルが今まさに解体されようとしていたその時。
お市の方に進言し、解体に待ったを掛けたのが宣教師ルイス・フロイスだった。
ジーザス会の本国、イスパニアより使わされた宣教師ルイス・フロイスは、慈円と相討ちした虎長の蘇生を行う事から、お市の方もその発言は無視できず、カテドラルの解体は尾張藩が黙認する事ですんでのところで中止された。
「虎長様ヲ蘇ラセタカテドラルヲ、コノママ解体シテシマウノハ惜シイデース」
「しかし、ここには最早利用価値はあるまい?」
「ソンナ事ハアリマセーン! 周リヲ見テ下サーイ。宣教師ソフィア・クライム、アナタ達ガ得タ多クノ信者達ガイマース!」
彼女の傍らに立つ宣教師ルイス・フロイスは、仰々しく両手で天を仰ぎながらくるりと後ろを振り返る。
そこにはカテドラルの解体取り止めの噂を聞き付けた信者達が集まり、安堵の表情を浮かべて足場が取り外される様子を見ていた。
「今まで通り活動すればいい、という事か」
「ソノ通リデース。多クノジーザス会ガ弾圧ヲ受ケテイル中、尾張ジーザス会ハソノ影響ガ最モ少ナイデース。宣教師ソフィア・クライム、アナタノ活動ハ間違ッテイナイ、尾張ノ民ニ受ケ入レラレテイル証デース。コノ事ハ本国デモ非常二高ク評価サレテイマース!」
「この程度の事など‥‥儂がイギリスでしてきた事に比べれば贖罪にも値せぬよ」
宣教師ルイス・フロイスの言葉に、宣教師ソフィア・クライムは自嘲を浮かべる。
「そんな事言わないでよ」
そんな宣教師ソフィア・クライムの手を、褐色の手が取り、そっと両手で包み込む。両手から伝わる温もりが、自嘲を微笑みへ変えてゆく。
いつの間にかウィザードのミカエル・クライム(ea4675)がやってきていた。
「ミカエル‥‥わ、儂とした事が、そなたにこんな言葉を聞かれるとはな。不覚じゃ。しかし、そなたもいつも間が悪いの」
「ふふ。あの時もそうよね。でも良かった、宣教師ソフィア・クライムの弱音が聞けて。いつも気丈に振る舞っているんだもの」
ミカエルの手を握り返す宣教師ソフィア・クライム。
姓が同じなのは、宣教師ソフィア・クライムがミカエルから取ったからだ。そして名は、アヴァロンへと旅立っていった、もう一人の心を通わせた友から借り受けたものだ。
ミカエルはジャパンで数少ない、宣教師ソフィア・クライムの本当の名前を知る者でもある。
「ではミカエル、行こうか」
「カテドラルはいいの?」
「宣教師ルイス・フロイスが来たからの。尾張ジーザス会の代表は宣教師ルイス・フロイスに譲った。お陰で儂は以前より時間が取れるようになったから、こうしてミカエルとデートが出来る」
「デート‥‥デートかぁ。宣教師ソフィア・クライムに改めて面と向かって言われると、何か照れるわね」
「ふふふ、こんな傾国の美女とデートなぞ、滅多に出来るものではないぞ?」
「あー、自分で自分の事傾国の美女なんて言ってる! 反論できないのが悔しいけど、あたしだって永遠の美少女だもん」
「ふむ、美少女なら儂も異論はあるまいて」
「ははは」
「ふふふ」
お互いの顔を見合わせ、ころころと笑う。
一頻り笑った後、ミカエルが聞いた。
「で、どこに行くの?」
「そうじゃな。この機に、ミカエルと共にのんびりと尾張各地へ行ってみたいと思っておる。津島で洋装を、清洲で和装を見るもよし。熱田を参拝するもよし。このまま那古野で尾張の美味い物を食すもよし。瀬戸で茶器を作るもよし、じゃな。場所はミカエルに任せるとしよう」
斯くして、ミカエルと宣教師ソフィア・クライムは、二泊三日の予定で尾張各地へ旅立った。
●リプレイ本文
●カテドラルご一行
