風光明媚
|
■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 97 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月01日〜10月11日
リプレイ公開日:2008年10月20日
|
●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
悲願の上洛を果たしたお市の方は、虎長すら成し遂げられなかった武官の最高位、『征夷大将軍』の座に登り詰めたのだった。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)へその居を移していた。
征夷大将軍に就こうとも、お市の方の日課はそう変わらない。
午前中は那古野城に配下の武将が集まり、評定が開かれる。
お市の方は尾張藩に加え、美濃藩・近江藩・伊賀藩を領地としているが、尾張藩以外の統治はぞれぞれ斎藤道三と浅井長政、藤林正豊に一任しており、彼らより上がってくる報告を登城した武将から聞き、質問や指示を出した。
もっとも、お市の方も政(まつりごと)はまだまだ勉強中であり、丹羽長秀や森可成(よしなり)といった政に明るい武将の意見を参考に指示を出している。
余談だが、お市の方は虎長に比叡山攻めの責任を取らせて、美濃藩の稲葉山城改め岐阜城に無期限の蟄居(ちっきょ)を言い渡している。道三は本拠地を江渡城へ移して政を行っており、岐阜城の城下町・井之口には虎長の蟄居に合わせて尾張ジーザス会の宣教師達も移り住んでいた。
その後、可成達から民より寄せられた陳情や街道整備の状況、軍の訓練状況などが報告され、こちらも必要であれば指示を出し、必要なければそのまま進めてもらう。
評定は長い時は午後まで掛かるが、大抵は午前中には終わるので、軽い昼食を採ると、お市の方は愛用の武者鎧「白絹包」を纏い、尾張藩の見回りに出掛ける。
今日は那古野城下町を回っているが、時間があれば清洲城や津島湊の方まで回るようにしている。
領地の現状をこの目で見て、出来うる限り民の声は自分で聞きたい、と彼女は思っていた。一介の城将ならそれも許されるが、お市の方は征夷大将軍だ。家臣からは見回りを止めるべきという声も少なくない。
「あたしはお市さんのそういう民を第一に思う姿勢、嫌いじゃないよ。それに、領主が直々に見回れば民も安心するってモンだしね。お市さんの身の安全は、あたし達が護ればいいって事さ」
とは、尾張藩の武将の一人、侍の水上銀(eb7679)の言葉だ。彼女は今、お市の方の見回りに同行している。
那古野城下は楽市楽座が布かれており、比較的自由に人の出入りが出来た。その分、他藩からの間者も侵入しやすい為、こうしてお市の方の見回りの際は武将が付いている。
「もう秋だねぇ‥‥秋といえば?」
ところが、護衛に付いているはずの銀は、お市の方が視認できる場所にある茶屋の軒先に座り、団子を頬張っていた。
ふと見上げると、秋の空は何処までも青く澄み渡っている。先程から偉い勢いで団子を平らげているが、食欲は益々増すばかりだ。
「うーん、やっぱり食べ物の秋かなぁ。柿、栗、松茸‥‥わらびも美味しいよね。けど、そうそう遊んでもいられないしな‥‥武田との開戦が間近だもの‥‥ん!? 武田、信濃、山、山菜!」
先の評定で三河藩の源徳家康(ez0009)と和睦が決定し、お市の方は“甲斐の虎”武田信玄(ez0136)と平氏と源氏の決着を付ける旨を武将に伝えている。
評定で街道整備の状況や軍の訓練状況が逐一報告されるのも、信濃藩への進軍の為だった。
「そうだ、信濃に行こう♪」
「え?」
お市の方が茶屋へ戻ってくるのと、銀がすっくと立ち上がったのはほぼ同時だった。
見回りの後はお市の方も訓練に参加するので、銀は那古野城へ戻る道すがら、対武田に向けた信濃藩への潜入調査を行いたいと告げた。
