熟慮断行

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:やや難

成功報酬:5

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:11月10日〜11月20日

リプレイ公開日:2008年12月16日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
 上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
 悲願の上洛を果たしたお市の方は、虎長すら成し遂げられなかった武官の最高位、『征夷大将軍』の座に登り詰めたのだった。


 ――那古野城。お市の方の本拠地だ。
 那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)へその居を移していた。
「信玄殿は、特に戦の準備は進めていないようですね‥‥」
 お市の方は那古野城内の本丸御殿にある自分の部屋で、尾張藩の武将と冒険者が調査してきた、武田信玄の領地である南信濃藩の高遠城と松尾城、大島城の調査報告に目を通していた。
「南信濃の要衝の地、高遠城の総兵力は千から千五百。五百の兵力を有する松尾城、大島城といった支城を落としていくとなると、やはり三千から四千は必要になるわね」
 お市の方は武田攻めの草案を練っている最中だ。征夷大将軍になった今、いつまでも戦略と戦術、両方を家臣に任せておく訳にはいかない。自分で草案を練り、丹羽長秀といった戦術に長けた武将の意見を聞いて、採り入れたり、修正するのが、ここ最近のお市の方のやり方だ。
 お市の方は「市が男だったなら、良き武将となったであろう」と虎長に言わしめた程、武芸に長けていたが、そこはお姫様。戦術面は疎く、虎長の跡を継いだここ数年の実戦の叩き上げで身に付けてきたと言っても過言ではない。
 では、戦略はどうか。なまじ虎長の政(まつりごと)を間近で見ていたので、戦略は兄のやり方が根底にあった。しかも、幸いな事に、森可成(よしなり)や佐久間信盛、明智光秀など、内政に長けた武将にも恵まれ、お市の方は国防と外交、人事と予算(内政を含む)の四つだけを指示したり直接承認するだけで、細々した事は可成達現場の人間に一任していた。
 『1C斬り』――1Cでも盗んだ者はその場で斬る――に代表されるように、尾張軍の軍規は非常に厳しい。それはお市の方や武将達が強い『信頼関係』で成り立っているからこそ出来ると言えよう。
「後は江戸を目指す家康殿に呼応して出陣すれば、さしもの信玄殿も多くの手勢は割けないでしょうね」
 源徳家康の挙兵は、お市の方も聞き及んでいる。隣国だけに情報は早い。遠江藩を後詰めとし、東進する三河軍は四千以上らしい。三河はほぼカラであり、今動けば三河藩を攻め落とすのは容易い。
 しかし、和睦した以上、お市の方に三河藩を攻める考えは無かった。
 むしろ同盟こそ結んでいないものの、家康と歩調を合わせて南信濃を攻める事で、信玄の兵力を削ぎ、あわよくば南信濃を手中にする考えだった。
 義理を重んじてしまうのは、お市の方の甘いところとも言えよう。
「市様、ボルカノ殿が登城されました」
 扉越しに可成が声を掛けた。
「ボルカノが? 何用ですか?」
「丹後は宮津藩が藩主、立花鉄州斎鉄州斎殿の親書をお持ちだとか。詳しい内容は市様に直にお話しされるそうです」
「鉄州斎殿の親書ですか? ‥‥では会いましょう」

