深山幽谷

■ショートシナリオ


担当:菊池五郎

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:4

参加人数:4人

サポート参加人数:2人

冒険期間:01月08日〜01月16日

リプレイ公開日:2009年01月20日

●オープニング

 京都より北東に位置する尾張藩は、平織氏の直轄領だ。
 暗殺された藩主・平織虎長(ez0011)の後を継ぎ、尾張を統一したのは、虎長の妹・お市の方こと平織市(ez0210)であった。
 尾張藩藩主――尾張平織家当主――の座についたお市の方は、『平織家は神皇の剣となり盾となる』をスローガンに、彼女の名を以て畿内を平織家で統一する『天下布武』を広く宣言した。
 上洛を果たすべく、山城へ驀進する尾張平織家は、美濃藩に次いで伊賀藩も併合し、平織家の近臣である近江藩を含め、畿内の約半分を手中に収めた。
 悲願の上洛を果たしたお市の方は、虎長すら成し遂げられなかった武官の最高位、『征夷大将軍』の座に登り詰めたのだった。


 ――美濃藩岐阜城。
 お市の方が虎長に、先の比叡山攻めの責任を取らせて無期限の蟄居(ちっきょ)処分を言い渡した際、虎長が蟄居先として指名したのが美濃藩の稲葉山城だった。
 元々は美濃藩主斎藤道三の居城であったが、道三は義理の息子に稲葉山城を快く明け渡すと、新たに木曽三川(きそさんせん)のうちの二本、揖斐川と長良川に挟まれた長良川西岸一帯で、美濃藩の主要街道が走り、宿場町として美濃でもっとも栄えている墨俣宿(すのまたじゅく)を城下町とした墨俣(すのまた)城を美濃藩の本拠地と定め、ここへ入った。
 稲葉山城を手に入れた虎長は、この辺り一帯の名前を『岐阜』と改め、稲葉山城も岐阜城と呼ばれるようになっていた。


『奴(きゃつ)め、ヒューマンスレイヤーのレミエラを創り出しただけでは飽き足らず、今度はブラン鉱まで使いおって‥‥“アレ”を造る気やもしれぬな』
 城下町井之口より、金華山(稲葉山改め)に聳える岐阜城を睨め付ける小柄な人影があった。
 フードを頭まで被っており、その顔を伺い知る事は出来ない。
『月華(つきか)姉さん』
『ん‥‥おお、卯泉(うみ)ではないか』
 声を掛けたのも、同じくフードを目深に被った人物だった。背丈は先の者より頭半子分高い。
 二人は辺りに人の目がない事を確認すると、フードを取った。
 途端に、ぴょこんっ! と可愛らしい兎の耳が飛び出てくる。これらは飾り物ではなく、二人の頭に確かに生えているものだった。
 この二人は人間ではない。化け兎の上位妖怪、妖兎のうち、尾張藩の知多半島にのみ生息する『月兎族』三姉妹の長女月華と次女の卯泉だ。
『月華姉さん、美濃の柿を送ってくれてありがとう。美濃の柿は名産なんですってね。美兎(みと)やお市の方、尾張藩の武将と全て食べてしまったわ』
『それは良かった。今年の柿はいつになく豊作だったそうじゃからの。道三も美濃の兵を総動員させて干し柿を作っておるわ』
 美濃の柿は京一円でも有名な特産品であり、その干し柿は保存が利く疲労回復の兵糧として美濃藩で重宝されている。
 藩主を呼び捨てにする月華は、外見こそ十三、四歳の少女だが、その実力は江戸を震撼させた大妖『九尾の狐』に勝るとも劣らないという。その気になれば、彼女一人で城の一つや二つ、軽く落とせてしまう。
 その月華が大人しくしているのも、ひとえにお市の方に尾張藩の武将として姉妹で登用されているからだ。
『しかし、わざわざ柿の礼を言いに、儂の元へ来た訳ではあるまい?』
『ええ。晶姫(あき)がこの間知多半島へ帰った時なんだけど、ぬらりひょんが不穏な動きをしていたらしいの』
 晶姫とは三姉妹の末っ子美兎に懐いている雪女郎だ。同じく知多半島に住んでいた妖怪だ。
『ぬらりひょんか‥‥奴も奴でこの時に動かなくてもいいものを‥‥待てよ。確か、晶姫は駱駝に乗った美女を見たと言っていたな?』
『ええ。晶姫以外の妖怪も何人か見たと言っていたわ』
『そ奴が、儂らが留守にしている隙に、ぬらりひょんを焚き付けた可能性も考えられるな』
『じゃぁ、知多半島へ一度戻る?』
『卯泉、お前もそのつもりでわざわざ儂の元へ来たのじゃろ? 文で済ませるところをの』
 月華は一端言葉を区切り、岐阜城を見上げた。
『儂らは長く市の元に留まりすぎたやもしれぬ。かつての市には儂らのような妖怪ですら武将として登用する必要かせあったが、『天下布武』の旗を掲げた今、市の元には多くの人材が集まっておる。儂らが人間同士の争いに手を貸さぬと誓っている以上、今は引き際かもしれんな』
『あたしは賛成だけど、美兎は‥‥あの娘は‥‥』
『そうじゃったな』
 卯泉が美兎の名前を切り出すと、月華も言い淀む。月華は魔法戦、卯泉は射撃戦、美兎は接近戦をそれぞれの領分としており、三位一体の攻撃を得意としていた。知多半島へ帰るなら、美兎も連れていかないと戦力的に厳しい。
 しかし、美兎はジャイアントの武道家太丹(eb0334)より告白めいた言葉をもらっており(本人が意識して言っているかは別として)、本人も満更でもない様子だ。
『後先は考えず、ここは既成事実を作っておくべきじゃな』
『流石月華姉さん、話が分かるわ』
『確か、那古野城は森可成(よしなり)が留守を預かっておったな。可成に掛け合って新年会という名目で、美兎と太丹の式を挙げさせてしまおう』
『協力してくれそうな冒険者も呼んだ方がいいわね。それはあたしの方で手配するわ』