「悪くはないわね。当面の目標は南信濃だから、松尾城や大島城、高遠城を調査してくれると助かるわ」
ここで少し当てが外れる。銀の取り敢えずの目的地は善光寺だったが、お市の方にすれば善光寺は遠すぎた。越後上杉謙信の勢力圏の近くをうろうろさせるのも不安がある。
大島城は秋山虎繁(とらしげ)という武将が在城し、美濃藩や三河藩の情勢を監視している。いざ戦になれば、攻めるのはここか。
高遠城主は信玄の弟である武田信廉(のぶかど)であり、この城を押さえる事が出来れば、甲斐藩の喉元に短刀を突き付けたようなものだ。
南信濃への旅費はお市の方持ちだし、「信濃藩への潜入調査」を名目としている以上、お市の方が必要としている情報は集めてこなければならない。
「なーんか、信濃行きを言い出した銀の考えが読めたけど‥‥そうガッカリしないで。大島城の近くには昼神温泉という湯治場があるから、途中でそこでゆっくりしてくる分には構わないわ」
「温泉か‥‥」
「何なら、卯泉(うみ)も連れて行くといいわ。美兎(みと)の稲刈りを嫌がっていたし、あの娘、温泉好きだから、護衛としては心強いわよ」
あからさまに落胆する銀に、お市の方は微苦笑しながら昼神温泉を勧め、護衛として『月兎族』三姉妹が次女・卯泉を付けると言った。
化け兎の上位妖怪・妖兎のうち、尾張藩の知多半島のみに生息する月兎族をお市の方は武将として登庸している。卯泉は満月輪と呼ばれる刃物の付いた投擲具を愛用する射撃戦の専門家で、無類の温泉好きであった。
斯くして、銀と卯泉と行く『ぶらり、信濃路』が始まろうとしていた。
●リプレイ本文
●京都
「やっぱり偽依頼は出せないかい‥‥」
侍の水上銀(eb7679)は京都の冒険者ギルドに偽の依頼を出し、善光寺参りへ出掛ける商家のお嬢様一行を装おうとしたのだが、偽依頼は冒険者ギルドの信用を落とすと断られてしまった。
「出来るだけ安全に行きたいんだけどねぇ」
「ま、武田おじちゃんとはやっぱりこういう事になるんだよね♪ ミネアとしては、予想通りかな♪」
銀の横では、ファイターのミネア・ウェルロッド(ea4591)が同じくギルド員と掛け合っている。何やら金銭が動いている様子だ。
「ミネアは忍じゃ無いからね。冒険者は冒険者のやり方で情報収集と行こうか♪」
ミネアは信濃藩の高遠城(たかとおじょう)周辺の、腕利きの情報屋を紹介してもらった。かなりの額が掛かったが、有意義な情報が得られるのなら、彼女は出し惜しみしない。
「ジャパンだと、物売りや農民が忍びの変装って事も考えられるんだよな。観光に来た外人を装う手もあるが、注目を集めてしまうのは仕方ないか‥‥」
ハーフエルフのレンジャー、レジー・エスペランサ(eb3556)は、如何にも“おのぼりさん”風の服装に着替えている。
月道のお陰でジャパンにも多くの外国人が来ているが、それは京都や江戸といった文化・経済の中心地や、尾張藩や近江藩といった貿易が盛んで外国人が多く移り住んでいる場所に限っての事。地方では外国人はまだまだ珍しく、“それ”だけで注目を集めてしまう。
もっとも、ジャパンでは外国人として珍しがられるが、故郷ほどハーフエルフの差別はほとんど無いので、レジーからすれば居心地は悪くないのだが。
『待たせてしまったわね。京の都って初めて来たから、あちこち見て回ってたら遅くなってしまったわ』
冒険者ギルドの扉が開かれ、フード付きの外套を纏った少女と女侍が入ってくる。少女は銀の姿を認めると、悪びれる事なくそう言いながら歩いてくる。
尾張藩の武将であり、お市の方こと平織市(ez0210)の私設親衛隊“母衣衆”を務める銀は、女侍に見覚えがあった。女性であるお市の方が総大将という事もあってか、尾張藩の兵は他藩に比べると女性率が高い。この女侍も母衣衆が指揮する弓隊の一人だ。
という事は、この少女は『月兎族』三姉妹が次女・卯泉(うみ)だ。
銀は予め借りておいた商談用の個室へ入るよう、集まっていた僧兵の雀尾嵐淡(ec0843)達を促す。冒険者ギルドでは機密性の高い依頼も請ける為、防音設備の整った個室がいくつもあった。