 ――半刻後。
 ボルカノ・アドミラル(eb9091)とお市の方は、那古野城の天守にて相対していた。
「丹後は宮津藩が藩主、立花鉄州斎殿の親書にございます」
 ボルカノは懐から恭しく油紙の包みを取り出し、お市の方に差し出した。
 そこには鉄州斎の直筆で、宮津藩への救援と統一に尾張平織家の助力を願い出る内容が書かれていた。
「これは‥‥宮津藩との同盟ですか?」
「はい。宮津は死人や盗賊達に苦しめられており、これを打開するには大軍を以て当たる他有りません。私の進言に、鉄州斎殿と家臣の方々は協議を行い、宮津藩が同盟を結ぶ事で尾張平織家より兵を借りる旨を快諾して下さいました」
 親書に目を通したお市の方の表情がにわかに曇るが、ボルカノは意に介さず、喜々として宮津藩との同盟の経緯を語る。
「京を狙う黄泉人達の勢力は、市様が進める『天下布武』を妨げるものです。京近郊の藩を尾張平織家の参加に収めつつ、黄泉人達の勢力を打倒するのが上策と考えます」
 丹後の千を超える盗賊達を投降させ、支配下に置く事が出来れば、兵力の大幅な補充にもなる、と、ボルカノは丹後の解放と傘下に組み込んだ状況を付け加える。
「‥‥鉄州斎殿の親書を読む限りですと、少なくとも一千は必要ですね。今の尾張平織家でしたらすぐに用意できます」
「では、早速宮津藩と同盟を結び、援軍と!」
「で・す・が、宮津藩へ援軍を送れば、尾張平織家はそのままイザナミと戦端を開く事になります。そうすれば、武田殿と戦う兵を黄泉人へ割かなければならず、南信濃へ出兵できなくなります」
 好感触の返答に、ボルカノは思わず身を乗り出したが、お市の方がピシャリと制した。
 平織家の領地(=尾張・美濃・近江・伊賀)は京都の東側にあり、今のところ、直接攻撃を受けていない。
 お市の方も京都を見捨てるつもりはないが、イザナミ対策はまず西日本に基盤を持つ藤豊の役割と考えている。秀吉が京大阪の兵力を結集して戦っていれば、援軍を送るに躊躇しないのだが、秀吉には兵力の出し惜しみをしている節がある。何の為か、平織を警戒する以外に理由があろうか。
「しかし、播磨も黄泉人の猛攻を受け、既に丹波はイザナミの軍門に降っております。今こそ、征夷大将軍の威を以て西国を救い、天下に平織の武名を轟かせる好機」
 お市の方は迷った。
 彼女は秀吉を信じきれていない。京都を奪った狡猾さ、長州や五条の宮との噂、どれも真実味のあるものだ。今回のイザナミさえ、彼が利用していないと言えるか。
 そして十万とも言われるイザナミ軍相手となれば、平織家は総力で当たらねばならない。それでも勝てるか否かだ。無論、武田攻めどころではない。延暦寺に土下座して虎長の首を差し出す事を想像し、彼女は頭を振った。
 ‥‥それに、平織が武田を牽制せねば、十中八九、源徳は伊達に負ける。
 この一手は平織のみならず、ジャパンの今後を決定づける選択となる。当然だろう、ジャパン第一の大身である平織家が東西、どちらに向かうかという話なのだから。
「ですから、他の尾張藩の武将とも宮津藩と同盟を結ぶかどうかの相談を行いたいと考えていますし、実際に同盟を結ぶのであれば、私自ら交渉に赴きましょう」
「‥‥分かりました。そうですね、武田側の武将や宮津藩に協力している冒険者の意見も聞きたいですから、尾張藩の武将や冒険者と図ってみて下さい。ただ、既に鉄州斎殿や宮津藩の家臣から承諾を得ているという事は、下手な返事はできないという事でもあります。ボルカノ、あなたがどの戦場で戦おうとも、それは自由です。ですが、尾張平織家と無縁の戦いで尾張平織家の武将を名乗り、一度決めた方向性を迷走させていいという訳ではありません」
 お市の方はボルカノに釘を刺しつつ、宮津藩と同盟を結ぶか否かの相談の場を設ける事にした。

●今回の参加者

 ea0927 梅林寺 愛(27歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea6158 槙原 愛(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea9502 白翼寺 涼哉(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 eb0921 風雲寺 雷音丸(37歳・♂・志士・ジャイアント・ジャパン)
 eb3601 チサト・ミョウオウイン(21歳・♀・ウィザード・人間・イギリス王国)
 eb3751 アルスダルト・リーゼンベルツ(62歳・♂・ウィザード・エルフ・フランク王国)
 eb7679 水上 銀(40歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb9091 ボルカノ・アドミラル(34歳・♂・侍・ジャイアント・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