那古野城下の南東の外れにある、尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)。
「2泊3日の尾張観光の旅に参加される冒険者の皆さんはこちらにお集まり下さ〜い!」
入口の前で、ハーフエルフの忍者ルンルン・フレール(eb5885)が、達筆な毛筆で『尾張観光二泊三日の旅』と書かれた旗を振っている。
「あれ、ソフィアさんが書いたんでしょ?」
「うむ、ルンルンに頼まれてな。かれこれ2年はジャパンにおるからの。嫌でも上手くなるわ」
ウィザードのミカエル・クライム(ea4675)と、尾張ジーザス会の宣教師ソフィア・クライムは、いち早く旅行の準備を整え、ルンルンの後ろで歓談に興じている。腕を組んですっかりデート気分だ。
(「“あれ”からもう2年経つのね。ジャパンに来て、このカテドラルでチャリティバザーをやってから1年‥‥でも、その1年近くは、あたしとソフィアさんに隔たりがある‥‥」)
ミカエルは一年近くジャパンを離れていた。今回の旅行で、この一年間に体験した事を話すつもりでいる。
「ごきげんようです」
そこへ少女の声が掛けられた。赤いローブを纏い、フードを目深に被った少女がミカエルの側へやってきた。
丁度ルンルン達が人避けになるのを確認すると、少女はフードを外した。煌びやかな金色の髪を結い上げ、垂らした鬢の髪の後ろに大きくはないが尖った耳が覗いている。
そう、ハーフエルフの証だ。
そしてローブの下に着ているのは、イギリスはケンブリッジにあるフリーウィルの制服。
「依頼でご一緒するのは初めてですが、ケンブリッジの頃は何度も見掛けています、る」
「今はソフィア・クライムじゃ。それ以上もそれ以下でもない」
「では、ボクもソフィアさん、と呼ばせてもらいますね」
バードのカンタータ・ドレッドノート(ea9455)の言葉を途中で遮り、名乗るソフィア。カンタータも直接話した事はないが、ケンブリッジで見掛けた時と変わらず、ソフィアは妙齢の容姿を保っている。
(「感傷に触れたくないのかも知れませんね。色々な噂を聞いてはいますけど、その反応は少なくとも正気でしょう」)
「カンタータおねーさん、ミカエルおねーさんとソフィアおねーさんはらぶらぶなんだから、邪魔しちゃ、メっだよ」
「いえ、そういうつもりはありませんが」
「きっとミカエルおねぇーさんも、ソフィアおねぇーさんがぷーでふらふらして、またふらりとどっか行っちゃうの心配してると思うんだよね」
「安心せよ、宣教師ルイス・フロイスが来られたからカテドラルの責任者の任は解かれたが、儂の住処はここだからな。その心配はない」
陰陽師(と書いて魔女見習いと読む)慧神やゆよ(eb2295)がウィンクしながら、カンタータに茶々を入れると、ソフィアはミカエルを安心させるように微笑んだ。
「ミカエルはん、お久やでー♪ のんびり楽しもな〜♪」
「尾張に関わるようになって結構経つけど、合戦ばかりで、落ち着いて尾張を見て回るのは初めてかもな。楽しみだぜ」
「‥‥たまにはゆっくりするのも悪くないか‥‥しかし、女性が多いな。クロウが来てくれたお陰で、俺が緑一点にならずに済んだが‥‥」
ウィザードのシーン・オーサカ(ea3777)とレンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)、浪人の高町恭也(eb0356)も合流し、挨拶を交わした。
「‥‥だが、流石に旗は恥ずかしい気がする‥‥」
「えへへ、迷子にならない為の目印です! ‥‥君も尾張を知りたければ、この旗の下に! なのです。早速迷子を発見しました。レヴェリーさーん、集合場所はこちらですよ〜」
