東奔西走
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■ショートシナリオ
担当:菊池五郎
対応レベル:フリーlv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月10日〜11月25日
リプレイ公開日:2008年12月16日
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●オープニング
京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
悲願の上洛を果たしたお市の方は、虎長すら成し遂げられなかった武官の最高位、『征夷大将軍』の座に登り詰めたのだった。
――那古野城。お市の方の本拠地だ。
那古野城は虎長の妻・濃姫が城主となっていたが、彼女は義妹であるお市の方に城を譲ると、本人は那古野城の城下町の一角に聳え建つ、尾張ジーザス会の大聖堂(=カテドラル)へその居を移した。
もっとも、尾張ジーザス会の奇跡によって蘇った虎長は、先の比叡山攻めの責任を取って美濃藩の岐阜城へ無期限の蟄居処分となり、濃姫も夫に付いていったので、今や大聖堂は尾張ジーザス会の象徴でしかないが。
「私の征夷大将軍就任の祝賀会?」
「そうさね、征夷大将軍に就任したんだから、領民に広く知らしめる為にも祝賀会を開くべきさね」
お市の方は別件で那古野城にいたが、そこへ登城した尾張藩の武将ネフィリム・フィルス(eb3503)に“征夷大将軍”に就任した祝賀会を大々的に行いたいと進言された。
ちなみに、お市の方は常に那古野城に居る訳ではない。執務は城内の本丸御殿にある自分の部屋で行っているし、午後になれば城内の訓練場で兵と一緒に汗を流したり、城下町や馬で遠乗りできる範囲の領地へ出掛けて領民の陳情を直に聞いたりと、何かとアクティヴに動いているので、アポイント無しではなかなか捕まらない。
そういう意味では、ネフィリムは運が良いといえる。
「そういえば、安祥神皇様に開いて戴いた祝賀会以外では開いていませんね」
頬に手を当て、軽く首を傾げて思い出すお市の方。それだけ征夷大将軍に就いて以降、その手の祝賀会を行っていない表れだった。
こういう場合、大々的に祝賀会を開いて、内外へ知らしめるのが普通だ。もちろん、安祥神皇が開いた祝賀会では、各藩の代表が来ていたし、公家もほぼ全員参列したので、お偉いさんでお市の方が征夷大将軍である事を知らない者はいない。
しかし、冒険者や一般人はその限りではない。
ネフィリムは内心苦笑する。
尾張平織家は木曽三川(=木曽川、揖斐川、長良川)を利用した貿易が盛んな河港町、津島湊を持っているし、領地の近江藩は琵琶湖を使った京都との貿易で莫大な利益を上げている。
他の藩の兵の大半が農民兵であるのに対し、尾張軍の兵はこれらの経済力を背景に、足軽中心の常備軍だ。給料を保証している常備軍だからこそ、『1C斬り』――1Cでも盗んだ者はその場で斬る――といった非常に厳しい軍規も守らせる事が出来るのだ。
加えて、柴田勝家や滝川一益といった、昔から尾張平織家に仕える武将に酒の席で聞いた話だと、お市の方はお姫様であった頃は他のお姫様と同様にかなり豪遊していたそうだ。
虎長の後を継いで尾張平織家の当主となってからは、自分の事は二の次に藩の事を第一に考えてきた表れだろう。
「藩の財政を考えて、自分の事を慎ましやかにするのは美徳だけど、こういう事は大々的にアピールすべきさね‥‥表向きは」
「表向きは?」
「実のところは、尾張平織家は大きくなった分敵も多くなり、延暦寺を始め、外交上抱えてる問題も多いさね。征夷大将軍のアドバンテージを活かして解決の為に動きたいさね」
ネフィリムは征夷大将軍の祝賀会を大々的に行うと同時に、その名声を外交に使用したいと切り出した。
「市サンの最終的な目標が長州討伐である以上、背後に当たる関東の安定は不可欠さね。盟を結んでいても裏切られた源徳公の姿は明日の我が身と肝に命じ、信頼できる相手と、確かな絆を結び、新秩序を成立させなければ長期に渡る遠征は不可能さね」