アリアス・サーレク(ea2699)/ 明王院 未楡(eb2404

●リプレイ本文

●もう一つの征夷大将軍祝賀会
 ――尾張藩、那古野城下町。
 尾張藩武将、ジャイアントの侍ボルカノ・アドミラル(eb9091)が話し合いの場に用意したのは、那古野城に程近い旅籠だった。他藩の使者など尾張藩の貴賓が宿泊する藩御用達の、那古野で最高級の大旅籠だ。
(「この旅籠を私が使うのは、今回で最後になるかもしれません」)
 ジャイアントの神聖騎士との共同開催になったが、彼の他に、お市の方こと平織市(ez0210)の親衛隊“母衣衆”に所属する忍者の梅林寺愛(ea0927)やジャイアントの志士、風雲寺雷音丸(eb0921)、侍の水上銀(eb7679)が参加する。
 また、ボルカノが持ってきた親書を認(したた)めた丹後の宮津藩藩主、立花鉄州斎に協力しているウィザードのチサト・ミョウオウイン(eb3601)や、“医療局”局長の僧侶、白翼寺涼哉(ea9502)、一介の冒険者である浪人の槙原愛(ea6158)やエルフのウィザード、アルスダルト・リーゼンベルツ(eb3751)など、尾張平織家に縁(ゆかり)のない者も参加するので、何度も使用しているこの旅籠を取った。


「征夷大将軍任命、おめでとうございますよ〜。これ、護身にも使えますし使って下さい〜。お市さんも女性ですし、着飾らないとです〜。特に‥‥気になる殿方の前では〜」
「これ御休みする時と、お守り代わりにどうぞなのですよ。後、愛、それは禁句なのですよ」
「さ、さり気なく痛い事を言ってくれるわね」
 表向きはお市の方の征夷大将軍祝賀会という事になっている。梅林寺と槙原からの贈り物を受け取りながら、微苦笑を浮かべる。
「さ、熱いから気をつけなよ」
「征夷大将軍就任、おめでとうなのぢゃ。ワシの酌も一献受けてくれるかの?」
「もちろんよ、ありがとう」
 銀やアルスダルトが代わる代わるお酌をしに来る。
「変わった味ですけど、美味しいですね」
「だな。酒も飯も進む」
 呑めないチサトは食べる方に専念していた。お市の方も無理に酒を勧める性格ではないので、最初の乾杯だけ一口口を付けた後、膳の上の伊勢湾で採れた海の幸を中心とした料理に舌鼓を打っている。
 隣では涼哉が、銀の南信州土産のざざ虫の佃煮を肴に手酌で呑んでいる。それに気付いたチサトがお酌をする場面もあり、銀は思わず綻んだ。いい雰囲気だ。
「当のボルカノ本人は遅いな。いつまで着替えに時間が掛かって‥‥」
 雷音丸の言葉を遮るように入口の障子が開けられ、礼服を着用、その下に白無地の小袖を着込んだボルカノが入ってきた。切腹の沙汰が下ってもいいよう沐浴を行ってきた、彼なりの覚悟の表れだった。