「月兎族は初めて見たが‥‥確かに耳は隠さなければならないな」
『あたしも尾張を出たのはこれが初めてだからね』
銀達全員が個室に入ると、卯泉はフードを取り、外套を外した。フードの中に押さえ付けられていた兎の耳がぴょこんと飛び出し、素材は不明だが、紅く露出の多い袖のない身体に密着した服――レオタード――姿になった。
嵐淡は女性に失礼のないように、でも真剣に卯泉を見て回る。
この耳こそ、化け兎の上位妖怪・妖兎のうち、尾張藩の知多半島のみに生息する月兎族の証だ。この服は体毛という説もある。
彼女が言うように、妖怪の多くは土着で、自分の住んでいる土地から離れる事はそうない。ミネアも卯泉の姉、月華(つきか)には何度も会っているが、卯泉に会うのは初めてなので、嵐淡の横から同性という事で遠慮なくじろじろ見ている。
「市女笠はどうかな?」
「失礼して‥‥うん、いいね。後はその服かな」
『市に言ったら貸してくれたわ』
「これは一級品だな」
銀が渡した市女笠で耳を隠し、お市の方が持たせた着物を卯泉の身体に当てる。
銀とミネアが卯泉の着付けを行い、その間、外へ出ていた嵐淡が、ナチュラルメイクを施してゆく。
「できた、こんなものかな?」
「ひゅ〜♪」
「うわ、可愛い!」
「‥‥ミネアもうかうかしてられないなぁ」
『‥‥これが、あたし‥‥?』
化粧を終えると、嵐淡は銅鏡を卯泉に手渡した。レジーが口笛を吹き、銀が思わず抱き付き、ミネアはその可愛さに一瞬だけ殺気を放つ。
卯泉も銅鏡に映る自分の姿に驚きを隠せない。初めて化粧をしたが、今まで自分ではなく、さる商家の令嬢と言っても過言ではないくらい、煌びやかな出で立ちへと変貌していた。
嵐淡はその後、銀を卯泉のお付きの侍女風に、自分をお付きの護衛風に着付けや化粧を施して仕立ててゆく。
その後、女侍がレジー達にお市の方からの通行手形を配った。彼とミネアは京都を経った後はそれぞれ単独行動を取り、現地で合流する事になっている。尾張平織家と武田信玄は緊張状態にあり、お市の方は美濃藩と信濃藩の藩境に守備隊を展開させていた。その為、美濃藩と信濃藩の人の行き来は少なくなっており、このルートは得策とはいえない。ここはセオリー通り東海道を使い、三河藩から入るルートが最適だ。
尾張平織家は源徳家康とは和睦をしており、以前程緊張状態にはない。お市の方は通行手形を発行する事で、三河藩内をスムーズに通り抜けられるよう配慮していた。
「16歳くらいだっけ? あたしに妹はいないけど、いたとしたら、一回り離れた妹ってこんな感じかな?」
銀は卯泉の髪に、真珠のかんざしを優しく挿した。これで出立の準備は整った。
●高遠城
京の都を出たレジーとミネアは、それぞれセブンリーグブーツ履きと愛馬のシフォンで、一足先に高遠城の城下町へ入った。
「街道以外、道があまり整備されてないな。この分だと山地が多い南信濃で、軍勢を展開させるのはちょっと厳しいか」
レジーは移動中も信濃の地形や道幅に気を配る。
お市の方は楽市楽座を進める為、尾張・美濃・近江の三藩の街道整備を藩の公共事業として積極的に行っているが、これは希で、大半の藩主は他藩から攻め込まれる事を憂慮して街道整備は進めていなかった。特に南信濃は山間の地なので、街道整備には平地以上に費用と手間が掛かる。信玄は最低限、主要街道の整備は行っているようだが、それは天竜川沿いの高遠城へ続く街道のみで、松尾城と大島城までは延びていなかった。
お市の方が南信濃を攻めるとすると美濃藩からになるので、大軍による進軍は難しいと予想された。
高遠城は、天竜川に沿って南北に伸びる盆地、伊那谷を守る要衝の地だ。ここを制圧すれば甲斐藩は目と鼻の先になる。山の丘陵を利用して築かれており、本の丸を中心にいくつかの小規模な曲輪(くるわ)が配置された縄張りになっており、正面の城門には石垣を築いているが、大部分は土塁だった。その代わりに城門へと通じる空堀は結構深く、橋が架けられている。