「確かにそうですね」
「それに、延暦寺との和解が無理でも、三井寺や高野山、または親鸞上人と協調を強めれば、延暦寺の勢いを押さえる事も不可能ではないさね」
「それはありますね」
ネフィリムの案にお市の方は逐一相槌を打つ。そもそも、お市の方が準備する南信濃攻めも、何かにつけて平織家を目の敵にする比叡山延暦寺と武田信玄の関係があればこそ。信玄坊主に、比叡山と組んで平織と戦うは不利と思わせる事が目的と言ってもよい。
無論、戦以外の方法で比叡山を抑制できるなら、それに越した事はない。
ただ、尾張平織家は比叡山以外の寺社勢力にも覚えは良くない。一つには、那古野城下町に聳え建つ大聖堂と尾張ジーザス会。そもそもは濃姫が暗殺された虎長を供養するために誘致した。その時の濃姫の心情は察して余りある。お市の方も諸将も黙認するより無かった。那古野城より巨大な大聖堂が建てられた時にはさすがに狼狽したが、ジーザス会の奇跡で虎長が蘇った。
その後、一度は諸大名への影響を鑑みて大聖堂を解体しようとしたが、延暦寺と戦った虎長は天台座主慈円に肉体を破壊され、仏教勢力の敵とされた彼の治癒にはジーザス会を頼る他無かった。この事件で天台宗と決裂した虎長は自ら魔王を名乗り、尾張はジーザス教派という評判も固まった。
「三井寺も高野山も、ジーザス教徒を好まないでしょう?」
「商売敵だもの。良い顔はしないさね」
二度の奇跡を見せたジーザス会を追い出すのも不義理である。国際的な評判もある。月道が開放された現在、ジャパンでジーザス教弾圧が起これば最悪、ジーザス教国に攻められかねない。一大名の立場では考え無いような事も、征夷大将軍ともなれば気にするらしい。
「まあ、仏教を排除する意志なんてないから、仲良くしてくれたら一番いいのだけど」
三井寺や高野山、親鸞上人と協調路線を進める場合、そのあたりをどう説明して交渉するかが焦点となるだろう。
「分かりました。同盟を結んだり、協調を強める相手は、ネフィリム達で図って下さい。私は必要であれば書状を認(したた)めますし、1000Gくらいまででしたら同盟の手付け金を支払いましょう」
お市の方は征夷大将軍の祝賀会の席で、同盟を結んだり、協調を強める相手を図って欲しいとネフィリムに告げた。
●リプレイ本文
●征夷大将軍祝賀会
――尾張藩、那古野城下町。
他藩の使者など尾張藩の貴賓が宿泊する藩御用達の、那古野で最高級の大旅籠は、尾張藩武将、ジャイアントの神聖騎士ネフィリム・フィルス(eb3503)とジャイアントの侍によって貸し切りとなっている。
入口の前には『祝 平織市 征夷大将軍就任』と垂れ幕が掲げられ、那古野城下の人々にも藩主平織市(ez0210)ことお市の方の祝賀会が大々的に行われている事をアピールしていた。
「酒も食事もぎょうさんあるでー! こない目出度い日は、みんなで盛り上があな損やでー!!」
「今日は目出度いお市さんの将軍位就任祝賀会だ、さぁ、どんどんやってくれ!」
「珍しい華国風料理もあるアル。我が輩が腕に寄りを掛けたアル!」
京染めの振袖に着替え、身奇麗にした忍者の将門雅(eb1645)と、レンジャーのクロウ・ブラックフェザー(ea2562)、河童の武道家、張真(eb5246)が大旅籠の前で道行く人々に酒や料理を振る舞っている。これらは全て、京都に万屋『将門屋』を構える雅の提供だ。彼女は金額こそ伏せているが、その量からかなりの額の食材や酒などを仕入れたのが分かる。達人級の料理の腕前を持つ真が、それら食材をジャパンの調味料で華国風料理へ調理し、用意されたジャパン酒やどぶろくに合わせた味に整えている。
「この焼き蕎麦は美味しいですね」
「焼き飯はどぶろくとよく合うし、エビ料理はジャパン酒の肴にもってこいだ」
志士の茉莉花緋雨(eb3226)と神聖騎士のアルディナル・カーレス(eb2658)は、専ら食べる役だ。藩主の祝賀会という事もあって一般人は萎縮してしまい、誰かが切っ掛けを作らないと、なかなか始めの一歩を踏み出せない。それに真の料理は本当に美味しく、二人がほくほくと食べる様子に人々も惹かれ始め、次第にお酒や料理を取りに来るようになった。