●宮津藩との同盟は?
「この度は、私の独断によって尾張藩の方針を迷走させる議題を持ち込んだ事を、お市様を始め、この会議に参加して下さった皆様に、伏してお詫び申し上げます」
 会議はボルカノの土下座から始まった。
「私が独断で親書を認めて戴きながら、宮津藩には申し訳ないですが、この同盟は受けるべきではありません。尾張平織家の軍略を曲げる前例は作れませんし、私が同盟を持ち掛けた時とは事情が些か異なり、藤豊家が丹後の救援に動いた事が挙げられます」
「藤豊家がまずは対応‥‥との筋を通そうとしている以上、平織家が藤豊家以上の支援を行う事は、秀吉公の面子を潰す事になりますしね」
「藤豊に任せるのはあたしも賛成だね」
 ボルカノが自らの提案の却下を進言すると、銀とチサトが頷いた。彼女や母親の明王院未楡は丹後の情勢に精通しているので、その言葉には重みがある。
「俺は、何度か依頼で丹後へ行った事がある。だから民の窮状もよく知っているつもりだ。その上で言わせてもらうが、この情勢では武田に専念すべきだろう」
「征夷大将軍としては、東の地を平定する為に力を割くのが筋でしょうしね‥‥西はチサトさんが仰るように藤豊さんがおられますし、そちらに任せてしまってもよいかと。後方援護はある程度するにしても‥‥」
「西も東もと兵を割くのは、平織の負担が重すぎる。平織と藤豊、各自の役割を果たす事こそ、安祥神皇様への忠義と考えるが?」
 雷音丸の言葉に、槙原と涼哉が藤豊秀吉との役割分担を告げると、お市の方は「その通りね」と口を挟んだ。
 京都より西、大阪や四国、中国は秀吉の勢力圏だ。イザナミに関しては秀吉の勢力圏で起きた事なので、本来なら彼が対処するのが筋と言える。
「戦略的に見ても、宮津藩との同盟は上策とは言い難いと思うのぢゃ。宮津藩との同盟は、即ちイザナミ軍との開戦を意味するからの」
「俺も丹後の民が助けを必要としている事は重々承知だ。もし尾張平織家が、まだ京都を押さえていたのならば、俺からも丹後への出兵を願い出ていただろう。しかし状況は大きく変わっている」
「うむ。聞けばイザナミ軍は10万の大軍とか。全力を以て当たらねばならないが、そうなれば相当の国力を消耗するのは明白ぢゃ。万が一、そこを延暦寺とその協力勢力に衝かれた場合、尾張平織家が危機に陥る可能性は極めて高いと見る。家康公の江戸奪回戦も、尾張平織家の支援なくしては先ず勝ち目が無いしの」
「それが一番恐いな。源徳を見捨て源徳が滅んだ場合、更に勢力を広げた武田の脅威に直接曝される事になる。丹後に全兵力を振り向けているところへ、武田が延暦寺の要請を受けて再び上洛してきたら、今度は一溜まりもないだろう」
 アルスダルトと雷音丸の意見はもっともだった。
 多くの藩の兵力が未だ半農半兵の中、尾張平織家は津島湊と大阪との貿易から得られる利益と、近江藩の経済力を背景に、足軽中心の常備軍を有している。半農半兵は農繁期には合戦を行うのが難しいが、尾張平織家はジャパンでも数少ない『いつでも合戦が行える』藩なのだ。
 故に尾張平織家無くして、10万という大軍を擁するイザナミとの戦いは厳しいものとなる。
 しかし、先の比叡山攻めに代表されるように、尾張平織家は意外と畿内にも敵が多い。こればかりは濃姫が個人でジーザス会を尾張へ誘致したり、その尾張ジーザス会の奇跡で蘇った虎長を延暦寺が勝手に“魔王”呼ばわりしたり、開き直った虎長が“第六天魔王”を名乗ってしまったりと、お市の方としては頭の痛いところであるが、藩主ならば知らぬ存ぜぬでは通らない。大藩主の気苦労と云えるだろう。
「『後悔先に立たず』というが、同情から兵を動かし、その結果、家を滅ぼしては、市様の理想を叶える事ができなくなってしまう。故に、実際的な脅威となる武田の問題が片付くまで、他所へ救援に行く余力はないというのが現実的な判断だろう」