 斯くして、那古野城にて、新年会を名目とした太丹と美兎の挙式が行われる事となった。

●今回の参加者

 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb0607 タケシ・ダイワ(38歳・♂・僧侶・人間・インドゥーラ国)
 eb2373 明王院 浄炎(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)

●サポート参加者

護堂 万時(eb5301)/ レドゥーク・ライヴェン(eb5617

●リプレイ本文


●段取り
 僧侶のタケシ・ダイワ(eb0607)と武道家の明王院浄炎(eb2373)は、浪人の久方歳三(ea6381)に京都の冒険者ギルドへ呼び出されていた。
 二人が冒険者ギルドの中に入ると、屋内にも関わらず、外套に付いているフードを目深に被った、あからさまに怪しい小柄な人物が、歳三の隣にいた。
「この娘は怪しい者ではないでござる。尾張平織家の当主、平織市(ez0210)殿に仕えている武将の一人で、良い妖怪の卯泉(うみ)殿でござる。今回、拙者に新年会の誘いの声を掛けて下さった、いわば依頼主でござるよ」
『卯泉よ。人前ではこのフードが外せないからこんな格好で悪いけど、よろしくね』
「よろしくお願いします。良い妖怪と話をする機会はあまりありませんでしたが、自分から正体を隠してまで人と触れ合おうという妖怪に、悪い妖怪はいないでしょう」
 浄炎は何度か那古野城へ行った事があるので、卯泉とも顔見知りだが、初めて会うタケシは、卯泉の言動そのものから悪い妖怪ではないと捉えていた。
「‥‥という訳で、新年会を名目にしたフトシたんと美兎(みと)殿の挙式を、滞りなく行いたい為に、お二人の尽力をお願いしたい次第でござる」
「なるほど、新年会という話でしたが、それはフトシたんと美兎さんへのカムフラージュで、挙式を行うのですね。分かりました、二人の晴れの門出を私なりに祝いたいと思います」
 歳三と卯泉が、ジャイアントの武道家、太丹(eb0334)と、卯泉の妹で月兎族三姉妹の三女、美兎を新年会を名目に呼び出し、式を挙げさせてしまう段取りを掻い摘んで話すと、唯一の僧侶であるタケシは胸を叩いた。
「タケシ殿が式を挙げて下されば、フトシたんと美兎殿の結婚も仏教の元で正式なものになるでござるからな。助かるでござる」
「ただ‥‥私は葬式主体でしたので、挙式は得意ではありませんが‥‥」
「僧侶が式を挙げる事に意味があるから、その辺りは深く考えんでもよかろう。むしろ楽しい式にしてタケシの負担を減らせるよう、俺達で演出する事を考えた方がいいな」
 歳三に申し訳なさそうに言うタケシだが、誰にでも得手不得手はある。浄炎はその分、自分達で式を盛り上げる方向を考えていた。既婚者はタケシや歳三とは視点が違う。
『お市の方は南信濃へ遠征中だから、留守を預かる森可成(よしなり)に掛け合って、二之丸の庭園を使わせるもらえる事になっているわ。内々で済ませたいから、料理とかも全てあたし達で用意する事になるけど』