「お酒がダメな人、呑んじゃいけない子には甘酒もあるよ♪」
呑んではいけないお年頃のファイター、ミネア・ウェルロッド(ea4591)が女性や子供達に甘酒を勧める。
「市サン、みんな始めてるさね」
「雅、クロウ、真、ミネア、緋雨、アルディナル、ありがとう。今日は私の祝賀会だから、皆さんも遠慮なく楽しんで下さいね」
那古野城へお市の方を呼びに行ったネフィリムが戻ってくる。その言葉に、那古野城下の人々は彼女の側へ寄って口々にお祝いの言葉を告げ、お市の方も笑顔で応えてゆく。
「どうやら間に合ったようだな」
そこへ到着が遅れていた侍のアラン・ハリファックス(ea4295)が愛馬リットリオで駆け付け、祝賀会のメンバーは揃った。
お市の方は親衛隊“母衣衆”や冒険者との会議があるので、先に大旅籠の中へ入り、雅達は料理や酒が無くなるまで人々に振る舞い続けた。
「此度の将軍位就任、祝着至極に存じます。平織の臣下として、今後も全身全霊を以ってお仕えする事を誓います」
家臣達との祝賀会は既に終えているようで、クロウ達との祝賀会は内々だけの酒宴になった。彼が提供した名酒「菩提泉」で乾杯の音頭が採られる。
「それじゃぁお言葉に甘えて‥‥責任も重くなったろうけど、俺もそれを少しでも背負えるように頑張る。お市さんは1人じゃないから」
「新撰組は辞めてきたよ。これからも、尾張藩として市さまに付いてくから、宜しく♪」
「お市さま、征夷大将軍就任おめでとうございます。天下布武の為、より一層頑張る事を誓います」
先ず、尾張家の武将のクロウやミネア、真から祝辞を述べ、お祝いの品を手渡してゆく。
「尾張では多くの事を学びました。新年に書き初めた『しゅうしょく』、お陰様で果たせましたよ」
続いて、今や藤豊秀吉に仕える身となったアランが、尾張での過去を交え挨拶する。
「そういえば、滝川おにいちゃんを頭に置いた大規模な忍集団の編成、推していいかな? もし必要なら、滝川おにいちゃんと早速編成に動きたいんだけど」
「ミネアも『尾張水軍』に入れるけど、編成は一益と正勝に任せてあるわ」
アランの言葉でミネアが思い出したように切り出すと、お市の方は、尾張水軍の編成は滝川一益と蜂須賀正勝(小六)に任せてあると告げ、彼女もその編成に入れる事は承諾した。
「【誠刻の武】代表として、お市様へ征夷大将軍就任の祝辞を述べさせて戴きます」
「市様、征夷大将軍就任おめでとうございます。女性であり志士である市様が武家の頂点に立たれた事を、同じ女性として、そして志士として誇りに思います」
「征夷代将軍就任おめでとう。これから大変やろうけど、色々と動いてくれる人らもおるし大丈夫やで」
アルディナル、緋雨、雅と祝辞と献上品が続く。
「政(まつりごと)に興味がなかった時は、京の反物屋の反物を全部買い占めたりとかしましたね」
「それはまた、剛毅な豪遊ですね」
「ああ、その噂、聞いた事あるで。あれ、公家(いいとこ)のお嬢はんかと思ってたら、お市はんだったんか」
「あの時は虎長お兄様が存命でしたから出来た事ですし、今思い返すと恥ずかしいですけどね」
クロウが酒宴の座興とばかりに横笛「葉二」で一曲披露する中、緋雨に尋ねられ、お市の方は若気の至りとも言うが、豪遊伝を話す。
●同盟関係
「同盟かぁ‥‥確かに、遠い目で見て五条の宮様を討伐するには、後ろの守りを誰かに任せなきゃいけないもんね。信頼出来る勢力というと‥‥」
「一番厄介なのは武田を擁する比叡山延暦寺さね。ここに匹敵する勢力の、高野山真言宗と友好関係を築くのが得策さね」
宴もたけなわになったところで、ミネアの言葉を皮切りに、ネフィリムがこの酒宴の本題を提示した。
「濃姫さんが熱心なジーザス教徒に改宗しちまったから誤解されがちだけど、お市さんの幼馴染みの神音さんは熱田神宮の姫巫女だし、津島湊は元々津島天王社の門前町だ。これらを見れば、お市さんを始め、尾張平織家の家臣は仏教を疎かにしてない、むしろジャパン古来の信仰を重んじてると分かるはずなんだけどな」
クロウがお市の方の幼馴染み、熱田神宮の巫女を統べる藤原神音(ez1121)を引き合いに出した。暗殺された虎長の葬儀が行われたのは熱田神宮だ。