恭也がルンルンの持つ旗を見ながら微苦笑すると、彼女は勝ち鬨を上げるように旗を掲げる。
すると、パラディンのレヴェリー・レイ・ルナクロス(ec0126)が入口の方に来ないで、カテドラルの周囲をうろうろしているのに気付いた。
(「愛より聞いた信じがたい情報が、私の判断を曇らせる。如何するべきなのか‥‥見極めなければならない」)
レヴェリーはルンルンの声は聞こえていないようで、何かを探しているかのようだ。
彼女は京都を発つ前、梅林寺愛と秘密裏に接触しており、愛の身に起こった尾張ジーザス会の宣教師になっていた間の記憶の欠落といった、愛が知りうる尾張ジーザス会についての全ての情報を伝え聞いていた。
その中に神聖騎士『シュタリア・クリストファ』の名前もあり、実際に見て確かめようと思ったのだが、カテドラルの入口を警備しているという彼女の姿は見当たらない。
「レヴェリー、どうした? みんな待ってるぜ?」
「ごめんなさい。今行くわ」
クロウがレヴェリーを呼びに来ると、彼女は一旦シュタリア・クリストファを探すのを諦め、シーン達に合流した。
●熱田神宮
熱田神宮は那古野城下の南に位置する、神社とその門前町だ。
祭神『熱田大神(あつたのおおかみ)』は、神器の一つ『天叢雲剣』の神霊であり、それ故、熱田神宮は伊勢神宮に次ぐ権威のある大宮として栄えている。
また、尾張平織家の守り神として、尾張平織家の家宝『小烏丸(こがらすまる)』が奉納されていた。その性質から熱田大神は刀匠達にも篤く信仰されている。
「成程、八百万の神かいな。ジャパンには神様がいっぱいいるんやねぇ」
「神様というより、イギリスの精霊信仰に近いわね。その中でも天叢雲剣の神霊って魅力的よね! 万象の精霊に認められるのが目標のあたしにとって一番来たかったところね」
「天叢雲剣の神霊か‥‥豪州の精霊のように会話出来るのだろうか‥‥」
事前に情報収集したルンルンが熱田神宮の由緒や祭神を案内すると、シーンが頻りに頷いた。ジーザス教の影響が強いその考え方に、ミカエルは彼女の故郷であるイギリスの精霊信仰を引き合いに出して説明する。
浪人の恭也は、ミカエルが恋する乙女のように瞳を輝かせて話した天叢雲剣の神霊に興味を持ったようだ。神器の神霊を参拝すれば、武術の腕も高まるかも知れない。
熱田神宮は森の中にあり、切り開かれた参道が走っている。ルンルンの旗の下、本宮へ向かい参拝した。
(「もう‥‥絶対に何も犠牲にしたくないから‥‥」)
(「熱田大神様、ソフィアおねーさんに新しい目的が見つかるように‥‥じゃなくって見つけてみせるんだよ!! って、あれ? 宣言になっちゃったけど、まぁ熱田大神様も許してくれるよね」)
(「師匠ともっと仲良くなれますように‥‥それから、美味しい物が一杯食べられますように‥‥あとあと」)
ミカエルややゆよ達が参拝を済ませた後も、ルンルンは数分間願い事をしていた。
「そういえば、ここも黄泉人が襲いに来たとかいう話があったな‥‥」
「黄泉人の他にも、巫女の美咲さんがデビルに操られていた事件も起こったぜ。それら件がどうなったか気になるな」
「ならば、儂が姫巫女に取り次いでやろう。ミカエル、天叢雲剣の神霊に会えるぞ」
「え!?」
ソフィアが恭也とクロウを熱田神宮を統べる姫巫女、藤原神音(ez1121)に取り次いでくれるという。そればかりか、天叢雲剣の神霊に会えるというのだ。ミカエルも驚くばかりだ。
ソフィアに連れられて斎館へ来ると、神音が出てきて彼女と親しそうに挨拶を交わした。
「前の黄泉人の件や、最近畿内の各地に現れる神様の事とかで、問題は山積みだと思ったけど」
