紫陽花に魅入られて‥‥

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:1〜4lv

難易度:やや難

成功報酬:1 G 0 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月26日〜07月31日

リプレイ公開日:2004年08月04日

●オープニング

 その日、キャメロットにある冒険者ギルドを訪れたのは、初老の男性だった。
「お忙しいところを失礼します。依頼をお願いしたいのですが、宜しいでしょうかな?」
 初老の男性はギルドの受付嬢に恭しく一礼した。
 物腰はあくまで柔らかく上品に。
 白髪が混じった銀色の髪はオールバックに。
 鼻の下に髪と同じ色の髭をたくわえた、まさに紳士という言葉を具現化したような、そんな男性だった。
「私の名前はグレイスンと申します。本日は、郊外にあるお屋敷の使いで参りまして‥‥」
「ああ、あの“花屋敷”ですね」
 老紳士――グレイスン――が挨拶をすると、受付嬢はそのお屋敷に思い当たる節があった。
 花屋敷といっても遊園地ではない。そういう俗称で呼ばれている貴族の別荘の事だ。
 花好きの貴族の娘が住んでおり、屋敷の周りに常に四季折々の花が咲き誇っている事から、ギルドの者や庶民の間ではそう呼ばれていた。
「最近、夜になるとお屋敷の花を荒らす不届き者が現れるのです‥‥お嬢様が手塩に育てた大事な花をですよ!?」
 グレイスンはハンケチを取り出すと涙ながらに語った。歳の所為か涙腺が脆いようだ。
「荒らされるような心当たりはありますか?」
「実は先日、旦那様がお嬢様の為に、ジャパンから珍しい花をお取り寄せになられたのです。アジサイという花なのですが」
 紫陽花はジャパンにのみ自生する花で、わざわざ花好きの娘の為に輸入したのだという。
 お嬢様は紫陽花を大層気に入り、鉢に入れて常に自分の手元に置いていた。
 どこからかその噂を聞き付けたのか、紫陽花を狙っているらしかった。
 イギリスにはほとんど出回っていない貴重な花だけに、盗んで転売すれば良い値が付くだろうと受付嬢は思った。
「幸い、今のところは屋敷の周りの花だけで済んでおりますし、私共屋敷の者が護っておりますが、お嬢様の御身にもしもの事があれば‥‥このグレイスン、旦那様に生きて顔向けできません」
「それで、お嬢様とアジサイの護衛に冒険者を雇いたいのですね?」
「はい。ただ、条件が御座いまして‥‥」
 グレイスンは覚悟を語り、涙を拭ったハンケチをしまうと、今度はバックパックから綺麗に折り畳まれた執事服と侍女服を取り出した。執事服は今グレイスンが着ているのと同じ物だ。
「お嬢様は生まれつきお身体が弱く、お屋敷とその周りからほとんど外へ出た事がないのです。冒険者の事も物語の中の知識でしかなく、実物は見た事のない、戦いとは無縁な生活を送っておられます。ですので、冒険者には、お嬢様が見慣れている屋敷の使用人として護衛に就いて戴きたいのです」
 グレイスンなりのお嬢様への配慮だった。
 しかし、執事服や侍女服を着る為、鎧やメタルバンドなどの防具は付けられないだろう。また、大型の武器も携帯するのは不自然だ。
「使用人は格好だけでも構いませんが、学問や教育、礼儀作法が得意な方や外国語が堪能な方、家事や調理ができる方にはその分、報酬を上乗せしましょう。植物に詳しい方には是非、お嬢様の話し相手になって欲しいですな」
 冒険者が使用人になっている間、実際の使用人には休暇を出すのだという。

 話を聞き終えた受付嬢は依頼書を書き上げ、同じように依頼書が貼られている壁に新たに貼り付けた。
 制約のある一風変わった護衛の依頼だが、お嬢様と紫陽花を是非護って欲しい。

●今回の参加者

 ea0286 ヒースクリフ・ムーア(35歳・♂・パラディン・ジャイアント・イギリス王国)
 ea0387 シャロン・リーンハルト(25歳・♀・バード・シフール・ノルマン王国)
 ea0445 アリア・バーンスレイ(31歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea1180 クラリッサ・シュフィール(33歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea1434 ラス・カラード(35歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea1968 限間 時雨(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea2685 世良 北斗(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea2698 ラディス・レイオール(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●リプレイ本文