しかし、葬儀の後、妻の濃姫が夫の遺体を埋葬せずに引き取り、ジーザス会を尾張へ誘致して一年掛かりで大聖堂(=カテドラル)を建造し、ジーザス会の奇跡で虎長を蘇らせて今日に至っている。
「その辺りは、虎長公の“第六天魔王”といった暴言を詫び、尾張平織家が仏教勢力を敵視せず、ジーザス会派でもない旨を説明する必要はあるさね」
「ですね。比叡山が鉄の御所の鬼と組んで京の都を攻めた事実や、諸藩に取り入って僧侶や僧兵を合戦へ駆り立てようとしている暴挙を考えれば、仏門も自制し、教えの本質を取り戻す時期なのではと、十分諭せますしね」
「場合によっては、先の比叡山攻めの責任を取って、美濃藩の岐阜城へ無期限蟄居(ちっきょ)処分になっている虎長公を、人質として高野山に入れる事も視野に入れて考えて欲しいさね」
ネフィリムは緋雨の提案に厳しい条件を付け加えてお市の方へ告げる。
宗教勢力は他に案が出なかった事もあり、ネフィリムとクロウ、緋雨とアルディナルがお市の方の親書を持って高野山へ向かう事になった。
「平織は武田と事を構えるとの事。ならば尚の事、丹後宮津への支援は藤豊に肩代わりするよう頼むべきでしょう。丹後の処理を機に、東は平織、西は藤豊という分担をも図れます。無論、互いの大事には物資のみならず派兵も含め、共に手を取り合い事にあたりましょう」
「宗教勢力なら高野山、藩主なら藤豊家で問題ないと思います。ただ、秀吉様と結ぶのでしたら、東西の問題が解決するまで『不戦の条約』は締結すべきです」
「ミネアが推薦するのも藤豊おじちゃん‥‥なんだけど、市さまを含め、尾張平織家内からの反対の声が強そうだよね」
アランが藤豊家との関係強化を推すと緋雨が後押しした。しかし、ミネアが言うように、秀吉の名前が出た途端、お市の方の笑顔が引きつった。
(「市さまは今でも五条と藤豊は裏で繋がってると思ってるし、京都をいずれ取り返そうっていう意思もありそう‥‥」)
ミネアと真は同じ意見のようで、二人は頷き合う。
「藤豊家が五条の君と内通しているなら、尾張平織家の力が得られないと分かれば、京から安祥神皇様を長州へ攫い、五条の君と共にイザナミと戦う事も大いに有り得るのに、それを行わず、丹後へ兵を送り、イザナミと戦端を開いたのは、尾張平織家を信じ、共に戦う意思が有ると感じるアル」
「それに、市さまに征夷大将軍、虎長おじちゃんに右大臣という地位まで与えられた今、風波を立てる時じゃなくって協力していく時だと思うな。いずれはどうなるか分からないけど、武田、上杉は手を組む可能性あるし、新田は読めない。駿河藩も不気味だし、源徳は昔以上の繁栄は無いだろうし‥‥」
「征夷大将軍と関白が冷戦では、全国に不安を招くばかりアル。藤豊家との仲を深めるのは天下布武に必要不可欠アル」
「今は、唇を噛んでも藤豊との同盟は利があると思うよ。何も、頭を下げるような同盟じゃないしね」
「うちは商人やさかい、両方が儲かり、潤わないと協調は長続きせんって思うんや。それに無い袖はどんなに頑張っても振れんしなぁ。せやから、尾張藩が西にも東にも兵を出せん以上、西は藤豊公に任せても尾張藩にとってそない不利益は被らんと思うで」
真とミネアがお市の方を説得し、雅があくまで第三者として、商人の視点から相互が利を得る妥協点を探り調整する。
「お市の方の秀吉公への疑念があれば、お聞きします」
「言いたい事は山ほどありますけど、アランを介しても私の言葉としては伝わらないでしょうし、第一、フェアではありません。いつか、そうですね、天下布武が成った曉に洗いざらいぶちまけましょう。でも私も尾張平織家の当主でもある以上、いつまでも個人の感情に流されるつもりはありません。いいでしょう、秀吉公と同盟を結びます。但し、不戦の条約が条件です」
「そのお言葉、秀吉公へお伝えしましょう」
アランへ一気に捲し立てるお市の方の表情は、清々しい程に凛々しく、そして美しかった。藩主や当主を経て、精神的に一回りも二回りも大きくなっているとアランは感じた。彼は本当に征夷大将軍の器に相応しいかも知れないと内心感心しつつ、ニヤリと邪笑で返した。