「黄泉人の件は、宣教師ソフィア・クライムが尾張ジーザス会の宣教師達を派遣してくれて片付きましたの。畿内に現れた神については、熱田は不干渉ですわね。それと、彼女、叶子が天叢雲剣の神霊ですわ」
クロウも意外だったが、熱田神宮と尾張ジーザス会は宗教の垣根を越えた協力関係にあった。
神音がミカエルに紹介したのは、巫女装束を纏った、赤毛のポニーテールの少女だった。歳は十六、七くらいだろうか。
「この娘が、天叢雲剣の神霊? 高位の精霊程多彩な能力を持つというけど、ここまで完璧に人間になれると分からないわね。万物の精霊は奥が深いわ」
「普段は巫女としてこの熱田の杜を護っているのよ」
(「協力関係にあるそうですが‥‥では、この巫女達から向けられる敵愾心は何なのでしょう? トップの仲が良くても、下の者は歓迎ムードとは程遠いですね」)
ミカエルは目をパチクリさせながら、叶子――天叢雲剣の神霊――と握手を交わした。
神音とソフィアは親しい雰囲気だが、それ以外の巫女達、特に叶子は敵愾心を持っているのにカンタータは気付いた。
「有事の際は京のギルドを頼ってくれ。尾張藩の武将の俺も、ギルドを通せば冒険者として協力出来るからさ」
クロウが尾張藩の名前を出すと、ようやく張り詰めた雰囲気が和らいだのだった。
●蟹江村
蟹江村の温泉宿に着くと、レヴェリーを除く女性陣は早速温泉へ。
彼女とクロウ、恭也は、シーンが振る舞った副食――桜餅風の保存食にさんま味の保存食、サクラの蜂蜜や桜蕎麦――を肴に、銘酒「桜火」で一杯遣りながら人心地付いていた。
「さて、女性陣が温泉に入っている間、こっちは散策と行くか‥‥」
恭也の一言で温泉街へ繰り出す三人。
「クロウはお市殿へ何か買っていかないのか? ‥‥領内だからそれ程珍しい物はないかもしれないとしても」
「問題はそこなんだよな。自分の藩の物をプレゼントしても喜んでくれるかどうか」
「女性は贈り物には弱い‥‥と思うわ」
助言の一つも出来ればいいのだが、自身が色恋沙汰に疎いレヴェリーは無難な事しか言えなかった。
その頃、温泉では、ミカエルとソフィアが背中の流し合いをしていた。
「やゆよはん、スタイル良くなったんちゃう?」
「もう僕も十五歳になったからね。だから“永遠の魔法少女”と名乗っていいか悩んでるんだよぅ」
シーンもスタイルはいいが、胸の大きさはミカエルやソフィアの方が上といえよう。洗いっこをするたびに、ミカエルの巨乳とソフィアの爆美乳が寒天のように柔らかく揺れる。
「うー、とはいえ魔女と名乗るには見習いだし、むー、思春期の悩みなんだよぅ‥‥」
「悩め悩め。青い悩みは年頃の女子(おなご)の特権ぞ。儂などこの美貌を如何に保つか、日々、悩んでおる」
「ソフィアはんは今後虎長はんのトコ行きはるん?」
「濃から打診があれば行くやも知れぬが」
ソフィアに甘えるやゆよがこぼす愚痴に、彼女はころころと笑って応える。
シーンの質問にも応えるなど、悩み相談の様相を呈していた。
「宿に浴衣を用意してもらいました。温泉に入った後は、これに着替えて下さい」
一足先に風呂から上がったカンタータへ、ルンルンが浴衣を渡した。自分は用意してきた紫陽花の浴衣を着ている。
尾張のご当地料理に興味のある彼女は、厨房を覗かせてもらった。結い上げていた髪を解いてストレートにし、ハーフエルフの耳は隠している。
「これがサシミの捌き方ですか。イギリスにはホースラディッシュという薬味がありますが、このワサビに近い風味ですね。こちらのショウガは摺り下ろして使うのですね」