●花屋敷とお嬢様
 執事のグレイスンが用意した送迎用の馬車の乗り心地は最高だった。しかし、シャロン・リーンハルト(ea0387)は車窓から覗く、同じような林の風景にそろそろ飽きてくると――それが目の中に飛び込んできた。
「わぁ〜〜〜! 綺麗な所だね〜〜〜!!」
 林が開けたそこは空から柔らかな陽の光が差し込み、優しく、可憐に、そして綺麗に咲き誇る花々に囲まれた、ログハウス風の屋敷が建っていた。
「‥‥これが噂の花屋敷か‥‥」
「花は育てる人の想いや愛情といった心を、そのまま映し出すといいます。この花々を育てているお嬢様は、本当に心の清らかな、そして花の好きな方なのですね」
 園芸好きのヒースクリフ・ムーア(ea0286)とラディス・レイオール(ea2698)は、花屋敷の事は聞き及んでいたが、実物の聞きしに勝る素晴らしさにヒースクリフは言葉を失った。
 貴族の間で栽培が始まったばかりのバラを始め、イギリスに自生しているおおよそ全ての花がここに咲いていた。
 御者を務めていたグレイスンは、ラディスの言葉を最高の賛辞と受け取り、ポケットからハンケチを取り出して溢れる感涙を拭った。
「まったく、何でこんな綺麗な花を盗ろうとするのかな、理解できないね。花はありのままが一番綺麗なのに」
「このお花の美しさが分からないのは、ある意味悲しい事ですね〜」
「ううむ、花を愛するあまりに盗むのならまだ情状酌量の余地はあるが、単なる金銭目当てで花を盗むなど言語道断!」
「お嬢様もアジサイの花も必ず守ってみせます。お任せ下さい」
 アリア・バーンスレイ(ea0445)とクラリッサ・シュフィール(ea1180)は馬車を降りると、シャロンと一緒に近くの花を目で楽しんだ。
 ヒースクリフとラス・カラード(ea1434)は、改めてグレイスンに依頼を必ず遂行すると約束した。
 すると花々の中に埋もれて、一人の少女が土をいじっているのに気付いた。身体の線は細く、強く抱き締めれば折れてしまいそうな――“深窓の令嬢”という言葉が相応しい少女だった。
 少女の近くには、紫陽花の花が植えられた鉢が置かれていた。
「紫陽花や、悲恋の姫の、墓どころ‥‥失礼、あなたを見ていたら、紫陽花に因んだ句が浮かびましてね」
「アジサイにちなんだ句、ですの?」
「俳句っていう、ジャパンの文化だよ。初めましてお嬢様。私は限間時雨、短い間だけどお嬢様のジャパン語の講師だよ」
 世良北斗(ea2685)が詠んだ俳句を耳にした少女は、聞き慣れない旋律に首を傾げながら立ち上がった。限間時雨(ea1968)は馬車の中で、どうやってお嬢様にジャパン語への興味を湧かせるか考えていたが、北斗の俳句が切っ掛けになると踏んだ。
「フローラお嬢様、この方達が臨時の執事とメイド達で御座います」
「グレイスン、お帰りなさい。あら、そうでしたの‥‥フローラですわ、よしなに」
 グレイスンが歩み出て、恭しく礼を取りながら北斗と時雨達を紹介すると、少女――フローラは紫陽花の鉢を小脇に抱え、空いている手でスカートを軽く持ち上げて、たおやかに微笑んだ。