「北条家の窮状を御救い戴ければ尚幸いと思っている次第です。北条家が武田と結ぶ事を避ける事で、尾張平織家にも戦略的なメリットが生まれます」
アランを始め、ミネアが秀吉の元へ行き、雅が見届け人となる打ち合わせをしている最中、今まで聞き手に回っていたアルディナルが北条家との同盟を提案した。
「北条家が中立である限り、武田は多少なりとも小田原に兵を割かねばならず、結果、南信濃への投入戦力を減少させる事が可能かと。平織家と藤豊家の盟を強くすると同時に神皇を通じ、北条家は神皇側という立場を明確にさせ、此度の戦に関しては中立を貫く事を認めた勅旨を出して戴けるよう、平織、藤豊両家から働きかけて戴きたく」
「‥‥そこで北条家の名前を聞くとは思わなかったわ。ただ、家康殿は、北条家には煮え湯を飲まされているし、源徳軍は北条を攻める気なのでしょう。平織が横から口を出すのはどうかしら?」
「此度の戦で、万一、源徳公が滅んだ場合、平織家の後背に対し、北条家を除けば一番近いのは武田です。武田は延暦寺と結び付きが強く、油断がなりません。今は良くとも今後の情勢次第では事態が変化する事も考慮すれば、北条家と反源徳勢力を結ばせない事が肝要かと」
「その為に南信濃を攻めるのだから。関東が誰の者になろうと、平織家の本分を忘れるつもりはないわ」
北条家と平織が同盟を結ぶという事は、既に駿河を呑み込むつもりでいる家康の行動を妨害するということだ。平織と源徳は軍事同盟を結んだ訳ではないが、今は和睦し、互いに利用しあう仲だ。お市としては、ここで余計な波風を立てたくない。
更に云うなら、お市は源徳軍の東進を武田攻めに利用しようとは考えているが、家康の江戸攻撃に協力している訳ではなかった。朝廷を敵に回す覚悟の家康とは、一定の距離を取るのが互いのためという計算がある。アルディナルの献策に乗れば、その計算が狂う。破綻は仕方無いとしても、早すぎる。
「早雲や政宗なら、別なのでしょうけど」
お市は革新的な藩主ではあるが、アルディナルが家康と早雲を説得できると信じられるほど、博打うちでは無かった。
●同盟締結へ
お市の方は書状を認(したた)めるからと人払いをし、アルディナル達は大旅籠に用意されたそれぞれの部屋へ行った。
二人きりで話したいと申し出た雅のみ、この場に残った。
「うちはな、綺麗事とか理想論とかゆわれるお市はんの考えは好きやで。理想や夢なくして、人の幸せなんてあらへんさかいな。尾張藩主とか征夷大将軍とか関係なく、お市はんの支持者やからな。まぁ『将門屋』とゆう小国の主で頼りないかも知れんけどな」
「そんな事ありませんよ。雅の歯に衣着せぬ物言いは、私好きですもの」
「それ、褒めてるように聞こえへんけどな」
雅とお市の方は笑い合う。
「これは先程の返礼です。それにこれから南信濃を攻めますから、より多くの物資が必要になります。仕入れは将門屋にも期待していますから勉強して下さいね」
「参ったな、お市はんも商売上手やで」
お市の方は認めていた書状の一枚を渡した。それは将門屋が津島湊で自由に貿易が行える、藩主の署名入りの手形だった。津島湊は尾張藩の経済の中心地であり、近江藩に次ぐ尾張平織家の台所でもある。そこで商売が出来る事は、商人としての腕を試す絶好の機会といえた。
高野山は女人禁制なので、クロウとアルディナルが先立って山に入り、取り次ぎを願い出た。
ネフィリムと緋雨達が臨んだ、金剛峯寺側との会見は麓の真言宗の寺で行われた。尾張平織家は座主との会見を望んだが、金剛峯寺の代表は武士出身の木食応其。
「平織家との同盟とは願ってもない。私が必ず座主様を説得いたします」
木食の態度はかなり友好的で、平織家が金剛峯寺座主を大僧正へ推挙する事と引き換えに、高野山は協力を約束した。
「お市の方は義理堅いお方。丹後の件を了承して下されば、藤豊と平織の関係は大きく前進します。イザナミ対策も、丹後を纏め、藤豊と平織が力を合わせ、いざという時に有機的に動けるでしょう」
ミネアと雅、真が同席する中、アランが尾張平織家からの要望を伝える。
「云うに及ばず。誰が敵対する者を征夷大将軍にするものかよ」
秀吉はそう言って平織家との同盟を了承したのだった。