「そうぢゃな。平織家の目が西に向き、その結果、家康公が敗れ、東の防波堤が無くなった状況を想定した場合、武田、新田、伊達の三家と同盟したとしても、先の裏切りの実績があり、信用性に甚だ欠けると言わざるを得ん。有態に言えば、家康公の二の舞が起きないという保障は無いという事ぢゃ。己の意地の為に苦渋の選択をした家康公の方がまだ信用できるぢゃろう」
「尾張尾張家が力を失ってしまえば、イザナミどころではないのですよ〜。そういう意味でも、南信濃攻めがこれ以上遅れれば、色々と問題になると思うのですよ」
「支援したら南信濃攻めが遅れました、では意味がないですし。まずはそちらを優先するのがいいと思いますよ」
「後顧の憂いを絶つ前に西へ向かったら破滅まっしぐらだね‥‥そういう意味じゃ、イザナミ討伐は時期尚早だね」
 雷音丸とアルスダルトが意見を纏めると、梅林寺と槙原、銀が源徳家康と歩調を合わせていく方向で同意した。
 その家康は十月に四千の兵を持って三河藩を出発し、十一月は駿河藩、伊豆の調略に費やしている。小田原攻めが本格的になる十二月には、歩調を合わせるなら尾張平織家も南信濃を攻める必要があった。
(「でも、こんな事でお市様のお気持ちに反し、小藩を見下したなどと悪評が流布されて信用失墜‥‥なんて事になったら目も当てられませんから‥‥何とか筋道をつけないと‥‥」)
 心優しいチサトは、宮津藩との同盟を反故した後の心配をしていた。
「藤豊家に平織家から使者を送り、意向と宮津藩への支援を乞い、宮津藩には提案反故の詫びとしての支援を、藤豊家経由で成す事で決着を図ってはどうでしょう?」
「経済支援なら出来ない事はないです。ただ、藤豊殿を介すよりは、直接、鉄州斎殿へ送りたいですけどね」
「平織家と藤豊家は糸が少々縺れてるから、誰か重みのある人間が解きに行った方がいいんじゃないかな?」
 黒髪の少女の言葉にお市の方が苦笑すると、銀がフォローする。
 お市の方は反骨心が強いせいか、家康や秀吉をあまり信用しない傾向にある。方や最愛の兄の暗殺に荷担し、方や漁夫の利で京都御所に居座っているのだから当然と云えるが、それを補佐するのは臣下の務めだと銀は思っている。
「藤豊家の丹後救援をイザナミとの戦いとの第一歩と捉え、藤豊家が重い腰を上げた事を評価されては? また、藤豊家の丹後藩を纏めやすくする為に、丹後国司の任命権を秀吉殿が有し、お市様が承認すると言う形を取るのは如何でしょう?」
「他藩の政に口出しするつもりはないけど、そんな事出来るのですか?」
「‥‥鉄州斎殿への打診になりますが」
 どうもボルカノは、何事も先走る傾向がある。気負いは時に嬉しいが、武将の落ち着きもあれば末は城持ちにと頼もしく思えるのだが。お市の方は丹後は尾張平織家の家臣でない以上、国司の任命権にまで口出しをする気はない。
「丹後各藩を統率し、連携を図るに有益と思いますし、徒に借りを作るよりは良いと思うのですが‥‥如何でしょう?」
「ミョウオウインさんがそこまで仰るなら、平織家は経済援助による後方支援を行いましょう」
 チサトの助け船で、お市の方はようやく頷いた。
「この機会に重臣を丹後方面へ派遣し、宮津、藤豊と話を付けると共に、現地の視察を行わせたらどうだい? 明智さん、まだ京勤めなんだろ?」
「光秀は京にある尾張藩の藩邸勤めですからね。光秀を丹後へ向かわせるなら、代わりの者を藩邸へ置く必要があります」
「虎光さんに一益さんに丹羽さん、佐久間さんや森さんは南信濃攻めの際に一緒に出兵したり、尾張の守りに就くだろうし、柴田さんはそういうの得意じゃなさそうだしねぇ」
「宮津へ救援を出せぬ代わりとはならないだろうが、せめて俺が一個人で依頼を受け、その一助となれればいいと思っている」
 明智光秀を始め、お市の方のおじの平織虎光、片腕の滝川一益と丹羽長秀、佐久間信盛、森可成(よしなり)など、銀は指折り知将を数えてゆく。その中に柴田勝家が入っていないのは悲しいところ。ライバルを自負する雷音丸も苦笑いだ。