●執事とメイドは重労働
 ラス達男性には執事服が、アリア達女性にはメイド服が支給された。
「う〜ん、着てみたかったのでちょっといいかもしれないですね〜」
「クラリッサ、お似合いだよ」
 クラリッサはメイド服が着られたのが嬉しいのと、シャロンに誉められた事もあって、くるくるっと回ってちょっと浮かれていた。
 無理もない。一般的に貴族の中でもメイド服というものが用意されているのは希なのだ。
 衣服は仕立て屋が注文に応じて手縫いで作るので、当然ながら高価で階級の象徴でもあった。それを自由に着られるのは、王侯貴族か裕福な商人くらいだった。庶民は自家製のものか古着を着ており、使用人は主人のお下がりをもらうのが普通だった。
 どうやらフローラの屋敷ではメイドは使用人ではなく、貴族令嬢の礼儀作法見習いの事を指し、一人一人に礼服相応のメイド服が用意されていたようだ。
「むむぅ、メイド服か‥‥何か変な感じ‥‥もぞもぞするっていうか。軽くて風通しのいい服が好きなんだけどなぁ。スカートとか切っちゃったり‥‥は駄目だよねぇ」
「確かに少し蒸れるけど、直に慣れるよ。それによく似合ってるのに勿体無いよ」
 時雨は洋服を着慣れていなかったが、アリアがお得意の裁縫でちょっと手直しをすると、それだけでだいぶ着心地がよくなった。
 一方、ヒースクリフは自分の巨体に合うサイズの執事服があるか気にしていたが、グレイスンが特別に仕立てた物を用意していた。
 ラディスの、ラスの、そして北斗の執事服もまた、サイズはぴったりだった。

「家事をやるついでに、屋敷の構造を把握しておこうかな」
「今のところ、フローラお嬢様にはクラリッサさんが付いているから大丈夫でしょう」
 アリアがモップを構えると北斗が手伝った。フローラは生まれ付き身体が弱く、こまめな掃除が言い渡されていたのだ。
 屋敷といっても部屋数は多くなく、2人はすぐに部屋の位置を把握し、どの経路で屋敷の外へ一番早く出られるか等、屋敷の構造を頭に叩き込んだ。

「幸せだなぁ。私は君達とこうしている時が、一番幸せなんだ」
「ふふふ、早くもこの子達と仲良くして下さっているのですわね」
「天気もよくて、絶好の花日和ですね」
 ヒースクリフとラディスは庭師の仕事をしていた。常に周囲に四季折々の花々が咲くここは、ヒースクリフにとって楽園に等しかった。
 満開に咲き誇る花達に話し掛けていると、フローラがバケツを持ってやってきた。
 ラディスはフローラと一緒に水を蒔きながら、花談議に花を咲かせた。ラディスの花の知識は達人の域に達していたが、フローラも同じくらい多くの花の事を知っていた。
「こちらに居ましたか‥‥お嬢様は本当に花を愛しているのですね。どの花もあなたの愛を受けて美しく咲き誇っています。それではここで、イギリス語の勉強をしましょうか」
 フローラの姿を認めたラスは、聖書を取り出しながら歩み寄っていった。

「い〜い? ここの発音はね‥‥」
 夕方になると、フローラの自室でシャロンによるシフール共通語の講義が始まった。
 お嬢様たるもの、貴族の社交界で恥を掻かない為にも語学が堪能でなければならず、フローラはシフール共通語を真剣に習った。
「そうそう、上手い上手い☆ それじゃ、忘れないうちに、もう一度復習しよっか☆」
 木綿が水を吸うようにフローラはシフール共通語を覚えていき、シャロンも教え甲斐があった。

「『私の父はイギリス出身です』、はい」
 シャロンの後、夕食までの時間に時雨がジャパン語を教えた。
 北斗が詠んだ紫陽花にまつわるの俳句が気に入ったのか、フローラはジャパン語も熱心に学んだ。
「『実は私、家出中です』、はい」
「それは時雨の事ですの? わたくしも同じようなものですわ‥‥」
 分かりやすくジャパン語を教える為に自己紹介を織り交ぜた所為か、時雨の身の上を知ったフローラは悲しそうな表情を浮かべた。フローラも親元を離れて暮らしているのだ。

 アリアが作った夕食で舌鼓を打った後、クラリッサは自室に戻ったフローラの服を脱がし、身体を拭いていた。
「アリアの食事は美味しかったですわ。いつもはグレイスンと二人だけですが、皆さんで食べる食事は楽しいですわね‥‥あの、クラリッサ、服を着せて下さいます?」
「あ、は、は‥‥すみません〜。その事をアリアさんに言ったら喜びますよ〜」
 実家では家事の類はやらせてもらえなかった為、不慣れな点が多く、笑って誤魔化しつつ謝る事もしばしあったが、フローラは特に咎めなかった。
 アリアは十人分の食事を、腕によりを掛けて作ったのだ。明日は北斗や時雨が居る事から、ジャパン食に挑戦しようと張り切っていた。