「この勾配じゃ、曲輪から攻めるのは難しいな。空掘も結構深いから、一筋縄じゃ行かないぞ」
レジーは城下町から高遠城を見上げながら、その構造を頭に叩き込んでゆく。本当は城を見下ろせる高所から調べたかったが、如何せん、高遠城自体が平山城なので、それを見下ろせる高所となると山の山頂くらいしかなかった。
「エー、オヒケェナスッテ? テメーウマーリハエゲレス、セーイハエスペランサ。ナナーエハ、レジートモウシマウスー。OK?」
途中、高遠城の警備兵らしき足軽に何度か声を掛けられたが、観光に来た外人を装い、浮かれてる振りをして下手な日本語と身振りで誤魔化し、事なきを得た。
「なるほどね。高遠城には南信濃の総兵力の半分、1000から1500人くらいの兵士が詰められるんだ。とすると、松尾城と大島城は500人ずつくらいかな?」
一方、ミネアは京都の冒険者ギルドで紹介された情報屋を訪ね、高遠城の兵力を聞き出していた。あくまで総兵力なので、常備兵ではない。
「攻撃3倍の法則からすると、高遠城を落とすには尾張兵が3000人くらいは必要になるね。今の尾張平織家なら簡単に出せそうだけど♪」
『攻撃三倍の法則』とは、合戦で有効な攻撃を行う為には、相手の三倍の兵力を必要とする考え方だ。平山城攻めを、寡兵で成功させた例は少なく、ミネアも遠巻きに見た限りでは、攻撃三倍の法則に則るべきだと感じた。
情報屋は金払いのいいミネアに、城下町を案内し、宿を紹介してくれた。
山の麓に広がる造りは、美濃藩の岐阜城の城下町井之口と似ている。平山城の城下町はどこも似たような造りになるようだ。
「城下町の雰囲気は良いみたいだね。信廉(のぶかど)おじちゃんは武田おじちゃんの弟としてだけじゃなく、ちゃんと政(まつりごと)を行って領民に慕われているみたいだね」
城下町の雰囲気を見れば、城主がどのような政を行っているか、ある程度推し量る事が出来る。それにミネアは自分が『小さな子』である事を知っており、旅して歩いてる異国の子を演じて、城下町との様子をつぶさに観察していた。
このくらいの歳の娘が尾張藩の武将とは思いもよらないだろう。ミネア‥‥恐ろしい娘。
「お嬢様が、南信濃の幸を味わいたいと仰せなのですけれど‥‥この辺りでは何が美味しゅうございましょう?」
二人から後れる事二日。銀と嵐淡、卯泉の三人は、街道沿いの茶屋で食べ歩き、宿場町に泊まれば、蔵元や土産物屋で名産や地酒を買い込みながら、ようやく高遠城城下町に到着した。
宿の女将に銀が聞くと、ざざむしの佃煮を勧められた。
ざざむしとは天竜川といった清流に生息する水生昆虫だ。高遠城の近くでは、ざざむしの他、蜂の子や蚕を佃煮にして食べるという。
「蝗(いなご)の佃煮のようなものだな」
『悪くない味ね。この野沢菜が入ったおやきも美味しいわよ』
ざざむしの佃煮と並んで、おやきも信濃藩の郷土料理だ。実は信濃藩に入ってから、度々おやきを食べているのだが、皮の材料や水の入れ具合、こね具合に中の具がその土地によって違っており、全く飽きが来なかった。
「それで‥‥この辺りは、私共だけで恙なく過ごせるでしょうか?」
嵐淡と卯泉が郷土料理に舌鼓を打っている横で、銀が声を潜めて女将に情勢や賊について聞いた。
旅人なら常に気にすべきだし、彼女達は商家のお嬢様一行として宿を取ったので、主人であるお嬢様の身を案じるのも無理からぬ事と、女将は親身になって教えてくれた。
「信廉様は武勇より、文才や画才があるのですね。だからこそ政が巧く、この辺りは平和で賊などもあまり出ないのですね。なら、国人衆の方々もご安心でしょうね」
女将の様子を見つつ、国人衆の話題を俎上に乗せるものの、そういった話は出なかった。
(「今のところ武田の国人衆は、一枚岩って事かい。内に潜む乱の芽を見つけるのは難しいようだねぇ」)
●真田十勇士
(「もう少し城に近付いて、空堀の幅と深さを調べたい。後、出来れば駐屯している兵数や武装度、武器庫と倉庫、井戸の数と位置も」)