 二之丸の庭園は堀の水を引き入れた純和風回遊式庭園になっている。平織虎長が作った藩主専用の庭で、尾張藩の武将でも滅多に入る事はなかった。しかし、お市の方は武将にも憩いの場として開放している。
「お祝いの品、というより食べ物やお酒になりますが、それでしたら俺に任せて下さい。持ち合わせがいくつかありますので」
「拙者もお祝いの品は当てがあるでござる」
「(祝いの品か‥‥妻程綺麗にはできないが、京を出立する前にちま作りに必要な材料を購入するとして‥‥)二人の馴れ初め、そして告白は、美兎の手料理が切っ掛けと伝え聞いている。それに、フトシたんは冒険者故、新婚とはいえ即知多半島へ渡り、新居を構える事が叶うとは限らないし、せめて、愛しい人に手料理を振る舞い、またそれを堪能できるよう配慮したい」
『いいんじゃないかしら。それにあたし達が知多半島に戻るのはあたし達の都合だし、フトシたんには冒険者としての仕事があるだろうから、京都から知多半島へ通い夫になると思うわ』
 タケシと歳三が実際の新年会で振る舞う料理や酒類、お祝いの品の当てを指折り数えていると、浄炎が伝え聞いた太丹と美兎の馴れ初めなどから、美兎に調理を手伝ってもらうつもりだと告げると、卯泉は頷いた。
 ただ、太丹と美兎は一緒には住めないようだ。


「『ご結婚おめでとうございます。お二人なら種族の違いを超え、必ずや幸せになる事を信じております』と、お伝え願いますでしょうか?」
 歳三はギルドの外で護堂万時よりお祝いの品と言伝で祝辞を受け取ると、彼は愛馬のそーじに、タケシは愛馬のといちにそれらを積み込んで跨り、浄炎はセブンリーグブーツを履いて、一路、尾張藩は那古野城へ向かった。
 尚、卯泉は馬やセブンリーグブーツを使わなくとも、タケシ達に十分付いてこられるだけの脚力を持っており、三人を驚かせた。


●門出
「え〜と、自分は新年会にお呼ばれしたはずっすけど‥‥」
 歳三達から後れる事一日、那古野城に着いた太丹は、「お前が食べたい料理で美兎が作れるものを、満足する量だけ買ってこい」と浄炎に言われ、着いた早々、美兎と那古野城下へ買い出しに出掛けていた。
『新年会で食べる料理の買い物を頼まれてしまいましね。でも、フトシたんさんは力持ちですから助かります』
「自分は大食らいっすからね。働かざる者食うべからずっす。それに、美兎殿も軽やかに杵を捌く姿は、力持ちに見えるっすよ」
『あれは‥‥確かに力も要りますけど、ちょっとしたコツなんです。女の子に力持ちって言うのはあまりよくないですよ?』
「うわうわうわわ‥‥え〜と、み、美兎殿のお餅やお節が待ってるっす〜、すっごく楽しみっす〜」
『あ、誤魔化しましたね』
 デリカシーのない太丹は、美兎の愛用している武器がお餅搗き用の杵なので、美兎も力持ちなのだろうと言ってしまう。彼女の反応でそれが失言だと気付くと、誤魔化すように先に走っていってしまう。
 美兎は妖兎、元は兎であり、太丹はあっさり追い抜かれてしまうのだが、美兎も怒ってはいなかった。
 二人は水揚げされたばかりの、尾張藩側の伊勢湾で採れた海の幸を中心としたお節料理の材料を買って、那古野城へと戻った。