 宮津藩に顔の利くチサトと涼哉が、ボルカノと共に先に連名で認めた早文で断りと謝罪を送り、彼らが使者となって正規の謝罪に赴く事になった。


●仮説村問題
「先の戦における仮設村設営、心より感謝致します。陣営不問の医療活動が出来たのも尾張平織家のお陰にございます。神皇様の御慈悲を汲まれ、民衆救済を果たされた実績は、征夷大将軍殿の御心を知らしめる好機となりましょう」
 宮津との同盟話が一段落したところで、涼哉がお市の方の前へ歩み出て、深々と頭を下げた。
「そんなに畏まらなくてもいいですよ」
「では改めて。仮設村の閉鎖とその後の人々の支援策を纏めてきたので、一読の上、これからも支援してもらえると助かる」
 涼哉は仮設村の提案者であるアリアス・サーレクの署名が入った案を差し出した。
「『ゴロツキの就労対策として、根性の叩き直しは必要だが、腕っ節の強い者を尾張軍の兵士に口利き出来れば』なんて、アリアスらしい意見ですね」
「寒さが厳しくなる前に何とかしてあげたいね。働き口を探してる人達を、津島湊の水運関係で使ってみるのはどうだい? 水運を充実させるなら、人手はいくらあっても足りないはずだよね。見所がありそうなら、川並衆に入れるとかさ」
「それは難しいと思うのですよー。水運業は泳げないと大変なのですよ。一般人は意外と泳げないのですよー」
 お市の方がクスリと笑いながら概要を読んでいる間、銀が就労対策案を出すが、意外な事に梅林寺が難色を示した。
 普通に泳げる冒険者からすれば意外かもしれないが、水泳は訓練が必要で、一般人には泳げない者も少なくない。
「概要を読んだ上でお応えしますが、先ず、『要支援者の選定は医局で診断』というのは、医局の関係者で健康診断を行える者が仮設村に常駐しているかどうかですから難しいですね。『健康な者には就労可能の旨診断書に明記』も同様の理由で難しいです」
「そうか‥‥残念だ」
「『閉鎖前後の治安対策』と『無就労者への就労対策』は引き受けましょう。南信濃攻めの際、美濃藩や近江藩に押さえの兵を置く必要がありますから、そこから治安維持へ少し割きます。また、就労は尾張藩内は楽市楽座を布いていますから、働き手は足りないくらいですので、その気があればいつでも来て下さって構いません。ゴロツキは尾張平織家で引き取りましょう。勝家の訓練を受けて何人残るか、そちらの方が心配ですね」
「それは助かる」
「最後の『民による帝都防災活動』ですが‥‥これも難しいですね。京には既に『新撰組』と『見廻組』、『黒虎部隊』の三つの組織がありますから、更に増やす事でこれらの組織との軋轢を生む事は容易に想像できます」
「‥‥確かに一理あるな」
 帝都防災活動は、尾張平織家の援助の元に民間の自警組織の設立し、他の治安組織の手の届かない防災活動を主目的としているが、彼の真の狙いは放火魔や朝敵の牽制にあった。
 しかし、尾張平織家は既に黒虎部隊を有しているし、他の組織との軋轢を憂慮すると認められない。
 とはいえ、半分は受け入れられたので良しとして下さい。


●宮津藩へ
 会議の内容を認め、連名に加わったボルカノは、此度の責に対するお市の方の沙汰を待った。
「私に出来る事の中で、償っていく事を血判状に認めるつもりです」
「命を絶ったところで問題が解決する訳ではありませんからね。ただ、私が配下でしたら、将としては信頼をする事は申し訳ないですけど出来ないので、いち兵士となり信頼の回復を図った方がよいと思います」
「誰も損をしないのであれば、それが得策だと思うのですよー」
 槙原も梅林寺も尾張藩の武将の地位を返上した上で、一介の冒険者の立場から協力を続ける事を推した。
「安易に命を絶って責任を取ったつもりになるは認めません。ボルカノ、あなたを尾張藩の武将から除名します。今後は尾張平織家の政には参加せず、いち冒険者として活動して下さい」
 お市の方も元より命を奪うつもりはない。ボルカノは深々と頷いた後、お市の方が用意した早馬に跨り、チサトと涼哉と共に丹後は宮津城へ向かったのだった。