レジーは予想以上に強固な守りの高遠城をもっと調べたくなっていた。今のところ正門への道は空堀に橋が架かっている一本のみで、それ以外は丘陵と曲輪に阻まれているが、彼一人なら夜陰に紛れれば丘陵から潜入できない事もない。
(「忍びの監視や罠も、丘陵や曲輪には少ないだろう」)
道は一本だし、ただですら攻めづらい丘陵面に曲輪を備えるなど、防備に防備を重ねているからこそ、そこが手薄になると踏み、レジーは夜を待って曲輪の一つから潜入を試みた。
丘陵を登り、曲輪へ辿り着いたと思った瞬間。
「ぐ!?」
手の甲に激痛が走り、思わず曲輪の柵から手を放してしまう。
「昼間、変な異国人を見たと何人かの兵から報告があったが、それが仇になったようだな。伊達か平織の手の者か? 言えば命だけは助けてやらんでもない」
「変な外国人だから、こんな時間にロッククライミングをしたくなったのさ」
激痛の原因は苦無だった。鋭い声が上から降り掛かる。
撤退しようにも、足場の悪い丘陵だ。すぐに駆け下りる事は出来ない。
続いてレジーを爆発が襲う。一発目は直撃を受けるも、二発目が来る前に少し距離を離す。
しかし、二発目はどこからか飛来した、まるで満月を切り取ったかのような鋭利な投擲具に阻まれ、レジーに当たる事はなかった。
「レンジャーだからって過信しちゃダメだよ。忍に勝る隠密者は居ないんだから」
麓にはミネアと卯泉が待機していた。ミネアは情報屋から、高遠城に“真田十勇士”の一人、望月六郎が入ったという情報を聞き、レジーを助けに来たのだ。ここは真田家の領地が近い。真田十勇士が警備に就いている事も十分予想できたはずだ。
先程の鋭利な投擲具は満月輪と呼ばれる卯泉の得物だった。満月輪をレジーと六郎の間に撃ち込み、火遁の術を防いだが、その精密な射撃から卯泉の腕前が窺えた。
「あれが噂に名高い真田十勇士の一人、望月六郎だったのか‥‥どおりで生きた心地がしなかったはずだ。助かったよ」
高遠城より離れてリカバーポーションを飲み、人心地付いたレジーは素直にミネアと卯泉に礼を言った。
銀達は翌日の早朝には高遠城の城下町を出て、昼神温泉へ向かっていた。
●昼神温泉郷
「江戸で食べて以来、蕎麦が好物になってね。高遠城では蕎麦は食べられなかったが、行者そばも美味しいな。それに地酒を飲みつつ入る温泉は極楽気分だ」
行者そばを食べ、地酒を一杯遣りながら温泉に浸かるレジー。効能は創傷にも効くそうで、武田家の湯治場としても使われている。
「あたしも蜂の子を食べ損なったからね。ゆっくり食べさせてもらうよ」
銀は蜂の子を肴に、同じく地酒で一杯遣っている。
取った宿の温泉は混浴で、嵐淡が高遠城の城下町で集めた情報を報告している。
「合戦の為に兵糧などの物資を賄おうとすれば、兵のいる街の物価は徴収する物資に比例して上がるはずだ。兵糧に関係しそうなものが売られている市場を調べたところ、特にそのような動向は見受けられなかったから、少なくとも高遠城は合戦の準備はしていないようだ。また、高遠城を通って松尾城と大島城へ向かう兵士や荷物の数を数え、荷物の量から松尾城と大島城で必要としている一日の物資を逆算したところ、松尾城と大島城にいる兵力はおおよそ五百人程だろう。ミネアの情報の裏付けにもなる」
そのミネアは卯泉と身体を洗いっこしていた。
那古野城へ帰ってくると、銀が嵐淡とお市の方に南信濃の調査報告を行った。
「お市様は本気で武田と戦うつもりなのか?」
「延暦寺は信玄殿や謙信殿を焚き付けて、『平織包囲網』を形成しつつあります。尾張平織家に戦う意志が無くても、武田か上杉から戦端が開かれる可能性も十分あります」
レジーがお市の方に意向を確認すると、意外な答えが返ってきた。
「新撰組、脱退が難しそうなんだ。もう少し待っててね〜」
「冒険者は八方美人になりがちだけど、だからこそ、誰に協力するかよく考えて欲しいの」
冒険者は基本的にアウトローだ。誰にでも協力できるからこそ、信念を持って行動して欲しいとお市の方はミネアに告げた。