 執事やメイドの仕事は思っていた以上に細かな気配りが必要で、且つ重労働だった。

●早期警戒の功
 クラリッサはフローラが寝ついたのを確認すると、起こさないように廊下へ出た。
 廊下ではランタンを持ったヒースクリフが待っていた。これから屋敷の見回りをするのだ。
 但し、ヒースクリフ達は囮で、夜目が利き、忍び歩きが得意な時雨と隠密行動に適任の小さい身体のシャロンが夜の警備の本命で、明かりを持たずに見回っていた。 
 北斗はフローラと紫陽花を守る夜の戦闘力と、昼間の労働力を維持する為に、仕事の負荷に応じて効率よく休憩を取れるローテーションを考案していたのだ。

 そして、何事もなく3日が過ぎた頃――。
『もしもし、敵さん来たよ☆』
 シャロンと時雨は花をむしり取る音に気付き、フローラの部屋の隣の部屋に待機しているラスとラディスにテレパシーで伝えた。それはクラリッサ達にも伝えられてた。
 盗賊達はクラリッサ達の明かりが通り過ぎるのを待って窓から侵入し、フローラの部屋へと向かおうとした。
「あなた方の行いは神の御心に背くものです。これ以上の罪を重ねるというのなら、あなた方を処断します」
 ラスの警告はしかし、フローラの事を考慮して小声だったので凄みがなく、4人の盗賊はダガーを抜いて斬り掛かってきた。
 ラスがクルスソードで受け流した所へラディスがアイスチャクラを放ち、1人を倒した。
 残った盗賊達はその場から逃げ出すが、ヒースクリフとクラリッサが退路は塞いだ。オーラパラーで溜めたヒースクリフの拳打は、逃げてくる盗賊にカウンターとして綺麗に決まった。
 その横ではクラリッサがロングソードで防戦に徹していた。そこへラスとラディスも駆け付け、敢なく一網打尽となった。
 一方、シャロンと時雨は、部屋で休んでいたアリアと北斗に連絡を入れると、外で花を摘んでいた残りの盗賊達を連携して捕らえた。

 総勢8人の盗賊達を捕まえると、北斗がグレイスンに報告しに行く間に、シャロンがチャームを使って理由を聞き出した。
 この盗賊達は花屋敷の噂を聞き付けて、手始めにバラを盗んで売ったところ、良い値が付いた事から味を占めたようだ。
 紫陽花については花を卸した時、フローラが買ったのを聞いたそうだ。
 報告を受けたグレイスンは、夜明けとにはキャメロットの騎士団に突き出す事にした。
 また、グレイスンの達ての頼みとあって、この件はフローラに伏せられる事になった。

●別離の刻
「よろしかったら、アジサイをじっくり見せて下さいな」
「しっかし紫陽花‥‥懐かしいなぁ‥‥って、家出中にホームシックになってどうするよ、私!」
 依頼の期間を終えたクラリッサと時雨は、フローラとの別れを惜しんで、最後に紫陽花をじっくりと見せてもらっていた。
「同好の士と話をするのは楽しいものだよね」
「また、植物についての話し相手が欲しかったら呼んで下さい」
 この数日間の間に、ヒースクリフとラディスは、すっかりフローラと意気投合していた。
「お嬢様に神の御加護があらん事を‥‥」
「霧を生む、その紫陽花の、多情かな‥‥もう一つ、紫陽花に因んだ句ですよ」
 ラスはジーザス教の祝福の印を切り、北斗は餞別に紫陽花に因んだ俳句を贈った。
「アリアの料理の味は忘れませんわ。シャロン、わたくし、これからも少しずつシフール共通語を覚えていきますわ」
 フローラはアリアとシャロンにお世話になった事を振り返り、少し涙ぐんでいた。

 こうしてお嬢様と紫陽花の花は、本人達の与り知らない所で守られたのだった。

●ピンナップ

クラリッサ・シュフィール(ea1180


PCシングルピンナップ
Illusted by 石川香織