カンタータは瞳を輝かせながら、調理の邪魔にならない程度に質問する。イギリスの料理は調味料をあまり使わない簡素な味付けだが、ジャパンの料理は味噌や醤(ひしお)など、イギリスでは有り得ない程多くの調味料を使うので、見ていて飽きなかった。
恭也達が帰ってくると、尾張の伊勢湾で採れた海の幸を満載した舟盛りの準備が整っていた。
シーンはクロウや恭也に桜火の、やゆよはミカエルやソフィアに地酒のお酌をして回る。カンタータは目下、食べる専門だ。
「この顔を最初に見て良いのは、お母様だけ」
幼き頃よりパラディンとして素顔を封じ、誓いを立てた故に、レヴェリーは一人、夜中に肌着と仮面着用のまま蒸し風呂を堪能した。
「炎の精霊と契約も出来たわ。“炎熱の女帝”らしく♪」
夜が更けてもミカエルとソフィアのお喋りは留まるところを知らない。
彼女は炎の眷属輪をソフィアに見せた。
「『全てを投げ打つ覚悟』を求められたけど、あたしは『全てを投げ打たない覚悟』を告げたのよ」
「ミカエルらしいの」
「ありがとう。ふふ、あたしもそう思う。だからその証を見せるまでは本契約じゃないんだけどね」
●那古野城下
那古野城下へ戻ってくると、ソフィアがお勧めのてんむすと手羽先を出す店を紹介してくれた。
「てんむす美味しい〜♪」
「ふふふ、とっても幸せです」
「てんむすも、天麩羅をご飯の中に、というのが、ジャパンは斬新な料理が多いですねー」
「てんむすも良いけど、手羽先も柔らかくて美味しいぜ」
幸せそうにてんむすを食べるミカエルとルンルンの横で、カンタータは頻りに感心している。クロウは手羽先の方が気に入った様子だ。
「この店はカテドラルが懇意にしておっての。他にも津島湊に懇意にしている服屋があるが、ミカエルややゆよに紹介するのは別の機会としよう」
特に津島湊は外国人も多く移り住んでいる事から、ジーザス教徒が多いとソフィアは語った。
食後の散歩を兼ねてカテドラルへ戻ってくると、ソフィアに中を案内してもらう。
(「師匠ともっと仲良くなれますように‥‥それから」)
サンクチュアリにある祭壇の前で、熱田神宮の時と同じ願い事をするルンルン。
「一度見には来たが、その時はよく見れなかったが‥‥改めて見ると本当に凄いものだ‥‥」
(「俺にとっては守り神である風の神様や、故郷の山の、湖の、森の神様の方が、大いなる父や聖なる母より大事だしな‥‥怪しい場所ではあるんだが、証拠も無いし今日は様子見だな」)
恭也とクロウ、カンタータは大人しく見学していた。
レヴェリーは見られる範囲でカテドラル内を見て回ったが、シュタリア・クリストファらしき姿はなかった。
「ルイス・フロイスはんに挨拶したかったんやけどな」
「宣教師ルイス・フロイスは、神聖騎士シュタリア・クリストファの護衛で、美濃藩は岐阜城へ出はらかっておる」
(「不在とは間が悪かったようね」)
どうりで姿が見えないはずだ。警備に就いている神聖騎士も、レヴェリーの知らない波打つ金髪の女性と螺旋を描くツインテールの少女だ。
「じゃぁ、これを『やられっぱなしじゃ終わらへんで、忘れんなや』と言伝と一緒にシュタリアはんへ渡しといてくれるか?」
シーンはソフィアへシルバーリングを渡した。
お土産として御薬酒や髪留め、口紅が渡された。
「カテドラルのこれからは、フロイスおじさんにお任せして、ソフィアおねーさんはもう少し自分のこれからについて考えてみるべきだと思うんだよ! 何かしたい事とかあるのかな?」
「宣教師ルイス・フロイスもカテドラルを留守にする事が多いからな。当面は今までと変わらぬよ。それに、したい事は既に始めておるしのぉ」
「‥‥」
やゆよの質問に対するソフィアの応えを聞いたカンタータは、何故か熱田神宮での遣り取りを思い出し、一抹の不安を覚えていた。