「フトシたん、美兎殿達の料理ができるまで、汗を流さないでござるか?」
「いいっすね。美兎殿の料理は美味しいっすけど、お腹が減っていればより美味しくなるっすね」
 二之丸茶亭では、タケシと太丹が手分けして式の準備を進めている。
 美兎の料理は卯泉と月華(つきか)が手伝っており、歳三もそちらを手伝いたかったが、誰かが太丹の相手をしている必要があるので買って出た。
 歳三は刀術と素手格闘を融合させた陸奥流の使い手なので、十二形意拳を修める太丹と、素手による組み手も十分こなした。
「汗を掻くのは気持ちいいっすね。自分はお腹ぺこぺこっす」
「でも、汗を掻いたままだと、美兎殿や卯泉殿、月華殿達女性陣に失礼でござる。濡れた手拭いで汗を拭い、着替えてさっぱりするでござる」
「そうっすね」
 それこそ歳三の狙いであった。


「え〜と、な、何で自分は羽織り袴の正装にさせられたっすか? しかもなんだか上座に座ってるっすが?」
 歳三が太丹に渡した着替えは羽織りと袴だった。
 それらに着替えて歳三と二之丸茶亭へ来ると、ルージュハムに乾餅「流氷の妖精」、新巻鮭にブリオッシュを料理したお膳が並べられており、シードルにハーブワイン、魔酒「ヘイズルーン」にロイヤル・ヌーヴォー、精霊の滴に天護酒、ハーブエールにヴァン・ブリュレに尊酒アムリタに魅酒「ロマンス」に御薬酒と、宴会に欠かせない各種お酒が、これでもかというほど豪勢なラインナップで並んでいる。
 今、この場にいるのは太丹と歳三、浄炎と可成だったが、歳三が太丹へ勧めた席は上座だった。しかも横が空いており、もう一人座るようだ。よく見れば、歳三も浄炎も可成も、礼服を着ている。
 しばらくすると、二人の姉に連れられて、美兎がやってくる。
「美兎殿は花嫁さんみたいに綺麗っすね〜」
 黒漆の櫛で梳った髪にかんざし「櫻に小鼓」を挿し、体毛説が囁かれる月兎族のシンボルであるバニースーツの上に千早を纏い、二之丸茶亭まで花柄下駄を履いてきていた。
 月華も卯泉も美兎程ではないが、煌びやかな着物を纏い、ちょっとお洒落をしている。
「これより、新郎太丹、新婦美兎の挙式を執り行います」
「どどどど、どーゆー事っすか?! え? え‥‥? え―――――?! じ、自分と美兎殿が夫婦になるっすか?!」
『どういう事ですか、月華姉様!?』
 最後に清白の袈裟姿のタケシが入ってきて厳かに告げると、太丹は訳が分からずすっくと立ち上がる。美兎も知らされていなかったようで、太丹の隣できょとんとしている。
『儂らはこれから知多半島へ戻らねばならん。ぬらりひょんの動向が怪しいのでな。いつ帰ってこられるか分からぬ以上、儂に付き合わせてしまったお前には幸せになって欲しいと思ったのじゃ』
『月華姉様‥‥』
「という事は、新年会じゃなくって‥‥あんた達の仕業っすか〜!!」
 姉妹が邂逅している横で、ギギギと音を立てながら、月華達へ顔を向ける太丹。
『お前も美兎の事を好いておるのだろう? 人間と儂ら月兎族が結ばれた事はないから、この先どうなるかは儂も分からぬ。だからこそ、お前にも美兎にも後悔だけはして欲しくないと思ったのじゃ。謀った事は済まぬ』
 月華は悪戯っぽく笑ったものの、最後は真摯な表情で太丹を見据えた。その視線に彼は一瞬たじろぐ。
「あ、いや、美兎殿の事は嫌いじゃないっすよ、好きっすよ! いや、ご飯だけじゃなくて、綺麗だし、優しいし、その、素敵なヒトとは思ってるっすよ。でも‥‥根無し草で大飯食いの自分とは釣り合わないと思ってたっすよ‥‥美兎ど‥‥いや、美兎、自分と夫婦になってくれっす」
『フトシたん‥‥いえ、太丹、はい、喜んで』
 太丹は捲し立てた後、深呼吸を一つ、壊れ物を扱うように、美兎を優しく包み込むように引き寄せ、自分の胸に押し付けるように力強く抱きしめた。
 タケシが念珠のうち、白いリボンのついた方を太丹に、赤いリボンのついた方を美兎に授けると、太丹と美兎はこれを両手で受け、左手の四指に掛けた。
 浄炎が提供した魅酒「ロマンス」で誓いの杯が交わされ、続けて天護酒で親族固めの杯が交わされると、晴れて太丹と美兎は夫婦になったのだった。
「フトシたんと美兎殿の末長い幸せを心より祈るでござる。たとえ、種族が違っても、苦難を乗り越える事が出来ると信じて‥‥」
 万時からの祝辞を伝えた歳三は、琵琶「檜皮雅」を奏でながら、美兎の田圃の稲刈りを手伝った時に歌った『稲の祀り唄』を披露した。
「冒険者は因果な稼業故、即新居を構えて‥‥とは行かぬかもしれぬが、せめて互いの温もりを伝える品を身に付けられればと思ってな」
 浄炎は道中の空いた時間を利用して、太丹と美兎を模した香り袋の中身入りの、香り良いちま人形を製作しており、それを二人へ贈った。


 あくまで名目は新年会なので、タケシ達が提供した酒がなくなるまで、新年会は続いた。


「先程、いつ帰ってこられるか分からない、と仰っていたでござるが、月華殿達はこれからどうするのでござるか?」
『言った通りじゃ。儂が市に協力し、知多半島を離れてからというもの、ぬらりひょんという悪知恵の働く妖怪がおってな。こやつが不穏な動きを見せておるのじゃ。知多半島には儂ら妖怪の住まう国がある。ぬらりひょんがそれを動かそうとすれば、少なからず市といった尾張の人間と軋轢が生じてしまうじゃろう。それだけは避けねばならぬ。儂らはぬらりひょんの愚考を止めに戻るからの。いつ帰ってこられるかは本当に分からぬのじゃ』
 歳三は尊酒アムリタでお酌をしながら、月華に今後の事を聞いた。彼女が太丹と美兎の挙式を急がせたのも、知多半島へ早急に帰る必要があったからだった。
「フトシたんも美兎殿と夫婦になったとはいえ、しばらくは会えないのですね」
「だからこそ、今宵は二人きりにしてやりたいと思う」
『賛成。あたし達は別室で飲み直しましょうか』
 タケシが寂しそうに言うと、浄炎が一つ提案する。卯泉は真っ先に賛成し、可成が用意していた別室に、全員、こっそりと移動した。


「いや〜、美兎の草餅は美味しいっすよね‥‥って、誰もいないっすよ!?」
『月華姉様達は花を摘みに行かれると行ったきりですね』
 食べる事に夢中になっていた太丹は、ようやく二之丸茶亭に美兎と二人きりである事に気付いた。
『明日には知多半島へ立ってしまいますが、私は太丹のお嫁さんです。不束者ですが、よろしくお願いします』
「こ、こちらの方こそよろしくお願いするっす」
『ふふ』
「はは」
『ふふふ』
「ははは」
 改めて畏まって挨拶すると、なんだかこそばゆく、美兎と太丹は揃って吹き出してしまう。


 その後、彼らがどのような最初で最後の二人きりの夜を過ごしたかは、彼らのみぞ知る‥‥。